2022年12月 1日 (木)

「謎フレーズ探偵」ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 ②

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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」

やめてよして触らないで
垢がつくから
あんたなんて嫌いよ
顔も見たくない(フン)


前回はこの「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」の、オーソドックスな歌詞のものを3つほどご紹介した。


恐らく多くのかたの記憶に残る「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、この基本の構成のものだと思う。


ところが「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、ここから基本の構成を少しずつ崩しながら、歌詞が変化して行くことになるのだ。


で、今回からは、当時の小中学生クリエーターの手によって、少しずつ変化して行く歌詞について書いてみたいと思っている・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 D」

よらないで触らないで
垢がつくから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


この歌詞Dでは冒頭の歌詞が大きく変わっている。


基本の構成では「やめてよして触らないで」と、近付いて来ようとする男子に対して、「こっちに来ないで」的な意味合いで歌われている。


ところがこの歌詞Dでは、いきなり「よらないで触らないで」と、言い方がさらに強くなっていて、「そこから一歩も動くな!」的な意味にとれるのである。


この男子はいったい過去に何をして、彼女にそこまで嫌われたというのだろう。


その場から動くことすら許されない男子が不憫でならない。


まあ、自業自得なのだろうが・・・・・・。


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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 E」

やめてよしてしゃべらないで
つばが飛ぶから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


歌詞Dでは冒頭の歌詞だけが変化していたが、この歌詞Eでは「原因」についても、すっかり変化してしまっている。


まず、基本の構成の歌詞では、「やめてよして触らないで」と始まるところが、歌詞Eでは「やめてよしてしゃべらないで」と歌われている。


なぜ、しゃべってはいけないのかと思ったら、「つばが飛ぶから」だという。


きっとこの男子は、つばを飛ばしながらしゃべる癖があるのだろう。


しゃべることすら許されない、彼の唯一のコミュニケーション手段は、どうやら「筆談」ということになりそうだ。


まあ、そこまでして、嫌われている彼女としゃべりたいと思うかどうかは疑問だが・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 F」

触らないで動かないで
フケが舞うから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


どうでもいいけど、この歌詞を見ると、あらためて「ひでぇ歌だなぁ」と、思わず笑ってしまう。


今だったら、「そんな歌、うたっちゃいけません!」と、絶対に大人に止められているだろう。


ビビディ・バビディ・ブーの軽快なメロディに乗せて歌われているから、歌詞の過激さが軽減されて、ソフトに聴こえているが、こうして歌詞だけをみたら、「フケが舞うからその場から一歩も動くんじゃねぇ!」と言っているだけなのだ。


この男子はよっぽどのフケ症だったのだろうか・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、このように基本の構成を少しずつ崩しながら、歌詞が変化して行くのだが、最終的にはもともとの替え歌の趣旨が分からなくなるほど変化してしまう。


という訳で、次回は元の替え歌の原形すら留めていない、究極に進化した歌詞についてご紹介してみたい・・・・・・。


(画像上、道端で咲くタイワンホトトギスの花。画像下、イチョウの木の下にはおびただしい数の銀杏が・・・・・・)



2022年11月25日 (金)

「謎フレーズ探偵」ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 ①

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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 A」

やめてよして触らないで
垢がつくから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


この歌は昭和50~60年代、私が小中学生の頃に、子供たちの間でよく歌われていた歌で、きっとご存知のかたも少なくないだろう。


ビビディ・バビディ・ブーの軽快なメロディに乗せて、なんとも強烈な歌詞をサラリと歌い上げている。


この歌は主に女子が男子に向けて歌う歌で、男子にからかわれたり、ちょっかいを出されたりした時に、その対抗策として歌われていた。


冒頭でご紹介した歌詞が、最もオーソドックスなもので、私はこの歌詞Aがこの替え歌の元歌なのではないかと思っている。


と、そんな訳で、今回はこの「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」について、調査をして行きたいと思っている。


ちなみに今回は、主に女子が歌っていた歌ということで、以前ゴム飛び歌の調査の時に協力していただいた、女性のみなさんに声を掛けて、それぞれの友人、知人などから、情報を集めてもらって来た・・・・・・。


で、まずは冒頭でご紹介した歌詞Aについて、ちょっと補足をしておこうと思う。


歌詞Aでは「やめてよして触らないで垢がつくから」と歌われているのだが、この「垢がつくから」という部分を、「垢がつくでしょ」と覚えていたかたがけっこういた。


しかし、違っているのはこの部分だけなので、「どちらかが間違えて覚えているのでは?」と思われるかもしれない。


ところがじつはそうでもなさそなのだ。


子供の頃に流行っていたこの手の歌というのは、どうしようもなく、くだらない歌詞のものが多いのだが、なぜか鮮明に覚えているかたが、意外と多いのだ。


そして「自分が子供の頃に歌っていたのは絶対にこの歌詞だった」と強く主張されるのである。


そんな訳で歌詞Aには、「垢がつくから」と「垢がつくでしょ」の2つのパターンがあったことを、とりあえずご報告しておく・・・・・・。


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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 B」

やめてよして触らないで
近づかないでよ
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


どうでもいいけど、「ひでぇ歌だなぁ」と思う。


歌詞Aでは「垢がつくから触らないで」と言われていたのに、歌詞Bでは近づくことすら許してもらえない様子。


そこまで嫌われているとは、この男子生徒は過去にいったい何をしたというのだろう。


私が小学生の頃、馬鹿な男子がいて、鼻くそを丸めて指でピッと弾いている所を、屈強な女子に見つかって、往復びんたを喰らっていたことがあったが、恐らくそんなところだろうか・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 C」

やめてよして触らないで
子供出来ちゃう
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


私はこの歌詞はあまり記憶にないのだが、歌詞Cはその内容からして、中学生の頃に流行っていたバリエーションだろうか。


小学生が「子供が出来ちゃうから触らないで」などとは言わないだろう。


まあ、中学生ともなれば、触られたぐらいで、子供など出来る訳がないということは、ちゃんと理解しているはずである。


ということは、この歌詞には、「もっと絡んで来んかいっ!」という、逆説的な意味合いが込められているのかもしれない。


絡まれる相手にもよるのだろうが・・・・・・。


という訳で、今回は「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」のオーソドックスな歌詞のものを3つご紹介してみたのだがいかがだったろうか。


恐らく多くのかたの記憶に残る「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、この基本の構成の歌詞だと思う。


ところが「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、ここから基本の構成を少しずつ崩しながら、歌詞が大きく変化して行くことになる。


そして最終的には、もともとの替え歌の趣旨が分からないほどまでに変化してしまう。


で、次回からは、その変化して行く歌詞を追いかけてみようと思っている・・・・・・。


(画像上、ノコンギクは里山で最も普通に見られるノギクの仲間だ。画像下、林縁や雑木林ではナラタケが爆生中・・・・・・)

2022年11月19日 (土)

みかんの食べ過ぎで手が黄色くなる話

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▲昭和の頃、食卓の真ん中には、竹で編まれたカゴに入れられて、山盛りのみかんが置かれているのが定番の光景だった・・・・・・。

いま考えると昭和の子供は馬鹿みたいにみかんをたくさん食べていた。


周囲の大人も、「みかんを食べておけば風邪を引かない」とか、「みかんはビタミンCが豊富で体にいいから食べておけ」などと、とにかくやたらと子供にみかんを食べることを勧めていた。


だから当時はどこの家へ行っても、食卓の真ん中には、竹で編まれたカゴに入れられた、山盛りのみかんが常に置かれていたものである。


そういえば最近は、食卓の上にみかんが置かれている光景をあまり見なくなった気がする・・・・・・。


昭和の頃、冬場のみかんは箱買いが主流だった。


当時は夕食後にテレビを見ながら、家族でみかんを食べる家が多かったので、八百屋さんでみかんを一山買って来たぐらいでは、あっという間になくなってしまっていたからだ。


当時の八百屋は無料でその日のうちに配達もしてくれていたので、みかんを箱で買っても家まで持って来てくれたのだ。


うちでは届けてもらったみかん箱は、新聞紙をかぶせて縁側の角の方に置いていた。


家の中は暖房で暖かいので、こうして外に置いておいた方が、みかんが痛まなかったのである。


また、冬場にこのようにみかん箱を外に出しておくと、個人的にちょっと嬉しいこともあった。


いったい何が嬉しかったのかと言うと、みかんが自然に冷凍みかんになっていることがあったのだ。


冷凍といっても、カチンカチンに凍ってしまうという訳ではなくて、「適度に凍っていた」のである。


冷凍庫でみかんを冷凍すると、皮もむけないほどカチンカチンになってしまい、食べるには少し融けるのを待たなければならない。


ところがみかん箱を外に出しておくと、見た目は凍っているようには見えないのだが、みかんをむいて一口食べてみると、果肉が半凍りになっていて、シャクシャクという食感がなんとも心地よく感じられた。


ちょうどシャーベットとかき氷の中間ぐらいの食感と言えば、分かりやすいかもしれない。


で、当時の私は暖房の入った暖かい部屋で、この半冷凍のみかんを食べることにちょっとした幸せを感じていたのである。


ちなみに半冷凍みかんが出来るのは、みかん箱の上部にあるみかんだけで、箱の中間あたりのみかんからは、もう凍ってはいなくて、「非常によく冷えたみかん」で止まっていた。


そんな訳で私が家で食べていたみかんは、冷え冷えの冷凍寸前のみかんだったので、一度にたくさん食べると、体が冷えて寒くなってしまうこともあって、一回に食べる量はせいぜい2~3個だったと思う。


しかし、こんな保存の仕方をしていないお宅では、常温のみかんを食べていたので、当時は一度に「6個食べた」とか「10個食べた」と自慢している子供がたくさんいたものだ。


別に一度にたくさんのみかんを食べても、偉くもなんともないのだが、前述のように当時は家でも学校でも、大人は子供にみかんを食べることを勧めていたので、みかんをたくさん食べることで、大人に認めてもらえるとでも思っていたのかもしれない・・・・・・。


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▲当時はみかんの白い綿のような部分をきれいに全部取り除いて、つるっつるにして食べている人がたくさんいた。後になって、「この部分にはたくさん栄養が含まれているので、そのまま取り除かずに、果肉が包まれている袋ごと食べましょう」といわれて衝撃を受けたものだ・・・・・・。

ところがみかんは毎日たくさん食べていると、次第に手や身体が黄色くなって来ることがあった。


最初のうちは、「あれ?なんかあいつの手、嫌に黄色っぽくないか?」という程度なのだが、症状が進むと、黄色みがさらに増し、なんだか温かみのない、人形の手のような印象になって来るのだ。


実際にその様子を目の当たりにすると、かなり気持ちが悪く、そのうちに彼は本当に人形になって、動かなくなってしまうのではないかという気がして来る。


マネキンの手の方がよほど人間らしい手をしているといえよう。


この頃になると、本人も周りの大人も、「明らかにおかしい」ことに気付き始め、慌てて病院へ行くことになるのだが、そこで告げられるのは「柑皮症」で、単純にみかんの食べ過ぎによる症状なのである。


で、柑皮症は特別これと言って治療などは必要がなく、放って置けばそのうち元に戻るとのことだった。


ただ、それにはみかんを食べる量を少しセーブしなければならなかった。


ちなみに1日に食べるみかんの適量は、一般的な温州みかんなら2個程度とのことだった。


そりゃあ、一度に10個も食べていたら、身体がみかんに支配されたっておかしくはあるまい。


そして学校で柑皮症の手を目撃されてしまうと、彼はその翌日からまず間違いなく、「みかん人間」とか「オレンジマン」というあだ名を付けられて、しばらくの間、「みかんと人間のハーフ」として過ごさなければならないのである・・・・・・。


ところで当時、「医者の忠告を無視して、その後もみかんを大量に食べ続けると、顔が本当にみかんになってしまい、春を迎えるころには、頭が腐って死んでしまう」という恐ろしい噂話があったのだが、あれって今でいう都市伝説だったのだろうか。


確か子供向けの雑誌か、〇〇百科みたいな本に書かれていて、「本当にあった怖い話」として紹介されていたため、みんなすっかり信じていて、みかんはたくさん食べたいが、腐って死にたくはないと本気で悩んでいたものだ。


だから「もう一つ食べよう!」と手にしたみかんを、しばし見つめたまま、カビだらけになって、ぐにゅぐにゅになったみかんと、自分を重ね合わせ、そっとカゴに戻している子供がよくいたそうである・・・・・・。


2022年11月13日 (日)

昭和の乾電池事情

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▲「National」が「Panasonic」に変更になったものの、今も昭和の頃と変わらぬデザインで発売されている乾電池。そう、このデザインの乾電池はまだ売られているのだ。当時は赤い乾電池の「Hi-Top」と、黒い乾電池の「NEO Hi-Top」があった・・・・・・。

昭和の頃、乾電池といってイメージするのは、なぜか決まってナショナルブランドだった。


近所の商店街の電気屋さんがナショナルのお店だったこともあると思うが、当時うちではナショナルの乾電池以外は見たことがなかった。


コンビニやドラッグストアがまだなかった頃は、乾電池はどこでも手軽に買えるものではなくて、電気屋さんに行って買うものだったのだ。


で、私が子供の頃に、家で見慣れていた乾電池のデザインは、ズバリ上の画像のものだった。


これはパナソニックブランドに変更後のものだが、デザインは昔と何ひとつ変わっていない。


当時のものは、乾電池上部のメーカー名の入っている部分が、「National Hi-Top」と書かれている赤い乾電池と、「National NEO Hi-Top」と書かれている黒い乾電池の2種類があった。


ちなみにどちらの乾電池も、上の画像で「単1形」と書かれている部分には、当時のナショナルのロゴマークが、四角い赤地に丸い白抜きのマークで付けられていた。


私が子供の頃には、すでにどちらの乾電池も売られていたが、赤い乾電池の「Hi-Top」の方が先行して発売されていて、黒い乾電池の「NEO Hi-Top」は、「世界最高寿命の乾電池」と謳われて、その数年後に発売になったのだそうだ・・・・・・。


そして1990年代に入ると、どちらの乾電池も、「National NEO」というブランドに統一されることになった。


で、これがパナソニックブランドに変更後も引き継がれたという訳だ。


私は子供の頃からこのデザインに慣れ親しんで来たせいか、乾電池と言って思い浮かべるのは、未だに上の画像のデザインだ。


最近各社から発売になっている乾電池はどれも金ピカで個性がなくていけない・・・・・・。


ところで上の画像の乾電池は、ずっしりと重たい単1形だが、昭和の頃はこの単1形や、これより一回り小さい単2形の乾電池の出番が多かった。


懐中電灯や石油ストーブに入れる乾電池は決まって単1形だったし、目覚まし時計やラジカセには単2形を使用していた。


だから昭和の頃の懐中電灯や目覚まし時計は、サイズの割にやたらと重たかったものである。


懐中電灯なんてボディも金属製だったので、乾電池を2本入れると、子供にはまるで鉄アレイのごとく重たくて、ちょっとした筋トレになっていたのではないかと思えるほどだった・・・・・・。


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▲単1形の乾電池はとにかく大きく重かった。現在では単3乾電池を使用する機器が増えたが、昭和の頃はこの単1形と、これより一回り小さい単2形の出番が多かったのだ・・・・・・。

ところでこれまでお話して来たNationalブランドの赤と黒の乾電池は「マンガン乾電池」と呼ばれていた。


そして現在我々が日常で何気なく使用している乾電池は「アルカリ乾電池」が主になる。


「マンガン乾電池」の特徴としては、間隔を開けて使用することで、電圧が回復して長持ちすることにある。


例えば懐中電灯や様々な機器のリモコンなど、ずっと電流を流しておく必要のないものに向いている。


一方の「アルカリ乾電池」は、マンガン乾電池よりも大きな電流を流せるようになり、電池を使うおもちゃやデジタルカメラなどに向いている。


で、このアルカリ乾電池が出て来る以前は、マンガン乾電池が赤と黒に分かれていて、赤マンガンは電力を一気に必要としないものに、黒マンガンは電力を一気に必要とするものに使用するとよいとされていた。


具体的に言うなら、リモコンや懐中電灯、時計などには赤マンガン、ラジコンやストーブの点火など、パワーを必要とするものには、黒マンガンを使用することを推奨していた訳だ。


とはいうものの、当時わたしは子供だったので、そんなこととはつゆ知らず、ただの色違いぐらいにしか思っていなかった。


そう言われてみれば、家の懐中電灯の中には、決まって赤い乾電池が入っていたし、石油ストーブには黒い乾電池が入っていた。


両親がそのことを知っていたのかどうかは定かではないが、当時うちには赤と黒の2色の乾電池が、常にストックされていたことは間違いない。


ちなみに現在でも「マンガン乾電池」は売られているので、その用途によって、「アルカリ乾電池」と使い分けるのが正しい使い方といえるだろう・・・・・・。


ところで乾電池と言えば、昭和の頃に電気屋さんの前などに、乾電池の自動販売機が設置されていたのを覚えているだろうか。


ナショナルの電気屋さんの前には、ナショナルの乾電池の自動販売機、東芝の電気屋さんの前には東芝の乾電池の自動販売機が設置されていた。


乾電池は店の中でも売られているのに、なぜ自動販売機が店の前に置かれていたのか、いま考えるとちょっと疑問である。


どうせ自動販売機を設置するのなら、店から離れた場所に設置しなければ意味がないではないか。


しかし、そのような場所で乾電池の自動販売機を見かけたことは、結局のところ一度もなかったように思う・・・・・・。


2022年11月 7日 (月)

ドラクエのやくそうの謎

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▲スーパーファミコン版「ドラゴンクエストⅠ.Ⅱ」の、取扱説明書に紹介されている「やくそう」のビジュアルは、葉っぱの上に乗せられた「顆粒状の薬」として描かれている。

ドラゴンクエストに登場するアイテムの中で、一番なくてはならないアイテムといえば、個人的にはそれは「やくそう」ではないかと思っている。


やくそうは物語の序盤から終盤まで、コンスタントに買い続けることになり、恐らく全アイテム中で、最も消費量の多いアイテムなのではないだろうか。


しかも、他のアイテムを寄せ付けない、圧倒的な消費量になるはずだ・・・・・・。


ところでHPを回復出来る便利なアイテムとして、普段何気なく使っているやくそうなのだが、そもそもやくそうとはいったいなんなのだろう。


そこでまずは公式ガイドブックでやくそうのビジュアルを確認してみることにする。


ちなみに本稿ではロト3部作の公式ガイドブックを参照している。


私はやくそうというからには、てっきり草なのだろうと思っていたのだが、公式ガイドブックに載っているやくそうの絵は、1枚の木の葉の上に乗せられた顆粒状の薬のようなものだった。


細かく見て行くと、赤色と黄色の2種類の顆粒を混ぜて作られているようである。


このビジュアルを見る限り、作中でいうところの「やくそうを使った」とは、どうやら「顆粒状の薬を飲んだ」ということになるようだ。


きっと、これについては、意外に感じられたかたも少なくないだろう。


なぜならやくそうは、モンスターとの戦闘中に使うことが多いからだ。


モンスターとの戦闘中に、ちょっと戦闘から外れて、顆粒状の薬を水で流し込んでいる状況を想像すると、なんだかちょっと笑える。


そして、戦闘中にやくそうを使わなければならない状況を考えてみると、相手の攻撃によって出来た傷や打撲、火傷の治療などが思い浮かぶ。


しかし、現実的に考えて、傷や打撲、火傷などの治療に、飲み薬が処方されることなんて、はたしてあるだろうか。


一般的なイメージとしては、やはり塗り薬の方がしっくり来る・・・・・・。


そこでちょっとやくそうの効果について調べてみると、公式ガイドブックには「傷ついた体を癒す」とか、「傷の治療」と書かれている。


やはり服用することで、傷が癒えるということらしい。


で、目に見える効果としては、HPが一定量回復することになる訳だ。


では、そもそもHPとはいったい何のことなのだろう。


恐らく多くの人は、HPに関しては、「相手の攻撃を受けて、体力が削られる」みたいな使い方をしていると思う。


しかし、公式ガイドブックによると、HPとは体力のことではないようで、正確には「生命値」のことを指しているらしいのだ。


生命値とはなんともあいまいな表現だが、やくそうを使うことで得られる効果としては、「傷が癒され、生命値が一定量回復する」ということになるようだ・・・・・・。


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▲ファミコン専門誌が全盛の時代、攻略記事や攻略本の中でしばしば紹介されていたやくそうのビジュアル。やはり葉っぱの上に顆粒状の薬が乗せられている。「やくそう」と言っても、草そのものではなかったのだ。ゲームをプレイしながら、「こんなにたくさんどうやって携帯しているのだろう?」と、疑問に思っていたものだが、これなら大量に持ち歩くことも可能だろう・・・・・・。

ちなみにやくそうと同様の効果がある、回復呪文の「ホイミ」の解説を読むと、「宿屋に泊まらずとも傷を治せる」と書かれている。


ということは、この世界の傷の治し方のスタンダードは、どうやら「宿屋に泊まる」ことであるらしい。


しかし、なぜ宿屋に泊まるだけで、傷を治せるのだろうか。


作中では宿屋に泊まると、たった一晩で、HP、MPともに全回復しているところをみると、これはただ単に一晩寝て、疲労が回復しただけではないだろう。


戦闘で負った傷も回復しているのだとしたら、これはもう何らかの治療を施されているとしか思えない・・・・・・。


考えてみれば、ドラクエの世界には病院がない。


ということは、この世界では宿屋が病院も兼ねているということではないのか。


しかもその医療技術はかなり高度なもので、モンスターとの戦闘で瀕死の重症を負っていても、宿屋にたった一晩泊るだけで、HP、MPが全回復してしまうのだ。


極端な話、HP1、MP0の状態でも、宿屋に一晩泊れば、翌朝には全回復している。


しかし、作中ではそこでいったい何が行われているかについては、いっさい語られることはない。


しかし、HP(生命値)が全回復しているということは、これはもう戦闘で負った傷もすっかり癒えているということに他ならないだろう・・・・・・。


ちなみにオリジナルのファミコン版ドラクエⅠではやくそうは24Gもする。


布の服が20Gであることを考えると、やくそうはそれなりのお値段であることが分かる。


で、その効果としては、HPを20~35回復する。


ところがラダトームの町の宿屋に泊ると、HPはもちろんのこと、やくそうでは回復出来ないMPも全回復してくれて、なんとたったの6Gで済む。


ファミコン版ドラクエⅡではやくそうは15Gだが、ローレシアの城下町の宿屋に泊まれば1人4Gで済む。


ファミコン版ドラクエⅢでは、やくそうは8Gとリーズナブルな価格になるが、アリアハンの城下町の宿屋はさらに安く、なんと1人たったの2Gで済む。


しかも、主人公の生家に泊れば無料である・・・・・・。


それにしても、ただ宿泊するだけではなく、瀕死の人間の治療もしてくれてこのお値段って、ちょっと信じられないような話だ。


きっと、薬代やら何やらでかなりのお金がかかっているはずである。


ということは、この世界では、国が医療費を全額負担してくれているということなのか・・・・・・。


そして薬と言えばやくそうだが、ドラクエの世界では道具屋で普通に売られているやくそうは、我々がドラッグストアで手軽に買える市販薬のようなもので、医者が患者に処方するような薬は、宿屋に泊まって、それなりの治療を受けないと、処方されないということなのではないだろうか。


恐らくこれが単にやくそうを使うことと、宿屋に泊まることで生じる効果の差なのではないか。


すなわちドラクエの世界では、宿屋に泊まるということは、病院に入院することにも相当する訳だ。


そう考えると、しがない宿屋の主人だと思っていた人物は、じつは凄腕のドクターだったのかもしれない・・・・・・。

2022年11月 1日 (火)

ビンジュースの自動販売機

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▲じつはビンジュースの自動販売機は、数は少ないが現在でも見ることが出来る。しかし、昭和の頃に見られたものとは構造が変わって、ボタンを押してジュースを選び、買ったジュースは「穴から引っこ抜く」のではなく、横からゴロゴロッと転がって出て来るようになった・・・・・・。

私が小学生の頃は、まだぎりぎりビンジュースの自動販売機が生き残っていた。


とはいうものの、歩道脇に立つ自動販売機は、もうすっかり缶入りのものに切り替わっていて、ビンジュースの自動販売機は、お菓子屋さんや駄菓子屋さんの前に、僅かに残っているぐらいだった。


現在ではビン入りのジュースなんて、居酒屋さんにでも行かなければ、お目にかかれなくなってしまったが、昭和40年代までは、店で売られているジュースはビン入りが主流で、昭和50年代に入って缶が主流になるまでは、自動販売機もビン売りだったのである。


ビンジュースの自動販売機には、いくつかのタイプがあったが、共通して言えることは、まず最初にお金を投入して、細長い透明窓の扉を開けて、選んだ商品を丸い穴から引っこ抜いて取り出すことだった。


ジュースのビンは王冠側を手前に寝かせた状態で入っていて、丸い穴から先端だけが見えていたのだ。


透明窓の扉は自動販売機の左側に縦向きに設置されているものが多かったが、自動販売機の下の方に横向きに設置されているものもあった。


これについては現在の自動販売機の商品取り出し口と位置が全くいっしょである。


ただし商品は現在のように上からガシャンと落ちて来る訳ではなくて、やはり穴から引っこ抜いて取り出すようになっていた。


ちなみにビンジュースの自動販売機には、構造上サンプルを入れるスペースがなかったので、いま見たらちょっと違和感があると思う。


ただ、商品取り出し口が自動販売機の下部に横向きに設置されていたものに関しては、上部にスペースがあり現在のようにサンプルが入れられていたようである。


ちなみに先程からビンジュースの自動販売機は、「穴から引っこ抜いて取り出す」と書いているのだが、これはビンジュースの自動販売機には、そもそも商品を選ぶためのボタンがなかったからだ。


だからお金を入れた後は、穴から見えている王冠の柄を確認して、自分の欲しい商品を引っこ抜くのである。


このためビンジュースの自動販売機は、全ての商品が同じ値段になっていた。


きっと、現在の自動販売機しか見たことのない人は、お金を入れた後に、どうやって商品を買うのか分からず、困惑することになると思う・・・・・・。


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▲ビンジュースの自動販売機には栓抜きが設置されている。ビンの王冠部分をここに引っ掛けてクイッと栓を抜くのだがコツが分かるまではちょっと戸惑うかもしれない・・・・・・。

当たり前の話だが、ビンのジュースは買った後に、栓抜きで栓を抜かなければ飲むことは出来ない。


「これでは自動販売機でジュースを買っても、その場で飲むことが出来ないじゃないか」と思われるかもしれない。


しかし、そんな心配は一切無用で、ビンジュースの自動販売機には、栓抜きがちゃんと設置されていた。


栓抜きと言っても、家庭で使うような栓抜きがぶら下げてあったという訳ではなくて、自動販売機にあるくぼみが栓抜きになっていたのだ。


そして抜いた栓は自動販売機の中の専用のスペースに落ちるようになっていた。


ただ、自動販売機の栓抜きにはちょっとしたコツがあって、子供にはなかなか上手く使いこなすことが出来なかった。


だからなんとか栓を開けることが出来ても、ドバドバとジュースをこぼしてしまって、いざ飲もうと思ったら、半分くらいしか残っていなかったなんてこともよくあった。


だからお菓子屋や駄菓子屋のおばちゃんは、子供が自動販売機でジュースを買おうとしているのを見つけると、わざわざ出て来てくれて、栓を抜く時は手をそえてサポートしてくれていた。


そもそもお菓子屋や駄菓子屋には、店内の冷蔵庫にも冷えたビンジュースが入っていて、それを買えばおばちゃんが栓抜きでプシュッと栓を抜いて渡してくれたのだ。


その方がよっぽど手間やリスクが少なくて済むのに、子供の頃はどういう訳か自動販売機でジュースを買いたかったのである。


で、自動販売機でビンジュースを買った後は、その場で飲んでしまうことがほとんどだった。


というのも、私が小学生の頃は道端の自動販売機は、もうほとんどが缶入りに切り替わっていたので、ビンを持ち歩いていると、捨てる場所がなかったのである。


ビンジュースの自動販売機の脇には、ビンジュースが納品される時に入っているプラスチックの運搬用ケースが置いてあって、飲み終わったジュースのビンはそこに返すようになっていた。


ケースにビンがいっぱいで入れる所がない時は、店の中へ持って行けばおばちゃんが回収してくれた。


でも、結局店の中まで持って行くのなら、初めから店の冷蔵庫に入っているビンジュースを買って、おばちゃんに栓を抜いてもらい、その場で飲んで、ビンを返して来た方がよっぽど合理的だったよなぁと、今さらながら思ったりもする。


その後、お菓子を買ったりもしていたのだから・・・・・・。

2022年10月26日 (水)

昭和の宇宙人とドラえもん

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▲昭和の宇宙人のイメージはこんな感じだった。もともとはもっと薄気味の悪い姿をしていたのだが、次第にデフォルメされてキャラクターとしてのタコのイメージに近付けられていった・・・・・・。

みなさんは宇宙人と言ったら、いったいどんな姿を想像するだろうか。


現在では多くの人がイメージする宇宙人は、頭部が大きく華奢な身体をした、いわゆるグレイタイプのヒューマノイドなのではないだろうか。


しかし、私がまだ幼かった頃、子供向けの「ふしぎ大百科」や、「ミステリー大百科」などに紹介されている宇宙人は、決まってタコのような姿をしていた。


誤解のないように書いておくが、「タコのような姿」と言っても、本物のタコにそっくりという訳ではない。


では、具体的にはどんな姿をしていたのかというと、頭部の形状はドラクエに登場するモンスターの、「ホイミスライム」にそっくりだった。


ホイミスライムはこの宇宙人をモデルにしたのではないかと思えるほどだ。


そして頭部の下半分に顔の全てのパーツが集中して付いているような印象だった。


目は人間と同様に2つだったが、そのサイズは極端に大きく、頭部の下半分の大半を占めていた。


そして鼻は穴だけが2つあり、鼻柱は見当たらなかった。


口は唇はなくてスリット状で、その大きさは極端に小さく、2つの鼻の穴の幅と同程度といったところか。


そして頭部の下には首や胴体などは一切なく、頭から直接、うどんのようなひも状の細い足がニョロニョロと無数に伸びていた。


そしてその長さは尋常ではなく、頭4~5個分ほどの長さが直立した後、足元にまるで「ざるそば」のように、クネクネとまとまっていた・・・・・・。


で、当時の子供向けの本には、この宇宙人は「火星人」として紹介されていた。


そして火星人がなぜこのような姿をしているのか、その理由についてもちゃんと書かれていた。


まず、火星人は地球人とは比べ物にならないくらい知能が発達しているので、脳が大きく進化しており、その結果として頭部が大きくなった。


また、目については、火星の砂嵐の中でも、遠くまで見渡せるように大きく進化しており、更に砂で目を傷めないように、フィルターのようなもので、しっかりとガードされている。


そして火星人は栄養素しか摂取しないため、口は極端に小さく、消化器官に関しては退化してしまっている。


このため内臓の入れ物としての胴体は必要がなく、頭部から直接足が生えているのだという。


そして火星の重力は地球の1/3しかないため、筋肉の付いた屈強な脚は必要がなく、その結果、うどんのようなニョロニョロとしたひも状の足になっているとのことだった・・・・・・。


で、その絵を見る限り、私には火星人がタコに似ているとは、これっぽっちも感じられなかったのだが、どういう訳かその後、「火星人はタコ」というイメージが、世の中に定着して行くことになるのだ。


そしてご説明して来たような、リアルな火星人の姿は知らないが、タコのような姿をした、「火星人もどき」なら知っているという人が、どんどん増えて行ったのだ・・・・・・。


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▲昭和の宇宙人にはこのような光線銃も付き物だった。そしてUFOには丸い窓があり、このようにカパッと開くアナログな出入り口が定番だった。

では、「火星人はタコ」というイメージは、いったいどこからやって来たものなのだろう。


で、当時の記憶を少しずつ辿ってみると、私にはどうも当時の漫画やアニメが、その原因を作ったような気がしてならないのだ。


当時の漫画やアニメでは、自分の住んでいる町にUFOが飛んで来て、中から宇宙人が出て来て、「コンニチハ」なんてシーンがよくあった。


で、この宇宙人がタコだったのである。


漫画やアニメに宇宙人を登場させる場合、「ふしぎ大百科」や「ミステリー大百科」に載っているような、リアルな薄気味の悪い見た目ではちょっとまずい。


子供が親しみを持てるような、「キャラクターとしての宇宙人」でなくてはならないのだ。


そこで子供がイメージしやすい、地球上にいる似たような生物ということで、タコに白羽の矢が立ったのだろう。


火星人の特徴である大きな目はそのままに、口はキュッとすぼめられて、キャラクターとしてのタコに似せられた。


そして頭部から直接伸びていた、うどんのような無数のひも状の足は、タコのような太い足に描き直され、タコに見合うように本数が大幅に減らされた。


そして頭部の下には本来はなかった短い胴が描き加えられて、気味の悪さはなくなり、ちょっと滑稽な宇宙人のキャラクターが完成したのだ。


ドラえもんの10巻(てんとう虫コミックス)に出て来る、「ラジコン宇宙人」というひみつ道具が正にそのイメージで、当時の漫画やアニメには、このタイプの宇宙人がしばしば登場し大活躍していたものだ。


ところでドラえもんが出した「ラジコン宇宙人」だが、宇宙人のイメージがグレイに変わった現在では、グレイタイプの宇宙人に変更になっているのだろうか。


ドラえもんは「未来は変わるもの」と言っている。


原作漫画は変わることはないだろうが、アニメの方の未来は、もしかしたら変わっているのかもしれない・・・・・・。


2022年10月20日 (木)

つくんこ

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昭和の頃に発売されていた、「つくんこ」というチョコレート菓子をご存じだろうか。


「つくんこ」はつくしの形をしたチョコレート菓子で、棒状のクラッカーにチョコレートを加えて、つくしの形に仕上げられていた。


分かりやすくいうなら、「きのこの山」の「つくし版」である。


以前、昭和の頃に森永製菓から発売されていた、「森のどんぐり」と「くるみの森」について書かせてもらったが、「つくんこ」は一足遅れて発売になった姉妹商品だった。


ちなみに「森のどんぐり」と「くるみの森」は、1977(昭和52)年発売、「つくんこ」は1983(昭和58)年の発売だった。


じつは森永製菓に限らず、1970~1980年代は、このような日本の野山を題材としたチョコレート菓子がたくさん発売されていたのだ。


現在でも買うことが出来る、明治の「きのこの山」と「たけのこの里」も、その中の一つで、「きのこの山」は1975(昭和50)年、「たけのこの里」は1979(昭和54)年から発売されている歴史の古いお菓子なのである・・・・・・。


で、どういう訳かこれらの商品は、どれも外箱の形状やパッケージのデザインが、まるで示し合わせたかのようによく似ていた。


そしてそれは「つくんこ」も例外ではなかった。


「つくんこ」の外箱の形状は、「きのこの山」や「たけのこの里」と同様で、箱の前側からミシン目に沿って、カパッと開ける仕組みになっていた。


そしてパッケージのデザインはというと、草原の中に立つ一軒の民家があって、家の後ろ側は木々に囲まれた、自然豊かな光景が描かれていた。


そしてこのような絵柄は、1970~1980年代にお菓子メーカー各社から発売になっていた、日本の野山を題材としたチョコレート菓子には、定番のデザインだったのである。


明治の「きのこの山」や「たけのこの里」は、自然豊かな環境の中に建つ民家が、まるで昔話に出て来るような、かやぶき屋根の家だったが、森永の「森のどんぐり」や「つくんこ」では、洋風の一軒家になっていた。


「つくんこ」の民家は、茶色い屋根の洋館が大きめに描かれていて、建物の左側にはレンガで作られた大きな煙突があり、建物の右側には、とんがり帽子の屋根の塔が併設されていた。


そして洋館の左の繁みからは、一匹のノウサギがひょっこりと顔を出してこちらを見ている。


また、パッケージイラストの上部には、大きくひらがなで「つくんこ」と書かれていて、その下の森の背景に被せるように、「つくしの つくんこ つんでごらん」と小さな文字で書かれていた。


そして主役である「つくんこ(お菓子)」は、パッケージの左右の隅に2本ずつデザインされていた。


1970~1980年代に各社から発売されていた、日本の野山を題材としたチョコレート菓子は、パッケージのデザインを見せることを重視していて、お菓子そのものはこのように控え目に配置されているものが多かったように思う・・・・・・。


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また、「つくんこ」が発売になった1980年代は、アイドル全盛と言われた時代で、お菓子のCMにはよく女性アイドルが起用されていた。


そしてそれは「つくんこ」も例外ではなく、CMには柏原芳恵さんが出演されていたのを覚えている。


CMは柏原芳恵さんがおばあちゃんといっしょに座っているシーンから始まる。


そして柏原さんがおもむろに「つくんこ」を手に取り、「こっちから食べるとつくんこで、こっちから食べるとこんくつ」と、おばあちゃんに説明している。


するとおばあちゃんは「つくんこ」を2本、互い違いに持って、「あたしゃ、こうして食べますよ」と言う。


そして柏原さんが「つくんこ」を食べ、おばあちゃんが「どう?」と感想を聞いたところで、「も~り~な~が、つ~くんこ ♪」という歌が流れてCMは終わる。


また、別バージョンのCMでは、柏原さんとおばあちゃんがピクニックに出かけようとしている様子で、2人はリュックを出して来て、色々と準備をしている。


そして柏原さんが「おばあちゃんはコレね。つくんこは私が持って行くね」というと、おばあちゃんが「わ~た~し~よ~」と言い返す。


すると柏原さんも引かず、「わ~た~し~!」と、どちらがつくんこを持って行くかで言い合いになっている。


そしてここで、「つくしタイプのスナックチョコ、も~り~な~が、つ~くんこ ♪」とナレーションと歌が流れるのだ。


最後におばあちゃんの「1本だけですよ」というセリフと同時に、柏原さんがつくんこを摘まみ食いをしてCMは終了となる。


ちなみにCMに出演していたおばあちゃんは、当時おばあちゃんタレントとして人気だった浦部粂子さんだった。


そしてCMの最後には、「森のどんぐり」と「くるみの森」のパッケージ画像が差し込まれ、「つくんこ」と姉妹商品であることをアピールしていた。


昭和の頃に森永製菓から発売になっていた、「森のどんぐり」、「くるみの森」、「つくんこ」は、いつの間にか販売終了となっていて、現在ではもう買うことは出来ない。


私はこれらの商品の世界観が大好きで、いつかまた復刻してくれることを信じて、日々、お菓子売り場を徘徊しているのである・・・・・・。


(画像上、里山で秋に咲くアザミの1つ、タイアザミ。画像下、触角が格好いいね、ショウリョウバッタモドキ・・・・・・)


2022年10月14日 (金)

「謎フレーズ探偵」アルプス一万尺の替え歌 ④

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前回までは「アルプス一万尺の替え歌」の様々な歌詞のバリエーションについて書いて来た。


そして今回は基本から外れたちょっとイレギュラーな歌詞のものをご紹介してみたいと思う。


で、まずは比較用として、「アルプス一万尺の替え歌」の、オーソドックスな歌詞のものを1つご紹介しておくので参考にして欲しい。


「アルプス一万尺の替え歌(オーソドックスなもの)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
大事なパンツに穴開けた(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
大事なパンツは博物館


オーソドックスな歌詞のものは、歌詞が前半部分(「ヘイ!」という掛け声のところまで)と、後半部分に分かれているのだが、後半部分はなぜか「知らない」というかたも少なくなかった。


で、今回の本題となるイレギュラーな歌詞のものがこちらになる(↓)。


「アルプス一万尺の替え歌(イレギュラーな歌詞)①」

田舎のじっちゃんばっちゃん
トイレに入って
紙がないから
手で拭いた(ヘイ!)
ラーララ ラララララ
ラーララ ララララ
ラーララ ラララララ
ララララ ラー


私はこの歌詞を見て、「あれ?」とすぐにあることに気付いた。


冒頭の「田舎のじっちゃんばっちゃん」まではいいとして、その後の歌詞はなんだかどこかで見たことがあるような気がするのだ。


そこで記憶の糸を手繰って行くと、これって以前調査した、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」のフレーズにそっくりなのだ。


ちなみに「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」では、「みっちゃんみちみちうんこたれて 紙がないから手で拭いて もったいないから舐めちゃった」と歌われている。


このイレギュラーな歌詞のものは明らかに、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けていると考えていいと思う。


しかし、それが意図的なものだったのか、混同して伝わってしまったものなのかは残念ながらよく分からない。


で、このイレギュラーな歌詞のものは、後半の歌詞は「アルプス一万尺の手遊び歌(元歌)」と同様に、シンプルに「ラ」のみで歌われて行く。


ただ、今回の調査では、後半の歌詞がない例も見られた。


また、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けたと思われる歌詞には、次のようなバリエーションもあった。


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「アルプス一万尺の替え歌(イレギュラーな歌詞)②」

隣のじっちゃんばっちゃん
トイレに入って
ティッシュがないから
手で拭いた(ヘイ!)


まず、冒頭の「田舎のじっちゃんばっちゃん」が、「隣のじっちゃんばっちゃん」に変化していることが分かる。


しかし、これについては、オーソドックスな歌詞のものも、両方の歌詞がバリエーションとして存在していた。


次に①の「紙がないから」というフレーズが、②では「ティッシュがないから」というフレーズに変化している。


これについては、人から人へ伝わって行く際に、まるで伝言ゲームのように、どこかのタイミングで、変化して行ったものと思われる。


また、②の歌詞では、後半の歌詞の「ラーララ ラララララ・・・」はなくて、前半の歌詞だけで全てが完結していた。


このようにイレギュラーな歌詞①、②は、明らかに「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けていることが分かる・・・・・・。


で、影響を受けていると言えば、オーソドックスな歌詞の2行目、「イモ食って屁こいて」というフレーズも、どこかで聞いたことがあるような気がする。


で、こちらも記憶の糸を手繰って行くと、以前調査した「学年の数え歌」に全く同じフレーズがあった。


ちなみに「学年の数え歌」では、「一年、イモ食って屁こいて」と歌われている。


このように子供の替え歌というのは、他の替え歌に歌詞の一部を流用していることがままある。


そしてこのことがより一層、歌詞の謎を深めることになるのである・・・・・・。


ちなみに前回は本文では特に触れなかったが、この「イモ食って屁こいて」というフレーズは、「屁して」、「屁こいて」、「屁ふって」、「屁たって」などのバリエーションがあった。


意味としては全く同じなのだが、住んでいる地域によって、方言に置き換えられて歌われていたようである。


ちなみに私が子供の頃に聞いた記憶があるのは、「屁して」と「屁こいて」の2パターンだった。


恐らくもっと広い範囲で調査をして行けば、更に多くのバリエーションが出て来るのだろう。


という訳で、4回に渡って書いて来た、「アルプス一万尺の替え歌」だが、とりあえず今回で完結ということになる・・・・・・。


(画像上、気温が下がって、ハギの花が目立ち始めた。画像下、クヌギのどんぐりが落ちる季節になった・・・・・・)


2022年10月 8日 (土)

「謎フレーズ探偵」アルプス一万尺の替え歌 ③

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前回は「アルプス一万尺の替え歌」の前半の歌詞をご紹介した。


で、今回は後半の歌詞について書いて行こうと思っている。


という訳で、まずは前回ご紹介した「歌詞A」に、後半の歌詞を加えたものをご紹介してみようと思う。
それがこちらになる(↓)。


「アルプス一万尺の替え歌 A(完全版)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁して
大事なパンツに穴開けた(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
大事なパンツは博物館


見てもらえば分かる通り、本当にどうしようもねえ歌である。
そして子供が作る歌って、なんでいつもこうも残酷なんだろうと笑ってしまう。


みなさんも子供の頃、一度は耳にしたことがあるであろう、「お正月」や「ひな祭り」の替え歌でも、必ず誰かしら死者が出ていたのを覚えているだろうか・・・・・・。


「アルプス一万尺の替え歌 B(完全版)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
パンツが破れて空飛んだ(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
破れたパンツは美術館


後半の歌詞で注目すべきは、パンツが最終的にどうなるのかということだろう。


田舎のじっちゃんばっちゃん亡き後、パンツの行方は歌詞Aでは博物館、歌詞Bでは美術館に展示されることになったようだ。


穴が開いたり、破けたりしたパンツに、そんなに価値があるということは、田舎のじっちゃんばっちゃんって、本当はすごい人物なのかもしれない・・・・・・。


「アルプス一万尺の替え歌 C(完全版)」

隣のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁して
パンツが破れてさあ大変(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
破れたパンツは行方不明


歌詞Cでは破れたパンツは行方不明になってしまっている。


博物館や美術館に展示されるよりも、「行方不明」の方がより自然な感じがする。


しかし、じっちゃんを殺害し逃走した犯人によって、パンツは持ち去られたとも考えられる。


そもそもの話、じっちゃんを殺害した理由というのが、パンツを手に入れるためだったのではないのか。


博物館や美術館に展示されるほど価値のあるパンツなのだ。
あり得ない話ではないだろう・・・・・・。


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「アルプス一万尺の替え歌 D(完全版)」

隣のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
パンツが破けて気絶した(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
破れたパンツは水族館


歌詞Dのパンツの行方は水族館なのだが、なぜに水族館なのか意味が分からない。


前半の歌詞で、じっちゃんばっちゃんはパンツが破けたショックで気絶してしまっている。


もしかしたらその間に、歌詞Bのように屁をした勢いで空を飛び、水族館上空でパンツが脱げてしまい、それが落下したのかもしれない。


突然現れたパンツが水槽の中を泳ぎ回り始め、お客さんはさぞかしびっくりしたことだろう。


ちなみに歌詞A~Dにおけるパンツの行先については、聞く人によって様々なのだが、強いて言うなら博物館が最も多い行先だった・・・・・・。


さて、続いての歌詞、EとFについては、2つ続けてご紹介することにする。


「アルプス一万尺の替え歌 E(完全版)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
パンツが破れてケツ出した(ヘイ!)
ラーララ ラララララ
ラーララ ララララ
ラーララ ラララララ
ララララ ラー


「アルプス一万尺の替え歌 F(完全版)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
パンツを脱いだらクソだらけ(ヘイ!)
ラーララ ラララララ
ラーララ ララララ
ラーララ ラララララ
ララララ ラー


歌詞Eと歌詞Fでは、後半の歌詞は元歌と同じで、シンプルに「ラ」で歌って行く。


歌詞Eでは「パンツが破れてケツ出した(ヘイ!)」、歌詞Fでは「パンツを脱いだらクソだらけ(ヘイ!)」の後の、「ラーララ ラララララ」ということになり、歌詞のバカっぽさをよりいっそう引き立ててくれているといえよう・・・・・・。


今回は「アルプス一万尺の替え歌」の、後半の歌詞について書いて来た訳なのだがいかがだったろうか。


ちなみに今回の調査では、後半の歌詞については、そもそも「なかったと思う」と答えるかたも少なくなかった。


これが前回後半の歌詞を紹介しなかった理由でもある。


さて、そんな訳で、次回は「アルプス一万尺の替え歌」の、ちょっとイレギュラーな歌詞のものについて書いてみようと思っている・・・・・・。


(画像上、林縁の草地で咲くアレチヌスビトハギの花。画像下、アキアカネが山から帰って来た・・・・・・)



«「謎フレーズ探偵」アルプス一万尺の替え歌 ②

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