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2025年2月

2025年2月26日 (水)

3秒クッキング「エビフライ」

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10年ほど前、携帯電話のドコモが、非常にバカバカしいCMを制作して、公開していたのをご存知だろうか。


ちなみにそれは、ネットで公開されたCMで、ドコモの高速通信サービスの、「フルLTE」をアピールするためのものだった・・・・・・。


CMではまず、「3秒クッキング」というタイトルが画面に表示され、「3秒クッキング!」というナレーションと、某局がお昼の時間帯に放送している「3分クッキング」の音楽が流れ始める。


なんだかまるで、本当に料理番組が始まりそうなシチュエーションである。


「もしかしてパクリ?」と思っていたところ、CM冒頭のシーンで早速その予感が的中し、どう見ても料理番組のセットであることが判明する・・・・・・。


ちなみにテロップで先生と思われる女性が「十二村ふじ子」、アシスタントと思われる女性が「片岡明日香」と紹介される。


CMなので進行が早く、いきなりアシスタントの片岡さんが、「今日はエビフライです」とひと言。


続けて、「3秒で出来る作り方を紹介します」とふじ子先生・・・・・・。


そして本物の料理番組のように、テーブルに並んでいる食材を指し示し、「材料はエビ6尾・・・」と紹介して行こうとするのだが、ふじ子先生は「では、移動します」とさっさと行ってしまう。


「え?」と戸惑いながら、慌ててそれを追う片岡さん。


どうでもいいが、リハーサルはしていなかったのだろうか・・・・・・。


そしていきなりふじ子先生が、「これを着けて下さい」と、真っ黒いゴーグルを手渡し、自らもそれを着用する。


2人の背後には、「空気ガス」と書かれた灰色のガスボンベが4本並んでいて、そこから怪しげなチューブが長~く伸びている。


「たまごはあらかじめ溶いて入れます」と蓋付きの寸胴な形をしたステンレス容器に、溶いたたまごを流し込んで行くふじ子先生。


続けて、透明な逆二等辺三角形をした容器が4つあり、それぞれに白い粉が入っている。


それを指し示しながら、「小麦粉は入れすぎに注意して下さい」とふじ子先生。


続けて、透明なバズーカ砲のような機器を指し示し、「エビは丁寧にレーンに入れます」とふじ子先生。


そして、「あとはボタンを・・・」と言いながら、クイズ番組に出て来る「回答ボタン」のような赤いボタンを、何のためらいもなく、「バン!」と叩くふじ子先生・・・・・・。


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すると、「パン!パン!ブシュ~!」とものすごい破裂音がして、白い煙や炎がスタジオ内に舞い上がる。


「キャ~ッ!」と悲鳴を上げながら、ふじ子先生にしがみつくアシスタントの片岡さん。


じつはこの数秒の間にエビフライはもう完成している・・・・・・。


そしてここからは、いったい何が起きたのか分かるようにスロー再生が始まる。


まず、2本のレーンから、ものすごい勢いで発射されて行くエビ。


スローで見ると1本のレーンに3尾ずつエビが装填されていることが分かる。


続いてはまるで火山の噴火のごとく吹き上がる小麦粉のスローと、その中を高速で一直線に飛んで行くエビ6尾。


続けて上から噴射される卵液のスローと、その中をあっという間に通過していくエビ6尾。


そして最後はパン粉の中を通過し、立ち上る炎の中に一気に飛び込んで行くエビ6尾。


最後はやわらかいクッション状の的にぶち当たり、あらかじめ準備してあったお皿の上へ、見事なまでに落下するエビ6尾。


ちなみに千切りキャベツはあらかじめ入れてあった・・・・・・。


料理番組のラストといえば、出来上がった料理を食べるシーンで、片岡さんとふじ子先生が並んでエビフライ定食をいただくのだが、なぜか2人とも黒いゴーグルを着けたままだ。


「美味しいでしょ?」とふじ子先生。


無言でふじ子先生を見つめる片岡さん・・・・・・。


そして、「おさらいです。ご自宅で行う場合は十分ご注意下さい」とナレーションが入り、「エビフライ」と書かれたフリップが映し出される。


ちなみにフリップに書かれていた内容は・・・・・・、


エビフライ
(カロリー502kcal 塩分1.7g)
有頭エビ・・・・・・6尾
小麦粉・・・・・・・大さじ2
パン粉・・・・・・・適量
卵・・・・・・・・・2個

LTEレーン・・・・・・・・・・・2レーン
トータル制御コンピューター・・・1台
空気圧力調整用機器・・・・・・・6個
耐熱ゴーグル・・・・・・・・・・人数分
衝撃吸収材・・・・・・・・・・・580g


・・・・・・とある。


エビフライを6本作るだけで、いったいいくらかかるんだよという話である。


ちなみにこのCMは、CGは使用していないそうで、全て緻密な計算と検証によりプログラミングされた、実写映像だったそうである。


また、「使用した食材は撮影終了後、スタッフがおいしく頂きました」とあるので、いちおう本当に食べられるらしい・・・・・・。

 

2025年2月19日 (水)

「半ドン」という極楽

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「半ドン」という言葉をご存知だろうか。


半ライス、半チャーハンのように、どんぶりものを食べ切れないから、半分の量にしてもらうという意味ではない・・・・・・。


昭和の頃、会社は月曜から土曜までの6日間勤務が普通で、子供たちも当たり前のように、月曜から土曜まで学校に通っていた。


そんな中、土曜日だけは、午前中で学校は終わりだった。


これがいわゆる「半ドン」である・・・・・・。


ちなみに「半ドン」の言葉の由来は、「半分ドンタク」が訛ったという説がある。


「半分ドンタク」の「ドンタク」とは、オランダ語で「日曜日」という意味のようだ。


また、別の説もあって、「半分休みの土曜日」を略したともいわれている。


この他にも諸説あるようだが、早い話がいまとなっては、誰も本当の理由を知らないということだろう。


いったいどこの誰が言い出して、どういう意味だったのか、誰も記録なんて付けていないから、出所不明の謎の言葉になってしまったということだろう・・・・・・。


半ドンの日は午前中で授業が終わるので、朝からもう嬉しくてしょうがなかった。


平日だったら小学校は5時間目、6時間目まで授業があったので、下校時間は午後2時、3時が当たり前である。


ところが半ドンの土曜日は、午前中の4時間目で授業は終わりで帰ってよかったのだ・・・・・・。


しかし、ちょっとした問題もあって、4時間目の終了のチャイムが鳴ったからといって、「はい、さようなら~」とはいかなかったのである。


私も含めてとっくの昔に学生生活を終えた人からしてみると、きっと、もう忘れかけている記憶かと思うのだが、下校の前にはすることがあったはずである。


よ~く、思い出してみてほしい・・・・・・。


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そう、「教室の掃除」をしなければいけなかったのだ。


しかも、午前中で授業が終了ということは、当然のことながら、給食は出ないことになる。


平日だったら、「めんどくせ~」と思いながらも、帰るためにはさっさと掃除を終えなくてはいけないから、みんな黙々と掃除をしていた。


しかし、半ドンの日は給食がない。


いつもだったら、「パパッ」といい加減に、いや手早く済ませてしまう掃除だが、給食を食べていないというだけで、びっくりするくらい身体が動かないのだ。


ダラダラやっているわけでもないのに、半ドンの日の掃除ははかどらず、いつもの倍近くの時間がかかっていたように思う。


このように、「腹が減っていると、こんなにも身体が動かなくなるものか!」ということを実感出来るのもまた、半ドンならではの醍醐味だったのである・・・・・・。


べつに掃除当番でなくても、昼食は家に帰ってからだったので、帰りの通学路はとにかく腹が減っていて、みんな子供とは思えないほど覇気がなく、まるで病人が行進しているかのようにトボトボと歩いていた。


きっと、端から見たら、異様な光景だったに違いない・・・・・・。


ヘロヘロになりながら家にたどり着くと、母親が昼食の準備をして待っていた。


家の昼ご飯だから、べつに手の込んだものが出るはずもなく、インスタントの袋麺や、冷蔵庫に入っているもので、パパッと簡単に作れるものが出されるのだが、不思議なことにこれが信じられないくらい美味く感じられた。


人間という生き物は、極限まで腹が減っていると、粗末な料理でもご馳走に感じるらしい。


いつだったか、母にその話をしたところ、ひっぱたかれそうになったのを覚えている・・・・・・。


昼食を食べ終えて、生命の危機を脱すると、急に正常な思考が出来るようになり、「いつもだったら、まだ学校にいて、5時間目の授業を受けているんだよな~」などと、ふと思うことがよくあった。


しかし、「今日は半ドンの日なので、自分はもう家に帰って来ていて、いまから半日は休みなんだ~!」と実感すると、嬉しさのあまり、思わず「キャッ!」だか「ウへェッ!」だか忘れたが、自然とへんな声が出てしまい、その開放感を大の字になって、じっくりと味わったりしたものだった。


狭い部屋で大の字になり、うっとりとした表情をして、ニヤニヤしている様子は、きっと「危険な香り」がプンプンしていたに違いない。


ちなみに公立の学校に、完全週休2日制が導入されたのは、2002(平成14)年からだった・・・・・・。


(画像上、毎年、立春の頃に咲き始めるマンサクの花・・・・・・。画像下、お猿さんの顔に例えられることが多いセンダンの冬芽葉痕・・・・・・)


2025年2月12日 (水)

ポリバルーン

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▲じつはポリバルーンは現在でも売られている。名前は変わってしまったが、遊び方は当時と変わらず、ストローの先端に風船を作ることが出来る・・・・・・。

「ポリバルーン」というおもちゃをご存知だろうか?


昭和の頃は、駄菓子屋で売られているおもちゃの定番で、なぜか文房具屋などでも売られていた・・・・・・。


ポリバルーンは形のあるおもちゃではなくて、塗り薬の入ったチューブのような見た目だった。


チューブの中には、酢酸ビニール樹脂という物質を、アルコール類で溶かした溶液が入っていた。


溶液といっても、チューブから絞り出してみると、透明な接着剤のような感じで、かなり粘性の強い物質だった・・・・・・。


で、これを何に使うのかというと、ポリバルーンの溶液をストローの先端に付けて、ゆっくりと息を吹き込んでいくと、なんと溶液が「プク~~~ッ」と膨らんでいくのである。


イメージとしては、ガラス職人が風鈴やコップを作る時に、真っ赤に熱したガラス玉を、長い棒の先に付けて、反対側から息を吹きながら、ゆっくりと膨らませていくあの感じである・・・・・・。


するとストローの先端には、透明な風船状のものが出来上がる。


風船といっても、ゴムではないので、手触りは台所用のラップに近いものだった。


厚みに関してもラップに近く、膨らませていく過程で、どんどん乾燥していくので、息を吹き込みすぎると、あっけなく割れてしまった。


乾燥する前に膨らませなくてはいけないという焦りもあって、一気に息を吹きすぎて、すぐに割れてしまうこともしばしばあった。


一定の速度で正確に、割れる直前のギリギリを狙って、息を吹き込むという加減が子供には難しくて、割ってしまうことの方が多かったように思う・・・・・・。


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▲昭和の頃はストローの先端に出来る風船は透明だったのだが、現在売られている「進化版」はなんと色違いで3色のチューブがついて来る。ちなみに画像は赤色のチューブを使って作った風船だ・・・・・・。

ポリバルーンの遊び方としては、「割らずにどこまで大きな風船を作れるか」を競うことが、最もシンプルでポピュラーだったように思う。


また、どうせ割れてしまうならと、あえて小さい風船を作って、それを紙風船のように、手の平で「ポ~ン、ポ~ン」と弾ませながら、遊んでいる者もいた。


こういう頭のいい遊び方をするのは、たいてい女子で、男子はいうまでもなく馬鹿なので、「どれだけでかい風船を作れるか」に命をかけていた。


「割れては凹み再挑戦」を繰り返しながら、なんとか小さめのゴム風船ぐらいのサイズまでは作れるようになって、女子に「すご~い!」などと、褒められているものもいた。


いまだったら、それをスマホで撮影して、その現場にいなかった友達に、後から自慢も出来るのだろうが、当時はそんな便利なものはなかったので、作った風船が萎んでしまえば「ハイ、それまでよ」で、「オレはこの前、このくらいの大きさのを作った」と言っても、「うそつけ~、そんなわけないだろ!」と一蹴され、信じてもらえず、悔しい思いをしたものである・・・・・・。


ところで、「ポリバルーン」といえば、忘れてならないのが、その強烈な臭いだろう。


どんな臭いだったのかというとシンナー系の臭いで、長時間遊んでいると、いつの間にか片手にストローを持ったまま、何もない虚空を見つめて、静止していたなんて話も聞いたことがある。


ガンプラがブームの頃になると、子供たちもシンナーや接着剤を使うようになり、臭いに対してそれなりの耐性が出来ていたのだが、「ポリバルーン」で遊んでいたのは、それ以前のもっと幼い頃の話なので、恐らくシンナー系の臭いはこれが初体験だったはずだ。


そんなわけで、当時の子供たちは、小さなうちから、「シンナー系の臭いはやばい」ということを思い知らされていた・・・・・・。


ところでこの「ポリバルーン」というおもちゃは現在も売られている。


昔と違っていまは、あの強烈な臭いは改善されているのだろうか・・・・・・。



2025年2月 5日 (水)

霧の浮舟

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▲誰もが知っているカプリコは、チョコレートのジャンルでいうと「エアインチョコレート」になる・・・・・・。

「霧の浮舟」をご存知だろうか。


まるで映画のタイトルのようで、「どんな作品だったかな~」と、記憶の引き出しを開けて、探し物を始める人もいるかもしれない。


しかし、「霧の浮舟」は映画のタイトルではない。


「じゃあ、ベストセラーになった小説では?」と思うかも知れないがそれも違う。


では、いったい何なのかというと、「霧の浮舟」とは、1980(昭和55)年にロッテから発売になった、板チョコレートの名前だったのである。


とてもチョコレートとは思えない、センスあるネーミングといえるだろう・・・・・・。


「霧の浮舟」は商品名だけではなく、パッケージも秀逸で、真っ黒の地色のパッケージに、小舟が浮かぶセピア色の光景が描かれていて、それに合わせるように、「チョコレート 霧の浮舟」という文字が、セピア色に抜かれて刻まれていた。


このように「霧の浮舟」は、パッケージもまるで映画のポスターや、小説の表紙のようで、とても格好良かったのである・・・・・・。


ところで、「霧の浮舟」は、チョコレート菓子のジャンルとしては、「エアインチョコレート」になる。


エアインチョコレートは、チョコレートの中に細かい気泡が無数に入っていて、口の中で自然にホロッと崩れて行き、ゆっくりとなめらかに溶けていく特徴がある。


現在でも売られているエアインチョコレートで、最も有名なのは、グリコのカプリコではないだろうか。


カプリコのチョコレートの食感をイメージしていただければ、「霧の浮舟」もイメージしやすいと思う・・・・・・。


ところで、「霧の浮舟」は、2005(平成17)年に生産が終了になっている。


ところが、「えっ、つい最近まで食べていた気がするけど・・・」という人が、なぜかけっこういるようなのだ。


これはいったいどうしてなのだろう・・・・・・。


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▲エアインチョコレートは、チョコレートの中に細かい気泡が無数に入っている。そして、この気泡が独特のクセになる食感を生んでいるのである・・・・・・。

じつは「霧の浮舟」は、2009(平成21)年と2013(平成25)年に復刻販売されている。


2009(平成21)年は、期間限定販売だったので、すぐに終売になってしまったが、2013(平成25)年は復活販売となり、ずっと販売されるものと思っていたのだが、結果的に2018(平成30)年に終売となってしまった。


買えるはずもない昭和のチョコレート菓子を、「つい最近まで食べていた気がする」と感じる人がいたのはこのためだったのだ。


特に2013(平成25)年からは、約5年間も販売されており、昭和の時代を知らない人にも、「霧の浮舟」を印象づけるには十分な期間だったといえるだろう・・・・・・。


ところで、ロッテのエアインチョコレートといえば、「赤いやつじゃないの?」という人もいる。


「赤いやつ」とは2005(平成17)年にロッテから発売された「Airs」のことだろう。


「霧の浮舟」は手で割って食べる板チョコレートだったが、「Airs」は板チョコ型のパッケージに入ってはいたが、はじめからひとくちサイズに分割されていた・・・・・・。


また、「Airs」は「霧の浮舟」と同じエアインチョコレートだったが、「霧の浮舟」よりも気泡が細かく作られていて、食感はまるで違っていた。


どちらがいいかは好みの問題だが、個人的には気泡の荒い「霧の浮舟」のフワフワした感じがとても好きだった。


舌の上に乗せたチョコレートのフワフワとした食感は、個人的にはとても心地よく感じられ、その感覚をじっくりと楽しんでいると、チョコレートがスーッとなめらかに溶けていくのが感じられたものである。


そのイメージは正に、パッケージの浮舟のイラストそのもので、「ああ、そういうことなのか!」とひとり納得している自分がいたのだった。


「霧の浮舟」はひとくち食べてみて、初めてそのネーミングの意味が分かる、エアインチョコレートだったのである・・・・・・。




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