2017年8月13日 (日)

バックヤードのネズミ

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私は以前ホテルで働いていたことがあった。

一般にはホテルで働いている人は、皆「ホテルの人」と思われているようだが、私の働いていたホテルは、規模の大きなホテルだったので、様々な業者がホテルから支給された制服を着て、それぞれの現場を受け持っていた。

ホテルにはお客さんの入る「営業スペース」と、関係者以外立ち入り禁止の「バックヤード」があって、ホテルで働くほとんどの人はバックヤードが仕事場だった。

お客さんの入る営業スペースで仕事をしている人はほんの一握りで、ホテルのフロントと、ベルボーイと、飲食店の従業員くらいだろうか・・・・・・。

ホテルはセキュリティや衛生管理も厳しく、朝出勤して従業員入り口より入ると、まず長い手洗い場があって、そこで入念な手洗いと消毒をさせられる。

たかが手を洗うだけなのに、写真付きのマニュアルまでちゃんとあって、その手順通りに丁寧に手を洗わなければいけない。

見張りの人間もちゃんといて、「めんどくさいからスルー」は絶対に出来ない。

手洗い場の先には入退館の受付があって、ここで身分証明にもなっている入館許可証を見せてはじめて先に進める。

バックヤードの1Fは「デッキ」と呼ばれていて、業者のトラックが納品のために入るスペースに面していた。

デッキはトラックの排ガスが流れ込み、非常に空気が悪いうえ、魚の納品の際に、生臭い水や氷をこぼしてあることがしょっっちゅうで、いつも嫌な臭いが漂っていた・・・・・・。

そのうえ、水がこぼれていることに気付かずに、その上を歩いてしまい、豪快に転倒するものが続出していた。

ツルリと転倒しただけでもかなり恥ずかしいのに、転倒した人はパンツまでびちょびちょになり、今日一日生臭いニオイに悩まされることになるのだ・・・・・・。

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ホテルに出勤して来たほとんどの人は、まず地下の最も深い場所にあるロッカー室へ向かう。

ロッカー室に向かうには地下の長い長い廊下を歩いて行くのだが、私は初めてここを通った時はたいへん驚いた。

バックヤードの廊下は、豪華で綺麗な営業スペースからは想像も出来ないくらい、質素な作りになっていた・・・・・・。

しかも、壁などは納品業者が何度も台車をぶつけてボロボロで、穴が開いて向こう側が見えている場所さえあった。

きっと、大きな地震でも来たら、確実に崩壊するだろう・・・・・・。

更にバックヤードの廊下は電気料金削減のため、蛍光灯は所々しか点いていなくて、廊下は異常なくらい薄暗かった。煌々と電灯の灯る夜道の方がよほど明るく感じる。

バックヤードの廊下は経費削減の影響をもろに受け清掃費も出なかったので、白いピータイルは地色が全く分からないほど真っ黒になっていて非常に汚かった・・・・・・。

後で聞いた話では、ホテルというのはお客さんの入る営業スペースには金をかけるが、従業員しか入らないバックヤードには、異常なくらい金をかけないものだという。

バックヤードの廊下はいくつかの調理室と下処理室に面していて、ここで作った料理をホテルのレストランや、飲食店に運ぶルートにもなっていた。

調理室や下処理室から共用廊下に出る際は、本来は履き物を履きかえることになっているのだが、従業員は面倒くさいのか、これを誰一人守っていなかったため、廊下は油汚れでべとべとになっていた・・・・・・。

調理室からカートに並べられた美味しそうな料理が出て来て、油汚れで真っ黒になっている、ホコリまみれの汚い廊下でスタンバイされているのを見ると、間違ってもここのレストランや飲食店には入りたくないと思ったものだ。

テレビや雑誌では綺麗なロビーや客室しか紹介されないが、それを支えているホテルの裏側がこんな状態だとは、きっと誰も想像出来ないだろう・・・・・・。

いつだったか、薄暗いバックヤードの廊下を歩いていたところ、何やら黒い塊りが向こうからスーッと走ってきたことがあった。

私の少し前を歩いていた飲食店のお姉さんがそれに気付き、「キャー!」と血相を変えてこちらに走って戻って来る。

お姉さんは気が動転している様子で、私の目の前まで来ると、「ネズミよ、ネズミ!!」と叫ぶと、何かをこぼしたあとに足を取られて、ツルリと滑って見事な尻餅をついた。

お姉さんが尻餅をついた尻を「痛い痛い」とさすっている間にも、「ネズミ」と言われた黒い塊りはスーッとこちらに近づいて来ていた。

黒い塊りは確かにネズミくらいの大きさで、それらしい形もしていたが、どうやらそれはネズミではなさそうだった。

お姉さんは尻餅をついた尻がよほど痛かったらしく、なかなか立ち上がれず、私にお尻をさすりながら、「ネズミはどうした?」と聞いて来た。

それはお姉さんの尻にぶつかって止まっていたので、そのように伝えると、お姉さんは尻の痛いのも忘れて、すくっと立ち上がると、「やだ、やだ、あっちやって!」と素っ頓狂な声を上げた。

お姉さんが「ネズミ」と言っていた黒い塊りは大きなホコリの塊りだった。

掃除をしていないバックヤードの廊下には、このような大きなホコリの塊りがあちこちにあって、空気の流れに乗ってスーッと動くことがよくあったのだ。

翌日、お姉さんに尻の具合をたずねると、幽霊のような顔をして「蒙古斑が出来た・・・」とポツリとつぶやいた・・・・・・。

(画像上はせせらぎで出会ったハグロトンボ、写真下はコバルトブルーの翅が美しいムラサキシジミ)

2017年8月 6日 (日)

ナイスショット

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その日、私は電車に乗って帰宅中であった。

座席は開いていなかったが、立っている人はまばらで、それほど混んでいるという印象ではなかった。

駅を二つほど通過したあたりになって、私は左の鼻の穴に何やら異物感を感じていた。

何かゴミでも吸い込んだのかと思い、気になって鼻をつまんでみると、確かに何か硬いものが鼻の中に入っているのが分かった。

しかし、電車の中で「チーン!」と大きな音を立てて、鼻をかむのもどうかと思い、とりあえず最寄の駅に着くまで我慢することにした。

ところが、電車にガッタン、ゴットン揺られているうちに、異物感はムズムズ感に変わって行き、私は三回連続で大きなくしゃみをした。

ど派手な三連発であったため、周りの乗客にジロリと見られたような気がして、私は小さく縮こまっていた。

大きなくしゃみの三連発をしたというのに、鼻のムズムズ感は一向に治まらず、私はまたくしゃみをしたくなって来た。

私はこれ以上、周囲の注目を浴びたくなくて、ほんの数秒のうちに「何とかくしゃみを回避出来ないか」ということについて、目まぐるしく思考をめぐらせていた。

その結果、くしゃみの原因を取り除けばいいことに今さらながら気付いた・・・・・・。

くしゃみの原因となっているのは、左の鼻の穴にある異物だ。

これを取り除いてしまえばいいだけの話なのだ。

最寄り駅に着いてからと思っていたが、私は仕方なく鼻をかんでしまうことにした。

私はカバンに入れてあったティッシュを取り出そうと、右手をカバンに入れてティッシュをゴソゴソと探し始めた。

ところが、その間も鼻のムズムズ感は一向に治まらず、遠くの方からものすごいスピードで「くしゃみをしたい感じ」が疾走して来るのが分かった。

「これはまずい、このままではくしゃみが出てしまう」と焦りまくった私は、次の瞬間、何を思ったのか、突発的に右の鼻の側面を押さえて、左の鼻の穴から思いっきり空気を「フン!」とばかりに吹き出していた。

ところが、吹き出したのは空気だけではなかったようで、鼻に詰まっていた異物がものすごい勢いで飛び出して行ったのが感覚で分かった。

その証拠に次の瞬間には、もう左の鼻の穴の異物感はきれいさっぱり無くなっていた。

その結果、鼻のムズムズ感はすっかり解消され、私は何とも晴れ晴れとした気分になっていた。

何はともあれ、私は特大のくしゃみをして、周囲の注目を浴びずに済んだことにホッとしていた。

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それにしても、あの鼻の異物感はいったい何だったのだろうか。

私の鼻の穴にいったい何が入っていたと言うのか・・・・・・。

そして、左の鼻の穴から、ものすごい勢いで発射された異物はどこへ飛んで行ったのか・・・・・・。

鼻の穴に入っていたくらいの小さなものだから、どうせ見つかるわけがないと思いながらも、私は自分の鼻の穴に何が入っていたのか無性に知りたくなって、キョロキョロとあたりを見回した。

私は足元のあたりを一通り見回してみたが、特にそれらしきものは見当たらなかった。

もし、仮にあったとしても、鼻の穴に入っていたものだし、小さすぎて見つけるのは極めて困難だろう・・・・・・。

私はあきらめて床からそっと視線を上げた。

「ん?」

今、何か気になるものが視界に一瞬入った気がする。

私はもう一度ゆっくり視線を下げて行った。

「あ!?」

すると、私の斜め前方に立っているおばさんが片手に下げている紙袋に何かがひっついているのが分かった。

それは某有名デパートの紙袋で、中には某有名デパートの包装紙に包まれた菓子折りのようなものが二つ入っていた。

何かがひっついていたのは幸運にも紙袋の方で中身の方は無事であった。

私は何がひっついているのか、うすうす気付いてはいたが、念のためよく目を凝らして見ることにした。

すると、それは紛れもなく大きな鼻くそであった。

それは今までに見たこともない、びっくりするほど巨大な鼻くそであった。

その鼻くそは半分はカチカチに乾燥していたが、半分は軟らかい二段階構造になっていた。

全部乾燥していたら、あんな所にくっついたりしなかったろうに・・・・・・。

それにしても、本当にあんな巨大なものが、私の鼻の穴に入っていたのだろうか。

もし、あれが本当に私の鼻の穴に入っていたとするなら、相当キツキツの状態で入っていたに違いない。

そんな巨大な二段階構造の特製仕様のロケットを、試射もなしにぶっつけ本番で発射し、おばさんの排他的経済水域ぎりぎりに着地させるのは、どう考えても至難の技である・・・・・・。

そもそも、私はあれが自分の鼻の穴を飛び出し、おばさんの紙袋に着地した瞬間を見ていないのだ。

私はあの鼻くそはその大きさからして、相当鼻の大きな人が放ったものに違いないと思うことにした。

しかし、見渡せど、見渡せど、そんなに鼻の大きな人は、どこにも見当たらないのだった・・・・・・。

私はおばさんからそっと数歩離れた・・・・・・。

(画像上は草地で咲くキンミズヒキ、画像下はテングタケの幼菌)

2017年8月 1日 (火)

カブトムシ飼育

私が小学生の頃、近所に「季節の昆虫」を売っている八百屋があった。

「季節の野菜」や「季節の果物」を扱う八百屋で、なぜ「季節の昆虫」を売っていたのか定かではないが、当時私は何の疑問も抱かずに、店先の昆虫を母にねだっていた・・・・・・。

子供たちに一番人気があったのは、やはりカブトムシであった。

カブトムシは夏休みの少し前あたりに幼虫で入荷し、店先の一番目立つ場所に山のように置かれていた。

カブトムシの幼虫はかなりの大きさに生長するので、当時「ハチミツビン」と呼ばれていた寸胴で大きなビンに、エサの昆虫マットといっしょに入れられて売られていた。

カブトムシの幼虫は店頭に並べられて二週間もすると早くも蛹になっていた。

これはどうやらエサ交換をしなくても成虫が見られるように、出荷の際にもうすぐ蛹になる大きな幼虫を選別して入れていたからのようだ。

私は「これを夏休みの自由研究にするから」とか何とか言って母をそそのかし、幼虫の入ったビン二個と、蛹の入ったビン二個をまんまと手に入れほくそ笑んだ。

じつはカブトムシの幼虫は大変な大食いで、卵から育て始めるとエサ交換を何度もしなくてはならない。

幼虫が大きくなると、大サイズの飼育ケースいっぱいの腐葉土なんて、あっという間に食べてしまう。

しかし、八百屋で購入したビン入り幼虫は、うちに連れて来て間もなく蛹になり、何の手間もなく成虫へと変態した。

成虫になったカブトムシは運よくオス二匹、メス二匹で、私はこの年、2ペアのカブトムシを育てることになった。

私は夏休みの間中、カブトムシの飼育観察を続け、四匹のカブトムシの天寿を全うさせた。

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秋になりカブトムシのいなくなった飼育ケースを片付けようと、中に敷いてあった腐葉土を取り出していたら、何やら白くて丸い小さな玉が、腐葉土の中からたくさん出て来た。

米粒よりも小さなその白い玉はカブトムシの卵であった。

私は当時、こんなに簡単にカブトムシが卵を産んでくれるとは思っても見なかったので、

狂ったように喜んでいた。

そして、今思えば、この瞬間から、私のカブトムシ飼育繁殖生活が始まったのだった・・・・・・。

カブトムシの幼虫の飼育は意外と簡単で、腐葉土をいっぱいに入れた飼育ケースの中に、幼虫を投入して放っておくだけだった。

ただ、気をつけないといけないのは、エサ切れと乾燥しないように霧吹きをかかさないことだ。

カブトムシの幼虫のエサは腐葉土なのだが、カブトムシの幼虫は大変な大食いなので、ちょっと観察をおこたると、あっという間に腐葉土は半分ほどの量に減って、小さな小判型をした幼虫のフンでいっぱいになってしまう。

私は大切なカブトムシの幼虫を死なせてはいけないと、勉強をする間も惜しんで、毎日観察をかかさず、エサの腐葉土がフンだらけになる前に、園芸店に新しい腐葉土を買いに行くようにしていた。

しかし、私はカブトムシの飼育繁殖を始めて三年目あたりから、ひと夏に50~60頭ちかいカブトムシをかえしていたので、幼虫を飼育しているケースも、特大サイズのものが5~6個あった。

もはや業者である。

このため、幼虫が大きくなって来ると、園芸店に腐葉土を買いに行く回数も増えて行き、おこずかいは次々と腐葉土へ変わって行った。

ここまで来ると、カブトムシを育てていて、楽しんでいるんだか、苦しんでいるんだか分かりゃしない。

きっと、園芸店の店員は、しょっちゅう腐葉土を買いに来る、小学生の男の子を不思議に思っていたに違いない。

普通、一般の家庭では腐葉土なんて、花を植えたりする時に使うくらいだから、大人だってこんなに頻繁に買いに来ることはないはずだ。

その小学生の男の子は花の種や苗はいっさい買わずに、自分の胴体よりも大きな、18リットル入りの腐葉土の袋を抱えて、台車に乗せてそそくさと帰って行くのだから、不思議に思われても仕方あるまい。

「しょっちゅう、腐葉土を買いに来る小学生の怪」などという、都市伝説になっていないことを、今さらながら祈るのみだ・・・・・・。

(画像は里山の雑木林で出会った大きなカブトムシ)

2017年7月27日 (木)

パンツ男

私の家の近所にいつもちっちゃなビキニのパンツを干してある家がある。

ビキニのパンツと言っても、女性用の色っぽいやつを想像してもらっては困る。

前がこんもりとした、男性用のビキニブリーフのことだ。

私的にはビキニブリーフなんて、ムキムキのボディビルダーがポージングを決めているところか、パンツ一丁のちゃらいダンサーがチップを要求している下品なシーンしか思い浮かばない・・・・・・。

近所にこんなものをはいている人間がいるということは、ある意味衝撃である。

ところで、私はビキニブリーフなんてはいたことがないので分からないのだが、そもそも、こんなに小さくて、パンツの役割をはたしているのだろうか?

歩いているうちに、じょじょにパンツがずれていって、「いつの間にか中身がベローンと全部出ちゃってました」なんてことはないのだろうか?

自分は絶対にはかないであろうビキニブリーフなのだが、もし、万が一はいたときのためのシュミレーションをし始めると、心配で心配で夜も眠れなくなる・・・・・・。

杉下警部ではないが、「細かいことが気になる僕の悪いクセ」といえよう。

まあ、そんなことはどうでもよい。家の近所に話を戻そう・・・・・・。

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なぜかそのパンツはいつも3着そろえて、物干し竿の真ん中に堂々と干してあった。

まるで、「見てくれ」と言わんばかりである。

そのパンツはいつ見ても無地で、「赤、黄、緑」などの派手な色ばかりだった。

思わず「信号機か!」と突っ込みたくなるのは私だけではあるまい。

このため、道を歩いていると、嫌でも目に留まることになる。

そこのアパートはバス通りに面していて、近くにスーパーや病院もあって、人通りがかなり多い場所にある。

きっと、多くの人がこの派手でちっちゃなパンツを目撃しているに違いない。

道行く人はこのこのパンツを見ていったいどう思っているのだろう。

たのまれてもいないのに、思わず街頭インタビューを買って出たくなるというものだ。

私的にはこんなに小さなパンツをはく男性がいったいどんな人間なのか前々から非常に気になっていた。

私はこんなに小さなパンツをはく人間は、競泳選手のような体形をした若い男性に決まっていると勝手に想像していた。

ムキムキのボディビルダーや、パンツ一丁のちゃらいダンサーが、近所に住んでいるとは到底思いたくないが、競泳選手のような細マッチョな男性なら、どこにでもいそうな気がするではないか。

恐らく多くのかたが先入観からそう思われるのではないだろうか。

しかし、それはあくまでも想像でしかなく、実際にどんな人間があのパンツの持ち主なのか見たことはないので、その予想が正しいかどうかは分からない・・・・・・。

私があのアパートの物干し場で、初めて例のパンツを目撃してから、早いものでもう一年以上が経つ。

しかし、不思議なことに私は、今まで一回もパンツの持ち主を見たことがなかった・・・・・・。

都会では隣に住んでいる人の顔も知らないというくらいだから、近所とはいえ家から数十メートルも離れていれば、それも当然のことかもしれない・・・・・・。

あったこともない人の家のピンポンを押して、「物干し場のパンツの持ち主を確かめに来た」などと、たずねて行くのもおかしな話だ。

「ようこそいらっしゃいました。上がってお茶でも」などと歓迎される訳はなく、通報されたって文句は言えまい。

私は偶然の出会いに期待して、気長に待つことにした。

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そんなある日、あのパンツ男の家の前を通りかかると、何とパンツを干していないではないか!?

別に驚かれるようなことではないと思われるかもしれないが、私はかつて雨の日以外では、この家の物干し場にパンツが干していなかった日というのはあまり記憶にない・・・・・・。

パンツ男は部類の洗濯好きのようで、他に洗濯物がない日でも、必ずパンツだけは洗濯して干していた。

そのパンツ男がパンツを干していないということは、よほどの理由があるに違いない。

「もしかして、熱でも出して寝込んでいるのでは?」と一瞬心配したのだが、よくよく見れば家から物干し場に出る窓が全開になっている。

そして、奥から鼻歌を歌いながら、派手なパンツを片手に現れたのは、どうやら私が会いたがっていた「パンツ男」その人のようだ。

パンツ男はもはや何の曲だか分からないような、へたくそなうなり声のような鼻歌を歌い、ごきげんにパンツを干し始めた。

衝撃的だったのは、パンツ男が短パン一丁で上半身裸、しかも、つるっぱげだったことだ・・・・・・。

しかも、パンツ男は想像していた「競泳選手のような若い男」とはほど遠く、中肉中背のくたびれたおっさんだった。

パンツ男はいつも通りパンツを三枚干し終えると、中途半端に出た腹をぼりぼり掻きながら、部屋の奥へ消えて行った。

私はパンツ男に、「ビキニブリーフをはきたいのなら、もうちょっとシェイプアップしてからにしたらどうかね?」と言ってやりたい気分でいっぱいだった。

ちなみにこの日のパンツは、「ピンク、オレンジ、パープル」であったことを付け加えておきたい・・・・・・。

(画像上は里山の林縁で咲くヤマユリ。画像下は木の幹に溶け込んでいるニイニイゼミ。どこにいるか分かるかな?)

2017年7月23日 (日)

事務的なおなら

あれは蒸し暑い夏の夜のことだった。

当時、小学生だった私は、いつものように両親と一緒に川の字になって寝ていた。

普通、川の字というと、子供が真ん中と相場が決まっているが、うちはちょっと違っていて、私が窓側で、母が真ん中、父が奥の順番だったと思う。

私はあまりの暑さに目が覚めて、持っていたタオルで額の汗を拭っていた。

私は二度三度、寝返りをうって、再び寝ようと努力していたのだが、何だか下腹のあたりが妙に張っている。

どうやらガスが溜まっているらしい。

しばらく寝付けず、何度か寝返りを繰り返していたところ、私は急におならがしたくなった。

幸いなことに、父と母はいびきをかいてぐっすりと眠っている。

今ならおならをしても気付かれないだろう。

私はおならをすればガスが抜けて、気持ちよく寝られるようになるだろうと思い、下腹に力を入れて、ちゅうちょなく思いっきりおならをした。

私はガスの量からして、相当大きな音がすると踏んでいたのだが、なぜかそれは思っていたほど派手な一発にはならなかった。

例えるなら、「事務的に尻の穴から自然放出されたおなら」という表現がぴったりだろうか。

私は下腹の重苦しい張りを解消するためにも、「ブーーゥーッ!」と、気持ちいいくらいの勢いでおならをしたかったのだが、なぜかそれはガスの量のわりには無音だった。

「プスーーッ」とガスが抜けて行く時に、開いた肛門がなぜか嫌に熱く感じる、気の抜けたようなおならとなっていた・・・・・・。

しかし、この一見地味な事務的なおならが、じつはとんでもないパワーを秘めていることに、私たちはこの時まだ気付いていなかったのだ・・・・・・。

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事務的なおならが空気中に放出されて、10秒ほどが経っただろうか・・・・・・。

それまで、いびきをかいて寝ていた父が、突然、「ンガァ!」だか「グハァ!」だかと奇声を発し飛び起き、血相を変えて「窓を開けろ!」と騒ぎ出した。

母と私は何が起きたのか分からぬまま、慌てて布団から飛び起きると窓を開け、父の言うままに当時引き戸式だった大きな雨戸も開けた。

父は眉間にしわを寄せて、「何だこのにおいは!?」と言いながら、縁側で深呼吸をしていた。

私はこの時、「におい」という言葉を聞いて、父は先ほどのおならのことを言っているのだろうと、うすうす気づいていたが、たかがおならごときで、何を大げさなことを言っているのだろうと不思議に思っていた。

そんな私の気持ちとは裏腹に、「ガスが漏れているのでは?」と話はますます深刻になって行き、母が台所まで確認に行って来たが異常はなかったとのことだった。

母は鼻をつまみながら戻って来て、黒柳徹子のものまね風に、「こりゃあ、ガスのにおいじゃないよ」とつぶやいた・・・・・・。

それはそうだろう。このにおいの原因は恐らく私の尻の穴から放たれたおならなのだ。都市ガスといっしょにしてもらっては困る。

私は必死に笑いをこらえながら、「ガスには違いないが、漏れている場所が違うんだよ」と、両親に告白するべきか一瞬悩んだが、この深刻な状況の中で一人バカみたいに、爆笑してしまいそうな自分が怖くて、この時はまだだまっていることにした。

しかし、そうは言っても、私はたかがおなら一発が、こんな非常事態を引き起こすものか、この時はまだ半信半疑だった。

そこで私は、もう一度部屋に入って、そのにおいの正体が本当に自分のしたおならなのかどうかを、ちゃんと確かめることにした。

すると、窓側はそうでもないのだが、風下になる部屋の奥側に行くにつれ、何やら菜っ葉が腐ったような、何かが発酵したような、異様な香りが漂っていた・・・・・・。

それは、一般的なおならの香りとはほど遠い、得体の知れないにおいだった。

この狭い家のどこかに魔女がいて、大きな鍋で紫色のドロドロした謎の液体を煮込んでいるのではないかと疑いたくなって来る。

父が飛び起き、縁側で深呼吸したくなるのもよく分かるというものだ。

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結局、私はこのにおいの正体が、自分のしたおならのにおいであるという確信は得られなかったが、この部屋の中のどこにも、そんなにおいの発生するものは見当たらなかった・・・・・・。

そして、唯一確かなこととして、私は先ほど事務的に熱いおならを一発放っているという変えようもない事実だけが、誰もいない部屋の中にポツリと残ったのだった・・・・・・。

しかし、こんな強烈な毒ガスが、さっきまで小学生のぼうやの腹の中に入っていたなどとは、きっと誰も思うまい。

現実に両親の頭の中には、このにおいが「おならのにおいである」という選択肢はこれっぽちもないようで、これまでの会話の中にはおならの「お」の字も出て来ていない。

そこで私は、この異臭が自分のおならであることを、ほとぼりが冷めるまで黙っていることにした。

30分ほど換気をして、ようやくにおいが消え、「いったい、あのにおいは何だったんだ?」という疑問を残しながら、私たちは再び床に就いた。

しかし、困ったことに私は、10分もしないうちに、再びおならがしたくなった。

最初は我慢していたのだが、次第にガスが溜まって行き、下腹の張りが限界に達し、ついにそれは空気中に放出されてしまった。

ただ、先ほどと決定的に違うのは、「ブイ~~~ン!」などという、妙に甲高いおなららしからぬ音が、深夜の静まり返った部屋に響き渡ったこと・・・・・・。

「窓を開けろーーっ!」という父の号令で、私たちは再び窓を開け、雨戸を開け、縁側に出て、綺麗な星空を眺めることになったのだった・・・・・・。

どうでもよいが、私が過去にした、くさいおならナンバーワンは、未だにこの時のおならである。

そして、恐らくこのおならを凌ぐほど強烈なにおいのするおならは、今後出る可能性は極めて低いものと思われる・・・・・・。

10代のころに凄い記録を出して、将来を期待されるものの、その後伸び悩むスポーツ選手がいると聞くが、その気持ちが少し分かった気がする・・・・・・。

(画像は上がノリウツギの花、下がキタマゴタケ)

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