カテゴリー「風景」の記事

2023年4月24日 (月)

スネ夫のママに「感心ざます」と言われたい

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ドラマや漫画、アニメの中ではよく聞くセリフなのに、「現実にはそんなことを言っているやつなんて、1人もいないんじゃないか?」と疑問に感じる言葉がいくつかある。


1つ例をあげるなら、「だまらっしゃい!」が正にそうである。


多くの場合、「だまらっしゃい!」は、金持ちの奥様が、自分の子供や、部下、お手伝いさんなどに言い放つことが多い。


同様の意味で、「おだまり!」もよく使われる。


このように、「だまらっしゃい!」や「おだまり!」は、目上の人が、目下の人に対して言うセリフなのである。


しかし、みなさんは今まで誰かに、「だまらっしゃい!」とか「おだまり!」などと、言われた経験がはたしてあるだろうか。


私はこれまで生きて来た中で、そんなことを言われた経験は、今の今まで一度もない。


単に金持ちの知り合いがいないから、そのセリフを聞く機会がなかっただけなのかもしれないが、自分にとってはなんだか、全くリアリティのない言葉なのである。


それにも関わらず、そのセリフをテレビなどで聞かされても、ほとんどの人はなんの違和感も感じないというのはなぜなのだろうか。


それって、なんだかとても不思議な話である・・・・・・。


金持ちの奥様といえば、昭和の頃の漫画には、「~ざます」という言葉もよく出て来た。


その代表は、「ドラえもん」に出て来る、スネ夫のママではないだろうか。


スネ夫のママなんて令和のこの時代になっても、未だに「~ざます」をアニメの中で使っている。


しかし、よくよく考えてみると、「~ざます」なんて言葉は、先程の「おだまり!」や「だまらっしゃい!」以上に、聞く機会が少ない言葉である。


現実の世界はもとより、ドラマや漫画、アニメの世界でも、使っている人はごく少数だ。


ということは、もしかして「~ざます」は、漫画のキャラクター用に作られた言葉なんじゃないだろうか。


もっと言ってしまえば、スネ夫のママのオリジナルなんじゃないか?


そんな疑問が生まれたので、「~ざます」が本当に日本語として存在しているのか、ちょっと国語辞典を引いて調べてみることにした。


するとこちらの予想に反して、「~ざます」は国語辞典に普通に載っていた。


国語辞典によると「~ざます」は、現在の日常語に分かりやすく言い換えるなら、「ございます」とか「~です」になるようだ・・・・・・。


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また、辞書には「ざんすの変化した語」とも書かれている。


では、「ざんす」とはいったいなんのことだろう。


そこでちょっと調べてみると、「ざんす」とは江戸吉原の遊女が使っていた言葉だったらしい。


遊女言葉の特徴として、敬語の終わりに「んす」を付けることがあげられる。


例えば「ありんす」、「くださんす」、「ござんす」などがそうである。


この「ござんす」が時の流れと共に、「ざます」へと変化して行ったということらしい。


このように「~ざます」は、もともと遊女が使っていた言葉ということもあって、当初は艶めかしい、色っぽい言葉という認識だったようだ・・・・・・。


そしてその後、時代の変化と共に、「~ざます」は遊女言葉から、お上品な言葉へと、人々の認識が変化して行くことになる。


そして昭和20年代の半ばごろまでは、「~ざます」は小説や映画の中で「上品なお嬢様言葉」として、しきりに使われていたようなのだ。


ということはやはり、スネ夫のママのオリジナルではなかったのだ。


ただ、この頃の「~ざます」は、お上品な言葉であったので、スネ夫のママが使うような、「上流家庭気取りの嫌味な言葉」とは、ニュアンスが大きく違っていたようだ。


そしてその後、時代が進み、1950年頃から「~ざます」は使う人が激減し、一気に衰退して行ったという・・・・・・。


そして1960~1970年代には、「~ざます」はもう完全に死語になっていたが、そこをあえて使い続ける人たちがいた。


そうすることによって、「自分はインテリである」とか、「上流家庭である」ということを強調し、相手にそのことを認知させようとしていたのだ。


そう、これは正にスネ夫のママそのものである・・・・・・。


そんな「~ざます」という言葉なのだが、私は現実の世界では、使っている人に出会ったことは一度もない。


フィクションの世界だって、前述のスネ夫のママと、「怪物くん」に出て来るドラキュラ伯爵ぐらいのものである。


今となっては「~ざます」なんて言葉は、もはや聞くことはないのだろうが、1回ぐらいは本物の「~ざます」を聞いてみたかったな~と思ったりもする。


もしかしたら、「だまらっしゃい!」や「おだまり!」なら、まだ聞く機会があるのかもしれないが、これらの言葉が使われるのは、どう考えても自分が怒られる時だ。


それを考えると、ちょっと体験してみたいとは言い難い。


しかし、そこをあえて自分から勇気を出して、飛び込んで行くことで、スネ夫のママに「感心ざます」と言ってもらえるのかもしれない・・・・・・。


(画像上、やわらかな若葉色に包まれた里山。画像下、今年はサツキの開花が早かった・・・・・・)


2023年4月18日 (火)

ロッテの「ほおずき」

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1970~1980年代には、自然豊かな日本の原風景を題材にしたチョコレート菓子が、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


ロッテから1982年に発売されていた「ほおずき」もそんな流れを汲むお菓子のひとつだった。


チョコレート菓子の「ほおずき」は、実際のほおずきの実の形を象っていて、空洞になっているチョコレートの内部には、ピーナッツボールが1つ入っていた。


また、「ほおずき」は少し乾燥して、外皮に割れ目が入った、本物のほおずきの実をイメージして作られていて、チョコレートの割れ目の部分から内部のピーナッツボールを覗けるようになっていた。


そして内部のピーナッツボールは、固定されている訳ではなくて、「ほおずき」を手に持って振ると、「カラカラ」と心地よい音が鳴るようになっていた。


そしてこの細工こそが、「ほおずき」というチョコレート菓子の売りにもなっていたのである。


いま考えると、150円で買えるチョコレート菓子に、よくこんな手の込んだ細工を施したものである。


冒頭でも書いたように、当時は自然豊かな日本の原風景をテーマにしたチョコレート菓子が、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていたので、他のメーカーとの差別化を図るためにも、この細工は必要と考えたのかもしれない。


しかしその後は、こんな手の込んだ細工が施されたお菓子は見たことがなかったので、コスト的には恐らくギリギリだったのではないだろうか・・・・・・。


で、この「ほおずき」は、テレビCMも数種類作られて、しばしば放映されていた。


ロッテのお菓子のCMというと、冒頭に角笛を吹くキャラクターが登場するのが定番となっているが、じつは当初、このキャラクターは実写だったのをご存じだろうか。


スイスの山々を背景に、民族衣装を着て、角笛を持った女性を手前に配置。


その後方には、アルペンホルンを吹く男性がズラリと並ぶ。


そして、手前の女性が角笛を「ブッブ、プ~!」と吹くのだ。


ちなみにこの「ブッブ、プ~!」は、ロッテのCMでお馴染みの、あのメロディである。


そしてそれを合図にCM本編がスタートする。


CM冒頭では「とうりゃんせ」をして遊んでいる着物姿の少女たちが映し出される。


いったい何時代の設定なのだろう。


年長の少女がほおずきを1つもいで手の平に乗せると、あっという間にチョコレート菓子の「ほおずき」に変わって行く。


まるでマジックである。


そしてここでナレーションが入るのだが、「チョコの気持ちがよ~く似合うでしょ?チョコのほおずき」と、いま考えると、ちょっと意味不明なことを言っており、思わずひと言つっこんでやりたくなる。


そして着物姿の少女たちが横一列に並んで、「ほおずきチョコレート」を振って、カラカラと音を鳴らしながら食べ始めCMは終了となる・・・・・・。


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そしてこれ以降に公開された、別バージョンのCMからは、CM冒頭の角笛のシーンが、あのお馴染みの絵柄のキャラクターに変更になる。


ただし、「ブッブ、プ~!」というあのメロディは、実写の頃と全く同様である。


ほおずき市(いち)が舞台のCMでは、露店の前に豆絞りの手拭いを巻いたハッピ姿の店主がいて、「ヘイ、いらっしゃい!ほうずきいかが?」と道行く人に声を掛けて来る。


どうでもいいが、この店主の出で立ち、どこかで見たような気がするなと思っていたら、「ペヤングソース焼きそば」のCMの屋台の店主と全くいっしょなのだ。


どうやら昭和の頃は、豆絞りの鉢巻きに、紺色のハッピ姿というのが、露店や屋台の店主のイメージの定番だったようだ。


そしてその露店の前を、女の子たちがほおずきチョコレートを振って、カラカラと音を鳴らしながら歩いて行く。


その様子を露店の店主が不思議そうに見つめながら、「チョコレートかい?」と聞いて来る。


そしてここで、「美味しい音がする、ほおずきチョコレート」とナレーションが入る。


そして映像ではほおずきチョコレートの内部の仕組みが紹介されて行く。


最後に店主の「食われちゃうね、こりゃ」というセリフでCMは終了となる・・・・・・。


また、別バージョンのCMでは、植物のほおずきや花、うさぎなどのイラストをバックに、ほおずきチョコレートを持った手のクローズアップ映像が流され、「カラコロと美味しい音が響きます。ほおずき形のチョコレート」とナレーションが入る。


最後にお姉さんがほおずきチョコレートを1つ口に入れてCM終了となる・・・・・・。


おばあちゃんと孫が登場するバージョンもあった。


ほおずきが生っているのを見つけて、「うわぁ~、きれいなほおずき!」と女の子が感動している。


それを見ていたおばあちゃんが、「今の若い人は、ほおずきを鳴らせるのかしら?」と、ほおずきの皮を剥いて行く。


すると映像はほおずきチョコレートに切り替わり、女の子が「ほら、カラコロ!」と言いながら振って見せる。


それを見ていたおばあちゃんが、「まあ、ハイカラなチョコだね~」と言ったところでCMは終了となる・・・・・・。


このように「ロッテのほおずき」は、CMが複数作られていたのだが、そのどれもがほおずき形のチョコレートを振ると、「カラコロと音が鳴りますよ」という部分が強調されていた。


本物のほおずきは振っても音などしないのだが、他メーカーとの差別化という意味で、この「カラコロ」という音は、このお菓子の最大の売りになっていたということがよく分かる。


販売終了になると分かっていたら、もっとたくさん振っておいたのにな~・・・・・・。


(画像上、植物の芽吹きでやわらかい色合いに染まった里山。画像下、林縁ではヒトリシズカがひっそりと開花していた・・・・・・)

2023年1月18日 (水)

おっぱいの幻想

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昨年の秋ごろの話である。


近所の道を歩いていたところ、前方から一人の女性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


最初は特に気にもしていなかったのだが、彼女がこちらに近付いて来るにつれて、私はある異常に気付いてしまった。


なんとその女性、服は着ているのに、なぜかおっぱいが丸出しなのだ。


しかも、かなりの巨乳である。


私は「ええ~っ!」と思わず声を上げ、目を凝らしてしまったのだが、まだ彼女とはかなりの距離がある状況で、詳細はよく分からない・・・・・・。


想像するに、「チューブトップ」と呼ばれる、脇から下の胴体だけを包む筒状のトップスが、何らかの理由でずり落ちて、おっぱいがベロ~ンと出てしまったのではないだろうか。


それにしても、不思議なのは、なぜ彼女がそのことに気付いていないのかだ。


普通なら自分の身にそんな一大事が起きていたら、絶対に気付くはずである。


何よりもおっぱいがスースーして、「あれ、おかしいぞ?」と思うはずだ。


私は自分のおちんちんが何かの拍子に、ズボンからひょっこり飛び出てしまっていたら、絶対に気付く自信がある。


それにも関わらず、この女性はおっぱいを丸出しにしたまま、平然と歩いているのである。


それに「なぜ、ブラジャーをしていないのか?」ということもどうも気になる。


ブラジャーをしていれば、とりあえずはこんな風に、おっぱいが丸出しになってしまうことなんてなかったはずである。


外国人の女性の中には、ちょっとその辺に出かけるぐらいなら、ブラジャーをしない人もいると聞く。


ということは、彼女はもしかして外国人なのだろうか。


そう言われてみれば、あんな巨乳の日本人はちょっと見たことがない・・・・・・。


と、そんなことをあれこれ考えているうちに、おっぱい丸出しの彼女は、ズンズンこちらに近付いて来ていた。


そして5~6メートルほど前方まで、彼女がやって来たところで、ようやく謎は解けた。


私がおっぱいだと思っていたのは、双子の赤ん坊のハゲ頭だったのだ。


彼女は抱っこひもを使って、双子を抱っこしていたのである。


この赤ん坊のハゲ頭がおっぱいに見えていたという訳だ。


そりゃあ、日本人離れした巨乳に見える訳である。


ちなみに以前わたしは、服と同じ色をした青いボールを胸に抱えて、しゃがんだ姿勢で、砂場で子供と遊んでいるお母さんを見かけた時も、ボールをおっぱいと見間違えて、仰天したことがあった・・・・・・。


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ところで、おっぱいの話をしていて、ふと思い出したエピソードがあるので、ちょっと聞いて欲しい。


あれは忘れもしない、私が小学校5年生の時のことだった。


5時間目の授業が終わり、トイレに行く者や、廊下に出て立ち話をする者がいる中、私は自分の席に座ったまま、「あと、1時間で帰れる~!」と、大きく伸びをしていた。


そんな時にトイレに行っていた同級生のMが、血相を変えて教室に飛び込んで来たのだ。


私はMに「どうした?トイレに花子さんでもいたか?」と冗談を言ったのだが、彼はそんな冗談は気にも留めず、「あのさ、いま隣のクラスのやつが話してたんだけど、学校の近くの公園におっぱいを出した女の人がいたんだってよ!」というのだ。


詳しく話を聞いてみると、近所の公園のベンチにおっぱいを出した若い女が座っていて、何やらブツブツと独り言を言いながら、急に立ち上がったり、座ったりを繰り返しているというのだ。


で、そのことでいま近所は大騒ぎになっているというのである。


それにしても、そんなリアルタイムの情報を、なぜ小学校に拘束中の隣のクラスのやつが知っているのだろうか?


そんな疑問はさておき、とりあえず私たちは学校が終わったら、そのおっぱいを真っ先に見に行ってみることにした。


いや、事の真偽を確かめに行ってみることにした・・・・・・。


学校が終わり校門を出て、通学路を足早に歩いて行くと、思いのほか町内は静かだった。


これのどこが「大騒ぎ」なのだろうか。


見たところ、通学路に大人が立って、あたりを警戒している気配はなく、ただ、ただ、いつも通りの通学路が続いているだけだった。


もっとも、そんな状況になっていたら、公園だって封鎖されて立ち入り禁止になっていただろう。


間もなくして、私たちは目的の公園に到着した。


公園もじつに静かで、意外なことに誰もいなかった。


普段なら誰かしら人はいるのに、こんな日は逆に珍しい。


そんな訳で私たちはおっぱいを目撃することは出来ないままトボトボと帰路に着いた・・・・・・。


後で聞いた話では、あの日の午後、確かにあの公園には、何か独り言を呟きながら、ベンチで立ったり座ったりを繰り返している、若い女がいたそうである。


ただ、露出の激しい服を着てはいたものの、おっぱいを出したりはしていなかったそうだ(それはそうだろう)。


話によるとその女は、どうも演劇の練習をしているようだったとのことだった。


公園に人がいなかったのは、どうやら「おかしなやつがいる」という噂が立ち、誰も近寄らなかったかららしい。


それにしても隣のクラスのやつは、こんな平日のまっ昼間のご近所情報を、学校にいながらいったいどうやって入手したのだろう。


そしてそのことだけは、いつまで経っても謎のままだったのである・・・・・・。


(画像上、ハルサザンカの「笑顔」という品種。画像下、落ち葉が降り積もった冬の静かな公園・・・・・・)


2022年12月19日 (月)

おにぎり村

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1970~1980年代には、「自然豊かな日本の原風景」を題材にしたチョコレート菓子が、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


そのほとんどは、現在ではもう発売されていないが、明治の「きのこの山」や「たけのこの里」は根強い人気で、現在でも継続して販売されている。


当時わたしは、それらのお菓子の世界観になぜかとても惹かれ、新しいパッケージを見つけるたびに、親に買って欲しいとねだっていたものである。


1981(昭和56)年にロッテから発売になった「おにぎり村」もその中の一つで、他社のお菓子とは違う、おにぎりの形をしたビジュアルがとても斬新に感じたのを覚えている。


おにぎり村のパッケージイラストには、茅葺き屋根の古民家が描かれていて、その背景には緑の雑木林と、その奥に小高い茶色い山が3つ描かれていた。


そして抜けるような青空には、スズメが2羽舞うように飛んでいた。


で、パッケージの右側には、おにぎり村のお菓子のイラストが描かれているのだが、その様子はどう見てもおにぎりには見えなかった。


一応、形だけは、三角形のおにぎりの形をしているのだが、パッケージのイラストを見る限り、ご飯や海苔の姿はどこにも見当たらず、なんだか「いなり寿司」のような見た目をしていた。


そしてパッケージのイラストをさらに詳しく見ていくと、油揚げ(ではないのだが・・・)に包まれているのはご飯ではなくて、どうもピーナッツ入りのチョコレートのようだった。


そのイラストを見てしまうと、「おにぎりじゃないじゃん」と、思わず口走りそうになるのだが、これはお菓子屋の店頭に並べられているお菓子なので、当然と言えば当然の話である。


じつはいなり寿司の油揚げのように見えていたのは最中(もなか)の皮で、この中にピーナッツ入りのチョコレートが入っていたのである・・・・・・。


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で、ロッテではチョコレート菓子の「おにぎり村」の姉妹商品として、1981(昭和56)年にアイス版の「おにぎり村」も発売している。


アイス版の「おにぎり村」は、なんとパッケージまで三角形のおにぎりの形をしていて、お店のアイスクリームケースの中でひときわ目立っていたのを覚えている。


そしてアイス版の「おにぎり村」は、日本昔話風のテレビCMがとても印象的だった。


CMでは茅葺き屋根の古民家に住む少年が、囲炉裏の前でおにぎりをにぎっている。


そして庭にはエサをついばむ放し飼いのニワトリの姿がある。


この映像のバックには、「親孝行の子供がおにぎりを畑に届けた」という昔話風のナレーションが流れている。


そして場面は畑のシーンに切り替わり、ほっかむりをした少年の父親の姿が映し出される。


どうでもいいが、少年は頭頂部が尖ったおにぎり型の頭をしているのに、なぜかその父親は顎の方が尖った逆三角形の頭部をしている。


これで本当に親子なのかと疑問に感じるところだが、父親がほっかむりを取ると、なんと子供と同じ頭頂部の尖った三角形の頭に「ぷるんっ!」と戻って行くのだ。


「いったいどんな頭の構造をしているんだよ!」とひと言つっこんでやりたくなる。


そして父親は届けてもらったおにぎりを、「おお、うまそうじゃ。中はアイスかの~」と言って食べ始める。


「え?少年は確かおひつの中から、温かいご飯を取り出しておにぎりをにぎっていたよね?」という気がしないでもないが、CMはそんな視聴者の疑問を一切無視してどんどん進んで行く。


そして場面は引きの映像に切り替わり、父親がおにぎりをうっかり地面に落としてしまい、おにぎりが坂をコロコロと転がり始める。


「あれ、確か平らな畑でおにぎりを食べていたはずなのに・・・?」という気がしないでもないが、CMはそんな視聴者の疑問を一切無視して、「ロッテアイスおにぎり村」という締めくくりのナレーションと共に強制終了することになる・・・・・・。


で、このアイス版おにぎり村だが、CMで少年の父親が「中はアイスかの~」と言っていた通り、三角のおにぎりの形をした最中(もなか)の中には、バニラアイスがぎっしりと入っていた。


パッケージのイラストを見ると、チョコレート菓子のおにぎり村と同様に、まるで三角形のいなり寿司のようなものが描かれているのだが、イラストでは先端がカットされていて、中身が見えるようになっていた。


それを見ると中身はまるで本当のおにぎりのように見える。


そしてその中央には、おにぎりの具材の梅干しのようなものまで描かれていたのだが、ほとんどの人はこれを見て、「これはイメージだろう」と思っていたと思う。


ところが実際に商品を買って、アイス版おにぎり村を食べてみると、アイスの中央には梅干しに見立てたイチゴジャムが入っていて、断面だけはまるで本物のおにぎりのように見えて、当時の子供たちは大喜びだったのである。


そんな訳でお菓子(おにぎり)そのものの完成度という意味では、アイス版おにぎり村の圧勝といえるだろう・・・・・・。


(画像上、初冬の公園のベンチでは人ではなく銀杏が休憩中。画像下、越冬中のアカスジキンカメムシが「こんにちは!」・・・・・・)


2022年1月11日 (火)

「謎フレーズ探偵」一年イモ食って屁こいて ③

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前回の記事では、「学年の数え歌」の様々なバリエーションについてご紹介をした。


そしてその調査の過程で、以前記事にした、「きんしかがやくにっぽんの」で始まるゴム飛び歌に、なぜ学年の数え歌の「二年肉屋の大泥棒」の一節だけが使われていたのか、その理由が判明することになったのだった。


で、今回はいよいよ、「学年の数え歌」の元歌に迫って行きたいと思っている・・・・・・。


じつは今回の調査を始める前に、前回までの調査結果を、数え歌の情報を集めて下さったAさんに報告に行ったのだが、そこで「学年の数え歌」の元歌を探るための、大きなヒントをもらうことが出来た。


そしてこれは、Aさんも「すっかり忘れていた」そうなのだが、当初「学年の数え歌」には、三年と六年の歌詞の後に、掛け声のようなフレーズが入っていたのだという。


そしてそれが次第に簡略化されて行き、その部分を飛ばして歌うことが多くなって行ったのだとか。


で、その掛け声のフレーズが全て入った完全版がこちらになる(↓)。


「学年の数え歌(完全版)」

一年、イモ食って屁こいて
二年、肉屋の大泥棒
三年、坂道転がって、大事なチンポを擦りむいた
いいぞ、がんばれ〇〇小(〇〇は自分の通っている小学校名が入る)
燃えよ、〇〇小(〇〇は自分の通っている小学校名が入る)!
四年、夜中の大小便
五年、ゴリラのケツ洗い
六年、廊下に立たされて、そのうえ中学入れない
いいぞ、がんばれ〇〇小(〇〇は自分の通っている小学校名が入る)
燃えよ、〇〇小(〇〇は自分の通っている小学校名が入る)!


Aさんが小学生の頃は、普段は「いいぞ、がんばれ〇〇小」の部分は歌わずに、一年から六年までのフレーズだけを通して歌い、「みんなの気分が乗っている時だけ」、突然完全版の大合唱が始まったという。


運動会や遠足など、何かイベントがある時や、めったに降らない雪が降った(積もった)時などに、完全版は歌われることが多かったそうだ。
早い話がみんなのテンションが高まっている時に、完全版は歌われていたということらしい。


前回ご紹介した、「学年の数え歌」の各種バリエーションを見ても、「いいぞ、がんばれ〇〇小」のフレーズは、A~Dのいずれの歌詞にも入ってはいなかった。


そして記事で紹介しきれなかったものについても、それは全く同様だった。


ということはやはり、「いいぞ、がんばれ〇〇小」の部分は、時間と共に次第に省略されて、歌われなくなって行ったということなのだろう。


小学生というのは、この手の歌は何よりも「面白さ」を優先するので、取り立てて面白くない部分については、省略してしまうことも、決して珍しくはない。


そしてそのことが、後の時代になって、「あの歌の元歌はいったいなんだったのだろう?」と考える時に、大きな障害となって立ちはだかるのである・・・・・・。


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さて、ここからはいよいよ、「学年の数え歌」の元歌を探って行こうと思っているのだが、鍵になるのはやはり、「いいぞ、がんばれ〇〇小、燃えよ〇〇小!」のフレーズである。


で、みなさんはこのフレーズを見て、何か思い当たることはないだろうか。


ちなみに私がまず思ったのは、「もしかしてこれって、応援歌なんじゃないの?」ということである。


「いいぞ、がんばれ」とか、「燃えよ」なんてフレーズは、どう考えても誰かを応援する時に使うワードである。


また、応援歌というのは、どちらかというと、個人よりもチームを応援する時に歌われるものである。


そう考えると、Aさんが小学生の頃に、「運動会の時には完全版を歌っていた」というのもよく分かる・・・・・・。


で、この「学年の数え歌」の元歌が応援歌だったとして、いったいなんの競技の応援歌だったのかが問題なのだ。


そこで当時のことをちょっと振り返ってみることにする。


この「学年の数え歌」が流行っていた1970~1980年代は、今と違ってテレビ中継もされているメジャーなプロスポーツはそう多くはなかった。


サッカーなんてプロ化もされていなかったし、ルールすらよく分かっていない者が多かった時代だ。


毎回テレビ中継があるプロスポーツといえば、野球、相撲、プロレスぐらいだったと思う。


そしてこの中で応援歌が歌われそうな競技といえば・・・・・・、そう、野球しかないのである。


で、このことをAさんに話したところ、「ご名答!この替え歌の元ネタは、中日ドラゴンズの応援歌なんだよ」と言うではないか。


中日ドラゴンズの応援歌は、時代ごとに作り直されているが、「学年の数え歌」の元になったのは、どうやら1974年バージョンの、「燃えよドラゴンズ」だったようだ。


じつはこの歌、とてつもなく長いのだが、「学年の数え歌」の元になったのは、2番から3番にかけての歌詞だったようだ。


ちなみに元歌の「燃えよドラゴンズ」では、選手の打順と名前が歌詞に出て来て、「一番高木が塁に出て、二番谷木が送りバント、三番井上タイムリー、四番マーチンホームラン・・・」と歌われて行く。


そして「いいぞがんばれ〇〇小」の部分は、もちろん、「いいぞがんばれドラゴンズ」であることは、もはや言うまでもないだろう。


ところで「学年の数え歌」の元歌が、中日ドラゴンズの応援歌だったということは、この歌の発祥はもしかして、名古屋だったということなのだろうか。


じつはこの点については、Aさんも知らなかったし、残念ながらいくら調べてもよく分からなかった。


ただ、「中日ドラゴンズファンの子供が最初に考案した可能性は極めて高い」とだけ言って、言葉を濁しておこうと思う・・・・・・。


(画像上、横浜はこの冬、数年ぶりの積雪となり、畑はご覧のように真っ白に。画像下、林縁はまるで水墨画のような世界に変貌した・・・・・・)

2021年5月10日 (月)

「刑事ドラマあるある」第一発見者

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刑事ドラマでは、普通に道を歩いていたら、絶対に気付かないような些細なことを、なぜか目ざとく見つけてしまう人が必ず登場する。


そして彼らはよせばいいのに、それをわざわざ、自分から確かめに行こうとしてしまうのだ。


いわゆる死体の「第一発見者」と呼ばれる人がそうである。


しかし彼らは別に、「死体を発見したい」という願望があるわけではないのだ。


その証拠に彼らは、それが人の死体だと気付くと、腰を抜かしたり、悲鳴を上げたりして、恐怖におののいている・・・・・・。


刑事ドラマでは早朝のジョギングを習慣にしている人は、死体を発見しやすい傾向にある。


早朝は道行く人はほとんど見当たらず、周囲の風景を眺めながら、気持ちよくジョギングをすることが出来る。


人と出会わないので、余計に周りの風景に目が行くようで、彼らは右へ左へキョロキョロと視線をやりながら走って行く。


普段なら気付かないような、「いつもと違う何か」に違和感を感じて、ふと足を止めてしまうのはこんな時である。


例えば公園の植え込みや藪の向こう側に、何かが見え隠れしているとか、雑木林で大きな木の下の一部だけが、まるで誰かが落ち葉をかき集めたかのように、こんもりと盛り上がっているとか、そんな普段なら気にもならないようなことが、妙に気になって仕方がないのである。


で、彼らはそれがなんなのかを、確かめずにはいられなくなり、わざわざ植え込みや藪をかき分けて、中へ入って行ったり、こんもりと盛り上がった落ち葉の山を見に行ったりしてしまうのだ。


その結果、植え込みや藪の向こう側で、胸に包丁が突き刺さった死体を発見してしまったり、落ち葉の山の中から、血の気の失せた人の手が飛び出ているのを見つけてしまったりするのである。


誰だって死体なんて見たくもないし、警察の事情聴取だって受けたくないはずだ。


早い話が彼らは余計なことをして、自ら墓穴を掘ってしまっているのである・・・・・・。


刑事ドラマでは登るのが嫌になるくらいの、長い階段がよく登場する。


そしてこのような長い階段の下には、たいてい死体が転がっていると思った方がよい。


事件に巻き込まれたくなければ、階段の下を覗き込みたい気持ちをグッとこらえて、足早に素通りした方が無難である。


もし、階段を使って下に下りないと、目的地にたどり着けないのであれば、多少遠回りになっても、回り道を選択した方がよいだろう・・・・・・。


また、同様の理由から、橋の上から崖の下を覗き込むこともタブーである。


橋の場合は階段と違って、死体まではかなりの距離があり、そこに下りて行く術もまずない。


そういう意味では、崖の下など気にせずに、さっさと橋を渡り切ってしまえば、視界の片隅に「気になるもの」が入り込んで来る心配もない。


唯一心配なのは、同行している友達や家族が、崖の下を指差して、「ねえ、ちょっと!あれ、人じゃない?」などと話しかけて来ることだ。


こういう時は絶対にその話に乗って、崖の下を覗き込んだりしてはダメだ。
無視をして一気に走って橋を渡り切ってしまおう。


そうすれば相手も、「ちょっとどうしたのよ!」と、慌てて追いかけて来るだろう。


そして、ここまで来てしまえば、わざわざ橋の真ん中まで戻って、「崖の下を見てみろ」なんて馬鹿なことを言い出すやつはいないはずだ・・・・・・。


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刑事ドラマでは食事の時間になっても姿を現さない人がよく登場する。


そして、このような状況で、そのことを心配して、部屋を見に行くのもやめた方がよい。


ドアの前で「おいどうかしたのか!」と声をかけても返事がない場合は、まず間違いなく彼は部屋の中で死んでいる。


また、ドアの外から声をかけた時に、部屋の中から「うう~っ!」などと、かすかなうめき声が聞こえて来ることがある。


このような場合は、彼はまだ辛うじて生きているが、どういう訳かそんな時に限って、部屋の扉が信じられないくらい頑丈に出来ていて、ちょっとやそっとじゃ蹴破れないのである。


そして仕方なくスペアキーを探しに行ったりしている間に、かなりの時間が経過してしまい、鍵が開いた頃には、彼は残念ながら死んでしまっているのである・・・・・・。


刑事ドラマでは死体と遭遇したくなければ、後ろ向きになった椅子に腰かけている人には、絶対に近付かない方が無難である。


よくあるパターンとしては、社長室に秘書が「失礼します」と入って来て、「社長!」と声をかけても返事がないので、社長が座っている後ろ向きの椅子へ近付いて行き、もう一度、「社長?」と声をかけてから、眠っているのかと思って肩を揺さぶると、当の社長はグラリとこちら側へ倒れ込んで来るのである・・・・・・。


また、机に突っ伏して寝ている人を発見した場合も要注意である。


ちょっとしたいたずら心を起こして、そっと後ろに回り込んで驚かしてやろうとか、顔にマジックでいたずら書きをしてやろうとか、ティッシュをこよりにして、鼻の穴をこちょこちょしてやろうなんてことは絶対に思わない方がよい。


そっと後ろに回り込んで、いざ彼の顔を覗き込むと、彼の瞳孔は開いて虚空を見つめており、血の気の失せた顔がドーンと目の前に現れて、あなたはその場で悲鳴を上げながら、腰を抜かすこと間違いなしである・・・・・・。


刑事ドラマでは放置されているスーツケースは絶対に開けてはいけない。
そこにはまず間違いなく死体が入っているからだ。


そして、刑事ドラマではどういう訳か、スーツケースを開けようとするのは、たいていチャランポランな男と相場が決まっている。


「なんだ、このスーツケース。馬鹿に重いな。死体でも入ってんじゃね~のかあ~!」などと、減らず口を叩いていられるのも今のうちだ。


そして鍵が掛かっていないことに気付いて、お宝でも入っていないかと期待しながらスーツケースを開けてみると、中にはチャランポラン男の言う通り、死体が体育座りの状態できっちりと納まっているのである。


しかし、このチャランポラン男、自分の予想通りの結果になったにも関わらず、腰を抜かして言葉を失っており、なんとも間抜けとしか言いようのない姿を見せてくれる・・・・・・。


このように刑事ドラマでは、余計なことをする人ほど、死体を発見しやすい傾向がある。


死体を見つけたくなければ、とりあえず静観してみるべきである。


そうすればとりあえずは、死体の第一発見者にはならずに済むはずである・・・・・・。


(画像上、新緑に包まれた里山の雑木林。画像下、桃色のタニウツギの花が満開になった)


2021年4月 4日 (日)

「刑事ドラマあるある」事件に巻き込まれる人々

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刑事ドラマでは、「物語の冒頭にありがちな展開」というのがいくつかある。


よくある展開としては、主人公が出先で、「若くてきれいな女性と偶然出会う」というのがある。


ここで重要なのは、「若くてきれいな女性」というところで、決して「年増の女性」や「若くてもきれいじゃない女性」であってはならないのだ。


そしてその理由については、物語がもう少し進んでから分かることになる・・・・・・。


しかし、女性と出会うと言っても、そこはやはり刑事ドラマなので、いきなりロマンスの始まりを予感させるようなことが起きる訳ではない。


その時点では、よそ見をしながら歩いて来た女性とぶつかって、「申し訳ありません!」と、ただひたすら謝られたり、落とし物をしたことに気付かずに行ってしまった女性を呼び止めて、落とし物を渡して感謝されたりと、その程度のことであっさり別れることになるはずだ。


ところが後日、その女性とは、「あら、あの時の!」というお決まりのセリフと共に、まず間違いなく再会することになるのである。


そして視聴者は、その女性がこの物語のヒロインであるということに、いずれ気付かされることになるのである。


刑事ドラマのヒロインというのは、必ず事件に巻き込まれて行く運命にあるようで、物語のどこかで、まず間違いなく危険な目にさらされることになる。


本人に自覚は全くないだろうが、そういう意味では刑事ドラマのヒロインになどなるものではない・・・・・・。


また、主人公が刑事ではなく、探偵だったりした場合、ヒロインは1話限りの登場とは限らず、主人公の助手的な役割を与えられていることも多い。


このような場合は、ヒロインが危険な目にあうことも、当然1話限りであるはずがない。


ヒロインと言えば聞こえはいいが、主人公の助手をしている限り、彼女は常に生傷の絶えない人生を送ることになるだろう・・・・・・。


刑事ドラマでは普通に生活していたら、殺人とは無縁であるはずの一般人が、事件に巻き込まれて行くケースもある。


そして彼らには、「事件とは全くの無関係であるにも関わらず、なぜか事件に興味を持ってしまう」という共通点がある。


また、このような人たちは、なぜか事件に好かれる性質があるようで、その後も幾度となく、彼らの周りでは殺人事件が起こることになるのだ。


そして彼らが所属している、旅館や会社、出版社、学校などは、そのとばっちりを食って、何度も警察の捜査が入ることになるのである。


更に不思議なのは、殺人事件が多発する旅館や会社、出版社、学校などであるにも関わらず、なぜかそれらの施設が潰れたとか、閉鎖になったとかいう話は全く聞かない。


むしろその後、繁盛している光景が見られたりして、驚いてしまうのだが、ここは「怖いもの見たさの客が押し寄せて来ているのだ」と好意的に解釈しておくべきだろうか・・・・・・。


そしてさらに不思議なのは、彼らは何度も殺人事件の現場に居合わせているというのに、警察にほとんど疑われないということである。


普通の人間が殺人事件の現場に遭遇することなんて、そうそうあることではないし、恐らくほとんどの人は、一生そんな経験などしないはずだ。


それにも関わらず、彼らは刑事に、「また、お前たちか!」とあきれ顔で一喝されて、それで終わりなのである。


もはや、「どうかしている」としか言いようがない・・・・・・。


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刑事ドラマでは、「ぼーっ」と生活していると、本人が気付かないうちに、事件の舞台に引きずり込まれているということがよくある。


例えば、「この一通の手紙が、忌まわしい連続殺人への招待状になろうとは・・・・・・」というくだりが正にそうである。


手紙とか招待状というキーワードは、刑事ドラマにおいては、かなり危険と思っておいた方がよい。


手紙には無難な言葉を並べて返信しておくぐらいがちょうどいい。


また、招待状は常に欠席に〇を付けてポストに投函すべきである。


「結婚式なんだから、殺人なんて起こりっこない」などという甘い考えは捨てた方がよい。


刑事ドラマというのは非情なもので、ウエディングドレス姿の新婦の首が、いつの間にかちょん切れてなくなっていましたなんてことも、十二分に起こり得る話なのである・・・・・・。


また、「用事が出来て行けなくなったから、おまえ代わりに行かないか?」という誘いも断わった方が無難である。


その内容については、旅行代理店が企画するパッケージツアーだったり、リゾート施設への招待券だったり、映画やスポーツ観戦のチケットだったり様々である。


パッケージツアーやリゾート施設の招待券など、普通に申し込んだら結構な金額になるものだと、「幸運が舞い込んで来た!」と思って、ついついチケットを受け取ってしまいがちだ。


ところがこういう人は、後になって絶対に後悔することになる。


なぜなら主催者が呼びたかったのは、用事が出来て行けなくなった「彼」であって、代わりに参加することになった「あなた」ではないからだ。


もはや言うまでもないことだが、あなたは「招かれざる客」ということになる。


本人ではないからと追い帰されれば逆にラッキーで、そうでなかった場合は、まず間違いなく、事件に巻き込まれることになり、最悪の場合、殺されてしまうことだってあるだろう・・・・・・。


また、「代わりに行かないか?」と言われて受け取ったのが、映画やスポーツ観戦のチケットだったりした場合、「映画館やスタジアムで殺人事件なんて起こりっこない」という先入観から、なんの疑いも持たない人が多いと思う。


しかし、このような人出の多い場所で行う犯行に、うってつけの方法というのがじつはあって、犯人は混乱に紛れて誰にも気付かれずに、見事に犯行を完了してみせるのである・・・・・・。


このように刑事ドラマの登場人物というのは、いつどこで事件に巻き込まれるか知れず、ボーッと生きていては、「命はない」と思っておいた方がよい。


まさにチコちゃんの言うように、「ボーッと生きてんじゃね~よ!」なのである・・・・・・。


(画像上、桜の花弁が敷き詰められた地面。桜は散った後も美しい。画像下、シキミは今が花盛り・・・・・・)




2021年1月22日 (金)

「関東ローカルのCM」でんこちゃん

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一時期、横浜ではでんこちゃんのCMは、見ない日はないと言うくらい、頻繁に放映されていた。


しかも、その当時は、朝から晩まで一日に何回も、でんこちゃんの姿を見ていたので、私はでんこちゃんは芸能人並みの有名人なのだろうと、勝手にそう思い込んでいた・・・・・・。


ところがよくよく考えてみれば、でんこちゃんは東京電力のマスコットキャラクターなのだ。


東京電力の営業エリア外では、当然でんこちゃんがCMに登場することはないはずだ。


と言うことは、でんこちゃんのCMが放映されているのは、関東地方と山梨県、静岡県のエリアのみということになるだろう。


こんなに頻繁に見かけるでんこちゃんのことを、日本の大半の地域の人は知らないだなんて、なんだかにわかには信じられない気分である・・・・・・。


CMではでんこちゃんは、電気を無駄遣いしている家庭に、突然「じゃん!」という決まり文句と共に現れる。


「いったいどこから入って来たんだよ!」という話はさておき、でんこちゃんは電気の安全な利用方法などを、その家庭で色々とアドバイスした後、「電気を大切にね!」と人差し指を立てて、視聴者にもそのことを呼び掛けていた。


ちなみにこのでんこちゃんの声、当初は渡辺信子さんが声優を務めていたが、その後は乙葉さんが引き継いでいた・・・・・・。


ところで、でんこちゃんは、一企業のマスコットキャラクターであるにも関わらず、テレビアニメのキャラクター並みに、設定が細かいところまで、しっかりと練られていた。


でんこちゃんは本名を「分電でんこ」という。


分電家に嫁いで間もない主婦で子供はいない。


夫の「盤太」と共に、実家の近くのアパートで2人で暮らしている。


ちなみにでんこちゃんの家の住所は、「電柱市電線町の赤い屋根の家」。
どうでもいいが、こんな個人情報を世間に公開してしまっていいのだろうか・・・・・・。


でんこちゃんは主婦でありながら、どういう訳か「東京電力の顔」でもあり、四半世紀に渡り、東電の広告塔として活躍して来た。


初登場は1987年で、もともとはCMキャラクターではなくて、東電のパンフレットに、家庭内の電気の知識や、電気の安全を紹介するキャラクターとして登場していた。


そしてその後、CMキャラクターにも抜擢され、文字通り東電の顔になって行くことになる・・・・・・。


でんこちゃんは主婦なのだが、パンフレットやCMでは、なぜかリクルートスーツに身を包んだOLだったり、なんとランドセルを背負った小学生の格好で登場したりもしていた。


もしかしたらでんこちゃんには、コスプレの趣味があるのかもしれない・・・・・・。


でんこちゃんの夫は「分電盤太」という。
技術系のサラリーマンをしている。


でんこちゃんが学生時代を回想するシーンでは、学生服姿で登場しており、でんこちゃんとは学生時代からの付き合いであることが分かる。


盤太には「盤次」という弟がいる。
フリーターをしているらしい。


金髪に髪を染め、小麦色に日焼けした肌からは、不真面目そうな雰囲気がプンプン漂っている。


「アメリカで働かないか?」と誘われたことがあるが、じつは英語を話せないというエピソードは、私には「盤次」の頭の悪さを強調するために、あえて作られたエピソードとしか思えない。


それにしても、誘う方も誘う方で、彼の風貌を見た時点で、そんなことはすぐに分かりそうなものである・・・・・・。


また、「盤次」はネットサーファーで、電気を浪費する癖があるという。
まるで、でんこちゃんの説教を受けるために生まれて来たような男と言えよう・・・・・・。


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盤太(でんこの夫)には姉もいて、「暮野ちえ(くらしのちえ)」という。


冗談のような面白い名前だが、彼女は自分から「暮野道成」という商社マンと結婚して、この名前になったため、誰にも文句は言えない・・・・・・。


2人の間には「暮野エコ(くらしのえこ)」という、これまた冗談のような面白い名前の一人娘がいる。


なんでそんな名前を付けたのか、はなはだ疑問だが、もしかしたら母親の「暮野ちえ(くらしのちえ)」が、自分が結婚して面白い名前になってしまったことへの腹いせで、自分の娘にも面白系の名前を付けて、気を紛らわせているのではあるまいか・・・・・・。


ちなみに「盤太(でんこの夫)」、「盤次(金髪浪費男)」、「ちえ(面白い名前の姉)」には、ちゃんと両親の設定もある。


父親は「分電盤太郎」と言い、小学校の教頭先生をしている。


母親は「分電のどか」と言い、甘いものが大好きなのだそう・・・・・・。


一応、でんこちゃんの両親もキャラクターデザインは存在している。


しかし、なぜかでんこちゃんの両親には名前がなくて、「でんこの父」と「でんこの母」としか書かれていない。


そしてどういう訳か、他のキャラクターと違って、プロフィールの設定が何ひとつないのだ。


サブキャラクターである盤太の家族には、事細かくキャラクター設定がされているのに、主人公であるでんこちゃんの両親には名前すら付いていないとは、いったいどういうことなのか。


しかも、分電家のペットの猫には、「ニャモコン」という名前まで付いていて、「生まれた時は体が弱く、電気ヒーターにもたれかかっていた」という、簡単なエピソードまで紹介されているのだ。


でんこちゃんの両親は、「ニャモコン」よりも重要視されていないキャラクターだというのか・・・・・・。


このようにでんこちゃんに登場するキャラクターは、まるでテレビアニメ並みに、事細かく設定が練られていて、それこそ「サザエさん」的なテレビアニメを作ろうと思えば、出来たのではないかと思えるほどだった・・・・・・。


そんなでんこちゃんだが、2011年3月11日の東日本大震災が原因で起きた、福島第一原子力発電所の事故の後、めっきりその姿を見ることがなくなった。


東京電力のコメントによると、「2012年3月31日で契約が切れるので、更新しないことが決まっている」とのことだった。


その理由としては、「コスト削減」とのことだったが、でんこちゃんを起用しないことで、どれほどのコストが削減できるのか、個人的にはかなり疑問に思っていたものだ・・・・・・。


そういえば東京電力は、「契約が切れる」と言っていた。


と言うことは、でんこちゃんは、主婦でありながら、東電の契約社員だったということなのだろうか。


もしそうだとしたら、所属部署は広報課だったということになる。


それとも、でんこちゃんは、タレント事務所にでも所属しており、東電とCM契約を結んでいたということなのか・・・・・・。


また、でんこちゃんは主婦でありながら、一時は東電の関連施設に、「でんこちゃんショップ」というグッツ専門店も開いていた。


更に言うなら、震災前までは、公式ホームページまで開設されていて、とても主婦が片手間でやっている仕事とは思えなかった。


現在ではホームページも削除されてしまい、でんこちゃんに事の真相を確認する術がなくなってしまった・・・・・・。


そう言えば、私はでんこちゃんの家の住所を知っていたっけ。
「電柱市電線町の赤い屋根の家」に手紙でも出してみようかな・・・・・・。


(画像上、お正月の松飾りを焚き上げる「どんど焼き」の風景。画像下、テントウムシは成虫で越冬する昆虫だ)

2020年10月18日 (日)

「関東ローカルのCM」三井のリハウス

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全国区だと思っていたCMがじつは関東ローカルだったと知った時の衝撃は大きい。


私がこれまでに一番以外に感じたのは、「三井のリハウス」のCMだ。


このCMが最初に放映されたのは1987(昭和62)年。


「初代リハウスガール」としてCMに起用されたのは、当時まだ10代だった宮沢りえだった。


「三井のリハウス」のCMは、思春期の娘がいる家庭で、娘が成長したことをきっかけに、住み替えをするという設定。


この時、CMで宮沢りえが演じていたのは転校生の役。


担任と2人で教室の前に立ち、クラスメートに「白鳥麗子です」と、自己紹介をしているシーンがとても印象的だった。


そして当時、このCMを見た多くの人が、「なんて透明感のある少女なんだ」と、まだほとんど無名だった宮沢りえを絶賛し、世の中の大きな話題となったのだ。


余談だが、当時はこの「三井のリハウス」のCMが転校生のハードルを上げ、転校して来る側も、それを受け入れる側も、「白鳥麗子」を変に意識してしまい、不安や期待の入り混じる妙な空気で、教室が満たされていたものである・・・・・・。


で、その後もこの「三井のリハウス」のCMでは、「リハウスガール」として、代々、新人の女優を起用し、現在に至るまでそうそうたるメンバーが名を連ねている。


ところが、じつはこの「三井のリハウス」のCMは、首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城)を対象とした、ローカルCMなのだそうだ。


私は1987(昭和62)年に宮沢りえが「白鳥麗子」として登場したあのシーンが未だに忘れられない。
彼女はあのCMがきっかけで、女優として様々な作品に出演するようになって行ったのだ。


そして当時あのCMは、テレビ番組や雑誌、新聞などを巻き込んで、「あの娘は誰?」と大きな話題になっていた。


それなのに、「三井のリハウス」のCMが、首都圏ローカルだったなんてちょっとショックである。


バラエティ番組や情報番組などで、あのCMが話題になっていた時は、他の地域の人には全く意味が通じていなかったということなのだろうか・・・・・・。


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昔はよく放映されていたのに、いつの間にか全く見なくなっていたCMに「宇津救命丸」がある。


CMは記憶にないけど、「宇津救命丸」という名前は聞いたことがあるという人は、このCMを絶対に見たことがあるはずだ。


「宇津救命丸」のCMは、まるで絵本のページをペラペラと捲って、読み進めて行くような作りになっていた。


私が覚えているのは、影絵のとんがり帽子の小人が2人登場し、チューリップの花の中で眠っている影絵の赤ちゃんを、そっと覗き込んでいるバージョンと、一羽のコウノトリが、その長いくちばしに赤ちゃんをたずさえて、夜の街を一軒の家を目指して、ゆっくりと飛んで行くバージョンの2つだ。


そしてそのどちらのバージョンも、CMの締めくくりは、「赤ちゃんも夢を見るのかしら。風邪ひき、かんの虫、胃腸障害に宇津救命丸」というナレーションだった・・・・・・。


私は子供の頃、この「宇津救命丸」のCMが大好きで、自分にとっては全く必要のない商品だったにも関わらず、どこにいてもCMが始まるとテレビの前まで走って行って、その場に突っ立ったまま、最後までCMを食い入るように見つめていたものだ。


ちなみにこの「宇津救命丸」のCMも関東ローカルとのことで、関東以外の地域の人は、「宇津救命丸」の名前すら知らないらしい。


その代わりと言うのも変な話だが、関西には「樋屋奇応丸」という、関東の人間には馴染みのない、似たような薬があるそうだ・・・・・・。


「ホントにホントにホントにホントにラ~イオ~ンだ~♪」という歌で有名な、「富士サファリパーク」のCMもじつは関東ローカルだという。


ちなみにこのCM曲、開園以来40年間、CMで流され続けていて、恐らく「関東では知らない人はいない」と言うくらい浸透している。


ちなみに現在CMで流されているのは15秒バージョンだが、1980(昭和55)年の放映開始当初は、30秒CMが主流だったこともあり、30秒バージョンで流されていた。


若い人は聞いたことがないだろうが、「ホントにホントにホントにホントにラ~イオ~ンだ~♪」には続きがあって、その後は「ホントにホントにホントにホントにゾ~ウな~のだ~♪」、そして「ホントにホントにホントにホントにク~マな~のだ~♪」とリレーされて行く・・・・・・。


ところでこの歌、和田アキ子さんが歌っていると思い込んでいる人がじつに多いらしい。


どこからそんな話が出て来たのか全くもって不明だが、この曲を歌っているのは、キン肉マンや宇宙刑事ギャバンのOP曲を歌っていた串田アキラさんである。


キン肉マンの歌い出しの、「GO! GO! マッスル!リ~ング~に~ ♪」というあの声を想像してみてもらえれば分かりやすいと思う・・・・・・。


ところで、「富士サファリパーク」のCMは、バラエティ番組の中で何度か紹介されていたこともあり、私は全国区とまではいかないまでも、日本のかなり広い範囲で放映されているCMなのだろうと勝手に思っていた。


ところがじつは関東ローカルだと聞いてたいへん驚いた。


と言うことは、それを全国放送のバラエティ番組のネタにしても、関東地方の人にしか意味が通じていなかったことになる訳だ。


そしてこのCMが放映されていない地域の人たちは、「ホントにホントにホントにホントにラ~イオ~ンだ~ ♪」を、番組で初めて聞かされて、いったいどのように受け止めていたのだろう。


そして大盛り上がりの東京のスタジオと、それを呆然と見つめているお茶の間との温度差も、きっとかなりの開きがあったのだろうと思うと、なんだかちょっとやるせない気持ちになる・・・・・・。


(画像上、「藁ボッチ」が並ぶ里山の田んぼは今の季節ならではの風景。画像下、草地でショウリョウバッタモドキと「こんにちは!」)

2020年10月 6日 (火)

午後6時50分のドラえもん

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私が子供の頃、アニメ「ドラえもん」は、月曜日~土曜日の帯番組で、午後6時50分から10分間だけ放送されていた。


私の記憶では、確か午後6時から始まるニュース番組から、切れ目なく移行していたと思う。


この帯番組は10分間番組だったので、当然1話分だけの放送だった。


ところが同年代の人にこの話をしても、「知らない」と言う人がけっこういて、「へんだな~・・・」と思っていたところ、どうやらこの午後6時50分からの10分間番組は、関東ローカルだったようだ・・・・・・。


その後、間もなくして、アニメ「ドラえもん」は、日曜日の午前8時30分からの30分番組も始まったが、そんな朝っぱらから放送されても、「日曜日ぐらいはゆっくり寝ていよう」とか、早く起きても、「日曜日は家族でお出かけ」という家が多くて、私の周りでは見ているという者は、ほとんどいなかったように思う。


そんな訳で、私は日曜日の午前8時30分からの30分番組は、放送されていたことだけは知っていたが、結局のところ1回も見たことはなかった。


そのせいか、個人的にはアニメ「ドラえもん」は、午後6時50分からの10分間番組という印象の方が、今でも強く残っている。


ここまでの話で、すでにお気付きのかたも多いかと思うが、当時(1979年~1980年頃)のアニメ「ドラえもん」は、月曜日~土曜日は夜の10分間番組、日曜日は朝の30分番組があったので、早い話が「毎日放送されていた」ということになり、ドラえもんファンにはなんとも贅沢な時代だったと言えるだろう・・・・・・。


ところでアニメ「ドラえもん」の放送時間で、多くの人が記憶しているのは、「毎週金曜日の午後7時からの30分番組」ではないだろうか。


なんだか、「そう、そう、そう!」と同意する声が聞こえて来るような気がする。


じつはアニメ「ドラえもん」が、この時間に放送されるようになったのは1980年の9月からで、これはそれまで日曜日の朝にやっていた30分番組を、金曜日の午後7時に移動させて来たものだった。


やっぱり日曜日の朝8時30分では視聴率が上がらなかったのだろうか・・・・・・。


そしてこれにともなって、月曜日~土曜日の夜に放送されていた10分間の帯番組は終了となり、後番組として「忍者ハットリくん」が始まった。


これは個人的にはとても残念だったのだが、このままだと毎週金曜日だけ、10分番組のドラえもんの直後に、30分番組のドラえもんが続けて始まるという、なんともおかしな構図となってしまうため、終了になったものと思われる・・・・・・。


アニメ「ドラえもん」の放送時間と言えば、1987年10月~1989年3月の期間だけ、午後6時50分~午後7時20分の枠へ放送時間が変更になったことがあった。


これは番組改編で、午後7時20分という中途半端な時間から、新しくニュース番組が始まったためだった。


個人的にはドラえもんが午後6時50分から始まるのを、ちょっと懐かしく感じていたのだが、中途半端な時間から始まるニュース番組であったため、視聴率が上がらなかったのか、1年ちょっとで終了し、それにともなって、ドラえもんも午後7時からの放送枠に戻されたのだった。


そしてその後は、「金曜日の夜7時はドラえもん」に固定され、そのイメージが日本全国の少年少女たちに定着して行くことになったのだった・・・・・・。


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ところが私は「ドラえもん」というと、どういう訳か、未だに午後6時50分から始まる、あの10分間の帯番組の印象が最も強く心に残っている。


じつはこの帯番組が放送されていた期間は、わずか1年半程度だった。
それなのになぜそこまで強く印象に残っているのか、自分のことながら不思議でならなかった。


そこでその理由を自分なりに色々と考えてみたのだが、まず放送が週1回とかではなく、月曜日~土曜日まで、毎日放送されていたということが大きかったのではないかと思う。


子供にとって、「毎日、同じ時間に見られる」というのは、やはり楽しみだし嬉しいものだ。


それによくよく考えてみたら、こんな「連ドラ」方式のアニメって、この時の「ドラえもん」だけだったのではないだろうか。


また、午後6時50分からの10分間番組だと、野球放送のため放送がなくなるという心配がなかったのも大きいと思う。


午後7時からの放送だと、野球放送の枠とかぶるため、どうしてもシーズン中は野球放送にすり替わることが多かったのだ・・・・・・。


そしてこの帯番組が放送されていた当時、ドラえもんのオープニングソングは、なんとドラえもん本人が歌う、「ぼく ドラえもん」だった。


ドラえもん(当時の声優は大山のぶ代さん)の声やしゃべり方はとても個性的で、テレビの前の少年少女の心をグッと掴んで離さない、魅力あふれるものだった。


そしてそれは正にドラえもんの世界観そのものと言ってもよかったと思う・・・・・・。


そのドラえもんがオープニングから、「あったまテッカテーカ、さえてピッカピーカ、そぉーれがどぉしーた、ぼくドラえもん~ ♪」と、あの独特の声とイントネーションで歌い始めれば、テレビの前の子供たちはもうその瞬間に、ドラえもんの世界に一気に心を持って行かれていたと言っても過言ではないだろう・・・・・・。


そしてこの「ぼく ドラえもん」は、歌詞に「キミョウ、キテレツ、マカフシギ、キソウテンガイ、シシャゴニュウ、デマエジンソク、ラクガキムヨウ」という、まるで早口言葉のような、何かの暗号のような、謎の言葉が羅列する部分があって、当時の子供たちはなぜかそこに不思議な魅力を感じて、意味も分からないのに、必死で歌詞を覚えようとしていたものである。


別に歌詞を覚えなければいけないという決まりなんてなかったのだが、それを覚えることがドラえもんファンのスタンダードみたいなところがあったのだと思う。


そしてこの「ぼく ドラえもん」は、10分間の帯番組が終了すると同時に、オープニングには使われなくなった・・・・・・。


そして、アニメ「ドラえもん」が、金曜日の午後7時からの30分番組になってからは、「こんなこといいな、できたらいいな ♪」で始まる、「ドラえもんのうた」がオープニングに使われるようになったのだ。


恐らく多くの世代がドラえもんのオープニングソングとして認識しているのは、この「ドラえもんのうた」の方なのではないだろうか・・・・・・。


しかし、私の中では未だに、「ぼく ドラえもん」の強烈なインパクトが、頭の中にはっきりと刻まれていて、あの10分間の帯番組こそが、私にとっての「ドラえもん」であり続けているのである・・・・・・。


(画像上、猛暑の影響なのか、今年は彼岸花の開花が遅れた。画像下、こちらも猛暑の影響か、今年はアキアカネが平地に帰って来るのが遅かった・・・・・・)


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