2018年6月10日 (日)

野人と人間のハーフ

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もうかなり前の話になるが、テレビで中国の山奥へ「野人」を探しに行くという番組をやっていた。

野人とは未確認生物、「UMA」の一つとされていて、二足歩行をする大型の類人猿だという。

野人のような二足歩行をする未確認生物は、じつは世界各地から目撃報告がある。

「ビックフット」や「雪男」は特に有名で、ご存知のかたも多いだろう。

どうやら中国の野人も、ビックフットや雪男と同じようなタイプのUMAらしい。

テレビでは取材班が現地に着き、「自分は野人を見たことがある」という人たちのインタビューが次々と紹介されて行く。

彼らに共通しているのは、「二足歩行をする大型の類人猿を見た」ということで、それ以上の話はなぜかこれといって出て来なかった。

なかには野人の絵まで描いて丁寧に説明してくれる者もいたが、そういう人に限ってなぜか絵心がなく、何が描いてあるのかよく分からなかったり、大きなスケッチブックの真ん中に、アリが止まっているのかと思うくらいちっちゃな絵が描いてあったりで、せっかく描いてもらった絵が、残念ながら何の役にもたっていない・・・・・・。

分かりやすく言えば幼児レベルの絵なのだ。

絵を見せられる側からしたら、せめて小学生レベルであってほしいものだ。

どちらにしても低レベルな話ではあるが・・・・・・。

テレビでは現地で得た情報をもとにいよいよ野人の捜索へ向かおうとしていた。

取材班は登山用の大きなバックパックを背負って、神妙な面持ちで山道へ入って行く。

しかし、冷静になってよく考えてみれば、ゴリラよりもずっと大きなヒグマクラスの「獣人」を探しに行くというのに、あまりにも軽装すぎやしないか。

一応、山登りやキャンプの装備はもっているものの、万が一、野人と対峙してしまった時に身を守るための物を、彼らは何も持って来ていないのだ。

彼らはテレビクルーなので、目的は野人を撮影することにある。

しかし、大きな三脚やセンサーカメラなどを持って来ているところをみると、どうも彼らは初めからある程度距離のある撮影を想定しているように感じる。

しかし、相手は生き物だ。

いや、野生動物と言った方がいいかもしれない。

野生の動物がこちらの想定している通りに行動してくれるとはとても思えない。

突然、薮の中から飛び出して来て、襲われることだってあるかもしれない。

日本だって毎年何人もの人が熊に襲われ大怪我をしているのだ。

中には命を落とす人だっている。

と、そんなこちらの心配をよそに、取材班は野人に襲われることもなく、全員無事に下山することになった。

早い話が野人に出会うことも、撮影することも出来なかったのだ。

何も収穫のなかった取材班は、当然のことながら落胆していた。

野人そのものを撮影出来なかったとしても、せめて野人のものとおぼしき体毛やウンコ、足跡でも見つかっていれば、それだけで何とかなってしまうのがテレビというものだ。

ところが、今回はそれすらもない。

きっと、想定外だったに違いない・・・・・・。

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「このままでは帰れない」と顔に書いてある日本人を不憫に思ったのか、現地のガイドさんが気を利かせ、あちこちに電話をかけてくれているようだった。

野人情報のネットワークのようなものがあるのだろうか。

そのかいがあって、ガイドさんが「野人そのものではないんだけど、○○村に野人と人間のハーフがいて実際に会えるらしい」と話を持ちかけて来た。

「野人と人間のハーフ」と聞いて、誰もが「怪しい情報」と感じたに違いない。

「宇宙人と人間のハーフ」に何度もだまされて来た日本人をなめてもらっては困る。

しかし、「実際に会える」という点に関しては、野人の「や」の字も撮影出来なかった彼らにとって、とても魅力的な話だったに違いない。

他に野人についての有力な情報はこれといって何もないのだから、「野人と人間のハーフ」が番組に使えるかどうかはともかくとして、とりあえず会っておこうということになり、早速、翌日に「なんとか村」へ向かうことになった。

この番組はもう放送されたのがかなり前の話なので、記憶がちょっと定かではないのだが、確か「なんとか村」は平地ではなく山地にあったと記憶している。

で、程なくして、取材班は「なんとか村」に着いて、村人に「野人と人間のハーフ」についての聞き込みを開始した。

するといきなり、「確かに彼は野人と人間のハーフでこの村に住んでいる」という。

それなら話は早い。

早速、「会わせてもらえないか?」と聞くと、「彼はいつも自然の中にいるから、その辺を探してみるといい」という。

村人は「あの大きな岩がある辺りが彼のお気に入りだから、あの辺を中心に探すといいかも」と指をさすと、「僕も一緒に探してあげるよ」と言って、ゆっくりと歩き出した。

村人はしばらく取材班と一緒に歩き、「野人と人間のハーフ」を探し回っていたが、なかなか見つからないので、「もしかしたら、林の中に入って行ったのかもしれない。探して来るからちょっとここで待っていて」と言って、雑木林の中に消えて行った・・・・・・。

取材班は「野人と人間のハーフ」のお気に入りだという大きな岩の所で村人を待つことにした。

しかし、「野人と人間のハーフ」なんて本当にいるのか?

「雑木林に消えて行った、あの人の良さそうな村人が、着ぐるみでも着て出て来るんじゃないだろうな・・・・・・」などと誰もが思い始めたころ、「お~~い!」という、あの村人の声が林の方から聞こえて来た。

そして、カメラがその声の方向に振られた直後、衝撃の映像がお茶の間に放送されることになる。

奥の繁みから「バッ!」と飛び出て来て、こちらに向かって走って来たのは、かなりの長身で痩せ型の丸裸の男性だった。

多くの視聴者がこの瞬間仰天したと思うのだが、個人的にはやや冷静に「ジャイアント馬場にちょっと雰囲気が似ているな~」と思っていた。

テレビの画面にはここぞとばかりに、「ついにカメラは捉えた!!野人と人間のハーフ!!」みたいなことが、デカデカと映し出されていた。

「野人と人間のハーフ」というからには、普通の人よりもかなり毛深いのだろうと、勝手に思っていたのだが、彼には胸毛すらなくて、全身つるんとした印象だった。

唯一、彼が「野人と人間のハーフ」と言われる所以と思われるのが、その背の高さだったのだが、そんなことよりもお茶の間に衝撃を与えたのは、走りながら右へ左へぶらん、ぶらんと振り子運動を続ける、正に野人級の珍棒の方だった。

それは読んで字のごとく、「珍しい棒」という表現がぴったりのシロモノで、そこだけが唯一、「野人と人間のハーフ」をしっかりと自己主張していた。

それにしても、いくら彼が「野人と人間のハーフ」でも、珍棒丸出し状態をモザイクもかけずに、放送してしまってよいものなのだろうか。

動物番組で野生動物の生殖器にモザイクやボカシが入っているのは見たことがない。

ということは、「野人と人間のハーフ」である彼は、「動物」という位置付けなのか・・・・・・。

しかし、彼には野人を彷彿させるような体毛は一切なく、目立つ体毛といえば、頭や脇、陰部など人間と全くいっしょ。

しかも、彼は普通に人の言葉を話すことも出来て、インタビューにも答えている。

ということは、「ただの長身の人間じゃねえか」ということになる・・・・・・。

中国という国は素っ裸で外を歩き回っていても、警察に捕まらないのだろうか。

で、個人的な結論としては、「野人と人間のハーフ」と呼ばれている彼は、「素っ裸で日常生活を送る、背の高い変態のおっさん」ということなる。

きっと、ほとんどの視聴者がそう感じたと思うのだが、唯一、制作者であるテレビ局だけは、そうは思わなかったらしく、野人の珍棒を何のためらいもなくそのまま放送してしまい、視聴者に衝撃を与えたのである・・・・・・。

その後、放送倫理委員会などからお咎めがあったという話も聞かず、その後も一部分をカットした映像を他の番組でも使っていたりしていて、私はますますテレビというものが分からなくなったのだった・・・・・・。

(画像上はクリの花に吸蜜に訪れたアカシジミ、画像下は林床から顔を出したドクベニタケ)

2018年5月13日 (日)

ネコに爪とぎをされる女

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アシスタントのぴかちう♀は、家にいるときはいつもボロボロの部屋着を着ている。

服にはあちこち小さな穴がボコボコ開いていて、まるで、たった今、戦場から帰って来た人みたいだ。

ズボンは服よりも厚手なので少しましではあるが、よく見ると所々小さな穴がボコボコ開いていて、引っかき傷のようなものがあちこちにある。

じつはこれ、うちのネコたちの仕業なのだ。

ぴかちう♀はうちのネコたちにとても好かれていて、いつもの定位置に座ると、「待ってました!」とばかりに必ずネコがトコトコやって来る。

そして、ヒョイとぴかちう♀の脚の上に乗ると同時に、何を思ったのか「バリバリ、バリバリ」と爪とぎを始めるのだ。

爪とぎをする場所はその時々で、脚、腕、胸、背中など様々で、特に場所が決まっている訳ではない。

その都度、ぴかちう♀は「またかよ」という顔をして、「もう~、なんで私で爪を研ぐのさ~」と呟くのだが、ネコたちは聞き入れてくれたためしがない。

まあ、爪を研ぐと言っても、服やズボンに爪を引っ掛けて、バリバリと引っ張るだけなので、爪を切ってあれば別に痛くも痒くもないのだが、そうは言っても、やっぱり服やズボンには少なからずダメージはある・・・・・・。

不思議なのはこんな風に爪を研ごうとするのは、ぴかちう♀に乗って来た時だけで、私に乗って来た時はそんなそぶりは少しも見せず普通にしている。

いったい何が違うというのだろう。

ぴかちう♀のことを丸太とでも思っているのか・・・・・・。

ネコたちはひとしきり「バリバリ」やると、その後はぴかちう♀に甘えて来たり、脚の上でくつろぎ出し、丸くなって寝てしまう・・・・・・。

丸太に甘えて来るはずはないので、ちゃんとぴかちう♀のことは人と認識しているようだ。

と、まあ、そんな訳で、ぴかちう♀はいつもボロボロの部屋着を着ているという訳なのだ。

新しいのを下ろしても結局は一緒なので、今ではあきらめて数着のボロ着を着回している。

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普段、家にいる分には、人に見られることもないので、別に問題はないのだが、突然の来客があった時などは非常に慌てることになる。

一番多いのは宅配便が来た時だろうか。

誰か他の人が出られる状況ならいいのだが、ほとんどの場合、ぴかちう♀が出なければならず、大慌てで穴だらけの服を脱ぎ、「ちゃんとした服」に着替え始めることになる。

慌てているため、服にボコボコ開いている小さな穴に指を突っ込んで、穴を自分で更に大きくしてしまい、「あ~~~!」などと叫ぶこともしばしば。

ズボンを脱ぐときは更に注意が必要で、慌てて履き替えようとして足がひっかかり、前につんのめって転倒したり、ズボンと一緒に靴下まですっぽり脱げてしまい、ズボンを履き替えてから靴下まで履き直し、余計な時間を費やしてしまうという失態を何度も繰り返している。

玄関のドアを開けて、ハンコ片手に「お待たせしました」と言うころには、鼻息も荒く鬼気迫る表情で、ひきつったような作り笑いを浮かべて、宅配便のお兄さんを恐れさせている・・・・・・。

きっと、宅配便のお兄さんはドアが開くまでは、「ずいぶん出て来るのが遅い家だな」と、軽くイラついていると思うのだが、ドアが開いてぴかちう♀の表情を見た途端、「やばい家に来てしまった」ことを察し、ハンコをもらい荷物を渡すと血の気が引いた様子でそそくさと帰って行くという。

実際のところは全然やばくない、ただのまぬけな住人が住む家なのだが、宅配便のお兄さんはそんな事実は知る由もない・・・・・・。

いつだったかはぴかちう♀と、「もう、面倒だから宅配便が来ても、ボロ着のまま出てしまおうか」と話をしたことがある。

考えてみれば、ダメージジーンズなんて、ぴかちう♀の穴開きの上下よりも、はるかに穴は大きく、見た目だってずっとボロいではないか。

そんなボロ着が結構な値段で売られていて、それをはいて堂々と外を歩いている人がいっぱいいるのだ。

ぴかちう♀の穴開きの上下の方が、ボロさ加減はずっとましなのだから、「これはこういうファッションなのだ」と思えばいいのだ。

もしかしたら、「時代の最先端を行くファッション」というのは、こんなふうにして生まれるのではないか。

「ネコが偶然作り出したファッション」だなんて、ちょっとかっこいい響きだ。

そんな話をぴかちう♀としていたら、何だか本当にかっこよく思えて来て、「ちょっと鏡に映してみようか」という話になり、姿見の前に小走りに直行した。

しかし、そこに映っていたのは、信じられないくらいの軽装で、つい今しがた戦場から帰って来た冴えない女だった・・・・・・。

(画像上はうちのネコの「まるちゃん」と「てつお」、画像下は里山の林床で咲くキンラン)

2018年1月28日 (日)

ネコといっしょに寝る

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うちのネコは夜は人と一緒に布団で寝る。

消灯時間をなぜか分かっているらしく、寝る時間になると布団の上にちょこりと座って待っている。

うちにはネコが4匹いて、全員が人と密着して寝たいらしく、私が布団に入るとそっと近付いて来て体に寄りかかって来る。

脇にくっ付いてくるやつはまだいいのだが、無理やり私の股の間に入って来るやつがいて、自分のスペースを作ろうとするのか、「もうちょっと、脚を開けよ」とばかりに、自分の足でグイグイと私の脚を押して来て、無理やり私の股を開かせようとする・・・・・・。

基本的にうちのネコたちは、真冬のものすごく寒い日以外は、毛布や掛け布団の中には入って来ないので、毛布やタオルケット、掛け布団の上などに乗られてしまうと、上に掛けているものが体に密着して、もう全く動けなくなる。

特に私の股の間で寝るやつは、体が大きくて体重が7~8キロもあるので、寝返りをうとうにも重たくて体をちょっとずらすぐらいのことしか出来ない。

これは時間が経つにつれてきつくなって来る。

一日の疲れを癒すために睡眠をとっているのに、朝起きると逆に体中が痛くて、爽やかな朝の第一声が「疲れた・・・」とはいったいどういうことなのか・・・・・・。

脇に寄りかかって寝ているネコは、そのまま朝まで寝てくれる場合と、そうでない場合があって、そうでない場合に当ると、ちょっとやっかいなことになる。

脇で寝息を立てているから、「今日は大丈夫かな」と安心していると、夜中に何だか息苦しくなって、ふと目覚めることがある。

そういう時は脇にいたはずのネコがいつの間にかいなくなっている。

当然、脇のあたりはすっきりとしているのだが、なぜか息苦しくて変だな~と思って目を開けると、脇にいたはずのネコがなぜか胸の上に乗っているいるではないか。

重たいし、苦しいしで、胸に乗っているネコを下ろしたいのだが、反対側の脇で寝ているネコはそのままの状態なので、片手は使えないし、股の間には大ネコがきれ~におさまっているしで、体勢を変えようにも動けない・・・・・・。

たまに股で寝ていたネコが暑くなって股から出ていることがある。

こういう時はラッキーで体を右か左に返すことが出来る。

さすがに体を返せば胸に乗っているネコは布団の上に下りるだろうと考えるのが普通だと思う。

ところが、私が体を返して行くと、上に乗っているネコの方もバランスを取って、上手に移動して行き、結局そのまま私の上に乗っている状態を保っている。

まるで玉乗りでもしているかのようだ。

さすがにネコ、たいしたものである。

人間にはまねの出来ないバランス感覚といえよう。

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この胸の上に乗っているネコは、胸に乗っているのがよほど好きらしく、胸の上に乗るとすぐに「ゴロゴロ、ゴロゴロ」と喉を鳴らし始める。

この「ゴロゴロ、ゴロゴロ」という音は、ネコがくつろいでいる時に出る音で、「ゴロゴロ」言っているときはかなりリラックスしている状態と言える。

ネコはこのように「ゴロゴロ」と喉を鳴らしている時、突然すくっと立ち上がり、ふみふみを始めることがある。

前脚を「右、左、右、左」と足踏みをするように交互にふみふみして行くこの動きは、子猫のころ母猫のおっぱいの出がよくなるように、おっぱいを押して刺激する行動の名残と言われている。

私の胸の上で寝るネコも、たまにこの行動を始めることがあるのだが、ただ乗っているだけでも重たくて苦しいのに、「右、左、右、左」とリズミカルに胸を押されるとけっこう痛いものだ・・・・・・。

それに加えてふみふみしながら、なぜかゆっくりとバックして来ることがあって、いつだったかはふみふみの痛さに気を取られていたら、バックして来たネコの後ろ足が「いててててっ!」と顔をゆがめていた私の口の中に、計ったように「ズボッ!」と入って来たことがあった。

そもそも何でバックして来る必要があるのか意味が分からない。

それからというもの、胸の上でふみふみが始まったら、反射的に口をガードするクセが付いてしまった。

もはや総合格闘技である。

いや、ネコが相手なので異種格闘技か。

ちなみに私の胸の上に乗りたがるネコは、どういう訳か胸の上に乗っている時は、お尻を私の顔側にする。

顔をこちらに向けて乗って来たためしがない。

全く失礼なやつである。

だから、バックして来たネコの足が私の口の中にすっぽりと入ってしまったのだ。

「これはなぜなのだろう」と思って調べてみると、ネコは信頼している相手でないと、お尻を向けて座ることは決してしないのだという。

きっと、相手に背を向けると、いつ襲われるか分からないという、動物ならではの警戒心が、本能として残っているからなのだろう。

ということは、こいつは私のことを信頼してくれているということのようだ。

なんだ、それならそうと、早く言ってほしい。

バックして来て足が口の中に入ってしまったことも、わざとではないし、「まあ、仕方ないかな~」などと思っていたら、何だかどこからかへんなニオイが漂って来る。

どうへんなのかと言えば、とにかく臭いのだ。

私の寝ている場所からそう遠くない所に、ウンコでも転がっているのではないかというくらいの臭さである。

本当に部屋にウンコが転がっていたら大問題である。

もう、一刻も早くその所在を確かめなくてはと気は焦るのだが、脇、胸、股をネコたちに押さえ付けられている身ではどうしようもない。

仕方なく頭だけを持ち上げて、ニオイの元をキョロキョロと探すのだが、見える範囲にはそれらしきものは見つからない。

おかしい、そんなはずはない。

このニオイはごく近くから漂って来ているように感じる。

その時、私の胸の上にいたネコがゆっくりとこちらに振り返った。

「あ!」

目が合った瞬間に謎は解けた。

このニオイの正体は私の胸の上に乗っているネコの肛門から放たれたおならだったのだ。

ネコのおならは基本的に「すかしっぺ」で音はしない。

気付かないのも無理はない。

ネコは私の胸の上で尻を私の顔に向けて伏せている状態だから、私はネコの放屁を真正面から顔で受け止めていたことになる。

「そう遠くない場所」からニオイが漂って来ていると感じるのは当然である。

それにしても、「信頼している」飼い主の上に堂々と乗り、顔に尻を向けてくつろぎ出したかと思えば、挙句の果てには放屁を一発とは、本当にこいつは私のことを信頼しているのかと疑いたくなって来る。

しかし、おならをするという行為そのものも、リラックスしていなければ、出るものも出ないはず・・・・・・。

そう考えるとやっぱりコイツは私のことを信頼してくれているのだろう。

でも、出来たら尻ではなく、顔をこっちに向けて乗ってもらいたい。

そうすれば、放屁のダメージもきっと少なかったと思うのだが・・・・・・。

2017年11月25日 (土)

謎の「いらっしゃいませ」

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近所のスーパーに買い物に行った時のことだった。

入口から店の中に入った途端、青果や鮮魚、精肉、惣菜コーナーなど四方八方から、「いらっしゃいませー!」という威勢のよい掛け声が聞こえて来る。

この掛け声を聞くと、私はいつも子供のころの記憶がふとよみがえる。

私が子供のころは、買い物といえば近所の商店街と決まっていた。

当時、近所の商店街はとても活気があって、声が潰れてガラガラ声の八百屋のおっちゃんや、遠くまでよく通る声をした魚屋のおばちゃんが、「らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、安いよ、安いよ、安いよ、安いよ!」などと、テンポよく、リズム感のある掛け声で、競い合うようにしてお客さんの気を引いていた。

その掛け声を聞くと、用もないのに、「おっ!」と思わず立ち止まり、店の中をのぞいて行く客がたくさんいたものだ。

今思えば、あのテンポとリズムは絶妙なもので、客を立ち止まらせる魔法の言葉だったと思う。

そして、客を立ち止まらせて、初めて商品を売り込み始めるのだが、「見て!このキュウリ!今朝収穫したばかり!色最高!ツヤ最高!もちろん、味最高!でも、少しだけ曲がってる!だから安いの!」と、一語一語、短く区切ってテンポよく話し始める。

おっちゃんは時おり手を「パン!パン!」とリズムを取るように叩きながら、商品の説明をして行く。

すると、立ち止まった客のほとんどは、おっちゃんの話に引き込まれて行き、最後には自然に商品を購入して行くことになるのだ。

現代のスーパーではこんな話術を持った店員は恐らく一人もいないと思うが、先日このスーパーでちょっと変わった個性的な店員と遭遇してしまった。

その店員は入り口を入ってすぐの青果コーナーにいた。

私が店に入って間もなくして、彼はバックヤードから出て来て、奥から持って来た商品を棚や台に並べたりしていた。

私はその時は彼に特別注目していた訳ではなかったので、視界の片隅でそれを無意識に確認していた程度だった。

私は彼の横をゆっくりと通り過ぎ、商品棚を眺めながら店の奥へ向かっていた。

すると、私の背後からこんな掛け声が聞こえて来た。

「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~!」

私は一瞬、自分の耳を疑った。

聞き間違いだろうか。

私にははっきりとそう聞こえたが、きっと聞き間違いなのだろう。

そうでなければ、全く意味が通じないからだ・・・・・・。

すると、たいして間を置くこともなく、再び「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」と聞こえて来た。

それはかなりゆっくりとした独特の口調で、私は誰がそんな訳の分からないことを言っているのだろうと思い、気になって振り返って見ることにした。

すると、私の背後には、先ほどの青果コーナーの若い男性店員が一人いるだけだった。

恐らくあの黒縁メガネの彼が謎の言葉を発している張本人だろう。

しかし、残念ながら、私の位置からでは彼は後ろ向きで、ちょうど背中をこちらに向けて作業している格好になっていた。

それにここからでは少し距離がありすぎる。

そこで私は黒縁メガネの彼が、謎の台詞を発するのをしかとこの目で見届けてやろうと、彼の前側に回り込むことにした。

私は出来る限り高速移動を心がけたが、小走りに息を切らしながら彼の前まで移動して行ったりしたら、きっと誰が見たって不審者に違いない。

そこで、私は早くいいポジションを確保したい気持ちをぐっとこらえて、普通に歩くよりは少し早めの速度を心がけ、なおかつ「目的地へまっしぐら」では怪しまれると思い、「私は目的の商品を探して歩いているのですよ」というそぶりを見せつつ、黒縁メガネの彼に少しずつ接近して行った。

すると、私が黒縁メガネの彼の前に到達する前に、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」と聞こえて来た。

しかし、私はこの時すでに彼の真横付近まで来ていたので、今回は彼の口からその台詞が発せられていることを、はっきりと確認することが出来た。

しかし、確認することは出来たものの、残念ながら私には彼が何と言っているのかは、やはり分からなかった・・・・・・。

私にはどうしても、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」としか聞こえないのだ。

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そこで私は、いっしょに買い物に来ていた、アシスタントの「ぴかちう♀」を呼び、「あの黒縁メガネの店員は何と言っていると思うか?」と単刀直入に聞いてみた。

するとやはり、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」と聞こえると言う。

やはり、誰が聞いても、そう聞こえるのだ。

私は自分の耳が変なのかと思い始めていたので、その言葉を聞いて少し安心した。

しかし、「いらっしゃいま~せ~」はいいとして、「ファイヤ~、クラッシャ~」とはいったいどういう意味なのか。

ぴかちう♀に「どういう意味だと思うか?」とためしにたずねてみたところ、「店名説」がまず浮上した。

商店街の八百屋とかだったら、「八百八」などの昔ながらの店名だろうが、こういう近代スーパーに入っている店なら、おしゃれな横文字の店名に違いないとぴかちう♀言うのだ。

しかし、仮にそうだとしても、「ファイヤー、クラッシャー」などという意味不明の不吉な名前を付けるはずがない。

それにこのスーパーはテナント制ではなかったはずなので、店名説はちょっと違うようだ。

次に浮かんだのは、「ファイヤー」と「クラッシャー」という言葉の組み合わせから、「破格の安さ」とか、そういう意味合いなのではないかという説。

ぴかちう♀曰く、「定価に火をつけて、ぶっ壊すみたいな」とのこと・・・・・・。

まあ、言いたいことは分からなくもないが、それなら、「いらっしゃいませ、安いよ、安いよ!」でいいような気がする。

あえて、意味を暗号化する必要はないと思う・・・・・・。

それに火をつけたら、ぶっ壊す以前にただの放火ではないか・・・・・・。

そんなことをあれこれ二人で考えていたところ、バックヤードへ続く扉から、もう一人の店員がナスの箱を抱えて出て来た。

その小太りの店員は、「いらっしゃいませ~、ナスがお買い得になっていますよ~!」といたって普通で、その後も「いらっしゃいませ」しか言わずに、ナスの箱を並べ終わるとさっさと扉の向こうへ帰って行ってしまった。

その後も別の店員が、トマトやらキュウリやらを持って二名ほど出て来たが、やはり「いらっしゃいませ」しか言わない普通の店員だった。

結果的にますます黒縁メガネの彼の言う、「ファイヤ~、クラッシャ~、いらっしゃいま~せ~」の謎が深まることになった。

他の店員が「ファイヤー、クラッシャー」を言わないところをみると、恐らくこれは彼のオリジナルなのだろう。

その後も彼は「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」を連呼していたが、言うたびに気分が乗って来るらしく、次第に最後の「い~らっしゃいませ~」の部分が演歌調になって来るのが分かった。

私とぴかちう♀は黒縁メガネの彼がしまいにはこぶしでも回し始めるんじゃないかと思って、用もないのに青果コーナーをうろうろしていた・・・・・・。

そんな時だった。でっぷりと太ったボストロールのような風貌のおばちゃんが、黒縁メガネの彼に何やら話しかけているのを発見した。

私とぴかちう♀はボストロールが、「あんた何て言ってんの?」とか、「ファイヤー、クラッシャーってどういう意味なのよ?」などと、黒縁メガネの店員に絡んでいることを期待して、まるでゴキブリのような足取りで、サササササッと素早く現場へ急行した。

しかし、ボストロールはジャガイモの品種の、「きたあかり」と「インカの目覚め」の違いについてたずねているだけだった・・・・・・。

私とぴかちう♀は「そんなことより、もっと他に聞くべきことがあるだろう!」ともどかしい思いで地団駄を踏んだが、この後ボストロールは黒縁メガネの彼の、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいませ~」を至近距離で聞いたにもかかわらず、不思議なことに全くそれを気にしている様子はなかった。

それにしても、ボストロールの他にもこんなに周りに客がいるというのに、誰一人「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」を気にしている様子がないのはいったいどうしてなのか・・・・・・。

まさか、私とぴかちう♀以外の人間には、その言葉の意味が理解出来ているとでもいうのだろうか。

それとも、黒縁メガネの彼はじつは宇宙人で、「ファイヤー、クラッシャー」の部分だけは周波数の合う人間にしか聞こえないように細工をしているのかもしれない。

もし、そうなら、私とぴかちう♀は「選ばれし者」ということになる。

しかし、黒縁メガネの彼に選ばれたところで、言っていることが分からなければ何の意味もない・・・・・・。

結論としては私たちは今後も黒縁メガネの彼の様子をつぶさに観察し、常に聞き耳を立てて、彼が何を言わんとしているのかを解き明かすことが、我々に課せられたミッションということになる。

帰りがけにせまい通路で思いがけずボストロールと対峙してしまい、思わずとっさに身構えて、「出たなボストロールめ!」などと口走ってしまいそうになり、ギロリとボストロールににらまれた。

私は宇宙人の彼よりも、このスーパーでよく出くわすボストロールをまず克服しなくてはと、ふと思ったのだった・・・・・・。

(画像上はシラカシのどんぐり、画像下はヒヨドリジョウゴの果実)

2017年10月28日 (土)

コーラの飲みすぎで足の骨が溶けた人の話

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私が子供のころ、家で飲んでいたジュースは、近所のお米屋さんが配達してくれていた。

確か父のビールもそうだったと思う。

米屋が配達するジュースやビールは全てビン入りで、ジュースは赤色、ビールは黄色の専用のプラスチックケースに12本入って1ダースになっていた。

現在でも昔ながらの酒屋さんなどでビンビールを頼むと、黄色のプラスチックケースに入ったものが届けられるので、ご存知のかたも多いと思う。

ちなみに当時、うちの近所の米屋で扱っていたジュースは、定番のコカコーラとファンタだけであった。

当時の私はコカコーラの味や匂いが薬品臭のように感じられてどうも苦手であった。

このため、私は毎回ファンタばかりを注文してもらっていた。

現在ではファンタは様々なものが発売されて、バラエティー豊かになっているが、当時米屋が配達してくれるファンタはオレンジのみであった。

ファンタといえばオレンジだったのだ。

ところが、どういう理由か定かではないが、1ダースのなかに1~3本だけ、見慣れぬグレープが入って来ることがしばしばあった。

1本だけのこともあったし、2~3本入って来ることもあった。

今ではコンビニなどに行けば、オレンジもグレープも普通に買うことが出来るので、別に何とも思わないのだが、当時のグレープは「当たり」のようなもので特別なものだった。

当時はファンタといえばオレンジのことだったので、1~3本だけ入って来るグレープは、恐らくメーカーがお客さんの反応を見るために入れていたのではないかと思う。

1ダースの中に1~3本しか入っていないグレープは、オレンジ色の液体の入ったビンが並ぶケースの中でとても目立っていて、「見るからにレア感丸出し」といった感じで、当時の私には光り輝いて見えていた。

栓抜きを使ってビンの蓋をプシューっと開けた瞬間に立ち昇るグレープの香りはとても上品で、コップに注いで飲むことも忘れ、半目半口を開けたまま、別世界へトリップしてしまい、母に注意されるまで気付かずにうっとりしていることもしばしばあった。

そんなことをしているものだから、コップに注いでいざ飲む頃には、少し炭酸が抜けてしまっていたが、それでも口に含んだ瞬間にシュワシュワと広がるグレープの味と香りは、オレンジに慣れている私の口にはとても新鮮で、毎回「うまーい!」などと叫ばずにはいられなかった。

「ゴクッ、ゴクッ!」と飲み込む時の、のどごしの良さも最高で、私はのどちんこでもグレープの味と香りを堪能しているようにさえ感じられた。

口は利けないがのどちんこもきっと、「うまーい!」と叫びたいに違いない。

そして、ジュースを飲み干したあとに、「グエッ!」と出るゲップもただのゲップではなく、さっきビンの蓋をプシューっと開けた時と、寸分違わぬ爽やかなグレープの香りがして、体外に放出してしまうのがもったいないと思い、鼻の穴を限界まで広げて、「フガフガ」言いながら再吸収する始末だった・・・・・・。

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ちょうど私がファンタグレープに陶酔していた時期と重なるようにして、同級生のY君が突然学校に来なくなった。

最初は風邪でもひいたのかと、大して気にもしていなかったのだが、5日経っても、1週間経っても、彼は学校に来なかった。

10日を過ぎたころ、さすがにおかしいんじゃないかと皆がざわざわと騒ぎ出した。

担任の先生もそろそろ話さなければいけないと思ったのか、その日の朝の会で、「Y君は入院しています」と発表した。

入院と聞いて皆が騒然としている中、先生は立て続けに衝撃的な話をし始めた。

「Y君はコーラの飲み過ぎで、足の骨の一部が溶けてしまい、今は歩くことが出来ない状態なのです」と言うのだ。

コーラというあまりにも身近な飲み物が原因で、まさか入院するほどの事態が起ころうなどと、いったい誰が想像するだろうか・・・・・・。

しかも、足の骨が溶けたなんて、ただごとではない。

ちょっと風邪をこじらせて、念のために入院しましたなんて話とは訳が違う。

「コーラが原因で足の骨が溶けた」という現実に誰もが言葉を失って、教室の中は一時、「シーン」と静まり返っていた。

恐らくここにいるクラスメートのほとんどは、コーラが好きで普段よく飲んでいるはずだ。

友達の家に遊びに行くと、コーラが出て来る確率が高いことからも、それは間違いないだろう。

この静寂は「普段、コーラをよく飲んでいる自分も、もしかしたら足の骨が溶けるんじゃないか」という不安の現れなのだろう。

一方、私は前述のように、コーラの味や匂いが苦手であったので、家でコーラを飲むことは全くなかったので、「自分も足の骨が溶けるのでは」などと、不安な気持ちになることもなく、ただ、ただ、その現実を受け止めていた。

しかし、自分がコーラをいまいち好きになれない理由でもある、あの独特の薬品臭のような香りがどうも気になりだし、コーラにはやはり何かよからぬ薬が混ぜられているのではないかという個人的疑念がふつふつと湧き出して来ていた。

そもそも、コーラのあの黒い色は何由来のものなのか。

色だけ見たら、間違ってもうまそうではないし、体に良い飲み物には見えない。

しかし、口に含んだ途端に、コーラはその独特な味と香りで人々を惑わせるのだ。

コーラにはやはり人を引き付ける薬が入っているに違いない。

私の頭の中には実験室のような場所で、眼光鋭い白衣の男たち数名が、得体の知れない黒い液体の中に、謎の白い粉を数種類投入し、ポコポコと泡立つ様子を見ながら、ニヤリと笑みを浮かべつつ、うなずき合っている絵が浮かんでいた。

そんな私の妄想をかき消すように、担任の先生は話の続きを語り始めた。

「コーラが悪いのではありません。Y君はコーラの飲み過ぎで足の骨が溶けてしまったのです」

先生の話によると、Y君は1日2~4リットルのコーラを毎日飲み続けていたという。

なんでもご飯を食べるときも、お茶代わりにコーラを飲んでいたというから、よっぽどコーラの魅力にとりつかれてしまっていたのだろう。

どんなものでも、飲み過ぎ、食べすぎはよくないのだ。

Y君はいわゆる肥満体形でもあったので、その体重で足に負担がかかっていたこともよくなかったようだ。

しかし、「コーラを飲み過ぎたのがよくなかった」ということは、「コーラは飲み過ぎたら、体によくない」という意味にもとれる。

そんなことを考えていたら、また私の頭の中にはいつの間にかあの実験室の白衣の男たちが現れていたのだった・・・・・・。

コーラの飲み過ぎで足の骨が溶けたY君の話は、私たちにかなりの衝撃をあたえた。

普段、コーラを飲まない私は別として、コーラ好きの級友たちはその話にびびりまくり、しばらくの間コーラから距離を置いていた・・・・・・。

ちなみに私がコーラを飲めるようになったのは中学に入ってからで、別に好き好んで飲もうとは思わなかったが、他に飲み物を選べなかったり、たまたま冷蔵庫に入っていたら、普通に飲めるようになっていた。

そして、今では無性にコーラを飲みたくなる時もある。

そして、コーラを飲むたびに、コーラの飲み過ぎで足の骨が溶けてしまったY君のことを、ふと思い出すのだった・・・・・・。

2017年10月 6日 (金)

ふんがあ~

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何を言っているのか分からない人というのがいる。

その理由は様々で、滑舌が悪いとか、ぼそぼそしゃべる癖があるとか、話し方に独特の癖があるとか、なまりがあるとかが考えられるが、中には原因がよく分からない人もいたりする。

それが気心が知れた人なら、何か言われて聞き取れなくても、「え?」とか「何?」と聞き返すことも出来るが、目上の人だったり、仕事先の担当者だったりした場合、何と言っているのか必死に聞き取ろうとして非常に疲れることになる・・・・・・。

それでも、前後の話の内容などから、聞き取れない部分を推測しながら、何とか話を進められる場合はいいのだが、八割方言っている事がよく分からないというつわものが相手だと、もはや通訳でも付けてもらわないと完全にお手上げである。

私はこの前、路線バスの中で、そんなつわものと出くわした。

近年、路線バスの運転手はマイクを付けていて、「発車します、おつかまり下さい」とか、「右へ曲がります」、「左へ曲がります」、「揺れますのでご注意下さい」、「停車するまで座席から立たないで下さい」など、よくしゃべるようになった。

以前はマイクは付けていたものの、ほとんどそれを使うことはなく、運転手の鼻息だけがマイクを通して「フガフガ」と聞こえていて、非常に耳障りだったものだ。

運転手がしゃべる内容は主に乗客の安全に配慮したもので、恐らくバス会社がマニュアル化したのだろう。

この日、私は自宅近くの停留所からバスに乗り込んだ。

バスは珍しくガラガラで私はラッキーと思いながら座席に座った。

すると、間もなくして、マイクを通して運転手の息づかいがスピーカーから聞こえてきたので、「発車します」のアナウンスがあると思っていたのだが、次の瞬間に聞こえて来たのは、非常にゆっくりとした口調で、「ふんがあ~」という意味不明な一言だった。

私は「ふんがあ~?今、ふんがあ~って言ったよね?」とバスに揺られながら、心の中で自分に問いかけていたが、運転手がそんな意味不明な言葉を発するはずがないと思い、何かの聞き間違いだったのだろうと結論付けた。

そして、バスは赤信号で停車し、エンジンを一時停止した。アイドリングストップというやつだ。

そして、信号が緑に変わり、再びエンジンが入り、バスが再び動き出そうかという時に、スピーカーから運転手の息づかいが聞こえて来たので、「発車します」のアナウンスがあるのかと思いきや、聞こえて来たのはやはりゆっくりとした口調の「ふんがあ~」だった。

いったい、この人は何と言っているのだろう。

他の乗客はこのアナウンスを聞いて不思議に思わないのかと思い、周囲を見回してみると、新聞を読んでいる人、スマホをいじっている人、携帯ゲーム機でゲームをプレイしている人などがいたが、誰も車内アナウンスを気にしている人はいない様子だった。

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そうこうしているうちにバスはカーブの多い道にさしかかろうとしていた。

ここは「カーブが続きますのでご注意下さい」というアナウンスが入るだろうと予想していたところ、カーブの手前で予想通り、スピーカーから運転手の息づかいが聞こえて来た。

私はまた「ふんがあ~」だろうな~と思いつつ、その時を待っていた。

すると、スピーカーから、「んん~っ、あっ!あんがあ~」と聞こえて来た。

一瞬、もだえているのかと心配になるような口調だった。

私は「んん~っ、あっ!」で、思わず運転中に何をしているのかとギョッとしたが、その後の「あんがあ~」を聞いて、意味も分からないのになぜか安心した。

どう考えても、ここでは「カーブが続きますのでご注意下さい」という意味合いのことを言っているはずなのだ。

ということは、前半の「んん~っ、あっ!」が「カーブが続きますので」で、後半の「あんがあ~」が「ご注意下さい」に当るということなのか。

私は今回はさすがに他の乗客も車内アナウンスを気にしているのではないかと思い、周囲を見回してみたが、先ほどと同様で誰一人気にしている様子はなかった。

恐ろしいほどの無関心である。

走行中のバスの車内で運転手が「んん~っ、あっ!」などともだえているというのに、「おや、どうしたのかな」とは思わないのだろうか。

これなら、スピーカーからいびきが聞こえていたって、事故が起きるまで誰も気付かないだろう。

よく見たら運転手がサルなのに普通に運転していたから気付きませんでしたという世界である。

その後もバスは順調に運行を続け、運転手も要所、要所で、「ふんがあ~」だの「あんがあ~」だの言っていたが、不思議なことにそれを気にしている者は誰もいなかった。

皆、自分の世界に没頭していたり、友人と話し込んでいたりで、車内アナウンスなどどうでもいいBGMと化していた・・・・・・。

そんな中、バスが停留所に停車し、一人の女性が乗り込んで来た。

その女性はスラリと背が高く、金髪のロングヘアーの美しい外国人だった。

彼女はICカードで支払いを済ませると、運転手に何か英語で話しかけていた。

彼女には申し訳ないが、「ふんがあ~」に英語で話しかけても、納得の行く答えが返ってくるはずがない。

何しろ彼と同じ国籍である日本人の私でさえ、彼が何と言っているのか分からないのだ。

それ以前に英語が全く通じない可能性だって十分考えられる。

仮に外国人の彼女がかたことの日本語を話せたとして、日本語で彼に話しかけていたとしたら、下手に日本語を知っていることが裏目に出て、彼の発する言葉に余計に混乱させられることだろう・・・・・・。

運転手に気を使って、金髪の外国人女性はかなりゆっくりとした口調で英語を話していた。

運転手は「フン、フン」とうなずきながらそれを聞いていたが、私は本当に分かっているのか、かなりあやしいと思っていた。

ところが、次の瞬間、衝撃的なことが起こった。

何と運転手は流暢な英語で、ペラペラ、ペラペラと何かを説明し始めたのだ。

金髪の外国人女性もかなり驚いている様子であったが、最後はにっこりと微笑むと、「サンキュー」と言っていたのが分かった。

この運転手、こんなに流暢な英語を操るのに、なぜ日本語が「ふんがあ~」なのか。

英語はスラスラと早口で滑舌もよいのに、なぜ母国語の日本語になると、スロー再生のようなしゃべり方になり、どこの国の言葉なのかも分からなくなるのか。

もはや、謎としか言いようがない・・・・・・。

バスが発車する直前、私はもしかしたら彼が、「発車します、おつかまりください」とハキハキとした滑舌のよい話し方でアナウンスするのではないかと少し期待していたが、スピーカーから聞こえて来たのはやはり例の「ふんがあ~」だった。

私はなぜかちょっと安心していた・・・・・・。

(画像上は里山の谷戸で咲くツクバトリカブト、画像下は成虫になったツチイナゴ)

2017年9月23日 (土)

昆虫博士と達人技

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私は小さな頃から昆虫が好きだった。

特に小学生の頃は、ありとあらゆる昆虫を飼育していた。

しかし、何でもかんでも捕まえて来て飼育していたという訳ではなく、事前に昆虫の飼い方の図鑑を読んで、この昆虫を飼うにはどのくらいの大きさの飼育ケースが必要で、何匹くらいをいっしょに飼えるか。

そして、エサは何が必要で、それは簡単に入手出来るかといったことをちゃんと下調べをして、きちんと飼うための環境を整えてから、お目当ての昆虫を野原に捕まえに行っていた。

図鑑を読み込んでいたので、小学生とはいえ虫に関する知識はかなりのもので、難しい専門用語も知っていた。

しかし、私にとってはそれが専門用語であるという認識がなかったため、理科のテストの解答に専門用語を使って書いてしまったり、友人との会話で普通に専門用語を散りばめて話していたりで、自分が思っても見ないような所で周囲を困惑させていた。

このため、先生やクラスメートたちからは、「昆虫博士」の称号をもらっていた。

何年生の時だったかは忘れたが、担任の先生がクラス全員に賞状を作って渡すというイベントがあって、何を表彰されるかは賞状をもらうまで分からないということになっていたのだが、クラスメートからは私のだけは「絶対、昆虫博士に決まっている」と、何日も前から「満場一致で決定!」と太鼓判を押してもらっていた。

実際に賞状をもらって見てみると、予想通り「昆虫博士で賞」と書かれており、なんだか事前に知らされていたようで、何の感動も覚えなかったのを、今でもはっきりと覚えている・・・・・・。

「俺は○○で賞だった」とか「私は○○で賞だったよ」と盛り上がっている友人たちが非常にうらやましかったが、クラスの中で「博士号」をもらったのは、どうやら私だけのようだったので、そこだけは自慢してもよかろう。

私が子供のころは近所にちょっとした空き地があって、原っぱや小さな雑木林がまだかろうじて点々と残っていたので、様々な昆虫が近場に生息していた。

このため、当時は捕虫網を持って歩いている子供をよく見かけたものだが、開発が進んだ現在では、そんな光景は近所では全く見なくなってしまった。

なんとも寂しい限りである・・・・・・。

昆虫と身近に接する機会が減ったせいか、最近では昆虫を怖がる子供もよく見かける。

トンボが目の前をスーッと飛んで行っただけなのに、「うわ~ぁ!」と叫びながら、後ずさりしている小学生や、集合ポストになぜかアゲハチョウが止まっていたことあって、それが怖くて郵便物を取れずに突っ立っている中学生も最近見た・・・・・・。

私の小学生時代には考えられないような光景である。

少なくとも私のクラスメートの男子たちは、「昆虫に興味がある」とか、「興味がない」というのはあったが、昆虫を怖がるという者は一人もいなかった。

これがスズメバチや毛虫とかだったら、また話は別であるが・・・・・・。

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そんな訳で、誰よりも昆虫好きな小学生時代を過ごしていた私だが、唯一好きになれない昆虫がいた。

ゴキブリである。

ゴキブリは自宅という最も身近な環境に生息している昆虫であるにもかかわらず、私にとってはハエと並んで何の魅力も感じない昆虫だった。

魅力がないだけなら放っておけばよいのだが、ゴキブリは何の前触れもなく人の前に現れ、高速移動からの突然の方向転換で我々を翻弄するのだ。

その素早さと言ったら、まるで赤い彗星のシャアのごとくで、予測不可能な方向転換は正にニュータイプ、その驚異のスピードには恐怖すら感じさせられる。

ゴキブリは我々と同居しているにもかかわらず、人に害をもたらす昆虫ということで、発見と同時に退治しなくてはならない。

ところが、ゴキブリの登場はいつも唐突であるため、手元に殺虫スプレーなどあるはずがなく、大慌てで近くにある新聞紙や折込チラシを筒状に丸めて、ゴキブリと対峙することがほとんどである。

しかも、家族から「早く早く!」などとせかされて、慌てて作ろうとするため、うまく丸まらなくて途中から丸めなおしたり、丸めている最中に落としてしまい、また一から丸め直すこともしばしばあった。

そんなことをしているうちに、当のゴキブリはタンスの後ろなどに隠れてしまい、ようやく叩き棒が出来て臨戦態勢が整ったころには、どこに行ったのか分からなくなっているのだ・・・・・・。

そんな訳でウチではゴキブリ用殺虫スプレーを買ってあるにもかかわらず、使う機会に恵まれず、常に新品の状態をキープしていた。

我家でゴキブリ用殺虫スプレーを使わない理由はじつはもう一つある。

ウチにはゴキブリ退治の達人がいたのである。

父はゴキブリを退治させたら右に出るものはいないというくらい、部屋に出現したゴキブリを確実に退治していた。

驚くべきことに勝率は100パーセントに限りなく近かった。

父のゴキブリ退治の方法は、ゴキブリが出現したのを確認すると、そっと立ち上がり、ゴキブリを刺激しないように、ゆっくりと平行移動を開始する。

そして、ゴキブリが止まる瞬間を見極めて、まるでカメレオンが舌を伸ばして獲物を捕らえるかのように、サッと右手を繰り出し、素早くゴキブリを捕らえるのだ。

そう、父はゴキブリを素手で捕まえるのである。

父の右手には翅をつままれて、動けないゴキブリが足をバタつかせてもがいている。

その様子を見せられた私と母は、いつも「ギャァ~!」と絶叫しまくりながら、父から出来るだけ距離をとるのだ・・・・・・。

父曰く、「殺虫剤を取りに行ったり、叩き棒を作ったりしているうちにゴキブリはいなくなっちまう。さっさと手で捕まえた方が確実に退治出来るだろう」と言う。

ごもっとも、お説ごもっともなのだが、決して誰もがまね出来ることではない。

そもそも、ゴキブリを素手でつかんだりして、気持ち悪くはないのだろうか。

父は手を洗えばいいだけのことと言うが、そういう問題ではないと思う。

そして、ここからは更にまねを出来る人が激減すると思われるのだが、父は捕まえたゴキブリを紙に包んで捨てるのかと思いきや、何と何と、ゴキブリの頭をわざわざもぎ取ってから、紙に包んで捨てるのである・・・・・・。

もはや正気の沙汰とは思えない。

私と母は狂ったように、「ギャ~、ギャ~!」と叫びまくることになるのは言うまでもない。

父が言うには、以前そのまま紙に包んで捨てようとしたら、逃げられてしまったことがあったそうで、それから頭をもいでから紙に包むことにしたのだとか・・・・・・。

私と母は「それはあまりにも残酷じゃないか」と言ったのだが、父は「頭をもがずに紙に包んだとしても、どうせ紙に包んだ後に潰すんだからいっしょだろ」と言う。

ごもっとも、お説ごもっともである。

殺虫スプレーを使おうが、叩き棒で叩こうが、頭をもぎ取ろうが、結局は結果は同じことになる。

父は「確実にやらなきゃ、俺たちが病気になるかもしれないんだぞ」と遠い目をしてつぶやいた。

私は我家のゴキブリ用殺虫スプレーは、当分新品のままだろうと思った・・・・・・。

(画像上は里山で今の時期よく出会うオオカマキリ、画像下は毎年彼岸の一週間前くらいから咲き出す彼岸花)

2017年9月10日 (日)

「よう!」

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ちょっとお茶を買いに立ち寄ったコンビニで雑誌をパラパラ見ていたら、私は不意におならがしたくなった。

周りを見回すと、私と同じように数名の客が雑誌を見ていた。

ここで他の客に気付かれないようにおならをすることに私はかなりの自身があったが、音はしなくても、万が一、匂いが発生した場合、ごまかすことは出来ないだろう。

そこで私は雑誌コーナーを離れ、商品棚の裏へ向かった。

そこは、文房具や日用品が置かれているコーナーで、幸いなことに一人も客はいなかった。

私は念のため、通路を中央付近まで進んでから、おならを放つつもりでいた。

予定の場所までたどり着き、私は少しずつ下腹に力を入れて行った。

おならというものは少しずつ下腹に力を入れて行き、肛門をゆっくりと緩めて行けば、ガスはスーッと抜けて行き、ほとんど音を出さずに放出出来るものなのだ。

私はこの技術を小学四年生の時に習得した。

長年技術を磨いて来て、成功率は限りなく百パーセントに近かったこともあり、私は失敗することなどこれっぽっちも考えていなかった。

ところが想定外のことが起きた。

おならを雑誌コーナーでしないでしないで我慢していたため、ガスが肛門の入口付近まで下りて来て、停滞して溜まっていたのだ。

分かりやすく言えば、パンパンに膨らんだちっちゃな風船が肛門の内側でスタンバイしているようなものだ。

こうなると、相当細心の注意を払って肛門を緩めて行かないと、ガスは「ブーー!」と一度に放出されてしまうだろう。

音を立てずに放屁するにはかなり難易度が高い状況になってしまった。

しかし、今さら店の外へ出て行く余裕はない。

私は自分を信じてトライするしかなかった。

私は周囲を気にしながら、少しずつ下腹に力を加えて行き、肛門を少しずつ緩めて行った。

予想通り、ガスはもう肛門の入口付近でスタンバイしていたので、抜けて行くガスの量を少しずつコントロールすることは困難だった。

「これはまずいかな」と思った瞬間、私の背後から「よう!」という大きな声がした。

私は誰かに声をかけられたのかと思い振り返った。

すると、私の少し先に商品のガムテープを手に取って見ている男性がいた。

しかし、いくら考えても知らない顔だった。

男性も私の方をポカンとして眺めていたので、どうやら私が「よう!」と声をかけたのかと思っているらしい。

背後にそれらしい人間がいないところを見ると、商品棚の向こう側にいる誰かが、知り合いを見つけて声をかけただけなのかもしれない。

しかし、それにしては全く話し声が聞こえて来ない。

それにどう考えても、さっきの「よう!」という声は、私の背後から聞こえて来た。

それも真後ろからだ。

しかし、私の後ろには誰もいなかった・・・・・・。

「もしかして、幽霊?」

しかし、白昼堂々と幽霊があんなに大きなはっきりした声で、「よう!」などと声をかけるものか。

そんなことを考え始めると、何だか自分の背後に見えない誰かがいるんじゃないかと気になって、何もない空間に手を伸ばしてみたり、手で払ったりしていたら、先ほどのガムテープの男性が少し引いているのが分かった。

少し頭の中を整理しよう。

「よう!」という声は私の真後ろから聞こえて来た。

しかし、私の後ろには誰もいなかった。

少し先の離れた場所にガムテープの男がいたが、見知らぬ顔で声の主ではなさそうだった。

では、先ほどの「よう!」という声は何だったのか。

「よう!」と聞こえはしたが、もしかして人の声ではなかったのか。

人の声ではなかったとすると、いったい何の音だったのか。

あの時、私の背後でいったい何が起きていたのか。

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少し記憶の糸を手繰り寄せてみよう・・・・・・。

そうだ、私はあの時、おならをコントロールすることに必死になっていたのだ。

そして、「これはまずいかな」と思った瞬間、「よう!」という大きな声が背後でしたのだ。

あの時、私は確かにおならをしたはずだ。

ところが、「よう!」と声をかけられ、後ろを振り返って、いったい誰に声をかけられたのかを確かめることに夢中になっていて、おならのことなどすっかり忘れていた。

あの時はどう考えても、「よう!」という人の声にしか聞こえなかったが、いくら確かめてみても、私の背後には誰もいなかった。

誰もいなかったということは、人の声ではなかったと考えるのが自然だろう。

ところが、「この場所で他に大きな音がする可能性がありそうなものは?」と考えて、あたりをきょろきょろとさがしてみるが、不思議なことにそんなものはどこにも見当たらない。

冷静になって考えてみると、人の声以外に大きな音がする可能性があるものが一つだけあった。

私のおならである。

様々な可能性を引き算して行くと、もうそれしか考えられなかった・・・・・・。

あの、「よう!」という声は、私の尻が発した「声」だったのだ。

それにしても、おならがあんなにもはっきりと言葉を発したのを私は初めて聞いた。

決して大げさなことを言っているのではなく、あの時「よう!」と出たおならは誰が聞いても人の声だったと思う。

それくらい、レベルの高い「よう!」だったのだ。

おならが「よう!」と出てくれたおかげで、おならをしたことを周りの人に悟られずにすんだな~などと考えていたら、私は何だか無性におかしくなって来た。

必死に笑いを堪えながら、コンビニに入った目的であるお茶を、半泣きになりながら無事に購入すると、私は逃げるようにそそくさと店の外へ飛び出した。

帰りの道中、何度か頭の中で勝手に「よう!」が再生され、私は歩道で数回爆笑し、その後も顔を奇妙にゆがませながら、歩き続けることになるのだった・・・・・・。

もはや、不審者を通り越して、変質者に近かったと思う・・・・・・。

(画像上はナンテンハギの花、画像下は羽化して間もないアカボシゴマダラ)

2017年9月 3日 (日)

馬場

前回はアシスタントのぴかちゅう♀の驚異の能力について書かせてもらった。

今回はそのエピソード2になる。

この日、私は仕事が一段落してぴかちゅう♀と仮眠を取っていた。

私は蒸し暑さで寝苦しくなり、もう少しで目が覚めそうなところまで来ていた。

すると、どこからか、「アポー、アポー」と奇妙な音が聞こえて来るではないか・・・・・・。

「この音は一体なんだろう。もしかして、動物の鳴き声?それとも、何か空気が漏れている音?まさかガス漏れじゃないだろうな。だとしたら、このまま二度と目が覚めないなんてことになるんじゃ・・・。でも、そのわりにガス臭くないな・・・。ということは、とりあえずガス漏れじゃないな。よかった、よかった」などと、夢うつつの状態であれこれ思考をめぐらせていると、自分が眠りからゆっくりと覚めていくのが実感出来た。

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脳を使ったせいか、すっかり目が覚めて、「アポー、アポー」の正体を確かめるべく、体を起こして音のする方を見やると、何のことはない、ぴかちゅう♀のいびきではないか・・・・・・。

相変わらず面白いいびきをかくやつだ。

ふと見ると、ぴかちゅう♀の顔がいつもより平べったくなっている。

ぴかちゅう♀は眠りが深ければ深いほど、普段立体的な顔が重力に逆らわず、平べったくなる傾向がある。

ぴかちゅう♀はこういう平たい顔をしている時ほど、その驚異の能力を発揮しやすく、正に実験に最適な瞬間なのである。

それでは、せっかくのチャンスなので、ぴかちゅう♀の夢と現実の狭間へ入り込んでみるとしよう・・・・・・。

私は「アポー、アポー」といびきをかいているぴかちゅう♀のかたわらに座ると、高く透き通るような声を意識して、「ジャイアントォ~?」と問いかけてみた。

なぜ、高く透き通るような声かと言えば、ぴかちゅう♀の夢と現実の狭間へ入り込むには、まるで、夢の中の住人が語りかけているような印象を与えなければいけないと思ったからだ。

しかし、あろうことか私は、高音で歌っているような、自分のバカっぽい声に、思わず「プッ!」と吹き出しそうになってしまい、あわてて口をつぐんでこらえた。

これでは夢の住人どころか酔っ払いの鼻歌である。

あぶない、あぶない、こんなことでぴかちゅう♀を起こしてしまっては、せっかくの実験が水の泡である。

少し間を置いて、今にも爆笑しそうな自分を落ち着かせる。

幸いなことに、ぴかちゅう♀は全く気付いていない様子で、「アポー、アポー」と相変わらず面白いいびきをかいて眠っている。

私は先ほどの失敗を踏まえて、今度はまるで妖精がささやくように、静かに「ジャイアント~?」と問いかけてみることにした。

ところが、声が小さすぎたのか、ぴかちゅう♀は全く気付かず、気持ち良さそうに、「アポー、アポー」といびきをかいて眠っている。

そこで今度は気を取り直して、ぴかちゅう♀の耳元で「ジャイアント~?」とささやくように言ってみた。

すると、ぴかちゅう♀は眉間にしわを寄せ、あからさまに嫌そうな表情になり、いびきがピタリと止まった・・・・・・。

「まずい、これは起きてしまったか」と思ったのだが、目は閉じたままで、表情も固まったままだったので、少しの間待ってみることにした。

すると案の定、少しずつ表情が戻って行き、再び口元が力なく開いて来て、「アポー、アポー」が再開となった。

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私は一度起こしかけてしまったので、これがラストチャンスかと思い、慎重に先ほどより距離を取り、空気の流れに自分の声を乗せ、ぴかちゅう♀の耳元へ流してやるようなイメージで、「ジャイアント~?」と問いかけてみた。

すると、ぴかちゅう♀のいびきがピタリと止まり、唇をセロテープで半分塞がれているような言いかたで、「人が気持ちよく寝てるのに何で起こすんだ」的なことを言って来た。

これは万事休すかと半ばあきらめかけていたところ、5~6秒後には再び「アポー、アポー」が始まった。

ものすごい睡眠への執着心と言えよう。

これならば再度トライしても大丈夫そうだ。

しかし、ここは焦ってはいけない。私は2~3分ほど待って、ぴかちゅう♀の顔が十分平たくなったのを確認してから、ぴかちゅう♀の深層心理に語りかけるように、「ジャイアント~?」と耳元にささやいてみた。

すると、平たい顔をしたぴかちゅう♀の唇がもぞもぞと動いたかと思うと、次の瞬間、こう言ってのけたのだ・・・・・・。

「馬場だろうよ」

寝ているにもかかわらず、何とふてぶてしい言い方だろうか。

まるで、「ジャイアント」と言ったら、「馬場」に決まっている。

「そんなことは、この私はとっくの昔からお見通しなんだよ!」といっているかのような口ぶりだった。

私は思わず吹き出しそうになって、両手で口を押さえて、笑いを押し殺しながら立ち上がった。

早足で部屋を出ようとしていたら、笑いがこみ上げて来て、下腹に力を入れてそれをこらえていたら、思わず「ブーーッ!」とおならが出て、結局吹き出してしまったが、ぴかちゅう♀はそれでも起きずに馬場と化していた・・・・・・。

(画像上は野菊の一種のユウガギク、画像下は草地にいる大きなバッタ、ショウリョウバッタ)

2017年8月27日 (日)

コク

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私のアシスタントのぴかちゅう♀は、熟睡しているにもかかわらず人と会話が出来ると言う類稀な能力を持っている。

その驚異の能力を引き出した実証実験をいくつかご紹介してみよう・・・・・・。

ある日、ぴかちゅう♀が寝息を立て始めたので、じっと観察していると、うちで飼っているネコのまるちゃんがトコトコやって来て、横向きになって寝ていたぴかちゅう♀の顔の前にお尻を向けて座った。

しばらくの間、まるちゃんはぴかちゅう♀の顔の前に座ってぼーっとしていたが、おもむろにお座りの状態からふせの状態に体勢を変えるとくつろぎ始めた。

まるちゃんはしばらくふせの状態でくつろいでいたが、眠くなって来たようでついに丸くなって寝てしまった。

ここで注目すべきは、丸くなって寝ているまるちゃんのお尻が、ぴかちゅう♀の顔のまん前に位置している点だ。

近くまで行ってよく見てみると、丸くなって寝ているまるちゃんの肛門が、ちょうどぴかちゅう♀の鼻の穴の直前までせまっている。

まるちゃんは生まれつき尻尾がとても小さく、梅干大の尻尾がちょこりと付いているだけなので、尻尾がじゃまをすることがなく、見事なまでのフィット感を実現している。

これはチャンスだ。こういう瞬間を見逃してはいけない。

私は早速、寝息を立てて寝ているぴかちゅう♀のかたわらに座ると、ぴかちゅう♀の夢と現実の狭間へ入り込むべく、「何かいい匂いがしませんか?」と静かにそっと語りかけてみた。

しかし、ぴかちゅう♀の眠りは相当深いようで、特にこれといった反応もなく、「クカー、クカー」と気持ち良さそうにいびきをかいて眠っている。

そこで私はもう一度、今度は少し大きな声で、「何かいい匂いがしませんか?」と語りかけてみた。

すると、ぴかちゅう♀のいびきがピタリと止まり、眉間にしわを寄せて少し迷惑そうな表情を見せる。

これはよくない兆候だ。ぴかちゅう♀を起こしてしまっては何にもならないのだ。

あくまでも、ぴかちゅう♀の夢と現実の狭間へ入り込まなければ意味がない。

そこで私はぴかちゅう♀が再び寝息を立て始めるのを気長に待つことにした。

しかし、幸いなことに、ぴかちゅう♀は一分もしないうちに、再び「クカー、クカー」といびきをかき始めた。

そこで、賢明な私は今度はやや控え目に、「何かいい匂いがしませんか?」と語りかけてみた。

すると、今度は嫌な表情一つ見せることなく、ぴかちゅう♀のいびきがピタリと止まった。

私はぴかちゅう♀の口がもぞもぞと何かを語り出すのではないかと期待して、じっとその時を待ったが、残念ながらぴかちゅう♀にそれ以上の反応は見られなかった。

すると、空気を読んだのか、ぴかちゅう♀の顔の前で丸くなって寝ていたネコのまるちゃんが、もぞもぞと動いておもむろに体勢を変えると、いい具合にまるちゃんの肛門がぴかちゅう♀の鼻っ面に見事にフィットした。

まるちゃんはまるで、「これでどうだい」と言っているような表情で私を見た。

私は親指を立てて、「いいね!」のサインをまるちゃんに5~6回送り、感謝の気持ちを示した。

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しかし、それでもぴかちゅう♀は全く気付いていないらしく、相変わらず「クカー、クカー」といびきをかいて眠っている。

もちろんその方がこちらとしては好都合なのは言うまでもない。

そこで、私はもう一度、ぴかちゅう♀に、「何かいい匂いがしませんか?」と静かに語りかける。

すると、ぴかちゅう♀は今度はすぐに反応を示し、やや不機嫌そうな表情になり、「何で人が寝てるのに話しかけるのさ」ともぞもぞと言った。

しかし、起きてしまった訳ではなく目は閉じたままで、半分寝ている状態のため、ろれつが回らないようなゆる~いしゃべりかたをする。

これはいつものことで、ぴかちゅう♀の夢と現実の狭間へ入り込むことが出来たことを意味する。

私はこの瞬間を待っていたのだ。

そこで私は間髪を入れず、「何かいい匂いがしませんか?」と畳み掛ける。

すると、「何でお尻の匂いなんて嗅がすの~、臭いよ~」と、まるで私が自分のお尻の匂いを嗅がせているかのような口ぶり。

しかし、弁解などしている暇はなかったので、立て続けに「でも、臭いけどコクがあるだろ?」とちょっと深みのある問いかけをしてみた。

すると、次の瞬間、ぴかちゅう♀の口から意外な答えが返って来た。

「う~ん、まあ、コクはあるけどさぁ・・・」

お尻の匂いを嗅がされたことについては不服ではあるが、その臭い匂いの中にあるコクについては、悔しいけれど否定は出来ないといった口ぶりだった。

私は爆笑しそうになるのを必死でこらえつつ、冷蔵庫の冷たいお茶を一杯飲み干し、気持ちを落ち着かせた。

再び、ぴかちゅう♀の元へ戻ると、ぴかちゅう♀はもう、「クカー、クカー」といびきをかいて眠っていた。

私はコクがあると言われたまるちゃんのお尻の匂いを嗅いでみるべきか一瞬迷った・・・・・・。

(画像上はカメラ目線のオオカマキリ、画像下は林縁で咲くセンニンソウ)

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