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2026年6月10日 (水)

エッチな下着

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▲こちらはオリジナル(スーパーファミコン版)のドラクエⅤのパッケージ。縦長のパッケージからも分かるように、ソフトの形態はカートリッジだった。リメイク版しか知らない世代には逆に新鮮なのかもしれない・・・・・・。

「エッチな下着」はドラクエシリーズに登場する装備の中で、最もインパクトのあるネーミングで、高い知名度を誇るアイテムといえるだろう。


ちなみに「エッチな下着」は、ドラクエⅤ、Ⅵに登場している・・・・・・。


「エッチな下着」と堂々といっているにも関わらず、ドラクエの世界では、これはただの下着ではなく、れっきとした防具(鎧)という認識のようだ。


ということは、「下着っぽい形状をした鎧なのでは?」と思うかたもいるかもしれない。


現実にドラクエⅢの女戦士のイメージ画は、通称ビキニアーマーと呼ばれる、下着っぽいデザインの鎧を身につけている。


ところが、「エッチな下着」に関しては、ビキニアーマーのような金属感は微塵も感じられず、正真正銘、どこからどう見ても、露出の多い、女性用の下着なのである・・・・・・。


「エッチな下着」の見た目は、黒くセクシーな下着で、「ブラジャー」、「ショーツ」、「ガーターベルト」の3点で構成されている。


ちなみにこれは、スーパーファミコン版の構成で、リメイク版では「ガーターベルト」がなくなって、「黒のレース付きの下着」に変更になり、スケスケ感がアップした・・・・・・。


DS版のドラクエⅥの公式ガイドブックには、「黒いレースと色っぽいデザインが女性の魅力を最大限に引き立てる下着」と書かれていて、「何だよ、やっぱり下着じゃん!」と思ったかたも少なくないだろう。


一方、DS版ドラクエⅤの公式ガイドブックには、「これを着て旅をするのは、かなりの勇気が必要」という記述がある・・・・・・。


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▲こちらはオリジナル(スーパーファミコン版)ドラクエⅥのパッケージ。「Ⅴ」と同様にソフトの形態はカートリッジだった・・・・・・。

現実に作中では、外見は下着でも、あくまでもこれは防具(鎧)なので、「エッチな下着」の上に服(または鎧)を着たりすることは、出来ない仕様になっている。


このため、一度「エッチな下着」を装備してしまうと、フィールドであろうが、ダンジョンであろうが、人通りの多い町の中だろうが、お城の王様の前だろうが、ずっと、黒いセクシーな下着姿で歩き回らなければならないことになる。


一歩間違えたら、ただの変態、下手をしたら露出症の女がいると通報されてもおかしくないだろう・・・・・・。


こんな恥ずかしい格好で、あちこち連れ回されているにも関わらず、防御力1とかだったら、もはや絶縁されても文句はいえまい。


しかし、安心して欲しい。


じつは「エッチな下着」は、やっぱりただの下着ではなかったのだ。


なんと、エッチな下着の守備力は23もあり、これは「鉄の鎧」に匹敵する。


こんな布地の少ない下着のどこに、あの重たい「鉄の鎧」に匹敵する守備力が秘められているというのだろう・・・・・・。


ちなみにオリジナルのスーパーファミコン版ドラクエⅤでは、「エッチな下着」は非売品で、グランバニアの宝物として、隠し部屋に保管されている。


ちなみに前作に当たるドラクエⅣでは、グランバニアの国王は、あのパパス。


ということは、グランバニアに伝わる、「エッチな下着」の持ち主は、妻のマーサということになるのか。


それを考えると、妙な妄想に頭の中を支配されていき、何だかちょっと嫌だわ~~~・・・・・・。



2026年4月22日 (水)

3DOリアル

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▲3DOで数少ない名作ソフトの「ポリスノーツ」。いい映画を一本見終わったような充実感のある作品だった・・・・・・。

かつて松下電器がパナソニックブランドで、ゲーム機を発売していたことがあったのをご存知だろうか。


1994(平成6)年3月20日に発売になった、「3DOリアル」がそれである・・・・・。


しかし、当の松下電器は、なぜか「3DOリアルは、インタラクティブマルチプレーヤーであり、あくまでも家電製品である」と言い張っていた。


このため「3DOリアル」は、他のゲーム機とは異なり、ゲームショップでの販売ではなく、家電としての販路をメインに、地域のナショナルショップでも販売されていた・・・・・・。


「情報家電」という位置づけだったせいか、当初発表されていた希望小売価格(予価)は79800円と、ゲーム機としては超高価な価格設定だったのだが、後に54800円に訂正されての発売となった。


しかし、それでも1994(平成6)年11月22日に発売になった、ライバル機のセガサターンの本体価格44800円や、1994(平成6)年12月3日に発売された、初代プレイステーションの本体価格39800円と比べるとやはり高額だった・・・・・・。


「3DOリアルはゲーム機に留まらない情報家電であり、安価なゲーム機ではなく、高価格なマルチメディア機なのだ」というのが、松下電器の掲げるコンセプトだったのだが、結果的にはこの高価格がネックとなり、普及の大きな妨げとなったのだった。


そしてそれは誰の目にも明らかだったのである・・・・・・。


「インタラクティブマルチプレーヤー」を謳っていたせいか、「3DOリアル」のテレビCMには、アルベルト・アインシュタイン博士が登場していた。


といっても、CGで作成されたアインシュタイン博士だったのだが、似ているようで、ちょっと違うような、微妙な出来だったのをいまでもはっきりと覚えている・・・・・・。


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▲いわゆる2時間ものの刑事ドラマ風アドベンチャーゲーム。捜査の進め方でエンディングが変化する、スコアエンディングシステムが採用されていた・・・・・・。

CMではまず、アインシュタイン博士に、「お待たせしました、博士」というナレーションが入る。


そして、「これが超ゲーム体験、3DOリアルです」と続く・・・・・・。


そしてテレビの前に置かれた「3DOリアル」が映し出され、画面は見たこともない、馴染みのないゲーム画面に切り替わる。


それもそのはず、これはいわゆる「洋ゲー」と呼ばれる洋物ゲーム。


じつは「3DOリアル」の初期のゲームソフトのほとんどは、いわゆる「洋ゲー」の日本語訳バージョンで、主にエレクトロニックアーツ・ビクターが発売していた。


そしてこれも、「3DOリアル」が売れなかった理由の1つだろう・・・・・・。


それでもCM中のアインシュタイン博士は、「うひょ~!」と興奮気味にコントローラーを操っている。


そして矢継ぎ早に、様々なゲームの画面が紹介されて行き、「博士、そろそろお時間です」というナレーションが割り込んで来る。


すると、よほどゲームに熱中していたのか、アインシュタイン博士が「なんか言った?」とカメラ目線で答える。


それにしても、このアインシュタイン博士、やっぱり似ていない・・・・・・。


そして最後に「3DOリアル」の文字と、3DOリアル本体が黒バックの画面に映し出され、CMは終了となる。


それにしても、画面下部に表示されている本体価格の54800円は、「やっぱり高いな~」と感じさせるだけの破壊力がある・・・・・・。


ライバル機が発売後に値引き合戦に入った時も、「3DOリアル」はナショナルショップでの販売がメインだったこともあり、積極的な値引き販売は出来なかった。


このように3DOリアルは、ソフト、ハード共に、おおよそ一般向きではなく、結果的に「残念なマシン」として、後生に語り継がれることになったのである・・・・・・。



2026年3月 4日 (水)

バーチャルボーイ

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▲バーチャルボーイはゴーグルを二脚で固定してあって、これを覗き込んでゲームをプレイするスタイルだった。どういうことかというと、椅子に座った状態でテーブル上のゴーグルを覗き込む形になるわけだ・・・・・・。

1995(平成7)年7月21日、任天堂から「バーチャルボーイ」が発売になった。


「ボーイ」という名前からも分かる通り、一応は「ゲームボーイ」のような携帯型のゲーム機という触れ込みだった・・・・・・。


で、バーチャルボーイがどんなものだったのかについてだが、分かりやすくいうなら、本体の形状は、「VRゴーグル」そのものだった。


現代のVRゴーグルは、いうまでもなく、頭部に直接取り付けて使用する。


ところがバーチャルボーイの場合は、頭に直接取り付けることは出来なくて、本体の下部に三脚ならぬ、二脚がセットされていた。


そしてこの状態で、テーブルの上などに立てて、本体を覗き込むようにして使用する。


冒頭でも書いたが、一応は携帯型のゲーム機というふれこみではあったが、プレイ中は動けないので、実際は据え置き型のハードといっても過言ではなかった・・・・・・。


ところでバーチャルボーイが発売になった、1995(平成7)年というと、任天堂のメインハードはスーパーファミコンで、まだニンテンドウ64は発売になっていなかった。


そしてその前年の1994(平成6)年11月22日には、「セガサターン」、同年12月3日には、SONYの「プレイステーション」が登場している。


そんな時代に任天堂は、現代のVRを見据えた、「バーチャルボーイ」の発売に踏み切ったのである・・・・・・。


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▲バーチャルボーイのコントローラーは、なんと左右対称で、任天堂特有の十字ボタンも左右両側に備えていた。そして驚いてしまうのは、コントローラーの大きさで、一般的なコントローラーを上回るビッグサイズだった・・・・・・。

ちなみにバーチャルボーイのゲーム画面は、赤と黒の2色のみで構成されていた。


セガサターンやプレイステーションが、3Dポリゴンをグリングリン動かしていた時代に、たった2色の画面で勝負していたのである・・・・・・。


ちなみにバーチャルボーイのゲーム画面はポリゴンではなく、3D立体視と呼ばれるもの。


左と右の液晶画面に異なる映像を出力することで、キャラクターが手前に飛び出して見えるという技術だ・・・・・・。


当時はゲーム画面が赤と黒の2色ということで、保護者から「目に悪いのではないか?」という声が上がり、売り上げに影響があったなんてうわさもあったが、実際のところは視力低下などの悪影響はなかったらしい。


ただ、バーチャルボーイには、「オートポーズ機能」が搭載されていて、一定時間以上、ゲームをプレイし続けると、「AUTO PAUSE」の文字が画面に表示されて、プレイを中断して休憩するように促された。


結果的にこの「オートポーズ機能」が、前述の疑惑を生むきっかけになったのではないかと思う・・・・・・。


で、そんな疑惑も手伝ってか、バーチャルボーイは、「赤い黒歴史」と揶揄されるほど売れなかった。


ちなみにバーチャルボーイのボディは赤だったので、「赤い黒歴史」の赤は、そのことを指していたのだろう・・・・・・。


さらにバーチャルボーイが売れなかった理由のひとつに、当時次世代ゲーム機と呼ばれていた、セガサターンやプレイステーションの存在があった。


すでに時代は3Dは3Dでも、立体視ではなく、グリングリン動く3Dポリゴンの時代に突入していたのだ。


バーチャルボーイは発売時期を見誤ったとしかいいようがない。


そんなこともあって、バーチャルボーイは、「早すぎたVR」とか、「任天堂の眼鏡」などと、不名誉なキャッチコピーを作られ、ネタとして後生に語り継がれて行くことになったのである・・・・・・。



2026年1月14日 (水)

ピンクのレオタード

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▲ファミコン版「ドラクエⅣ」のパッケージ。主人公なのにその悪人顔が大いに話題になったパッケージでもある・・・・・・。

ファミコン版の「ドラクエⅣ」で、初めて登場した装備に、「ピンクのレオタード」がある。


これまで女性専用の装備といえば、水着が定番だったのだが、ドラクエⅣで初めてレオタードが採用されたことになる。


ちなみにレオタードとは、バレエやエアロビクス、体操競技などで着用する、身体にピッタリとフィットするウエアで、誰もが一度は見たことがあると思う・・・・・・。


ドラクエⅣに登場する、「ピンクのレオタード」は、いわゆるスポーツ競技で着用するレオタードとは、見た目からしてちょっと違っていて、レオタード界の常識を覆すようなデザインになっている。


ドラクエⅣの「ピンクのレオタード」は、文字通り、ピンクのレオタードなのだが、レオタードにも関わらず、「へそ出し」スタイルになっている。


ちょうど胸のすぐ下あたりから、へその下あたりにかけて、楕円形に大きく肌が露出するデザインになっているのだ。


そして胸のあたりには、中央に赤い宝石をあしらって、白い羽を広げた装飾が施されている。


いわゆるロトの紋章のようなデザインといえば、イメージしやすいだろうか。


そしてピンクのレオタードは、背中側も大きく肌が露出するデザインとなっており、これで防具の役割を果たすのか、はなはだ疑問である。


しかし、どういうわけか、ピンクのレオタードは、銅の鎧をもしのぐ、高い守備力を誇っていて、アリーナにとっては、これが最強の鎧(鎧じゃないが・・・)ということになる・・・・・・。


こんな裸同然のレオタードのどこに、そんなに高い守備力があるのだろうと思っていたところ、公式ガイドブックにその秘密が解説されていた。


なんでもピンクのレオタードは、魔力を封入した繊維で出来ているため、見た目よりはるかに丈夫なのだそう。


「はるかに丈夫」なのは大いにけっこうなのだが、大きく肌が露出している部分については、もはやどうにもならないと思うのだが・・・・・・。


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▲ファミコン版「ドラクエⅣ」の取扱説明書。こちらはキャラクターがデフォルメされていて、かわいらしい感じに仕上がっている・・・・・・。

ところで、この「ピンクのレオタード」、どこかで見たことがあるような気がしていたのだが、MSX2版のドラクエⅡに登場する、「あぶない水着」のデザインによく似ていた。


MSX2版のドラクエⅡの「あぶない水着」は、入手時に大きな一枚絵が準備されていて、その絵を見ると、やはり「へそ出し」スタイルの水着で、胸の下から恥骨の上あたりにかけて、大きく菱形に肌が露出している、かなりきわどいデザインだった・・・・・・。


で、この「ピンクのレオタード」だが、べつに隠しアイテムとかではなくて、女の園といわれる「ガーデンブルク」で、普通に売られている。


さらにガーデンブルクの兵士は、全員がこの「ピンクのレオタード」を装備しているというからたまらない・・・・・・。


ちなみに「まほうのかぎ」を入手した後は、夜間、エンドール城のモニカ夫妻の部屋に忍び込むことで、無料で1つは入手することが出来る。


早い話が泥棒である。


「世界の救世主である勇者様御一行が泥棒とはいったい何事か!」と怒られそうだが、この世界ではなぜか何とも思われないようなので非常に助かる。


ちなみにリメイク版になると、モニカ夫妻の部屋では、これに加えて、「あみタイツ」も入手出来るようになる。


モニカはこんなものを着用して、いったい何をしているのだろう。


魔王を倒して世界に平和が訪れたら、ちょっと拝借させてもらった、「ピンクのレオタード」、「あみタイツ」に加えて、「うさみみバンド」を買い足して、モニカさんにお礼にうかがおうと思う・・・・・・。



2025年11月26日 (水)

ファミリーコンピューターロボット

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▲「ファミリーコンピューターロボット」は、子供の頃に工作で作ったロボットのようなフォルムで、首と胴は筒状で伸縮式になっていた・・・・・・。

1985(昭和60)年7月26日、ファミコン用の周辺機器として、「ファミリーコンピューターロボット」が発売になった。


いまになってこんなことを書くと、「あの時代にロボット?」とか、「ゲームソフトなんでしょ?」と思うかたも少なくないと思う。


しかし、ファミリーコンピューターロボットは、正真正銘、ロボットだったのである。


ただ、ロボットが単独で動くことはなくて、ファミコンのゲームソフトの、「ブロックセット」か「ジャイロセット」が必要で、あくまでもファミコンの周辺機器という位置づけだった・・・・・・。


で、ファミリーコンピューターロボットの形状についてだが、現代の人型ロボットのイメージとは程遠く、子供の頃にティッシュペーパーの空き箱や、ラップの芯を使って作った、工作のロボットのような、パーツの少ない非常にカクカクとしたシンプルなものだった。


細かく見て行くと、腕については、常時前方に突き出た形になっていて、半月形の胸部と連動していた。


さらに胴は筒状で伸縮し、下半身に関しては、全て一体となっており、ロボット掃除機の形をイメージしてもらえればいいと思う。


最後に頭部については、それこそティッシュペーパーの箱のようだが、一応、前面には光信号を受信するための、大きな2つの目があった。


しかし、鼻や口は一切なくて、あるのは2つの目だけだった。


ちなみに目といっても、人の目のように、白目や黒目があるわけではなく、イメージとしては、カメラのレンズのようなものと思っていただければよいと思う。


そして、その頭部と半月形の胸部をつなぐ首は胴と同様に伸縮式で、伸びると胸部から脚(足)までと同じくらいの長さがあった・・・・・・。


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▲「ファミリーコンピューターロボット」は、ファミコン本体とおそろいのカラーリングで、並べておいてあっても、全く違和感がなかった・・・・・・。

で、このファミリーコンピューターロボットがおしゃれだったのは、ファミコン本体とカラーリングが統一されていたことだった。


基本はファミコンのボディ同様、「白」なのだが、両腕と脚(足)の下部は「えんじ」だった。


さらに特筆すべきは、ファミコンはボディ前面に、「FAMILY COMPUTER」という、細長いえんじのシールが貼ってあったのだが、ファミリーコンピューターロボットにも、「FAMILY COMPUTER ROBOT」という、おそろいの字体で、えんじのシールが貼られていた。


なので、ファミコン本体といっしょに置いてあっても、全く違和感がなかった・・・・・・。


で、このファミリーコンピューターロボットだが、インパクトは絶大で、様々な可能性を感じさせてくれたのだが、ゲームソフトとしては、残念ながら、2作品で終了となってしまった。


「スーパーマリオブラザース」から始まる、ファミコンブームの前に発売されたこともあって、いまとなっては、「知らない」という人の方が多いのかもしれない・・・・・・。


そんなファミリーコンピューターロボットだったのだが、発売からじつに15年以上が経過した2000年頃から、様々なゲームの中に、キャラクターとして登場するようになっていった。


「大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ」や「マリオカートDS」では、ファミコン時代の周辺機器であるにも関わらず、なんと隠しキャラクターとして参戦している。


また、「ピクミン2」や「トモダチコレクション新生活」では、「お宝」としてその姿を見ることが出来る。


ファミコン時代を知る者なら、「懐かしい~」となるのだろうが、「ファミリーコンピューターロボット」そのものを知らない、若い世代の瞳には、このキャラクターは、いったいどのように映っているのだろうか・・・・・・。



2025年10月 8日 (水)

燃えろ‼プロ野球

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▲「燃えろ‼プロ野球」の発売当時は、優秀な助っ人外国人がたくさんいた。阪神タイガースのバースは1985(昭和60)年に三冠王に輝き、シーズンと日本シリーズの両方でMVPを獲得した強打者だった・・・・・・。

1987(昭和62)年6月26日、ジャレコからファミコン用ゲームソフト、「燃えろ‼プロ野球」が発売になった。


当時は選手がデフォルメされていない、リアルな等身で描かれている野球ゲームが、まだなかった時代だった。


そんな中、ジャレコの「燃えろ‼プロ野球」は、選手のグラフィックがリアル指向で、「おっ、こいつはすごいぞ!」と発売前から、大いに話題になったのである・・・・・・。


「燃えろ‼プロ野球」は、選手のグラフィック以外にも、観客の歓声や、審判や監督の声などが、リアルに再現されていて、当時の子供たちを驚かせたものである。


私が一番記憶に残っているのは、ノーアウト満塁で三振したときに流れる、「アホ!」という声。


普段なら「観客のヤジか・・・・・・」と、何とも思わないワンシーンなのだろうが、じつはこれ観客ではなく、自軍の監督が発しているのである。


きっと、いまだったら、まず間違いなく、ボツになる音声だろう・・・・・・。


と、そんなリアル指向の、「燃えろ‼プロ野球」だったのだが、肝心の野球ゲームとしての出来は、かなり問題があったといわざるを得ない。


で、何がそんなに問題だったのかというと、あまりにもバグが多すぎたことが、その要因の1つとなっていた・・・・・・。


最も有名なのは、いまやこのゲームの代名詞ともなっている、「バントでホームラン」だろう。


「燃えろ‼プロ野球」では、各球団に1人は強打者がいて、彼らはなぜかバントであろうが、バットにボールが当たれば、ホームランになったのである。


バントなので当然のことながら、1ミリもスイングはしていない。


ある意味これは怪奇現象である。


ちなみに外国人バッターは、バントが出来ない仕様になっているのだが、その代わりに、「スイングの途中で止めたバットでも、当たればホームラン」が打ててしまう・・・・・・。


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▲いまは無き、阪急ブレーブスのブーマーは、何といっても身長2m体重100㎏という見た目のインパクトが絶大だった。1984(昭和59)年にはシーズンMVPと三冠王を獲得している・・・・・・。

じつはこの「バントでホームラン」、先行して発売されていた、ナムコのファミスタに対抗するために、「誰もかなわないような怪物バッターを作ろう」と思い立ったことがきっかけになったのだそう。


そして1987(昭和62)年5月、ヤクルトスワローズに入団して、ホームランを量産していた、ボブ・ホーナーに注目。


ホーナーのミート指数とパワー指数を極端に上昇させたことにより、バットに当たればホームランというバグが生じることになってしまったのだという・・・・・・。


ちなみに「バントでホームラン」以外にも、本作のバグは多数が知られている。


本作では各選手に、「内野手」、「外野手」、「捕手」と、それぞれにポジションが決められている。


代打を出す場合、同じポジションの選手が残っていないと、「ダイダナイヤノコッテイマセン」などと表示され、その画面でフリーズしてしまい、そうなると、もうリセットするしか、道は残されていなかった・・・・・・。


また、これはバグというか、ゲームバランスの問題なのだが、球場の広さに対して、外野手の足が極端に遅く、ボテボテのゴロなのに、二塁打、三塁打になりやすかったり、高く上がった外野フライに追いつけなかったりしていた。


いま思うと、当時イチロー選手がいたら、この辺のゲームバランスも、こだわって作り込まれたのではないだろうか。


ただ、そのぶん、発売日は遅れたかもしれないが・・・・・・。


最後にこれは個人的に都市伝説だと思っているのだが、当時ファミコン通信のクロスレビューで、「燃えろ‼プロ野球」はなんと32点の高評価を得ている。


クロスレビューは4人のレビュアーが、10点満点で評価するのだが、なんと全員が8点を出しているのだ。


これを都市伝説といわずして何といおうか。


もはや編集部でプレイしたソフトは、一般販売されたソフトとは別物だったとしか思えない・・・・・・。



2025年8月13日 (水)

別物になっていく踊り子の服

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▲ドラクエシリーズではお馴染みとなっている「踊り子の服」。初登場はファミコン版の「ドラクエⅣ」からだった・・・・・・。

ドラクエではもはやお馴染みの防具となっている「踊り子の服」だが、初めて登場したのはドラクエⅣからだった。


ドラクエⅣでは踊り子のマーニャがはじめから着用しており、マーニャは踊り子の服を着たまま旅立つことになる。


踊り子の服のビジュアルに関しては、ドラクエ関連の情報を提供する様々なメディアで、ことあるごとに描かれているので、もはや説明するまでもないだろう・・・・・・。


ちなみに踊り子の服は、ドラクエⅣ(ファミコン版)の頃と現在では、デザインが大きく変わっている。


ファミコン世代の私としては、初出のデザインの印象があまりにも強く、最近のデザインを思い浮かべることの方が難しい・・・・・・。


ファミコン版ドラクエⅣのデザインは非常にシンプルで、いわゆるブラジャーの部分と、下半身を隠す前垂れの部分のみである。


じつは下半身を隠している前垂れは、前だけではなく、お尻の方にもあるのだが、彼女を後ろから見る機会がほとんどないため、当時は「ふんどし」と揶揄されることもあった・・・・・・。


また、ファミコン版ドラクエⅣの発売当時は、「マーニャのふんどしの下は、じつはノーパンなのでは?」という疑惑が語られることもあった。


じつは踊り子の服は、股の下にも布を通す仕組みになっており、そういう意味では本家本元のふんどしに近いといえよう。


だからある意味、ふんどしと言われても、決して間違いではないのだ・・・・・・。


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▲「ファミコン版ドラクエⅣ」の取扱説明書に描かれているマーニャのイラスト。当初の踊り子の服はこのようにかなり露出度の高い衣装だった・・・・・・。

ちなみに踊り子の服は、何段階かに分けて、デザインが変更になっている。


リメイク版のⅣ~Ⅵの頃は、宝石をちりばめたビキニが基本となり、それにプラスして透けた前垂れを着用している。


ビキニになったのだから、もう前垂れは必要なさそうだが、踊り子のイメージを極力残したかったのだろう。


ちなみにこのデザインは、ドラクエⅦでも採用されている・・・・・・。


そしてドラクエⅧ以降になると、装備がグラフィックにそのまま反映されるようになる。


その影響から再度デザイン変更を余儀なくされ、前垂れ部分がなんとスカートに変更されてしまう。


もはやこれでは踊り子でも何でもなく、ただ単に海に遊びに来たお姉さんである・・・・・・。


そしてドラクエⅩでは原点回帰を目指し、ファミコン版ドラクエⅣのマーニャの衣装を再現しようとしたが、審査にひっかかり、あっけなくボツになってしまったという。


そんなこともあってドラクエⅪでは、ただのカラフルなドレスのような装いになってしまった・・・・・・。


ところでファミコン版ドラクエⅣのマーニャは、ブラジャーと前垂れしか着用していなかった。


マーニャは踊り子なので、もちろんこれは、職場で着用する衣装ということになる。


ところがマーニャは、ほとんど裸同然ともいえる、その格好のまま、旅立つことになってしまうのだ・・・・・・。


そんな格好でモンスターのうろつくフィールドに放り出されれば、普通なら大慌てで、一刻も早く装備を調えようとするはずである。


ところが過去にメディアに紹介された彼女のイラストを見ると、町や城の中を歩いていようが、モンスターのうろつくフィールドを歩いていようが、彼女はいつもブラジャーと前垂れしか着用していないのだ。


そう考えると、彼女にとっての踊り子の服は普段着で、一番リラックス出来る、動きやすい服といえるのかもしれない・・・・・・。


せっかく守備力の高い装備を買ってもらっても、ちょっとモンスターと遭遇しないと、すぐに装備を解いて、踊り子の服に着替えてしまう。


もしかしたら、マーニャはそんな自由奔放な性格をしているのかもしれない・・・・・・。



2025年6月18日 (水)

ビデオCD

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▲セガサターンは背面の拡張スロットに、周辺機器として発売された、セガサターンムービーカードを差し込むことで、ビデオCDを再生することが出来た・・・・・・。

ビデオCDをご存知だろうか。


当時映像メディアの主流だったVHSと、次世代メディアと呼ばれて、まだ世に出ていなかったDVDの橋渡しの役割をするべく登場した、デジタルビデオ規格のことである。


ちなみにビデオCDが登場したのは1993(平成5)年で、DVDの開発が始まった年とピタリと重なる・・・・・・。


ビデオCDは1枚のCDの中に映像と音声を約74分記録することが出来た。


しかし、容量が小さいため、映画作品では2~3枚組で発売する必要があった。


また、ビデオCDの映像画質は、VHSの3倍モードと同程度といわれていた。


これについては、ビデオCDは650MBしか容量がなかったため、高圧縮にせざるを得なかったためといわれている・・・・・・。


ビデオCDの中身はMPEG1という規格のムービーファイルだったので、MPEG1が再生出来るパソコンでも再生することが出来た。


しかし、画質がいまひとつだったことや、ビデオCDに対応していないDVDプレーヤーもあったことなどから、映像タイトルとしての発売は、カラオケやアニメばかりだった・・・・・・。


また、当時はアダルト雑誌の全盛期で、書店に多くの成人向け雑誌が置かれていた。


ビデオCDはこれらの雑誌の付録として付いて来ることも少なくなかった。


ビデオCDが登場する以前は、雑誌に映像メディアが付録として付いて来ることなど、常識的に考えられなかった。


それがビデオCDが世に出てから、よく見かけるようになり、DVDの時代に入ると、もはや誰も驚かない、当たり前の光景になっていた。


これはビデオCDの功績といってもいいのかもしれない。


そんなビデオCDだったのだが、商業的には失敗に終わり、活用された期間はわずか数年ほどだった・・・・・・。


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▲セガサターンの拡張スロットは、普段は本体と同色の蓋がはめられていた。周辺機器に興味がなかったかたは、最後までこの蓋を開けることはなく、こんな拡張スロットが隠されていたことも知らなかっただろう・・・・・・。

このように映画などの映像ソフト自体は、全く普及しなかったビデオCDなのだが、再生機能そのものは、様々なプレーヤーに搭載されていた。


家庭用ゲーム機のセガサターンは、背面に装備されていた拡張スロットに、周辺機器として発売になった「セガサターンムービーカード」を差し込むことで、セガサターン本体でビデオCDの再生が可能だった。


拡張スロットは普段は本体と同色のカバーで蓋がされていて、気付いていない人も少なくなかったと思う・・・・・・。


セガサターンでは市販のビデオCDの再生のみならず、専用のゲームソフトも発売されていた。


結果的にムービーカードの専用ソフトは、「ルナシルバースターストーリーMPEG版」だけだったが、対応ソフトは10本以上のラインナップがあった・・・・・・。


セガサターンに限らず、当時発売されていた、「次世代ゲーム機」と呼ばれていたハードでは、「マルチメディア」という謳い文句がしきりに使われていて、ただのゲーム機ではなく、様々なメディアを再生可能なプラットホームを目指していたように思う。


ちなみにセガサターンでは、ムービーカードの発売後に、「フォトCDオペレーター」、「電子ブックオペレーター」という、2種類のシステムディスクが発売されている。


これによりフォトCDや電子ブックの再生がセガサターン上で可能になった・・・・・・。


話が横道にそれてしまったが、ビデオCDに引導を渡したのはやはりDVDだった。


そしてそのDVDの普及に一役買ったのが、SONYのPlay Station2の発売だった。


皮肉なもので、何だか当時のセガとSONYを象徴しているような構図である・・・・・・。



2025年4月30日 (水)

ドラクエの旅立ちの地あるある

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▲初代のドラクエではアレフガルドの大地しかなかったので、マップの周りには町や城の情報も紹介されていた。ちなみにこれは当時徳間書店から刊行されていた攻略本についていたものだ・・・・・・。

ドラクエの世界にはとにかく謎が多い。


例えば主人公が旅立つ町の周辺には、なぜかレベルの低いモンスターしかいない。


これはいったいどうしてなのだろう。


そしてこれはシリーズを通して、ずっとそうである・・・・・・。。


定番なのは、いまやドラクエの代名詞にもなっているスライムだろう。


スライムといえば「ザコ中のザコ」で、公式ガイドブックには、「骨がないブヨブヨの軟体生物。体当たりで攻撃して来るだけのかわいいモンスターである」とだけ書かれていて、あまりの弱さに、注意点や攻略法については特に何も書かれていない。


これではただの動物図鑑である・・・・・・。。


レベルの低いモンスターしかいないので、町には原始的で安価な装備品しか売っていない。


武器でいうなら、「ひのきの棒」や「こん棒」、防具でいうなら、「布の服」や「旅人の服」が定番だ。


どうでもいいが、「ひのきの棒」や「こん棒」なんて、もはや「棒」といっちゃってる時点で、本当に武器と呼んでもいいのか、かなり疑問である・・・・・・。


公式ガイドブックの説明書きにも、「ひのきの棒」は「ひのきの幹を削って、持ちやすくした棒」とある。


そう、「棒」なのだ。


「剣」でも「槍」でもなく、ただの「棒」である。


それならば、竹刀や木刀の方が、まだ武器っぽいし、強力なのではないだろうか・・・・・・。


同様に「布の服」や「旅人の服」も、武器防具の店で扱うのは疑問である。


「布の服」なんて、どう考えたってただの服だろう。


公式ガイドブックには、「厚い麻布でつくられた袖のない服。防具というよりは、平凡な住民のための普段着である」と、はっきりと書かれている。


武器防具の店のおやじに、「普段着じゃねえか!」と、ひと言つっこんでやりたい気分でいっぱいだ・・・・・・。


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▲ドラクエⅡになって、パーティー制が導入され、冒険出来るフィールドが一気に広がった。それでもスタート地点のローレシアの城付近はやはり弱い敵しかいなかった。ちなみにこちらのマップも当時徳間書店から刊行された攻略本についていたもの・・・・・・。

どうでもいいが、なぜ「布の服」は半袖しかないのだろう。


夏以外はどう考えたって寒いし、これを防具というのなら、肌の露出は極めて危険といえるだろう。


まあ、ドラクエの世界では、女戦士が露出の多いビキニアーマーを装備しているくらいだから、我々の一般常識は通用しないのかもしれないが・・・・・・。


それにしても、いくら町の周辺には、レベルの低いモンスターしかいないとはいえ、旅人の行き先によっては、こんな貧弱な装備では、途中でモンスターの餌食になってもおかしくない。


それを考えると、武器防具の店の品揃えは、どう考えてもおかしいのではないだろうか・・・・・・。


おかしいといえば、主人公が旅立つ町にある、城の王様もどうかしている。


主人公が旅立つ際には、城の宝箱からいくつかアイテムを授けてくれるのだが、初代ドラクエでは、「鍵」と「たいまつ」と「120G」。


ドラクエⅡでは、「どうのつるぎ」、「かわのよろい」、「50G」。


ドラクエⅢでは、「こんぼう×2」、「ひのきのぼう」、「たびびとのふく」、「50G」なのだ。


王様は主人公のことを、「これから世界を救おうとしている勇者である」と認識しているはずである。


それにも関わらず、主人公に渡す装備品や支度金がこのありさまなのだ。


本来なら国を挙げて、全力で支援するのが普通である・・・・・・。


そもそもの話、「ひのきのぼう」や「たびびとのふく」が、国の宝であるはずがないし、「100G程度の金」が支援の限界であるわけがない。


さらにいうなら、この程度の装備やお金を宝箱に保管しているのもどうかしている。


誰でも開けられる、タンスの引き出しに入っていたって、おかしくはないだろう。


むしろその方が自然といえる・・・・・・。


また、こんな貧弱な装備では、目的地にたどり着く前に、レベルの低いモンスターにやられて、死んでしまってもおかしくないだろう。


ドラクエの世界では、もし仮に死んでしまったとしても、王様の前で生き返ることになる。


そしてその時に王様は、「しんでしまうとはなにごとだ!」と罵倒して来ることは、みなさんもご存知の通りである。


旅立って間もなくして死を経験した、日本全国にいる多くの勇者たちは、きっとその言葉を浴びせられて、「それはあんたのせいだろうがぁ!」とキレまくっていたに違いない・・・・・・。



2025年3月12日 (水)

サテラビュー

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▲スーパーファミコンには「サテラビュー」という、時代を先取りした周辺機器があったのをご存知だろうか・・・・・・。

スーパーファミコンの周辺機器として発売された「サテラビュー」をご存知だろうか。


サテラビューはスーパーファミコン向けの、衛星データサービスを受信するためのデーター放送受信機だった・・・・・・。


当初、サテラビューは、通信販売のみで販売されていて、ゲーム雑誌に綴じ込まれていた注文用葉書や、「クロノトリガー」というゲームに同梱されていた葉書、ゲーム取扱店で配布していた小冊子などで、申し込みをすることが出来た。


そして1995(平成7)年4月中旬頃から、ヤマト運輸の代金引換便で配送が開始された・・・・・・。


じつはこのサテラビューは、スーパーファミコンの発売前から、その構想があったらしく、スーパーファミコン本体を裏返すと、小さな横長の端子があって、本体と同色のカバーで、きっちりと隠されていた。


そして、ここにサテラビューの本体を接続することになるわけだ。


ピッタリサイズなので、接続すると2段重ねの重箱のような姿になり、全く違和感はない・・・・・・。


といっても、これだけで放送を受信出来るわけではなくて、サテラビュー専用のカセット(BS-X)や、メモリーパックなどの接続も必要で、専用のAVセレクターを介して、テレビやBSチューナーとも連携させなければならなかった。


どんな機器でもそうだが、最初の接続の作業は面倒で、機械音痴の人なら、ここで挫折してしまっていたかもしれない・・・・・・。


サテラビューの最大の特徴といえるのが、BS放送を通して、ゲームのダウンロードが出来たことだろう。


その肝となるのが、付属のカセットの「BS-Xそれは名前を盗まれた街の物語」である。


このカセットは親亀子亀方式になっており、BS-Xのカセットの上に子亀であるメモリーパックを挿入することで、ダウンロードしたゲームを遊べるようになっていた・・・・・・。


それにしても、まるでRPGのようなタイトルだが、ソフトを立ち上げると、タイトルだけではなくて、本当にRPGのように、「名前を盗まれた街」が画面上に出現する。


プレーヤーはまずこの街で、「住民登録(キャラクターの作成)」を行うことで、街の中を歩き回れるようになっていた・・・・・・。


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▲スーパーファミコン本体を裏返すと、小さな横長の端子があって、本体と同色のカバーで隠されていた。サテラビューが普及しなかったこともあり、その存在すら知らなかったという人も少なくない・・・・・・。

放送中は街にある様々な建物に入ることが出来るようになる(サービスを受けることが出来るようになる)。


また、音声連動番組が放送されている時には、街のBGMに代わって、ラジオ音声が流される。


さらに、街には時間や季節の概念も存在していて、時間帯によって、登場する住民が変わったり、現実の季節に合わせて、木々が紅葉したり、雪が降ったりなど、景色の変化を楽しむことも出来た・・・・・・。


じつは、「BS-Xそれは名前を盗まれた街の物語」という意味深なタイトルからも分かる通り、BS-Xには街の噂をすべて集め、街の名前を盗んだ犯人を見つけるというストーリーがあった。


これについては、少しずつ情報は伝えられていたが、2000(平成12)年にサテラビューのサービス自体が終了してしまい、結局ストーリーが最後まで語られることはなかった・・・・・・。


では、なぜサテラビューのサービスは終了してしまったのだろうか。


じつはサテラビューは、BS放送の受信環境が整っていないと、サービスの利用が出来なかった。


サテラビューが発売された当時は、BS放送の受信機器が、現在のように普及しておらず、まずはそこから準備する必要があったのだ。


子供のためにそこまでしてやろうという親は、そうそういるものではないということだろう・・・・・・。


そんなわけで、サテラビューは思うように販売台数が伸びて行かなかった。


このため、スーパーファミコン本体の裏面にあった接続端子の存在も、全く知らなかったという人も少なくなかったようだ・・・・・・。


ところで、現在ではサテラビューのサービス自体は終了してしまっているが、BS-Xを起動することは可能で、街の中へ入ることも出来る。


ただし、街はもぬけの殻で住人の姿はなく、建物の中へ入ることは出来なくなっている。


その光景はあまりにも寂しく、こんなことならサービス終了後は、街も消えるプログラムにしておいてほしかったものである・・・・・・。


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