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2022年8月21日 (日)

アルミ製の弁当箱と保温庫

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▲昭和50年代に定番だった子供用のアルミ製の弁当箱。アニメのキャラクターがプリントされたものが多数発売されていて、当時の子供は売り場でどれにするか頭を抱えて悩んでいたものだ・・・・・・。

私が幼かった頃は、弁当箱はアルミ製のものが人気だった。


アルミ製の弁当箱はとても丈夫で、一度買えば一生ものと言っても過言ではなかった。


実際にアルミ製の弁当箱を使っていた当時は、そんなことはこれっぽっちも考えても見なかったが、現在でも戸棚の片隅にしまわれている弁当箱を手に取ってみると、そのことが実感出来るのだ。


プラスチック製の弁当箱を使うようになってからは、蓋をカチッと固定するパーツが壊れたり、パッキンがダメになったりして、何度か買い替えたのを覚えているが、アルミ製のものと違って、うちには当時のものは1つも残っていない。


このことからもアルミ製の弁当箱がいかに頑丈であったかがよく分かる・・・・・・。


私が初めて弁当箱を買ってもらったのは幼稚園の時だった。


上の画像は当時私が実際に使っていたもので、見たところ凹みや傷もなく、びっくりするくらいきれいなままの状態で残っている。


当時は幼稚園児用にこんなアルミ製の弁当箱がたくさん売られていて、子供に人気のあるアニメのキャラクターが大きくプリントされていた。


そしてその種類はじつにバリエーションに飛んでいて、売り場に座り込んで、どれにしようか悩むほどだった。


で、当時の私が悩みに悩んで買ってもらったのが、上の画像の「鋼鉄ジーク」がプリントされたものだった。


「鋼鉄ジーク」は1975(昭和50)年10月5日から、1976(昭和51)年8月29日まで、現在のテレビ朝日系列で全46話が放送されたロボットアニメだった。


本放送は毎週日曜日の午後6時から6時25分の放送枠で放送されていたようだ。


で、当時はこのようなロボットアニメがテレビでたくさん放送されていて、弁当箱に限らず、日用品や文房具、おもちゃなどを選ぶ時には、子供たちはどれにしようか、頭を抱えて悩んでいたものである。


じつは「鋼鉄ジーク」の初回放送と同じ日に、「UFOロボ グレンダイザー」の放送も始まっていて、当時の私は最終的にそのどちらの弁当箱にするのかで悩んでいたようである・・・・・・。


弁当箱に使われていた絵柄は、もちろんロボットアニメばかりではなかった。


「ドラえもん」や「キャンディ・キャンディ」、「世界名作劇場」のキャラクターなどは、どんなグッツにも定番だったように思う。


それにしても、当時の弁当箱をこうして手に持ってみると、本当にびっくりするくらい小さい。


いま考えると、よくこんなんで足りてたなと思うのだが、それだけ自分も小さかったということなのだろう・・・・・・。


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▲子供の頃、近所の女の子がレモンの砂糖漬けをたくさん作ったからおすそ分けにと、使っていない弁当箱に入れて持って来てくれた。その時の弁当箱がなぜかまだ家にあって、返すのを忘れていたことに数十年経ってから気付いた・・・・・・。

で、当時はこの弁当箱に弁当を詰めて、箸の容器を弁当箱のフタの上に重ね、それをランチクロスですっぽりと包んで、幼稚園に持って行っていた。


ちなみに当時は箸の容器とランチクロスも、アニメのキャラクターがプリントされたものがたくさん売られていた。


私は弁当箱の時に迷った、「UFOロボ グレンダイザー」のランチクロスを選んで、それを使って「鋼鉄ジーク」の弁当箱と、「あらいぐまラスカル」の箸箱を包んで持って歩いていた。


そして弁当を食べる時に、それらをチラチラと眺めながら、ひとり悦に入っていたのである。


どうでもいいが、今こうして振り返ってみると、なんだか嫌な子供である・・・・・・。


ちなみに当時の弁当箱は、蓋と容器がカチッと固定される仕組みにはなっていなかったので、持ち歩く際に蓋が開いてしまわないように、ゴムバンドのようなものも売られていた。


私はランチクロスで包んだだけでも、蓋が開いてしまうようなことはなかったので、一度も使ったことはなかったのだが、カバンを振り回して歩くような子供には必須のアイテムだったようである。


で、そもそもの話、当時はなぜアルミ製の弁当箱が人気があったのかというと、弁当箱を保温庫の中やストーブの周りに置いて、温めてもらえたからなのだ。


弁当の温めと言えば、現在なら電子レンジなのだろうが、電子レンジの世帯普及率を見ると、1970年代では僅か10%を超えた程度。


そして1980年代中盤に入っても、40~50%程度だった。


1980年代の後半に入ってようやく60~70%に突入し、80~90%に到達したのは1990年代に入ってからだった。


そんなこともあって、私が幼稚園に通っていた当時は、弁当の温めと言えば、もっぱら保温庫が使われていて、保温庫の棚の中には、銀色に光輝くアルミ製の弁当箱が、ズラリと並べられていたものである。


そしてこの保温庫を使用して弁当を温めるために、幼稚園では入園の際に、アルミ製の弁当箱を準備して欲しいと、保護者に通知までしていたのだ。


当時は子供の数が多くて、保温庫には同じような形の弁当箱がびっしりと入れられていて、これでは自分の弁当箱が分からなくなるのではと、不安に感じるほどだった。


ところが不思議なことに、自分と同じ絵柄のものは一つもなくて、そんな心配は一切無用であった。


当時は子供の数に比例するように、アニメ番組の数も多くて、それをキャラクター商品として発売しているメーカーも多かった。


そして、同じアニメ番組のキャラクターでも、発売しているメーカーが違えば、当然のことながら絵柄は違っていたし、バリエーションも複数あった。


このため友達と絵柄がかぶるようなことは、かなり稀なことだったのだ。


その後、小学校に入学してからは給食になったので、弁当を持って行くことはなくなったが、中学、高校では再び弁当持参になった。


しかし、中学、高校には保温庫はなくて、冷たい弁当を食べながら、幼稚園の頃の保温庫に思いを馳せていたものである・・・・・・。


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コメント

アルミの弁当箱、とても懐かしいですね。
アラレちゃんを見てキーンって言いながら走り回ってた頃を思い出しました。

当時はアラレちゃんがそこら辺にいっぱいいましたね。
みんな「キーン」って言ってました(笑)。

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