« プールのにおいと目が赤くなる原因 | トップページ | 「謎フレーズ探偵」ちり紙交換車 »

2023年12月31日 (日)

「昭和の遊具」遊動円木

Photo_20231231092301
▲遊動円木は丸太にまたがって、「かすがい」の部分に捕まり、ブランコのように前後に揺らして遊ぶ遊具だった。その仕組みは丸太の両端を鎖で支柱に固定してあるだけのシンプルな遊具だった・・・・・・。

昭和の頃に見られた遊具の1つに「遊動円木」があった。


「遊動円木」は丸太の両端を鎖で支柱に固定してあるだけのシンプルな遊具だった。


当初は平均台のように、丸太の端から端まで、バランスを取りながら歩いて行くことで、平衡感覚を養うための遊具として考案されたらしい。


しかし、私が子供の頃には、すでにそのような遊び方をしている者は誰もいなくて、丸太にまたがって、ブランコのように揺らしながら遊ぶ遊具になっていた。


このため丸太の上部の数ヶ所には、持ち手として「かすがい」が打ち込まれていて、これに捕まって遊べるようになっていた。


また、私が子供の頃には、シーソーのような形状をした板型のものもあった。


板型のものは、きちんと彩色もされていて、イメージとしては、現在の遊具に近かったと思う・・・・・・。


遊動円木の歴史は古く、明治の頃からすでに存在していたようである。


一般に広く普及したのは、小学校に設置されるようになってからで、遊びを通して身体を鍛えるという目的があったらしい。


そう言われてみれば、私が小学生の頃は、筋力を使わなければ遊べない遊具が、校庭にいくつか設置されていた。


登り棒や雲梯、ジャングルジムなどは、その代表だったと思う・・・・・・。


ところで、当時「遊動円木」に使われていた丸太は、古くなって交換した、木製の電柱が再利用されていることもあったそうだ。


私が学生時代を過ごした昭和50~60年代は、バスが通るような広い道路は、もうコンクリート製の電柱に切り替わっていたが、メインの通りからちょっと奥に入った住宅街の狭い道などでは、まだ木製の電柱がちらほら見られた。


「遊動円木」で遊んでいた当時は、他の遊具と比べて、原始的な遊具だなとは思ってはいたものの、交換した電柱を使っているなんて思ってもみなかった。


それを知っていたら、犬の小便がかかっていそうな根元の方には、決して座らなかったのだが、今となってはもう時すでに遅しである。


このように昭和世代が子供の頃に経験して来たことって、焼却炉のダイオキシンの問題などもそうだが、「もう少し早く言ってよ」ということが山ほどある・・・・・・。


Photo_20231231093001
▲遊動円木にはシーソーのような板型のタイプも見られた。こちらの方が小型軽量に出来ていたので漕ぎ役の負担は軽減された・・・・・・。

冒頭でも書いたが、当初の遊動円木は、丸太の端から端までバランスを取りながら歩いて行くことで、平衡感覚を養うための遊具だった。


しかし、私が子供の頃には、みんなで丸太にまたがって、ブランコのようにゆらゆらと揺らしながら遊ぶ遊具になっていた。


低学年の頃は丸太の上にまたがって、身体を前後に揺することで体重移動をして、丸太をまるで揺りかごのように動かして遊んでいた。


しかし、これが高学年になって来ると、そんな遊び方では満足出来なくなり、いつの間にか丸太の両端に「漕ぎ役」の者が立ち、鎖に捕まって、ブランコの立ち漕ぎの要領で、丸太を動かしていくようになっていった。


丸太はブランコと違って重いので、最初は漕ぎ役の者は、しゃがむような姿勢になるまで下半身を落とし、丸太の端っこにしっかりと足を付けて、思いっ切り蹴り出して行かなければならなかった。


そんな風にして漕いで行くと、丸太は次第に高速で揺れるようになって行き、持ち手代わりに取り付けられている「かすがい」に、しっかり捕まっていないと、いつ振り落とされてもおかしくはなかった・・・・・・。


また、丸太の振り幅が大きくなって来ると、漕ぎ手の方も常に危険と隣り合わせだった。


なぜかというと、最初は丸太のへりを押し込むように漕いでいたのに、振り幅が大きくなって来ると、へりに足が届かなくなって行き、丸太の切り口(年輪)の部分を押すしかなくなって行くのだ。


そしてついに足が届かなくなれば、丸太が自分の方に戻って来るまで、鎖にぶら下がっているしかないのである・・・・・・。


そんな遊び方をしていたものだから、当時は「かすがい」に捕まっていても、振り落とされる者が続出していた。


また、自分が落ちるだけならいいのだが、周りで遊んでいた子供にダイビングボディプレスをしてしまい、巻き込んでしまったということもよくあった。


このように振り落とされる事故が多いということで、遊動円木の周囲をまるで砂場のようにしてある公園もあった。


しかし、そのようにすると、そこを砂場と勘違いした子供が、砂遊びを始めてしまい、丸太が頭に直撃するという事故も起きていたようだ。


そんな事故が多い遊具ということもあって、遊動円木はいつの間にか公園から姿を消していた。


まあ、いま思えばだが、そりゃあなくなるわな・・・・・・。


« プールのにおいと目が赤くなる原因 | トップページ | 「謎フレーズ探偵」ちり紙交換車 »

エッセイ」カテゴリの記事

昭和」カテゴリの記事

遊び」カテゴリの記事

小学校」カテゴリの記事

変わりゆく町並み」カテゴリの記事

昭和の遊具」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« プールのにおいと目が赤くなる原因 | トップページ | 「謎フレーズ探偵」ちり紙交換車 »

2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

にほんブログ村