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2017年11月25日 (土)

謎の「いらっしゃいませ」

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近所のスーパーに買い物に行った時のことだった。


入口から店の中に入った途端、青果や鮮魚、精肉、惣菜コーナーなど四方八方から、「いらっしゃいませー!」という威勢のよい掛け声が聞こえて来る。


この掛け声を聞くと、私はいつも子供のころの記憶がふとよみがえる・・・・・・。


私が子供のころは、買い物といえば近所の商店街と決まっていた。


当時、近所の商店街はとても活気があって、声が潰れてガラガラ声の八百屋のおっちゃんや、遠くまでよく通る声をした魚屋のおばちゃんが、「らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、安いよ、安いよ、安いよ、安いよ!」などと、テンポよく、リズム感のある掛け声で、競い合うようにしてお客さんの気を引いていた。


その掛け声を聞くと、用もないのに、「おっ!」と思わず立ち止まり、店の中をのぞいて行く客がたくさんいたものだ。


今思えば、あのテンポとリズムは絶妙なもので、客を立ち止まらせる魔法の言葉だったと思う。


そして、客を立ち止まらせて、初めて商品を売り込み始めるのだが、「見て!このキュウリ!今朝収穫したばかり!色最高!ツヤ最高!もちろん、味最高!でも、少しだけ曲がってる!だから安いの!」と、一語一語、短く区切ってテンポよく話し始める。


おっちゃんは時おり手を「パン!パン!」とリズムを取るように叩きながら、商品の説明をして行く。
すると、立ち止まった客のほとんどは、おっちゃんの話に引き込まれて行き、最後には自然に商品を購入して行くことになるのだ・・・・・・。


現代のスーパーではこんな話術を持った店員は恐らく一人もいないと思うが、先日このスーパーでちょっと変わった個性的な店員と遭遇してしまった。


その店員は入り口を入ってすぐの青果コーナーにいた。


私が店に入って間もなくして、彼はバックヤードから出て来て、奥から持って来た商品を棚や台に並べたりしていた。
私はその時は特別彼に注目していた訳ではなかったので、視界の片隅でそれを無意識に確認していた程度だった。


私は彼の横をゆっくりと通り過ぎ、商品棚を眺めながら店の奥へ向かっていた。
すると、私の背後からこんな掛け声が聞こえて来た。


「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~!」


私は一瞬、自分の耳を疑った。
聞き間違いだろうか。


私にははっきりとそう聞こえたが、きっと聞き間違いなのだろう。
なぜなら、そうでなければ、全く意味が通じないからだ・・・・・・。


すると、たいして間を置くこともなく、再び「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」と聞こえて来た。


それはかなりゆっくりとした独特の口調で、私は誰がそんな訳の分からないことを言っているのだろうと思い、気になって振り返って見ることにした。


すると、私の背後には、先ほどの青果コーナーの若い男性店員が一人いるだけだった。
恐らくあの黒縁メガネの彼が謎の言葉を発している張本人だろう。


しかし、残念ながら、私の位置からでは彼は後ろ向きで、ちょうど背中をこちらに向けて作業している格好になっていた。
それにここからでは少し距離がありすぎる・・・・・・。


そこで私は黒縁メガネの彼が、謎の台詞を発するのを、しかとこの目で見届けてやろうと、彼の前側に回り込むことにした。


私は出来る限り高速移動を心がけたが、小走りに息を切らしながら彼の前まで移動して行ったりしたら、きっと誰が見たって不審者に違いない。


そこで、私は早くいいポジションを確保したい気持ちをぐっとこらえて、普通に歩くよりは少し早めの速度を心がけ、なおかつ「目的地へまっしぐら」では怪しまれると思い、「私は目的の商品を探して歩いているのですよ」というそぶりを見せつつ、黒縁メガネの彼に少しずつ接近して行った。


すると、私が黒縁メガネの彼の前に到達する前に、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」と聞こえて来た。


しかし、私はこの時すでに彼の真横付近まで来ていたので、今回は彼の口からその台詞が発せられていることを、はっきりと確認することが出来た。


しかし、確認することは出来たものの、残念ながら私には彼が何と言っているのかは、やはり分からなかった。
私にはどうしても、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」としか聞こえないのだ・・・・・・。

 

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そこで私は、いっしょに買い物に来ていた、アシスタントの「ぴかちう♀」を呼び、「あの黒縁メガネの店員は何と言っていると思うか?」と単刀直入に聞いてみた。


するとやはり、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」と聞こえると言う。
やはり、誰が聞いても、そう聞こえるのだ。


私は自分の耳が変なのかと思い始めていたので、その言葉を聞いて少し安心した。


しかし、「いらっしゃいま~せ~」はいいとして、「ファイヤ~、クラッシャ~」とはいったいどういう意味なのか・・・・・・。


ぴかちう♀に「どういう意味だと思うか?」とためしにたずねてみたところ、「店名説」がまず浮上した。


商店街の八百屋とかだったら、「八百八」などの昔ながらの店名だろうが、こういう近代スーパーに入っている店なら、おしゃれな横文字の店名に違いないとぴかちう♀は言うのだ。


しかし、仮にそうだとしても、「ファイヤー、クラッシャー」などという意味不明の不吉な名前を付けるはずがない。
それにこのスーパーはテナント制ではなかったはずなので、店名説はちょっと違うようだ・・・・・・。


次に浮かんだのは、「ファイヤー」と「クラッシャー」という言葉の組み合わせから、「破格の安さ」とか、そういう意味合いなのではないかという説。


ぴかちう♀曰く、「定価に火をつけて、ぶっ壊すみたいな」とのこと。


まあ、言いたいことは分からなくもないが、それなら、「いらっしゃいませ、安いよ、安いよ!」でいいような気がする。


あえて、意味を暗号化する必要はないのではないか。
それに火をつけたら、ぶっ壊す以前にただの放火ではないか・・・・・・。


そんなことをあれこれ二人で考えていたところ、バックヤードへ続く扉から、もう一人の店員がナスの箱を抱えて出て来た。


その小太りの店員は、「いらっしゃいませ~、ナスがお買い得になっていますよ~!」といたって普通で、その後も「いらっしゃいませ」しか言わずに、ナスの箱を並べ終わるとさっさと扉の向こうへ帰って行ってしまった。


その後も別の店員が、トマトやらキュウリやらを持って二名ほど出て来たが、やはり「いらっしゃいませ」しか言わない普通の店員だった。


結果的にますます黒縁メガネの彼の言う、「ファイヤ~、クラッシャ~、いらっしゃいま~せ~」の謎が深まることになった・・・・・・。


他の店員が「ファイヤー、クラッシャー」を言わないところをみると、恐らくこれは彼のオリジナルなのだろう。


その後も彼は「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」を連呼していたが、言うたびに気分が乗って来るらしく、次第に最後の「い~らっしゃいませ~」の部分が演歌調になって来るのが分かった。


私とぴかちう♀は黒縁メガネの彼がしまいにはこぶしでも回し始めるんじゃないかと思って、用もないのに青果コーナーをうろうろしていた・・・・・・。


そんな時だった。


でっぷりと太ったボストロールのような風貌のおばちゃんが、黒縁メガネの彼に何やら話しかけているのを発見した。


私とぴかちう♀はボストロールが、「あんた何て言ってんの?」とか、「ファイヤー、クラッシャーってどういう意味なのよ?」などと、黒縁メガネの店員に絡んでいることを期待して、まるでゴキブリのような足取りで、サササササッと素早く現場へ急行した。


しかし、ボストロールはジャガイモの品種の、「きたあかり」と「インカの目覚め」の違いについてたずねているだけだった。


私とぴかちう♀は「そんなことより、もっと他に聞くべきことがあるだろう!」ともどかしい思いで地団駄を踏んだが、この後ボストロールは黒縁メガネの彼の、「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいませ~」を至近距離で聞いたにもかかわらず、不思議なことに全くそれを気にしている様子はなかった・・・・・・。


それにしても、ボストロールの他にもこんなに周りに客がいるというのに、誰一人「ファイヤ~、クラッシャ~、い~らっしゃいま~せ~」を気にしている様子がないのはいったいどうしてなのか。


まさか、私とぴかちう♀以外の人間には、その言葉の意味が理解出来ているとでもいうのだろうか。


それとも、黒縁メガネの彼はじつは宇宙人で、「ファイヤー、クラッシャー」の部分だけは周波数の合う人間にしか聞こえないように細工をしているのかもしれない。


もし、そうなら、私とぴかちう♀は「選ばれし者」ということになる。


しかし、黒縁メガネの彼に選ばれたところで、言っていることが分からなければ何の意味もない。


結論としては、私たちは今後も黒縁メガネの彼の様子をつぶさに観察し、常に聞き耳を立てて、彼が何を言わんとしているのかを解き明かすことが、我々に課せられたミッションということになる・・・・・・。


帰りがけにせまい通路で思いがけずボストロールと対峙してしまい、思わずとっさに身構えて、「出たなボストロールめ!」などと口走ってしまいそうになり、ギロリとボストロールににらまれた。


私は宇宙人の彼よりも、このスーパーでよく出くわす、このボストロールをまずなんとか克服しなくてはと、ふと思ったのだった・・・・・・。


(画像上はシラカシのどんぐり、画像下はヒヨドリジョウゴの果実)

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