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2025年5月

2025年5月28日 (水)

ドラえもんと鼻くそ

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私は子供の頃、ドラえもんの単行本(小学館てんとう虫コミックス)を愛読していた。


ドラえもんには、子供の頃に読んで衝撃を受け、大人になっても忘れられないほど、強烈に印象に残っているエピソードがいくつかある。


そんなエピソードのひとつが、単行本(小学館てんとう虫コミックス)第7巻の、「くせなおしガス」というエピソードだ。


「くせなおしガス」とは、誰でも無意識にやってしまう悪いくせを、本人に気付かせるために、ガスの力で少し大げさに再現してくれるというもの。


のび太は自分の鼻をほじるくせを、パパとママに指摘されたので、2人のくせも本人たちに気付かせたいと思い、ドラえもんに頼んで、「くせなおしガス」を出してもらう。


そして2人のいる部屋に気付かれないように、「くせなおしガス」を噴霧するドラえもん。


ふすまの隙間から、いつ2人のくせが出てもいいように、こっそりと様子を見ているドラえもんとのび太。


ところが先にくせが出てしまったのはのび太の方で、暇を持て余したのか、ついつい鼻をほじるくせが出てしまったのだ。


すると鼻の穴につっこんだのび太の右手小指に、あれよあれよという間に、鼻くそがほじくり出されて行き、最終的にはのび太の顔よりも大きな、鼻くそのボールが出来てしまう。


それを見たのび太とドラえもんは大慌てで、
「ど、どうしよう、これ」
「きたないな。はやくごみ箱へ」
と、鼻くそボールを両手で持ちながら走り回っている。


そこへ玄関にお客さんがやって来る。


しかし、パニックになって走り回っているのび太とドラえもんは、巨大鼻くそボールで前が見えず、「ごめんください」と言いかけているお客さんの顔に、鼻くそボールをムギュッと押しつけてしまう。


そしてお客さんに、「なに?それ」と言われて、あわてて背後に鼻くそボールを隠している。


で、私が忘れられないのは、この「くせなおしガス」のエピソードそのものというより、この鼻くそボールのディティールなのだ。


ボールといっても、ただの球体というわけではなく、全体にでこぼこしていて、そのでこぼこの描写が何ともリアルで気持ちが悪く、それでいてコミカルで、思わず「プッ!」と吹き出してしまう破壊力があった。


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じつはドラえもんでは、小学館てんとう虫コミックス第15巻の、「こっそりカメラ」というエピソードにも鼻くそボールが登場する。


こちらはのび太の同級生の「はる夫」が、「ひそかにためたハナクソが、こんなボールになった」と、机の上に置いて満足気に眺めているのだが、のび太のものより2回りほど小さく感じる。


しかし、こちらは「くせなおしガス」で大げさに再現したものではなく、はる夫がコツコツとためて、少しずつ大きくしたものなのだ。


そう考えると、のび太の鼻くそボールよりも、はる夫の鼻くそボールの方がすごいといえよう。


のび太のものよりも小さいとはいえ、はる夫の鼻くそボールもそこそこのサイズで、占い師の使う水晶玉と、ハンドボールの中間ほどのサイズはあると思う。


それにしても、こんなに大きな鼻くそを、はる夫はいったいどこに保存しているのだろう。


この時、はる夫が鼻くそボールを置いているのは、恐らく学習机の上だと思うのだが、学習机の引き出しには、どう考えても入らないサイズだろう。


机の上にそのまま置いておければ一番楽なのだろうが、普通の家庭ならまず間違いなく、母ちゃんの雷が落ちる案件だろう。


一方、のび太の鼻くそボールの方も、ドラえもんは「はやくごみ箱へ」とのび太を促しているのだが、のび太の鼻くそボールは、のび太の顔よりも大きく、どう考えてもごみ箱の口につかえてしまうはずだ。


このあとどう処理をしたのか気になるところである。


このように、私は子供の頃に読んだ、ドラえもんの鼻くそにまつわるエピソードが、強烈な印象としていまでも頭に残っている。


そしてこれらのエピソードを読んだ当時の私が、「自分も野球のボールくらいのサイズなら、何とかいけるんじゃないか?」と、一瞬思ったことをつけ加えておきたい・・・・・・。


(画像上、5月中旬頃から咲き始めるシモツケの花・・・・・・。画像下、芳香を漂わせながら、スイカズラの花が咲いている・・・・・・)


2025年5月21日 (水)

パンチガム

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▲板ガムが売れていた当時、果物の味がするガムがたくさん発売されていた。果物の味がするガムは、とても爽やかな香りがして人気だった・・・・・・。

昭和の頃、ドッキリグッズが流行っていた時期があった。


最も有名なのは、駄菓子屋でも売られていた、「パンチガム」ではないだろうか。


パンチガムは当時主流だった、板ガムの形をしたおもちゃで、ロッテから発売になっていた、板ガムのパッケージにそっくりな商品だった・・・・・・。


1980年代は板ガムが売れに売れていた時代で、ロッテからじつに多くの種類が発売されていた。


現在でも根強く生き残っているミント系のガムはもちろん、瑞々しいフルーツの味と香りを再現したものや、コクのあるコーヒー味のものまであった・・・・・・。


パンチガムはそんな板ガムのパッケージに見た目がそっくりで種類も複数あった。


ここまでそっくりだと、ちょっと問題になりそうだが、ちゃんとロッテに許可を取っていたのかどうかは、かなり怪しいところだ。


少々のことでは問題にならないのが、昭和という時代だったのである・・・・・・。


パンチガムはおもちゃなので、食べること(噛むこと)は出来ない。


板ガムを見たこともない、現代の子供たちは、「ガムのおもちゃ」などと言われても、きっと、どうやって遊ぶのか、想像もつかないのだろう・・・・・・。


じつはパンチガムは、購入した時点で、すでに封が開いていて、パッケージの口の部分から、中の板ガムがちょっとだけ見えていた。


当時はこの状態で、シャツや上着のポケットにガムを入れている人が多かったので、パンチガムもこのままポケットに忍ばせておけば、何の違和感もなく、怪しまれることもなかった・・・・・・。


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▲ドッキリグッズの「パンチガム」は、ロッテの板ガムのパッケージをそのまま使っているんじゃないかと思うほど、見た目がそっくりだった・・・・・・。

そしておもむろにパンチガムを取り出して、友達に「1枚あげるよ」と差し出すのである。


すると友達は、「どうもありがとう」と、板ガムを1枚摘まんで、パッケージの口の部分から、スーッと引き出すことになるわけだ。


するとダミーの板ガムに仕掛けられていたバネが作動して、「バチン!」と金具に指を挟まれてしまうというドッキリグッズだった・・・・・・。


で、このバネがけっこう強力で、当時のものは、思わず反射的に手を引っ込めてしまうほど痛かった。


「当時のもの」と書いたのは、パンチガムは現在も類似品が売られているためで、こちらはバネがゆる~く改良されており、指を挟まれても、痛くも痒くもない。


規制が厳しくなった現代では、痛いと感じる時点でアウトのようで、そのようなソフトなものしか、販売することが出来ないらしい。


しかし、これではドッキリグッズでも何でもなく、ドッキリを仕掛けた方も、騙された方も、ただ、ただ、気まずい空気が流れるだけである。


現代の子供たちの間で、パンチガム(類似品)が流行らない原因のひとつは、バネが弱くなり、面白くなくなったことに、その原因があると思う・・・・・・。


ところでこのパンチガムは、大人版としてたばこバージョンも売られていた。


現象としてはパンチガムと全くいっしょで、たばこを箱から引き出すとバネが作動して、金具に「バチン!」と指を挟まれるのである・・・・・・。


私はこのたばこバージョンの存在を知ったのは大人になってからで、当時は見たことも、聞いたこともなかった。


だからどこで売っていたのかも、未だによく分からないままだ。


少なくとも、駄菓子屋には置いていなかった(そりゃそうだろう)・・・・・・。


また、このたばこバージョンは、指を金具に挟まれるものの他に、たばこを取ろうとした瞬間に、たばこがものすごい勢いで、箱から飛び出して来るというものもあったそうだ。


これはたばこの箱にボタンが付いており、これを押すことで、たばこが発射される仕組みになっていたようだ。


このように昭和の頃は、ドッキリグッズがプチブレイクしていたのだが、最近はこのようなグッズは、ほとんど見かけなくなってしまい、何とも寂しい限りである・・・・・・。






2025年5月14日 (水)

アイスバーガー

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▲「アイスバーガー」はとっくに終売になっていて、現在ではもう買うことが出来ない。いま買うことが出来るアイスで、「アイスバーガー」に最も近いビジュアルといえば、こちらの「パリパリサンド」ではないだろうか・・・・・・。

昭和のお菓子は攻めている商品が多かった。


いまは「味や食感」で勝負している商品が多いが、昭和のお菓子はパッケージも含めた見た目でも攻めていたのである・・・・・・。


個人的に印象に残っているのは、森永から発売になっていた「アイスバーガー」だ。


名前からも想像出来るように、アイスバーガーは、「アイスが挟まっているハンバーガー」だった。


しかし、ハンバーガーといっても、アイスをバンズで挟んだだけというわけではなかった。


個人的にはそれはそれで食べてみたい気はするのだが・・・・・・。


で、アイスバーガーのビジュアルなのだが、「ハンバーガーというよりもチョコパイに近い感じ」といえば、分かってもらえるだろうか。


早い話がパッケージから出してすぐの状態は、「真っ黒いつるんとした物体」なのである・・・・・・。


で、「アイスバーガー」なので、中に挟まれているのは、いうまでもなくアイスなのだが、それを挟んでいるのは、先ほども書いた通り、バンズではなかった。


じつはアイスバーガーのアイスはスポンジで挟まれていたのである。


そしてそのスポンジをチョコでコーティングしていたというわけだ・・・・・・。


ちなみにアイスの方には、細かく刻まれたりんごが混ぜ込まれていて、爽やかなチョコレートケーキという印象だった。


また、りんごのシャクシャクとした食感がいいアクセントになっていたように思う・・・・・・。


こうしてアイスバーガーのビジュアルを見て行くと、「これのどこがハンバーガーなの?」と思うかもしれない。


本当にその通りなのだが、じつはアイスバーガーには秘密があったのだ・・・・・・。


昭和生まれの世代だったら、マクドナルドのハンバーガーが、発泡スチロール製の立体的なパッケージに入っていた時期があったのを、ご存知ではないだろうか。


発泡スチロール製のパッケージは、1978(昭和53)年から1990(平成2)年までの、約12年間使われていたので、きっとご存知のかたも少なくないと思う。


ちなみに全ての商品に使用されていたわけではなくて、ビックマックやフィレオフィッシュなど、特定の商品に限定で使われていた。


紙製のパッケージと比べると、発泡スチロール製のパッケージは高級感があったので、何だかちょっと贅沢をしているような特別感があって、嬉しかったものである・・・・・・。


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▲「パリパリサンド」は、「アイスバーガー」と同じ森永製菓が出している商品だ。「アイスバーガー」はスポンジでサンドされていたが、「パリパリサンド」はビスケットでサンドしている・・・・・・。

で、森永のアイスバーガーは、このマクドナルドの発泡スチロール製のパッケージに、そっくりな容器に入れられて販売されていたのだ。


ちなみにビックマックは薄い茶色のパッケージに「BIC MAC.」。


フィレオフィッシュは水色のパッケージに、「FILET-O-FISH」の文字が刻まれていた。


そして森永のアイスバーガーは、橙色のパッケージに、赤いラインが斜めに入れられたデザインで、カタカナで「アイスバーガー」と記されていた。


容器の形はマクドナルドのものといっしょで、子供にはそれがなんともおしゃれで格好よく感じられた・・・・・・。


ちなみに私は子供の頃、牛肉が苦手だったので、ハンバーガーはほとんど食べなかったのだが、マクドナルドの発泡スチロール製の容器は欲しくて、「マックに行きたい」と親に頼んだことがあったのだが、親からは「あんた牛肉食べないでしょ」と鼻であしらわれ、悔しい思いをしたことがあった。


しかし、アイスバーガーの方は、私の得意とするところであり、もう「食べないでしょ」とはいわせない。


そんなわけで、当時うちには、アイスバーガーの容器がゴロゴロあった・・・・・・。


で、このアイスバーガーの容器だが、ただコレクションしていたというわけではなく、中にはガチャポンの中身や、お菓子のおまけなどを入れて保管していた。


ある日、使っていた容器がいっぱいになったので、新しい空の容器に入れようと蓋を開けると、中に洋服のボタンが大量に入っていて、「うわぁ!」などと、思わず声が出るほど驚いたことがあった。


どうやら母の仕業らしい。


先日は「そんなに空の容器を取っておいてどうするのよ」などと、文句を言っていたくせに、自分もちゃっかり活用しているではないか・・・・・・。



2025年5月 7日 (水)

光化学スモッグとは何だったのか?

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最近は全くといっていいほど聞かなくなったが、私が子供の頃は、よく光化学スモッグ注意報が発令されていた。


光化学スモッグが出ると、目がチカチカしたり、喉が痛くなったりするので、外には出ないようにいわれていた。


学校では光化学スモッグ注意報が出ると、必ず校内放送が流れ、窓を閉めるようにいわれたり、休み時間に校庭で遊べなくなったりしていた・・・・・・。


また、下校時には、「鼻と口をハンカチで押さえて帰りましょう」と、校内放送が繰り返し流されていたものだ。


ハンカチを忘れて来たものは、それが原因で肺がやられ、自分は死ぬんじゃないかと思い、必死に息を止めて歩いたりしていたものである。


もはやどうでもいい話だが、当時は光化学スモッグ注意報がしょっちゅう出ていたのに、なぜマスク持参でなかったのか、いま思うとかなり疑問である。


ハンカチで鼻と口を押さえるよりも、マスクをした方が両手が使えるし、その方がよっぽど楽だったのではないかと思うのだが、なんと光化学スモッグの有害なガス成分はマスクでは防げないのだとか。


いま考えると、マスクで防げないなら、ハンカチで口を押さえてもいっしょなんじゃないかと思うのだが・・・・・・。


そんなわけで当時は光化学スモッグがしょっちゅう出ていたのだが、「そもそも光化学スモッグとは何なのか?」については、当時子供だった私たちは、全く理解出来ていなかったように思う。


簡単にいうなら、光化学スモッグは大気汚染の一種で、発生すると周囲の見通しが低下し、薄く霧がかかったような状態になる。


その原因は工場や自動車から大気中に排出された窒素酸化物や炭化水素が、太陽光の紫外線を浴び、化学反応を起こして変質した、「光化学オキシダント」だといわれている・・・・・・。


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また、光化学スモッグが発生しやすい日というのも分かっていて、5月から9月のよく晴れた日の日中は要注意であったらしい。


前述のように、紫外線を浴びることで、化学反応が起きるため、夏の方が発生件数は多かったようだ。


また、風が強いと、スモッグが拡散されてしまうため、無風または風の弱い日の方が、発生しやすかったらしい・・・・・・。


で、人体への影響についてだが、一番多くいわれていたのが、目がチカチカしたり、目に痛みを感じたりすることだろう。


次に喉の痛みや咳が出ることについてもよくいわれていた。


また、ひどくなると、頭痛を感じたりする人もいたようだが、私の周りでは聞いたことがなかった・・・・・・。


そんなこともあって、光化学スモッグ注意報が出ると、授業を中断して、すぐに窓を閉めさせられたものである。


しかし、当時はエアコンなんて完備されていなかったので、蒸し暑い真夏の日中に、窓を閉め切った教室は、ただ、ただ、地獄でしかなかった。


そんなわけで、「ちょっとだけなら開けておいてもいいぞ」みたいなことをいっていたような気がする・・・・・・。


また、光化学スモッグ注意報が出ると、休み時間に校庭で遊ぶことが出来なくなった。


いつもはにぎやかな校庭に、ひとっこひとりいない光景は、何だかちょっと異様で怖かったものである・・・・・・。


そこまで徹底して休み時間に校庭で遊ばせなかったのに、なぜか体育の授業中に光化学スモッグ注意報が出た時は、「すぐに教室に入れ!」とはならずに、「あともう少しだから、これだけ終わらせてしまおう!」と、緊急なんだかそうじゃないんだか、よく分からない対応がされていた。


そんなこともあって、当時は子供ながらに、「光化学スモッグって、そんなにいい加減なものなのか?」と頭をひねっていたものである・・・・・・。


というのも、当時は「光化学スモッグはやばいものである」という情報は、あちこちから入って来るものの、自分自身は何も症状を感じたことがなかったのである。


そんなこともあって、家に帰ったあとは、もう友達と外で遊んだりしていつも通り過ごしていた。


だから当時の私にとって光化学スモッグは、「あるんだかないんだかよく分からないもの」でしかなかった。


分かりやすくいうなら、私にとっての光化学スモッグは、「口裂け女と同じような立ち位置に存在するもの」だったのである・・・・・・。


(画像上、里山ではヤマツツジが見頃になった・・・・・・。画像下、林床で咲くキンランの花・・・・・・)


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