カテゴリー「昆虫」の記事

2024年1月18日 (木)

蝶の知られざる習性

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▲ゴマダラチョウはカブトムシやクワガタムシといっしょに樹液に群がっているところをよく見かける・・・・・・。

蝶というとお花畑をヒラヒラと舞っている姿を思い浮かべる人が多いと思う。


なぜかといえば、蝶は花の蜜を主食としていて、蜜を吸うために花から花へと飛び回っているからだ。


その光景は優雅で美しく、アニメやドラマの世界では、のどかな風景を演出するために、あえてそんなシーンを挿入することもある。


また、写真や絵画の題材としてもよく使われていて、蝶は自然環境において、美しさや優雅さの象徴のように考えられている・・・・・・。


ところで蝶は花の蜜を主食としているが、花の蜜しか吸わないという訳ではない。


種類によっては、樹液や熟れた果実の汁を吸うものもいる。


例えば日本の国蝶であるオオムラサキやゴマダラチョウは、カブトムシやクワガタムシといっしょに樹液に群がり、彼らと場所争いを繰り広げながら、幹からにじみ出る樹液に口吻(ストロー状の口)を伸ばしている。


また、蝶は水も飲む。


里山を歩いていると、蝶が湿った路上に降りて来て、地面に向けて口吻を伸ばしている姿をしばしば見かける。


これはほとんどの場合オスで、ナトリウムを摂取するための行動といわれている・・・・・・。


ところで夏に野山を歩いていると、普段は人から一定の距離をとっている蝶がヒラヒラと寄って来て、身体にピタリと止まることがある。


胸にまるでブローチのように止まってみたり、本人も気付かぬままに、背中に密かに止まられていたり、まるで「ねえ、ねえ」と話しかけているように、顔をこちらへ向けて肩に止まっていたり、止まる場所にこれといった決まりはないようだ。


ただ1つ共通して言えることは、蝶が人に寄って来るのは、夏場が多いということだろう。


では、なぜ蝶は夏になると、人に寄って来るのだろう。


じつは種類にもよるのだが、蝶はたんぱく質が分解する時に発する臭いに寄って来る性質がある。


そしてその成分の中には乳酸などの老廃物も含まれている。


そう、蝶は人というよりも、人の汗に反応して寄って来ているのだ。


蝶にとっては人の汗も、摂取すべき栄養なのである。


だから蝶にしてみたら、汗だくの人ほど、「美味しそう」と感じているに違いない。


普段は人から距離を取っている蝶が、自分からヒラヒラ寄って来て、身体にピタリと止まってくれると、なんだかちょっと嬉しいものだが、真相を知ってしまうと、「おまえ汗臭いな!」と言われているみたいで、とても複雑な心境である・・・・・・。


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▲アカボシゴマダラは樹液以外に、柿などの落下した果実や、獣糞でもしばしば見かける・・・・・・。

しかし、汗ぐらいで驚いていてはいけない。


じつは蝶は動物のおしっこにも集って来る。


動物の中でも人間のおしっこは、特に塩分を豊富に含んでいるため、蝶に好まれるようだ。


現在では野外でおしっこをする人なんていないだろうが、昭和の頃には外で小便をしている人がたくさんいた。


「立ち小便」なんて言葉があったぐらいだ。


だから道端に不自然な水たまりがあったりすると、「誰かが小便をした跡に違いない」と思って、そこを避けて歩いたりしていたものだ・・・・・・。


子供の頃、よく虫捕りに行っていた野原や林縁では、そんな小さな水たまりに蝶が集まって、吸水していることがよくあった。


いま思えば、雨も降っていないのに、水たまりが出来ているなんてかなり不自然である。


もしかしたら、あれは誰かが残して行ったおしっこだったのかもしれない・・・・・・。


じつは海外の昆虫写真家の中には、蝶のこんな習性を撮影に利用している人もいるそうだ。


蝶を撮影する際には、死んだ魚におしっこをかけたものを、わざわざ持参して来るのだそうだ。


これはかなり効果があるそうで、あっという間に蝶が集まって来るという。


そして蝶は夢中になっておしっこを飲み始めるので、その間に簡単に撮影が出来るのだそうだ。


それにしても、夢中になっておしっこを飲み始めるって、なんともすごい表現である・・・・・・。


ところで1990年代に飲尿療法がブームになったことがあった。


しかし、当時はいくら健康にいいといわれても、自分の小便を飲むなんて絶対に嫌だと思っていたものだが、蝶が夢中になっておしっこを飲んでいる様子を見ると、もしかしたらあれは本当に身体にいいんじゃないかとさえ思えて来る。


そうは言っても、飲んでみたいとは、これっぽっちも思わないが・・・・・・。


しかし、おしっこぐらいで驚いていてはいけない。


信じられないかもしれないが、じつは蝶は動物のうんこにも集って来るのだ。


野山を散策中に、コロッとした土の塊に、蝶が数匹止まっているのを発見した。


しかし、よく見たらそれは土の塊ではなく、動物のうんこだったなんてこともよくあるのだ。


じつは蝶のオスは塩分とアミノ酸を消費してフェロモンを生成する。


うんこには塩分とアミノ酸が豊富に含まれているため、蝶はうんこにも集って来るのだ。


都市部でも放置された犬の糞に、蝶が止まっている様子を目撃することはあるのだが、多くの人は蝶が飛び立ってから気付くので、蝶は地面に降りて休憩していたのだろうぐらいにしか思っていない。


どうでもいいが、おしっこやうんこに集って来る蝶を見ていると、蝶と蝿の境界って、いったい何だろうと思わずにはいられない・・・・・・。


お花畑をヒラヒラと舞っている蝶の姿は大変優雅で美しい。


そんな蝶がたまに身体にピタッと止まってくれたりすると、とっても嬉しいものだが、それと同時に、「お前、さっきまでうんこに止まってましたなんて言わないよね?」と、思わず問い質さずにはいられないのである・・・・・・。



2024年1月12日 (金)

「ヤッターマン」ドクロベーの謎

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「ヤッターマン」は私が子供の頃に見ていたアニメ作品で、正式なタイトルは、「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」になる。


ヤッターマンの本放送は、1977(昭和52)年1月1日から、1979(昭和54)年1月27日まで、フジテレビ系列で放映されていた。


そして、毎週土曜日の午後6時30分から午後7時までの放送枠で全108話が放映されている・・・・・・。


ヤッターマンといえば、爆発から始まり、爆発で終わり、最後はお仕置きというのがストーリーの定番である。


そしてその最初の爆発に関わっているのが、「泥棒の神様」を自称するドクロベーなのである・・・・・・。


ドロンボー一味は、まずインチキ商売で金を稼ぎ、その稼いだ金でメカを作る。


インチキ商売を行う店舗の地下にはメカ工場があり、資金稼ぎからメカ製造まで、その場所で全て出来るようになっている。


そしてメカが完成したタイミングで、ドクロベーからの指令が下ることになる。


指令を伝えるのはドクロベー本人ではなく、ドクロ顔の小さなロボットになる。


そして、ドクロベーがロボットを通して、指令を伝えた後に爆発するのがお約束になっている。


爆発といっても、小さなロボットが爆発するだけなので、建物にはいっさい影響はない。


その影響を受けるのはドロンボー一味で、着ている服が見るも無残にボロボロになってしまう。


どういう訳か、一番被害が大きいのはいつもドロンジョで、ボヤッキーやトンズラーは、服が破けるぐらいで済んでいるのに、ドロンジョだけは、なぜかパンツ一丁になってしまっていることもあった。


そこまでいかなくても、爆発の後のポロリはもはや定番ネタとなっていて、ドロンジョは片乳ぐらいは毎回出していたように思う。


ドロンジョにしてみたら、はた迷惑な話なのだが、作品も終盤に差し掛かって来ると、本人も慣れて来て、ポロリシーンの後に、「あっ!見たわね、小林くんと小林くんのお父さん、後でお電話ちょうだいね」などと、視聴者に向かって呼びかけるシーンが見られるようになって行った。


それにしても、「お電話ちょうだいね」とは、いったいどういう意味だったのだろう。


今回のポロリシーンの感想を聞いて、今後のパフォーマンスの参考にでもしたかったのだろうか。


また、ボヤッキーは、「目を消毒して早く寝なさい」と、よく視聴者に呼びかけていたものだが、どうやって消毒したらいいのかまでは教えてはくれなかった・・・・・・。


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ところでドロンボー一味が忠誠を誓っているドクロベーだが、彼がいったい何者なのか、みなさんは覚えているだろうか。


ヤッターマンをリアルタイムで見ていた子供の頃は、ちゃんとそれを理解していたと思うのだが、あれから数十年が経過した現在では、どうも記憶があいまいで、「陰でドロンボー一味を操るボスキャラ的存在」と、なんとな~く理解しているというのが正直なところだ。


ところが調べてみると、実際はそうではなかったのである。


じつはドクロベーは、ドクロ惑星出身のXYZ星人という宇宙人なのだそうだ。


個人的にはヤッターマンという作品は、泥棒を正義の味方が成敗する物語だと思っていたので、「ヤッターマンって、そんなSFチックなお話だったんだ!」と正直驚いている・・・・・・。


で、問題はその宇宙人であるドクロベーが、なぜ地球上で「泥棒の神様」になる必要があったのかである。


じつはドクロベーは、地球誕生の際に爆発に巻き込まれ、身体がバラバラになってしまったのだという。


そしてバラバラになった自身の身体を取り戻すため、泥棒家業のドロンボー一味に、「自分は泥棒の神様であり、宝のありかの情報を握っている」と噓を言い、「ドクロストーン=バラバラになった自身の身体」を探させていたという訳だ。


ところでドクロストーンって、確か私の記憶では、4つに割れた頭蓋骨だったと思うのだが、ドクロベーにはもともと人の身体に相当する部分は、存在していないのだろうか。


それにそもそもの話、頭部が行方不明になっているのに、いったいどこでものを考え、ドロンジョたちに指令を出していたというのだろう。


このようにドクロベーは、とにかく謎の多いキャラクターだった。


そんなこともあって、放送から数十年が経った今になっても、じつはドクロベーは架空のキャラクターで、地球上にそのニセ情報を操っている、真のボスキャラがいたんじゃないかなんてことを考えてしまうのだ・・・・・・。


(画像上、本来の花期は8月頃だが、真冬の1月に開花したタカサゴユリ。画像下、冬に発生する蛾、クロスジフユエダシャクが産卵中・・・・・・)



2023年12月 1日 (金)

「ヤッターマン」ドロンボー一味

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「ヤッターマン」は私が子供の頃に見ていたアニメ作品で、正式なタイトルは「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」になる。


ヤッターマンの本放送は、1977(昭和52)年1月1日から、1979(昭和54)年1月27日まで、フジテレビ系列で放映されていた。


そして、毎週土曜日の午後6時30分から、午後7時までの放送枠で、全108話が放映されている。


ちなみに2年間の平均視聴率は20.1%、最高視聴率は28.4%だったというから驚きである。


そう言われてみれば、当時はヤッターマンを知らない子供なんていなかった。


それぐらい、ヤッターマンは子供たちに人気の作品だったのだ。


そしてヤッターマンは人気の作品ということもあって、その後も夕方に何度も再放送をやっていたので、きっと幅広い世代の人が知っているアニメ作品なのではないだろうか・・・・・・。


で、このヤッターマンをリアルタイムで見ていた当時は、全く気にもしていなかったのだが、じつはヤッターマンの登場人物たちは、実に細かい部分に至るまで、設定が練られていた。


主人公のヤッターマン1号、2号については、以前のエピソードで少しご紹介しているので、今回は悪役三人組のドロンボー一味について、ちょっと書いてみたいと思う。


ドロンボー一味といえば、その見た目から、「凸凹トリオ」の印象が強いと思うが、じつは身長や年齢、過去の経歴まで、ちゃんと設定が作られている。


まず、リーダーのドロンジョだが、身長は173センチというから、当時の女性としてはかなりの長身であることが分かる。


作中では部下のボヤッキーやトンズラーと並んでいるシーンが何度も放映されていたが、一人だけ飛び抜けて背が高かったことがこれで納得できる。


そしてドロンジョの年齢は24歳ということになっている。


しかし、これについては、本人がそう言っているだけなのか、主にボヤッキーから「サバ読み疑惑」をかけられている。


で、ドロンジョに関しては、なぜか過去の経歴がいっさい謎に包まれていて、作中で語られることは、ついに一度もなかった・・・・・・。


しかし、「そんなことどうでもいいわ!」というような、たわいもないエピソードについては、どういう訳か、作中でわざわざそのためだけに尺を使って紹介されている。


そのうちの1つが、「ネズミが大の苦手である」ことだ。


第5話で紹介されたエピソードによると、子供の頃にネズミに鼻を噛まれたことがきっかけで、ネズミが嫌いになったのだそうだ。


どうでもいいが、その時に身体が青くなっていたりしたら、危うくドラえもんになっているところである。


ちなみに彼女が常にペルソナを被っているのは、泥棒家業を働いているからであって、ネズミに鼻を齧られて、鼻がなくなってしまったからではない・・・・・・。


また、ドロンジョは、食べ物ではフライドポテトが好物で、コンニャクが大嫌いなのだそうだ。


コンニャクが嫌いになった原因は、「コンニャクを食べて中毒になったことがあるから」というが、コンニャクで中毒になった人なんて、ちょっと聞いたことがない。


ドロンジョはよっぽど特異な体質なのだろうか・・・・・・。


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続いてはドロンボー一味のメカの設計や操縦を担当しているボヤッキーについてだ。


ドロンジョは作中では最後まで本名が明かされることはなかったが、ボヤッキーに関してはなんとフルネームが判明している。


きっと、びっくりされるかたが多いと思うが、彼の本名は「ブツクサ ボヤッキー」という。


まるで駄洒落のような名前だが、一応カタカナ表記ということもあり、ボヤッキーは外国人なのだろうと思っていたかたも少なくないと思う。


ところがボヤッキーは、福島県会津若松市の出身であることが、作中で明かされていて、がっつり日本人だったのである。


また、ボヤッキーは常にオネエ言葉で会話をしていることもあり、そっち系の人なのだろうと思われがちだが、じつは故郷におハナちゃんという恋人がいることが判明している・・・・・・。


ボヤッキーの身長は168センチと公式発表されている。


ところが奇妙なことに、第14話から第26話までは、ボヤッキーはなぜかドロンジョ(173センチ)より背が高かったのだ。


もしかしてボヤッキーには影武者がいたのだろうか。


しかも、不思議なことに、ドロンジョやトンズラーは、そのことに全く気付いている様子がないのだ。


このことはヤッターマンにおける都市伝説といっても過言ではないだろう。


ちなみにボヤッキーの設定で一番の衝撃は、なんといっても彼のその年齢で、なんと彼は25歳だったのである・・・・・・。


最後にご紹介するのは、いうまでもなくトンズラーだ。


ボヤッキー同様、トンズラーもフルネームが判明していて、彼の本名は「スタコラ トンズラー」という。


こちらもボヤッキーと同様に駄洒落のような名前である。


ところでトンズラーといえば、「~まんねん」が口癖で、私はてっきり関西人なのだろうと思っていたのだが、なぜか公式発表の出身地は岩手県ということになっている。


産まれは岩手だが、学生時代を関西で過ごしたとか、そういうことなのだろうか?


また、トンズラーは作中では、ドロンボー一味の中で、最も背が低く描かれている。


それもそのはず、彼の身長はなんと138センチと子供並みである。


しかもそんなに背が低いにもかかわらず、彼の前職はプロレスラーということになっている。


普通に考えたら、身長で入門を断られそうだが、作中でも何度も描かれているその怪力を買われて、入門させてもらえたということだろうか。


トンズラーはドロンボー一味では最年長の30歳だが頭が悪く、ドロンジョやボヤッキーがいなければ、何も出来ないタイプの男である。


前職がプロレスラーというのも、なんとなく納得できる・・・・・・。


(画像上、谷戸ではノコンギクがまだ咲き誇っている。画像下、アキアカネは最も遅くまで見られる赤トンボだ・・・・・・)


2023年9月 3日 (日)

「ヤッターマン」ドロンジョのキセル

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「ヤッターマン」は私が子供の頃に見ていたアニメ作品で、正式なタイトルは「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」になる。


ヤッターマンの本放送は、1977(昭和52)年1月1日から、1979(昭和54)年1月27日まで、フジテレビ系列で放映されていた。


そして毎週土曜日の午後6時30分から午後7時までの放送枠で全108話が放映されている。


ちなみに2年間の平均視聴率は20・1%、最高視聴率は28・4%だったというから驚きである。


そう言われてみれば、当時はヤッターマンを知らない子供なんていなかった。


それぐらいヤッターマンは子供たちに人気の作品だったのだ。


そしてヤッターマンは人気の作品ということもあって、その後も夕方に何度も再放送をやっていたので、きっと幅広い世代の人が知っているアニメ作品なのではないだろうか・・・・・・。


ところでみなさんは、ヤッターマンといったら、どのキャラクターを一番に思い浮かべるだろうか。


じつはこの質問には多くの人が、主人公の「ヤッターマン」ではなく、悪役三人組の「ドロンボー一味」と答えるのだそうだ。


「ヤッターマン」という作品にとって、それぐらい「ドロンボー一味」はなくてはならない存在だったのだ。


そもそも彼らがいなければ、ヤッターマンの存在意義はないと言っても過言ではないだろう・・・・・・。


そしてドロンボー一味といえば、まずは何よりもリーダーのドロンジョである。


ドロンジョのイメージといえば、何と言っても頭からすっぽりと被っている、あの特徴的なデザインのペルソナ(覆面)だろう。


「ドロンボー」というくらいだから、きっと素顔を晒さないように、常に着用しているのかと思いきや、じつはそうでもないらしく、初期の頃は活動資金を稼ぐためのインチキ商売を行う際には、堂々と素顔のままで接客をしていた。


そしてその素顔は、金髪で碧眼のかなりの美人で、そのうえ173cmの長身で頭脳明晰、スタイルも抜群と来ている。


何もこんな商売をしなくても、他にいくらでも成功できる仕事があるだろうと思うのだが、本人はそんなつもりはさらさらないらしく、どうも金銀財宝の魅力に憑りつかれてしまっているらしい・・・・・・。


じつはドロンジョには実在のモデルがいて、フランス人女優のミレーヌ・ドモンジョがそうだといわれている。


そして当時ドロンジョの声を担当されていた小原乃梨子さんは、ミレーヌ・ドモンジョの吹き替えも担当していたことがあったのだそうだ。


個人的にはとても興味がある話なのだが、これって偶然だったのだろうか・・・・・・。


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ところで、小原乃梨子さんといっても、あまりピンと来ないかもしれないが、「大山版ドラえもん」の「のび太くんの声」といえば分かってもらえるだろうか。


当時はそんなこととはつゆ知らずヤッターマンの放送を見ていたのだが、まさか小学5年生の「のび太くん」と、24歳の大人の女性のドロンジョの声を、同一人物が演じ分けていたなんて考えてもみなかった。


そして放送から数十年が経過して、自分がおっさんの域に達してから、そのことを知ることになろうとは、世の中本当に分からないものである・・・・・・。


ところで当時ドロンジョは、暇さえあればいつもドクロの装飾が付いた細長いキセルで、煙草をプカプカと吹かしていた。


そしてドロンジョは、そのキセルの煙を必ずドクロの形にくゆらせていて、その姿はなんともいえず優雅であった。


そして煙草の煙を「フーーーッ」と吹き出すその口元は、子供が見たって、「色っぽいなぁ」と感じたものである・・・・・・。


そんなドロンジョの代名詞ともいえるキセルだったのだが、2008(平成20)年にヤッターマンのリメイク版が放映された際には、まるでなかったことのように、その存在がきれいに消されてしまっていた。


その理由としては、「喫煙に対する社会の変化」としかいいようがない・・・・・・。


昭和の頃は、学校の職員室でも普通に煙草を吸っていて、ドアを開けて中に入ると、煙草の煙で室内がかすんで見えるほどだった。


また、医者が診察中に煙草を吹かしていたり、テレビのトーク番組では、出演者が煙草を吸いながら話をしていたりする時代だった。


そんな時代だったので、当時はあの国民的アニメ「サザエさん」でも、波平さんやマスオさん、ノリスケさんは、家族の集まる居間で、平然と煙草を吹かしていた。


しかも、なぜかその煙草の銘柄は、いつも「ハイライト」と決まっていて、波平さんやマスオさんが、懐から煙草の箱を取り出すシーンでは、決まって当時のあの青いパッケージが握られていたものだ。


きっと、磯野家の居間の壁は、煙草のヤニで真っ黄色だったことだろう。


いまこうして振り返ってみると、ちょっと信じられないような話だが、これは本当の話である・・・・・・。


いま思えばサザエさんの家では、カツオやワカメ、タラちゃんもいることだし、さすがに居間で煙草はまずいだろうと思うのだが、ヤッターマンのドロンジョの場合は、また話は別である。


ドロンジョのキセルは、ドロンジョというキャラクターの一部といっても過言ではなく、そのキャラクターは昭和の頃に放送されていた、「元祖ヤッターマン」で、すでに完成されていたのだ。


ドロンジョからキセルを取り上げるということは、ドロンジョというキャラクターに対する否定でしかない。


昭和の頃に放送されていた、元祖「ヤッターマン」を知る者としては、ゆったりと椅子に腰かけて、長い脚を組み、キセルの煙を優雅にくゆらせているあの姿こそが、ドロンジョ様なのである・・・・・・。


(画像上、明るくなると同時に鳴き始めるミンミンゼミ。画像下、どこからやって来たのか道端でタカサゴユリが開花した・・・・・・)


2023年8月28日 (月)

「謎フレーズ探偵」せ~んせいに~いってやろう~ ②

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「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


この歌は子供の頃、誰もが歌ったことがある、もしくは歌われたことがある歌なのではないだろうか。


そして、そのどちらの経験もないという人も、まず間違いなく、誰かが歌っているのは、聴いたことがあるのではないだろうか・・・・・・。


そしてこの歌は、インターネットやSNSもない時代からすでに歌われていて、「全国規模の伝言ゲーム形式」で、各地に伝わって行ったと考えられる。


それにも関わらず、この歌は全国どこへ行っても、歌詞に変化がほとんど見られないのだ。


唯一の変化といえば、歌詞が各地の方言に置き換わることぐらいだが、歌詞の意味や内容については、全くいっしょと考えていいと思う・・・・・・。


ちなみに私の地元の横浜市では、次のような歌詞で歌われていた。


「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~、い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


そして今こうして振り返ってみると、当時は不思議なくらい、歌詞のことなど全く気にもしていなかった。


しかし、このように文字に置き換えて改めて見てみると、歌詞にある「意味不明な謎の部分」が如実に浮かび上がって来るのだ・・・・・・。


そう、それはいうまでもなく、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」の部分である。


横浜市には方言らしい方言はないと言っても過言ではない。


だから、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」も、方言ではないと断言してもいいと思う。


では、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」とはいったいなんのことだろうか。


意味は分からないものの、とりあえずこの部分は、「あらら」と「こらら」という2つの単語に分かれていそうである。


という訳で、この部分を2つに分けて考えてみよう・・・・・・。


まずは「あらら」である。


パッと見た印象では、「あらら」は「こらら」よりは、なんとなく分かる気がする。


そもそも「あらら」は、日常でも無意識に使っている言葉だと思う。


意味としては、「あらまあ」とか、「おやまあ」といったところだろうか。


語尾にビックリマークを付けて、「あらら!」と表記すれば分かりやすいかもしれない。


で、この予想が当たっているかどうか、辞書を引いて調べてみると、やはり「あらら」は、「驚いた時などに発することば」とある。


そして面白いのは、「主として女性が用いる」と書かれている点だ。


確かに「あらら!」などというセリフは、おばちゃんが発しているイメージがある。


同様の意味の、「おやまあ」とか「あらまあ」も、どちらかといえば、女性が発する言葉という印象が強い。


ということは、この歌の作者は、もしかしたら女性なのではないか・・・・・・。


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続いては「こらら」である。


「こらら」は「あらら」と違って、日常で使っている人は見たことがない。


辞書を引いてみても、「こらら」なんて言葉は出ていない。


そこで「こらら」に関しては、似ている言葉から、歌詞の意味を推理して行こうと思う。


で、「こらら」といって、まず真っ先に思い浮かぶのは、「こら」という言葉ではないだろうか。


「こら」は語尾にビックリマークを付けて、「こら!」と表記すると、相手を叱る時に発する言葉であることがよく分かる。


そこで「こら」という言葉について、ちょっと調べてみることにする。


すると「こら」という言葉は、もともとは「これ」という、対象を指し示す言葉だったが、次第に「これは何事だ」とか、「これはどうなっているんだ」というように、相手を注意する場合にも使われるようになっていったのだという。


つまりもともとは、「これは」と言っていたものが、「これは→こりゃ→こら」といった具合に、じょじょに変化していったということになりそうだ。


そして「これは何事だ」と言っていたのが、「こら何事だ」と言うようになり、そのうちに「何事だ」が省かれて、「こら(=叱る言葉)」になっていったということらしい・・・・・・。


また、昔の人は「これ」を人に対しても使っていた。


どういうことかというと、時代劇などで「これ、酒を持て」などというセリフを聞いたことがあるだろう。


つまり、「これ→こりゃ→こら」と変化して行き、「こら、何をしている」といった具合に使われるようになって行ったのだ。


つまり「あらら、こらら」の「こらら」が、「こら」の変化した言葉だとすると、「あらまあ!こらっ!あんた何してんのっ!」といったような意味合いになるのだろう。


どうでもいいがこのセリフを聞いて、思わず「ちびまる子ちゃん」のお母さんを思い浮かべてしまうのは私だけだろうか。


では、なぜ「こら」が「こらら」になったのだろうか。


これについては、この歌はもともと相手を囃し立てる歌であるため、恐らくは「あらら」に合わせて、文字数や語尾の発音を合わせて、歌いやすくしたということだろう。


つまりは「韻を踏んだ」のである。


先生に告げ口をすることを堂々と宣言するという、何ともろくでもない趣旨の歌ではあるが、ちょっとしたセンスを感じるのは私だけだろうか・・・・・・。


(画像上、林縁ではよい香りを漂わせながらクサギの花が咲いている。画像下、木陰でちょっと一休みしているアカボシゴマダラ・・・・・・)


2023年8月22日 (火)

「謎フレーズ探偵」せ~んせいに~いってやろう~ ①

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「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


この歌は子供の頃、誰もが歌ったことがある、もしくは歌われたことがある歌なのではないだろうか。


そのどちらの経験もないという人も、まず間違いなく、誰かが歌っているのは聴いたことがあるのではないだろうか・・・・・・。


この歌はAくんがBさんのことを「叩いた」とか、「からかった」とか、「けなした」とか、「泣かせた」といった時に、それを見ていた周囲の者が、加害者に対してうたう歌である。


また、学校や友達のものを「壊した」とか、「失くした」という時にも歌われるほか、宿題を忘れていたことに気付いて、親しい友達に答えを丸写しさせてもらっているところを、運悪く周囲の者に見られてしまった場合などにも歌われる。


いずれの場合も、ポイントとなって来るのは、被害者が加害者に対して歌うのではなく、そのこととは何の関係もない周囲の者が、まるで獲物の匂いを嗅ぎつけたハイエナのごとく集まって来て、集団で囃し立てる点である・・・・・・。


で、歌詞を見てもらえば分かる通り、この歌はこれまで「謎フレーズ探偵」でご紹介して来た替え歌の類ではない。


「せ~んせいに~いってやろう~」のフレーズにあるように、「お前がやったことはしかと見届けたから、それを先生に報告してやるからな!」という、告げ口をすることをわざわざ宣言するという、ろくでもない趣旨の歌なのである。


その様子はまるで、ドラえもんの作中で、スネ夫がジャイアンに告げ口をしているシーンや、時代劇でお代官様に入れ知恵をする越後屋を彷彿とさせる・・・・・・。


しかし、そうは言っても、実際に告げ口をするようなケースは、ほとんどなかったように思う。


早い話が子供たちはこの歌をただ歌いたかったのだと思う。


で、無意識にこの歌を心のどこかにスタンバイさせておき、ターゲットを見つけると同時に、その場に一気に駆け寄って行き、ここぞとばかりに、歌を発動させていたのだ。


その様子はまるで、カタパルトデッキにスタンバイされていたガンダムが、「アムロいきま~す!」という掛け声と共に、弾丸のように出撃して行くシーンのようでもあり、いま思えばちょっと怖いぐらいの反応速度だった。


当時の小学校にはアムロのようなニュータイプがたくさんいたのだ。


どうでもいいが、嫌なニュータイプである・・・・・・。


しかし、実際に告げ口をされることは少ないとはいうものの、クラスメイトに周囲を取り囲まれ、逃げ場をなくされた状況で、一斉に囃し立てられるというのは、クラスの中でたった一人、孤立しているという不安感を引き起こし、恐怖すら感じさせる行為だったといえるだろう。


だから何かやらかしてしまった時は、先生に注意されることよりも、クラスメイトが一瞬でハイエナと化す、この囃子歌の方がよっぽど怖いと感じられたものである・・・・・・。


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ところでこの、「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~」という囃子歌だが、じつはかなり古い時代から存在していて、しかも日本中の子供たちに歌われていたらしい。


音楽の教科書に載っているような歌なら話は分かるが、どこの誰が作ったとも知れないこの歌が、いったいどうやって、日本全国津々浦々に伝わって行ったというのだろう。


しかも、「全国規模の伝言ゲーム」であるにも関わらず、その歌詞についてはどこへ行っても、ほとんど変化が見られないというのも驚きである。


唯一の変化は歌詞が各地の方言に置き換わることぐらいだが、歌詞の意味や内容については、全くいっしょと言っていいだろう。


10人程度でやる伝言ゲームですら、最後の人に行き着くころには、原形を留めていないこともあるというのに、全国規模でここまで正確に伝わっているというのは、逆に不自然にすら感じられる・・・・・・。


当時はSNSはおろか、インターネットすらまだなかった時代だ。


最初の人が歌詞を紙に書いて、「これを広めてくれ」と次の人に渡して、それを次々と繰り返して行ったとしても、絶対にどこかで書き間違えは起こるはずだ。


何度も書くが、何しろこれは全国規模の話なのだ。


それにそうなって来ると、メロディの問題も出て来る。


楽譜なんて誰もが読めるものではないし、昭和20~30年代からすでに歌われていたと仮定すると、カセットテープもまだ登場していないことになる。


ということは、やはり「壮大な伝言ゲームだった」としか考えられないのだ。


それにもかかわらず、歌詞は一言一句間違えず、メロディーは一音も外すことなく、全国に広まって行ったなんて、テレパシー能力でもなければ、絶対に不可能だと思うのだが・・・・・・。


そんな訳で次回は、いよいよ、「先生に言ってやろう」の歌詞の謎について迫ってみたいと思っている・・・・・・。


(画像上、真夏の花の少ない時期に咲くサルスベリの花。画像下、公園にミンミンゼミの美声(?)が響き渡る・・・・・・)


2023年8月10日 (木)

修学旅行と茶碗蒸し

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私は中学生になるまで、一般的な茶碗蒸しがどのようなものであるか、一度も見たことがなかった。


そうは言っても、茶碗蒸しという食べ物自体を知らなかったという訳ではない。


さすがにそこまで世間知らずではない。


あくまでも世の中の多くの人が想像するであろう、「茶碗蒸し」を知らなかったという意味である・・・・・・。


というのも、我が家の茶碗蒸しは、それ単独でご飯のおかずになるように、とても具沢山に作られていたからだ。


一般的な茶碗蒸しなら、上から箸を刺し込めば、なんの抵抗もなく、箸がスーッと入って行き、あっという間に箸の先端が容器の底に到達すると思う。


ところがうちの茶碗蒸しは具材が容器の中にこれでもかというくらい、びっしりと詰め込まれていたため、上から順番に食べ進めて行かないと、箸がつかえて中へ入って行かないほどだった。


で、何をそんなに詰め込んでいたのかというと、基本は下から鶏肉、しいたけ、たけのこ、紅白のかまぼこの順だった。


これだけでも、具材はすでに上からはみ出しているほどだったが、これに加えて季節ごとにいくつかの具材を入れていたように思う。


さらに普通は茶碗蒸しを作る場合、茶碗蒸し専用の容器を使うと思うのだが、うちではそれにプラスして、どんぶりでも茶碗蒸しを作っていた。


うちでは茶碗蒸しを作ると、他におかずや汁物はいっさい何も作らなかったので、茶碗蒸しだけでご飯が食べられるように、量をたくさん作っていたのだ。


で、そんなこともあって、子供の頃の私の茶碗蒸しのイメージは、前述の「家で作ってもらう、具沢山の茶碗蒸し」だったのである。


だから当時の私は、「これこそが正に茶碗蒸しという食べ物なんだ」と、信じて疑わなかったのである。


家で出されるカレーやハンバーグを見て、「本当のカレーやハンバーグは、いったいどのようなものなんだろう?」なんて考えるやつはいないだろう。


それと同じことである・・・・・・。


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で、冒頭にも書いた通り、私が一般的に知られている茶碗蒸しのイメージを知ったのは中学生の時だった。


そしてそのきっかけは、中学2年の時に行った修学旅行だった。


私は中学の修学旅行は京都、奈良に行ったのだが、この時に食事のたびに、しつこいぐらいに出て来たのが茶碗蒸しだったのである。


ところが私は、それが自分の知っている茶碗蒸しとあまりにかけ離れていたため、隣に座った友達に、「これなに?」と思わず聞いてしまっていた。


いま思えば、あれが私の「真の茶碗蒸し」との出会いだったように思う。


その「真の茶碗蒸し」を食べて、まず口を突いて出た言葉は、「なんだこりゃ」だったと記憶している・・・・・・。


で、何がそう思わせたのかというと、まず「真の茶碗蒸し」には、ほとんど具材が入っていなかったのだ。


「真の茶碗蒸し」に入っていた具材といえば、表面に三つ葉と銀杏が1個飾り付けられていて、中身の方には薄くスライスされたキノコが数枚と、底の方にまたしても銀杏が2~3個入っているぐらいだったと思う。


早い話が容器の中身はスッカスカだったのである。


そしてそれはあふれんばかりの具材が詰め込まれている我が家の茶碗蒸しとは全く別の食べ物だった。


だから私は「真の茶碗蒸し」を食べ進めながら、口には出さなかったが、「これじゃあ、失敗したプリンを食べてるようなものだなぁ」と思っていた。


さらに言うなら、プリンは全体的に固まっているから、食べ物として成立しているが、「真の茶碗蒸し」の内部は、ほぼ汁物といってよく、個人的には、それなら「かきたま汁」としてお椀で出して欲しかったところである。


しかも、「真の茶碗蒸し」のスープは、「ものすごく薄味の出汁」という印象で、まるで医者から塩分を控えるように言われている人の療養食のようだった。


今だったら、また違った味わい方が出来るのだろうが、食べ盛りの中学生が、そんなあっさりとした、病院食のような味付けの食べ物で満足できる訳がなく、うす味の茶碗蒸しをすすりながら、「ああ~、カレー食いてえ・・・」と呟いている者が少なからずいたものである。


さらにどういう訳か知らないが、京都、奈良の修学旅行では、どこへ行っても、食事にはこの薄味の茶碗蒸しが、まるで嫌がらせのように毎回必ず付いて来た。


しかも、場所が変わっても、具材の内容や味付けは、まるで示し合わせたかのように、ほとんどいっしょで、みんなで顔を見合わせながら、「またか~・・・」と思っていたのを、今でもはっきりと覚えている・・・・・・。


(画像上、夏の青空がよく似合うカノコユリの花。画像下、明るい雑木林でアカボシゴマダラに出会った・・・・・・)



2023年8月 4日 (金)

ビデオのバーコード予約とGコード

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テレビ番組の録画にビデオデッキが使われていた時代、録画予約の作業はとても面倒なものだった。


なぜかというと、ビデオデッキの録画予約は、放送日、放送時間、チャンネルなどを、全て1つ1つ手作業で入力して行かなければならなかったからだ。


だから放送日や放送時間は合っていたのに、チャンネルをうっかり入れ間違えてしまい、後で録画した番組を見てみたら、他局の裏番組が録画されていたなんてことが、当時はしばしば起きていた。


電子番組表からワンタッチで録画予約が出来る現在では、ちょっと考えられないような話である。


しかし当時はそれが当たり前だったのだ・・・・・・。


そんな面倒で入力ミスの多かった録画予約を、「単純かつ正確にやる方法はないものか?」と考えて、メーカーが目を付けたのがバーコードだった。


バーコードというと、スーパーやコンビニのレジで、商品価格の読み取りに使われている、「ピッ!」というやつを想像すると思うが、原理としてはアレと全く同じものである。


バーコード予約が出来るビデオデッキには、極太のマジックのような形をした専用のスキャナーと、バーコードが描かれたシートが付属されていた。


シートにはチャンネル、日付、録画開始時間、録画終了時間などの項目ごとに、それぞれバーコードがプリントされていた。


そしてこれをスキャナーで順番になぞって行き、それをビデオデッキに送信することで、録画予約が出来る仕組みになっていたのだ。


現在の電子番組表のように、ワンタッチという訳にはいかなかったが、それでも1つ1つ手作業で入力して行くよりは、よほど楽に感じられたものである。


しかし、このシステム、入力そのものは飛躍的に早くなったものの、日付や録画開始時間、録画終了時間を、順番に読み取って行かなければならず、チャンネルや録画時間を間違えて読み取ってしまうことがないとはいえなかった・・・・・・。


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そしてユーザーのそんな悩みを解消すべく、1992年4月に登場したのが「Gコード」だった。


Gコードはアメリカのジェムスター社が、アナログ番組の録画予約を簡単に行うことを目的として開発したものだった。


Gコードの仕組みを分かりやすく説明するなら、「アナログ放送の番組の、放送チャンネルや放送時間の情報を、独自のアルゴリズムによって、8桁の数字に変換したもの」ということになる。


で、当時は新聞のテレビ欄や、テレビ番組の情報誌には、番組ごとに必ずこの8桁の数字が掲載されていた。


で、このGコードをどのように利用していたのかというと、専門の機器にGコード(8桁の数字)を入力してビデオデッキに送信すると、番組の開始時間になるとビデオデッキが勝手に起動し、番組を録画して、番組が終わると自動的に電源を切ってくれるというものだった。


ビデオデッキがやっていること自体は、バーコード予約の時となんら変わっていないのだが、録画チャンネルや録画開始時間、録画終了時間を入れ間違えることは、これで完全になくなったといっていいだろう・・・・・・。


しかし、そんなGコードにも、弱点がない訳ではなかった。


そしてそれは、Gコード予約やバーコード予約が登場する以前からのビデオデッキの天敵、プロ野球中継だったのである。


さすがのGコードも、プロ野球中継が延長されて、番組の放送時間が変更になってしまうと、予約しておいた番組は録画されずに、他の番組が録画されてしまうことになる。


当時はプロ野球は国技といってもいいほど人気のある視聴率の取れるスポーツだった。


このためプロ野球中継は、放送時間を延長するのが当たり前で、新聞のテレビ欄には、「最大延長〇時〇分まで」とか、「試合終了まで放送します」と必ず書かれていたものだ。


帰宅後、録画しておいたドラマを見ようと、わくわくしながらビデオの再生ボタンを押す。


すると「ワンストライクツーボールからの3球目、ピッチャー振りかぶって投げました~!」などという、プロ野球の実況中継が突然流れ始めるのだ。


訳も分からず、リモコンを握りしめたまま、呆然と立ち尽くしていると、実況アナウンサーが、「〇〇〇〇の時間ですが、このままプロ野球中継を延長して放送いたします」と、衝撃的な通告をして来るのである。


ドラマのことばかり気になっていて、プロ野球中継の「最大延長〇時〇分まで」を見逃していた自分が悪いのだが、とりあえず口を突いて出る言葉は決まって、「やられたよ・・・」だった。


そして当時このような苦い経験をしていたのは、たいてい普段はプロ野球なんて見ない、若い女性たちだったのである・・・・・・。


(画像上、里山の夏の花の代名詞といえば、まずこのオニユリの花が思い浮かぶ。画像下、ニイニイゼミはじっとしているとどこにいるのか分からない・・・・・・)


2023年7月11日 (火)

「謎フレーズ探偵」サル、ゴリラ、チンパンジーの歌 ②

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前回は「サル、ゴリラ、チンパンジーの歌」のルーツについて書いて来た。


で、今回はこの歌の歌詞の謎について調査をして行きたいと思っている。


と、そうはいうものの、「サル、ゴリラ、チンパンジーの歌」は歌詞も短いし、歌詞のバリエーションも極端に少ない。


こんなに短い歌詞の何を調べるのかと思われるかもしれないが、まずはその数少ない歌詞のバリエーションをいくつかご紹介してみたいと思う。


(歌詞 A)

「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」


歌詞Aは一般に広く知られている、最もオーソドックスな歌詞だと思う。


そして歌詞Aはこれを単純に繰り返して歌うだけである。


(歌詞 B)

「サル~、えてこ、チンパンジ~ ♪」


歌詞Bは関西方面でよく歌われていた歌詞のようだ。


これも歌詞Aと同様に、これを単純に繰り返して歌うだけだ。


(歌詞 C)

「サル~、ゴリラ、(マントヒヒ~)♪」


これは当時の子供たちのアレンジで、「チンパンジー」の部分のフレーズを、様々なサルの仲間に置き換えて歌っていたもの。


歌詞A、Bと同様にこれを単純に繰り返して歌うだけである・・・・・・。


で、この3つの歌詞のバリエーションの中に、気になるフレーズが1つだけある。


それは歌詞Bにある「えてこ」というフレーズだ。


「えてこ」とはいったいなんのことだろう。


私が小学生の時には歌詞Aと、歌詞Cしか聴いたことがなかったが、中学になると同級生の1人が、「関西にいる従兄から教わった」と言って、歌詞Bを歌っているのを初めて聴いた。


この時に「えてことは何か?」と聞いてみたのだが、歌っている当人もよく分かっていない様子だった。


で、いろいろ調べてみると、「えてこ」とは正しくは「えてこう」のことらしい。


では、「えてこう」とは何なのか?


調べてみると、「えてこう」の「えて」とは、どうもサルの古語のようである。


つまり、「サル、えてこ、チンパンジー」とは、同じ意味の単語の繰り返しで、「サル、サル、チンパンジー」という意味になる・・・・・・。


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では、「えてこう」の「こう」とはいったいなんのことか?


これには2つの意味があって、対象になる人物に親しみを込めて使う場合と、その逆に相手を見下したり、軽蔑したりする場合に使われる俗語のようである。


つまり「えてこう」を漢字で書くと「猿公」となる。


「なんだかあまりなじみのない言葉だな」と思われるかもしれないが、決してそんなことはない。


現在では犬のことを「わんこ」、猫のことを「にゃんこ」といったりする。


多くの人はこれを、「わん子」、「にゃん子」の感覚で使っていると思う。


しかし、この言葉もルーツをたどれば、「わん公」、「にゃん公」だったのだ。


「公」はもともとは、上野の「ハチ公」のように、親しみや尊敬を込めた言葉として使われていたが、動物に対して使われる場合は、「人間より劣っている生物」という意味で使われることが多い。


いまでも年配の人と話をしていると、わんこではなく「わん公」、にゃんこではなく「にゃん公」というイントネーションで話される人がいる。


「猿公(えてこう)」もこれと同様だったのである・・・・・・。


また、「猿公」の「えて」は古語であると書いたが、初めから「猿」を「えて」と読んでいた訳ではなかった。


「猿」という言葉は、「去る(=失う)」に繋がる縁起の悪い言葉と考えられ、逆の意味の「得手(=得る人)」という読みが当てられたのだという。


今と違って昔の人は、このような忌み言葉を気にする傾向が特に強かった。


現在でも受験生に、「落ちる」とか「すべる」という言葉を使ってはいけないとか、結婚式のスピーチで「別れる」とか「飽きる」という言葉を使ってはいけないというのは、「猿(=去る)」と同様に、「その場にふさわしくない縁起の悪い言葉=忌み言葉」と考えられているからだ。


ちなみに「猿=去る=失う」を逆の意味の「えて=得手=得る人」と読み替えたのは、昔の商人たちだったそうである・・・・・・。


(画像上、梅雨時に大きな花を咲かせるタイサンボク。画像下、ウンモンスズメは木の幹に貼り付いて、じっとしていると誰にも気付かれない・・・・・)



2023年5月30日 (火)

すぎのこ村

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1970~1980年代には、自然豊かな日本の原風景を題材にしたチョコレート菓子が、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


そのほとんどは、現在ではもう発売されていないが、明治の「きのこの山」や「たけのこの里」は根強い人気で、現在でも継続して販売されている。


ところで昭和の頃に、「きのこの山」と「たけのこの里」には、「すぎのこ村」という姉妹商品があったことをご存じだろうか。


ちなみに「きのこの山」は1975(昭和50)年、「たけのこの里」は1979(昭和54)年の発売で、「すぎのこ村」は1987(昭和61)年の発売だった。


当時、「きのこの山」、「たけのこの里」、「すぎのこ村」の3商品は、いっしょに広告展開されていた。


だから「すぎのこ村」のCMでは、「きのこの山」と「たけのこの里」もいっしょに紹介されていた。


で、「すぎのこ村」のCMでは、「きのこの山」や「たけのこの里」のCMにも登場する、タヌキとブタのキャラクターが登場し、新たに加入したイノシシのキャラクターといっしょに、「すぎのこ村」を紹介していた。


そして「すぎのこ村」のCMでは、次のような愉快な歌がBGMとして流されていた。


「すぎのこ村のCM曲 ①」

きのこ たけのこ あのこはだあれ?
すぎのこ村の すぎのこじゃ
きのこ たけのこ すぎのこ
すぎのこも揃って食べ盛り~
きのこ たけのこ すぎのこ
じゃんけんぽんでかくれんぼ
きのこ たけのこ 見つけた
すぎのこも揃って食べ盛り~


どうだろうか、なんとなく聴いたことがあるような気がしないだろうか。


そしてじつはこのCM曲には別バージョンもあった。
それがこちらになる(↓)。


「すぎのこ村のCM曲 ②」

きのこのこのこ たぬきのこ
のこのこ たけのこ にょっきりこ~
きのこ たけのこ あのこはだあれ?
すぎのこ村のすぎのこじゃ
のこのこ きのこの山 いこか~
のこのこ たけのこの里 いこか~
のこのこ すぎのこ村にいっこか~
あれこれ 揃って 食べ盛り~


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ところで、「すぎのこ村」のパッケージ(外箱)は、「きのこの山」や「たけのこの里」と同じ仕組みのものが採用されていた。


というか、当時お菓子メーカー各社から発売になっていた、日本の原風景をテーマにしたチョコレート菓子は、どれもみな示し合わせたかのように、同じタイプの外箱に統一されていた。


このため、当時はどれも「きのこの山」の明治製菓が出しているお菓子だと思い込んでいる人も少なくなかったようだ。


「すぎのこ村」のパッケージデザインは、背景の山に小さな杉の木がたくさん植林されていて、その麓には数件の古民家が立ち並ぶ集落が描かれていた。


そしてパッケージの中央には、「すぎのこ村」のお菓子が大きく5本描かれていた。


「すぎのこ村」は棒状のビスケットの柄に、ミルクチョコレートがかけられ、そこにクラッシュアーモンドがまぶしてあるチョコレート菓子だった。


メーカーによるとこれは、杉の木をイメージしたものだったらしい。


そんな「すぎのこ村」なのだが、発売から1年ほどでパッケージが変更になった。


変更後のパッケージイラストは、変更前のような遠景ではなくなり、麓の古民家が1件だけ大きくクローズアップされ、その隣にはナシと思われる木が描かれ、根元の洞にはタヌキが棲んでいた。


そしてパッケージの中央には、「すぎのこ村」のお菓子がやはり大きく5本描かれていた。


で、この時どうしてパッケージが変更になったのかというと、お菓子の柄の部分が普通のビスケットから、ココアビスケットに変更になったからだった。


個人的にはクリーム色の柄の普通のビスケットの方が、見た目も味も好みだったので、「なんで変えたんだろう?」とずっと疑問に思っていたものだ。


そんな「すぎのこ村」なのだが、発売から数年で市場から姿を消すことになった。


どうも出荷数の減少がその原因だったらしい。


ところが「すぎのこ村」が店頭から姿を消して間もなく、「LUCKY MiNi」というチョコレート菓子が発売になる。


ちなみにこの「LUCKY MiNi」の元になっている「LUCKY」というお菓子は、グリコの「ポッキー」のような形状のチョコレート菓子である。


で、問題は「LUCKY MiNi」の方なのだが、なんとパッケージに描かれているお菓子の絵柄を見ると、驚くべきことに、「すぎのこ村」の形状そのものだったのだ。


「すぎのこ村」の時は、斜めに倒された向きでパッケージにレイアウトされていたのだが、「LUCKY MiNi」ではきれいに縦に並べられていて、見た目の印象はグリコの「アーモンドクラッシュポッキー」のようになっていた。


うまくカモフラージュされてはいるが、これはどう見ても「すぎのこ村」である。


終売になったと思ってがっかりしていた「すぎのこ村」に、まさかこのような形で再会するとは思ってもみなかった・・・・・・。


(画像上、ウツギの花は初夏の里山を代表する花と言っても過言ではないだろう。画像下、ゴールデンウィークの頃に羽化するアカボシゴマダラは白化する傾向がある・・・・・・)

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