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2019年1月 2日 (水)

「すごいな~」と思うこと

Photo_3


映画やドラマを見ていると、主人公が歯を磨きながら部屋の中をウロウロしているシーンがよく出て来る。


歯を磨きながらテレビを見ていたり、家の中をあちこち歩き回りながら探し物をしていたり、時にはピンポンが鳴って宅配便を受け取ったりもしてしまう。


「すごいな~」と思う。
私にはとてもじゃないがマネの出来ない芸当だ。


なぜかというと、私の場合、歯磨きを始めて30秒も経過すると、歯ブラシを咥えている口の隙間から、ツツーっと歯磨き粉が垂れてくるからだ。


だから歯を磨きながら歩き回るなんてちょっと考えられない行為だと言えよう。
みんなは歯磨きの時、歯磨き粉が垂れてこないのだろうか・・・・・・。


学生の頃、映画やドラマのそんなシーンを「かっこいい」と思っていた時期があって、それをマネして歯ブラシを咥えて部屋の中を用もないのにウロウロしてみたことがあった。


ドラマのワンシーンのようにカッコよく、リモコン片手にテレビのチャンネルを変えてみたり、視力がいいので持ってもいないメガネを意味もなく探してみたりしたのだが、結果は予想していた通り、まるで私を追跡するかのように、歯磨き粉が点々とこぼれ落ちていた。


慌てて口をゆすぎ、ティッシュで拭いて歩いたのだが、歯磨き粉というのはとてもしつこくて、その時はきれいに拭き取れているように見えても、翌日になると白く浮き上がって来て、謎の白いシミとして家族を不気味がらせていた。


そんな訳で個人的には歯を磨いているとき、歯磨き粉がツツーっと垂れて来るのは普通のことなので、歯磨き中に歯ブラシを咥えたままウロウロ出来る人というのは、よっぽど唾液の量が少ない人なのではないかと思うのだ。


それとも、逆に私の方が唾液の量が多い人なのだろうか・・・・・・。


洗顔料を付けて顔を洗っているとき、たいていの人は目を閉じていると思うのだが、まるで見えているかのように的確に泡を洗い流して行く人も「すごいな~」と思う。


私の場合、きれいに洗い流したつもりでも、たいていは顔の縁と鼻の両サイドあたりにかなりの確率で泡が残っている。
鏡で確認しながら、2度3度と洗い流すこともしばしばだ。


なぜ、見えていないのに、「ここに泡が残っている」ということが分かるのか不思議でならない・・・・・・。


「人は潜在的には誰でも透視能力がある」と聞いたことがあるが、顔を1発できれいに洗える人を見ていると、本当に見えているんじゃないかと思えて来る。


身近なところにもそんな人がいるので話を聞いてみたところ、「そんなバカな、だいたい勘で分かるでしょ」と言う。
こっちは「だいたい勘で分からない」から聞いているのだ。


しかし、普段の彼女を見ていると、とても透視能力がありそうには思えない。


お中元やお歳暮でもらった箱の中身を予想させても、全く違うものを答えるし、おまけ付きのお菓子やガシャポンも欲しいものが当たらない。


トランプゲームやじゃんけんも弱い。


どうやら彼女の透視能力は洗顔の時にだけ発揮されるようだ。
なぜなのだろうか・・・・・・。


それはそこに人の欲や願望のようなものが一切生じていないからではないか。
いわゆる超能力というのは、そこに雑念が絡んで来ると発揮されにくくなるという。


競馬などのギャンブルでビギナーズラックと言われるのも、初心者ゆえに余計な情報や知識を持ち合わせておらず、「絶対に当ててやる」という変な欲がないからだ。


顔を洗う時にきれいに泡を落とせても、さっぱりするだけで、そこに雑念が湧いて来る余地はない。
だから彼女には残っている泡が見えるのではないか。


まあ、どちらにしても、顔を洗う時にきれいに泡を落とせない私には、「すごいな~」と感じてしまうことに変わりはない・・・・・・。


Photo_4
外国人のスポーツ選手が、鼻の片側を押さえて、鼻水を勢いよく、「フン!」と出すところを見たことがないだろうか。
鼻水はまるで弾丸のように一直線に飛んで行き地面に着地する。


ほんの一瞬の出来事で、そこに汚らしさは微塵も感じられない。
顔や鼻の周りはきれいなまま保たれていて、「すごいな~」と思う。


競技や試合の最中にはティッシュなど余計なものを持ち込めないことから、自然に習得された技なのだろうが、「お見事」としか言いようがない。


私はそれを初めて見た時、またしても「かっこいい」と思ってしまい、よせばいいのにマネをしてみたくなった。


ティッシュで鼻を「チーン」とかんでいると、「あいつ鼻をかんでいるな」と音で周りに気づかれるし、鼻をかんだティッシュを捨てるところがなければ、ポケットやカバンに入れておかねばならず、周囲には「きたね~な~」という印象を与えてしまうだろう。


ところがあの技を習得できれば、周囲にはいっさい気づかれることなく、鼻水を一瞬で除去出来るのだ。


しかし、この技を公衆の面前で行うにはかなり勇気がいる。
失敗したときのリスクがあまりにも大きすぎる。


小さな子供ならまだしも、いい大人が鼻の下を鼻水まみれにして突っ立っていたら、いったいどう思われるだろう・・・・・・。


この技は非常にシンプルで簡単そうに見えるのだが、頭の中でシュミレーションをすればするほど、失敗している自分しか思い浮かばず、どうやら高度な技術が必要なようだ。


そこで私は不安を払拭するため、とりあえず練習を始めることにした。
ぶっつけ本番で哀れな姿をさらすより、賢明な選択といえよう。


私は花粉やホコリに反応して鼻水が出て来る「アレルギー性鼻炎」なので、年間を通してある程度、鼻水とは付き合っていかねばならない運命だ。


だからこそ、この技を習得できれば何かと都合がよい・・・・・・。


この日、私は多くも少なくもない、練習にはちょうどいい量の鼻水が鼻の中に溜まっているのを感じていた。
とりあえず、鼻水の着地点を想定してティッシュを床に数枚敷いてみるが、すぐに的を外れた時の映像が脳裏に浮かぶ。


より広範囲をカバーするためには、ティッシュの量を増やすより、新聞紙を一枚敷いてしまった方がよいと思い、見開きの状態で足元に一枚広げることにした。


さあ、準備は出来た。
練習開始である。


練習と言っても、鼻水は一度出してしまえば、次に溜まるまでにはある程度の時間が必要だ。
立て続けに発射の練習を繰り返すという訳にはいかない。


そこで私は、とりあえず、「シャドー弾丸鼻水」をやってみることにした。


鼻の片側を押さえて、鼻水を「フン!」と勢いよく出し、新聞紙の上に着地させる。
それをモーションと共にイメージしながら集中力を高めて行く。


10回ほどそれを繰り返し、ある程度のイメージが固まったので、本番を想定した練習に移ることにした。


私にはもう、床に敷いた新聞紙のど真ん中に、弾丸のように鼻水が着地するシーンしか思い浮かばなかったので、新聞紙の真ん中に一枚だけティッシュを置き、「的」とした。


さあ、いざ練習本番である。


大きく息を吸い、片鼻を押さえる。
顔を少し横に向けて勢いをつけ、正面に戻すと同時に、鼻水を「フン!」と空気の力で一気に押し出す。


その瞬間、「あれ?」という感覚があった。


鼻水は弾丸のように小さく一塊になって飛んでは行かず、糸コンニャクやところてんがニュルっと押し出されるようなイメージで鼻から飛び出して行った。


イメージトレーニングでは大きくガッツポーズをする私がいたのだが、現実にはそこに立っていたのは、鼻の下からあごにかけてヌルヌルになっている妖怪だった・・・・・・。


新聞紙の上にたった一枚、小さく広げられたティッシュが、ただ、ただ、むなしかった。


そして、「弾丸鼻水」を実際にやってみて分かったことは、外国のスポーツ選手の技はやっぱり「すごいな~」ということだった・・・・・・。

 

(画像上は池のコガモ、画像下はマサキの実)

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