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2023年8月

2023年8月28日 (月)

「謎フレーズ探偵」せ~んせいに~いってやろう~ ②

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「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


この歌は子供の頃、誰もが歌ったことがある、もしくは歌われたことがある歌なのではないだろうか。


そして、そのどちらの経験もないという人も、まず間違いなく、誰かが歌っているのは、聴いたことがあるのではないだろうか・・・・・・。


そしてこの歌は、インターネットやSNSもない時代からすでに歌われていて、「全国規模の伝言ゲーム形式」で、各地に伝わって行ったと考えられる。


それにも関わらず、この歌は全国どこへ行っても、歌詞に変化がほとんど見られないのだ。


唯一の変化といえば、歌詞が各地の方言に置き換わることぐらいだが、歌詞の意味や内容については、全くいっしょと考えていいと思う・・・・・・。


ちなみに私の地元の横浜市では、次のような歌詞で歌われていた。


「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~、い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


そして今こうして振り返ってみると、当時は不思議なくらい、歌詞のことなど全く気にもしていなかった。


しかし、このように文字に置き換えて改めて見てみると、歌詞にある「意味不明な謎の部分」が如実に浮かび上がって来るのだ・・・・・・。


そう、それはいうまでもなく、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」の部分である。


横浜市には方言らしい方言はないと言っても過言ではない。


だから、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」も、方言ではないと断言してもいいと思う。


では、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」とはいったいなんのことだろうか。


意味は分からないものの、とりあえずこの部分は、「あらら」と「こらら」という2つの単語に分かれていそうである。


という訳で、この部分を2つに分けて考えてみよう・・・・・・。


まずは「あらら」である。


パッと見た印象では、「あらら」は「こらら」よりは、なんとなく分かる気がする。


そもそも「あらら」は、日常でも無意識に使っている言葉だと思う。


意味としては、「あらまあ」とか、「おやまあ」といったところだろうか。


語尾にビックリマークを付けて、「あらら!」と表記すれば分かりやすいかもしれない。


で、この予想が当たっているかどうか、辞書を引いて調べてみると、やはり「あらら」は、「驚いた時などに発することば」とある。


そして面白いのは、「主として女性が用いる」と書かれている点だ。


確かに「あらら!」などというセリフは、おばちゃんが発しているイメージがある。


同様の意味の、「おやまあ」とか「あらまあ」も、どちらかといえば、女性が発する言葉という印象が強い。


ということは、この歌の作者は、もしかしたら女性なのではないか・・・・・・。


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続いては「こらら」である。


「こらら」は「あらら」と違って、日常で使っている人は見たことがない。


辞書を引いてみても、「こらら」なんて言葉は出ていない。


そこで「こらら」に関しては、似ている言葉から、歌詞の意味を推理して行こうと思う。


で、「こらら」といって、まず真っ先に思い浮かぶのは、「こら」という言葉ではないだろうか。


「こら」は語尾にビックリマークを付けて、「こら!」と表記すると、相手を叱る時に発する言葉であることがよく分かる。


そこで「こら」という言葉について、ちょっと調べてみることにする。


すると「こら」という言葉は、もともとは「これ」という、対象を指し示す言葉だったが、次第に「これは何事だ」とか、「これはどうなっているんだ」というように、相手を注意する場合にも使われるようになっていったのだという。


つまりもともとは、「これは」と言っていたものが、「これは→こりゃ→こら」といった具合に、じょじょに変化していったということになりそうだ。


そして「これは何事だ」と言っていたのが、「こら何事だ」と言うようになり、そのうちに「何事だ」が省かれて、「こら(=叱る言葉)」になっていったということらしい・・・・・・。


また、昔の人は「これ」を人に対しても使っていた。


どういうことかというと、時代劇などで「これ、酒を持て」などというセリフを聞いたことがあるだろう。


つまり、「これ→こりゃ→こら」と変化して行き、「こら、何をしている」といった具合に使われるようになって行ったのだ。


つまり「あらら、こらら」の「こらら」が、「こら」の変化した言葉だとすると、「あらまあ!こらっ!あんた何してんのっ!」といったような意味合いになるのだろう。


どうでもいいがこのセリフを聞いて、思わず「ちびまる子ちゃん」のお母さんを思い浮かべてしまうのは私だけだろうか。


では、なぜ「こら」が「こらら」になったのだろうか。


これについては、この歌はもともと相手を囃し立てる歌であるため、恐らくは「あらら」に合わせて、文字数や語尾の発音を合わせて、歌いやすくしたということだろう。


つまりは「韻を踏んだ」のである。


先生に告げ口をすることを堂々と宣言するという、何ともろくでもない趣旨の歌ではあるが、ちょっとしたセンスを感じるのは私だけだろうか・・・・・・。


(画像上、林縁ではよい香りを漂わせながらクサギの花が咲いている。画像下、木陰でちょっと一休みしているアカボシゴマダラ・・・・・・)


2023年8月22日 (火)

「謎フレーズ探偵」せ~んせいに~いってやろう~ ①

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「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


この歌は子供の頃、誰もが歌ったことがある、もしくは歌われたことがある歌なのではないだろうか。


そのどちらの経験もないという人も、まず間違いなく、誰かが歌っているのは聴いたことがあるのではないだろうか・・・・・・。


この歌はAくんがBさんのことを「叩いた」とか、「からかった」とか、「けなした」とか、「泣かせた」といった時に、それを見ていた周囲の者が、加害者に対してうたう歌である。


また、学校や友達のものを「壊した」とか、「失くした」という時にも歌われるほか、宿題を忘れていたことに気付いて、親しい友達に答えを丸写しさせてもらっているところを、運悪く周囲の者に見られてしまった場合などにも歌われる。


いずれの場合も、ポイントとなって来るのは、被害者が加害者に対して歌うのではなく、そのこととは何の関係もない周囲の者が、まるで獲物の匂いを嗅ぎつけたハイエナのごとく集まって来て、集団で囃し立てる点である・・・・・・。


で、歌詞を見てもらえば分かる通り、この歌はこれまで「謎フレーズ探偵」でご紹介して来た替え歌の類ではない。


「せ~んせいに~いってやろう~」のフレーズにあるように、「お前がやったことはしかと見届けたから、それを先生に報告してやるからな!」という、告げ口をすることをわざわざ宣言するという、ろくでもない趣旨の歌なのである。


その様子はまるで、ドラえもんの作中で、スネ夫がジャイアンに告げ口をしているシーンや、時代劇でお代官様に入れ知恵をする越後屋を彷彿とさせる・・・・・・。


しかし、そうは言っても、実際に告げ口をするようなケースは、ほとんどなかったように思う。


早い話が子供たちはこの歌をただ歌いたかったのだと思う。


で、無意識にこの歌を心のどこかにスタンバイさせておき、ターゲットを見つけると同時に、その場に一気に駆け寄って行き、ここぞとばかりに、歌を発動させていたのだ。


その様子はまるで、カタパルトデッキにスタンバイされていたガンダムが、「アムロいきま~す!」という掛け声と共に、弾丸のように出撃して行くシーンのようでもあり、いま思えばちょっと怖いぐらいの反応速度だった。


当時の小学校にはアムロのようなニュータイプがたくさんいたのだ。


どうでもいいが、嫌なニュータイプである・・・・・・。


しかし、実際に告げ口をされることは少ないとはいうものの、クラスメイトに周囲を取り囲まれ、逃げ場をなくされた状況で、一斉に囃し立てられるというのは、クラスの中でたった一人、孤立しているという不安感を引き起こし、恐怖すら感じさせる行為だったといえるだろう。


だから何かやらかしてしまった時は、先生に注意されることよりも、クラスメイトが一瞬でハイエナと化す、この囃子歌の方がよっぽど怖いと感じられたものである・・・・・・。


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ところでこの、「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~」という囃子歌だが、じつはかなり古い時代から存在していて、しかも日本中の子供たちに歌われていたらしい。


音楽の教科書に載っているような歌なら話は分かるが、どこの誰が作ったとも知れないこの歌が、いったいどうやって、日本全国津々浦々に伝わって行ったというのだろう。


しかも、「全国規模の伝言ゲーム」であるにも関わらず、その歌詞についてはどこへ行っても、ほとんど変化が見られないというのも驚きである。


唯一の変化は歌詞が各地の方言に置き換わることぐらいだが、歌詞の意味や内容については、全くいっしょと言っていいだろう。


10人程度でやる伝言ゲームですら、最後の人に行き着くころには、原形を留めていないこともあるというのに、全国規模でここまで正確に伝わっているというのは、逆に不自然にすら感じられる・・・・・・。


当時はSNSはおろか、インターネットすらまだなかった時代だ。


最初の人が歌詞を紙に書いて、「これを広めてくれ」と次の人に渡して、それを次々と繰り返して行ったとしても、絶対にどこかで書き間違えは起こるはずだ。


何度も書くが、何しろこれは全国規模の話なのだ。


それにそうなって来ると、メロディの問題も出て来る。


楽譜なんて誰もが読めるものではないし、昭和20~30年代からすでに歌われていたと仮定すると、カセットテープもまだ登場していないことになる。


ということは、やはり「壮大な伝言ゲームだった」としか考えられないのだ。


それにもかかわらず、歌詞は一言一句間違えず、メロディーは一音も外すことなく、全国に広まって行ったなんて、テレパシー能力でもなければ、絶対に不可能だと思うのだが・・・・・・。


そんな訳で次回は、いよいよ、「先生に言ってやろう」の歌詞の謎について迫ってみたいと思っている・・・・・・。


(画像上、真夏の花の少ない時期に咲くサルスベリの花。画像下、公園にミンミンゼミの美声(?)が響き渡る・・・・・・)


2023年8月16日 (水)

「昭和の遊具」回旋塔

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▲回旋塔は1本の支柱に、数本の鎖で円錐状に大きな輪っかが吊り下げられている遊具だった。輪っかの部分はグルグルと回転する仕組みになっていて、子供たちはここに捕まって、クルクルと振り回されながら遊んでいた・・・・・・。

最近、公園や学校の前を通るたびに、自分が子供の頃に見ていた光景が、「ずいぶんと様変わりしてしまったなぁ」と感じる。


で、何がそんなに様変わりしてしまったのかというと、なんだか妙にスッキリしてしまったように感じるのである。


当初は自分が子供の頃に比べて、子供の数が減ってしまったことが、その原因なのだろうと思っていた。


しかし、誰もいない公園や学校の前を通っても、同様に違和感を感じるので、どうもそれが原因ではなかったようだ。


そこで当時の記憶をたどって行くと、そこにあるべきものがなくなっていたことに気付いたのだ・・・・・・。


で、何がなくなっていたのかというと、私が子供の頃には、当たり前のようにそこに設置されていた遊具が、きれいさっぱりと姿を消してしまっていたのである。


そしてその遊具を撤去した場所には、代わりの遊具が設置されている訳でもなく、ただの不自然な何もない空間になっていた。


どうやらこれが「スッキリしてしまった」と感じる原因のようだ。


で、なんで昔ながらの遊具が撤去されてしまったのかというと、近年になってその危険性を指摘されるようになったからに他ならない・・・・・・。


私が子供の頃に最も衝撃を受けた遊具といえば、なんと言っても「回旋塔」がナンバーワンである。


回旋塔というのは1本の支柱に、数本の鎖で円錐状に大きな輪っかが吊り下げられている遊具で、分かりやすくいうなら、傘の骨組みの形を想像してもらえばよいかと思う。


で、どのようにして遊ぶのかというと、回旋塔はその名の通り、回転する仕組みになっているので、まず輪っかのバーの部分に捕まって、支柱の周りを走って回転させ、そのまま輪っかにぶら下がって、クルクルと振り回されるのを楽しむのである。


しかし、これはあくまでも基本の遊び方なのだ。


慣れて来ると、より速く、よりスリリングに回されたくて、猛ダッシュで勢いをつけてから足を離し、遠心力で体が吹っ飛ばされそうになるのを必死に堪えながらバーに捕まっていた。


6~7人で回すとさらにスピードが増して、回転時間も長くなり、もはや回されていて、楽しいんだか苦しいんだか、よく分からなくなって来る。


超高速で回る回旋塔に必死に捕まりながら、次第に指先の感覚がなくなっていくのを感じつつ、いつの間にか隣の友達がいなくなっていることに、ふと気付くこともしばしばだった。


回旋塔の順番待ちをしていた友達が言うには、その瞬間彼はまるでスーパーマンのように、空中をものすごいスピードで飛んで行ったそうである。


ただ、唯一スーパーマンと違ったのは、彼が後ろ向きに飛んで行ったことだろう・・・・・・。


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▲回旋塔は斜め方向に傾けて回すことも出来た。このようにして回すと、高速の回転運動に加えて、上下運動も加わって、回されている者は恐怖を通り越して「死」を覚悟することもあった・・・・・・。

子供は大人が思いもしないような遊び方を考案する天才である。


じつはこんな遊び方はほんの序の口だったのだ。


回旋塔というのは、ただ回転するだけでなく、斜め方向に傾けて回すことも可能だった。


だから数人で輪っかを地面の方向に押し下げて、反対側にぶら下がっている友達を高く持ち上げ、高速で回転させるなんて遊び方も出来た。


じつはこの時の彼は地面から2メートル近い高さまで持ち上がっている。


静止している状態でも、そこから飛び降りるのは、ちょっと無理な高さである。


で、バーを押し下げて、回旋塔を回転させているメンバーが、そこから一斉にいなくなるとどうなるのかというと、バーに捕まって回されている彼は、ただ高速で回転するだけでなく、上下運動も加わった状態で、高速でグリングリンと振り回されることになる訳だ。


まるで宇宙飛行士になるための訓練である・・・・・・。


で、先に振り回されている彼には大変申し訳ないのだが、ここからがいよいよ本番なのである。


先ほどまで下でバーを回転させていた子供たちが、高速で回転を続けている回旋塔に次々と飛び込んで行くのだ。


タイミングを見誤ると、すでに回旋塔に振り回されている彼の回し蹴りの餌食になる。


また、バーを掴み損ねれば、大怪我をする恐れだってある訳だ。


そしてそれは、走っている車に接触するほどの衝撃で、まともにぶつかれば病院送り間違いなしである。


そんな危険な状況の中で、バーをしっかりと掴んで遊びに参加出来ていたのだから、当時の子供たちの動体視力は半端ないものがあったのだろう・・・・・・。


と、まあ、このような遊び方をする回旋塔だったので、強烈な遠心力で吹っ飛ばされて、落下して行く子供たちが毎回のようにたくさんいた。


それでも私の周りでは、体中に擦り傷やあざを作っている子供はいくらでもいたものの、大怪我をしたとか救急車で運ばれたなんて話は聞いたことがなかった。


しかし、全国的に見ると、骨折や指を切断したりする事故があったらしく、いつしか回旋塔は危険だということになり、公園や学校から次々と姿を消して行くことになったのだった。


子供の頃、回旋塔で遊んでいた者としては、なんとも寂しい限りだが、こうして当時のことを冷静に振り返ってみると、「そりゃ、そうだよなぁ・・・」と思わざるを得ない・・・・・・。



2023年8月10日 (木)

修学旅行と茶碗蒸し

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私は中学生になるまで、一般的な茶碗蒸しがどのようなものであるか、一度も見たことがなかった。


そうは言っても、茶碗蒸しという食べ物自体を知らなかったという訳ではない。


さすがにそこまで世間知らずではない。


あくまでも世の中の多くの人が想像するであろう、「茶碗蒸し」を知らなかったという意味である・・・・・・。


というのも、我が家の茶碗蒸しは、それ単独でご飯のおかずになるように、とても具沢山に作られていたからだ。


一般的な茶碗蒸しなら、上から箸を刺し込めば、なんの抵抗もなく、箸がスーッと入って行き、あっという間に箸の先端が容器の底に到達すると思う。


ところがうちの茶碗蒸しは具材が容器の中にこれでもかというくらい、びっしりと詰め込まれていたため、上から順番に食べ進めて行かないと、箸がつかえて中へ入って行かないほどだった。


で、何をそんなに詰め込んでいたのかというと、基本は下から鶏肉、しいたけ、たけのこ、紅白のかまぼこの順だった。


これだけでも、具材はすでに上からはみ出しているほどだったが、これに加えて季節ごとにいくつかの具材を入れていたように思う。


さらに普通は茶碗蒸しを作る場合、茶碗蒸し専用の容器を使うと思うのだが、うちではそれにプラスして、どんぶりでも茶碗蒸しを作っていた。


うちでは茶碗蒸しを作ると、他におかずや汁物はいっさい何も作らなかったので、茶碗蒸しだけでご飯が食べられるように、量をたくさん作っていたのだ。


で、そんなこともあって、子供の頃の私の茶碗蒸しのイメージは、前述の「家で作ってもらう、具沢山の茶碗蒸し」だったのである。


だから当時の私は、「これこそが正に茶碗蒸しという食べ物なんだ」と、信じて疑わなかったのである。


家で出されるカレーやハンバーグを見て、「本当のカレーやハンバーグは、いったいどのようなものなんだろう?」なんて考えるやつはいないだろう。


それと同じことである・・・・・・。


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で、冒頭にも書いた通り、私が一般的に知られている茶碗蒸しのイメージを知ったのは中学生の時だった。


そしてそのきっかけは、中学2年の時に行った修学旅行だった。


私は中学の修学旅行は京都、奈良に行ったのだが、この時に食事のたびに、しつこいぐらいに出て来たのが茶碗蒸しだったのである。


ところが私は、それが自分の知っている茶碗蒸しとあまりにかけ離れていたため、隣に座った友達に、「これなに?」と思わず聞いてしまっていた。


いま思えば、あれが私の「真の茶碗蒸し」との出会いだったように思う。


その「真の茶碗蒸し」を食べて、まず口を突いて出た言葉は、「なんだこりゃ」だったと記憶している・・・・・・。


で、何がそう思わせたのかというと、まず「真の茶碗蒸し」には、ほとんど具材が入っていなかったのだ。


「真の茶碗蒸し」に入っていた具材といえば、表面に三つ葉と銀杏が1個飾り付けられていて、中身の方には薄くスライスされたキノコが数枚と、底の方にまたしても銀杏が2~3個入っているぐらいだったと思う。


早い話が容器の中身はスッカスカだったのである。


そしてそれはあふれんばかりの具材が詰め込まれている我が家の茶碗蒸しとは全く別の食べ物だった。


だから私は「真の茶碗蒸し」を食べ進めながら、口には出さなかったが、「これじゃあ、失敗したプリンを食べてるようなものだなぁ」と思っていた。


さらに言うなら、プリンは全体的に固まっているから、食べ物として成立しているが、「真の茶碗蒸し」の内部は、ほぼ汁物といってよく、個人的には、それなら「かきたま汁」としてお椀で出して欲しかったところである。


しかも、「真の茶碗蒸し」のスープは、「ものすごく薄味の出汁」という印象で、まるで医者から塩分を控えるように言われている人の療養食のようだった。


今だったら、また違った味わい方が出来るのだろうが、食べ盛りの中学生が、そんなあっさりとした、病院食のような味付けの食べ物で満足できる訳がなく、うす味の茶碗蒸しをすすりながら、「ああ~、カレー食いてえ・・・」と呟いている者が少なからずいたものである。


さらにどういう訳か知らないが、京都、奈良の修学旅行では、どこへ行っても、食事にはこの薄味の茶碗蒸しが、まるで嫌がらせのように毎回必ず付いて来た。


しかも、場所が変わっても、具材の内容や味付けは、まるで示し合わせたかのように、ほとんどいっしょで、みんなで顔を見合わせながら、「またか~・・・」と思っていたのを、今でもはっきりと覚えている・・・・・・。


(画像上、夏の青空がよく似合うカノコユリの花。画像下、明るい雑木林でアカボシゴマダラに出会った・・・・・・)



2023年8月 4日 (金)

ビデオのバーコード予約とGコード

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テレビ番組の録画にビデオデッキが使われていた時代、録画予約の作業はとても面倒なものだった。


なぜかというと、ビデオデッキの録画予約は、放送日、放送時間、チャンネルなどを、全て1つ1つ手作業で入力して行かなければならなかったからだ。


だから放送日や放送時間は合っていたのに、チャンネルをうっかり入れ間違えてしまい、後で録画した番組を見てみたら、他局の裏番組が録画されていたなんてことが、当時はしばしば起きていた。


電子番組表からワンタッチで録画予約が出来る現在では、ちょっと考えられないような話である。


しかし当時はそれが当たり前だったのだ・・・・・・。


そんな面倒で入力ミスの多かった録画予約を、「単純かつ正確にやる方法はないものか?」と考えて、メーカーが目を付けたのがバーコードだった。


バーコードというと、スーパーやコンビニのレジで、商品価格の読み取りに使われている、「ピッ!」というやつを想像すると思うが、原理としてはアレと全く同じものである。


バーコード予約が出来るビデオデッキには、極太のマジックのような形をした専用のスキャナーと、バーコードが描かれたシートが付属されていた。


シートにはチャンネル、日付、録画開始時間、録画終了時間などの項目ごとに、それぞれバーコードがプリントされていた。


そしてこれをスキャナーで順番になぞって行き、それをビデオデッキに送信することで、録画予約が出来る仕組みになっていたのだ。


現在の電子番組表のように、ワンタッチという訳にはいかなかったが、それでも1つ1つ手作業で入力して行くよりは、よほど楽に感じられたものである。


しかし、このシステム、入力そのものは飛躍的に早くなったものの、日付や録画開始時間、録画終了時間を、順番に読み取って行かなければならず、チャンネルや録画時間を間違えて読み取ってしまうことがないとはいえなかった・・・・・・。


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そしてユーザーのそんな悩みを解消すべく、1992年4月に登場したのが「Gコード」だった。


Gコードはアメリカのジェムスター社が、アナログ番組の録画予約を簡単に行うことを目的として開発したものだった。


Gコードの仕組みを分かりやすく説明するなら、「アナログ放送の番組の、放送チャンネルや放送時間の情報を、独自のアルゴリズムによって、8桁の数字に変換したもの」ということになる。


で、当時は新聞のテレビ欄や、テレビ番組の情報誌には、番組ごとに必ずこの8桁の数字が掲載されていた。


で、このGコードをどのように利用していたのかというと、専門の機器にGコード(8桁の数字)を入力してビデオデッキに送信すると、番組の開始時間になるとビデオデッキが勝手に起動し、番組を録画して、番組が終わると自動的に電源を切ってくれるというものだった。


ビデオデッキがやっていること自体は、バーコード予約の時となんら変わっていないのだが、録画チャンネルや録画開始時間、録画終了時間を入れ間違えることは、これで完全になくなったといっていいだろう・・・・・・。


しかし、そんなGコードにも、弱点がない訳ではなかった。


そしてそれは、Gコード予約やバーコード予約が登場する以前からのビデオデッキの天敵、プロ野球中継だったのである。


さすがのGコードも、プロ野球中継が延長されて、番組の放送時間が変更になってしまうと、予約しておいた番組は録画されずに、他の番組が録画されてしまうことになる。


当時はプロ野球は国技といってもいいほど人気のある視聴率の取れるスポーツだった。


このためプロ野球中継は、放送時間を延長するのが当たり前で、新聞のテレビ欄には、「最大延長〇時〇分まで」とか、「試合終了まで放送します」と必ず書かれていたものだ。


帰宅後、録画しておいたドラマを見ようと、わくわくしながらビデオの再生ボタンを押す。


すると「ワンストライクツーボールからの3球目、ピッチャー振りかぶって投げました~!」などという、プロ野球の実況中継が突然流れ始めるのだ。


訳も分からず、リモコンを握りしめたまま、呆然と立ち尽くしていると、実況アナウンサーが、「〇〇〇〇の時間ですが、このままプロ野球中継を延長して放送いたします」と、衝撃的な通告をして来るのである。


ドラマのことばかり気になっていて、プロ野球中継の「最大延長〇時〇分まで」を見逃していた自分が悪いのだが、とりあえず口を突いて出る言葉は決まって、「やられたよ・・・」だった。


そして当時このような苦い経験をしていたのは、たいてい普段はプロ野球なんて見ない、若い女性たちだったのである・・・・・・。


(画像上、里山の夏の花の代名詞といえば、まずこのオニユリの花が思い浮かぶ。画像下、ニイニイゼミはじっとしているとどこにいるのか分からない・・・・・・)


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