昔は酸っぱかった果物
私が子供の頃、イチゴはスプーンで丁寧に潰してから、砂糖と牛乳をかけて、「イチゴミルク」にして食べるのが定番だった。
しかし、最近ではそんな食べ方をしている人はいないし、考えてみたら自分自身も、いつの間にかわざわざ「イチゴミルク」にして食べるようなことはしなくなっていた。
現在の主流はイチゴに練乳をかけて、小さなフォークで刺して食べる食べ方だろうか。
では、私が子供の頃に定番だった、「イチゴミルク」とはいったいなんだったのだろうか・・・・・・。
当初は「イチゴの食べ方の流行みたいなものだったのかな~」と思っていたのだが、調べてみるとじつはそうではないらしいのだ。
一般の家庭でイチゴが食べられるようになったのは1960年代からだと言われている。
その頃はアメリカから輸入して栽培された品種がメインだったそうで、当時のイチゴは今のイチゴに比べて、かなり酸味が強いものだったという。
で、その酸っぱさを和らげるために、イチゴを潰してから、砂糖と牛乳をかけて食べる食べ方が広まったらしいのだ。
私の子供時代はそれよりももっと後になるのだが、その頃もイチゴミルクにして食べていたということは、イチゴはまだまだ酸っぱい時代だったのだろう。
今考えると、「当時のイチゴってそんなに酸っぱかったのかな~?」と疑問に思うのだが、いつも砂糖と牛乳をかけて、「イチゴミルク」にして食べていたので、イチゴの酸味については正直言ってあまり記憶にない・・・・・・。
ところで、「イチゴミルク」が流行っていた当時、「イチゴミルク」を作って食べるだけの専用のスプーンがあったのを覚えているだろうか。
イチゴスプーンは底がまっ平になっていて、スプーンの窪んでいる部分の両面にイチゴの模様が彫られていて、他のスプーンといっしょにしまってあっても、「どこにやったかな~」と迷うこともなく、一発で探し当てられる一目瞭然のデザインになっていた。
ところで後になってから知ったのだが、このイチゴの模様は単なるデザインではなかったらしい。
スプーンなのに底がまっ平なのは、イチゴを潰しやすくするためで、イチゴの模様が彫られていたのは、イチゴを潰す時に滑りにくくする、「滑り止め」の役割があったようなのだ。
イチゴの小さな種の一粒一粒まで、細かく彫り込まれていたのは、そんな理由があったからのようだ。
現在のイチゴは品種改良が重ねられ、当時とは比べ物にならないくらい甘くなった。
だから練乳をちょこっとだけかけて、小さなフォークで刺して食べるだけで十分になったのだ。
いったいいつ頃からそうなったのかはちょっと忘れてしまったが、いつの間にか「イチゴスプーン」の出番はなくなっていた。
しかし我が家では、戸棚の引き出しを開けると、今でも他のスプーンやフォークに紛れて、「イチゴスプーン」がちゃんと入っている。
そして私はこの「イチゴスプーン」を見るたびに、「イチゴミルク」を作って食べていた、幼い頃の思い出がふとよみがえるのだ。
そして、「たまにはティースプーン代わりに出して使ってあげようかな~」と思っている・・・・・・。
酸っぱいと言えば、私の子供の頃は夏みかんも今とは比べ物にならないくらい酸っぱかった。
その酸っぱさと言ったらイチゴの比ではなく、まるで酢でも飲んでいるかのように、信じられないくらい酸っぱかったのだ。
こんなに酸っぱいのに、「果物」を名乗っていいものなのかと、夏みかんを食べるたびに思っていたものである。
父は酸っぱいものが大好きで、夏みかんもそのまま平然と食べていたが、母や私はとてもじゃないが、そのまま食べることなんて出来ず、夏みかんをきれいにむいて、果肉を皮から取り出し、それを器に盛ってから、砂糖をまぶしてようやくなんとか食べることが出来るぐらいだった・・・・・・。
当時、この酸っぱい夏みかんと並べて売られていたのが、1971年に輸入が自由化になったグレープフルーツだった。
今考えると、グレープフルーツも現在のものと比べたら、かなり酸っぱかったと思うのだが、それでも夏みかんに比べたら、ずっと酸味が少なかったので、うちではどちらかと言うと、グレープフルーツを買うことが多かったように思う。
当時はたいして気にもしていなかったが、どうやらそれはうちだけではなかったようで、グレープフルーツは少しずつ人気が高まって行き、静かなブームになっていたようだ。
しかし、父は相変わらず夏みかん派だったので、うちでは父用に夏みかんは常に少量だが買っていた・・・・・・。
当時のグレープフルーツは真ん中から輪切りにして、切り口に砂糖をかけて、スプーンですくって食べるのが定番だった。
今のグレープフルーツに比べると、そのくらい酸っぱかったということなのだろう。
そして果肉を食べ終わった後は、底の方に溜まっている果汁を「グビッ」と飲み干すのだが、これがまた最高に美味かったのを今でもはっきりと覚えている。
残さずきれいに飲み干したいので、輪切りになっているグレープフルーツを、「ギュッ!」と潰しながら、果汁を口の中に流し込むのだが、子供なので微妙な調整が難しく、顔面でそれを受け止めてしまうこともしばしばあって、当時はシトラスフレーバーを振り撒きながら歩いている子供がよくいたものだ・・・・・・。
そして当時のグレープフルーツ人気は、夏みかんの売り上げにも大きな影響を与え、夏みかんの生産と消費はじょじょに減少して行くことになった。
しかし、夏みかん陣営もそれをただ黙って見ていたわけではなくて、その間も着々と品種改良を進めていたのである。
そして誕生したのが甘さが強調された夏みかん、「甘夏(あまなつ)」だったのだ。
甘夏は文字通り、甘く改良された夏みかんのことで、いつの間にか酸っぱい夏みかんは姿を消し、甘夏がその後を引き継いで流通するようになっていた・・・・・・。
イチゴの時もそうだったが、あの酸っぱい夏みかんが、いったいいつ頃から甘夏に全て切り替わったのかは、正直なところ私には全く記憶がない。
そもそも私は酸っぱいものが苦手だったので、自分から好んで甘夏を食べるようなことはなかったからだ。
甘夏になって甘くなったとは言うものの、それは「夏みかんに比べて甘くなった」というだけで、酸っぱいものが苦手な者にとっては、「十分酸っぱい果物である」という認識だったのだ。
食べる機会がほとんどないのだから、そのことについて記憶がないのもまあ仕方がないところだ・・・・・・。
ところで私が幼い頃、年配の人が口をそろえて、「夏みかんを食べ過ぎるとヨイヨイになる」と言っていたことがあって、「ヨイヨイって何のことだろう?」とずっと疑問に思っていた。
私の勝手な想像では夏みかんを食べ過ぎると、あまりの酸っぱさで頭がやられて体が制御出来なくなり、自分の意思に反して、「そ~れ、ヨイッ!ヨイッ!ヨイッ!ヨイッ!」などと、踊りだしてしまうんじゃないかという妄想を膨らませていた。
今思えばなんてバカバカしい妄想なんだろうと笑ってしまうのだが、当時は「夏みかんを食べ過ぎると、そんな恐ろしいことになってしまうんだ!」と思い込み、恐怖に体を震わせていたのを覚えている・・・・・・。
大人になってから聞いた話では、夏みかんは幕末の頃には、「夏代々(なつだいだい)」と呼ばれていたそうで、当時は主に山口県の萩地方で盛んに栽培されていたのだそう。
明治の頃、近畿地方では中風(脳卒中の後遺症)のことを、「ヨイヨイ」とも呼んでいたそうで、夏代々の「代々」が「ヨヨ」と読めることから、「夏代々を食べるとヨイヨイになる」という噂が流れたことがあったのだという。
そしてこれがきっかけになって、萩から大阪に夏代々が出荷される際に、「夏代々」から「夏みかん」に名前が変更されたのだそう。
「夏みかんを食べ過ぎるとヨイヨイになる」というのは、早い話が今で言うところの都市伝説だったようだ・・・・・・。
考えてみれば、酸っぱいものが大好きだった父は、夏みかんを毎日のように美味そうに食べていたが、一度も「そ~れ、ヨイッ!ヨイッ!ヨイッ!ヨイッ!」などと踊りだしたことなどなかった。
こんな身近なところに、一番踊りだしそうな人がいたというのに、「何も起きていなかった」ということになぜ今まで気付かなかったのか不思議でならない・・・・・・。
(画像上は橙色に色付いたオオモミジ。画像下は今年は暖かいので秋のキノコがまだ出ている)
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くろねこさん、こんばんは。
「いちご、昔、酸っぱかった」で検索して
ここにたどり着きました。
いちごが酸っぱかった話、グレープフルーツに砂糖をかけてた話、
いちごスプーンの話、どれもこれも「あぁ!そうそう!懐かしい!」と思いながら読ませていただきました。
ヨイヨイの話もなんとなく、昔に聞いたような気がしましたが
踊りだす話は爆笑してしまいました。昔は言い伝えのような
「食べ過ぎると〇〇になる」という話が多かった気がします。
また爆笑しにここに来させてもらいますね。
投稿: 通りがかりの昭和の女 | 2021年3月30日 (火) 01時04分
通りがかりの昭和の女さん、こんにちは。
いま考えれば、昔はイチゴも酸っぱかったんですよね。
でも、当時はそれが当たり前だったので、別になんとも思っていなかったんです。
イチゴはイチゴミルクにして食べるものだと信じて疑わなかった。
将来、イチゴがこんなに甘くなるなんて考えてもみませんでしたし・・・(笑)。
投稿: くろねこ | 2021年3月30日 (火) 08時50分