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2025年11月

2025年11月26日 (水)

ファミリーコンピューターロボット

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▲「ファミリーコンピューターロボット」は、子供の頃に工作で作ったロボットのようなフォルムで、首と胴は筒状で伸縮式になっていた・・・・・・。

1985(昭和60)年7月26日、ファミコン用の周辺機器として、「ファミリーコンピューターロボット」が発売になった。


いまになってこんなことを書くと、「あの時代にロボット?」とか、「ゲームソフトなんでしょ?」と思うかたも少なくないと思う。


しかし、ファミリーコンピューターロボットは、正真正銘、ロボットだったのである。


ただ、ロボットが単独で動くことはなくて、ファミコンのゲームソフトの、「ブロックセット」か「ジャイロセット」が必要で、あくまでもファミコンの周辺機器という位置づけだった・・・・・・。


で、ファミリーコンピューターロボットの形状についてだが、現代の人型ロボットのイメージとは程遠く、子供の頃にティッシュペーパーの空き箱や、ラップの芯を使って作った、工作のロボットのような、パーツの少ない非常にカクカクとしたシンプルなものだった。


細かく見て行くと、腕については、常時前方に突き出た形になっていて、半月形の胸部と連動していた。


さらに胴は筒状で伸縮し、下半身に関しては、全て一体となっており、ロボット掃除機の形をイメージしてもらえればいいと思う。


最後に頭部については、それこそティッシュペーパーの箱のようだが、一応、前面には光信号を受信するための、大きな2つの目があった。


しかし、鼻や口は一切なくて、あるのは2つの目だけだった。


ちなみに目といっても、人の目のように、白目や黒目があるわけではなく、イメージとしては、カメラのレンズのようなものと思っていただければよいと思う。


そして、その頭部と半月形の胸部をつなぐ首は胴と同様に伸縮式で、伸びると胸部から脚(足)までと同じくらいの長さがあった・・・・・・。


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▲「ファミリーコンピューターロボット」は、ファミコン本体とおそろいのカラーリングで、並べておいてあっても、全く違和感がなかった・・・・・・。

で、このファミリーコンピューターロボットがおしゃれだったのは、ファミコン本体とカラーリングが統一されていたことだった。


基本はファミコンのボディ同様、「白」なのだが、両腕と脚(足)の下部は「えんじ」だった。


さらに特筆すべきは、ファミコンはボディ前面に、「FAMILY COMPUTER」という、細長いえんじのシールが貼ってあったのだが、ファミリーコンピューターロボットにも、「FAMILY COMPUTER ROBOT」という、おそろいの字体で、えんじのシールが貼られていた。


なので、ファミコン本体といっしょに置いてあっても、全く違和感がなかった・・・・・・。


で、このファミリーコンピューターロボットだが、インパクトは絶大で、様々な可能性を感じさせてくれたのだが、ゲームソフトとしては、残念ながら、2作品で終了となってしまった。


「スーパーマリオブラザース」から始まる、ファミコンブームの前に発売されたこともあって、いまとなっては、「知らない」という人の方が多いのかもしれない・・・・・・。


そんなファミリーコンピューターロボットだったのだが、発売からじつに15年以上が経過した2000年頃から、様々なゲームの中に、キャラクターとして登場するようになっていった。


「大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ」や「マリオカートDS」では、ファミコン時代の周辺機器であるにも関わらず、なんと隠しキャラクターとして参戦している。


また、「ピクミン2」や「トモダチコレクション新生活」では、「お宝」としてその姿を見ることが出来る。


ファミコン時代を知る者なら、「懐かしい~」となるのだろうが、「ファミリーコンピューターロボット」そのものを知らない、若い世代の瞳には、このキャラクターは、いったいどのように映っているのだろうか・・・・・・。



2025年11月19日 (水)

聞き間違えが多い一日

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ある日、里帆さんといっしょに、仕事でちょっと出掛けることになった。


私は持ち物といっても、カバン1つだけなので、先に準備を済ませて、里帆さんを待っていた。


里帆さんは持って行く書類をプリントアウトして、ファイルに入れたりと、せわしなく動き回っていた。


そして、自分のデスクでボーッとしている私に向かってこういった。


「わたし、まだ毛が生えてないんで、もう少し待ってて下さい」


一瞬、「は?」と思ったものの、とりあえず、「ああ、そんなに慌てなくていいよ」と答えておいた。


それにしても、「毛が生えていない」とは、いったいどういう意味なのか。


そして、額面通りの意味だとして、いったいどこの毛が、「まだ生えていない」というのか。


それに30代半ばにもなって、「まだ生えていない」毛があるとも思えない。


もっというなら、少し待っていれば生えて来る毛ってなんだよという話である。


そんなことをあれこれ考えていたら、里帆さんが、「お待たせしました!」とやって来たので、思わず「もう、生えたの⁉」と聞いてしまった。


里帆さんは「はい?」と面食らったような顔をしているので、「まだ毛が生えていないから、もう少し待っててくれっていってたじゃん」と聞き返した。


すると、里帆さんは爆笑しながら、「毛が生えていないじゃなくて、着替えてないっていったんですよ」といった。


だから正しくは、「わたし、まだ着替えてないんで、もう少し待ってて下さい」だったのだ。


反射的に、「どっ、どこの毛?」などと聞き返さなくて、本当によかったと思う・・・・・・。


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で、自分でもびっくりなのだが、じつはこの日のエピソードは、これで終わりではなかったのだ。


仕事を終えて、帰り道を2人並んで歩いていると、突然里帆さんがスーパーの前で立ち止まり、「わたしちょっとパンティーを買って帰りたいから、ちょっとつき合って下さい」といいだした。


「えぇ~~~っ?」と思うと同時に、「まさかこの私に選ばそうとしているんじゃないだろうな?」という疑惑がふつふつと沸き始めていた。


そうでなければ、わざわざ自分の下着を買うのに、この私をつき合わせようとするわけがない。


「ちょっと買いたいものがあるんで、先に帰ってて下さい」といえば済むことだ。


と、そんなことを考えている間にも、里帆さんはズンズン店の奥へ入って行く。


「ちょっと待ってよ、心の準備というものが・・・・・・」と思っていると、里帆さんは突然立ち止まり、なぜかシャンプーのボトルを手に取って、「どっちにしようかな・・・・・・」などと、のんきなことをいっている。


そこで私は、「シャンプーも買うの?」と里帆さんに聞いた。


すると、里帆さんは、「シャンプーも・・・って、シャンプーを買いに来たんだから、当然じゃないですか」というではないか。


え?だってさっき、パンティーを買って帰るっていってたじゃん。


「やだぁ、くろねこさん。わたしパンティーなんて、ひと言もいってないですよ。シャンプーっていったんですよ、シャンプー」


両手にシャンプーをわしづかみにしたまま大笑いしている女を、「何事か?」という表情で見つめている客のおばさんが、なんだかとても印象的だった・・・・・・。


(画像上、里山ではノコンギクがあちこちで咲いている・・・・・・。画像下、里山の紅葉の見ごろは12月上旬頃か・・・・・・)



2025年11月12日 (水)

睡眠学習器SLシータップ

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▲「睡眠学習まくら」で覚えている方が圧倒的に多いと思うが、広告には「まくら」の文字はどこにもなく、正しくは「睡眠学習器」だったという・・・・・・。

昭和の頃には、どんな雑誌にも、必ずといっていいほど、怪しい通信販売の広告が掲載されていた。


学習雑誌の広告で、しばしば見かけたのが、「睡眠学習器」だった。


「睡眠学習まくら」で覚えているかたが多いようだが、正しくは「睡眠学習器」で、広告には「睡眠学習まくら」の文字はどこにもなかったそうだ。


というのも、睡眠学習器は「枕型のスピーカー」で、背面のパネル部分には、黒い4つのダイヤルが並んでいたので、やはり「まくら」というより、「睡眠学習器」で正しかったようだ・・・・・・。


その外見から、これ1つで全てが完結しているように感じるが、じつはこの枕はあくまでも「ただのスピーカー」で、ラジカセから端子を繋いで使わないといけなかった。


さらにそこに流すテープは、教材として付いて来るわけではなく、自分で市販のテープを買って来て、吹き込まなければならなかった。


だからまずは自分が暗記したい内容をテープに吹き込み、枕型スピーカーから出力する。


そしてそれを聴きながら寝るという構図になるわけだ・・・・・・。


「教材のテープが付いて来ない」という時点で、もはや怪しい匂いがプンプンするのだが、じつはこれについては、あえてそうしていたらしい。


自分でテープに吹き込むことで、まずはそこで一度脳に印象づけ、それを睡眠学習器で聴き直すことで、記憶を鮮明にしていくということらしい・・・・・・。


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▲「睡眠学習器SLシータップ」は、発売後に数回モデルチェンジをしているらしく、背面のパネル部分がその都度改良されていたようだ。しかし、残念ながら、私が見ていた広告が何代目のものかは、いまとなってはわからない・・・・・・。

ちなみにここら辺のことについては、「ちびまる子ちゃん」で有名な、さくらももこさんのエッセイ、「もものかんづめ」にも紹介されているので、機会があったら、ぜひ読んでみて欲しい。


で、さくらさんの話によると、この「テープに吹き込む」作業の前に、「覚えようと思う単語を百回くらいずつ、紙に書いて練習してください」と説明書きには書かれていたというのだ。


ということは、まずは紙に書いて覚え、次にテープに吹き込む作業で発声して覚え、最後は睡眠学習器で聴いて覚えるという、3段構えになっていたということらしい。


「それって、本当に睡眠学習なんだろうか?」という気がしないでもない・・・・・・。


ちなみにこの「睡眠学習器SLシータップ」だが、1966(昭和41)年12月の発売当時の価格は、14800円だったという。


当時は大卒の初任給が24900円の時代。


現在でいうなら、なんと10万円を超えるシロモノだったことになる・・・・・・。


それなのに、この「睡眠学習器SLシータップ」のターゲットは、中高生だったというのだから驚きだ。


確かに昭和の頃は、「中一時代」とか「高一コース」などの学習雑誌に広告が載っていたが、睡眠学習器は学生が買えるような代物ではなく、正確には彼らの親がターゲットだったのではないだろうか・・・・・・。


ちなみにこの「睡眠学習器SLシータップ」は、数回モデルチェンジをしているそうで、前述のさくらももこさんが購入した際には、なんと38000円もしたそうだ。


私が見ていた広告は、そのさらに後の時代になるのだが、恐らくそのくらいの値段だったのだろうと思う・・・・・・。


私は広告に出ていた睡眠学習器がいくらだったのかなんて全く覚えていないが、親にその広告を見せようとも思わなかったところをみると、その値段を見て、「こんなの買ってもらえるわけがない」と、早々に判断したのだろう。


それに私は勉強嫌いだったので、「こんなものに投資するのは、金をドブに捨てるようなものだ」くらいにしか、思っていなかったのかもしれない。


普通に考えて、38000円も出して、寝心地の悪そうなまくらを1つ買うなら、そのお金でファミコンのゲームソフトを数本買った方が、よほど有意義な時間を過ごせると思うのは私だけだろうか・・・・・・。


2025年11月 5日 (水)

お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・

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昭和の子供たちは、何か悪さをしたりすると、親から「お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・」といわれることがよくあった。


いわれた方は、相当な衝撃で、狂ったように泣き叫ぶことも少なくなかった。


あまりのショックで、数日そのことを引きずり、暗闇の中をさまよい続けたものである・・・・・・。


後日、気持ちが落ち着いてから、そのことを友達に話すと、「それ、俺もいわれたことがある!」と予想外の返答。


「えっ!」と思い、念のため他の友人にも聞いてみると、「ぼくもいわれた」、「わたしもいわれた」と、「橋の下から拾って来た子供」が、あれよあれよという間に増殖していく。


「もしかして、赤ん坊って、橋の下から拾って来るものなんじゃないのか?」と思えるほどである・・・・・・。


ちなみに、「どこに捨てられていたか?」については、やはり「橋の下」が最も多かったようだが、「大きな木の下」や「分かれ道」、「畑」など、ご近所のお馴染みのスポットをいわれたという人も少なくなかったようだ。


むしろその方が、リアリティーがあって、怖かったかもしれない・・・・・・。


大人になって、よくよく考えてみれば、そもそもの話、うちの近所には、川なんてなかったのだ。


川がないのだから、当然のことながら橋もない。


強いていうなら、歩道橋ならあったが、近所の歩道橋の下に赤ん坊が放置されているところなんて見たこともない。


歩道橋の下でよく見かけるものといえば、髭面のいつもの浮浪者ぐらいである・・・・・・。


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ところで昭和の親たちは、なぜ、「お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・」なんてことをいったのだろう。


じつはこれにはちゃんと理由があって、桃太郎や一寸法師の昔話を読んでも分かる通り、日本では昔から水は神聖で尊いものと考えられていた。


川の水というのは、湧き出した水が、あちこちから集まって来て、それが合流して、1つの大きな川の流れとなる。


そんな「命を育む水」が、「お前は橋の下から拾って来た」のルーツの1つではないかと考えられている・・・・・・。


そして、もう1つのルーツは、昔の日本で行われていた「拾い親」の風習。


昔の日本では、子供の厄や病気が親にも影響があると考えられていた。


このため、一度子供を捨てることで、その子の厄や病気を切り離そうとした。


と、いっても、本当に子供を捨てる訳ではなくて、捨てるまねごとをして、実際は親戚の人や、近所の人に拾ってもらうのだ。


そうすることで、その子が健康に育つことを願うという風習があった。


この「拾い親」の風習を模して、「お前は橋の下から拾って来た」のセリフが生まれたのではないだろうか・・・・・・。


すなわち、「お前は橋の下から拾って来た子供だから、そんな悪さをするのだろう。うちの子供だったら、そんなことは絶対にしないはずだ」と諭していたと考えられる。


子供の頃は、「自分の子供に、何でそんなひどいことをいうのだろう?」と思ったものだが、そのセリフの背景には、昔の日本の風習や考え方が、「ギュギュッ!」と詰め込まれていたのである・・・・・・。


(画像上、タイワンホトトギスが次々と花を咲かせて見ごろになった・・・・・・。画像下、アオギリの袋果は知らない人が見たら、枯れ葉のように見えるかもしれない・・・・・・)



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