« 「スターヘリコプター」と「ぴょんぴょんカエル」 | トップページ | 牛乳に相談だ。「シンクロ篇」「チョーク篇」 »

2025年1月 2日 (木)

近所にあった「ほかほか弁当」

Photo_20250102170401
▲昭和の頃、商店街の外れにあった「ほかほか弁当」は、このようなチェーン店ではなかったと思うのだが、残念ながらいまとなっては確かめようもない・・・・・・。

私が中学生の頃、近所の商店街の外れに、「ほかほか弁当」という弁当屋がオープンした。


当時はコンビニ弁当が、まだあまり美味しくなかった時代だったので、近所に弁当専門店が出来ることは、みんな大歓迎だった。


「ほかほか弁当」はとてもシンプルな店構えで、店内に客が入るスペースは一切なくて、窓口で注文を受けて、その同じ窓口から出来上がった弁当を受け取る、「窓口販売」のシステムだった・・・・・・。


で、この「ほかほか弁当」なのだが、私は初めて弁当を買いに行った時の衝撃がいまでも忘れられない。


何がそんなに衝撃だったのかというと、簡単に言えば、弁当の量が信じられないくらい多かったことだ。


当時は現在のように、エコバッグ持参ではなかったので、弁当屋でも大きめのレジ袋に、出来上がった弁当をすっぽり入れて、手渡してくれていた。


このため、手渡された時点では、中の弁当がどんな状態なのかは、よく分からなかったのだが、家に持ち帰って、袋から弁当を取り出してみてビックリ仰天。


なんと弁当のフタが思いっ切り浮いているのだ。


それも5㎝以上もである。


で、浮いている弁当のフタは、2本の輪ゴムでしっかり止めてあるのだが、きっと、この輪ゴムがなかったら、中身が飛び出して袋の中に散らばり、大変なことになっていただろう・・・・・・。


で、問題は「なんで弁当のフタが浮いているのか?」である。


これについては、輪ゴムを外してフタを開けてみれば一目瞭然だった。


この時、私が買ったのは、「唐揚げ弁当」だったのだが、弁当ではちょっと見たこともない量の唐揚げが、山盛りに入っていたのである。


確かかなり大きなサイズの唐揚げが10個は入っていたように思う。


「入っていた」というより、「無理矢理入れてあった」という表現の方が正しいかもしれない


たくさん入っていること自体は喜ばしいことなのだが、「何もそんなに無理に詰め込まなくてもいいんじゃないか・・・」と思えるほどの量だった・・・・・・。


Photo_20250102170901
▲現在のお弁当はこのような横型の容器が主流になっているが、昭和の当時は縦型が主流で、おかずの入るスペースと、ご飯の入るスペースが均等に仕切られていた。また、容器は白く中身が見えない仕様になっていた・・・・・・。

ところで最近のコンビニ弁当の容器は、ご飯の入るスペースより、おかずの入るスペースの方が広く取られていて、ご飯好きの私としては、「なんで?」と疑問に感じてしまうのだが、「ほかほか弁当」の容器は、おかずの入るスペースとご飯の入るスペースが、きれいに均等に分かれていた。


そして先ほどは唐揚げの量に驚かされたのだが、じつは「ほかほか弁当」の弁当は、ご飯の量も半端がなかった。


一目見て分かるほどの山盛りのご飯が、ギュウギュウに詰められていたのだ。


「てんこ盛り」という言葉は、正にこの弁当のためにあるのではないかと思えるほどである・・・・・・。


その量たるや、ご飯茶碗3杯分以上は優にあるのではないかと思えるほどだった。


それは一般的な弁当屋で、50円増しでオーダー出来る、「大盛り」を遙かに凌ぐ量といえるだろう。


じつは弁当を持って帰るときに、「弁当しか持っていないのに馬鹿に重たいな」と思ってはいたのだ・・・・・・。


で、こんなに爆盛りの弁当だと、値段もさぞかしお高いのだろうと思われるかたも少なくないかもしれない。


しかし、私の記憶が間違っていなければ、これでたったの500円だった。


このように近所の「ほかほか弁当」の弁当は、おかずもご飯も超大盛りだったので、初めて見たときは、家族そろって、目ん玉を丸くして、ただただ顔を見合わせていたのだった・・・・・・。


そんな弁当だったので、ガテン系の仕事の人たちには特に人気で、平日の昼時には、作業服姿の人で行列が出来ていたそうである。


ところで近所の商店街の外れにあった「ほかほか弁当」だが、いま思うと、とてもチェーン店には見えなかった。


弁当を作っている人は3人いたが、全員制服は着ていなくて、白い割烹着を羽織った、近所のおばちゃんのような格好だった。


また、店名の書かれた看板も、ロゴマーク的なものはなくて、ただ、「ほかほか弁当」と黒いシンプルな文字で書かれているだけだった。


そんな「ほかほか弁当」だったのだが、私の知らないうちに、いつの間にか閉店してしまっていた。


「あんなに繁盛していたのになんでだろう?」と、近所の人たちは顔を見合わせていたのだが、私はおばちゃんたちが調子に乗って、おかずとご飯を盛り過ぎて赤字が続き、ついに潰れてしまったのではないかと、密かに思っていたのだった・・・・・・。


« 「スターヘリコプター」と「ぴょんぴょんカエル」 | トップページ | 牛乳に相談だ。「シンクロ篇」「チョーク篇」 »

エッセイ」カテゴリの記事

昭和」カテゴリの記事

商店街」カテゴリの記事

変わりゆく町並み」カテゴリの記事

たわいもない話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「スターヘリコプター」と「ぴょんぴょんカエル」 | トップページ | 牛乳に相談だ。「シンクロ篇」「チョーク篇」 »

2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

にほんブログ村