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2023年12月 7日 (木)

道端で咲くスミレの花

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▲早咲きのノジスミレはまだ霜が降りることもある、2月の終わり頃から春を感じて早くも花が咲き出す・・・・・・。

一般にスミレの花というと、郊外の自然豊かな環境に咲く花というイメージがあると思う。


しかし、じつはスミレは、種類にもよるが、都市部のアスファルトの道端でも普通に観察出来る花である。


では、都市部ではスミレはどこに自生しているのだろう。


これについては、タンポポをイメージしてもらえれば分かりやすいと思う。


「でも、道端でスミレの花なんて見たことないよ」という人もいるかもしれない。


恐らくそれは、まず間違いなく、見落としているだけである。


スミレはタンポポに比べると、花も葉もとても小さい。


せかせかと歩いていたら、きっと気付かずに素通りしてしまっているだろう。


では、スミレはいったいどのような場所に生えているのだろう。


ひとことで言うなら、それは「アスファルトの隙間」といえるだろう。


アスファルトに覆われた都市部の道端では、土の場所なんてほとんどなくて、スミレやタンポポはそのような、土へと通じるほんの僅かな隙間に根を下ろし生育しているのだ。


では、そのような隙間はいったいどこにあるのだろうか。


ズバリ言うならそれはガードレールの下である。


バスが通れるぐらいの道路なら、車道と歩道の間には縁石があって、歩道の方が一段高くなっている。


この縁石と歩道のアスファルトの境目に、ごく僅かな隙間があるのだ。


スミレはこの隙間に沿って、ひっそりと生育しているのだ。


一般にスミレの群落というと、野原や林縁、耕作地の周辺などが、一面スミレ色に染まり、お花畑になっているような光景をイメージすると思う。


しかし、都市の環境に適応して、命を繋いで来たスミレの群落は、アスファルトの隙間に沿って、ただ、ただ、一直線に伸びているのだ。


また、スミレは歩道から一段下がった車道側の縁石沿いでも、花を咲かせていることが多い。


しかし、その場合は、歩道を普通に歩いていただけでは、目に留まることはない。


ガードレールから身を乗り出して、下を覗き込んで、初めてスミレが咲いていることに気付く。


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▲道端で咲くスミレの花。アスファルトの隙間に沿って一直線に群落を作っている・・・・・・。

野草とはいうものの、スミレは踏みつぶされることを嫌う。


幸いにもアスファルトの隙間は、道の端っこにしかないため、歩道側で育つものも、車道側で育つものも、人や車に踏みつぶされる心配はまずない。


そういう意味では、アスファルトの隙間というのは、スミレにとっては意外と安全な場所なのである。


しかし、土を求めて、わざわざアスファルトの隙間に根を下ろすぐらいなら、公園や草地に群落を作った方が、よほど効率的に個体数を増やして行くことが出来るのではないか。


と、そう思われるかたも少なくないかもしれないが、じつは話はそう単純ではないのだ。


公園や草地では様々な種類の草がたくさん生えている。


特に初夏を迎える頃になると、背の高い草がどんどん繁り始め、小さなスミレは他の草に埋もれて、光合成が出来なくなって枯れてしまう。


一方、都市のアスファルトの隙間に生える草は少なく、種類も限られているので、太陽の光を一年中独占できるという利点がある。


一見、過酷な環境に感じるアスファルトの隙間も、じつはスミレにとっては、意外と快適な環境といえるのかもしれない。


ところでスミレの本来の自生地である里山は、あたり一面、土の環境なのに、スミレは他の草に負けることなく、毎年たくさんの花を咲かせている。


これはいったいどうしてなのか?


じつは里山では定期的に草刈りが入り、背の高い草はその都度、刈り取られてしまう。


里山の草刈りは一定の高さで刈り残すのが基本である。


なぜかというと、地面近くまで根こそぎ刈り取ってしまうと、そこで暮らしていた昆虫たちが、食べ物を求めて、田んぼや畑の方へ移動して行き、農作物を食い荒らしてしまうからだ。


このためスミレのような背の低い草は、草刈りにあわないで済むという訳だ。


そしてスミレは、周りの草を刈り取ってもらったおかげで、日当たりもよくなって、花の後には大きな葉を繁らせ、種を飛ばすことが出来るのである。


それにスミレが花を咲かせる春は、まだ他の草も伸び切っていない時期なのも大きい。


昔はそんな環境があちこちにあったのだが、都市開発に伴って、里山はどんどん姿を消して行くことになる。


都市部と里山、一見全く違う環境のように思えるのだが、共通していることがじつはひとつある。


それはどちらも人が作り出して管理している環境であるということだ。


このようにスミレは、いつも人の生活のすぐ近くにいて、人が作り出した環境をうまく利用して、繁殖を繰り返して来たのだ。


そう考えると、道端で咲くスミレの花が、まるで自分の子供のように、とても愛おしく思えて来るのである・・・・・・。


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