カテゴリー「エッセイ」の記事

2024年5月29日 (水)

「謎フレーズ探偵」グッとパーでわかれましょ ①

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私が小学生の頃、チーム分けが必要な遊びをする時は、グーとパーのどちらを出すかで、集団を2つに分けていた。


例えば野球やキックベース、ドッチボールなどの球技や、ケイドロをはじめとする鬼ごっこで遊ぶ時がそうである。


で、このグーとパーによるチーム分けなのだが、いろいろな人に話を聞いてみると、地域によってその掛け声に様々なバリエーションがあることが分かった。


ちなみにここでいう「地域」とは、都道府県などの広い範囲だけではなく、市区町村などの狭い範囲も指している。


現実に私が子供の頃には、中学に進学して、他の地域に住むクラスメートと交流するようになると、それまでは聞いたこともなかったような掛け声で、チーム分けをしようとするものが現れて、たいへん驚いたものである・・・・・・。


ちなみに私が小学生の頃に、チーム分けに使っていた掛け声は、以下のようなものだった。


(掛け声 A)

「グッとパーでわかれましょ」


私の記憶ではチーム分けの際は、ほぼ100%といってもいいぐらい、この掛け声だったと思う。


(掛け声 B)

「グットッパ」


時間がない時や、何らかの理由で急いでチーム分けをしなくてはいけない時などはこれだった。


恐らくこの掛け声は、その使い方から考えても、「グッとパーでわかれましょ(A)」を短縮したものと考えるのが自然だろう。


私が小学生の頃に使っていた、チーム分けの際の掛け声は、この2つだけで、これ以外の掛け声は、当時は聞いたことがなかった。


ちなみに私は神奈川県の横浜市出身である・・・・・・。


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中学に進学して、他の地域に住むクラスメートと交流するようになると、これらの掛け声にバリエーションが存在していることを知ることになりたいへん驚いた。


そしてそれは、掛け声A、掛け声Bともに存在していたのである。


それがこちらになる(↓)。


(掛け声C)

「グッとパーであえばいい」


これは掛け声Aのバリエーションと思われる。


個人的には小学生の頃は、ず~っと「グッとパーでわかれましょ」に慣れ親しんでいたので、正直なところ、「グッとパーであえばいい」には違和感しかなくて、「あえばいいとは、いったいどういう意味だろう?」とずっと思っていた。


これについては、いま考えても、思わず頭を捻ってしまうのだが、恐らく「数が合えばそれでいい」という意味だったのだろう。


しかし、それって、日本語としてどこかおかしくはないだろうか。


そう考えると、もともとの掛け声はどうもAのような気がする・・・・・・。


(掛け声D)

「グッチッパ」


これはどう考えても、掛け声Bのバリエーションだ。


なぜ、「グットッパ(B)」が「グッチッパ(D)」になったかは定かではないが、恐らくこの掛け声は、「グーチョキパー」を短縮したものだと思われる。


しかし、チーム分けにはチョキを使うことはないのに、なぜこのような掛け声になったのか疑問に感じる。


そしてこの掛け声については、さらなるバリエーションがあった。


(掛け声E)

「グッパッパ」


グーとパーで分かれるから、「グッパッパ」なのだろうが、これでは「パ」が1つ多い気がする。


そんな訳で、個人的にはもう一捻り欲しいところだ。


(掛け声F)

「グッパッしょ」


最初、「しょ」とは何のことだろうと思っていたのだが、掛け声のリズムからして、どうもジャンケンをする時の、「あいこでしょ」の「しょ」のようだった。


そう思って、「しょ」はひらがな表記にしてみた。


恐らく「グッパ」ではリズム感が悪いので、「あいこでしょ」の「しょ」を語尾に強引に付けてみたということではないだろうか・・・・・・。


そんな訳で、「グットッパ(B)」、「グッチッパ(D)」、「グッパッパ(E)」、「グッパッしょ(F)」という一連の短縮系の掛け声のもとは、「グットッパ(B)」ということになりそうだ・・・・・・。


(次回②へ続くよ・・・・・・)


(画像上、風車のような形をしたヤマボウシの花・・・・・・。画像下、甘い香りを漂わせながら、スイカズラがたくさんの花を咲かせている・・・・・・)


2024年5月23日 (木)

「昭和の遊具」雲梯

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最近、「小学校の校庭が嫌にすっきりしてしまったなぁ」と思っていたところ、私が通っていた当時にはあったはずの遊具が、ことごとくなくなってしまっていることにふと気付いた。


そのうちのひとつが「雲梯」である。


雲梯とは梯子をアーチ状にしたような遊具で、私が子供の頃には学校には必ず設置されていたものだ。


私の母校にあったものはアーチ状のものだったが、他にも梯子の部分が水平になっているものや、山形になっているもの、また、梯子ではなく吊り輪になっている特殊なタイプもあったようだ・・・・・・。


遊び方としては、梯子状の持ち手の部分にぶら下がり、右手、左手と交互に使いながら、前へ前へ進んで行き、端まで行き着いたらゴールになる。


例えるなら木の枝から枝へ、腕の力だけで移動して行く、お猿さんのイメージだ。


このため雲梯をサクサクとリズミカルに進んで行くことが出来る者は、男女問わず高確率で、「オランウータン!」とか「モンキー!」という掛け声を掛けられていたものだ・・・・・・。


ところでこの雲梯で遊ぶためには、ある程度の腕の筋力が必要になる。


このため小学校低学年の頃は、雲梯で遊ぼうなんてやつはほとんどいなかった。


しかし、学年が上がるにつれて、次第に筋力もついて来て、梯子の持ち手を、1つ飛ばしや2つ飛ばしで持ち替えながら、前へ前へ進んで行く者も現れるようになって来る。


この頃になると、自分が少しずつ猿に近付いて行っているのを、なんとなく実感出来たものである。


雲梯を端から端までクリアした者は、今度は梯子の上へよじ登り、まるでイグアナのような姿勢で、反対側まで歩いて行くという、離れ業を身に着けていった。


一見かっこうよく感じるのだが、よく考えてみれば、これは哺乳類から爬虫類への退化であることを忘れてはならない・・・・・・。


ところでこの雲梯だが、いま考えると、遊具というより身体を鍛える目的の設備だったような気がする。


というのも、雲梯は体育の授業にも取り入れられていたからだ。


雲梯をスムーズに渡って行くためには、握力や腕の筋力が必要なのはもはや言うまでもない。


さらに腕を交互に繰り出して、常に一定のペースで持ち手を持ち替えて行かないと、バランスを崩して途中で落下してしまうことになる。


雲梯にはリズム感が必要なのだ・・・・・・。


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また、端から端まで落下することなくゴールするためには、ある程度の持久力も必要になって来る。


雲梯は日常的に遊ぶことで、握力や腕の筋力、腹筋や背筋、持久力やリズム感まで、効果的に鍛えることが出来るのだ。


遊んでいるだけで、自然に身体を鍛えることが出来るのだから、子供の成長に伴う筋力の向上にとって、こんなに理想的な遊具はないといえるだろう・・・・・・。


では、そんな優秀な遊具だった雲梯が、なぜなくなってしまったのだろうか。


これについては、いくつかの要因があったようだ。


1つは雲梯は跳び箱などと違って、校庭に常に設置されている遊具なので、子供たちがいつでも自由に遊ぶことが出来たこと。


自由に遊べるということは、先生や大人の見ていない所で、何が起こってもおかしくないということだ。


例えば学校帰りにランドセルを背負ったまま、雲梯の上へあがって遊んでいた子供が、持ち手の梯子の部分にひっかかってしまい、宙吊りになって動けなくなってしまったなどの事故が起きていたようなのだ。


誰かがいっしょにいれば、すぐに発見してもらえるのだが、1人で雲梯に宙吊りになっている様子は、なんとも間抜けとしか言いようがない。


ランドセルを下ろさずに、横着をした結果がこれである・・・・・・。


そして、このような事故は決して少なくなかったようで、どうやらこれが危険と判断されたらしい。


また、そのような事故以外の要因としては、子供の体力低下が挙げられるという。


昔は学校のスポーツテストで、「懸垂」という種目が必ずあった。


ところが現在では、懸垂が1回も出来ない生徒が急増して、1999(平成11)年頃に、懸垂の種目は廃止になってしまっている。


懸垂を1回も出来ないなんて、私が子供の頃にはちょっと考えられない話だが、確かに懸垂が出来なければ、雲梯で遊ぶことなんて、絶対に不可能だろう・・・・・・。


私が小学生の時の卒業アルバムを開いて見ると、雲梯に数名ずつぶら下がって撮ってもらった写真や、みんなでジャングルジムに捕まって撮った写真など、遊具で撮った写真がたくさん収められている。


しかし、現在の小学校の校庭には、鉄棒以外の遊具は、何もなくなってしまった。


そんな風景を眺めていると、いまの卒業アルバムは、きっと寂しいことになってしまっているのだろうなぁと思わずにはいられない・・・・・・。


(画像上、初夏の林縁ではウツギの花が見頃に・・・・・・。画像下、公園ではピンク色のヤマボウシが咲き始めた・・・・・・)





2024年5月17日 (金)

ミミズバーガーのうわさ

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昭和の頃には、「その話し本当なの?」と思うような、どうしようもない噂話がたくさんあった。


冷静になって考えてみれば、どう考えても嘘なのに、当時は「本当の話」として、真面目に語られていたので、そのことを信じて疑わない人も少なくなかった。


ひとつ例を挙げるなら、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話が有名である。


今だったら、「都市伝説」という言葉ひとつで片付けられてしまい、発信する側も、受け取る側も、「信じるか信じないかは、あなた次第です」というスタンスがお約束になっている。


しかし、昭和の頃には、「都市伝説」などという便利な言葉は存在していなかったので、本当なのか嘘なのか分からない話は、あくまでも「噂」であって、その話を事実として受け取って信じている人もたくさんいたのだ・・・・・・。


では、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話は、具体的にはどのようなものだったのだろうか。


この手の話というのは、時代と共にアップデートされて行くので、この話が現在どのような内容になっているのかは私は知らない。


ちなみに私が子供の頃に聞いた話では・・・・・・、


「マクドナルドのアルバイト店員が何気なく調理場を覗いたところ、調理担当者がハンバーグの具材にミミズの肉を入れて調理しているところだった。そして、その様子を見ていた店長に、店の奥へ連れて行かれて、口止め料として多額の現金を渡された・・・・・・」


また、別の話では・・・・・・、


「客の女子高生が店内でハンバーガーをひとかじりしたところ、ハンバーガーから何やら赤いひものようなものが垂れ下がって来た。そしてそれをよく見ると、まるでミミズのような縞模様が入っており、女子高生がそのことについて、店員にクレームを言うと、店の奥へ通されて、現金を手渡された・・・・・・」といった話が有名だった・・・・・・。


確かミミズ以外にも、犬の肉や猫の肉、ネズミの肉などのバリエーションがあったと思う。


ネコの肉説では、店舗裏のポリバケツに、猫の皮が捨ててあったとか、店の冷蔵庫にネコの頭が並んでいたとか言われていて、マクドナルドには野良猫を捕獲するための専門の部署があるなんていう話も、まことしやかに語られていた。


と、そうはいっても、やはり主流だったのは、ミミズの肉説だったように思う・・・・・・。


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では、そもそもの話、どうしてこのような都市伝説が生まれたのだろうか。


じつはこれについては、いくつかの要因が重なって誕生した可能性が極めて高い。


まず、個人的に一番大きな要因と思っているのが、ハンバーグを作るために使用するひき肉が、一見ミミズっぽいビジュアルをしていることだ。


みなさんもご存じの通り、ひき肉は細長く、生の状態では赤っぽい色合いをしており、見方によってはミミズに似ていなくもない・・・・・・。


また、かつての精肉業界では、隠語としてひき肉のことを「ミミズ」と呼んでいたそうなのだ。


精肉のプロがひき肉のことを「ミミズ」と呼ぶぐらいなのだから、やはり生のひき肉のビジュアルはミミズに似ているのだろう。


もし、精肉業者がひき肉の納品の際に、「はい、ミミズ〇kgね~!」などと言いながら、ひき肉が入ったポリ袋を手渡したりしていたら、事情を知らないアルバイト店員は、その様子を見て、きっと仰天したに違いない・・・・・・。


しかし、そうはいっても、「そんな訳ないだろう!」と冗談だと思う人が大半だと思う。


では、当時はどうしてそこまで、ミミズバーガーの存在を信じて疑わない人が多かったのだろう。


じつはあの当時は、食用ミミズの養殖が話題になった時代でもあった。


海外では食用ミミズを食べる習慣がある国もあり、フランスでは高級食材とも言われていた。


そのような習慣のない日本では、衝撃のエピソードとしてテレビで紹介され、人々の記憶の中に強烈な印象を残していた。


そんな時代背景もあって、ミミズバーガーの都市伝説は、あの時代だからこそ、定着して行ったのだと思う・・・・・・。


また、ハンバーガーという食べ物は、牛肉を使っているにも関わらず、とにかく値段が安かった。


あの当時のハンバーガーの価格は、確か180円前後だったと思う。


ハンバーガーの値段だけ見たら、いまと大して変わらないが、牛肉といえば食肉界の王様である。


豚肉や鶏肉などと比べると、価格は格段に高くなるのは言うまでもない。


「ハンバーガーは牛肉を使っているにも関わらず、そんなに値段が安いのは、ちょっとおかしいんじゃないのか?」と考える人も少なくなかったようなのだ。


そこで人々の頭をよぎったのが、あの食用ミミズだったのである。


ちなみに私は子供の頃、牛肉が苦手だったので、ハンバーガーなんて食べたいとも思わなかったし、食べたことも一度もなかった。


だからハンバーガーにミミズが入っていようがいまいが、そんなことははっきり言ってどうでもよかった。


だから友達から、「ミミズバーガーの話を聞いてから、ハンバーガーが食べられなくなった」という話を聞かされても、あまりピンと来なくて、「へ~、そうなんだ~」と気のない返事しか出来なかったものである。


しかし、よく考えてみれば、その友達は、そのことを知らなかったとはいえ、ハンバーガーを「美味い、美味い!」と食べていたのだ。


ということは、「こいつにとって、ミミズって美味い食べ物ってことになるんじゃないのか?」と、私は頭の片隅で薄っすらと考えていたのだった・・・・・・。


(画像上、白、桃、赤と花色が移ろっていくハコネウツギの花・・・・・・。画像下、ブラシノキの花は、瓶を洗うブラシのような形をしている・・・・・・)



2024年5月11日 (土)

ガムの自動販売機

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▲昭和の頃はガムといえば板ガムのことだった。粒ガムが主流となった現在では、このパッケージを見ても、何の商品なのか分からない世代もいるのだろうか・・・・・・。

私が子供の頃は、ガムといえば板ガムのことだった。


それがいつの頃からか、スーパーやコンビニで見かけるガムは、大半が粒ガムに変わっていた。


子供の頃から板ガムに慣れ親しんで来た私としては、粒ガムが発売になった当初は、パッケージを見ただけでは、飴なのかガムなのか、区別がつかなかったものである・・・・・・。


で、この粒ガム、いったいいつ頃から出回り始めたのかというと、ガム大手のロッテでは、1994(平成6)年2月に発売した、「ブルーベリーガムシュガーレス」と「フラボノガムシュガーレス」が初だったという。


しかし、この当時は、まだまだ板ガムが主流で、一般には粒ガムの認知度は低かったようだ。


そしてその後、1997(平成9)年に「キシリトール」が粒ガムで発売されたことにより、粒ガムの認知度が一気に高まり、ガムの主流は板ガムから粒ガムへと変わって行ったのだそうだ。


しかし、子供の頃から板ガムに慣れ親しんで来た私としては、粒ガムの形を見ると、なんだか薬やサプリメントを思い浮かべてしまい、あまり食べたいとは思わなかったものだ。


また、板ガムのパッケージに慣れてしまっていた当時は、のど飴だと思って買ったのに、開封したら中身は粒ガムだったなんてことも何回かあった・・・・・・。


私が子供の頃は、ガムはじつに様々な種類のものが売られていた。


スペアミントやクールミント、ペパーミントをはじめとする、定番のミント系から、ブルーベリーやマスカット、梅やアセロラなどのフルーツ系、また、当時チョコレートや飴などのお菓子によく採用されていた、「コーヒー味」のガムなんてのもあった・・・・・・。


そして、それらは全て板ガムとして売られていた訳なのだが、板ガムはパッケージを開封して、包み紙からガムを取り出すと、なんとも言えない爽やかな香りが、周囲に「フワ~~ッ」と広がって行くのが感じられた。


当時、私が特に「いい香りだな~」と感じていたのは、ブルーベリーや梅、マスカットやアセロラなどの、フルーツ系のガムの香りだった。


不思議なもので、フルーツ系のガムの香りというのは、匂いを嗅いだだけで、まるで本物の果物を口に含んだような、ジューシーな感覚まで舌に伝わって来るような気がしていた。


そしてその香りは、ガムを噛もうとしている自分だけではなく、同じ部屋にいる多くの人が感じることが出来るほど強いもので、匂いを頼りにガムを手に取っている人を探し当て、「そのガム、なんていうガム?」なんて聞いたりするのが楽しかったものである・・・・・・。


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▲板ガムの魅力の1つが包み紙を開いたときの香りだった。特にフルーツ系のガムの香りは爽やかで、香りを嗅いだだけで、口の中に唾液が出て来たものである・・・・・・。

ところが粒ガムになってから、このガムの香りがなくなってしまったような気がするのだ。


その原因はなんだろうと考えてみると、ガム表面の硬いコーティング層がそれを阻んでいるような気がする。


包み紙を開けた時に、フワッと香るあのガムの匂いは、ガムを食べる時の楽しみの1つだったと思うのだが、それをなくしてしまっては、元も子もないのではないだろうか・・・・・・。


粒ガムになってなくなったものといえば、ガムの嚙み心地というか、弾力がなくなったような気がする。


粒ガムは硬いコーティング層が嚙み砕かれて、溶けてなくなってしまうと、妙に軟らかいふにゃふにゃとした噛み心地のガムが現れる。


板ガムの弾力に慣れていた当時は、「なんだこりゃ・・・」と思ったものである。


ガムは噛むためにあるのだ。


弾力をなくしてしまっては、意味がないと私は思う・・・・・・。


で、板ガムがたくさん発売されていた昭和の当時、「ガムの自動販売機」があったのを覚えているだろうか。


仕組みはジュースの自動販売機と全く同じで、硬貨を入れて欲しい商品のボタンを押すと、購入したガムが商品取り出し口にポトリと落ちて来るのだ。


ただ、ジュースの自動販売機と違う点が1つあって、自動販売機の窓から見えているのは、サンプルではなくて、実際に取り出し口に落ちて来る商品そのものだったのだ・・・・・・。


ガムの自動販売機では、5~6種類のガムが売られていて、自動販売機の窓からは、縦に積まれた商品のガムが見えるようになっていた。


このため売れているガムとそうでないガムの様子が客に丸分かりで、それを見て自分が買おうとしていたガムをやめて、残量の少ない人気のあるガムに変更したりする人もいたものだ。


確か1990年代までは「ガムの自動販売機」は見られたと思うのだが、いつの間にかその姿を見ることはなくなっていた・・・・・・。



2024年5月 5日 (日)

バッテリーバックアップとフーフー

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▲ドラクエⅢのカートリッジの後ろ面には、「バックアップカセットについてのお願い」が貼り付けられていた。バックアップカセットがいかにデリケートなものであることが分かる・・・・・・。

昭和の頃、「ドラゴンクエストⅢ」を始め、バッテリーバックアップ機能を搭載したファミコンのカートリッジでは、セーブデータが消えてしまう悲劇が、しばしば起きていた。


「おきのどくですが ぼうけんのしょ1ばんは きえてしまいました」のメッセージに愕然として、思わず天を仰いだプレイヤーも、少なくなかったのではないだろうか・・・・・・。


では、なぜこのようなことが起きていたのだろうか。


これについては、そもそもファミコンは、バッテリーバックアップを想定して作られていなかったため、電源を切った際に電気ノイズが流れて、CPUが保存データの一部を書き換えてしまうことがあったのだという。


そしてその予防措置として行われるようになったのが、「リセットボタンを押しながら電源を切る」方法だった。


その理由については、「リセットボタンを押している間は、CPUが動作を停止するから」と言われていたが、それでもデータが消えてしまったという話を、当時はよく聞かされたものである。


そんなこともあって、バッテリーバックアップ機能を搭載したカートリッジが登場したことによって、急にソフトやハードを丁寧に扱う者が増えていったとも言われていた・・・・・・。


ファミコンといえば、ゲーム中にヒートアップして、本体とコントローラーを繋ぐケーブルを引き千切ってしまったり、八つ当たりでコントローラーを本体に投げつけたりする者が多くいて、当時の任天堂には修理依頼が絶えなかったと言われている。


というのも、ファミコンのコントローラーはコストダウンのため、コネクタ式ではなく、本体へ直接取り付けられていた。


このため、無理に引っ張ると、ケーブルが千切れてしまい、自分では元に戻すことが出来なかったのだ・・・・・・。


本体が壊れただけなら、修理をすれば済むことだが、ソフトの場合はそうもいかない。


アクションゲームやシューティングゲームならまだいいが、ドラクエのようなRPGともなると、ストーリーを先に進めていればいるほど、セーブデータが消えてしまった時のショックは大きいものとなる。


特にストーリーの節目、節目にある、イベントの前後のセーブデータや、万全の準備を整えて、後はラスボスを倒すだけというタイミングのセーブデータが消えてしまった時などは、頭の中が真っ白になり、人生初の放心状態を経験したという子供たちも、当時は決して少なくなかったはずである・・・・・・。


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▲ほこりが付着しているのではないかと、カセットの端子部をフーフーしていたかたも少なくないと思うが、じつはこれ端子部が劣化する恐れがあったのだそう。そうは言っても、ファミコン世代はみんなやっていたよな・・・・・・。

そんなこともあって、ドラクエⅢではゲームをセーブして、ソフトを本体から取り外し、箱にしまうまでが、怖くてしょうがなかった。


イジェクトボタンを操作すると、まるでトースターから焼き上がったパンが飛び出して来るように、カートリッジが「ビヨ~ン!」と跳ね上がって来るのだが、この時の衝撃でデータがとんでしまったりしないものかと、毎回のように心配をしていたものである。


じつはこれ、ただの取り越し苦労とも言い切れなかったようで、そのような衝撃が原因で、データが消失する可能性もあったらしいのだ。


また、ファミコン本体からカートリッジを着脱する時の衝撃だけでなく、カートリッジを箱にしまう際に、うっかり床に落としてしまうリスクなども当然ある訳だ・・・・・・。


ドラクエなどのRPGは、とても1日2日でエンディングまでたどり着けるようなゲームではない。


特に母ちゃんにゲームのプレイ時間を制限されている小中学生は、クリアまで数ヶ月を要することだってある訳だ。


その間、毎日毎日、カートリッジの抜き差しを繰り返すことを考えると、ゲームクリアまでカートリッジを差しっぱなしにしておいた方が、データ消失のリスクは少なかったのかもしれない・・・・・・。


また、バッテリーバックアップ機能搭載のカートリッジが誕生し、ゲームソフトを丁寧に扱う者が増えて来た頃、カートリッジの抜き差しの際に、端子部を「フーフー」する習慣が生まれた。


「もしかしたら、知らないうちに、端子部にホコリがくっついて、それが原因でデータが消えてしまうことがあるんじゃないか?」という不安から生まれた習慣だったようだ。


しかし、この「フーフー」、よかれと思ってやっていたのだが、専門家に言わせると、どうも逆効果になっていたかもしれないというのだ。


「フーフー」することで、確かにホコリを飛ばすことは出来ていたのかもしれないが、吹きかける息に含まれる水分が端子部に付着し、端子部の劣化を早めていたかもしれないという。


どれもこれも、「今となっては・・・」の話なのだが、こういう話って、いつの時代も、なんで後になってから言うんですかねぇ・・・・・・。



2024年4月29日 (月)

宇宙人解剖フィルム

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▲テレビ番組に先行して発売になった扶桑社のムック本。「宇宙人解剖フィルム」から多くの画像を使って解説されている。好評だったのか、「最終報告」と題して、後に第二弾も発売になった・・・・・・。

「宇宙人解剖フィルム」と呼ばれる映像をご存知だろうか。


日本では1996(平成8)年2月2日に、フジテレビ系列の番組で初めて紹介されて、当時はたいへんな話題になった。


じつは当初このフィルムは、1995(平成7)年8月28日に、世界で一斉に放映するよう計画されていて、「出来れば日本もこれに合わせて、同時期に放映出来ないか?」という申し入れがあったのだそうだ。


結果的に日本ではそれはかなわず、1996(平成8)年2月2日に、「金曜超テレビ宣言!」内の特別番組、「UFO墜落から48年 今世紀最大の衝撃映像 宇宙人は本当に解剖されていた !!(フジテレビ系)」の中で初めて放映された・・・・・・。


で、そもそも、この「宇宙人解剖フィルム」が、どういった経緯で撮影されたのかというと、1947年7月に、ニューメキシコ州ロズウェルに墜落したといわれるUFOから、3体の宇宙人の死体が回収された。


そしてその1ヶ月後に、テキサス州ダラスのフォートワース基地内で、宇宙人の死体解剖が行われ、これを16ミリフィルムに記録したものだというのだ。


ロズウェル事件に関しては、それまでもテレビで何度も語られており、その都度、墜落時のイメージ映像が作られ流されていたので、私も事件の概要はなんとなく分かっていた。


しかし、墜落したUFOの中から回収されたという、「宇宙人」のリアルな映像が公開されたのはこの時が初であり、当時放送を見た多くの人が驚愕したのはもはや言うまでもない・・・・・・。


で、この「宇宙人解剖フィルム」が、具体的にどのようなものだったのかというと、小さな殺風景な部屋の中で、防護服のようなものを着た2人の人物が、台の上に横たわっている宇宙人の死体を解剖し、その様子を紙に記録している様子が映し出されている。


そしてガラス越しにその様子を見守る、もう1人の人物が映っていた。


映像は白黒で画質も荒く、「宇宙人」の皮膚の色や、取り出した内臓の色などは確認することが出来ない。


で、この「宇宙人」とされる生物の死体なのだが、私にはなんだか違和感しかなかった・・・・・・。


確かに映像の中の「宇宙人」は、人に比べて頭部が大きく、大きな目をしており、顔だけを見たら、よく知られた宇宙人グレイに似ていなくもない。


しかし、その体型はどう見ても人であり、ロズウェル事件で回収された宇宙人のスケッチとは、大きく外見が異なっている。


まず、頭部だが、「宇宙人解剖フィルム」に映っている宇宙人は、ロズウェル事件の宇宙人に比べて、明らかに目が小さい。


それに黒目しかないと思われていた目には、黒いフィルム状のカバーが入っていて、これをピンセットで剥して行くと、その下から白目をむいた状態の眼球が現れるのだ。


私は子供の頃、椅子に座っている人のアイマスクをそっと外したら、ガッツリ白目をむいていて、慌てて元に戻すというコントを見た記憶があるのだが、思わずそれを思い出してしまい、映像を見ながら、「プッ!」と吹き出してしまった・・・・・・。


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▲帯にはテレビ番組で司会を務めていた、ビートたけしのコメントと写真が紹介されている。どうでもいいけど、今こうしてみると、たけしが若い・・・・・・。

また、ロズウェル事件の宇宙人には、耳たぶはないとされていたが、「宇宙人解剖フィルム」の宇宙人には、小さな耳たぶが確認出来る。


さらにロズウェル事件の宇宙人は口は退化しており、小さなスリット状と言われていたが、映像の宇宙人の口は、まるで酔っぱらって、ポカンと口を開けて眠っている人間のようである・・・・・・。


また、ロズウェル事件の宇宙人は、手足の指に親指はなく、4本指だったと言われている。


しかし、映像の宇宙人の手足の指は、しっかり親指があるばかりか、どういう訳か6本指に増えてしまっているのだ。


また、ロズウェル事件の宇宙人は、手足の指は細長く尖っており、指の間には水かきのようなものが付いていたとされている。


しかし、映像の宇宙人の手足の指は、まるで人の指の形そのもので、指の間に水かきもなかった・・・・・・。


そして、私が映像の宇宙人で、最も違和感を覚えたのは、不自然なくらい大きく膨らんだ、その腹だった。


ロズウェル事件の宇宙人は、大きな頭部に見合わないくらい、華奢な身体つきをしていて、そのアンバランス感こそが、宇宙人の定番のイメージにもなっていた。


だから私には映像の宇宙人は、ビール腹のおやじが素っ裸で寝転がっているようにしか見えず、「なんだ・・・、人間じゃないか・・・」と、思わず口走っていたのを、いまでもはっきりと覚えている。


ただ、後から聞いた話では、どうやらこの「宇宙人」は女性だったらしく、私は「宇宙人にはおっぱいはない」ということを、この時はじめて知ったのだった・・・・・・。



2024年4月23日 (火)

「ヤッターマン」ドロンジョの裸 ②

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ドロンジョはドロンボー一味の女リーダーで、3人のメンバーの中での役回りとしては、「お色気担当」と言われることが多い。


これはなぜかというと、作中でドロンジョが毎回のように、裸を晒していたからに他ならない。


誤解のないように書いておくが、ドロンジョはべつに露出症という訳ではない。


では、なぜそのようなことが起きてしまうのかというと、これについてはもはや「運命」としか言いようがない・・・・・・。


じつはドロンジョは戦闘の際にも、しばしば裸になっていた。


そしてドロンジョが戦闘の際に、裸になっていた原因の1つが「ゾロメカ」だったのである。


「ゾロメカ」とはヤッターマン側のメカ(ヤッターワンなど)がピンチに陥った際に、ガンちゃん(ヤッターマン1号)が投げる「メカの素」により、ヤッターマン側のメカ(ヤッターワンなど)の内部で急遽製造される小型のメカのことをいう。


ちなみにヤッターマン側のゾロメカは、「ビックリドッキリメカ」と呼ばれる。


そしてドラムロールからのファンファーレの後に、ヤッターワンの口の中から長い梯子が出て来て、その梯子を伝って、「いったい何機出て来るんだよ」と呆れるぐらい、次から次へと小型のメカがゾロゾロと出て来るのである。


ゾロゾロ出て来るから「ゾロメカ」という訳だ・・・・・・。


ちなみに最初の頃は、ゾロメカはヤッターマンの専売特許だったのだが、作品中期以降はそれに対抗してドロンボー側もゾロメカを出すようになって行った。


で、このゾロメカがドロンジョのコスチュームを切り刻んだり、引き裂いたりするのが、ヤッターマンでは定番の展開だったのである・・・・・・。


で、その露出の程度については、日によって様々で、ほぼ全裸になってしまっていることもあれば、なぜかおっぱいの部分だけがきれいに露出していることもあった。


どちらにしても、規制の甘い昭和のアニメということで、「おっぱいは丸出し、乳首も隠さず」が基本だった。


アニメといえど、規制が厳しくなった現在では、ちょっと考えられない話である・・・・・・。


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ちなみにゾロメカの中には、ドロンジョの姿を模したものが登場したことがあったが、ニワトリに服をはぎ取られ、本人と同様に素っ裸になってしまっていた。


ゾロメカになっても、ドロンジョはドロンジョだったのである・・・・・・。


ちなみにゾロメカの攻撃(?)で裸になっていたのは、ドロンジョだけではなく、部下のボヤッキーとトンズラーも被害にあって、パンツ一丁になってしまったりしていた。


しかし、ボヤッキーとトンズラーが無事なのに、なぜかドロンジョだけが素っ裸ということもあり、こうなって来ると、冒頭でも書いた通り、ドロンジョは、「そういう運命のもとに生まれて来ている」としか言いようがないだろう・・・・・・。


そしてそのことを裏付けるように、ドロンジョはゾロメカ以外の不可抗力によって、裸になっていることもしばしばあった。


例えば自分たちが放った武器が、ブーメランのように戻って来て、服を切り裂いてしまい、おっぱいがベロ~ン。


また、ヤッターマンが放った武器が直撃して、服がビリビリに破けて、四方八方に飛散して行き、豪快に素っ裸になってしまうなんてこともあった・・・・・・。


そして不思議なのは、どちらの場合も、武器が直撃しているにも関わらず、ドロンジョに怪我らしい怪我は何ひとつ認められない点である。


考えられるのは、そもそもこれらの武器は、武器とは名ばかりで、ドロンジョを裸にさせることだけに焦点を絞って開発された、ビックリグッツ的なものだったのではないかということだ・・・・・・。


ヤッターマンの側からしてみたら、相手のボスに精神的ダメージを与え、攻撃の手を一時的に止めさせる目的があったのかもしれない。


一方、ドロンボーが放った武器が、ブーメランのように戻って来たのは単なる偶然かというと、武器の威力のことを考えると、それもかなり怪しい。


もし、本気でヤッターマンのメカを破壊するつもりなら、もっと強力な武器を選択するはずである・・・・・・。


ドロンボー一味のメカ開発担当はボヤッキーだ。


ボヤッキーといえば、戦闘とは何の関係もない、「おだてブタ」や「ドッチラケメカ」などを作り上げ、それをただでさえスペースのないコックピットに、無理やり搭載してしまうほど遊び心のある男だ。


まっとうな武器と見せかけて、じつはブーメラン式に戻ってきた武器が、ドロンジョのコスチュームをボロボロにしてしまう仕掛けが施してあったとしても、決して不思議ではないだろう・・・・・・。


ちなみに「おだてブタ」に関しては、ご存知のかたも多いかと思うが、ドロンジョがボヤッキーの作ったメカを褒めちぎっている時などに、コックピットの一角にミニサイズのヤシの木が現れ、そのヤシの木をブタ型の小型メカがスルスルと登って行き、「ブタもおだてりゃ木に登る、ブー」と言い放つだけの、何の役にも立たないメカである。


もう1つの「ドッチラケメカ」は、前述の「おだてブタ」が登場する以前に、コックピットに搭載されていたメカで、誰かが駄洒落を言った時や、ヤッターマンの攻撃でメカが爆発する時などに、「ちんちろりんのドッチラケ~」と言いつつ登場する、骸骨型のどうしようもないメカである・・・・・・。


と、そんなわけで、もはや疑いようもないだろう。


ドロンジョの「敵」は、ヤッターマンばかりではなかったようである・・・・・・。


(画像上、影の枝に咲いた桜の花・・・・・・。画像下、奇妙な姿をしたウラシマソウの仏炎包・・・・・・)


2024年4月17日 (水)

「謎フレーズ探偵」たけやさおだけ

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最近は「さおだけ屋」なんて、ほとんど見かけなくなってしまったが、私が子供の頃には、さおだけ屋は「やきいも屋」、「ちりがみ交換」と並んで、町内をしばしば巡回している車の1つだった。


「さおだけ屋」は軽トラックの荷台に、竿竹と物干し台を乗せて各町内を回り移動販売をしていた・・・・・・。


また、「さおだけ屋」といえば、「た~けや~、さおだけぇ~、2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」というフレーズがお馴染みで、これを軽トラのスピーカーから流しながら、かなりゆっくりとしたスピードで町内を走っていた。


ちなみに「〇」の部分については、時代と共に少しずつ変化していたのではないかと思う・・・・・・。


ところで私が子供の頃は、「やきいも屋」と「ちりがみ交換」は呼び止めている人をよく見かけたものだが、「さおだけ屋」を呼び止めている人は、個人的には一度も見たことがなかった。


というのも、当時さおだけ屋は、「悪徳商法で詐欺である」という噂が流れていて、車を呼び止めたが最後、運転席から怖いおじさんが降りて来て、高額な竿竹や物干し台を売りつけて来ると言われていた。


軽トラのスピーカーからは、「2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」と流してはいるが、実際には言葉巧みに誘導されて、最終的には5~6万もする高額商品を買わされるというのである・・・・・・。


ちなみに「2本で〇円、〇年前のお値段です」のフレーズだが、「2本で千円、20年前のお値段です」と記憶されているかたが多いと思う。


じつはこの部分については、「2本で千円というのは20年前のお値段で今は違いますよ」という意味が隠されているというのだ。


ちゃんと逃げ道は作ってあるということだろう・・・・・・。


また、実際に2本で千円の品物から、幅広い価格帯で商品を揃えてはいるが、安い商品はすぐに錆びて、買い替えなくてはならなくなる。


「それならば、長持ちする高級品の方が、長い目で見たら安く付きますよ」と説明され、結局は高額な商品を買わされることになるのだという話もあった。


うちではさおだけ屋から、竿竹や物干し台を買ったことは一度もなかったので、実際にその噂が本当だったのかどうかは定かではないが、当時はその噂を信じている人が多かったように思う・・・・・・。


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ところでこれは大人になってから知った話なのだが、じつは「さおだけ屋」というのは、国家機関などから依頼されて、隠密活動を行っている集団で、竿竹の移動販売という業務形態は、それをカモフラージュしているに過ぎないのだという、まるで都市伝説のような噂まで存在していた。


前述のように、私は「さおだけ屋」をわざわざ呼び止めて、竿竹や物干し台を買っている人を見たことは過去に一度もなかった。


そもそも竿竹や物干し台なんて、そう頻繁に買い替えるようなものではないし、いつも売れない竿竹を荷台に積んで、町内を流しているだけの軽トラを見ていると、子供だって、「こんなんで、商売になるのかよ」と疑問に感じていたほどである。


それを考えると、先程の「そんな馬鹿な」と思えるような都市伝説が、なんだか現実味を帯びて来るような気がしてならないのだ・・・・・・。


では、さおだけ屋が国家機関から依頼されている隠密活動とは、いったいどのようなものなのだろうか。


これについては、電波傍受や盗聴を始め、一般には法的に行えないことを、代行しているのだという。


どうでもいいが、もしそれが事実だとしたら、「一歩間違えたら、犯罪者じゃねえか」という気がしないでもない・・・・・・。


では、そんな怪しい依頼が、具体的にはどこから来ているというのだろうか。


これについては、ズバリ、「公安警察」なのだそうだ。


「え~~~~~!」という気がしないでもないが、実際のところ、町内に紛れ込んで、潜伏している犯人を探し出すことは、決して容易なことではなく、定期的に軽トラで町内を流している「さおだけ屋」は、情報収集にはうってつけの存在なのだとか。


また、逃亡生活を続ける犯人の側からすると、さおだけ屋の「た~けや~、さ~おだけ~」のフレーズを聴くことで、「公安に追い詰められている」という気持ちが増していき、精神的にどんどん追い詰められていくのだそうだ・・・・・・。


ところで、なぜ逃走犯は「さおだけ屋は公安と繋がっている」ということを知っているのだろうか。


「怪盗〇〇〇〇」的な犯人なら、そんな情報を握っていても、決しておかしくはないが、元は一般人だったであろう普通の犯人が、そんな情報を知っているとはとても思えない・・・・・・。


私が子供の頃に聴いた、「た~けや~、さ~おだけ~」というあのフレーズは、まるで民謡歌手のような歌い方をする、おっさんの声だったのだが、いつの頃からか、あまり歌が上手いとは言いかねる、若い女性の声に変わっていた。


ちなみにスピーカーから流れてくる声は若い女性の声だが、運転しているのは、相変わらず、くたびれたおやじなので、「ちょっと見に行ってみよう」なんて気は起こさない方がよい。


多くの人に声を掛けてもらうための、イメージ戦略だったのかもしれないが、逃走犯にプレッシャーをかけて追い詰めるためには、昭和の頃によく聴かれた、あの、おっさんの声の方がよかったんじゃないかなぁと思う今日この頃である・・・・・・。


(画像上、岩に根付いたタチツボスミレ・・・・・・。画像下、身近な春の花、カントウタンポポ・・・・・・)


2024年4月11日 (木)

「昭和の遊具」ブランコ

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▲最近はブランコで遊んでいる小学生はあまり見かけなくなってしまった・・・・・・。

最近はブランコに乗って遊んでいる子供は、お母さんと一緒に公園に遊びに来ている、小さな子供ばかりになってしまったが、私が子供の頃は、じつに幅広い年齢層の子供が、ブランコで遊んでいたものである。


そして、当時ブランコで遊んでいた子供たちの中で、最も多く見られたのが、「クソガキ」の異名を持つ小学生だった・・・・・・。


ところで、ブランコの製造業者が想定しているであろう、「ブランコの正しい遊び方」は、ブランコの板に座って、足で地面を蹴って、ブランコを揺り動かす、オーソドックスな遊び方だと思う。


幼い頃は誰もがそうして遊んでいたと思うのだが、小学生ぐらいになって来ると、誰もそんな遊び方をしている者はいなかった・・・・・・。


特に男子は立ち漕ぎが主流となり、身体全体を使って、ブランコを漕いでいた。


そして学年が上がると筋力もアップし、それに比例するように、ブランコの揺れ幅が大きくなっていった。


そしてブランコの最高到達点も、じょじょに上がって行くことになるのだ・・・・・・。


ブランコの最高到達点が上がって行くにつれて、足をしっかりと踏ん張っていないと、空中で宙ぶらりんになるかもしれないという恐怖や、そこから転倒して大怪我をするリスクも頭をよぎっていた。


しかし、それ以上に、「自分は自分の力だけで、こんなに高い所にいるんだ」という満足感と、「もしかしたらここから空中に投げ出されるかもしれない」というスリルを、どうしても味わいたかったのである。


この「高さ」を追求する立ち漕ぎは、ガチンコの真剣勝負ではあったものの、友達と勝ち負けを競うような類の遊びではなくて、正に自分自身との戦いと言っても過言ではなかった・・・・・・。


これに対して、ブランコの立ち漕ぎでは、シンプルに友達と勝ち負けを競い合う、ゆる~い遊びも存在していた。


立ち漕ぎをしながら、友達と順番に靴を飛ばし合い、その距離を競う、「靴飛ばし」がそうである・・・・・・。


靴飛ばしで距離を出すためには、先程のようにブランコをただ勢いよく漕げばいいという訳ではなかった。


勢いよく漕いで、ブランコの最高到達点から靴を飛ばした方が、より遠くまで飛んで行きそうに思うのだが、実際には高速で揺れるブランコの上では、バランスがとりづらく、片足になるのは非常に危険だった。


また、高速だとタイミングも測りにくいので、仮に靴を飛ばすことが出来たとしても、ブランコの下にポトリと落ちるのがいいところだろう。


そんな訳で、靴飛ばしでは、緩やかな振り子運動から、タイミングを見計らって、靴を飛ばすのが正解だった・・・・・・。


私が子供の頃には、この靴飛ばしで遊んでいる子供が結構いて、ブランコの前を通る時は特に注意が必要だった。


しかし、そうとは知らずに、ブランコの前を「ぼけ~っ」と歩いている、間抜けな子供が毎回必ず一人はいて、突然視界の外から、ロケットのように飛んで来た靴が、測ったように顔面に着弾するという、なんとも悲惨な光景を当時はよく見かけたものである・・・・・・。


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▲昭和の頃はブランコの順番待ちをしている子供もいたのに、最近はもうそんな光景は見られなくなってしまった・・・・・・。

また、靴の代わりに、自分自身が振り子運動を続けるブランコから飛び降りて、その時の着地点の距離を友達と競うという遊びもあった。


この遊びでは、立ち漕ぎでブランコにある程度の勢いをつけたら、すぐにブランコの板の上に腰かける必要があった。


そしてちょうどいいタイミングを見計らって、ブランコから勢いよく飛び降りるのだ。


そしてその時の着地点の距離を、隣の友達と競うのである・・・・・・。


で、この遊びでは、ブランコから飛び降りる、「ちょうどいいタイミング」を見極めるのが、最も重要なポイントだった。


これを見誤ると、想定より手前に着地してしまって天を仰いだり、その反対に距離が出過ぎて、重心が後ろに残る形となり、その場で転倒して後悔するなんてこともよく起きていた。


当然この時の記録は、尻もちをついた場所になる・・・・・・。


そして、一番注意しなければいけないのは、どんな形であれ、着地した後は、その場からすぐに避難しなければならないということだ。


そう、当たり前の話だが、ブランコという乗り物は、数秒後には、必ず元の場所に戻って来るのである。


タイミングを逸したことを、その場で後悔している暇などないのだ。


天を仰いでいる暇があったら、さっさとその場から離れるべきである。


そんなことは頭では分かっているはずなのに、いざ当事者になってみると、「あ~~っ、もうっ!」などと、悔やんでも悔み切れない気持ちが先行して、振り子運動で素直に戻って来るブランコの板に全く気付かず、背中や後頭部を「ゴツン!」と強打することになるのである・・・・・・。


最悪なのは、ジャンプで転倒して起き上がろうとしている時に、後頭部に「ゴツン!」が来た時で、その衝撃で今度は前のめりになって、思いっ切り、顔面から地面に着地することになるのである。


そして被害者にはたいへん申し訳ないのだが、傍目にはその様子は非常に間抜けに見えて、思わず「プッ!」と吹き出してしまい、みんなで涙を流しながら、爆笑していたのを覚えている・・・・・・。


2024年4月 5日 (金)

気付かれていなかったおなら

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私は仕事で机に向かっていると、ふとおならがしたくなることがよくある。


どうも1つのことに集中していると、不意におならがしたくなる、困った体質のようだ。


周りに誰もいないのなら、何の気兼ねもなく、一発派手にぶちかましてやるところだが、近くに誰かがいたりすると、さすがにそうもいかない。


この日、部屋には私以外にもう一人、里帆さん(仮名)がいるだけで、他には誰もいなかった・・・・・・。


里帆さん(仮名)は私の正面の席に座っていて、机に突っ伏すような姿勢で仕事をしていた。


どうでもいいが、こんな姿勢で机に向かっていたら、学生時代だったら、まず間違いなく先生に、「目が近~いっ!」と即座に指摘され、おでこをグイッと持ち上げられて、無理矢理姿勢を矯正させられているところである。


そんなことを考えていたら、私は里帆さん(仮名)の姿勢がなんだかとても滑稽に見えて来て、思わず「プッ!」と吹き出してしまいそうになった。


しかし、里帆さん(仮名)は真剣に仕事をしているのだから、笑ったりしたらさすがに悪いと思い、私は吹き出すことはなんとか必死に堪えた・・・・・・。


しかし、うかつなことに、その時に下腹に力が入ってしまい、堪えていたおならが、中途半端に甲高い音で、「プ~~ゥ!」と出てしまった。


幸いなことにそれほど大きな音はしなかったのだが、部屋には私と里帆さん(仮名)以外、誰もいなかったので、シーンと静まり返った部屋に、私の放屁の音だけがバカみたいに鳴り響いていた。


だからきっと里帆さん(仮名)も、先程の「プ~~ゥ!」という間抜けな音には、どう考えても気付いているはずである・・・・・・。


そう思って、恐る恐る里帆さん(仮名)の顔を覗き込むと、何と信じられないことに、彼女は先程と全く同じ姿勢のまま、仕事に集中している様子だった。


「もしかして私のおならには気付いていないんじゃないか?」という気もしたが、普通に考えたら、こんなに静まり返った部屋で、さすがにそれはあり得ないだろう。


もしかしたら里帆さん(仮名)は、私に気を使って、おならのことについては、触れないでいてくれているのかもしれない。


それならそれで、私も知らんぷりをしておくのがいいのかもしれない・・・・・・。


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しかし、机に突っ伏したような姿勢で、黙々と仕事を続けている里帆さん(仮名)の姿を見ていると、なんだか本当に私のおならには、気付いていないんじゃないかとさえ思えて来る。


そんなことを考えていたら、私は事の真相がどちらなのか、無性に知りたくなって来た。


そこで私は思い切って里帆さん(仮名)に、「さっき、おならが出ちゃったんだけど気付いた?」とストレートに聞いてみた。


すると里帆さん(仮名)は、突然私に話しかけられて驚いた様子で、「えっ、なんですか⁉」と、机に突っ伏したような姿勢から、急に顔を上げた・・・・・・。


そして、「あれ?いまなんか言いました?」と寝ぼけたようなことを聞いて来た。


「(もしかして寝てたんじゃないよね?)」という、若干の疑念を抱きつつ、私は先程の質問をもう一度繰り返した。


すると里帆さん(仮名)は、「えっ、おならですか?全然気付きませんでしたけど?」と言うではないか。


もしそれが事実だとするなら、私は黙っていれば気付かれなかったことを、わざわざ里帆さん(仮名)に自己申告をして、恥をかいただけということになる。


しかし、里帆さん(仮名)は、「気付かなかった」と言っているが、先程のおならはそこそこ音もしたし、静かな部屋の空気をまあまあ振動させていたと思うのだ・・・・・・。


そこでそのことを里帆さん(仮名)に告げると、「わたし、集中してると、周りの音が聞こえなくなる方なんです。だから話しかけられていても、気付かないこともあるんですよ」というではないか。


また、里帆さん(仮名)はちょっと気になることも言っていた。


「あ、でも、おならは気付きませんでしたけど、なんか美味しそうな匂いが漂って来るな~とは思ってました」


え、美味しそうな匂い?


私はあの時、自分のおならのことで頭がいっぱいだったせいか、そんな匂いには全く気付いていなかった。


いったいどんな匂いだったのだろう。


気になって里帆さん(仮名)に、そのことを尋ねてみると、「えっと、ホワイトシチューみたいな匂いでしたよ」というではないか。


この部屋には私と里帆さん(仮名)しかいないし、誰も料理なんてしていない。


ということは、そのホワイトシチューの匂いは、外から漂って来ていたとしか考えられない。


しかし、あのとき部屋の窓やドアは全て閉まっていたし、誰も部屋に出入りしたりはしていなかった。


ということは、里帆さん(仮名)のいう、「ホワイトシチューの匂い」は、どう考えても、この部屋の中に匂いの発生源があったということになるだろう。


「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」


しばしの沈黙の後、私たちは顔を見合わせながら、ほぼ同時に「おなら?」と言っていた。


たった3文字の言葉なのに、びっくりするほど美しいハーモニーになったことに驚いて、私たちはまたしても顔を見合わせて、馬鹿みたいに笑い出すことになったのだった・・・・・・。


(画像上、早咲きの横浜緋桜はソメイヨシノが咲く前に見ごろを迎える・・・・・・。画像下、ノジスミレは花付きがいい株が多い・・・・・・)


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