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2019年7月 8日 (月)

学校から買わされて無駄だと思った物2

Photo_20190708170901

中学校に入学する時、技術家庭の授業で必要だからと言われて、大工道具一式を買わされることになった。


その時は中学で使うものだから、糸ノコとかトンカチとか釘とか紙やすりとか、せいぜい日曜大工で使うような簡単な物だろうと思っていた。


ところが実際に手元に届いたのは本当に「大工道具一式」で、両刃ノコギリ、カンナ、ノミ、キリ、トンカチ、定規、L字スケール、水平器、プラスドライバー、マイナスドライバー、釘、サンドペーパー各種などが、肩掛けの道具袋にぎっしりと入った本格的な物だった。


大工道具一式はずしりと重く、授業があるたびに毎回これを家から持って行くのかと思うととても気が重かった。


それにしても、建築の学校でもないのに、なぜこんなにも本格的な大工道具が必要になるのか・・・・・・。


授業は大きな一枚板をせっせとカンナ掛けするところから始まった。


カンナは想像以上に重くて、引いて戻って、引いて戻っての単純な運動が、まるで筋トレでもしているかのようにキツく、カンナ掛けが終わるころには、腕の筋肉が硬直しプルプルと痙攣しているのが分かるほどだった。


技術家庭の授業とは名ばかりで、これでは体育の授業じゃないかと、この時誰もがそう思っていた。


しかも、体育の授業で持久走を走って、ヘトヘトになって帰ってきた直後に、技術家庭の授業で筋トレに突入したりすると最悪で、「今日は体育2連チャンかよ~」と愚痴らずにはいられなかったものだ。


そして、その後の授業は爆睡するものが続出していたのは言うまでもない・・・・・・。


技術家庭の授業では一枚板から本棚や椅子などを作った記憶があるが、授業で使う素材は木ばかりではなく、金属を加工して文鎮や塵取りを作ったりもしていた。


また、部品を一つ一つ半田付けしてラジオを組み立てていたりもしたので、大工道具は授業で毎回使っていたという訳ではなかった。


こんなに本格的な物を買わされたのに、大工道具の使用頻度は入学当初に思っていたほどは高くはなかった。


「それならここまで本格的な物を買わせる必要はないじゃん」と子供ながらに思っていたのだが、それを口に出すと「じゃあ、毎回木を加工して何か作るか!」と言われても困るので、誰もがお口にチャックをしていたのだった・・・・・・。


授業で大工道具が必要な時は、家から道具袋ごとそっくり持って行くのだが、ノコギリだけは長いので道具袋からニョッキリと顔を出していて、当時はそれがどうにも恥ずかしくて仕方がなかった。


ノコギリ以外は全て道具袋の中にすっぽりと収まっているので、一見何を持って歩いているのかはよく分からない。


しかし、ノコギリが顔を出しているだけで、大工道具を持って歩いているということは一目瞭然になる。


中学生の頃というのは、誰もがカッコつけたがる時期なので、大工道具なんて持って歩きたくないというのがあって、授業よりもこれを持っての登下校の方が憂鬱に感じている者も少なくなかった・・・・・・。


それにしても、当時は考えたこともなかったが、他の中学校の生徒も、学校からこのような大工道具を買わされていたのだろうか。


しかも、こんなに本格的な物をである。


個人的には「もしかしたら自分が通っていた中学だけだったんじゃないか」という疑惑を持っているのだが本当のところはどうなのだろう・・・・・・。


そしてこの大工道具は未だに家の玄関の物入れの中にしまってある。


プラスドライバーとマイナスドライバーだけはたまにつかうが、さすがにカンナやノミなどは日常生活では使う機会が全くない。
突然DYIの趣味に目覚めたとしても、カンナ掛けをしたり、ノミを打ったりする人がはたしてどれくらいいるだろう。


最近はプロの大工さんですらノミを使わない人もいるそうだ。


物入れを開けてこの道具袋を見るたびに、「もったいないからたまには使ってみるかな~」と思うのだが、思うだけで使ったためしは過去に一度もなく、今後もきっと使うことはないであろうことは、自分が一番よく分かっていた・・・・・・。


Photo_20190708171001

基本的に学校で必要になって買わされるものというのは、卒業後の日常生活では全く役に立たないものが多い。


小学生の時に使った三角定規や分度器、コンパスなどは、机の引き出しの肥やしでしかなく、とっくの昔に捨ててしまったというかたも少なくないだろう。


三角定規や分度器は定規代わりに使えるかと思って取って置いたのだが、いざ使ってみたらどうにも短すぎるし、普通の定規を持っているのに、わざわざそれを取り出して使う意味がないことに、実際に使ってみてようやく気付いた・・・・・・。


コンパスに至ってはとって置いたはいいが、いったいどこに円を描くというのか。


とりあえず紙に円を描いてみて、「コンパスを使わずに描いた円より、コンパスを使って描いた円の方がやっぱり美しいな~」と思うくらいである・・・・・・。


彫刻刀も役に立たない。
日常生活では彫刻をする機会などないのだから当然である。


役に立たないものではあるのだが、彫刻刀は箱入りの6本セットになっているため、なんだか捨てるにはもったいない気がして、ずっとタンスの奥にしまったままになっている。


これが1本だけの物だったら迷わず捨ててしまっていただろう。


しかも、彫刻刀は6本セットになっているのに、私が小、中学生の時に実際に使っていたのは、そのうちの2本くらいだった。
その他の4本は全く使っていないと言ってよく、新品のまま綺麗に箱に収まっていた。


使用頻度の高い2本は、すぐに刃がプラプラになって取れてしまい、同じ物ばかり何回も買い替えていたのを覚えている。


バラが品切れになっている時には、やむを得ずセットで買わなければならなかったため、うちには3セットくらい同じ彫刻刀がある。


それにしても彫刻刀と言うのは、なぜあんなにも簡単に壊れてしまうのか、当時は不思議でならなかった。


わざと刃の部分が外れやすく作ってあって、何度も買い替えさせて儲けてやろうという、メーカーの策略ではないかと子供ながらに思っていたものである。


使用頻度の高かった彫刻刀の柄には、使っている時に手を突き刺したのか血痕らしきシミがあり、彫刻刀セットの箱の隅には絆創膏が5~6枚入っていて当時の苦労が偲ばれるのだが、家族にはまるで殺人事件の凶器のごとく不気味がられていた・・・・・・。


彫刻刀のようにコンパクトな物なら、3セットあろうが、4セットあろうが、どうにかしまって置くことも可能だが、小、中学生の頃に使った絵の具セットや習字セットは、大きくて収納して置くにも場所を取るので、うちではかなり早い段階で捨ててしまった。


ちなみに絵の具セットとは、絵の具やパレット、絵筆などが収められているセットで、習字セットは墨、硯、筆、墨汁、文鎮などが収められているセットのことだ。


学校を卒業して何年かしてから押し入れを整理していたら、絵の具セットと習字セットが出て来て、「懐かしいな~」と思って見ていたことがあった。


ところがどちらもなぜか2セットずつあることに気付き、思わず「ええ~っ!」と困惑すると同時に、1つはいったい誰の物で、なんでうちに置いてあるのかと悩みまくっていたことがあった。


ところがフタを開けて中を見ると、どちらも見覚えがあって、自分の物であることは間違いなかった。


記憶の糸をたどって行くと、どうやら1つは小学校で使っていた物で、もう一つは中学校で使っていたものらしい。


進学した時に新しいものを買わされたらしいのだがあまり記憶にない。


「内容はほとんどいっしょなのだから、消耗品だけ買い替えればよかったのになぁ」と思うのだが、学校から買わされたものだからどうにもならなかったのだろう・・・・・・。


このように学校で必要になって買わされた物というのは、今思えば「無駄だよな~」と思うような物がゴロゴロあるというお話でした・・・・・・。


(画像上はガクアジサイの両性花、画像下は雨が続き発生が始まったテングタケ)

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