カテゴリー「花」の記事

2024年5月29日 (水)

「謎フレーズ探偵」グッとパーでわかれましょ ①

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私が小学生の頃、チーム分けが必要な遊びをする時は、グーとパーのどちらを出すかで、集団を2つに分けていた。


例えば野球やキックベース、ドッチボールなどの球技や、ケイドロをはじめとする鬼ごっこで遊ぶ時がそうである。


で、このグーとパーによるチーム分けなのだが、いろいろな人に話を聞いてみると、地域によってその掛け声に様々なバリエーションがあることが分かった。


ちなみにここでいう「地域」とは、都道府県などの広い範囲だけではなく、市区町村などの狭い範囲も指している。


現実に私が子供の頃には、中学に進学して、他の地域に住むクラスメートと交流するようになると、それまでは聞いたこともなかったような掛け声で、チーム分けをしようとするものが現れて、たいへん驚いたものである・・・・・・。


ちなみに私が小学生の頃に、チーム分けに使っていた掛け声は、以下のようなものだった。


(掛け声 A)

「グッとパーでわかれましょ」


私の記憶ではチーム分けの際は、ほぼ100%といってもいいぐらい、この掛け声だったと思う。


(掛け声 B)

「グットッパ」


時間がない時や、何らかの理由で急いでチーム分けをしなくてはいけない時などはこれだった。


恐らくこの掛け声は、その使い方から考えても、「グッとパーでわかれましょ(A)」を短縮したものと考えるのが自然だろう。


私が小学生の頃に使っていた、チーム分けの際の掛け声は、この2つだけで、これ以外の掛け声は、当時は聞いたことがなかった。


ちなみに私は神奈川県の横浜市出身である・・・・・・。


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中学に進学して、他の地域に住むクラスメートと交流するようになると、これらの掛け声にバリエーションが存在していることを知ることになりたいへん驚いた。


そしてそれは、掛け声A、掛け声Bともに存在していたのである。


それがこちらになる(↓)。


(掛け声C)

「グッとパーであえばいい」


これは掛け声Aのバリエーションと思われる。


個人的には小学生の頃は、ず~っと「グッとパーでわかれましょ」に慣れ親しんでいたので、正直なところ、「グッとパーであえばいい」には違和感しかなくて、「あえばいいとは、いったいどういう意味だろう?」とずっと思っていた。


これについては、いま考えても、思わず頭を捻ってしまうのだが、恐らく「数が合えばそれでいい」という意味だったのだろう。


しかし、それって、日本語としてどこかおかしくはないだろうか。


そう考えると、もともとの掛け声はどうもAのような気がする・・・・・・。


(掛け声D)

「グッチッパ」


これはどう考えても、掛け声Bのバリエーションだ。


なぜ、「グットッパ(B)」が「グッチッパ(D)」になったかは定かではないが、恐らくこの掛け声は、「グーチョキパー」を短縮したものだと思われる。


しかし、チーム分けにはチョキを使うことはないのに、なぜこのような掛け声になったのか疑問に感じる。


そしてこの掛け声については、さらなるバリエーションがあった。


(掛け声E)

「グッパッパ」


グーとパーで分かれるから、「グッパッパ」なのだろうが、これでは「パ」が1つ多い気がする。


そんな訳で、個人的にはもう一捻り欲しいところだ。


(掛け声F)

「グッパッしょ」


最初、「しょ」とは何のことだろうと思っていたのだが、掛け声のリズムからして、どうもジャンケンをする時の、「あいこでしょ」の「しょ」のようだった。


そう思って、「しょ」はひらがな表記にしてみた。


恐らく「グッパ」ではリズム感が悪いので、「あいこでしょ」の「しょ」を語尾に強引に付けてみたということではないだろうか・・・・・・。


そんな訳で、「グットッパ(B)」、「グッチッパ(D)」、「グッパッパ(E)」、「グッパッしょ(F)」という一連の短縮系の掛け声のもとは、「グットッパ(B)」ということになりそうだ・・・・・・。


(次回②へ続くよ・・・・・・)


(画像上、風車のような形をしたヤマボウシの花・・・・・・。画像下、甘い香りを漂わせながら、スイカズラがたくさんの花を咲かせている・・・・・・)


2024年5月23日 (木)

「昭和の遊具」雲梯

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最近、「小学校の校庭が嫌にすっきりしてしまったなぁ」と思っていたところ、私が通っていた当時にはあったはずの遊具が、ことごとくなくなってしまっていることにふと気付いた。


そのうちのひとつが「雲梯」である。


雲梯とは梯子をアーチ状にしたような遊具で、私が子供の頃には学校には必ず設置されていたものだ。


私の母校にあったものはアーチ状のものだったが、他にも梯子の部分が水平になっているものや、山形になっているもの、また、梯子ではなく吊り輪になっている特殊なタイプもあったようだ・・・・・・。


遊び方としては、梯子状の持ち手の部分にぶら下がり、右手、左手と交互に使いながら、前へ前へ進んで行き、端まで行き着いたらゴールになる。


例えるなら木の枝から枝へ、腕の力だけで移動して行く、お猿さんのイメージだ。


このため雲梯をサクサクとリズミカルに進んで行くことが出来る者は、男女問わず高確率で、「オランウータン!」とか「モンキー!」という掛け声を掛けられていたものだ・・・・・・。


ところでこの雲梯で遊ぶためには、ある程度の腕の筋力が必要になる。


このため小学校低学年の頃は、雲梯で遊ぼうなんてやつはほとんどいなかった。


しかし、学年が上がるにつれて、次第に筋力もついて来て、梯子の持ち手を、1つ飛ばしや2つ飛ばしで持ち替えながら、前へ前へ進んで行く者も現れるようになって来る。


この頃になると、自分が少しずつ猿に近付いて行っているのを、なんとなく実感出来たものである。


雲梯を端から端までクリアした者は、今度は梯子の上へよじ登り、まるでイグアナのような姿勢で、反対側まで歩いて行くという、離れ業を身に着けていった。


一見かっこうよく感じるのだが、よく考えてみれば、これは哺乳類から爬虫類への退化であることを忘れてはならない・・・・・・。


ところでこの雲梯だが、いま考えると、遊具というより身体を鍛える目的の設備だったような気がする。


というのも、雲梯は体育の授業にも取り入れられていたからだ。


雲梯をスムーズに渡って行くためには、握力や腕の筋力が必要なのはもはや言うまでもない。


さらに腕を交互に繰り出して、常に一定のペースで持ち手を持ち替えて行かないと、バランスを崩して途中で落下してしまうことになる。


雲梯にはリズム感が必要なのだ・・・・・・。


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また、端から端まで落下することなくゴールするためには、ある程度の持久力も必要になって来る。


雲梯は日常的に遊ぶことで、握力や腕の筋力、腹筋や背筋、持久力やリズム感まで、効果的に鍛えることが出来るのだ。


遊んでいるだけで、自然に身体を鍛えることが出来るのだから、子供の成長に伴う筋力の向上にとって、こんなに理想的な遊具はないといえるだろう・・・・・・。


では、そんな優秀な遊具だった雲梯が、なぜなくなってしまったのだろうか。


これについては、いくつかの要因があったようだ。


1つは雲梯は跳び箱などと違って、校庭に常に設置されている遊具なので、子供たちがいつでも自由に遊ぶことが出来たこと。


自由に遊べるということは、先生や大人の見ていない所で、何が起こってもおかしくないということだ。


例えば学校帰りにランドセルを背負ったまま、雲梯の上へあがって遊んでいた子供が、持ち手の梯子の部分にひっかかってしまい、宙吊りになって動けなくなってしまったなどの事故が起きていたようなのだ。


誰かがいっしょにいれば、すぐに発見してもらえるのだが、1人で雲梯に宙吊りになっている様子は、なんとも間抜けとしか言いようがない。


ランドセルを下ろさずに、横着をした結果がこれである・・・・・・。


そして、このような事故は決して少なくなかったようで、どうやらこれが危険と判断されたらしい。


また、そのような事故以外の要因としては、子供の体力低下が挙げられるという。


昔は学校のスポーツテストで、「懸垂」という種目が必ずあった。


ところが現在では、懸垂が1回も出来ない生徒が急増して、1999(平成11)年頃に、懸垂の種目は廃止になってしまっている。


懸垂を1回も出来ないなんて、私が子供の頃にはちょっと考えられない話だが、確かに懸垂が出来なければ、雲梯で遊ぶことなんて、絶対に不可能だろう・・・・・・。


私が小学生の時の卒業アルバムを開いて見ると、雲梯に数名ずつぶら下がって撮ってもらった写真や、みんなでジャングルジムに捕まって撮った写真など、遊具で撮った写真がたくさん収められている。


しかし、現在の小学校の校庭には、鉄棒以外の遊具は、何もなくなってしまった。


そんな風景を眺めていると、いまの卒業アルバムは、きっと寂しいことになってしまっているのだろうなぁと思わずにはいられない・・・・・・。


(画像上、初夏の林縁ではウツギの花が見頃に・・・・・・。画像下、公園ではピンク色のヤマボウシが咲き始めた・・・・・・)





2024年5月17日 (金)

ミミズバーガーのうわさ

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昭和の頃には、「その話し本当なの?」と思うような、どうしようもない噂話がたくさんあった。


冷静になって考えてみれば、どう考えても嘘なのに、当時は「本当の話」として、真面目に語られていたので、そのことを信じて疑わない人も少なくなかった。


ひとつ例を挙げるなら、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話が有名である。


今だったら、「都市伝説」という言葉ひとつで片付けられてしまい、発信する側も、受け取る側も、「信じるか信じないかは、あなた次第です」というスタンスがお約束になっている。


しかし、昭和の頃には、「都市伝説」などという便利な言葉は存在していなかったので、本当なのか嘘なのか分からない話は、あくまでも「噂」であって、その話を事実として受け取って信じている人もたくさんいたのだ・・・・・・。


では、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話は、具体的にはどのようなものだったのだろうか。


この手の話というのは、時代と共にアップデートされて行くので、この話が現在どのような内容になっているのかは私は知らない。


ちなみに私が子供の頃に聞いた話では・・・・・・、


「マクドナルドのアルバイト店員が何気なく調理場を覗いたところ、調理担当者がハンバーグの具材にミミズの肉を入れて調理しているところだった。そして、その様子を見ていた店長に、店の奥へ連れて行かれて、口止め料として多額の現金を渡された・・・・・・」


また、別の話では・・・・・・、


「客の女子高生が店内でハンバーガーをひとかじりしたところ、ハンバーガーから何やら赤いひものようなものが垂れ下がって来た。そしてそれをよく見ると、まるでミミズのような縞模様が入っており、女子高生がそのことについて、店員にクレームを言うと、店の奥へ通されて、現金を手渡された・・・・・・」といった話が有名だった・・・・・・。


確かミミズ以外にも、犬の肉や猫の肉、ネズミの肉などのバリエーションがあったと思う。


ネコの肉説では、店舗裏のポリバケツに、猫の皮が捨ててあったとか、店の冷蔵庫にネコの頭が並んでいたとか言われていて、マクドナルドには野良猫を捕獲するための専門の部署があるなんていう話も、まことしやかに語られていた。


と、そうはいっても、やはり主流だったのは、ミミズの肉説だったように思う・・・・・・。


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では、そもそもの話、どうしてこのような都市伝説が生まれたのだろうか。


じつはこれについては、いくつかの要因が重なって誕生した可能性が極めて高い。


まず、個人的に一番大きな要因と思っているのが、ハンバーグを作るために使用するひき肉が、一見ミミズっぽいビジュアルをしていることだ。


みなさんもご存じの通り、ひき肉は細長く、生の状態では赤っぽい色合いをしており、見方によってはミミズに似ていなくもない・・・・・・。


また、かつての精肉業界では、隠語としてひき肉のことを「ミミズ」と呼んでいたそうなのだ。


精肉のプロがひき肉のことを「ミミズ」と呼ぶぐらいなのだから、やはり生のひき肉のビジュアルはミミズに似ているのだろう。


もし、精肉業者がひき肉の納品の際に、「はい、ミミズ〇kgね~!」などと言いながら、ひき肉が入ったポリ袋を手渡したりしていたら、事情を知らないアルバイト店員は、その様子を見て、きっと仰天したに違いない・・・・・・。


しかし、そうはいっても、「そんな訳ないだろう!」と冗談だと思う人が大半だと思う。


では、当時はどうしてそこまで、ミミズバーガーの存在を信じて疑わない人が多かったのだろう。


じつはあの当時は、食用ミミズの養殖が話題になった時代でもあった。


海外では食用ミミズを食べる習慣がある国もあり、フランスでは高級食材とも言われていた。


そのような習慣のない日本では、衝撃のエピソードとしてテレビで紹介され、人々の記憶の中に強烈な印象を残していた。


そんな時代背景もあって、ミミズバーガーの都市伝説は、あの時代だからこそ、定着して行ったのだと思う・・・・・・。


また、ハンバーガーという食べ物は、牛肉を使っているにも関わらず、とにかく値段が安かった。


あの当時のハンバーガーの価格は、確か180円前後だったと思う。


ハンバーガーの値段だけ見たら、いまと大して変わらないが、牛肉といえば食肉界の王様である。


豚肉や鶏肉などと比べると、価格は格段に高くなるのは言うまでもない。


「ハンバーガーは牛肉を使っているにも関わらず、そんなに値段が安いのは、ちょっとおかしいんじゃないのか?」と考える人も少なくなかったようなのだ。


そこで人々の頭をよぎったのが、あの食用ミミズだったのである。


ちなみに私は子供の頃、牛肉が苦手だったので、ハンバーガーなんて食べたいとも思わなかったし、食べたことも一度もなかった。


だからハンバーガーにミミズが入っていようがいまいが、そんなことははっきり言ってどうでもよかった。


だから友達から、「ミミズバーガーの話を聞いてから、ハンバーガーが食べられなくなった」という話を聞かされても、あまりピンと来なくて、「へ~、そうなんだ~」と気のない返事しか出来なかったものである。


しかし、よく考えてみれば、その友達は、そのことを知らなかったとはいえ、ハンバーガーを「美味い、美味い!」と食べていたのだ。


ということは、「こいつにとって、ミミズって美味い食べ物ってことになるんじゃないのか?」と、私は頭の片隅で薄っすらと考えていたのだった・・・・・・。


(画像上、白、桃、赤と花色が移ろっていくハコネウツギの花・・・・・・。画像下、ブラシノキの花は、瓶を洗うブラシのような形をしている・・・・・・)



2024年4月23日 (火)

「ヤッターマン」ドロンジョの裸 ②

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ドロンジョはドロンボー一味の女リーダーで、3人のメンバーの中での役回りとしては、「お色気担当」と言われることが多い。


これはなぜかというと、作中でドロンジョが毎回のように、裸を晒していたからに他ならない。


誤解のないように書いておくが、ドロンジョはべつに露出症という訳ではない。


では、なぜそのようなことが起きてしまうのかというと、これについてはもはや「運命」としか言いようがない・・・・・・。


じつはドロンジョは戦闘の際にも、しばしば裸になっていた。


そしてドロンジョが戦闘の際に、裸になっていた原因の1つが「ゾロメカ」だったのである。


「ゾロメカ」とはヤッターマン側のメカ(ヤッターワンなど)がピンチに陥った際に、ガンちゃん(ヤッターマン1号)が投げる「メカの素」により、ヤッターマン側のメカ(ヤッターワンなど)の内部で急遽製造される小型のメカのことをいう。


ちなみにヤッターマン側のゾロメカは、「ビックリドッキリメカ」と呼ばれる。


そしてドラムロールからのファンファーレの後に、ヤッターワンの口の中から長い梯子が出て来て、その梯子を伝って、「いったい何機出て来るんだよ」と呆れるぐらい、次から次へと小型のメカがゾロゾロと出て来るのである。


ゾロゾロ出て来るから「ゾロメカ」という訳だ・・・・・・。


ちなみに最初の頃は、ゾロメカはヤッターマンの専売特許だったのだが、作品中期以降はそれに対抗してドロンボー側もゾロメカを出すようになって行った。


で、このゾロメカがドロンジョのコスチュームを切り刻んだり、引き裂いたりするのが、ヤッターマンでは定番の展開だったのである・・・・・・。


で、その露出の程度については、日によって様々で、ほぼ全裸になってしまっていることもあれば、なぜかおっぱいの部分だけがきれいに露出していることもあった。


どちらにしても、規制の甘い昭和のアニメということで、「おっぱいは丸出し、乳首も隠さず」が基本だった。


アニメといえど、規制が厳しくなった現在では、ちょっと考えられない話である・・・・・・。


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ちなみにゾロメカの中には、ドロンジョの姿を模したものが登場したことがあったが、ニワトリに服をはぎ取られ、本人と同様に素っ裸になってしまっていた。


ゾロメカになっても、ドロンジョはドロンジョだったのである・・・・・・。


ちなみにゾロメカの攻撃(?)で裸になっていたのは、ドロンジョだけではなく、部下のボヤッキーとトンズラーも被害にあって、パンツ一丁になってしまったりしていた。


しかし、ボヤッキーとトンズラーが無事なのに、なぜかドロンジョだけが素っ裸ということもあり、こうなって来ると、冒頭でも書いた通り、ドロンジョは、「そういう運命のもとに生まれて来ている」としか言いようがないだろう・・・・・・。


そしてそのことを裏付けるように、ドロンジョはゾロメカ以外の不可抗力によって、裸になっていることもしばしばあった。


例えば自分たちが放った武器が、ブーメランのように戻って来て、服を切り裂いてしまい、おっぱいがベロ~ン。


また、ヤッターマンが放った武器が直撃して、服がビリビリに破けて、四方八方に飛散して行き、豪快に素っ裸になってしまうなんてこともあった・・・・・・。


そして不思議なのは、どちらの場合も、武器が直撃しているにも関わらず、ドロンジョに怪我らしい怪我は何ひとつ認められない点である。


考えられるのは、そもそもこれらの武器は、武器とは名ばかりで、ドロンジョを裸にさせることだけに焦点を絞って開発された、ビックリグッツ的なものだったのではないかということだ・・・・・・。


ヤッターマンの側からしてみたら、相手のボスに精神的ダメージを与え、攻撃の手を一時的に止めさせる目的があったのかもしれない。


一方、ドロンボーが放った武器が、ブーメランのように戻って来たのは単なる偶然かというと、武器の威力のことを考えると、それもかなり怪しい。


もし、本気でヤッターマンのメカを破壊するつもりなら、もっと強力な武器を選択するはずである・・・・・・。


ドロンボー一味のメカ開発担当はボヤッキーだ。


ボヤッキーといえば、戦闘とは何の関係もない、「おだてブタ」や「ドッチラケメカ」などを作り上げ、それをただでさえスペースのないコックピットに、無理やり搭載してしまうほど遊び心のある男だ。


まっとうな武器と見せかけて、じつはブーメラン式に戻ってきた武器が、ドロンジョのコスチュームをボロボロにしてしまう仕掛けが施してあったとしても、決して不思議ではないだろう・・・・・・。


ちなみに「おだてブタ」に関しては、ご存知のかたも多いかと思うが、ドロンジョがボヤッキーの作ったメカを褒めちぎっている時などに、コックピットの一角にミニサイズのヤシの木が現れ、そのヤシの木をブタ型の小型メカがスルスルと登って行き、「ブタもおだてりゃ木に登る、ブー」と言い放つだけの、何の役にも立たないメカである。


もう1つの「ドッチラケメカ」は、前述の「おだてブタ」が登場する以前に、コックピットに搭載されていたメカで、誰かが駄洒落を言った時や、ヤッターマンの攻撃でメカが爆発する時などに、「ちんちろりんのドッチラケ~」と言いつつ登場する、骸骨型のどうしようもないメカである・・・・・・。


と、そんなわけで、もはや疑いようもないだろう。


ドロンジョの「敵」は、ヤッターマンばかりではなかったようである・・・・・・。


(画像上、影の枝に咲いた桜の花・・・・・・。画像下、奇妙な姿をしたウラシマソウの仏炎包・・・・・・)


2024年4月17日 (水)

「謎フレーズ探偵」たけやさおだけ

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最近は「さおだけ屋」なんて、ほとんど見かけなくなってしまったが、私が子供の頃には、さおだけ屋は「やきいも屋」、「ちりがみ交換」と並んで、町内をしばしば巡回している車の1つだった。


「さおだけ屋」は軽トラックの荷台に、竿竹と物干し台を乗せて各町内を回り移動販売をしていた・・・・・・。


また、「さおだけ屋」といえば、「た~けや~、さおだけぇ~、2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」というフレーズがお馴染みで、これを軽トラのスピーカーから流しながら、かなりゆっくりとしたスピードで町内を走っていた。


ちなみに「〇」の部分については、時代と共に少しずつ変化していたのではないかと思う・・・・・・。


ところで私が子供の頃は、「やきいも屋」と「ちりがみ交換」は呼び止めている人をよく見かけたものだが、「さおだけ屋」を呼び止めている人は、個人的には一度も見たことがなかった。


というのも、当時さおだけ屋は、「悪徳商法で詐欺である」という噂が流れていて、車を呼び止めたが最後、運転席から怖いおじさんが降りて来て、高額な竿竹や物干し台を売りつけて来ると言われていた。


軽トラのスピーカーからは、「2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」と流してはいるが、実際には言葉巧みに誘導されて、最終的には5~6万もする高額商品を買わされるというのである・・・・・・。


ちなみに「2本で〇円、〇年前のお値段です」のフレーズだが、「2本で千円、20年前のお値段です」と記憶されているかたが多いと思う。


じつはこの部分については、「2本で千円というのは20年前のお値段で今は違いますよ」という意味が隠されているというのだ。


ちゃんと逃げ道は作ってあるということだろう・・・・・・。


また、実際に2本で千円の品物から、幅広い価格帯で商品を揃えてはいるが、安い商品はすぐに錆びて、買い替えなくてはならなくなる。


「それならば、長持ちする高級品の方が、長い目で見たら安く付きますよ」と説明され、結局は高額な商品を買わされることになるのだという話もあった。


うちではさおだけ屋から、竿竹や物干し台を買ったことは一度もなかったので、実際にその噂が本当だったのかどうかは定かではないが、当時はその噂を信じている人が多かったように思う・・・・・・。


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ところでこれは大人になってから知った話なのだが、じつは「さおだけ屋」というのは、国家機関などから依頼されて、隠密活動を行っている集団で、竿竹の移動販売という業務形態は、それをカモフラージュしているに過ぎないのだという、まるで都市伝説のような噂まで存在していた。


前述のように、私は「さおだけ屋」をわざわざ呼び止めて、竿竹や物干し台を買っている人を見たことは過去に一度もなかった。


そもそも竿竹や物干し台なんて、そう頻繁に買い替えるようなものではないし、いつも売れない竿竹を荷台に積んで、町内を流しているだけの軽トラを見ていると、子供だって、「こんなんで、商売になるのかよ」と疑問に感じていたほどである。


それを考えると、先程の「そんな馬鹿な」と思えるような都市伝説が、なんだか現実味を帯びて来るような気がしてならないのだ・・・・・・。


では、さおだけ屋が国家機関から依頼されている隠密活動とは、いったいどのようなものなのだろうか。


これについては、電波傍受や盗聴を始め、一般には法的に行えないことを、代行しているのだという。


どうでもいいが、もしそれが事実だとしたら、「一歩間違えたら、犯罪者じゃねえか」という気がしないでもない・・・・・・。


では、そんな怪しい依頼が、具体的にはどこから来ているというのだろうか。


これについては、ズバリ、「公安警察」なのだそうだ。


「え~~~~~!」という気がしないでもないが、実際のところ、町内に紛れ込んで、潜伏している犯人を探し出すことは、決して容易なことではなく、定期的に軽トラで町内を流している「さおだけ屋」は、情報収集にはうってつけの存在なのだとか。


また、逃亡生活を続ける犯人の側からすると、さおだけ屋の「た~けや~、さ~おだけ~」のフレーズを聴くことで、「公安に追い詰められている」という気持ちが増していき、精神的にどんどん追い詰められていくのだそうだ・・・・・・。


ところで、なぜ逃走犯は「さおだけ屋は公安と繋がっている」ということを知っているのだろうか。


「怪盗〇〇〇〇」的な犯人なら、そんな情報を握っていても、決しておかしくはないが、元は一般人だったであろう普通の犯人が、そんな情報を知っているとはとても思えない・・・・・・。


私が子供の頃に聴いた、「た~けや~、さ~おだけ~」というあのフレーズは、まるで民謡歌手のような歌い方をする、おっさんの声だったのだが、いつの頃からか、あまり歌が上手いとは言いかねる、若い女性の声に変わっていた。


ちなみにスピーカーから流れてくる声は若い女性の声だが、運転しているのは、相変わらず、くたびれたおやじなので、「ちょっと見に行ってみよう」なんて気は起こさない方がよい。


多くの人に声を掛けてもらうための、イメージ戦略だったのかもしれないが、逃走犯にプレッシャーをかけて追い詰めるためには、昭和の頃によく聴かれた、あの、おっさんの声の方がよかったんじゃないかなぁと思う今日この頃である・・・・・・。


(画像上、岩に根付いたタチツボスミレ・・・・・・。画像下、身近な春の花、カントウタンポポ・・・・・・)


2024年3月13日 (水)

「ヤッターマン」ドロンジョの裸 ①

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ドロンジョはドロンボー一味の女リーダーで、3人のメンバーの中での役回りとしては、「お色気担当」と言われることが多い。


これはなぜかというと、作中でドロンジョが、毎回のように裸を晒していたからに他ならない。


ドロンジョの名誉のために言っておくが、彼女はべつに露出症という訳ではない。


では、泥棒稼業の彼女が、なんでまた世間に裸を晒すことになったのかというと、「そういう運命のもとに産まれて来たから」というほかないだろう。


名探偵と言われる人物が、行く先々で殺人事件に出くわすことにちょっと似ている。


しかし、どんなに優秀な名探偵でも、1話の中で遭遇する事件は、せいぜい1つだけだ。


ところがドロンジョの場合は、たった1話の中で、多い時で3~4回は裸になっていた・・・・・・。


現在のテレビアニメの常識に則って考えるなら・・・・・・、


「裸といっても、じつは下着は着けている状態である」

「本当に裸であっても、お風呂や温泉に浸かっていて、肩から下は見えていない」

「湯気や泡で肝心な部分は隠されている」


・・・・・・といった状況が想像出来るかと思う。


ところがドロンジョの場合は、おっぱいが丸出しになるのは、ほぼ毎回だったし、すっぽんぽんになることも少なくなかった。


もちろん、なんのカバーもなしにである・・・・・・。


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じつはヤッターマンが放送されていた昭和の頃は、テレビ番組の規制が甘く、アニメに限らず、ドラマやバラエティー番組でも、女性の裸が登場することが少なくなかった。


このため作り手の側としては、やりたい放題だったのである。


きっと、ドロンジョも何の気兼ねもなく、脱ぎ放題・・・・・・、いや、はた迷惑な話だったに違いない・・・・・・。


このことを象徴しているのが、2008(平成20)年にリメイクされた、「平成版ヤッターマン」の中で、ボヤッキーが言い放ったセリフだろう。


ドロンジョの胸が露出しそうになると、ボヤッキーが慌てて両手で胸を覆い隠し、「今のテレビはここまでが限界なのよ!」と、カメラ目線で視聴者にメッセージを送っていたのだ。


きっと、若い世代の人たちは、ボヤッキーが何を言っているのか、よく分からなかったと思うのだが、子供の頃にさんざんドロンジョの裸を見せられて来た我々にしてみたら、この程度のオチでは、「物足りない」としか言いようがなかった。


昭和版の放送時には、「この番組は私の裸で持っている」と豪語していたドロンジョも、きっと拍子抜けしていたに違いない・・・・・・。


で、そもそもの話、ドロンジョはなぜ、裸にならなくてはいけなかったのだろう。


まず、物語の冒頭で、ドクロベーから指令が伝えられるのだが、指令のテープを見終わった後に、必ず爆発が起きていた。


この時は3人とも着ている服がボロボロになってしまうのだが、なぜかドロンジョだけは被害が大きく、ペルソナ(覆面)とブーツだけ残して、素っ裸になってしまっていることがよくあった・・・・・・。


また、かろうじて服がボロボロになるだけで、今回は露出はなしかと思っていると、数秒のタイムラグの後、服の胸の部分が崩壊して、おっぱいがポロリなんてこともよくあった。


この指令から爆発のパターンは、毎回のことだったので、ドロンジョも次第に慣れて来て、「あっ!見たわね。小林くんと小林くんのお父さん。後でお電話ちょうだいね」などと、カメラ目線で視聴者に呼びかけたりしていた。


きっと、全国の小林くんは、自分のことが本当に見えているんじゃないかと思い、「ドキッ!」としたことだろう・・・・・・。


で、今ではちょっと考えられないような話だが、当時のドロンジョのポロリシーンでは、なんと乳首までしっかりと描き込まれていた。


現在では規制が厳しくなって、アニメといえど、乳首の露出は自粛されるようになり、このようなシーンは見られなくなっている。


このようにドロンジョは、物語の冒頭付近で、早くも裸になってしまっていたのだが、じつはこの後も、爆発あり、ハプニングありで、裸街道まっしぐらなのだ。


そしてその理由というのがまた笑えるので、このエピソードは、「To be continued」としておきたいと思う・・・・・・。


(画像上、トサミズキが咲き始めた・・・・・・。画像下、木の根元でノジスミレが咲いていた・・・・・・)

2024年3月 6日 (水)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!④

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「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」は、ルールは全国共通なのに、なぜか日本各地に様々な掛け声が存在している。


そして最も一般的と思われる掛け声が、「いっせーの」、「いっせーのーせ」、「いっせーので」、「いっせっせ」などの、「いっせーの系」の掛け声なのだ。


そしてこれらはそのまま、重たい物を動かす時などに、「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」としても使われている。


で、この「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」は、調べてみると、日本のほとんどの地域で、前述の「いっせーの」、または「せーの」という掛け声が使われていることが分かる・・・・・・。


ところがどういう訳か、九州地方だけはこれが当てはまらず、ちょっと特殊なことになっているのだ。


例えば福岡県では、「いっせーの」や「せーの」に相当する掛け声は、「さんのーがーはい」となる。


神奈川県(横浜市)出身の私からしたら、「いったい何語なんだ?」と思わざるを得ない。


何回聞き直しても、とても日本語とは思えない。


恐らく「さんのーがーはい」の「はい」の部分は、「あなたもご一緒に!」的な「はい」なのだろう。


「いっせーのーせ」の「せ」に相当する部分と言えば分かりやすいだろうか・・・・・・。


しかし、それより前の、「さんのーがー」とはいったいどういう意味なのだろう。


じつはこれにはいくつかの説があるようだ。


まずはもともとは、「いちにのさんはい」だったのではないかという説。


「いちにのさんはい」は「さんはい」と短縮することもある。


ここからタイミングを取りやすいように、「さんのーがーはい」という言葉に変化していったのではないかという考え方だ・・・・・・。


2つ目の説は、「せーの」の語源でもあった、「賽の神(さいのかみ)」から変化していったのではないかとする説。


ちなみに前回も書いている通り、「賽の神」とは「道祖神」のことである。


前回ご紹介した「せーの」という掛け声は、「さいのかみ来い」→「せえのかみ来い」→「せーの来い」→「せーの」と変化していった。


「さんのーがーはい」の場合は、「さいのかみ来い」→「さいの来い」→「さんのー来い」→「さんのーがーはい」という流れで変化していったのではないかという考え方だ・・・・・・。


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ところでこの福岡の方言と思われる「さんのーがーはい」だが、同じ九州でも他県に行くと、そのフレーズが少しずつ変化していて面白い。


例えば熊本県では、「せーのがさんはい」という掛け声に変わる。


なんだか言葉がより複雑になっているように感じるのだが、「せーのが」と「さんはい」に分けて考えると分かりやすい。


「せーのが」の「せーの」は言うまでもなく、「賽の神」のことだろう。


そして「さんはい」については、「いちにのさんはい」の「いちにの」を省略して、「さんはい」としたものだろう。


重たい物を動かすために、「賽の神」の力を借りたいので、「さいのかみ来い(せーの)」。


そしてそれに、タイミングを合わせる時の、「さんはい」をプラスした掛け声ということになるのではないだろうか・・・・・・。


そしてこれが鹿児島県に行くと、「いっちゃのーがーせい」という掛け声に変化する。


もはや何かの呪文のようだが、「いっちゃのーがーせい」を分かりやすく言い換えると、「いっせーのーがーせい」となるそうだ。


「いっせーのーがー」の部分は、言うまでもなく、「いっせーの」の掛け声から来ていることは間違いないだろう・・・・・・。


では、「せい」とはいったいなんのことか。


これまでの例から見ても、「せい」は「賽の神」のことではないだろうか。


「賽の神」は「せえのかみ」と訛ることもある。


「せえ」が「せい」に変化したとしても、何ら不思議ではない・・・・・・。


「せい」が「賽の神」を指しているとするなら、「いっせーのーがーせい」の意味としては、タイミングを合わせる「いっせーの」という掛け声と、重たい物を動かすのに、「賽の神の力を借りたい」という意味の、「さいのかみ来い」が合わさった言葉ということになるのではないだろうか。


そして日本の多くの地域では、重たい物を動かす時などに、「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」が、そっくりそのまま、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」の掛け声になっているのだが、今回ご紹介して来たこれらの掛け声は、なぜかそれに当てはまらないのである・・・・・・。


さて、ここで本題である、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」に話を戻そう。


じつはこのゲームのルーツを探って行くと、1600年頃にはすでに行われていたとされる、中国の「本拳(ほんけん)」がその起源ではないかと考えられているようだ。


日本には18世紀頃、およそ300年前に、長崎県に伝来したと言われている。


そしてこれが各地に広まって行き、少しずつ形を変えながら、最終的に「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」になったと考えられている。


ところがどういう訳か、私の知り合いの長崎県人数名に、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」について話を聞いてみると、みんな口をそろえて、「子供の頃は知らなかったので、遊んだことがなかった」というのだ。


(ちなみにこれについては、昭和50~60年代に子供だった人たちに話を聞いている)


最初に「本拳」が伝来した長崎県に、親指のゲームが定着していないというのも、なんだか不思議な話である・・・・・・。


そして調べてみると、長崎県に限らず、どうも九州地方では、このゲームは局所的にしか広まっていないようなのだ。


これはいったいどうしてなのだろう。


親指のゲームの原形は、長崎発で各地に広まって行ったものの、日本で改良されて完成形となった親指のゲームは、出発地点まで戻って来ることはなかったということだろうか。


「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」といい、九州地方はちょっと独特のようである・・・・・・。


(画像上、毎年撮影している桃色の椿が見頃になった・・・・・・。画像下、マンサクの花はそろそろ終盤に・・・・・・)



2024年2月29日 (木)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!③

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さて、ここからは、本題である「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」からはちょっと離れて、単純に「いっせーの」という言葉そのものについて、もう少し深掘りしてみようと思っている。


で、調べてみると、この「いっせーの」という言葉は、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉であることが分かった。


で、ざっくり見て行くと、相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声には、「いっせーの」と「せーの」という2通りの言い方があることも分かった。


そこで多くの人が疑問に思うのは、「じゃあ、なんで2通りの言い方があるのか?」ということだろう・・・・・・。


まず、パッと見て気付くことは、「いっせーの」と「せーの」という言葉は、とてもよく似ているということだ。


いちいち説明するまでもないが、「いっせーの」は「せーの」に、「いっ」を付けただけである。


ということは、「もしかしたら、元をたどれば、この2つは同じ言葉だったんじゃないのか?」と誰もが思うのではないだろうか。


ところがこれがどうもそう単純な話ではなさそうなのである。


「いっせーの」と「せーの」は、一見似ている言葉のように感じるが、じつは全く別の言葉のようなのだ。


別の言い方をするなら、「いっせーの」と「せーの」は、語源が全く別なのである・・・・・・。


まず、「いっせーの」の方だが、これはフランス語の号令の、「イッセー」に由来しているらしい。


明治時代に日本海軍がフランス海軍と合同で訓練をしていたことがあった。


この時にフランス海軍が使っていた、ボートを引き上げる時の号令「イッセー」が、その由来と考えられているのだそう。


そしてこれは、日本語の「一斉」にも関係があるのではないか、という説もあるようだ。


確かに「一斉」をカタカナ表記にすれば「イッセイ」となる。


「イッセイ」と「イッセー」、関係がないと考える方がむしろ不自然だ・・・・・・。


では、「せーの」の方はどうだろう。


先ほども書いたが、パッと見た印象では、「せーの」は「いっせーの」から「いっ」を省略しただけのように見える。


しかし、「いっせーの」の語源を知ってしまうと、「いっ」はどう考えても、省略してはいけないということが分かる・・・・・・。


Photo_20240229165102

で、答えを先に書いてしまうと、「せーの」の語源は、じつは「賽の神(さいのかみ)」から来ているそうなのだ。


では、「賽の神」とはいったいなんだろう?


今となっては聞きなれない言葉かもしれないが、「賽の神」とは道祖神のことを指す。


道祖神とは疫病や災厄などが村に入って来ないように、道の辻などに祀られている石仏(神様)のことである。


また、道祖神は、1月14日に各地で行われる、「どんど焼き」にも深い関りのある神様でもある。


そして、この道祖神のことを、「賽の神」と呼ぶ地域があるのだ。


そしてこれは、べつに地方の呼び名という訳ではないらしく、東京でもかつては道祖神のことを、「賽の神」と呼んでいた地域があったのだそうだ。


そして年配の人の中には、この「賽の神」が訛って、「せえのかみ」と発音する人もいたのだという・・・・・・。


で、問題はなぜ、「賽の神」が「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」になったのかだ。


例えば重たい物を持ち上げる時などに、「賽の神」の力を借りることが出来たら、きっと重たい物を楽に動かすことが出来るだろう。


「そんなことに神頼み?」と思われるかもしれないが、「賽の神」は私たちにとって、一番身近なところにいる神様ということで、昔の人は親しみを込めて、「きっと、力を貸してくれるだろう」と考えたのだろう。


そんなこともあって、当初は「せーの」ではなく、「さいのかみ来い」と掛け声をかけていたのではないかと考えられている。


それが「せえのかみ来い」と訛り、「せーの来い」と短縮され、最終的に「せーの」になっていったという流れだ。


このように、「いっせーの」と「せーの」は、同じ意味合いの言葉であるにも関わらず、その語源は全く別のところにあったのである・・・・・・。


ところでこの、いっせーの」と「せーの」という掛け声は、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉なのだが、九州地方だけはなぜかちょっと特殊なのだ。


という訳で、次回はその辺のことについて、ちょっと書いてみようと思っている・・・・・・。


(画像上、早咲きの桜として知られる河津桜が見頃になった・・・・・・。画像下、石の割れ目から、ヒガシニホントカゲが出て来て日光浴・・・・・・)

2024年2月23日 (金)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!②

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私が小学生の頃、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」がプチブレイクしていたことがあった。


このゲームでは、「いっせーの1!」といった具合に、掛け声をかけながら、数字をコールしていたのだが、全国的に見ると、じつに様々な掛け声があったようなのだ。


で、この辺のことに関しては、前回詳しく書かせてもらっているので、そちらを参考にして欲しい・・・・・・。


で、今回は最もオーソドックスと思われる、「いっせーの」という掛け声に焦点を絞って、調査を進めて行こうと思っている。


じつはこの最もオーソドックスと思われていた、「いっせーの」という掛け声なのだが、細かく調べてみると、「いっせーの」という言葉にも、地域性があることが分かった。


私の出身は神奈川県の横浜市だが、小学生の頃、この遊びの掛け声は、「いっせーの1!」だった。


で、調べてみると、この掛け声は、やはり関東地方で勢力が強い掛け声だったようだ・・・・・・。


ところが意外だったのは、同じ関東でも、「いっせーの」ではなくて、「いっせーのーせ」という掛け声を採用している地域もあったようなのだ。


これについては、私は小、中、高を通してみても、一度も聞いたことがなかったので、たいへん驚いている。


と、そうは言っても、「せ」がたった1文字増えただけなのだが、実際に「いっせーのーせ」の掛け声で、この指遊びをやってみると、なれていないせいか、どこで数字をコールしたらいいのか、ちょっとタイミングが分からなくなってしまう・・・・・・。


ちなみに誤解のないように書いておくと、私が子供の頃は、「いっせーのーせー」という掛け声は、指遊びには使われていなかったが、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」としては日常的に使っていた。


だから「いっせーのーせ」という言葉自体は、関東では方言や地域性のある言葉という訳ではなくて、標準語と言っていいと思う・・・・・・。


ところでこの「いっせーのーせ」という掛け声だが、関西地方へ行くと、「いっせーのーで」という掛け声に変わる。


そしてこれは、指遊びの掛け声のみならず、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」としても、日常的に使われているそうなのだ。


たった1文字、「せ」が「で」に変わっただけなのだが、関東ではそのような言い方はしないので、横浜市出身の私としては、もはや違和感しかない・・・・・・。


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また、関東地方では、相手とタイミングを合わせる時に、「せーの」という言い方もするが、これも関西地方では、「せーのーで」になるのだそうだ。


どうやら関西では、語尾に「で」が付くらしい。


関東人としては、なんだかタイミングをずらされたような感じで、思わず、ずっこけそうになってしまう・・・・・・。


で、指遊びの掛け声だが、他の地域ではどうなのか見て行くと、「いっせーの」という言葉の原形を留めているものに関しては、あとは中部地方の「いっせっせーの」が見られるぐらいだった。


そしてこの「いっせーの」、「いっせーのーせ」、「いっせーのーで」、「いっせっせーの」に共通して言えることは、再三書いているように、「指遊びの掛け声」であると同時に、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」でもあるという点だ。


これについては、前回ご紹介した、「う~~」や「バリチッチ」、「せっさん」などにはない特徴といえる。


そして全国的に見て、この指遊びの最もメジャーな掛け声といえるのが、この「いっせーの系」なのである・・・・・・。


そんな訳でここからは、本題である指の数を当てるゲームからはちょっと離れて、単純に「いっせーの」という言葉について、もう少し深堀してみようと思っている。


「そもそもの話、いっせーのとはなんなのか?」ということである。


じつはこの「いっせーの」という言葉は、調べてみると、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉であることが分かった。


で、ざっくり見て行くと、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」には、「いっせーの」と「せーの」という2通りの言い方があることが分かった。


そこで多くの人が疑問に思うのは、「じゃあ、なんで2通りの言い方があるのか?」ということだろう。


そんな訳で次回は、まずそのあたりから、紐解いて行こうと思っている・・・・・・。


(画像上、里山では早春に咲く花、マンサクが咲き始めた・・・・・・。画像下、猿の顔に例えられるセンダンの冬芽葉痕・・・・・・)


2024年2月 5日 (月)

プールの腰洗い槽

Photo_20240205165301

私が学生の頃、学校で水泳の授業がある時は、まず冷水のシャワーを浴びて、その後に「腰洗い槽」に浸かってから、プールに入るよう指導されていた。


ちなみに「腰洗い槽」とは、入り口と出口にそれぞれ階段が付いていて、中央がまるで浴槽を地面に埋めてあるように窪んでいる設備だった。


そして「腰洗い槽」の中には、塩素消毒剤入りの水が張られていて、ここに浸かることで、身体の殺菌が行われるとのことだった・・・・・・。


生徒たちはまず、入り口から階段で下りて行き、「腰洗い槽」に浸かるのだが、この時に両手を頭の上に乗せておくように指導されていた。


なぜかというと、「腰洗い槽」の塩素濃度は、プールの塩素濃度よりも高く設定されていたからだ。


このため、「腰洗い槽」の水に浸かった手で、自分の目を触ってしまうと、濃度の高い塩素が目に入ってしまう危険性があったのだ。


ちなみにプールの塩素濃度は0.4ppm~1.0ppm。


それに対して「腰洗い槽」の塩素濃度は50ppm~100ppmに設定されていた。


両手を頭の上に乗せておく理由については、先生から事前に説明されていたと思うのだが、小学生の頃は「腰洗い槽」に浸かる時は、まるでみんなで風呂に入っているような気分でテンションが高く、誰もが「キャー、キャー!」とはしゃいでいたので、そんな話は誰も聞いていなかったと思う・・・・・・。


で、両手を頭の上に乗せて、「腰洗い槽」に浸かってからは、その場で10秒間立ち止まっていなくてはならなかった。


そしてその間は、「い~ち、に~い、さ~ん、し~い、ご~お、ろ~く・・・」とみんなでカウントしていた記憶がある。


そしてその様子はまるで、本当に家で風呂に浸かっている時のようだった。


「どうせなら、ちょうどいい湯加減にしてくれればいいのに」と思っていたのは、きっと私だけではあるまい。


で、この「腰洗い槽」に入る目的なのだが、確か「腰から下を殺菌するため」と説明されていたように思う。


当時はプールに入るための流れ作業ぐらいにしか思っていなかったが、いま考えると、なんだか「風呂に入っていない人」みたいで失礼な話である・・・・・・。


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そんな「腰洗い槽」なのだが、最近は初めから設置されていないプールも増えているそうで、過去に「腰洗い槽」を使用していたプールでも、現在はもう使っていない所も少なくないそうだ。


で、その理由については、いくつかあるようだが、「腰洗い槽」が有効かどうかを確認するために行った実験では、大腸菌を付着させた水着を、「腰洗い槽」に5分間浸した場合と、水道の水で30秒間洗い流した場合で比較したところ、除菌率はほとんど変わっていなかったそうなのだ。


つまり10秒間、「腰洗い槽」に浸かったぐらいでは、なんの意味もなかったということになる。


ただ単に高濃度の塩素に浸からされ、目を危険にさらしていただけだったのである。


いまとなっては、もうどうでもいい話だが、なぜ「腰洗い槽」を設置する前に、その実験をやらなかったのだろう。


そんな話を聞かされるたびに、「われわれ昭和世代って、いろいろな場面で、何かと実験台にされて来たよなぁ」とつくづく思う・・・・・・。


プールの濾過、浄化設備の性能が向上したこともあり、現在では「腰洗い槽」の使用は、各学校の判断に任されているようだ。


そんな訳で、「腰洗い槽」を使っていない学校では、「腰洗い槽」はプールの脇にある謎の窪みと化しているのである。


撤去出来るような設備ではないので、仕方ないといえば仕方ないのだが、そのうち「腰洗い槽」にまつわる都市伝説が生まれそうな気がしてならない・・・・・・。


使われなくなった設備といえば、プールの授業の後に、目を洗うために設置されていた専用の蛇口も今はもうないそうだ。


こちらは「腰洗い槽」と違って、簡単に取り外せるので、今はもう撤去されてしまっている施設が多いようだ。


見たことのない人のために簡単に説明すると、上向きにU字状になっている蛇口があって、U字の先端の2ヵ所から、「ピューーーッ!」と水が出るようになっていた。


これがちょうど両目の幅と同じになっていて、洗眼用として利用されていたのだ。


昔は眼病予防のために、プールの後には必ず目を洗うよう指導されていたので、どこのプールにも必ず設置されている設備だった。


ところがその後の研究で、プールの後の洗顔は、目の表面にある粘膜を保護しているムチンを減らし、角膜の上皮バリア機能を破壊してしまう恐れがあることが分かったのだという。


また、当時は洗眼用の蛇口からは、けっこうな勢いで水が「ビュー、ビュー」出ていたのだが、この水圧もムチンがはがれやすくなる原因になるのだそうだ。


当時はプールの後はしっかりと目を洗うように言われていたので、その水圧を感じながら、ガンガン目を洗っていたものだ。


これでは眼病予防どころか、自ら率先して目を傷めつけていたことになるだろう。


「腰洗い槽」のところでも書いたように、「われわれ昭和世代って、いろいろな場面で、何かと実験台にされて来たよなぁ・・・」とつくづく思う、今日この頃である・・・・・・。


(画像上、毎年、2月に入ると咲き出すマンサクの花・・・・・・。画像下、落ち葉の下からフキノトウが顔を出した・・・・・・)


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