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2023年12月

2023年12月31日 (日)

「昭和の遊具」遊動円木

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▲遊動円木は丸太にまたがって、「かすがい」の部分に捕まり、ブランコのように前後に揺らして遊ぶ遊具だった。その仕組みは丸太の両端を鎖で支柱に固定してあるだけのシンプルな遊具だった・・・・・・。

昭和の頃に見られた遊具の1つに「遊動円木」があった。


「遊動円木」は丸太の両端を鎖で支柱に固定してあるだけのシンプルな遊具だった。


当初は平均台のように、丸太の端から端まで、バランスを取りながら歩いて行くことで、平衡感覚を養うための遊具として考案されたらしい。


しかし、私が子供の頃には、すでにそのような遊び方をしている者は誰もいなくて、丸太にまたがって、ブランコのように揺らしながら遊ぶ遊具になっていた。


このため丸太の上部の数ヶ所には、持ち手として「かすがい」が打ち込まれていて、これに捕まって遊べるようになっていた。


また、私が子供の頃には、シーソーのような形状をした板型のものもあった。


板型のものは、きちんと彩色もされていて、イメージとしては、現在の遊具に近かったと思う・・・・・・。


遊動円木の歴史は古く、明治の頃からすでに存在していたようである。


一般に広く普及したのは、小学校に設置されるようになってからで、遊びを通して身体を鍛えるという目的があったらしい。


そう言われてみれば、私が小学生の頃は、筋力を使わなければ遊べない遊具が、校庭にいくつか設置されていた。


登り棒や雲梯、ジャングルジムなどは、その代表だったと思う・・・・・・。


ところで、当時「遊動円木」に使われていた丸太は、古くなって交換した、木製の電柱が再利用されていることもあったそうだ。


私が学生時代を過ごした昭和50~60年代は、バスが通るような広い道路は、もうコンクリート製の電柱に切り替わっていたが、メインの通りからちょっと奥に入った住宅街の狭い道などでは、まだ木製の電柱がちらほら見られた。


「遊動円木」で遊んでいた当時は、他の遊具と比べて、原始的な遊具だなとは思ってはいたものの、交換した電柱を使っているなんて思ってもみなかった。


それを知っていたら、犬の小便がかかっていそうな根元の方には、決して座らなかったのだが、今となってはもう時すでに遅しである。


このように昭和世代が子供の頃に経験して来たことって、焼却炉のダイオキシンの問題などもそうだが、「もう少し早く言ってよ」ということが山ほどある・・・・・・。


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▲遊動円木にはシーソーのような板型のタイプも見られた。こちらの方が小型軽量に出来ていたので漕ぎ役の負担は軽減された・・・・・・。

冒頭でも書いたが、当初の遊動円木は、丸太の端から端までバランスを取りながら歩いて行くことで、平衡感覚を養うための遊具だった。


しかし、私が子供の頃には、みんなで丸太にまたがって、ブランコのようにゆらゆらと揺らしながら遊ぶ遊具になっていた。


低学年の頃は丸太の上にまたがって、身体を前後に揺することで体重移動をして、丸太をまるで揺りかごのように動かして遊んでいた。


しかし、これが高学年になって来ると、そんな遊び方では満足出来なくなり、いつの間にか丸太の両端に「漕ぎ役」の者が立ち、鎖に捕まって、ブランコの立ち漕ぎの要領で、丸太を動かしていくようになっていった。


丸太はブランコと違って重いので、最初は漕ぎ役の者は、しゃがむような姿勢になるまで下半身を落とし、丸太の端っこにしっかりと足を付けて、思いっ切り蹴り出して行かなければならなかった。


そんな風にして漕いで行くと、丸太は次第に高速で揺れるようになって行き、持ち手代わりに取り付けられている「かすがい」に、しっかり捕まっていないと、いつ振り落とされてもおかしくはなかった・・・・・・。


また、丸太の振り幅が大きくなって来ると、漕ぎ手の方も常に危険と隣り合わせだった。


なぜかというと、最初は丸太のへりを押し込むように漕いでいたのに、振り幅が大きくなって来ると、へりに足が届かなくなって行き、丸太の切り口(年輪)の部分を押すしかなくなって行くのだ。


そしてついに足が届かなくなれば、丸太が自分の方に戻って来るまで、鎖にぶら下がっているしかないのである・・・・・・。


そんな遊び方をしていたものだから、当時は「かすがい」に捕まっていても、振り落とされる者が続出していた。


また、自分が落ちるだけならいいのだが、周りで遊んでいた子供にダイビングボディプレスをしてしまい、巻き込んでしまったということもよくあった。


このように振り落とされる事故が多いということで、遊動円木の周囲をまるで砂場のようにしてある公園もあった。


しかし、そのようにすると、そこを砂場と勘違いした子供が、砂遊びを始めてしまい、丸太が頭に直撃するという事故も起きていたようだ。


そんな事故が多い遊具ということもあって、遊動円木はいつの間にか公園から姿を消していた。


まあ、いま思えばだが、そりゃあなくなるわな・・・・・・。


2023年12月25日 (月)

プールのにおいと目が赤くなる原因

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季節を感じる香りというのがある。


例えばプールのにおいを嗅ぐと、多くの人は「夏が来たんだな~!」と感じると思う。


恐らくこれは、小学生の頃のプールの授業が記憶に刻まれているからだろう。


ところでこの「プールのにおい」って、いったいなんのにおいかご存じだろうか。


多くのかたはプールのにおいのことを、「塩素の臭い」だと思っているのではないだろうか。


私も子供の頃に、プールのにおいは塩素の臭いだと、大人から教わった記憶がある。


ところが、プールの水の塩素濃度は、1mg/L以下なのだそうだ。


これは水道の水と同程度とのことなので、当然においなどする訳がない。


では、あのプールの独特なにおいは、いったいなんのにおいなのだろう。


結論から先に書いてしまうと、プールの水を消毒するために入れられている塩素が、人のおしっこの中に含まれるアンモニアと反応することで、クロラミンという化合物を発生させる。


このクロラミンのにおいが、私たちが「プールのにおい」とか「塩素臭い」と表現する、あのにおいになっているのだ。


つまり何を言いたいのかというと、「人はプールの中でおしっこを垂れ流している」ということである。


それも1人2人ではなく、多くの人がおしっこをしているからこそ、クロラミンが生成され、施設の外まで、いわゆる「プールのにおい」が漂って来るのだ。


オリンピックで史上最多の金メダル23個を獲得したマイケル・フェルプスも、「プールでおしっこはみんなしていると思う」と語っている。


競泳選手は息継ぎの時に、口に入った水を勢いよく吹き出しながら泳いでいる。


テレビではそんなシーンがスローで再生されていて、子供の頃は、「かっこいいなぁ」なんて思いながら見ていたものだ。


しかし、おしっこの件を知ってしまうと、「なんだかきたねえなぁ・・・」と思ってしまう。


また、小学生の頃は、「プールの水を飲んじゃった」なんて言いながら、馬鹿みたいに笑っているやつがいたが、いま思えば彼は、プールの水で希釈された、全校生徒の小便をごくごくと摂取していたことになる訳だ。


いまさらではあるが、彼がこのエッセイを読んでいないことを祈りたい・・・・・・。


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ところでプールに入ると、ほとんどの人は程度の差こそあれ、目が赤くなると思う。


じつはこれも塩素とおしっこが反応して生成される、クロラミンが関係しているのだという。


クロラミンには刺激性があるため、それが目に入ることで、目が赤くなる原因になるというのだ。


さらに人によっては、目が赤くなるだけではなく、鼻水や咳が止まらなくなることもあるのだそうだ。


そういえば小学生の頃、プールの授業の後に、鼻水を垂らしたり、せき込んでいたりするやつがいた気がする。


「プールに入って身体が冷えたからだろう」とか、「プールの水を飲んでしまったからだろう」なんて言われていたが、実際のところはクロラミンが関係していたのかもしれない。


ところでこのクロラミンという物質だが、大量に集めて油に溶かして衝撃を与えると、爆発するぐらいの物質なのだそうだ。


もちろんこれは例えばの話で、わざわざそんな面倒なことをする人間はいないのだが、そんな物質だからこそ、ごく少量でも目に触れたりすると、角膜を傷つけてしまうことになるという訳だ。


そして目が受けたダメージを修復しようとして、血流をアップさせるため、目が赤く充血するという仕組みだ。


ナショナルスイミングプール財団(NSPF)のCEOは、「スイマーの目の色は、どのくらいの人が、プールでおしっこをしているか知るための指標となるものなのです」と語っている。


小学生の頃なんて、プールの授業の後は、まるで一晩中泣き腫らしたような目で、一日を過ごしている者もいた。


「どのぐらいの人がおしっこをしているか」って、あの目の状態を見れば、そりゃあもう、ほぼ全員だったのではないだろうか・・・・・・。


(画像上、スミレはしばしば冬にも開花する・・・・・・。画像下、ツチイナゴは成虫で越冬するバッタだ・・・・・・)


2023年12月19日 (火)

消えたコンドームの自動販売機

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▲ジュースの自動販売機がずらりと並ぶ場所に、コンドームの自動販売機が今もかろうじて生き残っていた。ちなみにここは、もともとは酒屋だった場所で、現在は閉店していてすでに営業はしていない・・・・・・。

そういえば、ふと思ったのだが、最近はコンドームの自動販売機をあまり見かけなくなった。


私が子供の頃は、町のあちこちで見かけたものだが、いったいいつの間になくなってしまったのだろう。


もしかしたら、若い世代の人たちは、コンドームの自動販売機なんて、見たことがないのではないだろうか。


私が子供の頃は、薬局や酒屋の店先には必ず設置されていて、商店街の路地裏などにも、ひっそりと置かれていたものである・・・・・・。


当時、コンドームの自動販売機には、必ず「明るい家族計画」というキャッチコピーが大きく書かれていた。


そのこともあって、小学生の頃は、この中に入っているものを買えば、家族旅行の計画でも立てられるのかと思っていたものだ。


また、「計画」という言葉から、夏休みに入る前に書かされていた、タイムスケジュール表みたいなものを連想したりもしていた。


6:00 起床
6:30 ラジオ体操
7:00 朝食
8:00 夏休みの宿題


・・・・・・みたいなアレである。


旅行に行けるのはいいが、あんな面倒くさいものを書かされるのはごめんである。


せっかくの旅行なのだから、自分の好きな時間に起きて、自分の好きなように行動させてほしいものだ。


いまとなってはどうでもいい話だが、仮にそんなものを書かされるシステムになっていたとして、それをいったい誰に提出するというのか・・・・・・。


ところでコンドームの自動販売機が誕生した当初は、煙草の自動販売機を改良して作られていたらしく、当時のものは私の知っているものよりも、かなり大きなものだったらしい。


私が子供の頃によく見かけていたものは、自動販売機というよりも、箱型の発券機のような、コンパクトなものばかりだったと思う・・・・・・。


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▲昭和の頃は、「明るい家族計画」というキャッチコピーだったのだが、現在はおしゃれに「ファミリープラン」と言い換えられていた。まあ、意味としてはいっしょだが・・・・・・。

また、私が子供の頃は、コンドームの自動販売機は、薬局の店先で見かけることがほとんどで、他には酒屋やたばこ屋の店先や、路地裏などでたま~に見かけるぐらいだった。


ところがコンドームの自動販売機が登場した当初は、様々な業種の個人商店の店先に置かれていたようで、薬局の前に置かれるようになったのは、かなり後のことだったらしい。


つまりルーツをたどって行けば、コンドームとは何の関係もない、酒屋やたばこ屋に置かれていたものの方が先だったことになる訳だ。


これについては、なんだかちょっと意外な感じがする。


まあ、考えてみれば、薬局では店内にコンドームがすでに商品として置かれている訳で、普通に考えたら、わざわざ店先に自動販売機を設置する必要もないだろう・・・・・・。


じつはコンドームの自動販売機は、薬局の前に置かれてはいたが、薬局の人が管理していた訳ではなかったようなのだ。


ジュースの自動販売機がそうであるように、商品の補充などは、外から業者が回って来てやっていたようだ。


つまり薬局は場所を貸していたにすぎないことになる。


このため薬局では自動販売機が原因で、店内のコンドームの売り上げが減ることを懸念していたようで、当初は設置を渋っていたらしい。


そして現在では、コンドームはドラッグストアやコンビニなどに置かれるようになり、自動販売機の存在意義自体がなくなり、機械そのものを、もう生産していないのだそうだ・・・・・・。


私が高校生の頃の話だが、以前から教師に目を付けられていた生徒が、授業中に持ち物検査を受けることになった。


なぜ、そんなことになってしまったのかというと、学生服の胸ポケットが不自然に膨らんでいるのを、教師に見つかってしまったのだ。


誰もが「あれはたばこだな」と直感し、このあと彼はまるでヤクザのような風貌をした、生徒指導の先生の元へ連れて行かれ、きつい尋問を受けることになるのだろうと思っていた。


どうでもいいが、なんで生徒指導の先生というのは、「あの顔でよく教員免許が取れたものだ」と思うような人が多いのだろう。


変装でもして大学に通い、免許状の授与申請をしたとしか思えない。


素顔のままだったら、入学すらさせてもらえないのではないか。


で、持ち物検査を受けることになった彼だが、教師から「胸ポケットの中身を出せ!」と言われ、特に抵抗をすることもなく、素直にポケットに入っていたものを机の上に出した。


教師に「なんだこれは?」と尋ねられたが、彼は仏頂面のまま無言を貫いていた。


その様子を見た教師は、「はぁ~っ・・・」と大きくため息をついてから、彼に顔を近付けて、「もう一度聞く。なんだこれは?」と言った。


すると彼は、教師の顔をおもむろに見上げると、「なんに見えますか?」と逆に聞いた。


その態度に教師は少しムッとした様子で、「たばこに決まっているだろう!」ときっぱりと言い放った。


ところがその言葉に彼は、悪戯っぽい笑みを浮かべると、「ざ~んね~んで~した~、コレはコンドームでぇ~す!」と言ってのけたのだ。


その言葉に誰もが「えっ?」と思ったが、よく見れば確かにそれはコンドームの箱のようだった。


コンドームの箱というのは、パッと見た感じ、外国産たばこに似た、ちょっとしゃれたパッケージデザインのものがある。


どうも彼はいつも自分を注意して来る教師をギャフンと言わせたくて、胸ポケットにコンドームの箱をわざと仕込んでおいたらしい。


ところが教師は机の上のコンドームの箱を取り上げると、「コレはコレで問題だ!」というと、彼の腕を取って、生徒指導の先生の元へ連行して行ったのだった。


彼は「えっ、なんで?」という顔をしてこちらを見ていたが、廊下を歩いて行く彼の背中からは、「余計なことをしなければよかった・・・」という後悔の念がにじみ出ていたのだった・・・・・・。
 

2023年12月13日 (水)

ふっかつのじゅもん

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▲ファミコン版「ドラゴンクエストⅡ」では、最大52文字の「ふっかつのじゅもん」を入力しなければ、ゲームの続きを遊ぶことが出来なかった・・・・・・。

いまとなってはもはや当たり前の話だが、ゲームの続きを遊ぶためには、セーブデータが欠かせない。


しかし、家庭用ゲーム機の草分け的存在の、「ファミリーコンピューター」が発売になった当初は、ゲームの進行状況を保存しておくという概念そのものがまだ存在していなかった。


その当時のファミコンのゲームは、アクションゲームやシューティングゲームが中心で、いま思えばステージ数もびっくりするほど少なかった。


このため、そもそもゲームの進行状況を保存しておく必要がなかったのである。


セーブという概念が生まれたのは、ある程度、長い時間をかけて、ゲームクリアを目指していく作品が登場してからになる・・・・・・。


ファミコンのゲームに最初に採用されたセーブ方法は「パスワード」だった。


そして、この当時はまだ、「セーブ」という言葉は一般的ではなかったと思う。


パスワードのシステムを採用した最も有名なゲームといえば、もはやいうまでもなくドラゴンクエストだろう。


ドラゴンクエストでは、パスワードのことを「ふっかつのじゅもん」と呼び、現在では伝説として語り継がれている・・・・・・。


「ふっかつのじゅもん」を使うためには、ゲーム終了時に王様から呪文を聞いてメモを取っておく必要があった。


そしてゲームを再開する時に、「CONTINUE」画面で、これを入力することで、中断した時の条件のまま、ゲームを再開することが出来たのだ。


ちなみに初代ドラゴンクエストでは、「ふっかつのじゅもん」はラダトームの城で王様から聞くことになる。


「ふっかつのじゅもん」の文字数は20文字と決まっていて、意味のないひらがな文字の羅列だった。


当時は20文字でも長く感じたものだが、これがドラゴンクエストⅡになると、「ふっかつのじゅもん」は合計7ヶ所で聞けるようになり、ゲームの進行具合によって、文字数は18文字から52文字と、事実上増えてしまうことになる。


冒険出来るフィールドが倍以上に広がったのだから、当然といえば当然の話なのだが、意味のない文字の羅列を、1文字も間違えることなく、52文字も書き写すことは、決して容易なことではなかった・・・・・・。


単に読み間違えたことに気付かずに、そのままメモを取ってしまうこともよくあったが、似ている文字を見間違えることもよくあった。


例えば「ぬ」と「ね」、「ぬ」と「め」、「わ」と「ね」、「ぷ」と「ぶ」などの見間違えはしょっちゅう起きていた。


また、当時のブラウン管テレビは、現在のテレビと比べると解像度が低く、「ふっかつのじゅもん」に限らず、ゲームに出て来るような字体の文字は、読み取りにくいという問題もあった。


また、「ふっかつのじゅもん」は、一文字でも間違えると、画面には「じゅもんがちがいます」というメッセージが冷たく表示され、ゲームを再開することが出来なかった。


このため、当時のファミコン専門誌や攻略本には、「ふっかつのじゅもんはメモを取った後に、本当に呪文が合っているか、もう一度しっかり確認しておこう」とか、「ふっかつのじゅもんは必ず2回聞いてメモをしておこう」と注意喚起がされていた。


最初のうちは誰もが、「ひらがなを間違えることなんてあるもんか」と、高をくくっていたものだが、「意味のないひらがな文字の羅列だからこそ間違えるのだ」ということを、ほとんどの子供たちはゲーム序盤で思い知ることになるのである・・・・・・。


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▲「取扱説明書」に書かれていた、「ふっかつのじゅもん」についての解説。

このように、自分のミスでゲームを再開出来なくなるのは、無念ではあるが、まあ仕方がないことだ。


しかし、せっかくメモをしておいた「ふっかつのじゅもん」を、ただのいたずら書きと見なされて、親に捨てられてしまうという事件も、当時はよく起きていた。


「ふっかつのじゅもん」は、ゲームをプレイして行くうえでとても大切なもので、ゲームそのものと言ってもいい。


だからゲーム終了時には、「ふっかつのじゅもん」が間違っていないか、何度も何度も確認をする。


そしてメモをどこへやったか忘れないように、一番目に付くであろう、机の上へ乗せておく。


そしてメモが風で飛ばされて、どこかへ行ってしまわないように、ペン立てを上に乗せて置いておくという念の入れようだ。


しかし、部屋の掃除に来た母ちゃんに、「ぷてまるら ぐてたもらまえ・・・」が、いたずら書き以外の何であるかなんて、理解出来ようはずがなかったのである・・・・・・。


いまだったらスマホやデジカメで、「ふっかつのじゅもん」を撮影しておけばそれで済むのだが、当時はスマホもデジカメもまだ存在していない時代だった。


当時はカメラといえば、フイルムカメラのことだったので、仮に「ふっかつのじゅもん」をカメラで撮影しておいたとしても、装填してあるフイルムを使い切るまでは現像には出せない。


また、当時はいまみたいに、日常的になんでもかんでも写真に撮るような時代ではなかったので、フイルムを1本使い切るのに数ヶ月かかることも少なくなかった。


そんな訳で、当時は「ふっかつのじゅもん」を写真に撮って残しておくというのは、現実的な方法ではなかったのである・・・・・・。


現在ではボタン1つで簡単にゲームのセーブが出来る時代になったが、昔は「ふっかつのじゅもん」を1文字、1文字書き写し、何度も何度も確認をするという、非常に面倒な作業が必要だったのだ。


そして、そこまでのことをしたにも関わらず、「ふっかつのじゅもん」が間違っているということもよくあった。


冒険も終盤に差し掛かって来ると、1ヶ月以上にもおよぶ苦労が、その一瞬で水の泡と化してしまうことになるわけだ。


あまりのショックにゲームクリアを諦めてしまう者も大勢いたものだ。


そしてそこから立ち直り、再度冒険へと旅立ち、見事エンディングへとたどり着いた、不屈の精神を持つ者だけが、当時は真の勇者と呼ばれていたのである・・・・・・。


2023年12月 7日 (木)

道端で咲くスミレの花

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▲早咲きのノジスミレはまだ霜が降りることもある、2月の終わり頃から春を感じて早くも花が咲き出す・・・・・・。

一般にスミレの花というと、郊外の自然豊かな環境に咲く花というイメージがあると思う。


しかし、じつはスミレは、種類にもよるが、都市部のアスファルトの道端でも普通に観察出来る花である。


では、都市部ではスミレはどこに自生しているのだろう。


これについては、タンポポをイメージしてもらえれば分かりやすいと思う。


「でも、道端でスミレの花なんて見たことないよ」という人もいるかもしれない。


恐らくそれは、まず間違いなく、見落としているだけである。


スミレはタンポポに比べると、花も葉もとても小さい。


せかせかと歩いていたら、きっと気付かずに素通りしてしまっているだろう。


では、スミレはいったいどのような場所に生えているのだろう。


ひとことで言うなら、それは「アスファルトの隙間」といえるだろう。


アスファルトに覆われた都市部の道端では、土の場所なんてほとんどなくて、スミレやタンポポはそのような、土へと通じるほんの僅かな隙間に根を下ろし生育しているのだ。


では、そのような隙間はいったいどこにあるのだろうか。


ズバリ言うならそれはガードレールの下である。


バスが通れるぐらいの道路なら、車道と歩道の間には縁石があって、歩道の方が一段高くなっている。


この縁石と歩道のアスファルトの境目に、ごく僅かな隙間があるのだ。


スミレはこの隙間に沿って、ひっそりと生育しているのだ。


一般にスミレの群落というと、野原や林縁、耕作地の周辺などが、一面スミレ色に染まり、お花畑になっているような光景をイメージすると思う。


しかし、都市の環境に適応して、命を繋いで来たスミレの群落は、アスファルトの隙間に沿って、ただ、ただ、一直線に伸びているのだ。


また、スミレは歩道から一段下がった車道側の縁石沿いでも、花を咲かせていることが多い。


しかし、その場合は、歩道を普通に歩いていただけでは、目に留まることはない。


ガードレールから身を乗り出して、下を覗き込んで、初めてスミレが咲いていることに気付く。


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▲道端で咲くスミレの花。アスファルトの隙間に沿って一直線に群落を作っている・・・・・・。

野草とはいうものの、スミレは踏みつぶされることを嫌う。


幸いにもアスファルトの隙間は、道の端っこにしかないため、歩道側で育つものも、車道側で育つものも、人や車に踏みつぶされる心配はまずない。


そういう意味では、アスファルトの隙間というのは、スミレにとっては意外と安全な場所なのである。


しかし、土を求めて、わざわざアスファルトの隙間に根を下ろすぐらいなら、公園や草地に群落を作った方が、よほど効率的に個体数を増やして行くことが出来るのではないか。


と、そう思われるかたも少なくないかもしれないが、じつは話はそう単純ではないのだ。


公園や草地では様々な種類の草がたくさん生えている。


特に初夏を迎える頃になると、背の高い草がどんどん繁り始め、小さなスミレは他の草に埋もれて、光合成が出来なくなって枯れてしまう。


一方、都市のアスファルトの隙間に生える草は少なく、種類も限られているので、太陽の光を一年中独占できるという利点がある。


一見、過酷な環境に感じるアスファルトの隙間も、じつはスミレにとっては、意外と快適な環境といえるのかもしれない。


ところでスミレの本来の自生地である里山は、あたり一面、土の環境なのに、スミレは他の草に負けることなく、毎年たくさんの花を咲かせている。


これはいったいどうしてなのか?


じつは里山では定期的に草刈りが入り、背の高い草はその都度、刈り取られてしまう。


里山の草刈りは一定の高さで刈り残すのが基本である。


なぜかというと、地面近くまで根こそぎ刈り取ってしまうと、そこで暮らしていた昆虫たちが、食べ物を求めて、田んぼや畑の方へ移動して行き、農作物を食い荒らしてしまうからだ。


このためスミレのような背の低い草は、草刈りにあわないで済むという訳だ。


そしてスミレは、周りの草を刈り取ってもらったおかげで、日当たりもよくなって、花の後には大きな葉を繁らせ、種を飛ばすことが出来るのである。


それにスミレが花を咲かせる春は、まだ他の草も伸び切っていない時期なのも大きい。


昔はそんな環境があちこちにあったのだが、都市開発に伴って、里山はどんどん姿を消して行くことになる。


都市部と里山、一見全く違う環境のように思えるのだが、共通していることがじつはひとつある。


それはどちらも人が作り出して管理している環境であるということだ。


このようにスミレは、いつも人の生活のすぐ近くにいて、人が作り出した環境をうまく利用して、繁殖を繰り返して来たのだ。


そう考えると、道端で咲くスミレの花が、まるで自分の子供のように、とても愛おしく思えて来るのである・・・・・・。


2023年12月 1日 (金)

「ヤッターマン」ドロンボー一味

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「ヤッターマン」は私が子供の頃に見ていたアニメ作品で、正式なタイトルは「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」になる。


ヤッターマンの本放送は、1977(昭和52)年1月1日から、1979(昭和54)年1月27日まで、フジテレビ系列で放映されていた。


そして、毎週土曜日の午後6時30分から、午後7時までの放送枠で、全108話が放映されている。


ちなみに2年間の平均視聴率は20.1%、最高視聴率は28.4%だったというから驚きである。


そう言われてみれば、当時はヤッターマンを知らない子供なんていなかった。


それぐらい、ヤッターマンは子供たちに人気の作品だったのだ。


そしてヤッターマンは人気の作品ということもあって、その後も夕方に何度も再放送をやっていたので、きっと幅広い世代の人が知っているアニメ作品なのではないだろうか・・・・・・。


で、このヤッターマンをリアルタイムで見ていた当時は、全く気にもしていなかったのだが、じつはヤッターマンの登場人物たちは、実に細かい部分に至るまで、設定が練られていた。


主人公のヤッターマン1号、2号については、以前のエピソードで少しご紹介しているので、今回は悪役三人組のドロンボー一味について、ちょっと書いてみたいと思う。


ドロンボー一味といえば、その見た目から、「凸凹トリオ」の印象が強いと思うが、じつは身長や年齢、過去の経歴まで、ちゃんと設定が作られている。


まず、リーダーのドロンジョだが、身長は173センチというから、当時の女性としてはかなりの長身であることが分かる。


作中では部下のボヤッキーやトンズラーと並んでいるシーンが何度も放映されていたが、一人だけ飛び抜けて背が高かったことがこれで納得できる。


そしてドロンジョの年齢は24歳ということになっている。


しかし、これについては、本人がそう言っているだけなのか、主にボヤッキーから「サバ読み疑惑」をかけられている。


で、ドロンジョに関しては、なぜか過去の経歴がいっさい謎に包まれていて、作中で語られることは、ついに一度もなかった・・・・・・。


しかし、「そんなことどうでもいいわ!」というような、たわいもないエピソードについては、どういう訳か、作中でわざわざそのためだけに尺を使って紹介されている。


そのうちの1つが、「ネズミが大の苦手である」ことだ。


第5話で紹介されたエピソードによると、子供の頃にネズミに鼻を噛まれたことがきっかけで、ネズミが嫌いになったのだそうだ。


どうでもいいが、その時に身体が青くなっていたりしたら、危うくドラえもんになっているところである。


ちなみに彼女が常にペルソナを被っているのは、泥棒家業を働いているからであって、ネズミに鼻を齧られて、鼻がなくなってしまったからではない・・・・・・。


また、ドロンジョは、食べ物ではフライドポテトが好物で、コンニャクが大嫌いなのだそうだ。


コンニャクが嫌いになった原因は、「コンニャクを食べて中毒になったことがあるから」というが、コンニャクで中毒になった人なんて、ちょっと聞いたことがない。


ドロンジョはよっぽど特異な体質なのだろうか・・・・・・。


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続いてはドロンボー一味のメカの設計や操縦を担当しているボヤッキーについてだ。


ドロンジョは作中では最後まで本名が明かされることはなかったが、ボヤッキーに関してはなんとフルネームが判明している。


きっと、びっくりされるかたが多いと思うが、彼の本名は「ブツクサ ボヤッキー」という。


まるで駄洒落のような名前だが、一応カタカナ表記ということもあり、ボヤッキーは外国人なのだろうと思っていたかたも少なくないと思う。


ところがボヤッキーは、福島県会津若松市の出身であることが、作中で明かされていて、がっつり日本人だったのである。


また、ボヤッキーは常にオネエ言葉で会話をしていることもあり、そっち系の人なのだろうと思われがちだが、じつは故郷におハナちゃんという恋人がいることが判明している・・・・・・。


ボヤッキーの身長は168センチと公式発表されている。


ところが奇妙なことに、第14話から第26話までは、ボヤッキーはなぜかドロンジョ(173センチ)より背が高かったのだ。


もしかしてボヤッキーには影武者がいたのだろうか。


しかも、不思議なことに、ドロンジョやトンズラーは、そのことに全く気付いている様子がないのだ。


このことはヤッターマンにおける都市伝説といっても過言ではないだろう。


ちなみにボヤッキーの設定で一番の衝撃は、なんといっても彼のその年齢で、なんと彼は25歳だったのである・・・・・・。


最後にご紹介するのは、いうまでもなくトンズラーだ。


ボヤッキー同様、トンズラーもフルネームが判明していて、彼の本名は「スタコラ トンズラー」という。


こちらもボヤッキーと同様に駄洒落のような名前である。


ところでトンズラーといえば、「~まんねん」が口癖で、私はてっきり関西人なのだろうと思っていたのだが、なぜか公式発表の出身地は岩手県ということになっている。


産まれは岩手だが、学生時代を関西で過ごしたとか、そういうことなのだろうか?


また、トンズラーは作中では、ドロンボー一味の中で、最も背が低く描かれている。


それもそのはず、彼の身長はなんと138センチと子供並みである。


しかもそんなに背が低いにもかかわらず、彼の前職はプロレスラーということになっている。


普通に考えたら、身長で入門を断られそうだが、作中でも何度も描かれているその怪力を買われて、入門させてもらえたということだろうか。


トンズラーはドロンボー一味では最年長の30歳だが頭が悪く、ドロンジョやボヤッキーがいなければ、何も出来ないタイプの男である。


前職がプロレスラーというのも、なんとなく納得できる・・・・・・。


(画像上、谷戸ではノコンギクがまだ咲き誇っている。画像下、アキアカネは最も遅くまで見られる赤トンボだ・・・・・・)


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