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2022年8月27日 (土)

昭和の空き地とドラえもん

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▲私が子供の頃、ここは通称「ちびっこ広場」と呼ばれていた。当時は草丈の低い原っぱが広がっているだけの空き地だった。ちなみに当時は画像後方に広大な畑があったのだが、現在は畑は整地されてなくなり、この場所と一体となって公園として整備された・・・・・・。

ドラえもんの作中にしばしば登場する空き地。


今の子供たちはこの空き地をどのように理解しているのだろうか。


もしかしたら、のび太たちが自由に出入りしていることから、公園と勘違いしているのかもしれない。


ドラえもんの漫画が雑誌に連載されていた1970~1980年代ごろは、まだこのような空き地が町のあちこちで見られた。


空き地は「空いた土地」とはいうものの、当然のことながら土地の所有者はいる。


そして将来は何かに使おうとは思っているが、今すぐに利用しようという訳ではないので、とりあえずそのまま放置してあるのが、空き地ということになるだろう。


今だったらそんな土地があったら、あっという間に住宅やコンビニ、駐車場が出来てしまうのだが、当時はそんな風に放置されている土地というのが結構あったのだ。


現在ではそのような空き地は、フェンスやロープで囲われて、入り口には立ち入り禁止の立て札が立てられて、中に立ち入ることは出来ない。


ところが当時は空き地の入り口は封鎖されることもなく、誰でも自由に出入りすることが出来て、中で子供が野球をしたり、昆虫採集をしたりして遊んでいたものだ。


そしてそれを咎める大人もいなくて、「空き地のうちは遊んでもいいよ」という暗黙の了解があったように思う。


また、当時は空き地に限らず、神社やお寺の境内、畑の隅にあった資材置き場や堆肥置き場、酒屋の裏にあった空き瓶置き場なども、子供たちの遊び場になっていた。


そしてそこで遊んでいても、怒られることなんてなかったのである・・・・・・。


私が小学生の頃、町内に丸太や木の枝、刈り取った草などを積んである謎の空間があった。


そこではよくかくれんぼをしている子供がいて、ある日、遊んでいた子供が丸太に蹴つまずいて転んで怪我をした。


今だったら、そんなものを囲いもせずに放置しておいたら、「うちの子供が怪我をした。どうしてくれるんだ!」と大騒ぎになって、下手をしたら賠償問題にまで発展しかねない。


しかし、当時はそんな風に考える大人はどこにもいなくて、逆に自分の親に「障害物のある場所で遊ぶのなら注意して遊びなさい!」と、自らの不注意を指摘されたものである。


ドラえもんの漫画に出て来る空き地には、土管が重ねて置いてあって、子供たちはその上に乗ったり、よりかかったり、中に入ったりして遊んでいる。


ということは、もし土管が崩れて来たりしたりしたら、怪我どころでは済まないかもしれない。


それでも当時はそんな場所で遊んでもよかったのだ。


だから当時の子供たちはわざわざ公園なんて行かなくても、遊ぶ場所や冒険できる場所がいっぱいあった。


「その代わり、もし怪我をしても自己責任ですよ」という時代だったのである・・・・・・。


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▲今は外灯や道も整備されて公園となってしまったが、昔は草地の周りは藪の環境になっていて、様々な昆虫を観察することが出来た。ちなみに昔はこの場所でラジオ体操や子供花火大会などが行われていた・・・・・・。

ドラえもんの漫画に出て来る空き地には土管が重ねて置いてある。


今の子供たちは土管なんて見たこともないだろうし、もしかしたら公園の遊具的なものと勘違いしているのかもしれない。


当時、空き地と呼ばれている場所には、ドラえもんの漫画に出て来る土管のように、いま考えると、「なんであんなものが置いてあったんだろう?」と思うような物が普通に置かれていた。


個人的に一番よく見かけたのはドラム缶だった。


あんなに重たい物を、いったい誰がどうやって持って来たのか定かではないが、空き地には隅の方にドラム缶が3~4個並べて置いてあった。


もちろんドラム缶には中身は入っていなくて中は空である。


どうにかして動かしてやろうと、ドラム缶と相撲を取っているやつがいたが、ピクリとも動かなかったのは言うまでもない・・・・・・。


また、当時は巨大なタイヤも見かけることが多かった。


それはどう見ても乗用車のものではなく、トラックやバスなどの大型車両のものであろうことは明らかだった。


タイヤというと、公園ではよく半分を土に埋めて、遊具にしてあったりするが、空き地に置いてあったタイヤは、隅の方にきれいにまとめて、放置してあるだけだった。


いま考えると、せまい住宅街の小道に、そんな大型車両が入って来られるはずもなく、いったいどうやって、あんなに大きなタイヤを運んで来たのか、全くもって謎としか言いようがない・・・・・・。


謎と言えば、子供にはいったい何に使うのか想像もつかない、何かの部品のようなものもよく見かけた。


巻貝のような形のものや、湯呑のような形のもの、お茶碗のような形のものもあったように思う。


いま考えるとあれは、電柱の上の方で電線に取り付けられている、「がいし」だったのではないかと思うのだが、子供の頃はそんなことは想像もつかず、友達と「もしかしたらこれはUFOの部品なんじゃないか?」などと話していたものである。


どうでもいいが、こんなに狭い空き地のどこにUFOが着陸していたというのだろう。


しかし、例えそれが「がいし」だったとしても、なぜそんなものが空き地に放置されていたのかは、今となっては知る由もない。


当時はそれをよく手に取って眺めていたが、それがいったいなんなのかは、結局最後まで分からずじまいだったように思う・・・・・・。


そしてドラム缶や巨大なタイヤ、「がいし」についての謎は、なぜか誰も大人に聞いてみようとはしなかった。


それはきっと、空き地は子供たちだけの空間で、大人に介入して欲しくないという思いが、どこかにあったからなのではないだろうか・・・・・・。

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