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2023年5月24日 (水)

「謎フレーズ探偵」ブタもおだてりゃ木に登る

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▲この顔にピンと来るかたは、きっと、「ブタもおだてりゃ木に登る」のフレーズをご存知のはずである・・・・・・。

私が中学生の時、国語の授業でとあるチャレンジが行われたことがあった。


どのようなチャレンジだったのかというと、前の席の者から順番に、ことわざを1つずつ言って行き、何人目までバトンを繋いで行くことが出来るかというものだった。


そしてクラスのちょうど真ん中あたりまで回して行くことが出来たら、先生から次のテストの問題が、教科書のどのあたりから出題されるのか、ズバリ教えてもらえることになっていた。


みんなテストの問題がかかっているので必死である・・・・・・。


で、当初の予想通り、だいたい10人目ぐらいまではスムーズに進んで行くのだが、10人を過ぎたあたりから、急にペースダウンして行き、先生のつぶやくヒントに助けられながら、なんとか次の者へ回して行っているという状況だった。


そんな中、こいつは絶対に無理だろうという、アホを絵に描いたような「T」という男子に順番が回って来た。


クラスの大半の者が、「ここで万事休すか・・・」と、半ばあきらめかけていたところ、「T」は先生の「ヒントはいるか?」という問いにきっぱりと首を振り、自信満々の表情で、「ブタもおだてりゃ木に登る!」と言ってのけたのである。


その瞬間、教室の数ヶ所で、「おおっ!」という小さく低いどよめきが上がっていたのが分かった。


そしてその時だれもが、「それは盲点だった!」という表情をしているのが分かった。


しかし、先生の反応はいまいちで、「う~ん・・・」と首を捻りながら、「それは・・・、ことわざとは違うな・・・」と残念そうに言った。


その言葉を聞いて教室の数ヶ所で、「え?」と顔を見合わせている者がいたのが分かった。


そしてそれは、「そもそも、ブタもおだてりゃ木に登るってなんだっけ?」という疑問に変わって行ったのである。


じつはこの時、私は「T」が答えた、「ブタもおだてりゃ木に登る」の出所にすぐに気付いた。


自分にとって、「ブタもおだてりゃ木に登る」は、もはや常識と言ってもいいぐらいの言葉だったからだ。


そしてそれは、他のクラスメートも同様だったはずなのだが、どういう訳かこの時は忘れてしまっている者が多かったのだ・・・・・・。


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▲コックピットの一角に突如出現した丸い穴から、なぜか小さなヤシの木が生えて来る。そしてそのヤシの木の幹を「おだてブタ」が登って来て、最後に「ブタもおだてりゃ木に登る~、ブー」というのが、ヤッターマンでは定番のシーンだった・・・・・・。

じつは「ブタもおだてりゃ木に登る」という言葉は、「ヤッターマン」というテレビアニメから全国へ知れ渡ることになった言葉なのだ。


ヤッターマンの本放送はフジテレビ系列で、1977(昭和52)年1月1日から1979(昭和54)年1月27日まで、毎週土曜日の午後6時30分から7時までの放送枠で放映されていた。


2年間の平均視聴率は20・1%、最高視聴率は28・4%だったというから、当時の子供たちがいかにこの作品を支持していたのかがよく分かる。


私はヤッターマンは、小学校の低学年の頃に見ていた記憶があるのだが、人気作品ということもあり、その後も再放送を何度もやっていたので、どのタイミングで見ていたのかは正直微妙なところではある。


で、このヤッターマンには、「ドロンボー一味」という、悪役の三人組が作ったロボットが毎回必ず登場することになる。


そしてドロンボー一味の中で、メカ開発を担当するボヤッキーが、自分が作ったメカがいかに優れたものであるか、コクピットの中で自慢をし始めるというのが、ストーリーの定番の流れとなっている。


そして、リーダーのドロンジョは、ボヤッキーの自慢話を一通り聞き終えると、「流れ石だね、リュウセキだねぇ、流石だね~」などと、ボヤッキーのことをとにかく褒めちぎるのだ。


そして、このタイミングで、操縦桿や各種計器、ボタンなどがズラリと並ぶコックピットの一角に、なぜか突然小さな丸い穴が出現する。


そしてそこからミニチュアサイズのヤシの木がスーッと現れるのだ。


そしてそのヤシの木の幹を、「おだてブタ」と呼ばれるブタ型のメカがスルスルと登って行き、一番上までたどり着くと、「ブタもおだてりゃ木に登る~、ブー!」と言うのである。


ちなみにこの「おだてブタ」、ボヤッキーが言うには、「おだての波長を感知して反応するメカ」なのだそう・・・・・・。


で、この「ブタもおだてりゃ木に登る」というフレーズだが、ヤッターマンを始めとする「タイムボカンシリーズ」の総監督である、笹川ひろし氏の出身地、福島県会津地方で実際に使われていた囃子言葉が元ネタになっていたのだとか。


そしてそれをヤッターマンの作中でギャグとして使ったことがきっかけとなり、まるで古くからあることわざのごとく、日本全国へと広まって行ったという訳なのだ。


いま思えば、「ヤッターマンの影響力恐るべし」である・・・・・・。


ちなみに私はボヤッキーが作ったメカの性能を褒めちぎるドロンジョ様のセリフ、「流れ石だね、リュウセキだねぇ、流石だね~」で、「流石」という漢字をちゃんと覚えた記憶がある。


やっぱり当時の子供たちにとって、ヤッターマンの影響力は絶大だったのである・・・・・・。


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