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2025年12月

2025年12月31日 (水)

エーカン

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▲エーカンの本体はローラーが2つ付いたこんな道具だった。当時、私はエーカンを見たことがなくて、大人になってから知人に見せていただいた・・・・・・。

昭和の頃はどんな雑誌にも必ずといっていいほど、怪しい通信販売の広告が掲載されていた。


そしてそれらの広告は、誰がどう見ても、「絶対に嘘に決まっている」とか、「そんなうまい話があるわけがない」と感じるものばかりだった。


しかし、人間というのは、全く信用していなくても、心のどこかに、「もしかしたら本当なんじゃないか?」と思う気持ちが少なからず残っていて、よせばいいのに、ついつい体験者Aさんのレポートに、目を通してしまうのである・・・・・・。


そんな通販グッズ広告のひとつに、「エーカン」があった。


「あった」というよりも、「あったらしい」といった方が正しい。


というのも、私自身は当時エーカンの広告を見た記憶がないのだ。


「なんでだろう?」と思っていたところ、どうもエーカンの広告は、学年誌や少年誌には出ていなかったらしく、大人向けの週刊誌や、漫画雑誌に掲載されていたようなのだ。


私がエーカンの広告を見る可能性があった唯一の雑誌に、オカルト専門誌の「ムー」があったが、ムーは小、中学生では内容がまだ難しく、高校生ぐらいになってようやく、少し記事の内容を理解出来るようになって来るかもな・・・という雑誌だった。


そんなこともあって、私がムーをちゃんと読んだのは、もっと後になってからだと思うのだ・・・・・・。


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▲エーカンは親指、人差し指、中指の3本の指でローラーを弾くというのが基本のスタイル。ビデオにはこの弾き方が数パターン紹介されている。ただそれだけのことなのに、お笑い番組よりバカバカしくてツボにはまって大笑いした・・・・・・。

で、そもそもの話、「エーカンとは何なのか?」についてだ。


ものすごく簡単にいうなら、「ペン習字のようなもの」なのだが、エーカンは美しい文字を書くために、ひたすら文字を書く練習をするのではなく、美しい文字を書けるようにするための、矯正道具のようなものといった方が適切だと思う。


エーカンのキットには、「速習ペン字講座」のテキストが3冊、「1回見れば簡単にできる、エーカンの正しい使い方」のビデオが1本、「ペンの持ち方矯正器」が1つ、「エーカン本体」が1つ、その他に各種チラシとカセットテープが1本という内容だったようだ・・・・・・。


で、エーカン本体をどのように使うのかは、付属のビデオテープを見れば一目瞭然だった。


ビデオを見ると、エーカン本体の持ち方は、薬指と小指でグリップを握り、親指と人差し指で、本体のローラーを弾くというのが基本のスタイルのようだ。


そしてビデオでは2つのローラーを弾いたり、指で転がしたりするトレーニングが数パターン紹介されている。


ビデオでは2つのローラーを指で弾いたり、転がしたりしている映像が延々と流れ続け、それをじっと見つめ続けていると、何だかバカバカしくなって来て、思わず「プッ!」と吹き出してしまいそうになる。


こんなことをしている暇があったら、テキストを見ながら、ひたすら文字を書く練習を続ける、従来通りのペン習字の方が、よほど上達するのではないか。


エーカンの雑誌広告では、「ひまな時に親指と人差し指と中指で本体のローラーを弾くだけで字がうまくなる」とアピールしていたらしい。


ところが実際のところは、テキスト3冊に解説されている、ひらがなカタカナ楷書体Ⅰ~Ⅳ、行書体Ⅰ~Ⅳ、草書体、手紙、書式文例集などで、みっちりと訓練しなくてはならず、最低でも1ヶ月は練習が必要だったという。


昭和の頃にエーカンを買った人たちは、「うまい話には裏がある」ということを、きっと身をもって知ったことだろう・・・・・・。



2025年12月24日 (水)

ゆく年くる年

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昭和の頃には、毎年12月31日から翌年の1月1日にかけて、「ゆく年くる年」という年越し番組が放送されていた。


いま思えば、「ゆく年くる年」は、けっこうな長寿番組で、時期としては、1956(昭和31)年から、1988(昭和63)年までの32年間、放送されていたことになる。


放送時間は午後11時45分から深夜1時までで、一貫してSEIKOの一社提供の番組だった・・・・・・。


また、「ゆく年くる年」は、全国の民放103局の同時ネットで、大晦日から正月にかけての、この時間帯だけは、どこのチャンネルをかけても、全く同じ番組が放送されていた。


だから当日の新聞や雑誌の番組表は、局と局の境界線をなくして、横に繋がった番組表になっていた・・・・・・。


さらに「ゆく年くる年」は、SEIKOの一社提供の番組だったので、流されるCMも全くいっしょで、何から何まで全部いっしょだったことになる。


CMといえば、「ゆく年くる年」放送の1週間ぐらい前になると、当時SEIKOが放映していた「時報CM」内で、時報の前にちゃっかり番組の宣伝を入れたりしていた・・・・・・。


昭和の頃は、子供は深夜まで起きていてはいけないという風潮があって、小学生の頃には夜9時には、「もう寝なさい」といわれていたものだった。


しかし、大晦日だけは、年越しまで起きていてもよいという家庭が多く、この日ばかりは子供もハイテンションで夜更かしをしていたものである。


そんなこともあって、SEIKOの時報CMに、「ゆく年くる年」の番宣が差し込まれるようになると、「いよいよだな~!」と1週間も前からワクワクしていたものである。


ところで、「大晦日だけは、子供も年越しまで起きていてよい」と考えるのは、一般家庭だけではなかったようで、テレビ業界でも、「ゆく年くる年」だけは、深夜に子供が普通に中継に参加したりしていて、いま考えるとちょっと驚きだったりする・・・・・・。


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そんな「ゆく年くる年」だったのだが、番組の内容的には、とても子供が食いついて見るようなものではなかった。


全国各地の年越しの風景の中継や、合唱シーン、楽器の演奏などが延々と流されていたのだ。


1週間も前から、あんなにワクワクしていたのに、それに反して、テレビからは非常につまらない映像が垂れ流されている。


そのような、自分が全く興味がない映像を、意味もなくだらだらと見続けていると、困ったことに決まって眠くなって来るのだ・・・・・・。


開いているのか、開いていないのか、よく分からない目で、見えているのか、見えていないのか、よく分からない映像を、じっと見つめていると、母から「眠いなら布団で寝なさい」と声をかけられる。


何を言うか、自分はこれから、年越しのカウントダウンを、みんなと共有しながら新年を迎えるのだ。


寝てなんかいられるものか。


と、そう思ってはいたのだが、いつもあともう少しのところで、完全に眠ってしまっていた・・・・・・。


もう、頼むから、「蛍の光」の大合唱なんてやめてくれ。


「蛍の光」は私にとっては、子守歌でしかない。


「眠って下さい」といっているようなものである。


ドラクエの「ラリホー」よりも効く睡眠誘導の呪文といっても過言ではない。


そんなわけで、私は「ゆく年くる年」は、ドリフにしてくれないかな~と、毎年のように思っていたのだった・・・・・・。


(画像上、真冬にひっそりと咲く、ビワの花・・・・・・。画像下、コナラの紅葉は12月が最も色鮮やか・・・・・・)



2025年12月17日 (水)

きのこの山

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▲こちらは現在発売されている、「きのこの山」のお馴染みのパッケージ。6本のキノコと背景には日本の原風景、里山の風景が描かれている。そして現行のパッケージには、「隠し絵」がひっそりと描かれているのをご存知だろうか。ちなみにこちらのパッケージには傘を被ったお地蔵さんが隠れている・・・・・・。

1970~1980年代には、自然豊かな日本の原風景を題材にしたチョコレート菓子が、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


そのほとんどは、現在ではもう発売されていないが、明治の「きのこの山」や「たけのこの里」は根強い人気で、現在でも継続して販売されている。


ちなみに「きのこの山」の発売は1975(昭和50)年で、じつに半世紀にも渡る、ロングセラー商品ということになる。


一般的にいって、お菓子のライフサイクルは、そのお菓子を食べ始めた子供が、成人するまでの20年間といわれている。


それを考えると、「きのこの山」の超ロングセラーぶりは、異例中の異例といえるのかもしれない・・・・・・。


ところで、「きのこの山」といわれて、まず、イメージするのは、やはりそのパッケージだと思う。


現在のパッケージは、白地に茶色の文字で、大きく「きのこの山」と書かれていて、その文字を支えるようにして、6本の「きのこの山(お菓子)」が描かれている。


そして、その背景には、自然豊かな里山の風景が広がっている・・・・・・。


じつはこのお馴染みのパッケージは、発売当初は現在のものとは、かなり印象が違っていた。


日本の原風景である、里山をモチーフにしていることに変わりはないが、全体的な印象として、色々な部分に、「あれ?」という違和感を感じるのだ。


誰もがすぐに気付くであろう、最も大きな違和感として上げられるのが、「きのこの山」の文字を支えるように配置されている、きのこ(お菓子)の数だろう。


現在のパッケージでは、きのこ(お菓子)の数は7本だが、発売当初のパッケージでは、なんとたったの3本しか描かれていなかった・・・・・・。


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▲こちらは1975(昭和50)年に発売された「きのこの山」の初代パッケージ。キノコは3本しかなく、全体的に地味な色使いの印象。背景の里山の風景も、とてもシンプルだったことが分かる・・・・・・。

そして、「きのこの山」という商品名の表示だが、現在のものは白地に茶色の文字。


しかし、発売当初のパッケージでは、くすんだような橙色の地に、茶色の文字で、なんだかちょっと暗い印象を受ける。


さらに背景の里山も同様に、くすんだフィルターがかけられたような印象。


そして空に当たる部分に関しても、現行パッケージでは、鮮やかな山吹色なのに対して、発売当初のものは、薄いクリーム色といったらいいのだろうか。


このように、現行パッケージを見慣れた現在では、かなり地味目に見える初代パッケージなのだが、当時は店頭に並んでいるのは、これだけだったのだから、べつになんとも思わなかったのだろう・・・・・・。


ところで、「きのこの山」のパッケージは、里山をモチーフにしていることもあって、緑色を基調としている。


しかし、当時は緑色は、菓子製品には不適と考えられていたため、発売の半年前には、エリア限定のテスト販売まで行われていたそうだ。


もしかしたら、全体的にくすんだような色合いに仕上げられていたのは、そのせいだったのかな~なんて思ったりもするのだが、実際のところはどうなのだろう・・・・・・。


さて、これは余談になるが、現行のパッケージには、「隠し絵」が描かれているのをご存知だろうか。


意外なことに、「知らない」という人が多いのだが、里山の世界観を壊さないような絵柄が15種類あって、パッケージの風景の中に溶け込むように、ひっそりと描かれている。


ちなみに隠し絵は、1箱に1種類のみである。


分かりやすいものを、1つだけ例に挙げるなら、「満開の桜の木と灰」といえば、とある物語が思い浮かぶかたも少なくないだろう。


ピンク色に染まった桜の木は目立つので、すぐに見つかると思う・・・・・・。



2025年12月10日 (水)

シャンプーハットとシャンプー仮面

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▲もう絶滅したかと思っていたシャンプーハットだが、なんとなんと、まだちゃんと売られていた。しかも、昭和の頃とは形が変わって、カッパっぽさは薄れていた。きっと、水の流れ方などがきっちりと計算されているのだろう・・・・・・。

昭和の頃、子供がいる家庭には、シャンプーハットが必需品だった。


いまではほとんど見かけなくなってしまったので、もしかしたら若い世代の人は、シャンプーハットのことを知らないかもしれない。


ちなみにシャンプーハットとは、子供がシャンプーをする時に被る帽子のようなもので、これを被ることによって、シャンプーの泡が顔に直接流れるのを防ぐことが出来た。


シャンプーハットは、「ハット」とはいうものの、実際には頭が入る部分には、丸い穴が開いていて、ちょうどおでこのあたりで、泡がピタリと止まるようになっていた。


なぜかといえば、こうしなければ、肝心の頭を洗えなかったからである。


シャンプーハットを被った自分の姿を、初めて鏡に映して見た時は、「なんだか、カッパみたいだな・・・・・・」と思い、家族で腹を抱えて笑ったのを覚えている。


そんな見た目は間抜けなシャンプーハットだったのだが、機能的には優れもので、シャンプーの泡が目に入るのを見事に防いでくれた・・・・・・。


ところで昭和の子供たちは、なぜそこまで、シャンプーの泡を恐れていたのだろうか。


じつは昭和のシャンプーは洗浄力が重視され、アルカリ性のものが多かった。


ちなみに現在のシャンプーは、刺激の少ない弱酸性である。


アルカリ性のシャンプーは、ただでさえ、目に染みて痛かったのに、当時のものは異常なくらいスースーとした、清涼感を加えたものが多かった。


子供用のシャンプーが切れてしまい、仕方なく大人用のシャンプーを使ったときなどは、「目にメンソレータムをすり込んでいるんじゃないか?」というくらいの強烈な刺激で、こんな仕打ちを受けるぐらいなら、死んだ方がましだと思えるほどだった。


そんなわけで、当時は子供のいる家庭では、シャンプーハットが必需品だったのである・・・・・・。


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▲シャンプーハットが現役ならば、もしかしたらシャンプー仮面もあるのではないかと思ったのだが、さすがに一度製造中止になった商品の再販は難しいようだ・・・・・・。

シャンプーハットがヒットしてから、その第2弾(?)として、「シャンプー仮面」なる商品も発売された。


どういうものか簡単に説明すると、ゴーグルのようなものを装着することで、シャンプーで目が染みるのを防いでくれるという代物だった。


ゴーグルというと、スキーゴーグルやVRゴーグルを思い浮かべるかたが多いと思うが、シャンプー仮面はそのようなものとは、ちょっと違った外観をしていた。


では、どのような外観だったのかというと、ものすごく簡単にいうなら、「赤い彗星のシャアが、ヘルメットの下にはめている仮面」を想像してもらえばいいと思う。


ちなみにシャンプー仮面は、見た目は斬新だったのだが、機能的にはちょっと優れものとは言い難かった。


シャンプー仮面は、両目の部分は透明なプラスチック製だったのだが、鼻の部分もしっかりとガードされていたため、呼吸が苦しく、両目の透明な部分が、次第に息で白く曇って来てしまうのだ。


さらに耳もしっかりとガードされており、周りの音もほとんど聞こえなかった。


見た目がかっこいいということで、シャンプー仮面をはめて、外に遊びに行く者もいたというが、目は見えず、耳も聞こえず、いったいこれで何が楽しいのか、さっぱり分からないというありさまだった。


で、保護者からは、「危険ではないか」というクレームが入り、シャンプー仮面はあえなく製造中止となったそうだ・・・・・・。


2025年12月 3日 (水)

自分とそっくりな人と会ったら死ぬ

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世の中には自分とそっくりな人が3人は存在するといわれている。


しかし、私は今の今まで、自分とそっくりな人と遭遇したことは一度もない。


「自分とそっくりな人」ということは、これはどう考えても、相手も日本人ということになるだろう。


なぜなら、青い目をした金髪のアメリカ人が、自分とそっくりなわけがないからだ。


どんなに顔立ちが似ていたとしても、「青い目」や「金髪」という時点でアウトである。


日本人限定ということになると、出会いの場は国内である可能性が極めて高い。


そうなって来ると、もしかしたら、気付いていないだけで、自分とそっくりな人と、どこかですれ違っていた可能性もなきにしもあらずである・・・・・・。


じつは、「世の中には自分とそっくりな人が3人は存在する」という説を、科学的に検証した人がいる。


スペインの「ホセ・カレーラス白血病研究所」所属の、マネル・エステラー氏である。


マネル・エステラー氏は、ある写真家が長年に渡って撮りためていた、「他人の空似」に登場する人々の中から、誰が見てもそっくりなペアを、顔認識アルゴリズムを通して特定し、遺伝子情報を調べたのだという。


すると各ペアには、「血縁関係がなかった」にも関わらず、顔の骨格や肌の色、水分保持といった点において、「DNA配列に共通点があった」という、興味深い結果が示されたのだそう。


この調査報告を見ると、顔の作りに関わるDNAの配列さえ共通していれば、血縁関係などなくても、自分とそっくりな人は、世の中に3人どころか、もっとたくさん存在している可能性もあるわけだ・・・・・・。


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ところで昭和の頃に、子供たちの間でささやかれていたうわさの1つに、「自分とそっくりな人に会ったら死ぬ」というのがあった。


あまりにも唐突な「死の宣告」に、慌てふためいた子供たちがたくさんいたのは、もはやいうまでもない・・・・・・。


で、当時は前述の「世の中には自分とそっくりな人が3人は存在する」といううわさと、「自分とそっくりな人に会ったら死ぬ」といううわさが、混同されていたように思う。


混乱しないようにいっておくと、この2つはそもそも別々のうわさ話である・・・・・・。


で、後者の「自分とそっくりな人に会ったら死ぬ」に関しては、いま考えると、「自分とそっくりな人=ドッペルケンガー」のことだったようである。


一般的にドッペルケンガーと出会うことは、「死の予兆」だといわれていて、幻覚では済まされないほど、多くの伝承が残されている。


文豪、芥川龍之介も、ドッペルケンガーを見たといわれており、目撃後間もなくして、死亡したともいわれている。


ところでこのドッペルケンガーは、「自分とそっくりな人」ではなく、どうも「自分自身」のようなので、そっくりさんとは違って、会話など意思の疎通は出来ないようである。


もし、出来たとしたら、それはもはや病気であり、〇〇科の専門医のお世話になることになる・・・・・・。


一方の「自分とそっくりな人」に関しては、自分とは別人の、「ただのそっくりな人」なので、もし街で出会ったら、勇気を出して話しかけてみるのもいいかもしれない。


ただ、自分と見分けが付かないくらい、そっくりな人と出会った場合、それがそっくりさんなのか、ドッペルケンガーなのか、どうやって区別をつけたらいいのか悩むところだ・・・・・・。


(画像上、落葉したイチョウの葉で、黄色い世界が出来上がっていた・・・・・・。画像下、越冬中のアカスジキンカメムシが、日光浴に出て来ていた・・・・・・)






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