カテゴリー「カエル」の記事

2021年3月17日 (水)

「関東ローカルのCM」パッチョのゆる~くいこう!

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「火ぐまのパッチョ」をご存じだろうか。


念のために言っておくが、「火ぐま」は「ヒグマ」の変換ミスではなく、「火ぐま」で正しい。


「火ぐま」は人間よりも体が小さくて、寸胴で丸っこい体型をしている。


また、くまとはいうものの、とても穏やかな性質をしており、人を襲ったりすることはない。
それどころか、人の社会に適応し、共存して行くことも可能なようだ。


「火ぐま」にはなぜか尻尾がない。


そしてその代わりと言ってはなんだが、なんと「火ぐま」は人間のような、ぷりっぷりのおケツをしているのである。


また、「火ぐま」はくまとは言うものの体は青く、そのプリケツにはどう見ても体毛など生えていそうにない。


青い色のくまなんて見たことがないし、「もしかしてパッチョって、くまの着ぐるみを着た人間なんじゃないの?」という疑惑も浮上して来る。


しかし、あの青いプリケツは、どこからどう見ても生身のケツで、どうもその可能性は薄いようである・・・・・・。


じつは公式発表では火ぐまのパッチョの青い体色は「ガスの炎の色」とのこと。


そういえばパッチョが歩いて行った後には、青白い小さな炎が、まるでパッチョの足跡のようにフワフワと宙に漂っている。


と、ここまで書けば、きっと関東圏にお住いのかたなら、「ああ!」と思い出していただけたかと思う。


そう、「火ぐまのパッチョ」とは、東京ガスの公式キャラクターとして活躍するくまのことなのだ。


関東圏では「火ぐまのパッチョ」はCMでもお馴染みで、これまでグリル篇、コンロ篇、エネファーム篇など、複数のバージョンが制作されてシリーズ化されて来た(現在は放映されていない)。


CMは「パッチョのゆる~くいこう!」というお決まりのセリフで始まり、パッチョが画面の端から自分の体を芯にして、「くるくるくるくるくる~」と、紙を巻き取って行くことで場面が変わり、本編が始まるという演出になっていた。


そしてパッチョがグリルやコンロなどの東京ガスの製品を紹介して行き、最後は「プリッと解決、東京ガス」と、プリケツポーズを決めて終了するというのが、毎回お決まりのパターンになっている・・・・・・。


きっとパッチョのことをCMでしか見たことのない人は、「ただのCMのキャラクター」としか認識していないと思う。


じつはパッチョに関しては、「パッチョムービー」という、絵本仕立ての動画もネット上に公開されている。


こちらはただの製品紹介に留まらず、ストーリー性があって、けっこうおもしろい内容になっている。


ちなみに第1話では、「なぜ、パッチョが火の国を旅立って、わざわざ遠路はるばる日本にまでやって来たのか」について語られている。


動画を見ると「火の国」は、「火」という漢字の形をした島国で、もくもくと煙が立ち上る、大きな火山が確認出来る。


そして動画では、なぜかたくさんの火ぐまが火山の周りを囲むように行列している。


そして不思議なことにこの火ぐまたち、パッチョと瓜二つで、どれがパッチョなのか全く見分けがつかないのである。


もしかして「火ぐま」とは、クローンの生命体なのではないか・・・・・・。


そして火ぐまたちは巨大な飛び込み台のような設備に順番に登って行く。
あの行列はどうやらこれに登るための順番を待っているものらしい。


そしてこの後、我々は衝撃的な光景を目撃することになる。


火ぐまたちはその飛び込み台のような設備から、なんと火山の火口へ躊躇なく飛び込んで行くのである。


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そして、この映像に乗せてナレーションが入り、「あるところに火の国がありました。そこではたくさんの火ぐまたちが、あったか~く暮らしていました」と、のん気に言っているのだが、これでは「あったか~く」どころか、普通なら大火傷、いやそれどころか、火ぐまたちは一瞬で灰となって、跡形もなく消えてしまうことだろう。


火ぐまという生物は不死身なのだろうか・・・・・・。


そして場面は変わり、「ある日のこと、火ぐまの王様は、火ぐまの王子パッチョをお城に呼びました」とナレーションが入る。


「ええっ!パッチョって王子だったの?」とまず驚くことになる。


そしてパッチョはお城の王様の元へ急ぐのだが、「お呼びでしょうか?」と見上げた王様は、パッチョの数十倍はあろうかという巨大さで、背中側からパッチョを見下ろす視点で描かれているそれは、まるでドラクエのラスボスのような存在感なのである。


しかし、パッチョが王子ということは、王様はパッチョの父親のはずだ。
いったいどうしてここまで大きさが違うのだろう。


これでは全く別種の生き物としか思えない。


火ぐまというのはある時期から、急激に成長するとでも言うのだろうか・・・・・・。


そして王様はパッチョに、「人間の世界ではみんななんだかクールになっちゃって、心から火が消えかかっておる。火の力でみんなの心に火を灯して来てくれ」と語り掛ける。


パッチョはもちろん快諾するのかと思いきや、王様に背を向けると、「僕には・・・」とポツリとつぶやく。


そして何を思ったのか、突然股の間から顔をのぞかせ、「無理だと思うよ。むり、むり、むり、むり~」と言いながら、トレードマークのプリケツをプリンプリン振って見せるのだ。


「こいつ王様の逆鱗に触れるぞ!」と思って見ていると、王様はそんなパッチョに慣れているのか、「そんな弱火でどうする!」とユーモアで返して来る。


するとパッチョは正気に戻ったのか、「弱気の間違いでは?」と王様に真顔で聞き返している。


さすが王様、パッチョの操縦法は熟知しているようだ・・・・・・。


そしてここで、「こうしてパッチョは一人前、いや一匹前の火ぐまになるための、修行の旅に出たのでありました」とナレーションが入る。


で、映像ではパッチョが空からフワフワと地上に舞い降りて来るシーンが描かれている。
「その体型で飛べるのかよ!」と思わずつっこまずにはいられないシーンである。


ところでパッチョの飛んで来た後には、小さな青い炎が点々と漂っているのだが、天から舞い降りて来たということは、パッチョってもしかして宇宙人、いや宇宙くまなのだろうか・・・・・・。


そして動画の最後は、「ガスでパッと明るく、チョッといい未来。ちょっと長いので略してガス・パッ・チョ!を実現するために、パッチョの旅はつづく・・・」と締めくくられる。


この動画を見ると、どうやらパッチョは、遠路はるばる日本まで、「修行にやって来た」ということらしい。


しかし、パッチョがCMではしゃいでいる姿や、こちらの生活にすっかり馴染んで、普通に生活している様子を見ると、とても修行をしているようには見えないのだが。


これでいいんでしょうかねぇ、王様・・・・・・。


(画像上、見ごろを迎えたミツマタの花。画像下、池はヒキガエルの卵塊でいっぱいに・・・・・・)


2020年6月20日 (土)

「昭和の商店街」薬局のカエル編

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▲昭和の頃、薬局で買い物をするともらうことが出来たカエルのソフビ人形(左)。ちなみに当時薬局の店頭には、このカエルと全く同じデザインの「店頭カエル」が立っていた。右側は指人形のKEROちゃん。


昭和の商店街の薬局には、入り口に製薬会社のキャラクター人形が必ず立っていたものである。


うちの近所にあった薬局では、入り口に緑色のカエルの人形が立っていて、いつも満面の笑顔でお客さんを迎えてくれていた。


私が子供の頃に見ていたカエルの人形は、黄色い台座のような物の上に、直立不動の体勢で立っていて、顔の部分に触れると、大きな頭をユラユラと揺らす、首振り人形のようなタイプのものだった。


ちなみに洋服などは特に何も身に着けていなくて、素っ裸だったのを覚えている。
まぁ、カエルなので当然と言えば、当然である・・・・・・。


そして私が特に印象に残っているのは、このカエルを背後から見ると、カエルなのに人間のような、いいおケツをしていて、「プリッ!」としたおケツを丸出しにして直立している姿が、なんともかわいらしかったのを、今でもはっきりと覚えている・・・・・・。


ちなみに当時このカエルは、「コルゲンコーワの風邪薬」のCMとリンクしているキャラクターだったらしい。


CMではこのカエルのキャラクターが、「風邪にはコルゲンコーワ!」と連呼していたそうなのだが、正直私はあまり記憶にない・・・・・・。


ただ、薬局で買い物をすると、薬局の入り口に立っているカエルと、全く同じデザインのソフビ人形をもらえたのは覚えている。


このカエルの人形は、「ただでもらえるもの」としては、今では考えられないくらいの大きさとクオリティで、子供の手の平からはみ出すぐらいの大きさは十分にあった。


ところで今だったら、このようなキャンペーングッツは、初めから商品に取り付けた状態で売られているのが普通だが、当時は対象商品を買うと、レジで店の人が手渡ししてくれるシステムだった。


しかも、人形はカウンターの上に並べてあるとかではなく、カウンターの下にしまわれているので、手渡されるまでその存在には全く気付かないため、サプライズ感が強く、子供にはその喜びは一入(ひとしお)だったものだ・・・・・・。


ちなみに画像のカエルのソフビ人形は、私が子供の頃に薬局の入り口に立っていたカエルと全く同じデザインで、長年うちの押し入れの中で眠っていたのを先日ようやく見つけた。


今回、この原稿を書くにあたり、画像があった方が分かりやすいと思い、現役復帰してもらうことにしたのだ。
「プリッ!」としたかわいいおケツをぜひ見てやって欲しい。


ところで調べて見ると、このカエルのソフビ人形は、1967年~1968年(昭和42年~昭和43年)頃に配布されたもののようなのだが、そのころ私はまだ生まれてはいなかった。


それ以降の年も配布されていたのかどうかは定かではないのだが、私が生まれた頃には、すでにカエルのソフビ人形はモデルチェンジされており、なぜ旧タイプのものがうちにあるのか謎としか言いようがない・・・・・・。


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▲カエルのソフビ人形の後ろ姿(左)。「プリッ!」としたおケツがチャームポイント。右側は指人形のKEROちゃんの後ろ姿。


ところで、当時うちの近所の薬局の店頭に立っていたカエルの人形は、調べて見ると、1963年(昭和38年)に初めて登場したようである。


と言うことは、このカエルは、私の生まれるずいぶん前から、薬局の前で健気にお仕事をしていたらしい。


そしてその15年後の1978年(昭和53年)に、薬局の店頭カエルはついに初めてのモデルチェンジが行われている。


とは言うものの、カエルのキャラクターそのものは全く同一のもので、顔や体型には一切変化はなかったのだが、なぜか体勢だけが変更になっていた。


これまでは黄色い台座の上に立っていたカエルが、白地に赤い文字で「kowa」と書かれた四角い台座の上に、ちょこりと腰かけているものに変更になったのだ。


15年間も立ち続けていたのでさすがに疲れてしまったのだろうか・・・・・・。


そして個人的に残念に思ったことは、初代の店頭カエルは、私の記憶ではかなり大きなものだったのだが、2代目のカエルはそれに比べて、一回り以上、体が小ぶりになってしまったことだ。


また、2代目のカエルは台座の上に腰かけてしまったことで、あの「プリッ!」としたかわいいおケツが見えなくなってしまい、そのこともちょっと残念でならなかった。


しかし、幸いなことに、うちの近所の薬局では、初代の大きなカエルを、ずっとそのまま展示し続けていて、その後も2代目に変更になることはなかった。


だから私が2代目のカエルを見たのは、自宅からずいぶん遠い場所にある別の薬局でだった・・・・・・。


で、その後は時代の流れもあって、昭和の商店街にあったような昔ながらの薬局は、町から急速に姿を消して行き、それと同時に薬局の店頭に立っていたカエルも、残念ながら見かけなくなって行ったのだ・・・・・・。


そしてこのコーワのカエルを再び見ることになったのは、2代目のカエルが登場した1978年(昭和53年)から、じつに30年後の2008年(平成20年)になってからだった。


この3代目のカエルは、正にフルモデルチェンジと言ってもよく、なんとカエルがいきなり2人に増えていたのだ。


そして3代目のカエルで特筆すべきは、カエルなのに服を着ていることで、その服装から男の子と女の子であることが見て取れる。


コーワによると男の子の方は「コロちゃん」、女の子の方は「ケロちゃん」と言うそうだ。


更に3代目は顔や体型もすべて見直され、一気に圧縮されてデフォルメ感が強くなった印象である。


ところでこのコロちゃんとケロちゃんは、店頭に立つというよりも、ドラックストアや調剤薬局のカウンターの上に、小さな置物として置かれていることが多いようだ。


店頭に立つ大きなものもあるようなのだが、私は今のところお目にかかったことはない。


そのせいか、初代、2代目の大きなカエルほどは印象に残っていないという人が多いようだ・・・・・・。


しかし、この3代目の「コロちゃん、ケロちゃん」になってから、コーワの商品に「コロちゃん、ケロちゃん」の指人形のおまけが付くキャンペーンが何度かあったので、もしかしたらそのことを覚えている人は多いのではないか。


ところでこのカエルの指人形には意外な歴史がある。


じつは初代の店頭カエルが登場したのは1963年(昭和38年)なのだが、その5年も前の1958年(昭和33年)に、初代の店頭カエルと全く同じデザインの指人形を、薬局で買い物をするともらうことが出来たのだそうだ。


ちなみに私は生まれてもいなかったので、そのことを知る由もないのだが、店頭に立っていたカエルよりも、指人形の方が歴史が古かったなんて、予想もしていなかっただけにちょっと驚きである・・・・・・。


ちなみに3代目の店頭カエルとなった、「コロちゃん、ケロちゃん」にも意外な歴史がある。


彼らが3代目の店頭カエルとなったのは、2008年(平成20年)からだったのだが、じつはコーワのキャラクターとしては、1977年(昭和52年)からすでに登場していて、新聞広告やテレビCMで二次元キャラクターとして活躍していたのだそう。


2代目の店頭カエルが登場したのが1978年(昭和53年)だったので、その1年も前に彼らはもうデビューしていたことになるのだ。


人の記憶とはなんともあいまいなもので、なんだかちょっと意外な感じがするのは、きっと私だけではあるまい・・・・・・。


2019年3月 5日 (火)

ヒキガエルの蛙合戦

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私は自然と触れ合うのが好きなので、よく里山に散策に出かける。


里山には田んぼや小川、湿地、ため池など、たくさんの水辺があるので、多くの種類のカエルが生息している。


都市部に住んでいると、カエルが生息出来るような水辺の環境が少ないので、カエルを見かけることはほとんどないと思う。


しかし、都市部にもカエルはいない訳ではない。


公園や神社、お寺の池などを繁殖場所として、都市の環境に適応して生きているカエルがいる。
一般にヒキガエルとかガマガエルと呼ばれているカエルがそうだ。


ヒキガエルは全体に茶褐色で頭部が大きく、ずんぐりむっくりとした、カエルらしからぬ体型をしている。


ヒキガエルは「カエル」と言って、一般の人がイメージするアマガエルやトウキョウダルマガエルよりも体が数倍も大きくて、初めて見るかたはきっと驚かれるに違いない。


まるで、重戦車のようなイメージと言ったら分かりやすいだろうか。


ヒキガエルが水辺に現れるのは繁殖の時期だけで、里山では普段は雑木林の中で暮らしている・・・・・・。


一方、都市部では、木々の多い公園などで暮らしているヒキガエルは別として、生息場所となる雑木林そのものがほとんど残っていない地域が多い。


しかし、そのような場所にも、ヒキガエルはちゃんと生息している。
いったいどこにいるのかと言うと、意外にも身近な場所で、民家の庭や、お寺や神社、畑などを普段の生活の場所にしている。


一昔前までは庭付きの家が多かったので、「一軒の家の庭に、一匹はヒキガエルが住んでいる」と言われていたくらいだ。


しかし、「自分の家の庭でヒキガエルなんて見たことないよ」という人も多いかと思うが、じつはヒキガエルは身を隠す天才で、ちょっとやそっと探したくらいでは見つけ出すことは出来ないのだ・・・・・・。


そんな身近な場所にも生息しているヒキガエルを、最も目にする機会が多いのはやはり繁殖期だろう。
ヒキガエルは3月の初旬ぐらいになると冬眠から目覚めて、繁殖のために自分の生まれた池へ移動を始める。


都市部ではその移動の途中で、車にひかれてぺちゃんこになっている姿をよく見かける。


里山では車にひかれることはないが、ヤマカガシを初めとするヘビなどの天敵に襲われて命を落とすこともある。
どちらにしてもヒキガエルにとって、池への移動の道のりは命がけなのだ・・・・・・。


ヒキガエルはメスの数がオスに比べて極端に少ない。
このため繁殖地の池ではメスを取り合って、多くのオスがメスの背中の上で団子状になってもつれている。


オスはもつれ合いながらライバルのオスを足で蹴り飛ばし、なんとかメスを死守しようと必死なのだが、次々と別のオスが飛びついて来て、組んず解れつの状態が続き、いつまで経っても決着は付かない。


このメスの取り合いを「カエル合戦」と呼ぶ地域が多い。


この時期のオスは動くものなら何にでも抱接(メスの背中におんぶして抱き着くこと)しようとするので、時には池畔で冬眠している巨大なウシガエルをメスと間違えて抱き着いてしまったりもする。


同種間のリリースコールがないので、ウシガエルはいつまで経っても放してもらえない。
まだ、うたた寝中だったウシガエルにしてみれば迷惑なことこの上ないだろう・・・・・・。


ヒキガエルのオスの抱接する力は強く、時にはメスを絞め殺してしまうこともあるそうだ。


先にも書いた通り、ヒキガエルはメスの数がオスに比べて極端に少なく、オスはライバルにメスを取られまいという気持ちが強すぎて、自分でも気付かないうちにメスを絞め殺してしまっていたというところなのだろう。


カエル合戦では激しくメスを奪い合い、抱接をした状態のまま、何かの拍子にひっくり返ってしまうこともある。


その裏返しになった姿は、正に総合格闘技のチョークスリーパーそのもので、メスのボディーにガッチリとオスの腕が食い込んでいるのが分かる。


繁殖のためとはいえ、最後までタップ(ギブアップの意思表示)しないメスの根性はカエルとは言え尊敬に値する。


このように、ヒキガエルは繁殖のために池へやって来るのも命がけ、池で繁殖相手と出会ってからも命がけなのである・・・・・・。


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カエル合戦が終わって静かになった池には、まるで「ところてん」のようなひも状の卵塊が、池畔を覆うように漂っている。


小さな池だと、それこそ池面全体をヒキガエルの卵塊がびっしりと覆ってしまう。
この「ところてん」の中に卵が入っていて、一匹のメスが1500~8000個の卵を産むと言われている。


一つの池に一匹のメスしか来ないなんてことはまずないので、当然複数のメスが卵塊を産んで行くことになる。
だから池面を覆ってしまうほどの卵塊が出現することになるのだ。


それは毎年見慣れている人なら、「ああ、今年もヒキガエルが卵を産む季節になったんだな~」くらいにしか思わないだろうが、初めてそれを目撃した人にはかなり衝撃的で異様な光景に見えるようだ。


ましてやカエルについて興味や知識が全くない人だったらなおさらで、「この池でいったい何が起きているんだろう」と、一種の恐怖のようなものを感じる人もいるようなのだ・・・・・・。


「カエルの卵」という言葉から、多くの人が想像するのは、ゼラチンに包まれた小さな丸い卵が、一つ一つくっ付きあって、手のひらサイズくらいの大きさで、ひと塊になっているようなイメージだと思う。


ところがヒキガエルの卵塊は細長いひも状なので、「これはいったい何なんだ!?」ということになる。


正体の分からないものほど、人は想像力をかき立てられるらしく、過去には「UFOや宇宙人の置き土産だ」とか、「池の底から何かがにょろにょろと湧き出して来ているのだ」などと言い出す人もいたのだとか。


自然と接する機会の少ない都市部ならではのエピソードである・・・・・・。


さて、この池の中の「ところてん」はヒキガエルの卵である。
卵と言うことは、この後、当然オタマジャクシが生まれて来ることになる。


先程、一匹のメスが産む卵の数は、1500~8000個と書いた。
と言うことは、単純計算で一匹のメス当たり、1500~8000匹のオタマジャクシが生まれて来ることになる。


池には多くのメスが産卵にやって来るので、卵が一斉に孵ったら想像を絶する数のオタマジャクシが生まれて来るという訳だ。


「ところてん」のような細長い卵塊が、池面を埋め尽くしている光景も衝撃的だが、じつはオタマジャクシが孵ったあとの池の光景も凄いことになる。


オタマジャクシはある程度の大きさになるまでは、水深の浅い岸の方に集まって密集している。


このため、少し離れた場所から池を見ると、岸側の水面が真っ黒に見える。
何だろうと思って近付いてのぞき込むと、黒くて丸い謎の物体が池面を埋め尽くしているように見えるのだ。


あまりにも沢山のオタマジャクシが、折り重なるようにうごめいているので、オタマジャクシの尾の部分が見えず、ただ、ただ、黒くて丸い謎の物体が、岸辺に集まっているように見えるという訳だ。


で、都市部ではまたしても、「これはいったい何なんだ!?」と思う人が出て来ることになるのである・・・・・・。


数年前、里山のため池で、ヒキガエルのオタマジャクシが岸辺に集まっている光景があまりにも壮観だったので、何枚も写真に撮って、家に帰ってから家族に見せたことがあった。


私としては、「すごいね、こんなにいたの?」とか、「春だね~」というコメントを期待していたのだが、返って来たコメントは、「なにこれ?」とか、「なんで小豆の写真なんて撮ったの?」とか、「これじゃあ、小豆を洗った後に何を作ったのか分からないじゃん」といったものだった。


そう言われてみれば、確かに小豆に見えなくもないが・・・・・・。


(画像上はヒキガエルのカエル合戦。オスがメスの背中に飛びつこうとしているところ。画像下は田んぼで見られるヤマアカガエルのオタマジャクシ。ヒキガエルのカエル合戦が始まるころ、ヤマアカガエルはすでにオタマジャクシが見られる。カエルの仲間は繁殖の時期をずらすことで他種のオタマジャクシと競合しないようにしている)

2017年8月20日 (日)

オーレイ!

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小学生の頃、私は日直の日が憂鬱で大嫌いだった。


日直は朝の会、帰りの会の号令をはじめ、黒板の文字を消したり、配布物を配ったり、担任の先生から雑用を頼まれたりと、一日を通して何かと仕事があった。


当時私は「生きもの係」をしていたので、クラスの誰よりも朝早く登校し、一時間目が始まる前までに、クラスで飼っていたセキセイインコとカエルとカメの世話を済ませなくてはならなかった。


セキセイインコは2羽飼っていて、一日分のフンがたまった新聞紙を交換して、エサの殻を吹き、飲み水を変えるのだが、今思えば一番手がかからなかったのがセキセイインコだった。


カエルは当時近所にあった小さな池で誰かが捕まえて来て、大きな飼育ケースに4~5匹飼っていた。


カエルの飼育ケースは砂利で作った陸地と、水を張った部分を作ってあって、フンやエサの食べ残しで汚すので、定期的に砂利を洗い、毎日水を換える必要があった。


ちなみにカエルのエサの昆虫を捕って来るのは、カエルを捕まえて来た者たちの担当と決められていた。


カメは1匹しかいなかったが、カエルと同様に水が汚れると、悪臭や病気の原因となるので水は毎日変えていた。


また、カエルとカメの飼育ケースはたまにスポンジで洗ってやらないと、ケースの壁面がじょじょに深緑色になって行き、何を飼っているのかさえ分からなくなり、みんなに不気味がられることになる。


学校に人より早く登校して生き物の世話をしているのに、朝の時間だけでは終わらず、昼休みに飼育ケースを洗ったりすることもしばしばあった。


生き物が好きだからと言う理由で選んだ生きもの係だったが、正直こんなに激務だとは思ってもみなかった。
そんな激務の生き物係に日直の仕事は余計だと私は常々思っていた・・・・・・。

 

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そんなある日、私は生きもの係の仕事と日直の仕事を掛け持ちへとへとになっていた。
残る仕事は帰りの会終了後の、「きりつ、きをつけ、れい」の号令だけだ。


担任の先生の話も終わりにさしかかり、私は「これでようやく帰れる」と少しホッとしていた。


しかし、それと同時に、いや~な緊張感に包まれている自分がいることにも気付いていた。
私は子供のころ、人前で発言したり、号令をかけたりすることがすることがどうも苦手だったのだ。


「それではこれで帰りの会を終わります」という先生の言葉を待って、私は少々緊張しながら、「きりーつ!」と号令をかけた。
私は緊張していたが声が上ずったりせずに、思いのほかうまく言えた自分に少し驚いていた。


私はこの勢いのまま、「きをつけ、れい」も言ってしまいたかったのだが、こういう時に限ってもたもたしているやつが必ずいて、私はイライラしながら「早く立て!」と心の中で思っていた。


そう思っていたのは私だけではなかったようで、担任の先生が「早く立ちなさい!」と私の気持ちを代弁してくれた。


私は「KとMめ、早く立たないから怒られるのだ、ざまあみろ!」と思いながら全員起立したのを確認し、「きをつけ!」と号令をかけた。


私は緊張しているにもかかわらず、何と素直な「きをつけ」が口から奏でられたのだろうと感動していた。
よくスポーツ選手が「緊張感を味方に付ける」とか言っているのは、きっと、こういうことなのだろう。


この分なら「れい!」もあっさりクリア出来るに違いない。


私は「きりつ、きをつけ」の完成度が思いのほか高かったので、ここは高得点を狙うためにも、「れい」はより美しい発音の「れい」でなくてはならないと思い始めていた。


そして、私がいま正に「れい」と言おうとした瞬間、誰かが筆箱を落とし、鉛筆やら消しゴムやら、定規やらが、床にじゃらじゃらと散乱した。


おっちょこちょいのYがそれを片付けている間、皆がだれて来ているのが分かった。


Yが筆箱を片付け終わり、再び「きをつけ」をして、「れい」と言おうとしたところで、今度はAとTが話をしていて、担任の先生が「もう終わりなんだからちゃんとしなさい!」と注意し始めた。


私はもうこのまま「れい」と言ってしまいたかったので、口の形を「れい」の「れ」の形にしたままスタンバイしていた。


私は今度こそ何があっても、「れい」と言ってしまおうという強い決意のもと、「れ」と発音しようとしていた。
ところがまたしても、先生に注意される者がいて、私は「れ」の形の口を少しすぼめた。


そうしないと、よだれがこぼれ落ちそうだったのだ。


この時、私は舌の形は「れ」の発音をスタンバイし、口はよだれが出ないように先ほどより少しすぼめていたので、「れ」というよりも「う」に近い状態だった。


先生は「じゃあ、気を取り直して、きをつけ!」まで言って、私に目配せをした。


私はここぞとばかりに「れい!」と大きな声で言った。


ところが、うっかり口をすぼめたまま、「う」の口の形で「れい」と言ってしまったため、「う~っれいっ!」などと言ってしまい、まるで「オーレイ!」と言っているようになってしまい、一同大爆笑となった。


先生も涙を流して笑っていたので、よほど面白かったに違いない。


クラスで飼育しているセキセイインコが、口癖の「何で?」を連発して、「何で?何で?何で?」と言っていたが、そんなこと私の方が知りたいよ・・・・・・。


(画像上は葉っぱで休憩中のアマガエル、画像下は草の陰に隠れていたフキバッタ)

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