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2023年6月17日 (土)

「ゲームボーイ」という名のファミコン専門誌

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▲任天堂から携帯用ゲーム機の「ゲームボーイ」が発売になったのは、1989(昭和64/平成元)年4月のことだった。画像は初代のゲームボーイで、後発の機種に比べるとかなり大きく厚みがあった・・・・・・。

インターネットがまだなかった時代、ゲームソフトの情報提供は雑誌の役割だった。


当初、コンピューターゲームの主役はパソコンだったが、1983(昭和58)年7月15日にファミコンが発売になったことで、その流れは大きく変わって行った。


特に1985(昭和60)年から1986(昭和61)年にかけては、ファミコンの出荷台数のピークで、1985(昭和60)年は374万台、1986(昭和61)年は390万台が出荷されている。


そしてこれを契機にファミコン専門誌が次々と創刊されて行くことになったのである。


いまでは考えられない話だが、最盛期にはなんと10誌ものファミコン専門誌が出版各社から発売になっていた。


そんなファミコン専門誌だったのだが、現在でも発売されているのはわずか1誌だけで、他は全て休刊になってしまっている。


あの時代を知っている者としては、なんとも寂しい限りである・・・・・・。


で、今回は当時発売されていたファミコン専門誌の中から、あえてメジャーとはいえなかったものを選んで、面白いエピソードをご紹介してみたいと思っている。


日本初のファミコン専門誌、「ファミリーコンピューターMagazine(徳間書店刊)」が発売になったのは、1985(昭和60)年7月のことだった。


そしてこの年の12月、それを追いかけるようにして、「ゲームボーイ(マガジンボックス刊)」という雑誌が発売になった。


ちなみにこの雑誌、「ゲームボーイ」とはいうものの、創刊当時に扱っていた情報は、あくまでもファミコンのゲームソフトについてだった。


それもそのはず、「ゲームボーイ(マガジンボックス刊)」が創刊された当時は、「任天堂の携帯用ゲーム機のゲームボーイ」はまだ発売されていなかった。


ちなみに任天堂から携帯用ゲーム機のゲームボーイが発売になったのは、1989(昭和64/平成元)年4月のことで、「ゲームボーイ(マガジンボックス刊)」の創刊から、じつに3年4ヶ月後のことだったのだ。


ということは、もはやいうまでもないが、「ゲームボーイ(マガジンボックス刊)」という誌名は、特定のゲーム機のことを指しているのではなくて、単純に「ゲーム少年」という、そのまんまの意味だったということになる。


いま考えれば、誌名に「ファミコン」の文字は一切なく、なんとも斬新なネーミングの雑誌だったといえるだろう・・・・・・。


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▲ゲームボーイ(マガジンボックス刊)では、ライバル誌のファミコン通信(↑)の人気企画「ガバス」を集めて、ファミコン通信編集部に、編集者が自ら出向いて景品をもらいに行くという、ぶっとんだ企画もやっていた・・・・・・。

ところで任天堂は、携帯用ゲーム機の「ゲームボーイ」を発売する際に、ゲームボーイというファミコン専門誌がすでに存在していることは、さすがに知っていただろう。


なにしろ任天堂のファミコンのゲームを紹介してくれている雑誌なのだ。


知らない訳がないだろう。


それにも関わらず任天堂は、自社の携帯用ゲーム機に、ゲームボーイという名前を付けたことになる訳だ。


普通だったら、トラブルを避けるという意味でも、他の名前の候補に変更することを検討すると思うのだが、結局任天堂は最終的にゲームボーイという名前に決定している。


いまとなっては、そのことを知る者はもうほとんどいないが、当時のゲーム業界には、任天堂の携帯用ゲーム機が登場する以前から、「ゲームボーイ」はすでに存在していたのだ。


そしてその「元祖ゲームボーイ」はゲーム機などではなくて、当時まるで雨後の筍のごとく創刊されていた、ファミコン専門誌の1つだったのである・・・・・・。


ところで、この「ゲームボーイ(マガジンボックス刊)」という雑誌だが、「誌面にそんな広告出してもいいの?」と思うような、かなりアウトローな商品を取り扱う、怪しい業者の広告を堂々と出していることでも知られていた。


例えば聞いたこともないような、ゲームソフトの買取業者の広告だったり、コピーツールの通販業者の広告を、毎号、当たり前のように掲載していた。


これらはメジャーなファミコン専門誌では、全く見ることのない広告だったので、ファミコン専門誌としてはかなり異彩を放っていたといえるだろう・・・・・・。


また、ゲームボーイ(マガジンボックス刊)では、新作ゲームの紹介記事以外にも、ライバル誌の「ファミコン通信」の人気企画でもあった「ガバス」を読者から広く募り、ファミコン通信の編集部に編集者がわざわざ出向いて、景品をもらいに行くという攻めた企画もやっていた。


ちなみに「ガバス」とは、お便りが採用されると貰える、ポイント付きのチケットのようなもので、一定のポイントのガバスを編集部に送ることで、希望の商品と交換することが出来た。


きっと、ファミコン通信の編集者たちも、「そんなことする~?」と驚いたに違いない。

 

ファミ通は現在も発売されている、唯一の「家庭用コンピューターゲーム専門誌」だが、編集者の世代交代も進み、きっと当時のことを知っている人はもう誰もいないだろう。


だからこんなことがあったということをリアルに知っている者は、もう当時の読者だけになってしまっているはずだ。


雑誌を作っている編集部の人間よりも、読者の方がその歴史に詳しいなんて、なんだか妙な話である・・・・・・。


そんな「ゲームボーイ(マガジンボックス刊)」だったのだが、時代の流れには逆らえず、1994(平成6)年に休刊になってしまったのだった・・・・・・。


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