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2020年5月27日 (水)

「昭和の商店街」薬局、赤チン編

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今は薬局と言うと、病院の処方箋を持って行く、調剤薬局をイメージする人が多いと思うが、私の子供の頃は市販薬と化粧品などを置いてある店が「薬局」と呼ばれていた。


当時は病院の薬は病院で出していたので、病院で会計をする時に、薬も一緒にもらって来るシステムだったのだ。


だから当時の「薬局」は、今で言うところの、ドラッグストアに近い存在だったと言えると思う・・・・・・。


当時の薬局は個人でやっている小さな店がほとんどで、カウンターの中に市販薬、商品棚には化粧品や衛生用品を置いてあった。


当時の薬局は化粧品会社1社と契約するシステムになっていたらしく、うちの近所にあった薬局には、確か資生堂の商品しか置いていなかったと思う。


だから当時は近所の薬局がどこの化粧品メーカーと契約しているかで、家に置かれる化粧品の種類が決まると言っても過言ではなかった。


化粧品と言っても、女性用の物ばかりではなく、男性用の整髪料やシェービングクリームなども置かれていたので、当時うちには資生堂のロゴマークが付いた物があちこちに置いてあったのを覚えている。


ちなみに当時は電気店も、メーカー1社と契約するシステムになっていて、近所の電気店がナショナル(現パナソニック)の看板を掲げていれば、家に置かれる家電は自動的に全てナショナルブランドになっていた・・・・・・。


当時、父が使っていたヘアリキッドは独特の匂いがして、たまたま外ですれ違った人から、その匂いがフワリと漂って来ると、「あ、父と同じ匂いがする!」とすぐに気付いたものだ。


そして見慣れた資生堂のヘアリキッドのボトルがすぐに頭に浮かんで来たものだ。


結局、父は生涯そのヘアリキッドを使い続けたのだが、今でも道ですれ違った人から、その匂いがすることがあって、「あ、父と同じ匂いがする!」と思うと同時に、「まだ、同じ商品が売られているんだな~」と、とても懐かしい気分になる・・・・・・。


そして薬局と言えばもちろん薬である。


当時の薬局では、薬を買う時は、まず、カウンターで店の人が症状を詳しく聞いて来る。


病院でする問診のようなことをやっていたと思ってもらえばよいと思う。


その後、その症状に合った薬をカウンター内の棚からいくつか出して来てくれるのだ。
そして一つ一つ、薬の効果の違いを丁寧に説明してくれていた。


現代のドラッグストアでは、棚にたくさん並んでいる薬の中から、自分で適当に一つを選んで買って来たり、テレビCMの印象でどれにするかを決めたりする人がほとんどだと思う。


恐らく薬の成分の違いまで深く考えて買う人はいないのではないだろうか。


その点、当時の薬局は対面販売だったこともあり、細かく症状を聞いたうえで、それに合った薬をすすめてくれたり、症状によっては市販薬よりも、病院に行くことをすすめられることもあったぐらいだ・・・・・・。


薬局には転んで肘や膝を擦りむいたりした時にも、しばしばお世話になった。


当時の子供というのは、転んでたいてい体のどこかしらを擦りむいていて、肘やら膝やらに大きな絆創膏が一つ二つは必ず貼ってあった。


中には擦り傷の範囲が広すぎて絆創膏が足りずに、そのまま放置している痛々しい姿のやつもいたものだ。


当時は転んで膝を擦りむいたりした時は、水でよく洗い流した後に、赤チンで消毒して傷薬を塗って、絆創膏を貼っておくのが一般的だった。


ちなみに赤チンとは、「赤いヨードチンキ」の略なのだが、その成分は「ヨードチンキ(ヨウ素とヨウ化カリウムのエタノール溶液)」とは全く別のもので、「マーキュロクロム液」のことを通称でそう呼んでいたようだ。


赤チンはガーゼなどに染み込ませて、それを傷口に当てて消毒するのだが、消毒した部分が真っ赤に染まり、なんだか流血しているように見えてしまい、はたからみると非常に痛々しかった。


そしてその見た目から、治療前より治療後の方が酷くなっているように見えてしまい、「オレってこんなに大怪我だったの!?」と勘違いして、治療してもらいながら、萎縮する子供も少なくなかったものだ・・・・・・。


赤チンは学校の保健室にも常備してあったので、学校で派手に転んで、広範囲を擦りむいたりすると、その生徒はその後、少なくとも一週間は、「赤チン」というあだ名で呼ばれる運命が待ち受けていた・・・・・・。


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ちなみに当時は赤チン以外にも、薬局で傷口の消毒液がいくつか売られていて、うちでは黄色い液体の「リバノール(アクリノール水溶液)」を使っていたのを覚えている。


リバノールは赤チンのように皮膚が赤く染まって、痛々しく見えるようなことはなかったが、もともとが黄色の液体なので、皮膚が多少黄色く染まることは、やはり避けられなかった。


そして困ってしまうのは、赤チンもリバノールも、消毒した部分に衣服が当たると、生地に色移りしてしまうことがよくあった。


しかも、時間が経つと洗濯しても落ちにくくなってしまい、肘の部分がうっすらと赤や黄色に染まった服を、いつも着ていなくてはならなくなってしまうのだ・・・・・・。


不思議なもので、転んで擦りむく場所というのは、ほとんどの場合は前回と全く同じ場所であることが多い。


これでは服を赤や黄色に染めるために怪我をして、消毒をしているようなものである。


そしてそれを何度も繰り返していると、だんだん色の染まり方が濃くなって行き、どんどんそれが目立つようになって来てしまう。


そんなことをずっと気にしていなくてはならないのなら、もういっそのこと、服全体を赤チン色の染料で染めてしまった方が、気持ち的にはずっと楽なような気がする。


このためよく転ぶやつはいつも色の濃い服を親が選んで着せていたものだ・・・・・・。


このように一昔前までは、傷口は水できれいに洗い流した後、消毒液で消毒してから、傷口にガーゼなどを当てて、乾かして治すというのが一般的だった。


ところが最近では、傷口を水道水でよく洗った後は、消毒はしなくてもよいということが分かって来た。


消毒薬はバイ菌を殺してくれるが、じつは健康な皮膚の細胞も傷つけてしまうのだという。


そこで現在では傷の手当は、傷口を水道水でよく洗ったあとは、傷口が乾かないように、「傷パッド」などで覆うだけなのだそうだ。


ちなみに「傷パッド」とは、ハイドロコロイド素材のもので、BAND-AIDなら「キズパワーパッド」、ケアリーブなら「治す力」などがある。


では、なぜ傷口を乾かさない方がいいのだろうか。


怪我をするとまず出血が起こり傷口で固まる。


その後、浸出液と呼ばれる体液が染み出して来る。


そして皮膚や傷痕を作る細胞が働いて、傷口が治って行くという仕組みだ。


ちなみに傷口がカサカサに乾燥することで出来る「かさぶた」は、浸出液や血液が乾燥して固まったもの。


傷が治る前に「かさぶた」が出来てしまうと、「かさぶた」の下にバイ菌を閉じ込めてしまっていることもあるのだという。


このため傷パッドを貼るのは、「かさぶた」が出来る前でなくてはならないのだ。


このように傷口を少し湿った状態で治す方法を「湿潤療法」というそうだ。


と、このような最新の傷の治療方法を聞かされると、赤チンで真っ赤に染まっていた我々の子供時代って、いったいなんだったんだろうと思ってしまう・・・・・・。


当時は赤チンで膝小僧を真っ赤に染めた子供や、大きなかさぶたを作った子供が、その辺を見回せば必ずいたものだが、最近では転んで擦り傷を作った子供をほとんど見なくなった。


傷口の手当ての方法が変わっただけでなく、子供たちの遊び方も上品になったということなのか・・・・・・。


(画像上、風車のような形のテイカカズラの花。画像下、見つけると嬉しいシロバナタンポポの花)



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