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2024年7月16日 (火)

「謎フレーズ探偵」あした天気にな~れ

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子供の頃に、「あ~した、てんきに、な~あ~れっ ♪」という歌をうたいながら、靴の片方を遠くへ飛ばして、地面に落ちた靴の向きで、明日の天気を占ったことがあると思う。


そして靴を飛ばした後は、靴の着地点まで、靴の向きを確認しに行かなければならないのだが、靴を片方履いていないため、焦る気持ちをグッと堪えて、ケンケンをしながら、必死に移動をしていたのを、なんとなく覚えている・・・・・・。


で、占いの結果は、飛ばした靴が上向きになっていれば晴れ。


横向きだったら曇り。


逆さまだったら雨といわれていた。


しかし、天気占いをする時というのは、翌日が遠足やお祭り、子供会の花火大会など、子供が楽しみにしている行事であることが多く、占いの結果に納得がいかないと、「晴れ」になるまで、何度も占いを繰り返したりしていたものである。


ファミコンでゲームオーバーになるたびに、リセットボタンを押してしまう心理と全くいっしょである。


しかし、いま思えば、占いでこれをやってしまっては何の意味もないと思うのだが・・・・・・。


ところで、この天気占いをする時には、「あ~した、てんきに、な~あ~れっ ♪」と、歌をうたいながら、靴を飛ばしていたと思うのだが、このフレーズ、地域によっていくつかのバリエーションがあったようなのだ。


と、そうは言っても、最も一般的なのは、冒頭から書いている、「あ~した、てんきに、な~あ~れっ ♪」で、これは全国的に広まっている、最も一般的なフレーズのようだ。


で、これ以外には、以下のようなものが知られているようだ。


(歌詞A)

雨か天気か、雪、霜か


(歌詞B)

明日の天気はどうじゃ、雨か日和か、もう一度


(歌詞C)

明日、雨か日和か、天行て問うて来い


(歌詞D)

雨か日和か提灯か


(歌詞E)

あした天気にしておくれ


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で、これらのフレーズをパッと見て、何か気付くことはないだろうか。


どういう訳か、どのフレーズも、歌詞の初めに出て来る天気は、なぜか「雨」なのである。


どうしてこうも、そろいもそろって、ネガティブな歌詞なのだろう。


そしてこれはいったい、何を意味しているのだろうか・・・・・・。


もしかして、昔はこの天気占いは、明日の天気予報があまりよくない時に行うものだったのではないだろうか。


これらのフレーズを見ていると、私には「天気予報では明日は雨と言っていますが、本当に明日は雨になるんでしょうか、神様?」と、天に問いかけているような気がしてならないのだ・・・・・・。


そして極めつけは、歌詞Eの「あした天気にしておくれ」である。


これはもはや「問いかけ」ではなく、「お願い」である。


そしてこれは、冒頭の「あ~した、てんきに、な~あ~れっ ♪」も同様と言っていいだろう。


そしてこれについては、どうもちゃんとした理由があったようなのだ・・・・・・。


大正時代から昭和の初期頃までは、日本では下駄が最も一般的な庶民の履物であり、この占いも「下駄占い」と呼ばれていた。


ところが下駄は平安時代の中頃まで時代を遡ると、庶民はもちろん、貴族にとっても縁の薄い、「聖なる履物」であったらしい。


どういうことかというと、そもそも下駄という履物は、「占いの道具」として使われていたようなのだ。


具体的にどのようにして、占いに用いていたのかは定かではないが、雨乞いや日乞いの神事に使われていたといわれている。


ちなみに「雨乞い」とは日照りが続いて、水が枯れた時に雨を願って行う神事。


もう一方の「日乞い」とは長雨が続いた時に、晴れを願って行う神事のことをいう・・・・・・。


また、そもそも下駄という履物は、雨の日にぬかるみにはまらないように履くものだった。


平安時代には高下駄という歯の高い下駄を履いていたそうで、この高下駄のことを足駄(あしだ)と呼んでいた。


この足駄を「明日」にかけて、明日の天気を占うようになったともいわれているそうだ・・・・・・。


一方、子供の遊びとしての下駄占いについてだが、明日の天気が晴れなら、下駄の向きは表、雨なら裏が出るといわれていた。


じつはこれについては、その理由もちゃんと考察されていて、「低気圧の接近で大気中の水分が増えると、下駄の鼻緒が湿って重くなり、裏面が出やすくなるのではないのか?」というのだ。


しかし、下駄はその構造上、どうしても裏面が出やすく、この理論に基づいて占いに使用するのであれば、スニーカーなどの平らな靴の方が適しているといえるだろう・・・・・・。


また、子供の遊びとしての「下駄占い」に関してだが、まず飛ばした下駄の距離を競う、「下駄飛ばし」という遊びがあって、そこに後付けで天気占いの要素が融合したと考えるのが妥当のようだ。


そして飛ばした履物が下駄から靴に変わっても、この仕組みはそのまま引き継がれ、「靴飛ばし」という名前に変更になり、現在に至っているのである。


だからたとえ「天気占い」で雨が出たとしても、「今のは距離が出ていたから、晴れに繰り上げだな」などという、謎ルールがあったりして、結局は自分の都合のいい天気に決定していたように思う。


そういう意味では、当時の子供は「神」だったのかもしれない・・・・・・。


(画像上、オニユリが咲き始めると、本格的な夏はもうすぐそこまでやって来ている・・・・・・。画像下、木の根元から樹液がしみ出しているらしく、アカボシゴマダラを始め、昆虫たちが集まって来ていた・・・・・・)


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