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2022年3月24日 (木)

公衆電話がカラフルだった時代

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▲公衆電話機が緑色になったのは、1982(昭和57)年にテレホンカードが使える「カード式公衆電話機」が登場してからだった・・・・・・。

私が子供の頃、公衆電話はとてもカラフルだった。


今では想像もつかないと思うが、赤、青、黄、ピンクなど、じつに様々な色の公衆電話を、町で見かけることが出来たのだ。


当時は全く気にもしていなかったが、じつはこれは公衆電話を用途ごとに色分けしていた結果、そうなっていたということらしい・・・・・・。


まず、電話ボックスに入っている公衆電話は今と違って青い色をしていた。


「え、公衆電話って緑色じゃないの?」と思われるかたも少なくないだろうが、1982(昭和57)年にテレホンカードが利用出来る、「カード式公衆電話機」が登場するまでは、電話ボックス用の公衆電話機は青い色をしていたのだ。


青い色の公衆電話機は10円硬貨専用で、一度に硬貨を10枚まで投入することが出来たという。


そうは言っても、子供の頃は公衆電話なんて使わなかったので、残念ながら私にはそこまでの記憶はない。


しかし、10円硬貨しか使えないと、遠距離通話の際にとても不便だったため、100円硬貨も使用出来る公衆電話機も別に設置されていた。


この「100円公衆電話機」は、青い公衆電話機と一目で区別出来るように黄色い色をしていた。


これは今考えると、青い公衆電話機以上に違和感があるのだが、当時はそれが当たり前の光景だったのだ。


また、黄色の公衆電話機は、100円硬貨と10円硬貨を両方使うことが出来たが、100円硬貨を使用した際に、料金が100円に満たなくても、100円はそのまま収納されてしまい、お釣りは出て来なかった。


これについては、納得出来ないという人が多かったようだ・・・・・・。


また、1970年代に見られた公衆電話機は、まだほとんどのものがダイヤル式で、黒電話に付いていたダイヤルが、公衆電話機にもそのまま付けられているような印象だった。


これも若い人たちには、ちょっと想像し難い光景なのかもしれない・・・・・・。


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▲公衆電話ボックスにはこんな簡易タイプもある。電話機の入っているボックスの下には箱があって、ここに電話帳が収納されている・・・・・・。

これまでお話して来たのは、電話ボックスの公衆電話機についてだが、じつは昭和の頃、公衆電話機は個人商店の店先にも置かれていた。


このような公衆電話機は真っ赤なボディをしていて、通称「赤電話」とか「赤だるま」と呼ばれていた。


電話ボックスに入っている公衆電話機は、のっぺりとした長方形の薄い箱型だったが、「赤電話」は店先に置かれることが前提になっていたため、ずっしりとした「だるま」のような肉厚のボディをしていた。


これが「赤だるま」と呼ばれた由縁である。


「赤電話」は正式には「委託公衆電話機」といい、電気通信事業者が商店の店先などに設置させてもらい、店主にその管理を委託している公衆電話機だった。


当時「赤電話」は、商店街や町のあちこちで見られたタバコ屋さんの店先に必ず置かれていた。


タバコ屋さんというのは、言うまでもなく、タバコの専門店のことで、せまい店先で対面でタバコの販売を行っていた。


店主とはガラスの引き戸越しにやり取りをするのだが、その引き戸の横に赤電話は必ず置かれていて、道行く人が自由に使えるようになっていたのだ。


余談だがどういう訳か、当時タバコ屋にはネコが必ずいて、別にタバコには用のない人も、ネコ目当てにタバコ屋さんにやって来ては、世間話をしながらネコを撫でさせてもらっていた。


小学生が学校帰りや、お父さんのお使いでタバコを買いに来た時に、ネコを撫でさせてもらっている光景も、当時はよく見かけたものである。


ちなみに当時は子供でもタバコは普通に買えたので、父親に頼まれてタバコを買いに来る子供がよくいたのだ。


そんなタバコ屋さんの店先に置かれていた赤電話だが、商店の営業時間終了後は店の中にしまわれてしまい、使うことは出来なかった。


電話ボックスの公衆電話機とは違って、赤電話には「営業時間」があったのである・・・・・・。


喫茶店や食堂、病院などには、ピンク色の公衆電話機が置かれていて、通称「ピンク電話」と呼ばれていた。


「ピンク電話」と言ってもHな電話のことではない。


ピンク電話も形は赤電話といっしょで、台の上に置いて使用するため、大きなだるまのような形をしていた。


喫茶店や食堂ではレジ横に置かれていることが多かった。


ピンク電話は正式には、「特殊簡易公衆電話」といい、厳密な意味では公衆電話ではなかったようだ。


ピンク電話は家庭用の一般電話と同様に、加入契約を結んで設置された加入電話で、これを公衆電話と同じように、客が硬貨を使用して利用出来るようにしたものだった。


われわれ客の側からすれば、「公衆電話と何が違うの?」という感じなのだが、店の人が利用する時は、専用の鍵を差し込んで、切り替えることで、普通の加入電話として利用することが出来たらしい。


とは言うものの、客の側からしてみれば、そんなことは知る由もなく、当時は普通に公衆電話だと思って利用していたのだが、ピンク電話にそんな秘密があったなんて、今更ながらちょっと驚きである・・・・・・。


電話ボックスの青電話や黄色電話は、プッシュ式のものも見られたと思うのだが、赤電話やピンク電話は、結局最後までダイヤル式だったイメージが、私にはどうも強く残っている。


公衆電話機が完全にプッシュ式に切り替わったのは、1982(昭和57)年にテレホンカードが使えるようになった、「カード式公衆電話機」が出て来てからで、この時から公衆電話機の色のイメージは緑色に変化して行ったのである。


そしてそれと同時に、公衆電話機がカラフルだった時代は幕を閉じ、人々の記憶からじょじょに忘れ去られて行くことになるのだった・・・・・・。

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