カテゴリー「木の実、草の実」の記事

2026年6月 3日 (水)

どこにしまったか忘れる・・・

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私は物をどこにしまったかよく忘れる。


忘れても思い出せればいいのだが、いくら考えても、一向に思い出せないから困ってしまう。


ちなみにこれは年齢は関係なく、若いときからずっとそうである・・・・・・。


しまった場所を忘れるのは、たいてい文房具である。


例をあげるなら、ハサミやスティックのりなどがそうである・・・・・・。


ハサミが見つからないときは、カッターでどうにか代用出来るので、まあいいのだが、スティックのりがないときは非常に困る。


封筒に封をするぐらいなら、セロハンテープで代用可能だが、書類に「コピーしたものを、のり付けして送って下さい」などと書いてあると、やっぱりのりじゃなきゃまずいと思うのだ・・・・・・。


しかし、スティックのりというのは、めったに使うことがないため、一度引き出しなどにしまい込むと、次に使うまでのスパンが非常に長い。


しょっちゅう使っていれば、しまってある場所を忘れることなんてないのだろうが、前回使ったのは3ヶ月前なんてことになって来ると、もうどこにしまったかなんて全く覚えていない・・・・・・。


運よく見つかった場合も、安心してはいられない。


ずっと使っていなかったからか、のりが乾燥してカチカチに固まってしまっていて、使い物にならないなんてことがよくある・・・・・・。


同様の理由で、しまった場所を忘れてしまう文房具に、ホチキスの種とクリップがある。


ホチキスはホチキス本体も行方不明になることがあるが、それよりも難敵なのがホチキスの種の方だ・・・・・・。


ちなみにホチキスの種は、正式には「ホチキスの針」というのだそうだ。


私は子供の頃から、ずっと「ホチキスの種」と呼んでいたので、こちらの方で話を進めさせていただくことにする・・・・・・。


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ホチキスの種が行方不明になるのは、パッケージが小さすぎることが、その要因の1つだろう。


消しゴムぐらいの大きさしかないため、他のものといっしょにしまってあると、周囲の物に埋もれてしまい、目に付かなくなってしまうのである・・・・・・。


ホチキス本体があるのに、ホチキスの種が見つからない時ほど、歯がゆいことはない。


止まるはずもないのに、書類の端っこを空のホチキスでパチンとやって、「ハァ・・・」とため息をつく経験を何度したことだろう・・・・・・。


同様の理由から、クリップも見つからない。


クリップは1ケースで買っても、せいぜい消しゴム2つ分程度の大きさで、やはり周囲の物に埋もれてしまい、どこに行ったのか分からなくなる・・・・・・。


電池もどこにやったか分からなくなる。


電池は12個パックとかで買っているので、未使用の時ほど横に長い。


これだけ長ければ、見つからないわけはないだろうと思うのだが、どういうわけか、しまってあるはずの場所をいくら探しても出て来ない。


「いやいや、そんなわけはないだろう・・・」と、ひとり言をいいつつ、引き出しの中をガチャガチャとかき回すのだが、そういうときに限って、いまは使う予定のない、ホチキスの種が出て来て、「ほら、やっぱりここに入ってんじゃん!」などと、勝ち誇ったような顔をする。


しかし、いま必要なのは電池なのだ。


電池は昭和の頃は、単1、単2など、大きなサイズの出番が多かったが、いつの間にか小さく細身の単3がメインになって、探している時に見つからない品物にランクインした。


「昭和の頃は電池がでかかったから、なくしようがなくてよかったよな~」なんて思ったりする・・・・・・。


ちなみにうちでは、今日ご紹介した、スティックのり、ホチキスの種、クリップ、電池は、必要な時に探しても出て来た例しがなく、かなりの確率で、その都度、新しいものを購入している。


その結果、どうでもいい時に、部屋のあちこちから、それらの物がザクザク出て来る。


それにも関わらず、次に探す時には、もうあったはずの場所からなくなっていて、毎回毎回、同じことを繰り返すことになるのである・・・・・・。


(画像上、独特の香りを放ちながら、シラカシの花が咲いている・・・・・・。画像下、一方、ビワはいまが果実の旬の時期になる・・・・・・)


2026年2月 4日 (水)

掘ったイモいじくるな!

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1985(昭和60)年に雪印から、ユニークな名前のアイスバーが発売になった。


その名も「掘ったイモいじくるな!」。


思わず、「は?」と聞き返してしまうような、アイスらしからぬ名前だ・・・・・・。


パッケージには、「掘ったイモいじくるな!」と大きく書かれていて、背景は青空と畑が広がっている。


そしてパッケージには、その畑で収穫したと思われるサツマイモと、サンタクロースのような、真っ白いフサフサとした髭をたくわえた、麦わら帽子を被ったおじいさんが描かれている。


そして、おじいさんの左側には、なぜか牛が1頭いて、右側には畑から顔を覗かせている、モグラが描かれていた。


これだけ見ると、いったい何のことやら、さっぱり分からないのだが、このパッケージのイラストは、そのままテレビCMのアニメーションに採用されていた・・・・・・。


で、どんなCMだったのかというと、冒頭から男性の声で、「掘ったイモいじくるな~♪」、続けて子供の声で、「掘ったイモいじくるな~♪」という歌が延々と流れ続ける。


そして畑の真ん中を、アイスバー片手に歩いて来るおじいさん。


おじいさんの後方には、なぜか牛の姿。


前方にはサングラスをかけた、いかにも悪役っぽいモグラが不適な笑みを浮かべている。


そしてその手には、おじいさんが畑から掘り出したと思われるサツマイモが握られている。


すると次から次へとモグラが出て来て、おじいさんが掘ったサツマイモを取っていくではないか。


それを見て目が点になるおじいさん・・・・・・。


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するとここで実写映像に切り替わり、おじいさんが片手に持っている白いアイスバーと同じものと思われる、アイスバーが映し出され、「ミルク味」と表示される。


続けてパッケージに入った状態のアイスバーが映し出され、「ソーダ味、チョコ味もよろしく」というテロップ。


そして子供の声のナレーションで、「おもしろアイス、掘ったイモいじくるな、新発売!」と流れ、CMは終了となる・・・・・・。


ところで、すでにお気づきのかたも少なくないと思うが、「掘ったイモいじくるな!」は、「ミルク味、ソーダ味、チョコ味」の3種類である。


パッケージのイラストやCM、そして何よりも、商品名で大きくアピールしていたサツマイモは、いったいどこへ行ってしまったというのだろう。


「もしかして、ベースにサツマイモが使われているとか?」などと思ってはみたものの、じつのところ、サツマイモとはいっさい何の関係もないと来ている。


きっと当時は日本中の人が、「は?」と思ったことだろう・・・・・・。


ところで、この「掘ったイモいじくるな!」のネーミングだが、私はずっとどこかで聞いたことがあるような気がしてならなかった。


で、ことあるごとに、「何だったかな~?」と考えていたところ、ふと、1980年代に流行った、英語の空耳のフレーズを思い出した。


それは「掘ったイモいじくるな!」ではなくて、「掘ったイモいじるな」だったのだが、これを英語にすると以下のようになる。


what time is it now?


直訳すれば、「いま何時?」といった意味合いになる。


すなわち、「ホワッタイムイズイットナウ→ホッタイモイズィルナゥ→ホッタイモイジルナ」となるわけだ。


もしかしたら、「掘ったイモいじくるな!」の元ネタは、これなんじゃないかと思ったりする。


商品の発売時期と、空耳のフレーズが流行った時期が一致していることからも、個人的にはその可能性が高いんじゃないかと思うのだが、実際のところは雪印の人に聞いてみなければ分からない。


しかし、「掘ったイモいじくるな!」は、いまから40年も前の商品だ。


これを企画した社員さんが、いま現在も会社に残っているかどうかは、かなり微妙なところだろう・・・・・・。


(画像上、シナマンサクがもうすぐ見ごろに・・・・・・。画像下、センダンの果実がたわわに実っていた・・・・・・)


2025年11月 5日 (水)

お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・

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昭和の子供たちは、何か悪さをしたりすると、親から「お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・」といわれることがよくあった。


いわれた方は、相当な衝撃で、狂ったように泣き叫ぶことも少なくなかった。


あまりのショックで、数日そのことを引きずり、暗闇の中をさまよい続けたものである・・・・・・。


後日、気持ちが落ち着いてから、そのことを友達に話すと、「それ、俺もいわれたことがある!」と予想外の返答。


「えっ!」と思い、念のため他の友人にも聞いてみると、「ぼくもいわれた」、「わたしもいわれた」と、「橋の下から拾って来た子供」が、あれよあれよという間に増殖していく。


「もしかして、赤ん坊って、橋の下から拾って来るものなんじゃないのか?」と思えるほどである・・・・・・。


ちなみに、「どこに捨てられていたか?」については、やはり「橋の下」が最も多かったようだが、「大きな木の下」や「分かれ道」、「畑」など、ご近所のお馴染みのスポットをいわれたという人も少なくなかったようだ。


むしろその方が、リアリティーがあって、怖かったかもしれない・・・・・・。


大人になって、よくよく考えてみれば、そもそもの話、うちの近所には、川なんてなかったのだ。


川がないのだから、当然のことながら橋もない。


強いていうなら、歩道橋ならあったが、近所の歩道橋の下に赤ん坊が放置されているところなんて見たこともない。


歩道橋の下でよく見かけるものといえば、髭面のいつもの浮浪者ぐらいである・・・・・・。


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ところで昭和の親たちは、なぜ、「お前は橋の下から拾って来た子供だから・・・」なんてことをいったのだろう。


じつはこれにはちゃんと理由があって、桃太郎や一寸法師の昔話を読んでも分かる通り、日本では昔から水は神聖で尊いものと考えられていた。


川の水というのは、湧き出した水が、あちこちから集まって来て、それが合流して、1つの大きな川の流れとなる。


そんな「命を育む水」が、「お前は橋の下から拾って来た」のルーツの1つではないかと考えられている・・・・・・。


そして、もう1つのルーツは、昔の日本で行われていた「拾い親」の風習。


昔の日本では、子供の厄や病気が親にも影響があると考えられていた。


このため、一度子供を捨てることで、その子の厄や病気を切り離そうとした。


と、いっても、本当に子供を捨てる訳ではなくて、捨てるまねごとをして、実際は親戚の人や、近所の人に拾ってもらうのだ。


そうすることで、その子が健康に育つことを願うという風習があった。


この「拾い親」の風習を模して、「お前は橋の下から拾って来た」のセリフが生まれたのではないだろうか・・・・・・。


すなわち、「お前は橋の下から拾って来た子供だから、そんな悪さをするのだろう。うちの子供だったら、そんなことは絶対にしないはずだ」と諭していたと考えられる。


子供の頃は、「自分の子供に、何でそんなひどいことをいうのだろう?」と思ったものだが、そのセリフの背景には、昔の日本の風習や考え方が、「ギュギュッ!」と詰め込まれていたのである・・・・・・。


(画像上、タイワンホトトギスが次々と花を咲かせて見ごろになった・・・・・・。画像下、アオギリの袋果は知らない人が見たら、枯れ葉のように見えるかもしれない・・・・・・)



2025年10月22日 (水)

図書券

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昭和の頃は入学祝いや卒業祝いに、図書券を贈るのが定番だった。


といっても、それは大人の側の話であって、子供はただ単に手渡された祝儀袋を、「どうもありがとう」といいながら受け取るだけの、いわば儀式のようなものだった・・・・・・。


ちなみにここでいう図書券とは紙の図書券のことである。


図書券は私の記憶では、全体が淡い桜色をしていて、中央に「図書券¥500」という文字がプリントされていて、右側には十二単のような装束をまとった女性が、小さな座卓に向かって書き物をしているデザインだったと思う。


図書券は紙質もよくて、金額も書かれていたこともあって、「書店限定で使えるお金」という認識だった・・・・・・。


ちなみに図書券の発行元である「日本図書普及」によると、「贈られた側が、自分の好きな本を選べる仕組み」として、図書券が誕生したとのこと。


本そのものをもらっても、自分がすでに持っている本だったり、全く興味のないジャンルだったりすると、読まずに本棚へ直行することになる。


これでは本を贈られる意味がないではないか。


それを考えると、図書券は画期的なシステムだったといえるだろう・・・・・・。


そんな図書券なのだが、「入学祝い」や「卒業祝い」以外の場面でも贈られることがあった。


ズバリいうなら、それは「お年玉」だ。


お年玉を「はい!」と差し出された時、通常のポチ袋ではなく、無地の封筒だったりすることがたまにあった。


そんな時は高額紙幣がごっそり入っている予感がして、早く家に帰って、封筒を開けてみたい気持ちを抑えきれず、親戚の家の客間で、一人、ほくそ笑んだりしていたものである・・・・・・。


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ところがこの「無地の封筒」というのが大きな落とし穴なのだ。


帰宅後、もらったお年玉を確認するべく、まずは封筒の上から指で摘まんで、感触を確かめる。


するとこちらが想像していた以上に分厚い。


「これは万札なら5~6枚はあるぞ!」などと思い、嬉しさのあまり、「ウヒャァ~!」などと声を上げそうになる・・・・・・。


しかし、ちょっと待てよ。


ここはちょっと冷静になるべきだ。


中身が万札とは限らないではないか。


千円札の可能性だってあるわけだ。


それなら10枚入っていたって1万円だ。


いや、それでも小学生ごときに、1万円も入れてくれる大人は、そうそういない。


こいつは大当たりに違いない。


そしてドキドキしながら、白い封筒を開封すると・・・。


「え?」と思いながら、中身を取り出すと、「図書券¥500」と書かれた紙が10枚入っていた・・・・・・。


そう、封筒に入っていた枚数は当たっていたのだ。


ただ、中身と金額については、全部「はずれ」だった。


憲法改正で、「お年玉に図書券は認めない」ことにして欲しいものである・・・・・・。


ところで、図書券に描かれていた、十二単のような装束をまとった女性についてだが、当時は紫式部や清少納言だと、信じて疑わない人がほとんどだったと思う。


ところがこれは、「平安時代の女流作家」がモチーフになってはいるが、じつは架空の人物なのだそう。


「結局のところ、何一つ当たっていなかったのだな~」と思うと、何だかいまさらながら、ちょっと虚しいものである・・・・・・。


(画像上、クヌギのどんぐりは丸くて大きく見応えがある・・・・・・。画像下、シラカシのどんぐりはクヌギのどんぐりよりもずっと小さい・・・・・・)



2024年9月26日 (木)

コーヒービート

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▲コーヒービートは1971(昭和46)年に発売になった。そしてその発売当時から、パッケージのデザインはほとんど変わっていない・・・・・・。

昭和の頃はどういう訳か、コーヒー味のお菓子が人気で、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


超ロングセラーとなっている、「コーヒービート」もその中のひとつで、1971(昭和46)年3月に明治製菓から発売になった。


コーヒービートは筒状の容器の中に、コーヒー豆の形をした、子供でも美味しく食べられる、ミルクコーヒー味のチョコレートがたくさん入っていて、一粒食べると止まらなくなったものである。


コーヒービートのパッケージは、昭和の頃からほとんど変わっていないが、発売当初の容器は紙ではなくプラスチックで、六角形の茶色い蓋がはめられていた。


私が物心ついた頃には、もう現在のような紙製の容器になっていたので、プラスチック製の容器が使われていた期間は、コーヒービートの長い歴史からしたら、ほんの一瞬だったのだろう・・・・・・。


ところでこのコーヒービート、中身のお菓子を食べ終わった後の空き容器も、何かと使い道があって、当時の子供たちは捨てずに取っておいたものである。


で、こんなものを一体何に使っていたのかというと、様々な小物を一時的に保管するために使っていたのである。


「小物の保管」などというと、「コーヒービートの空き容器に1つ1つラベルを貼って、机の中のものを分かりやすく整理整頓するのに使っていたのではないか?」と想像されるかたも少なくないと思う。


しかし、馬鹿ばかりやっていた、昭和の男子小学生が、そんな几帳面なことをするわけがない。


では、いったい何に使っていたのか・・・・・・?


使い方は人それぞれだったが、1つ例をあげるなら、野原に行って、オナモミの実(ひっつき虫)を採集して来て、コーヒービートの容器に入れておく。


そして敵(という設定の友達)を発見した時に、背後からそっと忍び寄り、コーヒービートの容器からオナモミの実をサッと取り出し、相手にこっそり投げつけるのだ。


投げつけると言っても、思いっ切り投げつけるのではなく、敵に気付かれないように、そっと山なりに投げつけるのである。


そして注意しなければいけないのは、相手に「おや、いま背中に何か当たったような気がするぞ?」と勘付かれてはいけないことだ。


あくまでもそ~っと投げつけるのである・・・・・・。


そこで相手に気付かれなければしめたものだ。


2つ、3つと、立て続けにオナモミの実を投げつけていく。


そうすると、彼の背中は、いつしかオナモミの実がいっぱい張り付いている状態になる。


そして、ここまで来れば、とりあえずはミッション達成ということになる。


あとは彼が家に帰る前に誰かと出会い、背中のオナモミのことを指摘され、「え~~~っ⁉」と仰天することになろうが、帰宅後に母ちゃんに、「あんた、いったいどこを歩いて来たの!」と怒られようが知ったこっちゃない。


翌日、学校で彼から、「昨日、こんな不思議なことがあってさあ・・・」という話を聞かされるのを楽しみに、ニヤニヤしながら布団に入るのである・・・・・・。


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▲コーヒービートはコーヒー豆の形をした、ミルクコーヒー味のチョコレートだった。そのリアルな形が何ともおしゃれで、人気に一気に火がついたのだろう・・・・・・。

また、コーヒービートの容器は、野山で採集した昆虫を家に連れて帰るまでの間、一時的に保管しておくのにも重宝した。


「でも、コーヒービートの容器じゃ、狭すぎるんじゃないの?」と思われるかもしれないが、じつはこの狭さが輸送には好都合なのである。


どういうことかというと、コーヒービートの容器は細いので、中の昆虫があまり動き回れないため、暴れて足がもげてしまったり、移動中の揺れで、容器の壁に激突して、ダメージを負ったりするリスクが少なくてすむのだ。


そして、ここで注意しなければいけないのは、採集した昆虫を入れるのは、1つの容器に1匹までにしておくということだ。


なぜかというと、この細くて狭い容器の中に、複数の昆虫を入れてしまうと、互いに相手を攻撃してしまい、双方が怪我を負ったり、下手をしたら死んでしまいかねないからだ・・・・・・。


また、容器に昆虫を入れたら、中の昆虫が動けないように、ティッシュなどを詰めて、容器の空間を調整した方がいい。


こうしておけば、移動中に容器が揺れても、中の昆虫が滑って動いてしまうことはなくなり、より安全に家まで移動させることが出来るのだ。


私は子供の頃、虫好きだったので、この方法で家に連れ帰った昆虫は多種に及んだが、中でもクワガタやカマキリ、バッタは、毎年のように飼育していたものだ・・・・・・。


また、私には全く記憶がないのだが、母が言うには、私は4~5歳の頃、なぜか庭のダンゴムシに興味を持ち、一日中、庭にしゃがみ込んで、熱心にダンゴムシを観察していた時期があったのだという。


そんなある日、座卓の上にコーヒービートの容器が転がっているのを見つけた母は、テレビドラマを見ながら、コーヒービートを食べようと、何気なくその容器を手に取った。


そして、視線はテレビ画面から外さずに、おもむろにコーヒービートの容器から蓋を外した。


そして右手に持った容器を揺すって、左の手のひらにチョコレートを数粒取り出そうとしていた。


すると思いのほか、たくさんのチョコレートが左の手のひらに出てしまったと感じた母は、チョコレートを少し容器に戻そうと、テレビから自分の左手に視線を移した。


すると次の瞬間、「ウギャ~~~!」という母の叫び声が部屋の中にこだまし、お昼寝をしていた私は、たたき起こされるハメになったのだという。


じつはコーヒービートの容器から出て来たのは、コーヒー豆の形をしたチョコレートではなく、私が庭で捕まえた、おびただしい数のダンゴムシだったのだそうだ。


そしてこの時、錯乱した母は、あろうことか左手のダンゴムシを、思わず投げ捨ててしまい、その後、部屋に散らばったダンゴムシを、1時間かけて拾い集めるハメになったのだという。


そして、全てのダンゴムシを回収した母は、ヘトヘトになって座卓の前に座り込んだのだった。


そしてそのとき思わず口を突いて出た言葉は、「あのまま、口に放り込まなくて、本当によかった・・・・・・」だったそうである・・・・・・。


2022年12月 1日 (木)

「謎フレーズ探偵」ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 ②

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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」

やめてよして触らないで
垢がつくから
あんたなんて嫌いよ
顔も見たくない(フン)


前回はこの「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」の、オーソドックスな歌詞のものを3つほどご紹介した。


恐らく多くのかたの記憶に残る「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、この基本の構成のものだと思う。


ところが「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、ここから基本の構成を少しずつ崩しながら、歌詞が変化して行くことになるのだ。


で、今回からは、当時の小中学生クリエーターの手によって、少しずつ変化して行く歌詞について書いてみたいと思っている・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 D」

よらないで触らないで
垢がつくから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


この歌詞Dでは冒頭の歌詞が大きく変わっている。


基本の構成では「やめてよして触らないで」と、近付いて来ようとする男子に対して、「こっちに来ないで」的な意味合いで歌われている。


ところがこの歌詞Dでは、いきなり「よらないで触らないで」と、言い方がさらに強くなっていて、「そこから一歩も動くな!」的な意味にとれるのである。


この男子はいったい過去に何をして、彼女にそこまで嫌われたというのだろう。


その場から動くことすら許されない男子が不憫でならない。


まあ、自業自得なのだろうが・・・・・・。


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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 E」

やめてよしてしゃべらないで
つばが飛ぶから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


歌詞Dでは冒頭の歌詞だけが変化していたが、この歌詞Eでは「原因」についても、すっかり変化してしまっている。


まず、基本の構成の歌詞では、「やめてよして触らないで」と始まるところが、歌詞Eでは「やめてよしてしゃべらないで」と歌われている。


なぜ、しゃべってはいけないのかと思ったら、「つばが飛ぶから」だという。


きっとこの男子は、つばを飛ばしながらしゃべる癖があるのだろう。


しゃべることすら許されない、彼の唯一のコミュニケーション手段は、どうやら「筆談」ということになりそうだ。


まあ、そこまでして、嫌われている彼女としゃべりたいと思うかどうかは疑問だが・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 F」

触らないで動かないで
フケが舞うから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


どうでもいいけど、この歌詞を見ると、あらためて「ひでぇ歌だなぁ」と、思わず笑ってしまう。


今だったら、「そんな歌、うたっちゃいけません!」と、絶対に大人に止められているだろう。


ビビディ・バビディ・ブーの軽快なメロディに乗せて歌われているから、歌詞の過激さが軽減されて、ソフトに聴こえているが、こうして歌詞だけをみたら、「フケが舞うからその場から一歩も動くんじゃねぇ!」と言っているだけなのだ。


この男子はよっぽどのフケ症だったのだろうか・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」は、このように基本の構成を少しずつ崩しながら、歌詞が変化して行くのだが、最終的にはもともとの替え歌の趣旨が分からなくなるほど変化してしまう。


という訳で、次回は元の替え歌の原形すら留めていない、究極に進化した歌詞についてご紹介してみたい・・・・・・。


(画像上、道端で咲くタイワンホトトギスの花。画像下、イチョウの木の下にはおびただしい数の銀杏が・・・・・・)



2022年10月14日 (金)

「謎フレーズ探偵」アルプス一万尺の替え歌 ④

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前回までは「アルプス一万尺の替え歌」の様々な歌詞のバリエーションについて書いて来た。


そして今回は基本から外れたちょっとイレギュラーな歌詞のものをご紹介してみたいと思う。


で、まずは比較用として、「アルプス一万尺の替え歌」の、オーソドックスな歌詞のものを1つご紹介しておくので参考にして欲しい。


「アルプス一万尺の替え歌(オーソドックスなもの)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
大事なパンツに穴開けた(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
大事なパンツは博物館


オーソドックスな歌詞のものは、歌詞が前半部分(「ヘイ!」という掛け声のところまで)と、後半部分に分かれているのだが、後半部分はなぜか「知らない」というかたも少なくなかった。


で、今回の本題となるイレギュラーな歌詞のものがこちらになる(↓)。


「アルプス一万尺の替え歌(イレギュラーな歌詞)①」

田舎のじっちゃんばっちゃん
トイレに入って
紙がないから
手で拭いた(ヘイ!)
ラーララ ラララララ
ラーララ ララララ
ラーララ ラララララ
ララララ ラー


私はこの歌詞を見て、「あれ?」とすぐにあることに気付いた。


冒頭の「田舎のじっちゃんばっちゃん」まではいいとして、その後の歌詞はなんだかどこかで見たことがあるような気がするのだ。


そこで記憶の糸を手繰って行くと、これって以前調査した、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」のフレーズにそっくりなのだ。


ちなみに「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」では、「みっちゃんみちみちうんこたれて 紙がないから手で拭いて もったいないから舐めちゃった」と歌われている。


このイレギュラーな歌詞のものは明らかに、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けていると考えていいと思う。


しかし、それが意図的なものだったのか、混同して伝わってしまったものなのかは残念ながらよく分からない。


で、このイレギュラーな歌詞のものは、後半の歌詞は「アルプス一万尺の手遊び歌(元歌)」と同様に、シンプルに「ラ」のみで歌われて行く。


ただ、今回の調査では、後半の歌詞がない例も見られた。


また、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けたと思われる歌詞には、次のようなバリエーションもあった。


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「アルプス一万尺の替え歌(イレギュラーな歌詞)②」

隣のじっちゃんばっちゃん
トイレに入って
ティッシュがないから
手で拭いた(ヘイ!)


まず、冒頭の「田舎のじっちゃんばっちゃん」が、「隣のじっちゃんばっちゃん」に変化していることが分かる。


しかし、これについては、オーソドックスな歌詞のものも、両方の歌詞がバリエーションとして存在していた。


次に①の「紙がないから」というフレーズが、②では「ティッシュがないから」というフレーズに変化している。


これについては、人から人へ伝わって行く際に、まるで伝言ゲームのように、どこかのタイミングで、変化して行ったものと思われる。


また、②の歌詞では、後半の歌詞の「ラーララ ラララララ・・・」はなくて、前半の歌詞だけで全てが完結していた。


このようにイレギュラーな歌詞①、②は、明らかに「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けていることが分かる・・・・・・。


で、影響を受けていると言えば、オーソドックスな歌詞の2行目、「イモ食って屁こいて」というフレーズも、どこかで聞いたことがあるような気がする。


で、こちらも記憶の糸を手繰って行くと、以前調査した「学年の数え歌」に全く同じフレーズがあった。


ちなみに「学年の数え歌」では、「一年、イモ食って屁こいて」と歌われている。


このように子供の替え歌というのは、他の替え歌に歌詞の一部を流用していることがままある。


そしてこのことがより一層、歌詞の謎を深めることになるのである・・・・・・。


ちなみに前回は本文では特に触れなかったが、この「イモ食って屁こいて」というフレーズは、「屁して」、「屁こいて」、「屁ふって」、「屁たって」などのバリエーションがあった。


意味としては全く同じなのだが、住んでいる地域によって、方言に置き換えられて歌われていたようである。


ちなみに私が子供の頃に聞いた記憶があるのは、「屁して」と「屁こいて」の2パターンだった。


恐らくもっと広い範囲で調査をして行けば、更に多くのバリエーションが出て来るのだろう。


という訳で、4回に渡って書いて来た、「アルプス一万尺の替え歌」だが、とりあえず今回で完結ということになる・・・・・・。


(画像上、気温が下がって、ハギの花が目立ち始めた。画像下、クヌギのどんぐりが落ちる季節になった・・・・・・)


2021年10月 1日 (金)

「謎フレーズ探偵」レインボーマンの替え歌 ①

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「謎フレーズ探偵」の記事を書く時に、いつも情報提供でお世話になっているAさんに、「レインボーマンの替え歌も調査してみたら面白いんじゃない?」と提案してもらった。


ところが、どういう訳か私は、Aさんの言う「レインボーマン」については、どんなに子供の頃の記憶を掘り返して見ても、まったく思い出すことが出来なかった。


ストーリーはおろか、主人公がどんな姿をしていたのかすら思い出せないのだ。


そこでちょっと調べてみたところ、「愛の戦士レインボーマン」は、1972(昭和47)年から1973(昭和48)年にかけて放映されていたらしく、親が私に番組を見せてくれていたとしても、当時の私はまだ幼過ぎて、内容については全く理解出来ない年齢だったということになるようだ。


で、そのことをAさんに話したところ、「俺だって内容は全く覚えていないよ」と言うではないか。


更に驚いてしまうのは、「内容どころか主題歌すら知らない」と言うのだ。


それなのになんで、「替え歌を調査してみたら?」なんて言うのかと聞いてみたところ、「替え歌というのは、子供たちの間で歌い継がれて行くもの。だから元になったレインボーマンを知らない世代でも、替え歌の方は意外と知っていたりするものなんだよ」という。


Aさんと私はたいして歳は違わない(Aさんの方が年上)。


それなのに、Aさんはレインボーマンの替え歌を知っているのに私は知らない。


そのことがどうも引っ掛かるのだが、私が忘れているだけの可能性もあるし、今回はAさんの言葉を信じて、とりあえずレインボーマンの替え歌の調査を進めて行くことにした・・・・・・。


冒頭でも少し書いたが、「愛の戦士レインボーマン」は、1972(昭和47)年10月6日から、1973(昭和48)年9月28日まで放映されていた、東宝制作の特撮ヒーローものだ。


そしてその後、1982(昭和57)年には内容をマイルドにした、テレビアニメ版も制作され放送されている。


このように書くと、「内容をマイルド」という所に、引っ掛かる人もいるかもしれないが、じつは特撮版のレインボーマンは、かなり内容がどぎつく、今だったら放送出来ないんじゃないかという設定だったのだ。


ちなみに私はこのテレビアニメ版の方も、どういう訳か全く記憶にない・・・・・・。


で、替え歌の記事を書くにあたり、いつもならここで、まずはレインボーマンの元歌(主題歌)をご紹介するところなのだが、じつはAさん曰く、レインボーマンの替え歌は、替え歌とはいうものの、歌詞の原形を留めているのは、最初の「インドの山奥で」の部分だけだというのだ。


それに私もAさんも、レインボーマンの元歌(主題歌)は、リアルタイムでは全く聴いたことがないので、紹介したところで何の解説も加えられない。


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そんな訳で今回は元歌(主題歌)は省いて、いきなり替え歌の調査を始めたいと思う。


ちなみに今回は、私の周りでは替え歌はおろか、レインボーマン自体を知っている人がいなかったので、Aさんが友人、知人などに聞いて回り、情報を集めて来てくれた。


で、まずは言い出しっぺのご本人、Aさんの覚えていた替え歌がこちら(↓)。


「替え歌 A」

インドの山奥(で)
でんでん虫かたつむ(り)
りんごは真っ赤っ(か)
かーちゃんおこりん(ぼ)
ぼーくは泣いちゃっ(た)
たぬきの立ちしょん(べん)
便所の戸が開かな(い)
インドの山奥で(冒頭へループして行く)


レインボーマンの替え歌は、基本的に繋ぎ歌になっていて、()の部分は歌わずに、歌詞を次々と繋げて歌って行く、しりとり歌になっていたのだそう。


そしてこの歌を聴いて、1つ気になったことがあった。


私はレインボーマンの主題歌を知らないのに、なぜかこの替え歌は、なんとなく聴いたことがある気がするのだ。


これはいったいどうしてなのだろう・・・・・・。


で、Aさんが言うには、上の歌詞のものが最もオーソドックスなもので、子供たちの間で、最も広く歌われていたのではないかとのことだった。


そしてこの「替え歌 A」にはバリエーションがあって、それをもう1つご紹介しておこうと思う。


それがこちらになる(↓)。


「替え歌 B」

インドの山奥(で)
でんでん虫かたつむ(り)
リカちゃんプレゼン(ト)
トマトはなぜ赤(い)
インドの山奥で(冒頭にループして行く)


この替え歌A、Bのように、「インドの山奥で」の次の歌詞が、「でんでん虫かたつむり」になるものに関しては、次の歌詞が「りんごは真っ赤っか」になるものと、「リカちゃんプレゼント」になるものにきれいに分かれるようだ。


ちなみに「リカちゃんプレゼント」とは、恐らく「リカちゃん人形」のことだと思われる。


で、どちらがこの替え歌の元歌だったのかについては、今となっては調べようがなく、もはやお手上げ状態なのだが、元歌からもう一方が派生して行ったことだけは間違いないだろう。


じつは調べて行くと、レインボーマンの替え歌には、いくつかの系統があって、今回ご紹介した替え歌のAとBは、そのうちの1つということになる。


そんな訳で次回は、別系統の替え歌について、調査を進めて行きたいと思っている・・・・・・。


(画像上、秋早くから咲き始めるキクイモの花。画像下、いち早く落ち始めるコナラのどんぐり。この時期のものは、緑色のうちに落下して、次第に茶色に変わって行く)

2021年1月10日 (日)

中国の超能力者たち

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1980年代半ばごろから、1990年代にかけて、テレビではいわゆる超能力にスポットを当てた番組が次々と放送されていた。


当時、個人的にテレビでよく目にしたのは中国の超能力者たちで、世界は広いのになぜ中国にばかり、こんなに超能力者が沢山いるのか、不思議に思っていたものだ・・・・・・。


中国の超能力者で私が未だに忘れられないのは、「超宝勝」という見るからに神経質そうな男である。


当時彼は薬ビンの中から錠剤を取り出すというパフォーマンスで、一時話題になったことがあった。


「薬ビンの中から錠剤を取り出す」と言っても、ビンの蓋を開けて中から錠剤を取り出すという意味ではない。


それでは超能力でもなんでもない。


彼は密封された薬ビンを片手で握りしめ、それを上下に振ることで、ビンの底から錠剤を取り出す(勝手に錠剤がバラバラと抜け出て来る)というパフォーマンスをやっていた。


ところが彼の一連の振る舞いは、もはや挙動不審としか言いようがなく、誰が見ても怪しげなものだった。


詳細については省くが、薬ビンの底から錠剤がバラバラと抜け出て来るところが、カバーなしにはっきりと見えているというのなら、ビジュアル的にもかなり不思議なのだが、錠剤が抜け出て来る瞬間、彼は薬ビンをしっかりと握りしめているため、薬ビンの底は全く見えていない状態なのだ。


ところでもし仮に、薬ビンの底から錠剤が抜け出て来るのが、はっきりと見えていたとして、それを見ていた周囲の人たちが驚愕し、「おおっ!すげ~っ!」と歓声を上げたとしよう。


しかし、冷静に考えてみて、それがいったいなんになるというのだろう。


薬を取り出すだけなら、何も超能力など使う必要はないし、普通に薬ビンの蓋を開けて、いつも通り錠剤を取り出した方が、よっぽど早いのではないか。


現実に彼は錠剤を取り出すのに、けっこうな時間を要していたし、取り出す錠剤の数も制御出来ないらしく、バラバラと大量の錠剤をあたりに撒き散らしていた。


薬には適切な服用量が定められている。


早い話が「そんなにいらねえよ」という話である。


このように超能力というのは、「それが出来たところで、いったいなんの役に立つのか」というものがじつに多い・・・・・・。


中国では超能力のことを「特異功能」と言い、超能力者のことを「特異功能人」と呼ぶらしい。


しかし、中国ではそれとは別に、自分は「気」の力を操り、不可能を可能にする「気功師」であると名乗る者も多くいる。


そしてそのような気功師たちの中には、「それのどこが気功なんだよ」と、思わずつっこみたくなるような、非常にバカバカしいパフォーマンスを、大真面目にやって見せるものも少なくなかった。


例えば名前は忘れてしまったが、いい年をした小太りのおやじが、上半身だけ裸になり、胸から腹にかけて針金をぐるぐる巻きにして、気合と共に針金を「ブチッ!」と切って見せるというパフォーマンスをやっていたのを覚えている。


そしてこの針金おやじは、周囲の日本人スタッフの反応など一切気にすることなく、「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔でポーズを決めていたのがなんとも印象的だった。


どうせなら現地調達の針金などではなく、日本から持参したロープで亀甲縛りにでもしてもらい、それを気の力とやらで、「ブチッ!」と切ってもらいたかったものである。


金属の針金が切れるのだから、きっとロープなど容易いものだろう。


そしてもし、ロープを切ることが出来なかったら、日本から同行してもらっている女王様の鞭打ちの刑が待っているというのはどうだろう。


しかし、この針金おやじ、そんなことをしたら、逆に喜びそうな顔をしていたので、罰ゲームにはならないかもしれない・・・・・・。


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で、この針金おやじだが、じつはもう1つ、しょーもないネタを持っていた。


針金おやじはまたしても上半身だけ裸の状態で登場し、今度はいったい何をしでかすのかと思いきや、なんと小さな子供の服を取り出し、「今からこれを着て見せる」というのだ。


もはや気功なんてどうでもよくなっちゃっている気がしないでもない。


そして針金おやじは、「ハーッ」だの「フーッ」だの「ホーッ」だのと、何度も大きく息を吐きながら、最終的にはちっちゃな子供の服を、どうにか着て見せて、またしても「どうだ!」と言わんばかりにポーズを決めていた。


本人は「決まった!」と思っているのだろうが、着ている服は「つんつるてん」で、ポッコリと出た腹が丸出しになっており、見ていて思わず「プッ!」と吹き出してしまったのを覚えている。


ところでテレビで放映されていたのはここまでだったのだが、個人的にはあの子供服をどうやって脱ぐのかをぜひ見てみたかった・・・・・・。


中国の気功師は石やレンガを割りたがる者も多くいた。


これも名前は忘れてしまったが、石を人差し指一本で割って見せると言う男がいた。


用意されているのは、「いったいどこでそんな形の石を拾って来たんだ」というような、ニンジンほどの大きさの割りやすそうな細長い石。


彼はその石を片手でわしづかみにして、もう一方の手の人差し指一本で、この石を真っ二つにして見せると言う。


そして彼はその細長い石を見事に切断して見せたのだが、その割れ目はまるで鋭利な刃物で切断したかのようにまっ平で、それはそれは見事なものだった・・・・・・。


じつはこれ、金属製の台の上でパフォーマンスを行っていたのだが、石を割る瞬間、彼は石を握りしめている方の手で、石を台の縁に叩きつけているように見えなくもなかった。


このパフォーマンスを見ていた多くの人は、石を割る気のパワーは、突き立てられた人差し指から出るものだと思っていたようだが、そのパワー(日本語で言えば力)はどうやら石をわしづかみにしていた方の手から、「えいやっ!」とばかりに出ていたようだ・・・・・・。


また、当時は腹の上に置いたレンガや石の板を、助手がハンマーで叩き割るというパフォーマンスもよく見せられたものだ。


もはや気功と言うより、「ただの我慢大会なんじゃないか?」と思えて来る。


この我慢系のパフォーマンスをする人の中には更なる強者がいて、なんと自分の股間を助手に大きなハンマーで何度も叩かせるのである。


股間を連打されている間、彼は「アイッ!アイッ!アイッ!アイッ!」などと、ものすごい形相で叫んでいるのだが、そんなことをしていったいなんになるというのか。


もはや気功でもなんでもない・・・・・・。


拳法着を着ているからいいようなものの、これが裸にビキニパンツとかだったら、ただのSMプレイである。


やっぱり中国には日本から女王様を連れて行くべきだろうか・・・・・・。


(画像上、野鳥に食べられて、ハナミズキの果実がだいぶ少なくなって来た。画像下、丑年にぴったりの柄をしたチャバネフユエダシャクのメス。冬でも探せば昆虫はいる・・・)


2020年10月30日 (金)

変わりゆく一汁三菜

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和食の基本は「一汁三菜」と言われる。


「一汁三菜」とは、ご飯と味噌汁、主菜と副菜2品を基本として、これに小皿に入った漬物が付くメニューを指すことが多いようだ。


「一汁三菜」が日常的に食べられるようになったのは、1960年頃からと言われている。


これはちょうど高度経済成長期に当たる。


そしてこの頃から日本は豊かになり、食事の質が上がり、献立の品数も増えて来たのである・・・・・・。


そしてその後は、時代の流れと共に、減塩が叫ばれるようになり、漬物は次第にサラダへとシフトして行き、定番化して行くことになる。


また最近では味噌汁は必ずしも必須ではなくなって来ているそうで、昔に比べて家で作る回数はかなり減って来ているとのこと。


これについては、健康志向の高まりから、漬物と同様に塩分の摂り過ぎになって、高血圧の原因にもなりかねないと、一時期テレビや雑誌でしきりに話題になっていたことがあった。


どうやらこれを契機に味噌汁は敬遠されるようになって行ったようなのだ。


このため最近では汁気の多いおかずを、味噌汁の代用にすることも増えて来ているという。


個人的には「おかず」が味噌汁の代用になるとはとても思えないのだが、時代の流れと共に、「一汁三菜」のスタイルも少しずつ変わって来ているということなのか。


味噌汁好きの私としては、非常に残念な話ではあるのだが、確かにうちでも昔に比べて、味噌汁の出番は減ったように感じる・・・・・・。


ところが最近の研究によると、味噌汁は逆に血圧を上げにくくする効果があるということが分かって来たのだそうだ。


マルコメと医学博士の上原誉志夫さんが、2019年に共同で行った臨床試験によると、高血圧(ステージ1)の人や血圧が高めの人に、一定期間、味噌汁を1日2杯飲んでもらったところ、なんと昼間の血圧は全く上がることはなかったそうだ。


そして夜間の就寝中に関しては、顕著に血圧が下がったというのだ。


普通は血圧は活動する昼間は上昇し、就寝中は下がるものだ。


このことから、味噌汁には血圧の上昇を抑えたり、血圧を下げたりする効果があることが分かったのだという。


なんだか今まで言われて来たことと真逆の話で驚いてしまう・・・・・・。


また、ラットを使った試験では、味噌に含まれる塩分は、腎臓から尿として排出されやすいということが分かったという。


更に味噌に関しては、最近では糖尿病や動脈硬化の予防効果についての研究も進んでいるそうで、これらのことからも1日2杯の味噌汁は、飲んでも全く問題はなく、逆に体にいい効果をもたらしてくれるということが言えるようだ。


一時期は悪者扱いされて来た味噌汁だが、ここに来てようやく名誉回復となりそうである。


そしてそんなに体にいい味噌汁を、「専門家」の言葉を信じて、わざわざ敬遠して来た人たちは、今までかなりの損をして来たということにもなるだろう。


いったいどこの誰が、「味噌汁は高血圧の原因になる」なんてことを言い出したのだろうか・・・・・・。


Photo_20201029110302

うちでは昔から、食卓に食器を配置する時は、ご飯を自分の左側に置き、味噌汁をその右側、そしておかずはそれぞれ奥にという配置だった。


これまでそのような食器の配置については、特に気にもしていなかったのだが、調べて見ると和食では昔から、「ご飯は左、汁物は右」が一般的な配置であるとされて来たようだ。


ということは、たまたまなのか、母がそのことを知っていて、そうしていたのかは不明だが、結果的にはこれで正しかったことになる訳だ。


うちではそれが日常的に習慣になっていたので、「どこの家でもそういうものだろう」と、今までなんの疑問も抱かずに、勝手にそう思っていた。


そういえば、考えてみたら、食堂で定食を頼んだ時も、ご飯は必ず左側で、味噌汁は右側に配置されていて、おかずは奥に置かれていることがほとんどである。


どうやらこれにはちゃんと理由があったということのようだ・・・・・・。


ところでこれについては地域差もあるようで、関西の食堂では左側にご飯を置くことには変わりはないが、味噌汁はご飯の奥に配置され、ご飯の右側にはおかずが置かれることが多いのだそうだ。


理由としては、「その方が食べやすいから」ということのようだが、どうやらこれは昔からそうだったという訳ではないようだ。


なぜなら和食のご飯と汁物の位置は室町時代からの「常識」で、全国的にご飯は左側、味噌汁は右側だったのだそうだ。


近年は家庭で味噌汁を出す回数が減って、汁物が軽視される傾向が強くなった。


そしておかずの方を重視するようになったため、このような現象が起きているというのが真相のようだ・・・・・・。


ところで皆さんは市販の弁当を食べる時、弁当の容器をどのような向きにして食べるだろうか。


私は子供の頃から、市販の弁当は縦が正しい向きだと思っていて、現在でも縦の向きに置いて食べている。


これはコンビニ弁当だろうが、スーパーの弁当だろうが、弁当屋の弁当だろうが、駅弁だろうが、どれもいっしょである。


長年の習慣ということもあって、縦向きでないと、どうもしっくり来ないのだ。


ところが最近になって、市販の弁当を横向きにして食べている人がいることにふと気付いた。


「なんでこの人は弁当を横向きにして食べているのだろう?もしかして、ひねくれ者?」などと思ったりもしたが、そんなことを言ったら、怒り出すかと思い、「なんで弁当を横向きにして食べているの?」と素直に聞いてみることにした。


すると、「ええっ!ラベルの向きがこうだったから、これで正しいのかと思っていました・・・」という答えが返って来た。


彼女が食べていたのは、スーパーで買って来た弁当で、確かにフタにはラベルが貼ってあり、その向きの通りなら横向きで正しいことになる。


しかし、ラベルの向きなんかに惑わされてはいけない。


なぜならラベルの向きの通りなら、ご飯は右に来てしまうのだ。


かと言って、ご飯を左に持って来ると、おかずが右に来てしまう。


ここはやっぱり弁当を縦に置き、弁当といっしょに買った、カップの味噌汁を右に置くのが、正しい配置なのではあるまいか・・・・・・。


(画像上、タイワンホトトギスの花が咲き始めた。画像下、アラカシのどんぐりが大豊作)

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