カテゴリー「昆虫」の記事

2026年1月21日 (水)

ムラサキカガミ

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昭和の頃、「ムラサキカガミ」というワードが話題になったことがあった。


確か「ムラサキカガミという言葉を、20歳の誕生日まで覚えていると死ぬ」とか、「呪われる」とかいわれていた・・・・・・。


で、当時はあまり深く考えることなく、「怖い話」とか「都市伝説的なもの」と、勝手に理解していたように思う。


しかし、よくよく考えてみると、怖い話や都市伝説なら、「ムラサキカガミとはいったい何なのか?」ということについて、詳しく語られていなければおかしいと思う。


ところが私が小学生の頃には、そのようなストーリーについては、何も語られていなかったと思うのだ。


何の理由もなく、「ムラサキカガミという言葉を20歳の誕生日まで覚えていたら死ぬ」などといわれても、誰がそんなことを信じるというのか。


そんなこともあって、友達から「ムラサキカガミという言葉を、20歳の誕生日まで覚えていたら死ぬんだって!」と聞かされても、翌日や翌々日、長くても1週間ぐらいは、「あ、今日も覚えているぞ」とか、「まだ覚えているぞ。やばくねえか?」なんて思ってはいたが、そのうちにいった方も、いわれた方も、すっかり忘れてしまっていたように思う・・・・・・。


そもそもの話、ムラサキカガミとはいったい何なのか。


多くの人は、「きっと、紫色の鏡に違いない」と、勝手に思い込み、「うちには紫色の鏡なんてないから大丈夫だ」なんて、「ホッ」と胸をなで下ろしていたりしたものだ・・・・・・。


しかし、ムラサキカガミが、紫色の鏡のことだなんて、誰もひと言もいっていないのだ。


もしかしたら、「村崎かがみ」さんという人なのかもしれないではないか。


そこでムラサキカガミが何なのかについて、ちょっと調べてみることにした・・・・・・。


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すると驚くべきことに、ムラサキカガミにはちゃんとしたストーリーがあったことが分かった。


これについては、地域によっていくつかのバリエーションがあるようだが、大きく関東版のストーリーと、関西版のストーリーに分けられるとのことなので、それぞれご紹介してみたいと思う・・・・・・。


関東版のストーリーでは・・・・・・、


誕生日に素敵な鏡をもらった女の子がいた。


ある日、ふと思いついて、その鏡を紫色の絵の具で塗った。


しかし、自分が思っていたようにはいかず、元通り、絵の具を拭き取ろうとした。


ところが、絵の具はどうしても拭き取ることが出来なかった。


女の子はそのことを後悔し続けて、ついには病気になってしまう。


そして20歳の誕生日を迎える前に、女の子は亡くなってしまった。


女の子は亡くなる時、「紫の鏡・・・、紫の鏡・・・」とつぶやいていたそうだ・・・・・・。


もう1つ、関西地方のストーリーでは・・・・・・、


紫色の鏡を大切にしていた女性がいた。


女性は成人式を控えていたのだが、交通事故にあって亡くなってしまう。


女性の親は大切にしていた鏡を棺に入れてあげようとしたが、どこを探しても見つからなかった。


その後、女性のことを悪くいっていた友人がなぜか失踪。


そして、どういうわけか、その友人の部屋から、紫色の鏡が見つかる・・・・・・。


以上のことから、ムラサキカガミが紫色の鏡であることは、とりあえず分かった。


しかし、この話がどうやったら、「ムラサキカガミという言葉を20歳の誕生日まで覚えていたら死ぬ」につながって来るのかについては、いっさい何も分からなかった。


さらになぜこのストーリーが、私が小学生の頃に語られていなかったのかについても分からず仕舞いだった。


バックボーンとなっているストーリーを知らなければ、ただの意味不明な戯言でしかない。


だからこそ、私たちは死なずに済んだのかもしれないけれど・・・・・・。


(画像上、極寒の冬空のもと、ソシンロウバイの花が咲いている・・・・・・。画像下、冬に活動している昆虫の1種、ナミスジフユナミシャクのオス・・・・・・)






2025年12月 3日 (水)

自分とそっくりな人と会ったら死ぬ

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世の中には自分とそっくりな人が3人は存在するといわれている。


しかし、私は今の今まで、自分とそっくりな人と遭遇したことは一度もない。


「自分とそっくりな人」ということは、これはどう考えても、相手も日本人ということになるだろう。


なぜなら、青い目をした金髪のアメリカ人が、自分とそっくりなわけがないからだ。


どんなに顔立ちが似ていたとしても、「青い目」や「金髪」という時点でアウトである。


日本人限定ということになると、出会いの場は国内である可能性が極めて高い。


そうなって来ると、もしかしたら、気付いていないだけで、自分とそっくりな人と、どこかですれ違っていた可能性もなきにしもあらずである・・・・・・。


じつは、「世の中には自分とそっくりな人が3人は存在する」という説を、科学的に検証した人がいる。


スペインの「ホセ・カレーラス白血病研究所」所属の、マネル・エステラー氏である。


マネル・エステラー氏は、ある写真家が長年に渡って撮りためていた、「他人の空似」に登場する人々の中から、誰が見てもそっくりなペアを、顔認識アルゴリズムを通して特定し、遺伝子情報を調べたのだという。


すると各ペアには、「血縁関係がなかった」にも関わらず、顔の骨格や肌の色、水分保持といった点において、「DNA配列に共通点があった」という、興味深い結果が示されたのだそう。


この調査報告を見ると、顔の作りに関わるDNAの配列さえ共通していれば、血縁関係などなくても、自分とそっくりな人は、世の中に3人どころか、もっとたくさん存在している可能性もあるわけだ・・・・・・。


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ところで昭和の頃に、子供たちの間でささやかれていたうわさの1つに、「自分とそっくりな人に会ったら死ぬ」というのがあった。


あまりにも唐突な「死の宣告」に、慌てふためいた子供たちがたくさんいたのは、もはやいうまでもない・・・・・・。


で、当時は前述の「世の中には自分とそっくりな人が3人は存在する」といううわさと、「自分とそっくりな人に会ったら死ぬ」といううわさが、混同されていたように思う。


混乱しないようにいっておくと、この2つはそもそも別々のうわさ話である・・・・・・。


で、後者の「自分とそっくりな人に会ったら死ぬ」に関しては、いま考えると、「自分とそっくりな人=ドッペルケンガー」のことだったようである。


一般的にドッペルケンガーと出会うことは、「死の予兆」だといわれていて、幻覚では済まされないほど、多くの伝承が残されている。


文豪、芥川龍之介も、ドッペルケンガーを見たといわれており、目撃後間もなくして、死亡したともいわれている。


ところでこのドッペルケンガーは、「自分とそっくりな人」ではなく、どうも「自分自身」のようなので、そっくりさんとは違って、会話など意思の疎通は出来ないようである。


もし、出来たとしたら、それはもはや病気であり、〇〇科の専門医のお世話になることになる・・・・・・。


一方の「自分とそっくりな人」に関しては、自分とは別人の、「ただのそっくりな人」なので、もし街で出会ったら、勇気を出して話しかけてみるのもいいかもしれない。


ただ、自分と見分けが付かないくらい、そっくりな人と出会った場合、それがそっくりさんなのか、ドッペルケンガーなのか、どうやって区別をつけたらいいのか悩むところだ・・・・・・。


(画像上、落葉したイチョウの葉で、黄色い世界が出来上がっていた・・・・・・。画像下、越冬中のアカスジキンカメムシが、日光浴に出て来ていた・・・・・・)






2025年10月15日 (水)

扇風機をつけたまま寝ると死ぬ

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昭和の頃は日常生活に密着した迷信や都市伝説というのがけっこうあった。


そしてそれらは、真偽のほどは定かではないのに、なぜか信じている人が多かった・・・・・・。


例えば私が子供の頃に聞かされた話では、「夏の夜に扇風機をつけっぱなしにして寝ると死ぬ」というのがあった。


当時はこの話を信じている人が少なくなかったので、寝室の電気を消灯して、「さあ、寝るぞ!」となった時点で、扇風機の電源スイッチもOFFにしていた。


当時はエアコンなんてなかったので、扇風機の電源をOFFにすると、頼りになるのは、窓から入って来る自然の風か、自家発電による団扇の風だけだった・・・・・・。


で、何で扇風機をつけっぱなしにして寝ると死ぬのかというと、私が聞いた話では、扇風機の風が身体に当たり続けることにより、身体が冷え切ってしまい、低体温の状態が長時間続くことで、ついには生物として生存していくことが困難になってしまうということらしい。


当時子供だった私は、大人からこの話を聞かされて、「怖ぇ~~~」と震え上がったのを覚えている・・・・・・。


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当時、「扇風機をつけっぱなしにして寝ると死ぬ」原因は、いくつかささやかれていて、「脱水症状を起こして死ぬ」というのもあった。


子供の頃は、脱水症状なんていわれても、正直、何のことやら、よく分からなかったのだが、扇風機をつけっぱなしにしていることで、体内の水分がどんどん奪われていき、ついには蒸発する水分もなくなり、最後は魚の干物のようになって死ぬのだとか。


魚の干物と聞いて、最初のうちは、「そんな馬鹿な・・・」と笑っていたのだが、たまたま見ていたテレビ番組で、医学博士の先生が、「人は寝ている間にも汗をかいていて、一晩でコップ一杯分もの水分が身体から失われているのです」といっていて、その瞬間、私の中で、「干物になって死ぬ説」の信憑性がググッと急上昇したのはもはやいうまでもない・・・・・・。


さらにいうと、人は発汗以外にも、皮膚や呼気からも水分を失っているのだとか。


なので、汗をかいていなくても、水分補給は必要ということになる。


扇風機をつけたまま寝てしまうと、本人は眠っているため、水分を補給出来ないばかりか、扇風機の風で失われる水分量が倍増し、もはや干物へ一直線といっても過言ではないだろう・・・・・・。


で、昭和の頃に、まことしやかに語られていた、「扇風機をつけっぱなしで寝ると死ぬという話は事実なのか?」についてだ。


じつはこれについては、「死にはしないが、風の当たりかたによっては、体調不良を起こすかもしれない」というのが答えのようだ・・・・・・。


私が最近見たテレビ番組では、「扇風機をつけて寝るのなら、風は足に当てるようにするとよい」とのことだった。


上半身に扇風機の風を当て続けると、お腹が冷えて腹痛や下痢を引き起こしたり、口を開けたまま寝ていると、口の中やのどが乾燥し、風邪を引きやすくなったりするとのことだった。


どうやら扇風機をつけっぱなしにして寝ても、死ぬことや干物になることはないようである・・・・・・。


(画像上、キンモクセイが咲き始めた。画像下、道を堂々と歩いていたハラビロカマキリ・・・・・・)



2025年9月17日 (水)

人の名前を聞き間違えた話

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▲道端で彼岸花が咲き始めていた。彼岸花は毎年、お彼岸が近くなるときっちりと咲き始める自然の暦だ・・・・・・。

仕事で移動中、のどが渇いたので、ちょっとコンビニに寄って行こうということになった。


自動ドアが文字通り自動で開いたので、私たちは何も考えずに店内へと足を運んだ・・・・・・。


すると間髪を入れずに、「ウクライナさ~ん、ちょっとこっち手伝って~!」という声が聞こえて来た。


どうやら品出しをしている店員が、カウンターの中にいた「ウクライナさん」に声をかけているようだ。


私はウクライナさんというから、てっきり外国人なのだろうと思っていたのだが、カウンターから走って出て来たのは、どう見ても純粋な日本人だった。


私はそれを見て思わず、「え~~~⁉」といってしまいそうになるのを、必死にこらえながら、同僚の里帆さんに、「ウクライナさんなんて変わった名前だよな?」と話しかけた。


すると里帆さんは、「え?」という顔をした後に、「何のことです?」と、逆に私に聞いて来た。


だからさっき、「ウクライナさん、手伝って~」と声をかけられて、あの店員がカウンターから出て来たじゃんと、身振り手振りで里帆さんに説明する。


里帆さんはたいして距離もないのに、私が「ウクライナさん」に指をさしていることを気にして、「ちょっとやめてくださいよ、聞こえますよ!」と小声で言って、私の人差し指を下げさせた・・・・・・。


じゃあ、里帆さんは、ウクライナさんなどという日本人が目の前にいる現実を、不思議に思わないのだろうか?


さらにいうなら、「ウクライナ」なるみよじは、漢字でどう書くのか、疑問に感じないのか?


すると里帆さんは、「くろねこさん、あの人、ウクライナさんじゃなくて、奥平(おくだいら)さんですよ」とボソリといった・・・・・・。


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▲目を凝らして探さないと、どこにいるのかさっぱりわからないショウリョウバッタモドキ。動きも機敏で葉裏にサッと隠れてしまう・・・・・・。

え~、だってさっきは、確かに「ウクライナさん」っていってたじゃん。


「いいえ、最初から奥平さんっていってましたよ」


そりゃ、里帆さんの聞き間違いだ。


「この期に及んで、まだいいます?」


私は里帆さんに引っ張られながら、何も買わずに店を出ることになった・・・・・・。


途中で品出し中の店員2人の前を通過して来たのだが、「ウクライナさん」の名札には、確かに「奥平」と書かれていて、私はひとり驚いていた。


そして店員2人は、私たちの様子を横目で確認しながら、少し半笑いだったような気がする・・・・・・。


そしてこの他にも私は過去に人の名前をよく聞き間違えていて、橋岡さんや竹園さんのことを「タピオカさん」。


りゅうじくんのことを「ミュージック」。


沢村さんのことを「303(さんまるさん)」だと思っていたことがあった。


そしてその都度、仕事でいっしょに行動することの多い里帆さんの手を煩わせることになるのである・・・・・・。


沢村さんのことを、「303(さんまるさん)」と聞き間違えたときは、「もはやそれって、一昔前の囚人じゃないですか」と里帆さんに呆れられた。


沢村さんにたいへん失礼なのは、もはやいうまでもない・・・・・・。


さらに極めつけは、ヘミングウェイのことを「セミ男」と聞き間違えた時だ。


これについては、べつに仕事で会う人物とかではないので、どうでもいいのだが、「いったいどこをどう間違えたら、そんなワードが出て来るんですか?」と、里帆さんに大笑いされたものである・・・・・・。



2025年9月 3日 (水)

刺さったトゲを放置していると死ぬ

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昭和の頃には日常生活に密着した迷信や都市伝説というのがけっこうあった。


そしてそれらは真偽のほどは定かではないのに、なぜか信じて疑わない人がなぜか多かった・・・・・・。


たとえば、「指に刺さったトゲを抜かずにそのまま放置していると死ぬ」という話は有名だった。


いまでは指にトゲが刺さることなんてめったにないが、昭和の頃はけっこう頻繁にトゲが刺さっていたものである・・・・・・。


では、当時はどうしてそんなにトゲが多かったのかというと、まず、身の回りのものに木製品が多かったことがあげられる。


そもそもの話、昭和の頃は、家からして木造の日本家屋が多かった。


私は縁側に座って、庭をボーッと眺めているのが好きな子供だった。


縁側には背もたれなんてないので、板材の上に両手をついて、足をブラブラさせながら座っていたのだが、トゲが刺さるのはそんな時だった。


縁側の板材が古くなって来ると、所々がささくれ立って来て、小さなトゲが出来てくる。


そのトゲがある場所に、運悪く手をついてしまうと、指にトゲが刺さってしまうことになるわけだ。


その他にも、靴を履く時に、木製の下駄箱に手をついた時や、引き戸式の下駄箱を開けようとした時に、トゲが刺さることが多かった・・・・・・。


当時の木製品は、現在のものと違って、木の風合いを残したものが多く、現在のもののように、角を丸めたり、つるつるにコーティングしたものは少なかった。


このことがトゲが刺さることの原因だったように思う・・・・・・。


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そしてもうひとつ、トゲのトラップが仕掛けられた場所をご紹介するなら、「雨戸」があげられる。


日本家屋の雨戸といえば、大型の引き戸になっていて、普段は戸袋と呼ばれる収納スペースに入れられていた。


そして夜寝る前に、戸袋から引き戸を1枚ずつ引き出して、雨戸を閉めていくのだが、この時にトゲが刺さることがよくあった・・・・・・。


戸袋に収納されている雨戸はけっこう重く、しっかりと持って、力を込めて引き出さないと、びくともしなかった。


しっかりと持って力を込めれば、刺さったトゲは小さくても、指の奥の方まで入り込んで、やっかいなことになるわけだ・・・・・・。


深く刺さってしまったトゲというのは、取り出すのも容易ではなく、毛抜きで摘まんでなんて到底無理で、それこそ、「縫い針を使ってほじくり出す」ぐらいしなくては、抜くことは困難だった。


縫い針を使ってほじくり出すのは、時間がかかるうえに、信じられないくらい痛く、「これを我慢するくらいなら、トゲが刺さっている痛みの方がまだまし」と思えるほどだった。


そんなこともあって、刺さったトゲは、とりあえず放置することも少なくなかったのだが、そんな時にふと思い出されるのが、冒頭の「刺さったトゲを抜かずに放置していると死ぬ」というアレだったのだ・・・・・・。


では、なぜそんなことぐらいで死ぬのかというと、刺さったトゲはゆっくりと時間をかけて体内に入り込んで行き、そのうちに血管の中へ侵入、そして全身を巡り巡って、最終的には心臓に刺さって死ぬといわれていた。


そして、トゲの痛みを感じなくなったら、それは血管に入り込んだサインだともいわれていたので、痛みをこらえながら、必死になって縫い針で刺さったトゲをほじくり出そうとしている強者もいた。


で、個人的には、「1ミリあるかないかという大きさのトゲが心臓に刺さったところで死にゃあしないだろう」と思ってはいたのだが、万が一に備えて、トゲが刺さった直後は、とりあえずは縫い針チャレンジもしておいた。


ちなみにそれでトゲが抜けた試しはなかったが、抜けなかったトゲが心臓に刺さって死んだ試しもなかったのである・・・・・・。


(画像上、夏の終わりと秋の到来を告げるセミ、ツクツクボウシ・・・・・・。画像下、林床の水分が保たれている場所では、秋のキノコがちらほらと顔を出し始めた・・・・・・)



2025年8月20日 (水)

音楽室のうわさと鼻血の原因

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昭和の頃には日常生活に密着した迷信や、都市伝説というのがけっこうあった。


そしてそれらは真偽のほどは定かではないのに、なぜか信じている人が少なくなかった・・・・・・。


例えば学校の七不思議として有名になった、音楽室の肖像画の目が夕方になると、キョロキョロと動き出すとか、誰もいないはずの音楽室から、ピアノを弾く音が聞こえて来るという、いわゆる「怖い話」などがそうだ。


じつはこれについては、実際に見たり聴いたりしたという人が、1クラスに何名かは必ずいたものである。


他の七不思議に関しては、エピソードが伝わっているだけで、実際に体験した人はいなかったのに、音楽室の話だけは、目撃者や体験者がいて、妙に信憑性が高かったのである・・・・・・。


で、この音楽室のエピソードなのだが、私が大人になってから聞いた話では・・・・・・、むかし放課後に音楽室で遊んでいた女の子がいて、何かの拍子にピアノの蓋に身体を挟まれて、大怪我をしたことがあったのだという。


この事件がきっかけとなって、先生や保護者が、子供たちにいつまでも学校にいないで、早く帰ってもらおうと、夕方になると音楽室の肖像画の目が動くとか、誰もいないはずの音楽室から、ピアノを弾く音が聞こえて来るという、子供が怖がるような話を、わざと流したのだという。


そしてこれが全国的に広まり、学校の七不思議の1つになったということらしい・・・・・・。


しかし、その後、うわさを流した先生や保護者たちが、予想もしていなかったことが起こり始める。


遅くまで学校で遊んでいた子供たちの中から、実際に肖像画の目が動いたのを見たという者や、誰もいない音楽室からピアノを弾く音が聞こえたと主張する者が複数人現れたのだ。


ただのうわさ話が都市伝説へ昇華した瞬間だった・・・・・・。


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昭和の頃に聞いたうわさ話に、「チョコレートを食べ過ぎると鼻血が出る」というのもあった。


これについては、うわさ話というよりも、「本当の話」として語られていたので、チョコレートを食べるときには、どのくらいが適量なのかが分からず、「もしかしたら、もうひとくち食べたら、鼻血が出るんじゃないか・・・」と、ビクビクしながら食べていたのを覚えている。


そしてどうもこのうわさを流したのも、じつは子供たちの親だったようだ・・・・・・。


戦後の日本では、アメリカ兵が配ったチョコレートが流行していた。


しかし、チョコレートばかり食べていると、身体が甘いものを摂取したことで満足してしまい、まともに食事が出来なくなってしまう。


このことを懸念した親がチョコレートを控えさせるという意味で、そのようなうわさを流したのではないかと考えられている・・・・・・。


そもそもの話、カカオポリフェノールには血圧を下げる効果があり、鼻血は逆に出にくくなるそうなのだ。


大人に比べて子供の方が鼻血が出やすいのは、鼻の穴をほじったり、こすったりしてしまい、その時に出来る傷が原因なのだそう。


チョコレートの食べすぎとは何の関係もないのだ。


同様にピーナツを食べ過ぎると鼻血が出るという話もあるが、こちらもチョコレートと同様に、食べ過ぎて食事を摂れなくなることを懸念した親が流したうわさだったようだ・・・・・・。


もうひとつ、つけ加えるなら、「エッチなものを見ると鼻血が出る」というのもある。


昭和の漫画にはよくある描写で、ヒロインのパンツや裸を、偶然見てしまった主人公が、両方の鼻の穴から鼻血を、「ブーーーツ!」と勢いよく噴射するシーンがある。


これについても、子供に見せないために、親(大人)が作り出した迷信だといわれている。


これらのことから総合的に判断すると、「大人の言うことは、鵜呑みにしない方がいい」ということである・・・・・・。


(画像上、立秋を過ぎるとちらほらと鳴き始めるツクツクボウシ・・・・・・。画像下、セミたちの母なる木。こんなにたくさんのセミたちを地上へ送り出して来た・・・・・・)

2025年7月23日 (水)

牛乳に相談だ。「牛乳相談会」

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2005(平成17)年から2010(平成22)年頃にかけて、中央酪農会議が「牛乳に相談だ。」というテレビCMを放映していたことがあった。


その目的は若年層の牛乳離れを食い止めるための、牛乳の消費拡大キャンペーンだった。


で、個人的にこの、「牛乳に相談だ。」のシリーズは、内容があまりにもバカバカしく、ツボだったので、ちょっとネタとして採り上げてみたいと思っている・・・・・・。


じつはこの「牛乳に相談だ。」のテレビCMはシリーズ化されて、10本以上の作品が放映されている。


みなさんの記憶の1ページを紐解くことが出来たら幸いである・・・・・・。


「牛乳相談会 先生篇」

「牛乳相談」という文字が掲げられている雑居ビルが映し出される。


そして、「中学生、高校生、牛乳相談」というプレートの付いた事務所を訪れる中高生たち・・・・・・


一人の学生が部屋に通されると、中には「先生」であるコップに入った牛乳と、学生の応対をする男性相談員がいる。


相談にやって来た女子学生が着席し、悩みを打ち明け始める・・・・・・。


「あの、いまダイエットしてるんですけど元気ないんですよ」と怪訝な表情で話し始める女子学生。


すると、「先生、いかがですか?」とコップの牛乳に聞く相談員の男性。


もちろん「先生」は牛乳なので、言葉を発するわけがない。


そこで相談員の男性が腹話術を使って、「牛乳を飲みなさい!」と答える。


しかも、ありえないくらいの裏声である。


女子学生は引いているのか全くの無反応。


そこでもう一度、「牛乳を飲みなさい!」と裏声でリピート。


へんな空気が流れる中、女子学生が「ありがとうございました」とお辞儀をして、コップの牛乳を一気に飲み干す。


おいおい、「先生」を飲んじゃっていいのかよと思っていると、「ぎゅ~にゅ~にそ~だんだ♪」というこのCMではお馴染みのフレーズが流れCMは終了となる・・・・・・。


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「牛乳相談会 牛先生篇」

女子学生が1名中へ通され、相談員の男性に悩みごとを打ち明け始める。


「いまダイエットをしているんですけど、なんかいまいち元気が出なくて・・・・・・」


しかし、今回は牛乳先生の到着が遅れていて、「先生が遅れられています。もう間もなく、来ると思うんですけど・・・・・・」と相談員の男性。


この前、相談に来た女の子が飲んじゃったからじゃないの?と思っていたところ、「あ~、やっと着いた~(裏声)」という声と共に、なぜか本物の乳牛が部屋に入って来る・・・・・・。


こそこそと乳を搾り、コップに入った牛乳を持って来る相談員の男性。


そして、「先生、よろしくお願いします」と牛乳先生に頭を下げる。


するとすぐに、「牛乳を飲みなさい(裏声)!」とひとこと。


「ありがとうございました」と女子学生と共に、お辞儀をする相談員の男性。


ところがこの時、ちょっとしたハプニングがあって、この台詞をうっかり裏声で言ってしまう。


NGシーンだと思うのだが、そのまま使っちゃうんだ・・・・・・。


「牛乳相談会 大先生篇」

男子学生が「青春って何ですか?」という悩みというか、疑問を相談にやって来る。


相談員の男性はコップの牛乳に問いかけるが、なぜか無言。


そこで巨大なコップの牛乳(大先生)が登場する・・・・・・。


「では、大先生!」と相談員の男性。


すると、「牛乳を飲みなさい!」というダミ声。


どうやら「大先生」はダミ声という設定らしい。


「ありがとうございました」と相談員の男性と男子学生がお辞儀をしてCMは終了する・・・・・・。


(画像上、林縁で咲くオニユリの花・・・・・・。画像下、人知れず羽化していたニイニイゼミ・・・・・・)



2024年11月 1日 (金)

尻目

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一般に妖怪というと、怖いイメージがあると思う。


しかし、なかにはいったい何の目的で、人の前に姿を現しているのか、全くもって理解不能なものもいる。


例えば「尻目」という妖怪がそうだ・・・・・・。


尻目は暗い夜道に現れる妖怪で、最初は人間の少女の姿をしていて、なぜか道にじっとうずくまって泣いている。


そんな光景を目の当たりにしたら、誰だって「大丈夫?」と声をかけてしまうだろう。


すると少女はおもむろに立ち上がると、なんと服を脱ぎ始めるのだ。


あっけにとられて、その様子を眺めていると、少女はついにはすっぽんぽんになってしまう。


そしてなぜか、四つん這いになって、こちらに尻を突き出して見せる。


一瞬、屁でもこくのかと疑ってしまうのだが、どうもそうではないらしい・・・・・・。


そして次の瞬間、私たちは尻目の真の姿を目の当たりにすることになるのだ。


なんと尻目の尻には、本来、肛門があるべき場所に目が付いているのだ。


それも一つ目である。


こういうのを「目の付け所が違う」というのだろうか・・・・・・。


ということは、尻目はこちらに尻を向けているにもかかわらず、こちらの様子がつぶさに見えているということになるのだろう。


さらにこの尻に付いている目は、ギョロギョロとあたりを見回すだけでなく、なんとピカピカとフラッシュを繰り返すというのだ。


何かの攻撃の予兆かと思い、一瞬身構えてしまうのだが、尻目はなぜかそれ以上のことは何もして来ない。


いったい何のためのフラッシュなのか意味がさっぱり分からない。


一種の自己主張のようなものなのだろうか・・・・・・。


誤解のないように、念のためもう一度書くが、ピカピカと光っているのは、あくまでも目である。


しかし、この体勢では、傍目には尻の穴が光っているようにしか見えない。


尻目の光る尻の穴(実際には目)を目の当たりにして、路上で腰を抜かして驚いている人がいる光景は、想像してみるとなんとも滑稽である・・・・・・。


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ところで尻目は尻に目が付いているということは、本来はこちら側が「顔」ということになるのだろう。


しかし、その割には、鼻や口はどこにも見当たらない。


では、我々が頭だと思っていた部分は、いったいどうなっているのかというと、なんと目も鼻も口もなく、のっぺらぼうなのである。


少女の姿をしていた時の顔は、いったいどこへ行ってしまったというのだろう・・・・・・。


ということは、尻目には本来顔にあるべきパーツは目しかないことになる。


しかも、単眼ということになるだろう。


ということは、尻目はいわゆる一つ目小僧系の妖怪ということになるのだろうか・・・・・・。


しかし、一般的な一つ目小僧のイメージは、人とほとんど変わらない姿をしており、唯一違うのが、目が1つしかないという点だ。


そして、いうまでもないが、目や鼻や口は、人と同じように頭部(顔)のあるべき場所に収まっている。


二足歩行や四足歩行をする生物にとっては、それが最も理想的な形と言えるだろう・・・・・・。


ところが尻目は、目は尻の穴に付いているから、まあ、いいとして(よくはないが・・・)、鼻と口はどこにも見当たらないのだ。


いったいどうやって呼吸をして、どこから食べ物を摂取しているのか謎としかいいようがない。


妖怪とはいえ、生きて活動をしているのだから、ちゃんと呼吸もしているだろうし、何も食べないなんてことがあるわけがない。


ところで素朴な疑問だが、肛門が「目」で塞がっているということは、うんこをする時はいったいどうしているのだろう・・・・・・。


ところで、尻目を二足歩行の生物だと仮定すると、彼(彼女)は立った状態では何も見えていないことになるだろう。


恐らく尻目の「目」はお尻の割れ目に埋没してしまい、きっと目を閉じているのと同じ状態のはずだ。


ということは、尻目には二足歩行は不可能ということになるだろう。


だから、「道にうずくまって泣いている」ような、不自然な登場の仕方になってしまったのだろう・・・・・・。


そして、突然服を脱ぎだした理由も、服を脱がなければ、目が覆われていて、何も見えないからということになる。


そして四つん這いになって、尻を突き出すことで、ようやく周りを見渡せるようになるわけだ・・・・・・。


しかし、人間の常識に当てはめて考えるなら、この状態では足も手も逆向きに付いていることになり、きっと動きにくいこと、このうえないだろう。


だから尻目は肛門をフラッシュさせるだけで、何もして来ないのかもしれない。


そんなわけで、もし暗い夜道で尻目と出会ったら、彼(彼女)のパフォーマンスを最後まで見届け、少し同情してやって欲しいと思う・・・・・・。


(画像上、セセリチョウがフヨウの花の中で雨宿り・・・・・・。画像下、アキアカネは低温に強く、毎年初冬の頃まで見られる・・・・・・)



2024年10月14日 (月)

牛乳に相談だ。「バスケ篇」「シンデレラ篇」

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2005(平成17)年から2010(平成22)年頃にかけて、中央酪農会議が「牛乳に相談だ。」という、テレビCMを放映していたことがあった。


その目的は若年層の牛乳離れを食い止めるための、牛乳の消費拡大キャンペーンだった。


で、個人的にこの「牛乳に相談だ。」のシリーズは、内容があまりにもバカバカしくツボだったので、ちょっとネタとして取り上げてみたいと思っている・・・・・・。


じつはこの「牛乳に相談だ。」のテレビCMはシリーズ化されていて、じつに10本以上の作品が放映されている。


そしてその記念すべき最初の作品は「バスケ篇」で、2005(平成17)年8月から放映が開始されている。


CMではまず、バスケ部のロッカー室が映し出される。


弱小チームなのか、「試合に勝ちて~」と部員Aがつぶやく。


すると部員Bがすかさず、「じゃ、牛乳だ!」と唐突にひと言。


「なんで?」と部員A。


「でかくなるんだよ」と部員Bが答える。


すると虚空を見つめながら、「でかく・・・・・・」と妄想に耽る部員A・・・・・・。


そして、場面は部員Aの妄想の世界に切り替わる。


どうやら他校との試合のシーンのようだ。


しかし、なぜか部員Aたちは巨人になっており、バスケットボールをまるでバケツリレーでもしているかのように、後ろへ手渡しで次々と回していく。


相手チームは巨人化していないので、ボールに全く手が届かず、なんなくゴールを決めることが出来る。


「よっしゃ!」と喜び合う部員Aたち。


巨人チームに対抗するため、素早いドリブルで部員Aたちの股の間を潜って行き、虎視眈々とゴールを狙う相手チーム。


しかし、巨人と化している部員Aは、ゴールを手の平で隠してしまい、相手チームのシュートは入らない。


スコアを見ると、なんと「327対0」。


女子生徒の黄色い声援に鼻の下を伸ばす部員A・・・・・・。


そして場面は冒頭のバスケ部のロッカー室に戻り、「飲まなきゃ!」とひと言。


そして部員全員で牛乳をコップで飲み干す。


「牛乳に相談だ」と男性のナレーションが入り、CMは終了となる・・・・・・。


Photo_20241014160802

で、この「バスケ篇」と同時期に、「シンデレラ篇」も公開されているので、続けてご紹介してみたい。


「シンデレラ篇」の冒頭の場面は自宅のダイニング。


お母さんが唐突に、「牛乳飲んだら人生得よ」と娘に語りかける。


「何が?」と不思議そうに聞き返す娘。


すると「骨が丈夫になるのよ」とお母さん。


「骨?」とつぶやきながら、妄想を始める娘・・・・・・。


そして場面は中世ヨーロッパのような世界に変わる。


髭の長い外国人執事風の男性から、「履いてみてください」とガラスの靴を手渡される娘。


「ガラスの靴・・・」とポツリとつぶやく娘。


そして言われるがままにそのガラスの靴を履いてみるとなんとピッタリサイズ・・・・・・。


ここで登場するのが、意地悪な姉2人なのだが、主人公の「娘」は黒髪ストレートでがっつり日本人なのに、なぜか姉2人は金髪で中世ヨーロッパ風のお姫様ヘア。


どこからどう見ても外国人である・・・・・・。


そしてこの意地悪な姉2人が暴挙に出る。


なんとお城のダビデ像を倒して、シンデレラ(娘)の頭に直撃させてしまうのだ。


しかし、ダビデ像を頭上に乗せたまま、「なに、なに?」とノーダメージのシンデレラ(娘)。


すると、「ず~っと探してました」と、突然どこからともなく、いかにもバカっぽい王子が現れる。


そして、「あなたのような素敵な骨密度の女性を!」とおかしなことを言い出す。


その直後、シンデレラ(娘)の頭の上に乗っていたダビデ像が首からポキッと折れて、頭の部分だけがシンデレラ(娘)の頭上に残る。


「結婚して!」と王子・・・・・・。


場面は変わり、城の外で夜空を見上げる2人。


「あ、流れ星!」と王子。


「ロマンチック~」と思わずつぶやくシンデレラ(娘)。


その直後、シンデレラ(娘)の頭に隕石が直撃。


「あっつ(熱)!」とはいうものの、なんとシンデレラ(娘)は無傷。


逆に隕石の方が煙を出しながら割れてしまう。


もはやドクタースランプアラレちゃんの世界である・・・・・・。


場面は冒頭の自宅ダイニングに戻り、「飲んどこうかな~」とお母さんと2人でコップに入った牛乳をグビッと飲み干す。


そして、「牛乳に相談だ」と男性のナレーションが入り、CMは終了となる・・・・・・。


このCMによって、牛乳のイメージアップがはかられ、若年層の牛乳離れを食い止めることに繋がったのかどうかは分からないが、面白かったことだけは確かである・・・・・・。


(画像上、草地にアキアカネがたくさん舞っていた・・・・・・。画像下、アキノタムラソウがあちこちで咲いている・・・・・・)


2024年9月26日 (木)

コーヒービート

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▲コーヒービートは1971(昭和46)年に発売になった。そしてその発売当時から、パッケージのデザインはほとんど変わっていない・・・・・・。

昭和の頃はどういう訳か、コーヒー味のお菓子が人気で、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


超ロングセラーとなっている、「コーヒービート」もその中のひとつで、1971(昭和46)年3月に明治製菓から発売になった。


コーヒービートは筒状の容器の中に、コーヒー豆の形をした、子供でも美味しく食べられる、ミルクコーヒー味のチョコレートがたくさん入っていて、一粒食べると止まらなくなったものである。


コーヒービートのパッケージは、昭和の頃からほとんど変わっていないが、発売当初の容器は紙ではなくプラスチックで、六角形の茶色い蓋がはめられていた。


私が物心ついた頃には、もう現在のような紙製の容器になっていたので、プラスチック製の容器が使われていた期間は、コーヒービートの長い歴史からしたら、ほんの一瞬だったのだろう・・・・・・。


ところでこのコーヒービート、中身のお菓子を食べ終わった後の空き容器も、何かと使い道があって、当時の子供たちは捨てずに取っておいたものである。


で、こんなものを一体何に使っていたのかというと、様々な小物を一時的に保管するために使っていたのである。


「小物の保管」などというと、「コーヒービートの空き容器に1つ1つラベルを貼って、机の中のものを分かりやすく整理整頓するのに使っていたのではないか?」と想像されるかたも少なくないと思う。


しかし、馬鹿ばかりやっていた、昭和の男子小学生が、そんな几帳面なことをするわけがない。


では、いったい何に使っていたのか・・・・・・?


使い方は人それぞれだったが、1つ例をあげるなら、野原に行って、オナモミの実(ひっつき虫)を採集して来て、コーヒービートの容器に入れておく。


そして敵(という設定の友達)を発見した時に、背後からそっと忍び寄り、コーヒービートの容器からオナモミの実をサッと取り出し、相手にこっそり投げつけるのだ。


投げつけると言っても、思いっ切り投げつけるのではなく、敵に気付かれないように、そっと山なりに投げつけるのである。


そして注意しなければいけないのは、相手に「おや、いま背中に何か当たったような気がするぞ?」と勘付かれてはいけないことだ。


あくまでもそ~っと投げつけるのである・・・・・・。


そこで相手に気付かれなければしめたものだ。


2つ、3つと、立て続けにオナモミの実を投げつけていく。


そうすると、彼の背中は、いつしかオナモミの実がいっぱい張り付いている状態になる。


そして、ここまで来れば、とりあえずはミッション達成ということになる。


あとは彼が家に帰る前に誰かと出会い、背中のオナモミのことを指摘され、「え~~~っ⁉」と仰天することになろうが、帰宅後に母ちゃんに、「あんた、いったいどこを歩いて来たの!」と怒られようが知ったこっちゃない。


翌日、学校で彼から、「昨日、こんな不思議なことがあってさあ・・・」という話を聞かされるのを楽しみに、ニヤニヤしながら布団に入るのである・・・・・・。


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▲コーヒービートはコーヒー豆の形をした、ミルクコーヒー味のチョコレートだった。そのリアルな形が何ともおしゃれで、人気に一気に火がついたのだろう・・・・・・。

また、コーヒービートの容器は、野山で採集した昆虫を家に連れて帰るまでの間、一時的に保管しておくのにも重宝した。


「でも、コーヒービートの容器じゃ、狭すぎるんじゃないの?」と思われるかもしれないが、じつはこの狭さが輸送には好都合なのである。


どういうことかというと、コーヒービートの容器は細いので、中の昆虫があまり動き回れないため、暴れて足がもげてしまったり、移動中の揺れで、容器の壁に激突して、ダメージを負ったりするリスクが少なくてすむのだ。


そして、ここで注意しなければいけないのは、採集した昆虫を入れるのは、1つの容器に1匹までにしておくということだ。


なぜかというと、この細くて狭い容器の中に、複数の昆虫を入れてしまうと、互いに相手を攻撃してしまい、双方が怪我を負ったり、下手をしたら死んでしまいかねないからだ・・・・・・。


また、容器に昆虫を入れたら、中の昆虫が動けないように、ティッシュなどを詰めて、容器の空間を調整した方がいい。


こうしておけば、移動中に容器が揺れても、中の昆虫が滑って動いてしまうことはなくなり、より安全に家まで移動させることが出来るのだ。


私は子供の頃、虫好きだったので、この方法で家に連れ帰った昆虫は多種に及んだが、中でもクワガタやカマキリ、バッタは、毎年のように飼育していたものだ・・・・・・。


また、私には全く記憶がないのだが、母が言うには、私は4~5歳の頃、なぜか庭のダンゴムシに興味を持ち、一日中、庭にしゃがみ込んで、熱心にダンゴムシを観察していた時期があったのだという。


そんなある日、座卓の上にコーヒービートの容器が転がっているのを見つけた母は、テレビドラマを見ながら、コーヒービートを食べようと、何気なくその容器を手に取った。


そして、視線はテレビ画面から外さずに、おもむろにコーヒービートの容器から蓋を外した。


そして右手に持った容器を揺すって、左の手のひらにチョコレートを数粒取り出そうとしていた。


すると思いのほか、たくさんのチョコレートが左の手のひらに出てしまったと感じた母は、チョコレートを少し容器に戻そうと、テレビから自分の左手に視線を移した。


すると次の瞬間、「ウギャ~~~!」という母の叫び声が部屋の中にこだまし、お昼寝をしていた私は、たたき起こされるハメになったのだという。


じつはコーヒービートの容器から出て来たのは、コーヒー豆の形をしたチョコレートではなく、私が庭で捕まえた、おびただしい数のダンゴムシだったのだそうだ。


そしてこの時、錯乱した母は、あろうことか左手のダンゴムシを、思わず投げ捨ててしまい、その後、部屋に散らばったダンゴムシを、1時間かけて拾い集めるハメになったのだという。


そして、全てのダンゴムシを回収した母は、ヘトヘトになって座卓の前に座り込んだのだった。


そしてそのとき思わず口を突いて出た言葉は、「あのまま、口に放り込まなくて、本当によかった・・・・・・」だったそうである・・・・・・。


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