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2023年11月

2023年11月25日 (土)

「謎フレーズ探偵」たんたんたぬきの金玉は

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「た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~、か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~ ♪」という歌をご存じだろうか?


・・・と、一応そのように書いてはみたものの、恐らく「知らない」と答えるかたは、限りなくゼロに等しいと思う。


もし仮に、「日本でもっとも有名な、どうしようもない歌ランキング」というのがあったら、この歌はまず間違いなくベスト5には入っているだろうし、もっと言ってしまえば、個人的にはこの歌が1位なんじゃないかとも思っている。


この歌はそれぐらい日本全国の幅広い世代の人が知っている、「どうしようもない歌」なのである・・・・・・。


しかし、この手の歌というのは、ある一定の世代の人は知っていても、年配の人や若い人は知らなかったりするものだ。


また、自分たちが子供の頃に歌っていたものと、現在歌われているものでは、明らかに歌詞が変化してしまっているということもよくある。


ところがこの歌は、歌詞の前半部分に関しては、日本全国どこへ行っても、全く同じフレーズで歌われていて、しかも数十年間、その内容は全く変化していないのである。


音楽の教科書に載っているとか、テキストとして何らかの形で残されているのならともかく、人から人へ歌い継がれて行くだけという、なんとも原始的な方法で、よくぞここまで完璧に、代々継承されて来たものである・・・・・・。


ちなみに、「た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~、か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~ ♪」に続く後半の歌詞に関しては、私が子供の頃(昭和50~60年代)から、すでにいくつかのバリエーションが存在していた。


それをいまからいくつかご紹介してみたいと思う・・・・・・。


「たんたんたぬきの金玉は(A)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、お~やだぬき~
おなかをかかえて~、わっはっは


「たんたんたぬきの金玉は(B)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、お~やだ~ぬき~
か~たあし、あ~げて、ぶ~らぶら~


歌詞Aと歌詞Bは、子だぬきの金玉が、風もないのに、ぶらぶらと揺れている様子を親だぬきが見ていて、そのことを面白がっているという、親だぬき目線の歌である・・・・・・。


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「たんたんたぬきの金玉は(C)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、こ~だぬきも~
お~やのまねして~、ぶ~らぶら~


「たんたんたぬきの金玉は(D)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、こ~だぬきは~
ぼ~くもほしいと~、な~きだした~


歌詞Aと歌詞Bでは、子だぬきの金玉が、風もないのにぶらぶらと揺れている様子を、面白がって眺めている親だぬき目線の歌だったが、歌詞Cと歌詞Dでは、親だぬきの金玉が揺れているのを眺めている、子だぬき目線の歌になっている・・・・・・。


で、どちらが正しいとか、どれが元歌だったのかということに関しては、残念ながら正直よく分からないとしか言いようがない。


というのも、私が子供の頃には、すでに複数のバリエーションが存在していて、判断の付かない状態になってしまっていたからだ。


ただ、ひとついえることは、「たんたんたぬきの金玉は」という歌は、もはや言うまでもないと思うが「替え歌」である。


そしてその元になった歌や曲については、いまさら調べるまでもなく、すでにちゃんと判明しているのだ・・・・・・。


じつはこの歌のもとになった曲は、小学生が歌う唱歌で、「夏は来ぬ」というタイトルで知られている。


「国民唱歌集」という1891(明治24)年発行の本にも掲載されていることから、替え歌の方もそれなりに歴史があるものと思われる。


ちなみに「夏は来ぬ」というタイトルを見ても分かる通り、「たぬきの金玉」などいっさい何の関係もない歌であることは、もはや言うまでもない・・・・・・。


そしてややこしい話になって来るが、この「夏は来ぬ」には、さらに元歌が存在している。


じつはこの歌は、もともとは「Shall We Gather At The River」という聖歌だったのだ。


邦題は「まもなくかなたの」で、1864年にアメリカで発表された曲になる。


それにしても、聖歌が唱歌になったまではよかったが、そこからどこをどう間違えたら、「たぬきの金玉」に行き着くのだろう。


そうは言っても、日本では「たぬきの金玉の歌」が誕生していなければ、この曲がここまで有名になることなんてなかっただろう。


現代人は唱歌、「夏は来ぬ」を知らないのだから、そういう意味では、「たぬきの金玉の歌」は、じつはすごい歌で、この歌の作者(恐らくそこらへんにいる子供だったのだろうが・・・)は、偉大な功績を残したといえるだろう。


ただ、今となっては、それがどこのだれだったのか、皆目見当もつかないのである・・・・・・。


(画像上、気温が下がると花色が鮮やかになるスイフヨウの花。画像下、雑木林ではナラタケが爆生中・・・・・・)


2023年11月19日 (日)

「昭和の遊具」空中シーソー(回転シーソー)

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▲空中シーソーはこのようにギッタンバッコンさせて遊ぶ遊具だった。また、私は見たことがなかったが、竹とんぼのようにクルクルと回転するタイプのものもあったようだ・・・・・・。

昭和の頃には公園や学校に行けば必ずあったのに、いつの間にか撤去されてなくなってしまった遊具というのが、じつはけっこうあるものだ。


「空中シーソー」とか「回転シーソー」と呼ばれていた遊具もその中のひとつで、いまではもう絶滅してしまった遊具といえるだろう。


私の記憶では空中シーソー(回転シーソー)には大きく2つのタイプがあったように思う。


1つ目のタイプは梯子の真ん中を1本の支柱に固定してあるようなシンプルな外観のもの。


遊び方としては、梯子の両端にそれぞれ子供がぶら下がり、一方がジャンプした時にもう一方がしゃがむ。


この動作を交互に繰り返して行くことで、シーソーのようにギッタンバッコンさせて遊ぶのだ。


このタイプのものは、遊具の規模としては、それほど大きなものではなく、シーソーが空中に持ち上がる高さも、せいぜい自分の身長の2倍あるかないかぐらいだったと思う・・・・・・。


2つ目のタイプは、1つ目のものとは比べ物にならないくらいの大きさで、大きな公園などに行かなければ遊ぶことが出来なかった。


早い話が場所を取るので、それなりのスペースがないと設置出来なかったのだ。


こちらのタイプは体操競技で使う、大きな鉄棒のようなものが支柱になっていた。


そして梯子の形状もちょっと特殊で、まるで消防自動車の梯子のような形をしていた。


このタイプのものは、パッと見た感じ、とても遊具には見えず、その様子はまるで建設現場で見かける足場のような武骨な印象だった。


また、このタイプは遊具らしいカラフルな色に塗装されていた訳ではないので、きっと今の子供たちが見たら、何に使うものかさっぱり分からないと思う・・・・・・。


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▲大型のタイプは通常の遊び方のほか、縦方向に回転させて遊ぶことが出来た。公園の遊具なので、体を固定するベルトなんてなくて、いま考えると大人でも危険な遊び方である・・・・・・。

で、基本の遊び方は、1つ目のコンパクトなタイプと同様なのだが、この大型のタイプは、シーソーが一番高い所まで持ち上がると、自分の身長の3倍以上の高さになっていたと思う。


普通に遊んでいるだけなら、そんなことにはならないのだが、お互いに勢いをつけて、思いっ切りジャンプをして漕いで行くと、かなりの高さにまで到達し、元に戻る時の勢いで、空中で体が水平になったりもしていた。


いま考えると、うっかり手を離して地面に叩きつけられようものなら、大怪我どころでは済まなかったかもしれない。


当時はいっしょに遊ぶ相手を間違えて、号泣しながら空中に持ち上げられている子供がよくいたものだが、空中シーソー(回転シーソー)では、この程度の遊び方はまだまだ序の口だった。


前述のように空中シーソー(回転シーソー)の基本の遊び方は、梯子の両端にそれぞれ子供がぶら下がり、お互いにギッタンバッコンさせて遊ぶのだが、この大型のタイプにはさらに高度な遊び方が存在していたのだ・・・・・・。


じつはこの大型の空中シーソーは、「回転シーソー」の別名があるように、まるでハムスターの回し車のように、ぐるぐると回転させることが出来た。


ちなみに1つ目のコンパクトタイプの空中シーソーは、支柱が梯子の真ん中で固定されているため縦方向への回転はしない。


2つ目の大型のタイプは、支柱が両サイドに2本あり、鉄棒状になっているため、梯子を縦方向にぐるぐると回転させることが出来たのだ。


ただし、回転させるためには、それなりの体力と技術が必要だった。


まず、通常の遊び方をする時に、手で持ってぶら下がる部分に足を乗せて立つ。


そしてその上の梯子の部分を手でしっかりと持つ。


そしてお互いに片足で地面を蹴って、少しずつ勢いをつけて行くと、シーソーは次第に水平から直角の高さにまで上がって行くようになる。


そして自分の体勢が逆立ちになったなと思った瞬間、シーソーはぐるぐると回転を始めるのだ。


その様子はまるで宇宙飛行士になるための訓練のようである。


宇宙飛行士たちはちゃんとシートベルトを装着して、ぐるぐると回されているのだが、空中シーソー(回転シーソー)には、そんなものは付いていない。


自分の力でしがみついていなければ、地面に真っ逆さまに落下して病院送りになること間違いなしだ。


空中シーソー(回転シーソー)にぐるぐると回されながら、いったい何が楽しくてこんなことをしているんだろうと、自分を見失うこともしばしばあった・・・・・・。


いま考えると、空中シーソー(回転シーソー)って、遊園地のアトラクションにあってもおかしくない代物だったと思う。


そんなものが公園や学校の校庭にポンと設置されていた昭和の時代って、本当に「スゲ~よな~」と今更ながら思ったりする。


しかも空中シーソー(回転シーソー)には、シートベルトも付いていなければ、係のお姉さんもいないのだ。


子供が勝手に好きなように遊んでよかったのである。


それって、今の時代だったら、完全にアウトだろう・・・・・・。


現実に空中シーソー(回転シーソー)で遊んでいると、危ないこともしばしば起きていた。


相手が上に持ち上げられている時に急に手を離して、相手が地面に叩きつけられたり、遊びをやめて着地した後に、鉄の手すりの部分が、ガクンと下りて来て、それで頭を強打したりと、事故の絶えない遊具ではあった。


それでも当時は大した問題になることはなく、「怪我をしないように、気を付けて遊びなさい」と言われるぐらいだった。


そして痛い目に遭った当人たちも、その翌日にはそんなことはもうすっかり忘れ、ゲラゲラ笑いながら、空中シーソー(回転シーソー)のスリルに絶叫していたものである。


いまこうして振り返ってみると、昭和の子供たちって、なんだかものすごく馬鹿っぽい。


それってやっぱり、落下したり、頭を打ったりしながら、遊んでいたからなのだろうか・・・・・・。


2023年11月13日 (月)

異世界への入り口

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▲道の脇にあるちょっと開けた空間に1本の柿の木が立っている。私が中学生の頃に、「異世界への入り口」と呼ばれていた柿の木だ。当時は下校時にここで休憩している学生をよく見かけたものだ・・・・・・。

私が中学生の頃、通学路の道端に、1本の柿の木があった。


その柿の木は以前は幹が二股になっていたようだが、何かの理由で手前の幹を伐採したらしく、幹の根本付近が手前に大きくせり出して、洞のような形になっていた。


洞といっても、ポッカリと穴が開いていたという訳ではなかったので、当時は学校帰りに、そのくぼみの部分に腰を掛けて、休憩している学生をよく見かけたものだった・・・・・・。


そんなある日、柿の木の前を通りかかると、その日に限ってなぜか切り株には誰も座っていなかった。


私は「へ~、珍しいこともあるもんだな~」と思いながら、柿の木の前を通り過ぎようとしていた。


しかし、ちょうどその時、視界の片隅に何か妙なものが入り込んで来たのが分かった。


私はそれに何気なく視線をやると、思わず「ギョッ!」として立ち止まった。


そこに何があったのかというと、なぜか柿の木の前に、真っ赤なハイヒールが無造作に脱ぎ捨ててあったのだ。


恐らく誰も座っていなかったのは、このハイヒールが原因だろう。


最初は「誰かが新しい靴を買って来て、古いハイヒールを脱ぎ捨てて行ったのだろう」ぐらいにしか思っていなかった。


ところがどうもそうではなかったらしいのだ。


なぜかというと、そこに脱ぎ捨ててあった赤いハイヒールは、どう見ても真新しく、何年も履き込んでいるもののようには、とても見えなかったのである。


では、このハイヒールの持ち主は、いったいどうやって、この場から立ち去ったというのだろう。


まさか裸足でということはないだろうし、仮に何らかの理由で靴を履き替えたのだとしても、ここにハイヒールを残して行く意味が分からない。


で、この赤いハイヒールは、2日間その場に放置されていたのだが、3日目の朝には忽然と姿を消していた・・・・・・。


それから半月ほどたったある日、学校からの帰り道にあの柿の木の前を通ると、またしても木の前に何かが落ちているのが分かった。


「今度はなんだろう?」と思い、柿の木の前まで行ってみると、まず手前に小学生のものと思しきスニーカーが転がっていた。


そして切り株の右側には、小学校で使う絵の具セットが、きれいに立てた状態で置かれていた。


絵の具セットのケースの色は「青」だったので、どうやら持ち主は男子小学生のようだった。


なぜそんなことが分かるのかというと、私が小学生の頃は、絵の具セットの色は、男子が「青」で女子が「赤」と決まっていたのだ。


で、そんなことはともかく、彼はこんな所に絵の具セットを置いたまま、いったいどこへ行ってしまったというのだろう。


しかも、靴も履かずにである。


そもそもなぜわざわざ靴を脱いだりしたのだろう・・・・・・。


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▲これが私が中学生の頃に、「異世界への入り口」と呼ばれていた洞。当時はもっと平らだったのだが、知らぬ間にこんな風に斜めに変形してしまっていた。形は変わってしまったものの、数十年間もこの場所に変わらず立っているってすごいことだと思う・・・・・・。

状況としては、赤いハイヒールの時と、さして変わってはいないのだが、今回はひとつ分かったことがあった。


何が分かったのかというと、「どうやら小学生の彼は、あの柿の木の洞に、間違いなく座っていた」ということである。


なぜなら彼の絵の具セットは、ちょうど柿の木の切り株の右側に立てた状態で置かれていたからだ。


つまり道の方を向いて切り株に腰かけた場合、右手に持っていた絵の具セットを、そのまま自分の脇に置くと、ちょうどこの位置でピッタリなのだ。


そして彼が履いていたスニーカーのつま先も道の方を向いており、彼がここに座っていたことを示唆していたのだ。


そしてそれはあの赤いハイヒールの時も同様だった。


ということは、2人はやはりここに座っていたと考えるのが妥当だろう・・・・・・。


そんなことがあってから、誰が言い始めたのかは定かではないが、いつしかこの柿の木の洞は異世界に通じていて、切り株に座ると洞に吸い込まれてしまうのだという都市伝説が生まれていた。


仮にその話が事実だとして、切り株に座った者が洞に吸い込まれてしまったとする。


しかし、それならどうしてわざわざ、彼らは靴を脱いだりしたのだろうか。


そもそもこれから洞に吸い込まれようとしている人が、靴を脱いでいる余裕などあるはずがない。


普通に考えたら、何も考える暇もなく、洞の中へ「ズボッ!」と吸い込まれて行ってしまうだろう。


それとも異世界というのはじつは土足厳禁で、「まずそこで靴を脱げ!」的なことを、背後からささやかれるのだろうか。


「金を出せ!」と背中にピストルを突き付けられているような状況を想定するなら、大人しく言うことを聞かざるを得ないかもしれない・・・・・・。


それからしばらくして、友人と2人で柿の木の前を通ると、切り株の上に茶色い紙袋に入った何かが置かれていた。


手に取って見ると、それは近所にある「〇〇書店」の紙袋のようだった。


紙袋の口はきちんとテープが貼られていたのだが、持ち主らしき人物はなぜかどこにもいなかった。


そこで封を開けて中身を確認してみると、中には高校の参考書が一冊と、エロ本が2冊入っていた。


なんとも絶妙な組み合わせといえよう。


友人は柿の木の洞を指差しながら、「どうせ持ち主は吸い込まれちゃったんだから、これはもらって行こうぜ」と、都合のいいことを言うと、参考書だけを切り株の上へ戻して、エロ本一冊を自分のカバンへ入れ、もう一冊を私に差し出した。


参考書は2週間以上、その場に放置されていたが、エロ本2冊は私たちに拾われ、結果的に有効活用されることとなり、無駄にはならずに済んだのである・・・・・・。



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