« 2024年1月 | トップページ | 2024年3月 »

2024年2月

2024年2月29日 (木)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!③

Photo_20240229165101

さて、ここからは、本題である「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」からはちょっと離れて、単純に「いっせーの」という言葉そのものについて、もう少し深掘りしてみようと思っている。


で、調べてみると、この「いっせーの」という言葉は、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉であることが分かった。


で、ざっくり見て行くと、相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声には、「いっせーの」と「せーの」という2通りの言い方があることも分かった。


そこで多くの人が疑問に思うのは、「じゃあ、なんで2通りの言い方があるのか?」ということだろう・・・・・・。


まず、パッと見て気付くことは、「いっせーの」と「せーの」という言葉は、とてもよく似ているということだ。


いちいち説明するまでもないが、「いっせーの」は「せーの」に、「いっ」を付けただけである。


ということは、「もしかしたら、元をたどれば、この2つは同じ言葉だったんじゃないのか?」と誰もが思うのではないだろうか。


ところがこれがどうもそう単純な話ではなさそうなのである。


「いっせーの」と「せーの」は、一見似ている言葉のように感じるが、じつは全く別の言葉のようなのだ。


別の言い方をするなら、「いっせーの」と「せーの」は、語源が全く別なのである・・・・・・。


まず、「いっせーの」の方だが、これはフランス語の号令の、「イッセー」に由来しているらしい。


明治時代に日本海軍がフランス海軍と合同で訓練をしていたことがあった。


この時にフランス海軍が使っていた、ボートを引き上げる時の号令「イッセー」が、その由来と考えられているのだそう。


そしてこれは、日本語の「一斉」にも関係があるのではないか、という説もあるようだ。


確かに「一斉」をカタカナ表記にすれば「イッセイ」となる。


「イッセイ」と「イッセー」、関係がないと考える方がむしろ不自然だ・・・・・・。


では、「せーの」の方はどうだろう。


先ほども書いたが、パッと見た印象では、「せーの」は「いっせーの」から「いっ」を省略しただけのように見える。


しかし、「いっせーの」の語源を知ってしまうと、「いっ」はどう考えても、省略してはいけないということが分かる・・・・・・。


Photo_20240229165102

で、答えを先に書いてしまうと、「せーの」の語源は、じつは「賽の神(さいのかみ)」から来ているそうなのだ。


では、「賽の神」とはいったいなんだろう?


今となっては聞きなれない言葉かもしれないが、「賽の神」とは道祖神のことを指す。


道祖神とは疫病や災厄などが村に入って来ないように、道の辻などに祀られている石仏(神様)のことである。


また、道祖神は、1月14日に各地で行われる、「どんど焼き」にも深い関りのある神様でもある。


そして、この道祖神のことを、「賽の神」と呼ぶ地域があるのだ。


そしてこれは、べつに地方の呼び名という訳ではないらしく、東京でもかつては道祖神のことを、「賽の神」と呼んでいた地域があったのだそうだ。


そして年配の人の中には、この「賽の神」が訛って、「せえのかみ」と発音する人もいたのだという・・・・・・。


で、問題はなぜ、「賽の神」が「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」になったのかだ。


例えば重たい物を持ち上げる時などに、「賽の神」の力を借りることが出来たら、きっと重たい物を楽に動かすことが出来るだろう。


「そんなことに神頼み?」と思われるかもしれないが、「賽の神」は私たちにとって、一番身近なところにいる神様ということで、昔の人は親しみを込めて、「きっと、力を貸してくれるだろう」と考えたのだろう。


そんなこともあって、当初は「せーの」ではなく、「さいのかみ来い」と掛け声をかけていたのではないかと考えられている。


それが「せえのかみ来い」と訛り、「せーの来い」と短縮され、最終的に「せーの」になっていったという流れだ。


このように、「いっせーの」と「せーの」は、同じ意味合いの言葉であるにも関わらず、その語源は全く別のところにあったのである・・・・・・。


ところでこの、いっせーの」と「せーの」という掛け声は、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉なのだが、九州地方だけはなぜかちょっと特殊なのだ。


という訳で、次回はその辺のことについて、ちょっと書いてみようと思っている・・・・・・。


(画像上、早咲きの桜として知られる河津桜が見頃になった・・・・・・。画像下、石の割れ目から、ヒガシニホントカゲが出て来て日光浴・・・・・・)

2024年2月23日 (金)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!②

Photo_20240223165601

私が小学生の頃、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」がプチブレイクしていたことがあった。


このゲームでは、「いっせーの1!」といった具合に、掛け声をかけながら、数字をコールしていたのだが、全国的に見ると、じつに様々な掛け声があったようなのだ。


で、この辺のことに関しては、前回詳しく書かせてもらっているので、そちらを参考にして欲しい・・・・・・。


で、今回は最もオーソドックスと思われる、「いっせーの」という掛け声に焦点を絞って、調査を進めて行こうと思っている。


じつはこの最もオーソドックスと思われていた、「いっせーの」という掛け声なのだが、細かく調べてみると、「いっせーの」という言葉にも、地域性があることが分かった。


私の出身は神奈川県の横浜市だが、小学生の頃、この遊びの掛け声は、「いっせーの1!」だった。


で、調べてみると、この掛け声は、やはり関東地方で勢力が強い掛け声だったようだ・・・・・・。


ところが意外だったのは、同じ関東でも、「いっせーの」ではなくて、「いっせーのーせ」という掛け声を採用している地域もあったようなのだ。


これについては、私は小、中、高を通してみても、一度も聞いたことがなかったので、たいへん驚いている。


と、そうは言っても、「せ」がたった1文字増えただけなのだが、実際に「いっせーのーせ」の掛け声で、この指遊びをやってみると、なれていないせいか、どこで数字をコールしたらいいのか、ちょっとタイミングが分からなくなってしまう・・・・・・。


ちなみに誤解のないように書いておくと、私が子供の頃は、「いっせーのーせー」という掛け声は、指遊びには使われていなかったが、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」としては日常的に使っていた。


だから「いっせーのーせ」という言葉自体は、関東では方言や地域性のある言葉という訳ではなくて、標準語と言っていいと思う・・・・・・。


ところでこの「いっせーのーせ」という掛け声だが、関西地方へ行くと、「いっせーのーで」という掛け声に変わる。


そしてこれは、指遊びの掛け声のみならず、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」としても、日常的に使われているそうなのだ。


たった1文字、「せ」が「で」に変わっただけなのだが、関東ではそのような言い方はしないので、横浜市出身の私としては、もはや違和感しかない・・・・・・。


Photo_20240223165701

また、関東地方では、相手とタイミングを合わせる時に、「せーの」という言い方もするが、これも関西地方では、「せーのーで」になるのだそうだ。


どうやら関西では、語尾に「で」が付くらしい。


関東人としては、なんだかタイミングをずらされたような感じで、思わず、ずっこけそうになってしまう・・・・・・。


で、指遊びの掛け声だが、他の地域ではどうなのか見て行くと、「いっせーの」という言葉の原形を留めているものに関しては、あとは中部地方の「いっせっせーの」が見られるぐらいだった。


そしてこの「いっせーの」、「いっせーのーせ」、「いっせーのーで」、「いっせっせーの」に共通して言えることは、再三書いているように、「指遊びの掛け声」であると同時に、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」でもあるという点だ。


これについては、前回ご紹介した、「う~~」や「バリチッチ」、「せっさん」などにはない特徴といえる。


そして全国的に見て、この指遊びの最もメジャーな掛け声といえるのが、この「いっせーの系」なのである・・・・・・。


そんな訳でここからは、本題である指の数を当てるゲームからはちょっと離れて、単純に「いっせーの」という言葉について、もう少し深堀してみようと思っている。


「そもそもの話、いっせーのとはなんなのか?」ということである。


じつはこの「いっせーの」という言葉は、調べてみると、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉であることが分かった。


で、ざっくり見て行くと、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」には、「いっせーの」と「せーの」という2通りの言い方があることが分かった。


そこで多くの人が疑問に思うのは、「じゃあ、なんで2通りの言い方があるのか?」ということだろう。


そんな訳で次回は、まずそのあたりから、紐解いて行こうと思っている・・・・・・。


(画像上、里山では早春に咲く花、マンサクが咲き始めた・・・・・・。画像下、猿の顔に例えられるセンダンの冬芽葉痕・・・・・・)


2024年2月17日 (土)

「謎フレーズ探偵」いっせーの 1!①

Photo_20240217174901
▲「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」は、地域によって様々な名前で呼ばれていた・・・・・・。


私が小学生の頃、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」がプチブレイクしていたことがあった。


どんなゲームだったのかというと、まずジャンケンをして、先攻、後攻を決める。


そして握りこぶしをくっつけた状態で、両方の親指を前に伸ばす。


次に先攻の者が、「いっせーの2!」などと、数字をコールするのと同時に、「親指を片方上げる」、「親指を両方上げる」、「両方の親指を下げたまま」のいずれかのポーズをする。


この親指のポーズは後攻の者もコールに合わせていっしょに行う。


そして上がっている親指の数と、コールした数字が同じだった場合には片方の手を引く。


例えば「いっせーの3!」で自分の親指が1本で、相手が2本だった場合、コールした数が当たっていたことになるので、片方の手を引くことになる。


そして最終的に数が当たって、両方の手を引いた者が勝ちになる。


どうだろうか、なんとなく思い出してもらえただろうか・・・・・・。


ところでこのゲーム、私が小学生の頃には、特に名前はなかったと思うのだが、ある時期から「指スマ」という呼び方で知られるようになって、それを知った時には「なんで?」と疑問に思ったものだ。


「指」は分かるものの、「スマ」とはいったいなんのことなのか。


そう思って調べてみると、どうもそのきっかけは、1998(平成10)年に放映された、「SMAP×SMAP」というテレビ番組だったようで、これを略しての「スマ」だったらしい。


しかし、今となっては、その事情を知らない人も増えて来て、名前の由来を知らずに、そう呼んでいる人もいるようだ。


そう考えると、「それって、ゲームの名前にするのはどうなの?」という気がしないでもない・・・・・・。


Photo_20240217175401
▲両方の親指を立てない状態は「0」で、私が小学生の頃は、「いっせーの 0!」とコールしていた・・・・・・。

ところでこのゲーム、冒頭でも書いたように、私が小学生の頃には、「いっせーの1!」と掛け声をかけていた。


ところがこの掛け声、地域によってずいぶんと違うようなのだ。


ちなみに私の出身は横浜市だが、小学生の頃は「いっせーの1!」一辺倒だったが、中学生になるとこれに加えて、「う~~1!」と掛け声をかける者も現れた。


「いっせーの1!」は単調なリズムで、淡々とゲームが進んで行くが、「う~~1!」の方は、「う~~」の長さをその都度変えることで、相手との駆け引きが生まれていた。


例えば「う~~~~1っ!」と、通常の倍ぐらい「う~」の掛け声を伸ばして、相手をイラつかせたり、逆に「う~1っ!」と掛け声を短く切ることで、相手に考える暇を与えず、両親指を下げたままの「ゼロ」で出させたりしていたものだ・・・・・・。


そんな訳で横浜では(というか、私の通っていた学校では)、「いっせーの1!」と「う~~1!」の2パターンだったのだが、全国的に見ると、じつに様々な掛け声があったようだ。


例えば三重県周辺の「バリチッチ」をはじめ、「ちっちーの」や「ちっち」など、「ちっち系」はよく知られている。


これらは言葉が似ていることもあって、元は同じ掛け声だったんじゃないかと推理することも出来る。


また、山口県周辺の「チーバリ」は、もしかしたら三重県の「バリチッチ」を逆から読んだものではないだろうか。


「ザギンでシースー(銀座で寿司)」的なことなのかもしれない・・・・・・。


また、少数派だが面白いところでは、秋田県の「たこたこ」、千葉県の「チュンチュン」、愛知県の「ビーム」、京都府や福井県の「ルンルン」などがある。


特筆すべきは山梨県の「せっさん」で、これについては、どうイントネーションを変えてみても、とてもゲームの掛け声とは思えない。


で、「せっさん」とはいったいどこ由来の言葉なのかと思い調べてみると、どうも漢字で書くと、「積算」か「説算」のいずれかであるらしい。


言葉の意味としては、指の合計を出すから「積算」、また合計の数を述べるから「説算」という考え方である。


さらに曲げた指を数えることから、「折算」という説もあるようだ。


早い話がどれが本当の由来なのかは、よく分かっていないということだろう。


ただ、1つ言えることは、昔から山梨県は、日本古来の数学である「和算」がとても盛んな地域として知られている。


そんな背景もあって、「数学にちなんだ掛け声が採用されたのではないか」と考える人も少なからずいるようだ・・・・・・。


ところで、この指遊びの掛け声で、私が一番驚いたのは、以前テレビ番組で、NiziUのMAKO(マコ)さんが、学生の頃にどんな掛け声で、この指遊びを遊んでいたかを聞かれて、何の迷いもなく、「ギンギラギンの1!」と答えていたことである。


他のメンバーはもちろんだが、その時スタジオにいた全員が、「え~~~!」という顔をしていたのが私は未だに忘れられない。


それにしても、「ギンギラギンの」って、いったいどこから出て来た言葉なのだろう。


全くもって謎としかいいようがない。


ちなみにMAKO(マコ)さんは福岡県の出身だが、県内全域が「ギンギラギンの」という訳ではないのでお間違いなく・・・・・・。


2024年2月11日 (日)

「昭和の遊具」箱型ブランコ

Photo_20240211165201
▲「箱形ブランコ」は向かい合わせになった2つのベンチと、それを繋いでいる床板を、金属の支柱で上から吊り下げている遊具だった・・・・・・。

「箱型ブランコ」という遊具をご存知だろうか。


私が子供の頃は、どこの公園にも当たり前のように設置されているポピュラーな遊具だったが、どういう訳か最近は全く見なくなってしまった。


「箱型ブランコ」は「ゆりかごブランコ」とも呼ばれていて、向かい合わせになった2つのベンチと、それを繋いでいる床板を、金属の支柱で上から吊り下げている、ゴンドラ型のブランコだった。


普通のブランコは、腰かけるための板を、鎖で上から吊っているが、これをゴンドラに置き換えたものと思ってもらえばいいと思う。


「箱型ブランコ」は、もともとブランコを自力で漕いで遊べない、小さな子供用に作られた遊具で、外側から大人にゆっくりと揺らしてもらうことを想定していた。


別名の「ゆりかごブランコ」は、その様子を表現した名称と言えるだろう・・・・・・。


「箱型ブランコ」のベンチの大きさは、私が知っているものは、2人掛けのベンチが向かい合わせになっていて定員は4人だった。


しかし、身体の小さな幼い子供なら、片側に3人は腰掛けることが出来たので、合計6人はいっしょに座ることが出来たと思う・・・・・・。


「箱型ブランコ」には、ベンチと床板がむき出しになっているタイプのものと、ハムスターの回し車のような形状の筒状のカバーで、ベンチと床板をぐるりと囲っているものがあった。


私が子供の頃によく遊んでいたのは、ベンチと床板がむき出しになっているタイプのもので、筒状のカバーで囲っているタイプのものは、知ってはいたものの、乗って遊んだことは一度もなかった・・・・・・。


先ほども書いた通り、もともと「箱型ブランコ」は、ブランコを自力で漕いで遊べない小さな子供用に作られた遊具で、外側から大人にゆっくりと揺らしてもらうことを想定していた。


しかし、実際には小学生や中学生も乗って遊んでいたし、高校生や大人が乗っているのも見たことがあった。


小さな子供が乗って遊んでいる時は、当初の想定の通り、大人がゴンドラをゆらゆらと揺らして子供を遊ばせていた・・・・・・。


Photo_20240211165601
▲「箱形ブランコ」はハムスターの回し車のような形状のカバーで、周りをすっぽりと囲っているタイプののものもあって、見た目は遊園地にあるゴンドラのようだった・・・・・・。

しかし、小学生ぐらいになって来るとその遊び方は一変し、床板の上で足を踏ん張って、自力でゴンドラを漕ぐことが出来るようになって行った。


どのようにしてゴンドラを漕いでいたのかというと、手すりに掴って床板の上に立ち上がり、向かい合わせになった2人が、タイミングを合わせて、左右交互に重心移動をすることで、少しずつゴンドラを揺らして行くことが出来た・・・・・・。


そして小学校高学年ぐらいになると、その遊び方はさらに進化して行くことになる。


ベンチにはそれぞれ2人ずつ子供が座るのだが、この4名はただ座っているだけで何もしない。


じつは漕ぎ役の者は別にいて、ベンチの背もたれの部分に1人ずつ立って、ゴンドラを漕いで行くのだ。


漕ぎ方としては、手すりにしっかりと掴って、足の裏でベンチの背もたれを前方へ押すようにして交互に漕いで行く。


このようにして漕いで行くと、じょじょに揺れ幅が大きくなって行き、それに伴って揺れる速度も次第に速くなって行く。


そして通常の遊び方では、絶対に到達しない角度にまでゴンドラが持ち上がり、座っている方も手すりにしっかりと掴っていないと、向かい側に座っている友達の方へ落下してしまいそうになっていた。


この頃になると、ゴンドラは超高速で揺れており、落下しそうになるのを必死に踏ん張って堪えていると、もう次の瞬間には先ほどとは逆の背もたれの方向へものすごいGがかかり、身体がベンチに押し付けられているという、訳の分からない状態になっていた。


中には半狂乱状態になって、泣き叫んでいる者までいた・・・・・・。


ゴンドラの高度や速度も恐ろしかったが、それ以上に「箱型ブランコ」と金属の支柱を繋いでいるジョイントが、ゴンドラが行き来するたびに、「バキッ、バキッ!」と音を立てていたことも恐ろしかった。


ジョイントが壊れてゴンドラごと空中に放り出されるのではないかと誰もが思っていたものだ。


「そんな思いまでして、どうして乗るんだよ」と思われるかもしれないが、その恐怖がクセになってしまう者は決して少なくなかったのだ・・・・・・。


で、問題なのは、漕ぎ手の2人に、「漕いであげるから乗りなよ」と声を掛けられて乗ってしまった者たちだ。


多くの場合、それは自力で「箱型ブランコ」を漕ぐことが出来ない、同級生の女子だったり、低学年の子供たちだった。


そして、「漕いであげるから乗りなよ」が悪魔のささやきであることを、この時の彼らはまだ知る由もなかった。


「箱型ブランコ」の揺れ幅が小さい最初のうちは、みんな楽しくてはしゃいでいるのだが、次第に揺れ幅が大きくなって来ると、「あれ?箱型ブランコって、こんなに激しく揺れるんだっけ?」と誰もがふと疑問に感じ始める。


そして、ゴンドラの振り子運動が最高潮に達した頃には、いったい何語なんだかよく分からない言葉を発しながら、狂ったように泣き叫んでいる者と、まるで幽霊でも見てしまったかのように、両目をカッと見開いたまま、顔面蒼白状態で固まっている者にきれいに分かれていた。


そして無事に地上に生還出来た者たちは、しばしの放心状態の後、「生きているということは、当たり前のことではなく、奇跡に近いことなんだ」と、小学生にして早くも悟りを開くことになるのであった・・・・・・。



2024年2月 5日 (月)

プールの腰洗い槽

Photo_20240205165301

私が学生の頃、学校で水泳の授業がある時は、まず冷水のシャワーを浴びて、その後に「腰洗い槽」に浸かってから、プールに入るよう指導されていた。


ちなみに「腰洗い槽」とは、入り口と出口にそれぞれ階段が付いていて、中央がまるで浴槽を地面に埋めてあるように窪んでいる設備だった。


そして「腰洗い槽」の中には、塩素消毒剤入りの水が張られていて、ここに浸かることで、身体の殺菌が行われるとのことだった・・・・・・。


生徒たちはまず、入り口から階段で下りて行き、「腰洗い槽」に浸かるのだが、この時に両手を頭の上に乗せておくように指導されていた。


なぜかというと、「腰洗い槽」の塩素濃度は、プールの塩素濃度よりも高く設定されていたからだ。


このため、「腰洗い槽」の水に浸かった手で、自分の目を触ってしまうと、濃度の高い塩素が目に入ってしまう危険性があったのだ。


ちなみにプールの塩素濃度は0.4ppm~1.0ppm。


それに対して「腰洗い槽」の塩素濃度は50ppm~100ppmに設定されていた。


両手を頭の上に乗せておく理由については、先生から事前に説明されていたと思うのだが、小学生の頃は「腰洗い槽」に浸かる時は、まるでみんなで風呂に入っているような気分でテンションが高く、誰もが「キャー、キャー!」とはしゃいでいたので、そんな話は誰も聞いていなかったと思う・・・・・・。


で、両手を頭の上に乗せて、「腰洗い槽」に浸かってからは、その場で10秒間立ち止まっていなくてはならなかった。


そしてその間は、「い~ち、に~い、さ~ん、し~い、ご~お、ろ~く・・・」とみんなでカウントしていた記憶がある。


そしてその様子はまるで、本当に家で風呂に浸かっている時のようだった。


「どうせなら、ちょうどいい湯加減にしてくれればいいのに」と思っていたのは、きっと私だけではあるまい。


で、この「腰洗い槽」に入る目的なのだが、確か「腰から下を殺菌するため」と説明されていたように思う。


当時はプールに入るための流れ作業ぐらいにしか思っていなかったが、いま考えると、なんだか「風呂に入っていない人」みたいで失礼な話である・・・・・・。


Photo_20240205165302

そんな「腰洗い槽」なのだが、最近は初めから設置されていないプールも増えているそうで、過去に「腰洗い槽」を使用していたプールでも、現在はもう使っていない所も少なくないそうだ。


で、その理由については、いくつかあるようだが、「腰洗い槽」が有効かどうかを確認するために行った実験では、大腸菌を付着させた水着を、「腰洗い槽」に5分間浸した場合と、水道の水で30秒間洗い流した場合で比較したところ、除菌率はほとんど変わっていなかったそうなのだ。


つまり10秒間、「腰洗い槽」に浸かったぐらいでは、なんの意味もなかったということになる。


ただ単に高濃度の塩素に浸からされ、目を危険にさらしていただけだったのである。


いまとなっては、もうどうでもいい話だが、なぜ「腰洗い槽」を設置する前に、その実験をやらなかったのだろう。


そんな話を聞かされるたびに、「われわれ昭和世代って、いろいろな場面で、何かと実験台にされて来たよなぁ」とつくづく思う・・・・・・。


プールの濾過、浄化設備の性能が向上したこともあり、現在では「腰洗い槽」の使用は、各学校の判断に任されているようだ。


そんな訳で、「腰洗い槽」を使っていない学校では、「腰洗い槽」はプールの脇にある謎の窪みと化しているのである。


撤去出来るような設備ではないので、仕方ないといえば仕方ないのだが、そのうち「腰洗い槽」にまつわる都市伝説が生まれそうな気がしてならない・・・・・・。


使われなくなった設備といえば、プールの授業の後に、目を洗うために設置されていた専用の蛇口も今はもうないそうだ。


こちらは「腰洗い槽」と違って、簡単に取り外せるので、今はもう撤去されてしまっている施設が多いようだ。


見たことのない人のために簡単に説明すると、上向きにU字状になっている蛇口があって、U字の先端の2ヵ所から、「ピューーーッ!」と水が出るようになっていた。


これがちょうど両目の幅と同じになっていて、洗眼用として利用されていたのだ。


昔は眼病予防のために、プールの後には必ず目を洗うよう指導されていたので、どこのプールにも必ず設置されている設備だった。


ところがその後の研究で、プールの後の洗顔は、目の表面にある粘膜を保護しているムチンを減らし、角膜の上皮バリア機能を破壊してしまう恐れがあることが分かったのだという。


また、当時は洗眼用の蛇口からは、けっこうな勢いで水が「ビュー、ビュー」出ていたのだが、この水圧もムチンがはがれやすくなる原因になるのだそうだ。


当時はプールの後はしっかりと目を洗うように言われていたので、その水圧を感じながら、ガンガン目を洗っていたものだ。


これでは眼病予防どころか、自ら率先して目を傷めつけていたことになるだろう。


「腰洗い槽」のところでも書いたように、「われわれ昭和世代って、いろいろな場面で、何かと実験台にされて来たよなぁ・・・」とつくづく思う、今日この頃である・・・・・・。


(画像上、毎年、2月に入ると咲き出すマンサクの花・・・・・・。画像下、落ち葉の下からフキノトウが顔を出した・・・・・・)


« 2024年1月 | トップページ | 2024年3月 »

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

にほんブログ村