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2020年2月27日 (木)

カセットテープの思い出

Photo_20200227085001

私が子供の頃は音楽の記録メディアと言えばカセットテープだった。


レコードやCDをカセットテープに録音して自分の部屋で聴いたり、外へ持ち出して友達と共有したりしていたものだ。


当時は欲しいと思うレコードやCDはたくさんあったが、子供にはレコードやCDは高い買い物で、とても一度に何枚も買うことなんて出来なかった・・・・・・。


そんな子供たちの救世主となったのがレンタルCDショップだった。


80年代から90年代にかけて、レンタルCDショップは、まるで雨後のタケノコのように街のあちこちに新設されて行った。


欲しいレコードやCDはたくさんあるのに、お金がなくて買うことが出来ず、悶々としていた子供たちも、レンタルCDショップが出来たことで、レンタルでCDを借りて来て、カセットテープにダビングして音楽を楽しむことが出来るようになったのだ。


レンタルCDショップの誕生で、カセットテープの需要は一気に跳ね上がり、当時は様々なメーカーから、じつに多くの収録時間のカセットテープが大量に販売されていた。


カセットテープにはA面とB面があって、パッケージに記載されている収録時間は、A面とB面を足した合計ということになる。


当時見ることが多かった46分テープなら、片面は約23分ということになる訳だ。


ちなみになぜ46分などという、中途半端な収録時間のものがあったのかというと、これは初期の頃のLPレコードが、片面23分の収録時間だったからだと言われている。


46分テープはそれを録音するのに最適な時間のテープとして販売されるようになり、CDになってもそれがそのままラインナップに残ったということらしい・・・・・・。


しかし、個人的には46分テープはほとんど買ったことはなくて、私がよく買っていたのは54分か60分のどちらかだった。


なぜかというと、当時のCDのアルバムは、収録時間が52~53分ほどのものが最も多かったからだ。


CDの収録時間が53分〇〇秒とかだったら、54分テープにぴっちり入れた方が無駄がなくて気持ちがいいのだが、じつはそんな単純な話ではなかった。


前述の通り、カセットテープというのはA面とB面があり、パッケージに書かれている収録時間はその合計だ。


だから54分テープなら片面は27分ということになり、どこかでカセットテープを裏返さなくてはならなくなる。


問題はどこまでがA面に入るかで、曲の長さによっては早めにB面に裏返さないと、曲が途中で切れてしまうことになるのだ。


だからA面にまだ余裕があるにも関わらず、B面に裏返さなければならないこともあり、そうなると54分テープとはいうものの、まるまる54分は使えないことになり、CDの収録時間が53分〇〇秒であっても、全曲を54分テープに入れることは困難になって来る。


CDのアルバムの曲順を入れ替えることで、テープにきっちりと収めるという裏技も可能だったが、当時はアルバムというのは、何かしらの意図があって、その曲順になっているということも少なくなかったので、出来るだけCDの曲順通りに聴きたかったのである。


それを回避するためには、初めから余裕のある60分テープをチョイスするべきなのだが、そうすると意外と無駄なくきっちり収まったりして、今度はテープが余ってしまい、「もったいない」という心理が生まれて来る。


そこでテープの余った部分に、手持ちのCDのお気に入りの曲を入れてみたりするのだが、曲の終わりの方の十数秒が入らずに、頭を抱えることもしばしばあった・・・・・・。


Photo_20200227085002

自分でダビングしたカセットテープには、CDのジャケットからタイトルや曲名を書き写して、オリジナルのインデックスカードを作って入れていた。


男子の場合はインデックスカードを作ると言っても、カセットテープに付属のインデックスカードに、CDのタイトルや曲順を手書きの汚い字で、ただ書き写して入れているだけだった。


しかし、女子の場合は、インデックスカード一枚作るのにも凝っていて、わざわざ市販のカラフルなカードを買って来て、付属の物と入れ替えて使っていた。


しかも、インデックスカードに手書きで書き込むのではなく、「レタリングシート」というのをわざわざ買って来て、文字を転写していたのだ。


レタリングシートにはアルファベットやひらがな、カタカナ、そして様々な書体の文字の物があって、これを一文字ずつインデックスカードの上でこすることで、文字を移すことが出来るのだ。


男子から言わせれば、「面倒くさいこと、この上ない」作業なのだが、当時女子の間ではこれがブームになっていて、レタリングシートの束を袋に入れて持ち歩いている者もいた。


それを見た男子はみんな、「あんなに大量のレタリングシートをどうするんだろう」と疑問に思っていたものだが、女子に言わせると、使用頻度の高い文字というのがあるそうで、それらはすぐになくなってしまうのだという。


逆にあまり使わない文字は、いつまで経っても残っているのだが、よく使う文字がすでにないので、新しいシートを買わない訳にはいかなくなる。


そこで予備を何枚も買っておくため、束になっているのだそうだ・・・・・・。


いつだったか、私が持っていたカセットテープを、隣の席の女子が「ダビングしたいから、貸してもらえないか」と聞いて来たことがあった。


「うん、いいよ」と快く貸してあげたのだが、翌日、「ありがとう」と返って来たカセットテープは、きれいな水色のインデックスカードに変わっていて、レタリングシートを使ってきれいに文字が転写されていた。


昨日まではカセットテープに付属している、なんの面白みもないインデックスカードに、ミミズが這ったような文字で、タイトルや曲名がだらしなく書かれていたのがうそのようである。


それはまるで店で売られている商品のような素晴らしい出来映えで、ちょっと感動ものだった。


隣の席の女子はもともと入っていたインデックスカードも返してくれたのだが、「これ、スペルが間違いだらけだったよ」と、赤ペンで数ヶ所直されていて思わず絶句した・・・・・・。


カセットテープのインデックスカードというのは、市販のレコードやCDで言うところの、ジャケットに相当するものだと私は思う。


現在のように音楽がネット配信されていなかった時は、レコードやCDのジャケットというのはとても重要で、なくてはならないものだった。


欲しいレコードやCDが複数ある場合、全部は買えないので、お店でジャケットの写真やデザインを見て、どれにするか決めることもよくあった。


また、当時は発売日にレコードやCDを買うと、ジャケット写真とリンクした、ポスターやちょっとしたグッツを貰えることがよくあって、ちょっと得した気分になったりもしたものだ・・・・・・。


現在ではネット配信で、音楽が手軽に手に入るようになり、お店でCDを買わないと言う人にとっては、ジャケットなどというものは、もはや意識の中からなくなりつつある。


便利になったのはいいのだが、なんだかつまらない世の中になったものだな~とつくづく思う・・・・・・。


(画像上、早咲きの河津桜の花。画像下、甘い香りを漂わせながら咲くシナマンサクの花)

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