消えゆく黒板
唐突だが学校の教室をちょっと想像してみて欲しい。
そして教室の中にあるもので、あなたがまず一番に思い浮かべたものはなんだろうか。
恐らく多くのかたは、「黒板」と答えるのではないだろうか。
黒板は教室にはなくてはならないもので、これがなければ授業にならないと言っても過言ではない。
黒板は授業中に全生徒が注目し続ける、教室の中で最も重要な設備であると言えるだろう。
ところが近年になって、学校の教室から黒板が消えて行こうとしているらしい。
「いったいどうして?」と思うかたがほとんどだと思うが、問題となったのは黒板そのものではなくて、黒板に文字を書くためのチョークの方なのだ・・・・・・。
チョークの主成分は多くの筆記用具に使われているインクではなくて炭酸カルシウムだ。
チョークを黒板に押し当てると、炭酸カルシウムの粉末が黒板に付着する。
これがチョークで黒板に文字を書くことが出来る仕組みである。
このためチョークで黒板に文字を書いたり、黒板消しを使って文字を消したりするたびに、炭酸カルシウムの粉末が周囲に飛び散ることになる。
だからチョークを一日中使い続けている教師は、授業が終わるころには指先や肩、髪の毛などが白い粉だらけになっていることも少なくなかった。
これだけ体中が粉だらけになっているということは、当然のことながら、少なからず鼻や口からチョークの粉を吸い込んでしまっているはずで、むろん体にいい訳がない・・・・・・。
じつはチョークの粉を吸い込んでしまっていたのは教師だけではない。
日直の生徒は授業が終わると、黒板消しでチョークで書かれた黒板の文字を消し、チョークの粉で真っ白になった黒板消しを、窓のところへ持って行って、パンパン叩いてきれいにしていた。
チョークの粉は空中に舞い上がり、風向きによっては全身でそれを受け止めてしまうことも少なくなかった。
黒板消しクリーナーもあるにはあったが、すぐに吸い込みが悪くなってしまうため、窓でパンパンした方が早かったのである。
それにバカな男子たちは白い粉が空中に舞い上がって行くのが楽しくて、初めから黒板消しクリーナーを使う気などさらさらなかった。
そんな訳で黒板消しがきれいになるころには、全身がうっすらと粉をかぶり、口の中が粉っぽく感じることがしばしばあったものだ。
当時はチョークの粉を吸い込むことで、健康被害があったなんて話は聞いたことがなかったが、近年になってそういうことを避けるためにも、チョークではなくて、マーカーで書くことが出来る、ホワイトボードへ転換して行こうという動きが盛んになって来たそうなのだ。
これが黒板が学校から消えて行こうとしている理由である。
しかし、個人的な感想としては、学校にホワイトボードなんて、会社じゃあるまいし、ちょっと勘弁してほしい。
黒板がない学校なんて、なんだか味気ないし、教室を風景として見た場合、黒板がないとなんだか締まりがないではないか・・・・・・。
当たり前のことかもしれないが、学校の先生はみんな黒板に文字を書くのがうまかった。
黒板に文字を書くことに慣れていない我々生徒は、授業で先生に指名されて、黒板に解答を書き込んだりする時に、どうにも文字をうまく書くことが出来なくてストレスを感じていた。
なんで先生はあんなにも書きづらい黒板に、スラスラときれいに文字を書けるのか不思議でならなかったものだ。
「小、中、高」と進学して行くにつれて、次第に教科も増えて行き、様々な先生から授業を受けることになって行く。
そうなると教師によって、黒板の使い方や書き込む文字の大きさが多様になって行き、こちらもその都度、それに対応して行かなければならなくなって行った・・・・・・。
目の悪い生徒にとっては、やたらと小さい文字を書く先生は困りものだった。
その先生は授業が始まると、黒板の右上から文字を書き始め、黒板の左下まできっちりと文字を書き込んで授業を終えていた。
このため授業中に黒板を消すことは一度もなかった。
ノートをとるのが遅い生徒にとっては、このことはむしろありがたいことだった・・・・・・。
逆にやたらと文字が大きいうえ、黒板の中央付近だけを使って、文字を書き込んでいる先生もいた。
もはや文字を書く部分よりも、余白の方が大きいんじゃないかと思えるほどだった。
このため頻繁に文字を消さないと、続きを書くことが出来なかったので、ノートをとる時は一瞬たりとも気を抜けなかったものだ・・・・・・。
やたらと文字を書くのが早いうえ、要点だけでなく、ついでに話した余談のポイントまで、克明に黒板に書き込んで行く先生もいた。
この先生は文字を書き込んで行くのがとにかく早いので、黒板はすぐに文字でいっぱいになってしまい、先に書き込んだ部分から少しずつ消して行きながら、新たに文字を書き込んで行くのだが、ノートをとるのが遅い生徒から、「まだ、書いてないから待って~!」と言われて、やむを得ず一行消しては次を書き込んで行くという具合だった。
しかし、この先生が黒板に書き込んでいることは、三分の一は余談である。
ノートをとるのが遅い生徒というのは、ノートをとることに必死になっているため、そういうことを考える余裕がなく、とにかく黒板に書かれている文字を一字一句もらすことなく、すべてノートに書き写していた。
時には授業とは全く関係のない自分の休日の過ごし方を、簡単な図まで描いて説明していることもあったが、ノートをとることに必死になっている生徒は、そんなことまでノートに書き写していることがあって思わず笑ってしまった・・・・・・。
黒板に書き込んだ内容を説明する時に、チョークで黒板を叩く癖がある先生がいた。
「このことがここに繋がっているんだっ!」などと熱く説明しながら、指し示した部分をチョークでバンバン叩くのだ。
このためその先生の授業ではチョークが何本も折れて、短くなったチョークが床に散らばっていた。
だから次の授業を担当する先生が入って来て授業を始める時に、黒板に置かれているチョークを手に取ろうとして一瞬固まり、「なんでここのクラスは、こんなに短いチョークしかないの?」と聞いて来ることがしばしばあった・・・・・・。
その短くなったチョークを利用する先生もいた。
授業中、居眠りをしているやつや、教科書で覆い隠して漫画を読んでいるやつに向かってチョークを投げるのだ。
漫画やアニメで描写される「チョーク投げ」は、まるで野球のボールを投げるかのように、直線的に勢いよくチョークを投げつけているのだが、実際のチョーク投げは短いチョークを山なりに投げて、居眠りをしている生徒の頭にコツリとぶつけたり、教科書で覆い隠して漫画を読んでいる生徒の目の前に、測ったようにチョークを落として驚かすだけだった。
時には爆睡しているやつもいて、チョークを当てても全く起きないので、先生が短いチョークをそっと鼻の穴にねじ込んでいることもあった。
驚くべきことに、その生徒はそれでも起きる気配がなく、教室中が大爆笑となっていた。
そしてその騒ぎに気付いて彼はようやく起きたのだが、自分の鼻の穴にねじ込まれているチョークには、全く気付いていない様子でポカンとしている。
そしてそのことが更にみんなの笑いを誘い、教室は爆笑の渦に包まれて行ったのだった・・・・・・。
卒業の日、黒板にみんなで寄せ書きをしたことは忘れられない思い出になった。
それは現代の「黒板アート」とは程遠いものだったが、黒板の中央には誰かが大きく下手くそな絵を描いて、それを囲むようにして、みんなで一言ずつコメントを書き込んで行った。
テーマは自由だったので、人それぞれに学校や担任や友達やこの教室に向けて、感謝の言葉を一言ずつ書き込んで行った。
別に当たり前の、なんてことのないことしか書いていないのに、その一言、一言が、心に響いて、号泣しているものさえいたものだ。
今だったらスマホで撮影して、画像を永遠に残しておくのだろうが、当時はスマホなんてなかったので、自分の目にしっかりと焼き付けて、記憶の引き出しにそっとしまって置くしかなかった。
そしてみんなで書いた、最初で最後の寄せ書きも、きっと明日の今ごろには消されて、きれいさっぱり、何もなくなっているのだろうと思うと、ボロボロと止めどなく涙がこぼれ落ちて来た。
そしてこういう時は、なぜか普段涙とは無縁のやつほど号泣していて、そのことが余計にみんなの涙を誘っていた。
そしてみんなで黒板に書いた寄せ書きに見送られるようにして、私たちはこの教室から卒業して行ったのだった・・・・・・。
(画像上、早咲きの桜の河津桜が開花した。画像下、カラスザンショウの冬芽葉痕はとてもかわいい)
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