昭和の頃によく見た光景
▲学生の頃、よく「折り手紙」が回って来た。どうでもいいような内容ばかりだったが、いま思えば、現代のLINEやメールのような、コミュニケーション手段だったように思う。様々な折り方があったと記憶するが、画像のものが最もシンプルな形で、これが最も多かった・・・・・・。
昭和の頃、ビールの空き瓶を使って、庭に花壇を作っている家をよく見かけた。
ビールの空き瓶で、どうやって花壇を作るのかと思われるかもしれないが、そう難しく考える必要はない。
ビールの空き瓶を逆さまにして、7割ほどを土の中に埋めるだけだ。
これをぐるっと並べて囲いを作り、花壇にしていたのだ・・・・・・。
レンガやブロックを買うとなると、1つ2つでは済まないわけで、重量もあるので、持って帰って来るだけで一苦労だ。
それに何よりもお金がかかる。
それだったら、家に売るほどある、ビールの空き瓶を活用しようというわけだ。
ビールの空き瓶は軽いので扱いやすく、当時は公園や団地の花壇にもよく使われていた。
ビールの空き瓶の花壇を見なくなったのは、酒屋の衰退と缶ビールへの移行の時期とピタリと重なる・・・・・・。
昭和の頃、たばこの空き箱を利用して、小さな傘を作り、棚などに飾ってある光景をよく見かけたものだ。
たばこ店のショーケースには、2~3個必ず入っていたし、親戚や友達の家の戸棚でも見た記憶がある・・・・・・。
うちの両親はたばこを吸わなかったので、たばこの空き箱の傘とは無縁だったので、「どうやって作るんだろう?」といつも不思議に思っていたものだ。
後になって、材料はたばこの空き箱と爪楊枝と糸だけだと聞いて、たいへん驚いたのを覚えている・・・・・・。
▲昭和の家庭では、コタツや座卓の上に、チラシで作ったゴミ箱が必ず置かれていた。ミカンの皮や消しゴムのカスなどを気軽に捨てられて、とても重宝していた・・・・・・。
新聞の折り込み広告を利用したゴミ箱を見かけたのも、ちょうどこの頃だったと思う。
ゴミ箱といっても、コタツや座卓の上に置いておく四角い箱で、ミカンの皮や用済みのメモ、鼻をかんだティッシュなどを捨てて、いっぱいになったら、そのままゴミとして捨てていた。
私は学習机ではなくて、コタツや座卓の上で宿題をやることがほとんどだったので、チラシのゴミ箱に何度消しゴムのカスを捨てたか知れない。
テーブルの上にゴミを捨てる場所があると何かと便利で、当時はよく利用させてもらっていたのを覚えている。
新聞を取る家庭が減少した現代では、チラシのゴミ箱も絶滅しつつあるのだろうか・・・・・・。
学校では折り手紙がよく回って来た。
発信者はほぼ女子で、くだらない内容の手紙ばかりだったが、小さな便せん1枚に本文を書き、それがそのまま封筒の代わりにもなってしまうという、驚きの仕様になっていた・・・・・・。
折り手紙はとにかく折り方が凝っていたので、いったいどうやって開けるのか分からず、考え込んだこともあった。
無理に引っ張ると、破いてしまいそうで、わざわざ発信者に開けてもらいに行くという、意味のない行動に出たことも何度かあった・・・・・・。
折り手紙には、オーソドックスな四角いもの以外にも、ハート形や六角形、摘まみを引っ張れば、きれいに開いて行くものまで、じつに様々な種類があった。
いま思えば、折り手紙を渡して来る女子は、手紙を読んでもらいたいというよりも、「自分はこんなに凝った美しい折り方を知っているんだ」ということを、クラスのみんなに知らしめて、自慢をしたいだけだったのではないだろうか。
LINE全盛の現代では、もうこんなアナログなコミュニケーションは、なくなってしまったのだろうか・・・・・・。








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