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2019年2月10日 (日)

道端のうんこ

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道を歩いていて、うんこを踏んづけた時ほどショックに感じることはない。


足の裏から伝わって来る「ぐにゃり」という嫌な感触で、「今、もしかしたら、うんこを踏んづけたんじゃないか」とまず思う。


そして、そうでないことを必死に祈りながら、足元をそっと確認する。


「やっぱり、うんこだった・・・」という時は、「なんでもっと足元を見て歩かなかったのだろう」という後悔にさいなまれ、同時に「靴底に付いたコイツをどうするか」という問題に直面し、悩まされることになる・・・・・・。


うんこと言えば汚物界の頂点に君臨するシロモノである。
そんなものが靴底一枚隔てた足の裏にこびり付いているのだ。


誰にも気付かれないうちに、一刻も早く除去したいのは言うまでもない。


うんこを踏んづけた時にまずすることと言えば、地面に足をこすり付けて、少しでも早く靴底のうんこをきれいに取り除こうとすることではないだろうか。


しかし、自分の靴底の跡がくっきりと付いて、ぺったんこになっているうんこの横で、そんなことをしていたら、道行く人に、「あいつ、あのうんこを踏んづけたんだな」と思われかねない。


現実にその通りなのだが、さすがにそう思われるのは恥ずかしいので、数メートル先に足早に移動してから地面でゴシゴシする。


ところがうんこというのはとてもしつこいもので、靴底のすべり止めの溝に入り込んで、なかなかきれいには取れないものなのだ。


さすが汚物界の王様、一筋縄ではいかない。


しかし、もう現場で出来ることと言えばこのくらいで、あとは歩きながら自然に取れてくれるのを待つしかない・・・・・・。


現場で一番やってはいけないのは、少しでもきれいにしようとして、ティッシュなどで拭き取ろうとすることだ。


慌てているとやりがちなのだが、ポケットティッシュは薄いうえに、折り目から破れやすいので、靴底だけでなく、自分の手まで汚しかねない危険な行為と言えよう。


ウエットティッシュは破れこそしないものの、目が粗く出来ていて、うんこが浸透して来やすいので、これもやめておいた方が賢明だ。


更にティッシュやウエットティッシュを使った場合、そのゴミをどうするのかという問題もある。
間違っても、その辺に「ポイ」をしてはいけない・・・・・・。


世の中にはそんな汚物界の王様をものともしない強者がいる。
井戸端会議中の主婦の皆さんである。


その日、私が目撃したのは、住宅街の小道で立ち話をしている、買い物帰りと思しき二人組だった。


そこは住宅街を縫うように通っている、決して広くはない道なので、他の人の通行の邪魔にならないように配慮したのか、立ち話をしている二人組は道の隅っこに寄って話し込んでいた。


二人は「〇〇町のスーパーはすごく安いのだが、あそこまで交通費をかけて行ったら意味がない。何とか歩いて行くことは出来ないか」ということについて話をしているようだった。


私は〇〇町のスーパーへ行くには、バス通りを歩いて行くと道は分かりやすいが遠回りになる。


しかし、住宅街を抜けて行けばアップダウンも少なくショートカット出来るので、それほど遠くは感じないということを知っていたが、見ず知らずの男が急に話に割り込んで来たら怪しまれると思い、教えたい気持ちをグッとこらえて、二人の横を通り過ぎようとしていた。


Photo_2
ところがその時私はとんでもない光景を目にしてしまった。
私に背を向けていた主婦Aの足元にうんこがあったのだ。


道端なのでうんこがあること自体は不思議でも何でもない。
衝撃だったのは主婦Aは見事なまでにそのうんこを踏んづけたまま、立ち話をしていることだった。


うんこは主婦Aの右足に踏んづけられ、「凹」の形になって靴にきっちりとはまっていた。


しかも、このうんこはけっこう大きくて、人間がする一本糞とさして変わらないようだった。
きっと、大型犬のものだろう・・・・・・。


主婦Aはこんなに大きなうんこを踏んづけているにも関わらず、全く気付いていない様子で主婦Bとまだ「〇〇町のスーパー」の話で盛り上がっている。


主婦Bは「歩いて行けないことはないと思うが、あそこから大根やキャベツなどの重たいものを持って帰ってくるのはきつくないか」などと、悠長なことを言っていて、相方の右足がうんこにめり込んでいることなど、視界の片隅にも入っていない様子。


一方の主婦Aは巨大なうんこに右足をめり込ませたまま、仁王立ちで相方の話に頷きながらも、「たとえ大根やキャベツなどの重たいものであっても、トートバックを持って行けば大丈夫。スーパーの袋だから手が痛くなり、重たく感じるのだ」と持論を展開していた。


私は主婦Aにうんこを踏んづけていることを教えてやるべきか悩んだが、たとえ教えたところで、すでに主婦Aの靴はうんこにパックリとくわえ込まれていて、もはやどうすることも出来ない。


うんこを踏んづけていることを教えても、今さら靴がきれいになる訳ではないのだから、教えることでショックを与えパニックにさせるよりも、そっとしておいてやった方がいいのではないか・・・・・・。


そんなことを考えていたら、主婦Aは突然、「あら、嫌だ。もうこんな時間。そろそろ失礼しなきゃ」と、主婦Bに別れを告げると、そそくさと歩いて行ってしまった。


相当長い時間、この場所で立ち話をしていたのか、主婦Aの右足には半乾きになったうんこがパックリと食らいついたままで、家が近くならうんこは落ちることなく、いっしょに帰宅することになりそうな様子だったが、その後どうなったのかは、確認した訳ではないので定かではない。


私は井戸端会議中の主婦が、道端でうんこを踏んづけたまま話し込んでいるのを見たのは今回で3回目だったが、あんなに大きなうんこを踏んづけているのを見たのは初めてだった・・・・・・。


道端のうんこに気付かなかったことはまあ分かる。
しかし、あんなに大きなうんこを踏んづけたら、踏んだ瞬間に足に「何か踏んだ」という感触が絶対に伝わって来ると思うのだ。


普通はそこで足元を確認すると思うのだが、話に夢中になっている主婦にとっては、そんなことは蚊に刺されたくらいのことでしかないようだ。


更に足にあんなに大きなうんこを付けたまま、それに気付くこともなく、平然と歩いて行く姿にも驚かされる。
「普段より右足が重たいな」とは思わないのだろうか。


きっと、主婦Aの意識はもうとっくに家に帰っていて、「帰ったらやるべきこと」で頭の中がいっぱいになっていたのだろう。


人は何かに夢中になっていると、自分に起きているちょっとした事件に、全く気付いていないことがある。
私はうんこを踏んづけたまま、話に夢中になっている主婦を見るたびに、そんなことをふと思う。


そして、汚物界の王様をものともしない主婦、恐るべしである・・・・・・。


(画像上はサルの顔のようなオニグルミの冬芽葉痕、画像下はジョウビタキのオス)

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