お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・
昭和の子供たちは、何か悪さをしたりすると、親から「お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・」といわれることがよくあった。
いわれた方は、相当な衝撃で、狂ったように泣き叫ぶことも少なくなかった。
あまりのショックで、数日そのことを引きずり、暗闇の中をさまよい続けたものである・・・・・・。
後日、気持ちが落ち着いてから、そのことを友達に話すと、「それ、俺もいわれたことがある!」と予想外の返答。
「えっ!」と思い、念のため他の友人にも聞いてみると、「ぼくもいわれた」、「わたしもいわれた」と、「橋の下から拾って来た子供」が、あれよあれよという間に増殖していく。
「もしかして、赤ん坊って、橋の下から拾って来るものなんじゃないのか?」と思えるほどである・・・・・・。
ちなみに、「どこに捨てられていたか?」については、やはり「橋の下」が最も多かったようだが、「大きな木の下」や「分かれ道」、「畑」など、ご近所のお馴染みのスポットをいわれたという人も少なくなかったようだ。
むしろその方が、リアリティーがあって、怖かったかもしれない・・・・・・。
大人になって、よくよく考えてみれば、そもそもの話、うちの近所には、川なんてなかったのだ。
川がないのだから、当然のことながら橋もない。
強いていうなら、歩道橋ならあったが、近所の歩道橋の下に赤ん坊が放置されているところなんて見たこともない。
歩道橋の下でよく見かけるものといえば、髭面のいつもの浮浪者ぐらいである・・・・・・。
ところで昭和の親たちは、なぜ、「お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・」なんてことをいったのだろう。
じつはこれにはちゃんと理由があって、桃太郎や一寸法師の昔話を読んでも分かる通り、日本では昔から水は神聖で尊いものと考えられていた。
川の水というのは、湧き出した水が、あちこちから集まって来て、それが合流して、1つの大きな川の流れとなる。
そんな「命を育む水」が、「お前は橋の下から拾って来た」のルーツの1つではないかと考えられている・・・・・・。
そして、もう1つのルーツは、昔の日本で行われていた「拾い親」の風習。
昔の日本では、子供の厄や病気が親にも影響があると考えられていた。
このため、一度子供を捨てることで、その子の厄や病気を切り離そうとした。
と、いっても、本当に子供を捨てる訳ではなくて、捨てるまねごとをして、実際は親戚の人や、近所の人に拾ってもらうのだ。
そうすることで、その子が健康に育つことを願うという風習があった。
この「拾い親」の風習を模して、「お前は橋の下から拾って来た」のセリフが生まれたのではないだろうか・・・・・・。
すなわち、「お前は橋の下から拾って来た子供だから、そんな悪さをするのだろう。うちの子供だったら、そんなことは絶対にしないはずだ」と諭していたと考えられる。
子供の頃は、「自分の子供に、何でそんなひどいことをいうのだろう?」と思ったものだが、そのセリフの背景には、昔の日本の風習や考え方が、「ギュギュッ!」と詰め込まれていたのである・・・・・・。
(画像上、タイワンホトトギスが次々と花を咲かせて見ごろになった・・・・・・。画像下、アオギリの袋果は知らない人が見たら、枯れ葉のように見えるかもしれない・・・・・・)
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