カテゴリー「アニメ・コミック」の記事

2026年4月29日 (水)

唐草模様の風呂敷を背負った泥棒

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昭和の頃、泥棒といえば、ほっかむりをした手ぬぐいを鼻の下で結んで、大きな唐草模様の風呂敷を背負っているイメージだった。


そして昭和の泥棒(イメージ)は、必ず青い口ひげが目立つ、中肉中背の中年の男性で、移動は抜き足、差し足、忍び足が定番だった・・・・・・。


しかし、いま考えると、当時は何でそんなイメージが定着していたのか甚だ疑問である。


なぜなら、誰もそのような風貌をした泥棒なんて、一度も見たことがなかったからだ。


テレビのニュースで、警察に捕まった泥棒が連行されて行くシーンを、幾度となく見て来たが、一度もそのようなイメージの泥棒の姿は見たことがなかった・・・・・・。


しかし、昭和の頃、漫画やアニメに登場する泥棒は、リアルな泥棒の姿ではなく、イメージ通りの唐草模様の風呂敷を背負った泥棒だった。


また、お笑い番組のコントに出て来る泥棒も、やはりイメージ通りの、「ザ・泥棒」だったのである。


ということは、この泥棒のイメージは、誰かが作り出したキャラクターとしての泥棒なのだろうか・・・・・・。


しかし、調べてみると、これがどうもそうではないようなのだ。


そしてそれは、「ザ・泥棒」のトレードマークでもある、唐草模様の風呂敷にヒントが隠されていたのである・・・・・・。


では、そもそも唐草模様とは、いったい何の模様なのか。


そこで調べてみると、唐草の「唐」には、外国という意味があるらしい。


そして、唐草の「草」には、「つる草」という意味がある。


つる草は生命力が強く、茎を四方八方へ伸ばしていく。


このことから、長寿や子孫繁栄を象徴しているといわれている。


このため唐草模様は、おめでたいものを象徴していて、「縁起がよいもの」とされていた。


そんなこともあって、唐草模様の風呂敷は、嫁入り道具を包むのにも利用され、その結果として、当時は「どこの家にも、当たり前にあるもの」だった・・・・・・。


ちなみに、唐草模様の風呂敷自体は、明治30年頃には、すでに登場しており、昭和40年に生産量がピークを迎えている・・・・・・。



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で、問題はこのことと、泥棒に何の関係があるのかだ。


泥棒が家の中に侵入し、真っ先に向かうのはタンスが定番である。


そして泥棒がまずすることといえば、一番下の引き出しを開けること。


なぜ、一番下なのかというと、上から引き出しを開けてしまうと、その下の引き出しを開ける時に、一度引き出しを閉めなくてはならないからだ・・・・・・。


タンスというのは、上の方に高価な貴重品を入れておき、下段に行くにつれて、日常的に使うものを入れておくもの。


このため、唐草模様の風呂敷は、下に入っていることがほとんどだったのだ・・・・・・。


で、まずは一番下の引き出しを開けて風呂敷を出して広げる。


そして一段ずつ上の引き出しを開けて行き、金目のものを抜き取っていく。


そして最後に風呂敷で全て包んで、それを背負ってずらかるという無駄のない手順だ・・・・・・。


前述の通り、当時は唐草模様の風呂敷は、どこの家にもあるもので、日常的に使うものだった。


このため泥棒が唐草模様の風呂敷を背負って歩いていても、特別怪しい光景には映らなかったというわけだ。


というわけで、唐草模様の風呂敷を背負った泥棒は、昭和は昭和でも、私たちよりも、もっとずっと前の世代の、「泥棒の手口」だったようである・・・・・・。


そういえば、サザエさんやドラえもんに登場する泥棒は、令和の時代になっても、未だにこの「ザ・泥棒」である。


どうやら、昭和の頃に実在した「ザ・泥棒」は、サザエさんやドラえもんが後生に語り継いで行ってくれるようだ・・・・・・。



2025年8月 6日 (水)

まんが日本昔ばなし

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▲「まんが日本昔ばなし」のこの絵柄は、きっと一定の年齢以上のかたなら、かなり懐かしく感じることだろう。じつはこの画像は本が収められているカバーになる・・・・・・。

画像はうちの物入れから出て来た古い本だ。


見ての通り、日本の昔ばなしの本なのだが、この絵柄は一定の年齢以上のかたなら、かなり懐かしく感じるのではないだろうか。


本のタイトルにもある通り、この本の元になっているのは、「まんが日本昔ばなし」で、私が子供の頃は、TBS系列で毎週土曜日の午後7時から7時30分まで放映されていた。


内容としては、もはや説明するまでもないと思うが、日本各地に伝わる昔話を映像化(アニメ化)し、市原悦子さんと常田富士男さんのコンビで、何役もの声を使い分ける手法で、独特の世界観を作り上げていた・・・・・・。


日本昔ばなしの放送が開始されたのは、1975(昭和50)年1月7日からで、この時はNETテレビ(現、テレビ朝日)系列での放送だった。


そして1975(昭和50)年3月25日まで、毎週火曜日の午後7時から7時30分の放送枠で放映されていた。


その後、1976(昭和51)年1月3日から、TBSテレビ系列へ移動して番組が再開され、1994(平成6)年9月24日まで、毎週土曜日の午後7時から7時30分の放送枠で放映されていた。


ちなみに局が変わる際に、ブランクがあった理由としては、もともとこの番組は、在外日本人向けに制作されたもので、番組改編の都合で空いた枠への穴埋めとして使用したためといわれている・・・・・・。


しかし、反響が高かったため、改めてレギュラー番組として放送されることが決まったということらしい。


つまり当初の予定では、早々に番組は終了する予定で、このような長寿番組になる要素はゼロに等しかったことになる。


世の中、何があるか分からないものである・・・・・・。


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▲外箱カバーの中には、このように5つのエピソードが収められている。どれも気軽に読むことが出来る薄い本で、アニメで使用された絵がそのまま使用されている・・・・・・。

で、うちの物入れから出て来た本に話を戻そう。


写真ではよく分からないと思うが、じつはこの本、大きな本というわけではなく、文庫本サイズである。


そして文庫本サイズのカバーの中に、5冊の本(エピソード)が納められている。


カバーにも書かれているが、その内容は、①桃太郎②竜の淵③たにし長者④ちょうふく山の山んば⑤鶴の恩がえし・・・、となっている・・・・・。


そしてこの本のカバーを裏返すと、「まんが日本昔ばなし第一巻全五冊」と書かれている。


「第一巻」ということは、この後も二巻、三巻と発売されていったのかもしれないが、私の記憶に残っているのは、この「第一巻」だけなので、二巻以降は買わなかったのだろう・・・・・・。


と、そう思っていたら、「竜の淵」の裏表紙に、「まんが日本昔ばなし全集」が紹介されていて、なんと第二十巻までがすでに紹介されていた。


そして第二十巻のところに、「以下続刊」と書かれていたので、まだまだ続いていったのかもしれない・・・・・・。


で、この第一巻は昭和51年4月30日に初版発行となっている。


まんが日本昔ばなしが、TBS系列で放送開始となったのは、1976(昭和51)年1月3日からなので、この本はそのわずか3ヶ月後に発売されたことになる。


仕事が早いというか、なんというか、当時いかに「まんが日本昔ばなし」が好評で、反響が高かったのかがよく分かる。


空いた放送枠への穴埋めとして使用された番組が、改めてレギュラー放送化されることになった理由は、そういうことだったのだと、この本を読み返してみて、改めて納得することになったのだった。


で、我が家の物入れに奇跡的に残っていたこの本は、子供の頃の思い出と共に、十分楽しむことは出来たのだが、読み終えてみて、「出来ることなら、市原悦子さんと常田富士男さんの声で朗読してもらいたいな」とふと思った。


「まんが日本昔ばなし」って、結局はそこなんだよなぁ・・・・・・。



2025年6月11日 (水)

トラがライオンに化けた話

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▲小学校低学年の頃に図工の時間に作った卓球のラケット。子供が糸鋸を使って切り出したものなので、形はいびづでとても褒められたものではないが、意外なことに担任の先生の総合評価は高かった・・・・・・。

自分でいうのも何だが、私は子供の頃、絵がうまかった。


自分ではその自覚は全くなかったのだが、他人からそういわれることが多かったので、きっとそうなのだろう。


そのせいか小学校の頃は図工の成績は常に安定していた。


しかし、そうはいっても、私は絵を描くことが特別好きだったわけではなく、学校の授業以外では、絵を描くことなんて、ほぼなかったと思う・・・・・・。


上の画像は私が小学校低学年の頃に図工の授業で作った卓球のラケットだ。


まず、教材の板を糸鋸でラケットの形に切って紙やすりを丁寧にかける。


そして、自分の好きな絵を描いて彩色し、仕上げにニスを塗って完成という工程だったと思う。


見た目とは裏腹に、けっこう手間がかかっている作品なのである・・・・・・。


で、私はこの時、ライオンの絵を描いているのだが、「どうやったらこんなにリアルなライオンの絵が描けるのか?」と、クラスメートや担任の先生に感心されたものである。


子供というのは、動物の絵を描かせると、デフォルメしたようなイメージになってしまったり、ベースが人間の顔のようになってしまい、まるで妖怪のようなものを生み出してしまうことが多い。


ではなぜ私は、こんなにリアルなライオンの絵をかけたのだろう・・・・・・。


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▲これはタイガーマスクの原作漫画だ。ライオンの顔を描くに当たり、このトラの覆面はとても参考になった・・・・・・。

じつは私が子供の頃、タイガーマスクのアニメが人気で、しきりに再放送をやっていた。


ご多分に漏れず、私もタイガーマスクのアニメをテレビで見ていたのだが、ある日、「タイガーマスクってトラだよな・・・」と思い、「トラってどんな生き物だっけ?」と思い、動物図鑑を開いて、トラの顔をじっくり観察してみたことがあった。


するとトラの出ているページには、ネコ科の動物がまとめて掲載されていて、当然ライオンもしっかりと載っていた。


で、私は気付いてしまったのだ。


「あれ?ネコ科の動物って、模様を全部取っ払ったら、みんな同じ顔をしているな・・・」ということに・・・・・・。


そこでまず、アニメのタイガーマスクをお手本に、リアルなトラの顔を描いてみる。


ただし、虎柄の模様はいっさい描き加えない。


続けて模様のないトラの顔に、ライオンのたてがみをつけ加えてみる。


「・・・・・・!」


すると予想通り、ちゃんとライオンの顔になったのだ。


ネコにライオンのたてがみのかぶり物を被せても、変な違和感がないのはこのためである。


そんなわけで、私が図工の授業で、こんなにリアルなライオンの絵を描けたのは、タイガーマスクのおかげだったのである。


私の画力に驚いていた担任の先生や友人たちも、まさかこの絵のルーツがライオンじゃなくてトラであり、しかもタイガーマスクのアニメがその原点だったなんて、これぽっちも思ってもみないだろう・・・・・・。


当時は昼間から夜までアニメ番組をたくさん放映していたこともあり、どこの家庭でも、「勉強しないでアニメばっかり見て!」というのが、母親の定番の小言になっていた。


しかし、いま思えば、私はそのアニメから学ばせてもらったことが山ほどある。


本件のように学校の授業に生かせたこともあったし、社会に出て役に立ったこともあった。


だから一概に、「勉強しないでアニメばっかり見て!」というのは、間違った認識だと私は思うのだ・・・・・・。


もっというなら、学校の勉強の8割は社会に出たら何の役にも立たない。


トラがライオンに化けたように、最高の教材は、案外身近なところにゴロゴロ転がっているものなのだ。


重要なのはそれに気づけるかどうかである・・・・・・。



2025年5月28日 (水)

ドラえもんと鼻くそ

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私は子供の頃、ドラえもんの単行本(小学館てんとう虫コミックス)を愛読していた。


ドラえもんには、子供の頃に読んで衝撃を受け、大人になっても忘れられないほど、強烈に印象に残っているエピソードがいくつかある。


そんなエピソードのひとつが、単行本(小学館てんとう虫コミックス)第7巻の、「くせなおしガス」というエピソードだ。


「くせなおしガス」とは、誰でも無意識にやってしまう悪いくせを、本人に気付かせるために、ガスの力で少し大げさに再現してくれるというもの。


のび太は自分の鼻をほじるくせを、パパとママに指摘されたので、2人のくせも本人たちに気付かせたいと思い、ドラえもんに頼んで、「くせなおしガス」を出してもらう。


そして2人のいる部屋に気付かれないように、「くせなおしガス」を噴霧するドラえもん。


ふすまの隙間から、いつ2人のくせが出てもいいように、こっそりと様子を見ているドラえもんとのび太。


ところが先にくせが出てしまったのはのび太の方で、暇を持て余したのか、ついつい鼻をほじるくせが出てしまったのだ。


すると鼻の穴につっこんだのび太の右手小指に、あれよあれよという間に、鼻くそがほじくり出されて行き、最終的にはのび太の顔よりも大きな、鼻くそのボールが出来てしまう。


それを見たのび太とドラえもんは大慌てで、
「ど、どうしよう、これ」
「きたないな。はやくごみ箱へ」
と、鼻くそボールを両手で持ちながら走り回っている。


そこへ玄関にお客さんがやって来る。


しかし、パニックになって走り回っているのび太とドラえもんは、巨大鼻くそボールで前が見えず、「ごめんください」と言いかけているお客さんの顔に、鼻くそボールをムギュッと押しつけてしまう。


そしてお客さんに、「なに?それ」と言われて、あわてて背後に鼻くそボールを隠している。


で、私が忘れられないのは、この「くせなおしガス」のエピソードそのものというより、この鼻くそボールのディティールなのだ。


ボールといっても、ただの球体というわけではなく、全体にでこぼこしていて、そのでこぼこの描写が何ともリアルで気持ちが悪く、それでいてコミカルで、思わず「プッ!」と吹き出してしまう破壊力があった。


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じつはドラえもんでは、小学館てんとう虫コミックス第15巻の、「こっそりカメラ」というエピソードにも鼻くそボールが登場する。


こちらはのび太の同級生の「はる夫」が、「ひそかにためたハナクソが、こんなボールになった」と、机の上に置いて満足気に眺めているのだが、のび太のものより2回りほど小さく感じる。


しかし、こちらは「くせなおしガス」で大げさに再現したものではなく、はる夫がコツコツとためて、少しずつ大きくしたものなのだ。


そう考えると、のび太の鼻くそボールよりも、はる夫の鼻くそボールの方がすごいといえよう。


のび太のものよりも小さいとはいえ、はる夫の鼻くそボールもそこそこのサイズで、占い師の使う水晶玉と、ハンドボールの中間ほどのサイズはあると思う。


それにしても、こんなに大きな鼻くそを、はる夫はいったいどこに保存しているのだろう。


この時、はる夫が鼻くそボールを置いているのは、恐らく学習机の上だと思うのだが、学習机の引き出しには、どう考えても入らないサイズだろう。


机の上にそのまま置いておければ一番楽なのだろうが、普通の家庭ならまず間違いなく、母ちゃんの雷が落ちる案件だろう。


一方、のび太の鼻くそボールの方も、ドラえもんは「はやくごみ箱へ」とのび太を促しているのだが、のび太の鼻くそボールは、のび太の顔よりも大きく、どう考えてもごみ箱の口につかえてしまうはずだ。


このあとどう処理をしたのか気になるところである。


このように、私は子供の頃に読んだ、ドラえもんの鼻くそにまつわるエピソードが、強烈な印象としていまでも頭に残っている。


そしてこれらのエピソードを読んだ当時の私が、「自分も野球のボールくらいのサイズなら、何とかいけるんじゃないか?」と、一瞬思ったことをつけ加えておきたい・・・・・・。


(画像上、5月中旬頃から咲き始めるシモツケの花・・・・・・。画像下、芳香を漂わせながら、スイカズラの花が咲いている・・・・・・)


2024年12月26日 (木)

「スターヘリコプター」と「ぴょんぴょんカエル」

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▲昭和の当時に売られていた「スターヘリコプター」はもう売られていないが、その進化版と思われるおもちゃが売られていた。昭和版ではシンプルな棒状だった回転軸が、現代では拳銃型になって、引き金を引くことで、プロペラが飛んで行く仕組みになっている・・・・・・。

駄菓子屋で売られていたおもちゃというのは、お正月のお年玉を使ったり、クリスマスに親にねだって買ってもらうような、高額なおもちゃではなく、何かを我慢すれば、普段でも簡単に手に入るような、安価なものばかりだった。


そしてそれらは、値段が値段だけに、購入して遊んだところで、満足感や充実感はあまりなくて、「だから何?」と感じるようなものばかりだった。


で、そんな「だから何?」をいまからいくつかご紹介してみたいと思っている。


きっと、皆さんの思い出の1ページにも、しっかりと刻まれているアイテムだと思うので、当時を懐かしんでもらえたら幸いである・・・・・・。


まず、私が駄菓子屋で売られていたおもちゃで、真っ先に思い浮かべるのは「スターヘリコプター」だ。


確かそんな商品名だったと思うのだが、イメージとしては竹とんぼのプラスチック版である。


とはいうものの、竹とんぼをただプラスチックで作りましたというわけではなくて、柄の部分には回転軸が内蔵されていて、ひもを引っ張ることにより、これが回転して上部のプロペラが飛んで行くような仕組みになっていた。


ちなみにプロペラの羽は、Yの字状に3枚あって、各羽を円形の輪っかで固定してあった・・・・・・。


竹とんぼはコツがつかめないと、うまく飛ばせないものだが、スターヘリコプターはひもを引っ張るだけで、誰でも簡単に飛ばすことが出来た。


ただ、スターヘリコプターは、私たちが想像している以上に飛ぶので、室内だと電気の傘の上に乗っかってしまったり、野外だと木の枝に引っかかったりと、遊ぶ場所を選ばないと、プロペラを回収するのに、非常に苦労することになる・・・・・・。


うちでは飛んで行ったプロペラが、タンスの後ろの隙間に落ちてしまい、物差しやハエ叩きで、何とか取ろうとしたのだが結局取れず、これはタンスを動かさなきゃ無理だなということになって、年末の大掃除まで待たされることになった。


ところがその数週間後、うちのネコがスターヘリコプターのプロペラを咥えて歩いて来て、「どうやって取ったの !?」と、家族全員で唖然としたことがあった。


結局、ネコがどうやってプロペラを取ったのかは、いまも謎のままである。


駄菓子屋のおもちゃというのは、冒頭にも書いたように、「だから何?」と感じるようなものばかりで、すぐに飽きてしまうものがほとんどだったが、このスターヘリコプターでは、けっこう遊んだのを覚えている・・・・・・。


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▲昭和の頃はよく見かけた「ぴょんぴょんカエル」。現代の子供たちもこのおもちゃの存在を知っているのは、「サザエさん」の登場人物、カツオの影響に違いない。ちなみに現在店頭で見かけるのは、いわゆる「類似品」である・・・・・・。

駄菓子屋で売られていたおもちゃで忘れてならないのが「ぴょんぴょんカエル」だろう。


現在では「ぴょんぴょんカエル」で遊んでいる子供なんて、めっきり見なくなってしまったが、じつはこの「ぴょんぴょんカエル」は、現在でも販売されている超ロングセラー商品だ・・・・・・。


そしてこの「ぴょんぴょんカエル」を現在でも有効に活用している超有名な少年がいる。


「サザエさん」の登場人物のひとり、カツオである。


カツオはサザエさんを驚かすために、「ぴょんぴょんカエル」を何度使用したか知れない。


カツオは何度も同じ手口で驚かしに来るのに、毎回腰を抜かすほど驚くサザエさんは、よっぽどカエルが苦手なのだろう・・・・・・。


「ぴょんぴょんカエル」は、カエルのお尻からチューブが伸びていて、それがポンプに繋がっている。


で、このポンプをシュポシュポ押すと、カエルの折り畳まれた足が伸びて、ぴょんぴょん跳ねる仕組みになっている・・・・・・。


ところでカエル本体に空気を送るためのチューブについてだが、これは何mもあるような長いものではなくて、せいぜい40~50㎝もあればいい方だ。


ということは、サザエさんからは、いたずらを仕掛けようとしているカツオの姿は、丸見えだったはずなのだ。


それにもかかわらずサザエさんは、「ぴょん!」と飛び出て来たカエルを本物だと認識し、腰を抜かすほど驚いて、いたずらを仕掛けて来たカツオに激怒して、追いかけ回しているのである。


どうでもいいが、もはやそれって、カツオが悪いというより、サザエさんの方がどうかしているとしか、いいようがないのではないだろうか・・・・・・。



2024年10月20日 (日)

パーマンポテトチップス

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▲ポテトチップスに付いていたカードとぴったりサイズの袋の内側に、「当たり」の文字が出るともらえたカードアルバム・・・・・・。

カルビーのカード付きポテトチップスといえば、昔から「プロ野球チップス」が定番だった。


じつは1980年代には、このカード付きポテトチップスは、様々な種類のものが発売になっていた。


そしてそれは、スポーツというジャンルにとらわれず、アニメのキャラクターを採用した商品も多数発売されていた・・・・・・。


1980年代といえば、子供たちに藤子不二雄の作品が人気で、ドラえもんや忍者ハットリくん、パーマンなどが、テレビで次々と放映されている時代だった。


で、カード付きポテトチップスの方も、その人気にあやかって、ドラえもん、忍者ハットリくん、パーマンなどの絵柄のものが、毎年のように発売になっていた・・・・・・。


最初に発売されたのは、やはり藤子不二雄の代表作のドラえもんだったが、1979(昭和54)年の発売当時は、「ドラえもんスナック」という商品名だった。


で、その2年後の1981(昭和56)年に発売になったのが、「忍者ハットリくんポテトチップス」だった。


そしてその2年後の1983(昭和58)年には、「パーマンポテトチップス」が発売になっている・・・・・・。


で、その翌年の1984(昭和59)年には、「ドラハッパーポテトチップス」が発売になるのだが、今となっては、「ドラハッパー」なんていっても、何のことやらさっぱり分からないという人の方が多いのではないだろうか。


じつは「ドラハッパー」とは、ドラえもん、忍者ハットリくん、パーマンを合わせて、そのように呼んでいたのだ。


アニメでは絶対に共演することのない彼らが、ポテトチップスのカードの中では、夢の共演を果たしており、当時の子供たちは、ワクワクしながら、カードの袋を開封していたものである・・・・・・。


そして、「ドラハッパーポテトチップス」発売の翌年の1985(昭和60)年には、「オバQポテトチップス」が発売になるのだが、なぜかこの商品だけはカードが付いておらず、店のおばちゃんに、「カードは付いて来ないの?」と聞いている子供がたくさんいたものだ・・・・・・。


さらにその翌年の1986(昭和61)年には、「5きげんチップス」が発売になった。


ちなみに「5きげん」とはなんのことかというと、「ドラハッパー(ドラえもん、忍者ハットリくん、パーマン)」に、オバケのQ太郎とプロゴルファー猿を加えたものを、「5きげんクラブ」と呼ぶようになり、「5きげんクラブ」のポテトチップスということで、「5きげんチップス」と命名されたようだ。


前年発売の「オバQポテトチップス」は、カードが付いていなかったことが不評だったのか、「5きげんチップス」から再び、カードが付属するようになった・・・・・・。


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▲カードアルバムの内側はこんな感じで、48枚のカードをコレクションすることが出来た。ちなみに上の画像の面は、カード6枚分あって、折りたたまれて収納されている・・・・・・。

で、この藤子不二雄作品のポテトチップスシリーズは、1袋につき、カードが1枚付いて来た。


私の記憶では、確か当時はポテトチップスの袋に、カードは貼り付けられていなくて、ポテトチップスを買うと店のおばちゃんが、「はい」とカードを手渡ししてくれていたように思う・・・・・・。


カードはピッタリサイズの袋に入っていて、中のカードの絵柄は分からないようになっていた。


で、この袋をハサミで切って、中のカードを取り出すのだが、じつはこの袋、ただのカードのカバーというわけではなくて、袋の内側に「当たり」の文字がプリントされていることがあったのだ。


そして、その「当たり」を葉書に貼ってカルビーに送ると、カードを収納することが出来る、「カードアルバム」をもらうことが出来た・・・・・・。


このアルバムには、48枚のカードをコレクションすることが出来たのだが、カードの種類はなんと100種類以上あったそうで、とても1冊のアルバムに収められる量ではなかった。


付属のカードは表面は漫画の1コマがカラーイラストで描かれていて、裏面は白黒のイラストに簡潔な文章が添えられる形で、そのシーンについての解説が書かれていた。


当時の子供たちは、これを読むことで、友達よりも物知りになれたような気がして、ちょっとした優越感に浸ることが出来たのだった。


だからいざ袋を開ける時には、「友達が持っていないカードが出ますように」と、毎回祈るような気持ちで、ドキドキしながら開封作業を行っていたものだ・・・・・・。


で、先ほども書いたように、カードの種類は100種類以上あったので、普通に考えたら、そうそうダブることはないと思うのだが、不思議なもので、同じカードが2枚、3枚と集まることもよくあった。


また、同じカードが出たので、友達に「カードを交換しないか?」と持ちかけると、友達がダブっているカードも、なぜか自分と同じカードだったなんてことも、しばしば起きていた・・・・・・。


ここまで来ると、もはや奇跡としかいいようがない。


それともカードによって、出やすいカードと、そうでないカードがあって、出現率が調整されていたのだろうか。


しかし、当時はそんな話は1度も聞いたことがなかったし、もし、レアカード的なものが存在していたとしたら、子供たちはもっと熱狂して、カード集めが大ブームになっていたことだろう。


で、私は幸運にも「当たり」が出て、カードアルバムをもらうことが出来たのだが、そのアルバムに収めるカードの方はというと、前述のようにダブりがたくさん出て、結局のところ、アルバムの半分も集めることが出来なかったのだった・・・・・・。



2024年9月 2日 (月)

「謎フレーズ探偵」ポチる

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「ポチる」という言葉がある。


もはや説明するまでもないと思うが、「ポチる」とは通販サイトなどで、商品の購入を確定することを意味している。


購入ボタンを「ポチッ」と押して買うから「ポチる」なのである。


しかし、実際には「ポチッ」としているのは、PCならマウスの方で、画面上の購入ボタンからは、当然のことながら、手に伝わって来る感触は何もない。


で、ここでちょっと疑問に感じることがある。


マウスならば「ポチッ」ではなく、「カチッ」ではないのか?


それなのになぜ、「ポチッ=ポチる」になったのだろうか・・・・・・。


じつはこの「ポチる」という言葉には、元になった言葉がある。


それは「ポチッとな」で、昔から様々なアニメやゲームの世界で、登場人物たちのセリフとして使われて来た。


そしてそれはほとんどの場合、何かしらのボタンを押すシーンで、「今からボタンを押しますよ」の合図として使われて来たのだ・・・・・・。


で、この「ポチッとな」には、さらなる元ネタがある。


そしてその元ネタは、1977(昭和52)年1月1日から、1979(昭和54)年1月27日まで、フジテレビ系列で放映されていた、アニメ「ヤッターマン」になる。


具体的にはヤッターマンの作中で、ドロンボー一味のボヤッキーが、ヤッターマンのメカを攻撃する際に、操縦席にある赤く丸いボタンを「ポチッとな」と言いながら押していたのが、全ての始まりだったのである。


そしてヤッターマンは人気の作品ということもあって、その後も何度も再放送を繰り返していた。


その結果、幅広い世代の人が知るアニメ作品となって、「ポチッとな」も世間に広く浸透していったのである・・・・・・。


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で、私が子供の頃は、日常生活の中でも、何かのボタンやスイッチを押す時に、ボヤッキーの「ポチッとな」をよく真似して使っていたものだ。


例えばテレビの電源ボタンやラジカセの再生スイッチ、扇風機の風量切り替えボタンや、バスの降車ボタンを押す時などがそうである・・・・・・。


ところでこのボヤッキーの「ポチッとな」というセリフだが、じつは当時ボヤッキーの声を担当されていた、声優の八奈見乗児さんのアドリブだったといわれている。


だからもしその時に、アドリブが却下されていたら、現代の「ポチる」という言葉は誕生していなかったのかも知れない・・・・・・。


ちなみにボヤッキーといえば、「ポチッとな」以外にも、「はぁ~い、全国の女子高生のみなしゃ~ん」や、「今週の山場~っ!」などの決まり文句があることで知られているが、これらも全てアドリブだったと言われている。


このため作品中盤あたりからは、ボヤッキーの台詞の部分に、あらかじめ余裕を持たせておき、アドリブを入れやすくしておいたのだそうだ・・・・・・。


ところで2008(平成20)年にヤッターマンのリメイク版が放送された際には、キャラクターグッズとして「ポチッとなボタン」と、その廉価版の「ポチッとなボタンミニ」が発売された。


これらのボタンは、アニメ本編のイメージを忠実に再現していて、赤いボタンにはドロンボー一味のトレードマークでもある、ドクロのマークもちゃんとプリントされていた。


そしてボタンを押すことで、「ポチッとな」を始めとする、様々な台詞をしゃべるおもちゃに仕上がっていた・・・・・・。


また、2010(平成22)年2月12日には、日本マクドナルドのハッピーセットのおまけとして、期間限定、数量限定で、「ポチッとな」が配布されていた。


こちらも前述のキャラクター商品に似たデザインで、ボタンを押すことで、ドロンボー一味の台詞が再生される仕組みになっていた。


台詞は3種類で、ドロンジョの「やぁ~っておしまい!」、ボヤッキーとトンズラーの「アラホラサッサー!」、そして最後はメインとなる、ボヤッキーの「ポチッとな」が収録されていた・・・・・・。


私が子供の頃、ヤッターマンの作中に登場するポチッとなボタンは、その大きさや形状、押し心地などが、なんとも絶妙に感じられ、テレビを見ながら、「あれをぜひ押してみたい」と思っている少年少女がたくさんいたものだ。


だから昭和のあの頃に「ポチッとなボタン」が商品化されていたら、きっと馬鹿売れしていたに違いない・・・・・・。


ところで「ポチッとな」といえば、ヤッターマンの作中で、ボヤッキーがボタンでないものを、「ポチッとな」と押していることがあった。


で、それは何かというと、ドロンジョの乳首で、ハプニングのどさくさに紛れて、「ポチッとな」と押していたのだが、その直後にドロンジョに張り倒されていたことはもはやいうまでもないだろう・・・・・・。


(画像上、暑い中にも秋を感じるようになり、フィールドではツクツクボウシの個体数が一気に増えた・・・・・・。画像下、シロソウメンタケも秋を感じて地上に姿を現した・・・・・・)



2024年7月22日 (月)

「ヤッターマン」マージョとドロンジョ

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ヤッターマンの本放送は、1977(昭和52)年1月1日から、1979(昭和54)年1月27日まで、フジテレビ系列で放映されていた。


そして毎週土曜日の午後6時30分から午後7時の放送枠で全108話が放映されている。


人気作品だったので、その後も何度も再放送をやっていたので、昭和生まれの人なら、テレビで一度は見たことがある作品だと思う・・・・・・。


ところでこのヤッターマン、正式なタイトルは、「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」になる。


そのタイトルから分かる通り、ヤッターマンには「前作」に当たる、「タイムボカン」という作品があった。


こちらの本放送は、1975(昭和50)年10月4日から1976(昭和51)年12月25日まで、フジテレビ系列で放映されていた。


そして毎週土曜日の午後6時30分から午後7時までの放送枠で全61話が放映されている。


ちなみに2つの作品にはストーリー上の繋がりはなく、全く別の作品ということになっている・・・・・・。


ところがヤッターマンの放映開始当初は、タイムボカンのマージョ一味と、ヤッターマンのドロンボー一味は、同一人物という設定になっていた。


じつはヤッターマンの前作に当たるタイムボカンの最終回で、マージョ自身がはっきりと、「もうタイムボカンは終わりだよ。でも、次回からはドロンボー一味となって、世界中のお宝をいただくんだよ。私はマージョ改めドロンジョ」と改名を宣言しているのだ。


そして、マージョ一味のメカ設計開発を担当しているグロッキーは、「じゃ、私はグロッキー改めボヤッキー」、さらにマージョ一味の怪力担当のワルサーは、「ワルサー改めトンズラー」と続けて改名宣言をしている。


この改名宣言は、タイムボカンのエンディングテーマが流れる中、次回作の宣伝を兼ねて挿入されたカットだった。


そういわれてみると、タイムボカンとヤッターマンの悪役3人組は、容姿からコスチュームのカラーリングまで非常によく似ている。


特に「グロッキー→ボヤッキー」、「ワルサー→トンズラー」の2人は、ゴーグルを付けてはいるものの、ほぼ素顔といってよく、同一人物と言われても何の違和感もない・・・・・・。


一方、ヤッターマンに登場するドロンボー一味の、リーダー兼お色気担当のドロンジョは、顔の大半を覆うペルソナ(覆面)を着用していて、その素顔をうかがい知ることは困難だ。


その一方で、タイムボカンに登場するマージョ一味の、リーダー兼お色気担当のマージョは、なんと顔は一切隠すことなく素顔のままなのだ。


ヤッターマンを見た後に、タイムボカンの再放送を見たりすると、これはちょっと衝撃的で、なんだか覆面レスラーの素顔を見てしまったような気分にさせられる・・・・・・。


しかし、「これでは比較のしようがないじゃないか」と思われるかもしれないが、じつはドロンボー一味のドロンジョは、出撃前の資金稼ぎをしている段階では、ペルソナは着用しておらず、ほとんど素顔といっていい。


この時のドロンジョの顔とマージョの顔を見比べて見るとやはり瓜二つで、同一人物と言われても何の違和感もないのだ。


しかし、この設定、シリーズを重ねるにつれて、どういう訳かなかったことにされてしまい、「タイムボカン王道復古」という後の作品で、マージョ一味とドロンボー一味が共演を果たしたことで、完全に別人の扱いになってしまった・・・・・・。


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しかし、この「似ているけれど別人」という新設定も分からなくもないのだ。


じつはタイムボカンのマージョ一味の、メカ設計開発を担当しているグロッキーは、リーダー兼お色気担当のマージョよりも背が高い。


ところがヤッターマンのドロンボー一味の、メカ設計開発を担当しているボヤッキーは、リーダー兼お色気担当のドロンジョよりも背が低いのだ。


しかし、どういう訳か、ボヤッキーについては、14話から26話までの間は、なぜかドロンジョよりも背が高く、その後はまた背が低くなるという謎現象が起きている・・・・・・。


また、公式発表されているマージョの年齢は30歳だがドロンジョは24歳である。


まあ、年齢に関しては、自己申告だろうから、いくらでもごまかすことは可能で参考にはならないだろう・・・・・・。


また、作中では、「やはりこの3人は、前作と同一人物なんじゃないか?」と思わせる描写がそこかしこに見られる。


例えばタイムボカンでは秘密兵器を使う際に、「今週のハイライト」という決め台詞を口にしてから、それを起動するためのボタンを押していたのだが、ヤッターマンの作中でも資金稼ぎの悪徳商売のシーンや、戦闘中にヤッターマンのビックリドッキリメカへの対抗手段を発動させるシーンで、「今週のハイライト」が使われていたりした。


また、ヤッターマンの第11話では、「タイムボカンの頃を思い出す」というセリフをうっかり口に出してしまったり、第93話でもBGMの「それゆけガイコッツ」という曲を、ボヤッキーが「タイムボカンの頃のぼくちゃんたちのテーマ」とはっきりと言っているシーンがある。


さらにヤッターマンの主役メカである「ヤッターワン」のことを、タイムボカンと言っているシーンもあった・・・・・・。


また、ヤッターマンのドロンジョのセリフとしてお馴染みの「スカポンタン!」や「やっておしまい!」などのセリフは、もとをたどればタイムボカンのマージョのセリフだったのだ。


さらに言うなら、作中で様々なハプニングが起きて、ドロンジョがおっぱいを丸出しにするハメになるのも、もともとはタイムボカンのマージョのネタ(?)だったのだ。


それがいつの間にか、ドロンジョのセリフやネタ(?)として、世間に広く知られるようになってしまったという訳だ。


しかし、自ら考案したとしか思えない「スカポンタン」というセリフや、自らハプニングを引き寄せて、すっぽんぽんになってしまう才能など、どう考えてもこの2人は同一人物としか思えない。


逆にいうなら、この2人が別人だったとしたら、ちょっと怖いものがあるといえよう・・・・・・。


(画像上、スズメバチが一生懸命、木を囓っている傍らで、アカボシゴマダラが口吻を伸ばして樹液を吸っていた・・・・・・。画像下、つい先日までニイニイゼミばかりだったフィールドで、ようやくミンミンゼミが鳴き始めた・・・・・・)



2024年6月10日 (月)

「ヤッターマン」ドロンジョの裸 ③

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①、②でも再三書いて来たように、ドロンジョは作中でしばしば裸になって来た過去がある。


そしてそれは、本人の意思とはいっさい関係なく、ドクロベーから指令を受け取った直後に爆発が起きて、服がボロボロになってしまったり、相手メカの攻撃に巻き込まれて、服が破けてしまったりと、その原因は多岐に渡っていた。


そしてこれこそが、ドロンジョがドロンボー一味の「お色気担当」と言われる所以でもあった訳だ・・・・・・。


そんなドロンジョなのだが、唯一自分から裸になる場所があった。


バスルームである。


じつはドロンジョは無類の風呂好きらしく、なんと毎回搭乗するメカのコックピットにまでバスルームを設けていた。


では、コックピットのどこにバスルームがあったのかというと、操縦桿や各種計器が並ぶ操縦席の真後ろに、ピンク色の大きなカーテンがかけられた場所があって、そのカーテンの向こう側にバスルームがあったのである。


一般にコックピットというと、人ひとり座るのがやっとのスペースというイメージだが、ドロンボー一味のメカのコックピットは、3人が走り回れるくらい広く、さらにその背後にバスルームまであったのだから、メカそのものがいかに巨大なものであったかがよく分かる・・・・・・。


で、このピンク色のカーテンの向こう側には、脚を伸ばして入れるほどの大きさの、洋風の大きなバスタブが置かれていたのだ。


そしてドロンジョは、映画のワンシーンによくあるように、バスタブから片脚だけを高く持ち上げて、お風呂を満喫していたものである。


ちなみにドロンジョはお風呂に入る時も、トレードマークのペルソナ(覆面)だけは外そうとはしなかった。


これは風呂でくつろいでいながらも、いつ戦闘に突入してもいいように、気持ちだけは切らさないでおこうという、彼女なりのこだわりだったのかもしれない・・・・・・。


また、ドロンジョは入浴中に緊急事態が発生して、身体にバスタオルを巻いたまま、バスルームから飛び出て来たことがあった。


あまりに慌てていたせいか、バスタオルがゆるんで落ちてしまい、裸にペルソナという、もはや違和感しかないマニアックなコスプレ(?)を披露したこともあった。


きっと、そっち方面のマニアのかたには、たまらないシーンだったことだろう・・・・・・。


Photo_20240610165302

ところでヤッターマンといえば、天高く放り投げたツナギを裏返しに着用することが、変身シーンの定番となっている。


ヤッターマン1号のガンちゃんは、普段は青いツナギを着ているのだが、これの裏面が白いヤッターマン1号の衣装になっている。


また、ヤッターマン2号のアイちゃんは、普段は黄色いツナギを着ているのだが、これの裏面がピンク色のヤッターマン2号の衣装になっている。


いわゆるリバーシブルというやつだ・・・・・・。


じつはドロンジョは、このヤッターマンの変身シーンのマネをして、インチキ商売の際に着ていた服を、天高く放り投げ、「変身」を試みようとしたことがあった。


普段着だったので、当然コスチュームとのリバーシブルになっているはずはなく、ただ服を脱ぎ捨てて、素っ裸になっただけという、なんとも間抜けなオチになる・・・・・・。


ところでドロンジョは、ヤッターマン1号2号の正体を知らないし、ヤッターマンの基地の場所も知らないはずなのだ。


それなのに、どうしてヤッターマンが、毎回このような変身の仕方をしていることを知っていたのだろう。


考えられるのは、誰かにその詳細を教えてもらっていた、もしくは映像を見せてもらっていたということだろう。


「では、いったい誰に?」という話になって来るのだが、じつはドロンジョは、本作のナレーターと仲がいいらしく、ボヤッキーがナレーターのお馴染みのフレーズ、「説明しよう!」をパクろうとした時、「富山敬ちゃんの領域を奪うな」と注意している。


普段は顔も出て来ないナレーターをフルネームで知っているばかりか、「ちゃん」付けで呼んでいるのだ。


「じつはヤッターマンは変身する時に、こんな格好いいルーティンがあるんですよ」と教えてもらっていても決しておかしくはないだろう。


どんなヒーローものでもそうだろうが、ナレーターというのは、基本的に正義の味方の側に立って、ナレーションを行うものだ。


そしてそれはヤッターマンでも例外ではなかったのだが、2年以上も続いた番組ということもあって、ドロンジョとは付き合いも長く、プライベートではちょっとした交流があったのかもしれない・・・・・・。


(画像上、よい香りを漂わせながら、クチナシの花が咲いている・・・・・・。画像下、こんな場所でモモスズメが休憩中・・・・・・)


2024年4月23日 (火)

「ヤッターマン」ドロンジョの裸 ②

Photo_20240423165401

ドロンジョはドロンボー一味の女リーダーで、3人のメンバーの中での役回りとしては、「お色気担当」と言われることが多い。


これはなぜかというと、作中でドロンジョが毎回のように、裸を晒していたからに他ならない。


誤解のないように書いておくが、ドロンジョはべつに露出症という訳ではない。


では、なぜそのようなことが起きてしまうのかというと、これについてはもはや「運命」としか言いようがない・・・・・・。


じつはドロンジョは戦闘の際にも、しばしば裸になっていた。


そしてドロンジョが戦闘の際に、裸になっていた原因の1つが「ゾロメカ」だったのである。


「ゾロメカ」とはヤッターマン側のメカ(ヤッターワンなど)がピンチに陥った際に、ガンちゃん(ヤッターマン1号)が投げる「メカの素」により、ヤッターマン側のメカ(ヤッターワンなど)の内部で急遽製造される小型のメカのことをいう。


ちなみにヤッターマン側のゾロメカは、「ビックリドッキリメカ」と呼ばれる。


そしてドラムロールからのファンファーレの後に、ヤッターワンの口の中から長い梯子が出て来て、その梯子を伝って、「いったい何機出て来るんだよ」と呆れるぐらい、次から次へと小型のメカがゾロゾロと出て来るのである。


ゾロゾロ出て来るから「ゾロメカ」という訳だ・・・・・・。


ちなみに最初の頃は、ゾロメカはヤッターマンの専売特許だったのだが、作品中期以降はそれに対抗してドロンボー側もゾロメカを出すようになって行った。


で、このゾロメカがドロンジョのコスチュームを切り刻んだり、引き裂いたりするのが、ヤッターマンでは定番の展開だったのである・・・・・・。


で、その露出の程度については、日によって様々で、ほぼ全裸になってしまっていることもあれば、なぜかおっぱいの部分だけがきれいに露出していることもあった。


どちらにしても、規制の甘い昭和のアニメということで、「おっぱいは丸出し、乳首も隠さず」が基本だった。


アニメといえど、規制が厳しくなった現在では、ちょっと考えられない話である・・・・・・。


Photo_20240423165402

ちなみにゾロメカの中には、ドロンジョの姿を模したものが登場したことがあったが、ニワトリに服をはぎ取られ、本人と同様に素っ裸になってしまっていた。


ゾロメカになっても、ドロンジョはドロンジョだったのである・・・・・・。


ちなみにゾロメカの攻撃(?)で裸になっていたのは、ドロンジョだけではなく、部下のボヤッキーとトンズラーも被害にあって、パンツ一丁になってしまったりしていた。


しかし、ボヤッキーとトンズラーが無事なのに、なぜかドロンジョだけが素っ裸ということもあり、こうなって来ると、冒頭でも書いた通り、ドロンジョは、「そういう運命のもとに生まれて来ている」としか言いようがないだろう・・・・・・。


そしてそのことを裏付けるように、ドロンジョはゾロメカ以外の不可抗力によって、裸になっていることもしばしばあった。


例えば自分たちが放った武器が、ブーメランのように戻って来て、服を切り裂いてしまい、おっぱいがベロ~ン。


また、ヤッターマンが放った武器が直撃して、服がビリビリに破けて、四方八方に飛散して行き、豪快に素っ裸になってしまうなんてこともあった・・・・・・。


そして不思議なのは、どちらの場合も、武器が直撃しているにも関わらず、ドロンジョに怪我らしい怪我は何ひとつ認められない点である。


考えられるのは、そもそもこれらの武器は、武器とは名ばかりで、ドロンジョを裸にさせることだけに焦点を絞って開発された、ビックリグッツ的なものだったのではないかということだ・・・・・・。


ヤッターマンの側からしてみたら、相手のボスに精神的ダメージを与え、攻撃の手を一時的に止めさせる目的があったのかもしれない。


一方、ドロンボーが放った武器が、ブーメランのように戻って来たのは単なる偶然かというと、武器の威力のことを考えると、それもかなり怪しい。


もし、本気でヤッターマンのメカを破壊するつもりなら、もっと強力な武器を選択するはずである・・・・・・。


ドロンボー一味のメカ開発担当はボヤッキーだ。


ボヤッキーといえば、戦闘とは何の関係もない、「おだてブタ」や「ドッチラケメカ」などを作り上げ、それをただでさえスペースのないコックピットに、無理やり搭載してしまうほど遊び心のある男だ。


まっとうな武器と見せかけて、じつはブーメラン式に戻ってきた武器が、ドロンジョのコスチュームをボロボロにしてしまう仕掛けが施してあったとしても、決して不思議ではないだろう・・・・・・。


ちなみに「おだてブタ」に関しては、ご存知のかたも多いかと思うが、ドロンジョがボヤッキーの作ったメカを褒めちぎっている時などに、コックピットの一角にミニサイズのヤシの木が現れ、そのヤシの木をブタ型の小型メカがスルスルと登って行き、「ブタもおだてりゃ木に登る、ブー」と言い放つだけの、何の役にも立たないメカである。


もう1つの「ドッチラケメカ」は、前述の「おだてブタ」が登場する以前に、コックピットに搭載されていたメカで、誰かが駄洒落を言った時や、ヤッターマンの攻撃でメカが爆発する時などに、「ちんちろりんのドッチラケ~」と言いつつ登場する、骸骨型のどうしようもないメカである・・・・・・。


と、そんなわけで、もはや疑いようもないだろう。


ドロンジョの「敵」は、ヤッターマンばかりではなかったようである・・・・・・。


(画像上、影の枝に咲いた桜の花・・・・・・。画像下、奇妙な姿をしたウラシマソウの仏炎包・・・・・・)


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