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2022年11月19日 (土)

みかんの食べ過ぎで手が黄色くなる話

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▲昭和の頃、食卓の真ん中には、竹で編まれたカゴに入れられて、山盛りのみかんが置かれているのが定番の光景だった・・・・・・。

いま考えると昭和の子供は馬鹿みたいにみかんをたくさん食べていた。


周囲の大人も、「みかんを食べておけば風邪を引かない」とか、「みかんはビタミンCが豊富で体にいいから食べておけ」などと、とにかくやたらと子供にみかんを食べることを勧めていた。


だから当時はどこの家へ行っても、食卓の真ん中には、竹で編まれたカゴに入れられた、山盛りのみかんが常に置かれていたものである。


そういえば最近は、食卓の上にみかんが置かれている光景をあまり見なくなった気がする・・・・・・。


昭和の頃、冬場のみかんは箱買いが主流だった。


当時は夕食後にテレビを見ながら、家族でみかんを食べる家が多かったので、八百屋さんでみかんを一山買って来たぐらいでは、あっという間になくなってしまっていたからだ。


当時の八百屋は無料でその日のうちに配達もしてくれていたので、みかんを箱で買っても家まで持って来てくれたのだ。


うちでは届けてもらったみかん箱は、新聞紙をかぶせて縁側の角の方に置いていた。


家の中は暖房で暖かいので、こうして外に置いておいた方が、みかんが痛まなかったのである。


また、冬場にこのようにみかん箱を外に出しておくと、個人的にちょっと嬉しいこともあった。


いったい何が嬉しかったのかと言うと、みかんが自然に冷凍みかんになっていることがあったのだ。


冷凍といっても、カチンカチンに凍ってしまうという訳ではなくて、「適度に凍っていた」のである。


冷凍庫でみかんを冷凍すると、皮もむけないほどカチンカチンになってしまい、食べるには少し融けるのを待たなければならない。


ところがみかん箱を外に出しておくと、見た目は凍っているようには見えないのだが、みかんをむいて一口食べてみると、果肉が半凍りになっていて、シャクシャクという食感がなんとも心地よく感じられた。


ちょうどシャーベットとかき氷の中間ぐらいの食感と言えば、分かりやすいかもしれない。


で、当時の私は暖房の入った暖かい部屋で、この半冷凍のみかんを食べることにちょっとした幸せを感じていたのである。


ちなみに半冷凍みかんが出来るのは、みかん箱の上部にあるみかんだけで、箱の中間あたりのみかんからは、もう凍ってはいなくて、「非常によく冷えたみかん」で止まっていた。


そんな訳で私が家で食べていたみかんは、冷え冷えの冷凍寸前のみかんだったので、一度にたくさん食べると、体が冷えて寒くなってしまうこともあって、一回に食べる量はせいぜい2~3個だったと思う。


しかし、こんな保存の仕方をしていないお宅では、常温のみかんを食べていたので、当時は一度に「6個食べた」とか「10個食べた」と自慢している子供がたくさんいたものだ。


別に一度にたくさんのみかんを食べても、偉くもなんともないのだが、前述のように当時は家でも学校でも、大人は子供にみかんを食べることを勧めていたので、みかんをたくさん食べることで、大人に認めてもらえるとでも思っていたのかもしれない・・・・・・。


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▲当時はみかんの白い綿のような部分をきれいに全部取り除いて、つるっつるにして食べている人がたくさんいた。後になって、「この部分にはたくさん栄養が含まれているので、そのまま取り除かずに、果肉が包まれている袋ごと食べましょう」といわれて衝撃を受けたものだ・・・・・・。

ところがみかんは毎日たくさん食べていると、次第に手や身体が黄色くなって来ることがあった。


最初のうちは、「あれ?なんかあいつの手、嫌に黄色っぽくないか?」という程度なのだが、症状が進むと、黄色みがさらに増し、なんだか温かみのない、人形の手のような印象になって来るのだ。


実際にその様子を目の当たりにすると、かなり気持ちが悪く、そのうちに彼は本当に人形になって、動かなくなってしまうのではないかという気がして来る。


マネキンの手の方がよほど人間らしい手をしているといえよう。


この頃になると、本人も周りの大人も、「明らかにおかしい」ことに気付き始め、慌てて病院へ行くことになるのだが、そこで告げられるのは「柑皮症」で、単純にみかんの食べ過ぎによる症状なのである。


で、柑皮症は特別これと言って治療などは必要がなく、放って置けばそのうち元に戻るとのことだった。


ただ、それにはみかんを食べる量を少しセーブしなければならなかった。


ちなみに1日に食べるみかんの適量は、一般的な温州みかんなら2個程度とのことだった。


そりゃあ、一度に10個も食べていたら、身体がみかんに支配されたっておかしくはあるまい。


そして学校で柑皮症の手を目撃されてしまうと、彼はその翌日からまず間違いなく、「みかん人間」とか「オレンジマン」というあだ名を付けられて、しばらくの間、「みかんと人間のハーフ」として過ごさなければならないのである・・・・・・。


ところで当時、「医者の忠告を無視して、その後もみかんを大量に食べ続けると、顔が本当にみかんになってしまい、春を迎えるころには、頭が腐って死んでしまう」という恐ろしい噂話があったのだが、あれって今でいう都市伝説だったのだろうか。


確か子供向けの雑誌か、〇〇百科みたいな本に書かれていて、「本当にあった怖い話」として紹介されていたため、みんなすっかり信じていて、みかんはたくさん食べたいが、腐って死にたくはないと本気で悩んでいたものだ。


だから「もう一つ食べよう!」と手にしたみかんを、しばし見つめたまま、カビだらけになって、ぐにゅぐにゅになったみかんと、自分を重ね合わせ、そっとカゴに戻している子供がよくいたそうである・・・・・・。


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