カテゴリー「オカルト(都市伝説)」の記事

2024年5月17日 (金)

ミミズバーガーのうわさ

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昭和の頃には、「その話し本当なの?」と思うような、どうしようもない噂話がたくさんあった。


冷静になって考えてみれば、どう考えても嘘なのに、当時は「本当の話」として、真面目に語られていたので、そのことを信じて疑わない人も少なくなかった。


ひとつ例を挙げるなら、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話が有名である。


今だったら、「都市伝説」という言葉ひとつで片付けられてしまい、発信する側も、受け取る側も、「信じるか信じないかは、あなた次第です」というスタンスがお約束になっている。


しかし、昭和の頃には、「都市伝説」などという便利な言葉は存在していなかったので、本当なのか嘘なのか分からない話は、あくまでも「噂」であって、その話を事実として受け取って信じている人もたくさんいたのだ・・・・・・。


では、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話は、具体的にはどのようなものだったのだろうか。


この手の話というのは、時代と共にアップデートされて行くので、この話が現在どのような内容になっているのかは私は知らない。


ちなみに私が子供の頃に聞いた話では・・・・・・、


「マクドナルドのアルバイト店員が何気なく調理場を覗いたところ、調理担当者がハンバーグの具材にミミズの肉を入れて調理しているところだった。そして、その様子を見ていた店長に、店の奥へ連れて行かれて、口止め料として多額の現金を渡された・・・・・・」


また、別の話では・・・・・・、


「客の女子高生が店内でハンバーガーをひとかじりしたところ、ハンバーガーから何やら赤いひものようなものが垂れ下がって来た。そしてそれをよく見ると、まるでミミズのような縞模様が入っており、女子高生がそのことについて、店員にクレームを言うと、店の奥へ通されて、現金を手渡された・・・・・・」といった話が有名だった・・・・・・。


確かミミズ以外にも、犬の肉や猫の肉、ネズミの肉などのバリエーションがあったと思う。


ネコの肉説では、店舗裏のポリバケツに、猫の皮が捨ててあったとか、店の冷蔵庫にネコの頭が並んでいたとか言われていて、マクドナルドには野良猫を捕獲するための専門の部署があるなんていう話も、まことしやかに語られていた。


と、そうはいっても、やはり主流だったのは、ミミズの肉説だったように思う・・・・・・。


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では、そもそもの話、どうしてこのような都市伝説が生まれたのだろうか。


じつはこれについては、いくつかの要因が重なって誕生した可能性が極めて高い。


まず、個人的に一番大きな要因と思っているのが、ハンバーグを作るために使用するひき肉が、一見ミミズっぽいビジュアルをしていることだ。


みなさんもご存じの通り、ひき肉は細長く、生の状態では赤っぽい色合いをしており、見方によってはミミズに似ていなくもない・・・・・・。


また、かつての精肉業界では、隠語としてひき肉のことを「ミミズ」と呼んでいたそうなのだ。


精肉のプロがひき肉のことを「ミミズ」と呼ぶぐらいなのだから、やはり生のひき肉のビジュアルはミミズに似ているのだろう。


もし、精肉業者がひき肉の納品の際に、「はい、ミミズ〇kgね~!」などと言いながら、ひき肉が入ったポリ袋を手渡したりしていたら、事情を知らないアルバイト店員は、その様子を見て、きっと仰天したに違いない・・・・・・。


しかし、そうはいっても、「そんな訳ないだろう!」と冗談だと思う人が大半だと思う。


では、当時はどうしてそこまで、ミミズバーガーの存在を信じて疑わない人が多かったのだろう。


じつはあの当時は、食用ミミズの養殖が話題になった時代でもあった。


海外では食用ミミズを食べる習慣がある国もあり、フランスでは高級食材とも言われていた。


そのような習慣のない日本では、衝撃のエピソードとしてテレビで紹介され、人々の記憶の中に強烈な印象を残していた。


そんな時代背景もあって、ミミズバーガーの都市伝説は、あの時代だからこそ、定着して行ったのだと思う・・・・・・。


また、ハンバーガーという食べ物は、牛肉を使っているにも関わらず、とにかく値段が安かった。


あの当時のハンバーガーの価格は、確か180円前後だったと思う。


ハンバーガーの値段だけ見たら、いまと大して変わらないが、牛肉といえば食肉界の王様である。


豚肉や鶏肉などと比べると、価格は格段に高くなるのは言うまでもない。


「ハンバーガーは牛肉を使っているにも関わらず、そんなに値段が安いのは、ちょっとおかしいんじゃないのか?」と考える人も少なくなかったようなのだ。


そこで人々の頭をよぎったのが、あの食用ミミズだったのである。


ちなみに私は子供の頃、牛肉が苦手だったので、ハンバーガーなんて食べたいとも思わなかったし、食べたことも一度もなかった。


だからハンバーガーにミミズが入っていようがいまいが、そんなことははっきり言ってどうでもよかった。


だから友達から、「ミミズバーガーの話を聞いてから、ハンバーガーが食べられなくなった」という話を聞かされても、あまりピンと来なくて、「へ~、そうなんだ~」と気のない返事しか出来なかったものである。


しかし、よく考えてみれば、その友達は、そのことを知らなかったとはいえ、ハンバーガーを「美味い、美味い!」と食べていたのだ。


ということは、「こいつにとって、ミミズって美味い食べ物ってことになるんじゃないのか?」と、私は頭の片隅で薄っすらと考えていたのだった・・・・・・。


(画像上、白、桃、赤と花色が移ろっていくハコネウツギの花・・・・・・。画像下、ブラシノキの花は、瓶を洗うブラシのような形をしている・・・・・・)



2024年4月29日 (月)

宇宙人解剖フィルム

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▲テレビ番組に先行して発売になった扶桑社のムック本。「宇宙人解剖フィルム」から多くの画像を使って解説されている。好評だったのか、「最終報告」と題して、後に第二弾も発売になった・・・・・・。

「宇宙人解剖フィルム」と呼ばれる映像をご存知だろうか。


日本では1996(平成8)年2月2日に、フジテレビ系列の番組で初めて紹介されて、当時はたいへんな話題になった。


じつは当初このフィルムは、1995(平成7)年8月28日に、世界で一斉に放映するよう計画されていて、「出来れば日本もこれに合わせて、同時期に放映出来ないか?」という申し入れがあったのだそうだ。


結果的に日本ではそれはかなわず、1996(平成8)年2月2日に、「金曜超テレビ宣言!」内の特別番組、「UFO墜落から48年 今世紀最大の衝撃映像 宇宙人は本当に解剖されていた !!(フジテレビ系)」の中で初めて放映された・・・・・・。


で、そもそも、この「宇宙人解剖フィルム」が、どういった経緯で撮影されたのかというと、1947年7月に、ニューメキシコ州ロズウェルに墜落したといわれるUFOから、3体の宇宙人の死体が回収された。


そしてその1ヶ月後に、テキサス州ダラスのフォートワース基地内で、宇宙人の死体解剖が行われ、これを16ミリフィルムに記録したものだというのだ。


ロズウェル事件に関しては、それまでもテレビで何度も語られており、その都度、墜落時のイメージ映像が作られ流されていたので、私も事件の概要はなんとなく分かっていた。


しかし、墜落したUFOの中から回収されたという、「宇宙人」のリアルな映像が公開されたのはこの時が初であり、当時放送を見た多くの人が驚愕したのはもはや言うまでもない・・・・・・。


で、この「宇宙人解剖フィルム」が、具体的にどのようなものだったのかというと、小さな殺風景な部屋の中で、防護服のようなものを着た2人の人物が、台の上に横たわっている宇宙人の死体を解剖し、その様子を紙に記録している様子が映し出されている。


そしてガラス越しにその様子を見守る、もう1人の人物が映っていた。


映像は白黒で画質も荒く、「宇宙人」の皮膚の色や、取り出した内臓の色などは確認することが出来ない。


で、この「宇宙人」とされる生物の死体なのだが、私にはなんだか違和感しかなかった・・・・・・。


確かに映像の中の「宇宙人」は、人に比べて頭部が大きく、大きな目をしており、顔だけを見たら、よく知られた宇宙人グレイに似ていなくもない。


しかし、その体型はどう見ても人であり、ロズウェル事件で回収された宇宙人のスケッチとは、大きく外見が異なっている。


まず、頭部だが、「宇宙人解剖フィルム」に映っている宇宙人は、ロズウェル事件の宇宙人に比べて、明らかに目が小さい。


それに黒目しかないと思われていた目には、黒いフィルム状のカバーが入っていて、これをピンセットで剥して行くと、その下から白目をむいた状態の眼球が現れるのだ。


私は子供の頃、椅子に座っている人のアイマスクをそっと外したら、ガッツリ白目をむいていて、慌てて元に戻すというコントを見た記憶があるのだが、思わずそれを思い出してしまい、映像を見ながら、「プッ!」と吹き出してしまった・・・・・・。


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▲帯にはテレビ番組で司会を務めていた、ビートたけしのコメントと写真が紹介されている。どうでもいいけど、今こうしてみると、たけしが若い・・・・・・。

また、ロズウェル事件の宇宙人には、耳たぶはないとされていたが、「宇宙人解剖フィルム」の宇宙人には、小さな耳たぶが確認出来る。


さらにロズウェル事件の宇宙人は口は退化しており、小さなスリット状と言われていたが、映像の宇宙人の口は、まるで酔っぱらって、ポカンと口を開けて眠っている人間のようである・・・・・・。


また、ロズウェル事件の宇宙人は、手足の指に親指はなく、4本指だったと言われている。


しかし、映像の宇宙人の手足の指は、しっかり親指があるばかりか、どういう訳か6本指に増えてしまっているのだ。


また、ロズウェル事件の宇宙人は、手足の指は細長く尖っており、指の間には水かきのようなものが付いていたとされている。


しかし、映像の宇宙人の手足の指は、まるで人の指の形そのもので、指の間に水かきもなかった・・・・・・。


そして、私が映像の宇宙人で、最も違和感を覚えたのは、不自然なくらい大きく膨らんだ、その腹だった。


ロズウェル事件の宇宙人は、大きな頭部に見合わないくらい、華奢な身体つきをしていて、そのアンバランス感こそが、宇宙人の定番のイメージにもなっていた。


だから私には映像の宇宙人は、ビール腹のおやじが素っ裸で寝転がっているようにしか見えず、「なんだ・・・、人間じゃないか・・・」と、思わず口走っていたのを、いまでもはっきりと覚えている。


ただ、後から聞いた話では、どうやらこの「宇宙人」は女性だったらしく、私は「宇宙人にはおっぱいはない」ということを、この時はじめて知ったのだった・・・・・・。



2024年4月17日 (水)

「謎フレーズ探偵」たけやさおだけ

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最近は「さおだけ屋」なんて、ほとんど見かけなくなってしまったが、私が子供の頃には、さおだけ屋は「やきいも屋」、「ちりがみ交換」と並んで、町内をしばしば巡回している車の1つだった。


「さおだけ屋」は軽トラックの荷台に、竿竹と物干し台を乗せて各町内を回り移動販売をしていた・・・・・・。


また、「さおだけ屋」といえば、「た~けや~、さおだけぇ~、2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」というフレーズがお馴染みで、これを軽トラのスピーカーから流しながら、かなりゆっくりとしたスピードで町内を走っていた。


ちなみに「〇」の部分については、時代と共に少しずつ変化していたのではないかと思う・・・・・・。


ところで私が子供の頃は、「やきいも屋」と「ちりがみ交換」は呼び止めている人をよく見かけたものだが、「さおだけ屋」を呼び止めている人は、個人的には一度も見たことがなかった。


というのも、当時さおだけ屋は、「悪徳商法で詐欺である」という噂が流れていて、車を呼び止めたが最後、運転席から怖いおじさんが降りて来て、高額な竿竹や物干し台を売りつけて来ると言われていた。


軽トラのスピーカーからは、「2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」と流してはいるが、実際には言葉巧みに誘導されて、最終的には5~6万もする高額商品を買わされるというのである・・・・・・。


ちなみに「2本で〇円、〇年前のお値段です」のフレーズだが、「2本で千円、20年前のお値段です」と記憶されているかたが多いと思う。


じつはこの部分については、「2本で千円というのは20年前のお値段で今は違いますよ」という意味が隠されているというのだ。


ちゃんと逃げ道は作ってあるということだろう・・・・・・。


また、実際に2本で千円の品物から、幅広い価格帯で商品を揃えてはいるが、安い商品はすぐに錆びて、買い替えなくてはならなくなる。


「それならば、長持ちする高級品の方が、長い目で見たら安く付きますよ」と説明され、結局は高額な商品を買わされることになるのだという話もあった。


うちではさおだけ屋から、竿竹や物干し台を買ったことは一度もなかったので、実際にその噂が本当だったのかどうかは定かではないが、当時はその噂を信じている人が多かったように思う・・・・・・。


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ところでこれは大人になってから知った話なのだが、じつは「さおだけ屋」というのは、国家機関などから依頼されて、隠密活動を行っている集団で、竿竹の移動販売という業務形態は、それをカモフラージュしているに過ぎないのだという、まるで都市伝説のような噂まで存在していた。


前述のように、私は「さおだけ屋」をわざわざ呼び止めて、竿竹や物干し台を買っている人を見たことは過去に一度もなかった。


そもそも竿竹や物干し台なんて、そう頻繁に買い替えるようなものではないし、いつも売れない竿竹を荷台に積んで、町内を流しているだけの軽トラを見ていると、子供だって、「こんなんで、商売になるのかよ」と疑問に感じていたほどである。


それを考えると、先程の「そんな馬鹿な」と思えるような都市伝説が、なんだか現実味を帯びて来るような気がしてならないのだ・・・・・・。


では、さおだけ屋が国家機関から依頼されている隠密活動とは、いったいどのようなものなのだろうか。


これについては、電波傍受や盗聴を始め、一般には法的に行えないことを、代行しているのだという。


どうでもいいが、もしそれが事実だとしたら、「一歩間違えたら、犯罪者じゃねえか」という気がしないでもない・・・・・・。


では、そんな怪しい依頼が、具体的にはどこから来ているというのだろうか。


これについては、ズバリ、「公安警察」なのだそうだ。


「え~~~~~!」という気がしないでもないが、実際のところ、町内に紛れ込んで、潜伏している犯人を探し出すことは、決して容易なことではなく、定期的に軽トラで町内を流している「さおだけ屋」は、情報収集にはうってつけの存在なのだとか。


また、逃亡生活を続ける犯人の側からすると、さおだけ屋の「た~けや~、さ~おだけ~」のフレーズを聴くことで、「公安に追い詰められている」という気持ちが増していき、精神的にどんどん追い詰められていくのだそうだ・・・・・・。


ところで、なぜ逃走犯は「さおだけ屋は公安と繋がっている」ということを知っているのだろうか。


「怪盗〇〇〇〇」的な犯人なら、そんな情報を握っていても、決しておかしくはないが、元は一般人だったであろう普通の犯人が、そんな情報を知っているとはとても思えない・・・・・・。


私が子供の頃に聴いた、「た~けや~、さ~おだけ~」というあのフレーズは、まるで民謡歌手のような歌い方をする、おっさんの声だったのだが、いつの頃からか、あまり歌が上手いとは言いかねる、若い女性の声に変わっていた。


ちなみにスピーカーから流れてくる声は若い女性の声だが、運転しているのは、相変わらず、くたびれたおやじなので、「ちょっと見に行ってみよう」なんて気は起こさない方がよい。


多くの人に声を掛けてもらうための、イメージ戦略だったのかもしれないが、逃走犯にプレッシャーをかけて追い詰めるためには、昭和の頃によく聴かれた、あの、おっさんの声の方がよかったんじゃないかなぁと思う今日この頃である・・・・・・。


(画像上、岩に根付いたタチツボスミレ・・・・・・。画像下、身近な春の花、カントウタンポポ・・・・・・)


2023年11月13日 (月)

異世界への入り口

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▲道の脇にあるちょっと開けた空間に1本の柿の木が立っている。私が中学生の頃に、「異世界への入り口」と呼ばれていた柿の木だ。当時は下校時にここで休憩している学生をよく見かけたものだ・・・・・・。

私が中学生の頃、通学路の道端に、1本の柿の木があった。


その柿の木は以前は幹が二股になっていたようだが、何かの理由で手前の幹を伐採したらしく、幹の根本付近が手前に大きくせり出して、洞のような形になっていた。


洞といっても、ポッカリと穴が開いていたという訳ではなかったので、当時は学校帰りに、そのくぼみの部分に腰を掛けて、休憩している学生をよく見かけたものだった・・・・・・。


そんなある日、柿の木の前を通りかかると、その日に限ってなぜか切り株には誰も座っていなかった。


私は「へ~、珍しいこともあるもんだな~」と思いながら、柿の木の前を通り過ぎようとしていた。


しかし、ちょうどその時、視界の片隅に何か妙なものが入り込んで来たのが分かった。


私はそれに何気なく視線をやると、思わず「ギョッ!」として立ち止まった。


そこに何があったのかというと、なぜか柿の木の前に、真っ赤なハイヒールが無造作に脱ぎ捨ててあったのだ。


恐らく誰も座っていなかったのは、このハイヒールが原因だろう。


最初は「誰かが新しい靴を買って来て、古いハイヒールを脱ぎ捨てて行ったのだろう」ぐらいにしか思っていなかった。


ところがどうもそうではなかったらしいのだ。


なぜかというと、そこに脱ぎ捨ててあった赤いハイヒールは、どう見ても真新しく、何年も履き込んでいるもののようには、とても見えなかったのである。


では、このハイヒールの持ち主は、いったいどうやって、この場から立ち去ったというのだろう。


まさか裸足でということはないだろうし、仮に何らかの理由で靴を履き替えたのだとしても、ここにハイヒールを残して行く意味が分からない。


で、この赤いハイヒールは、2日間その場に放置されていたのだが、3日目の朝には忽然と姿を消していた・・・・・・。


それから半月ほどたったある日、学校からの帰り道にあの柿の木の前を通ると、またしても木の前に何かが落ちているのが分かった。


「今度はなんだろう?」と思い、柿の木の前まで行ってみると、まず手前に小学生のものと思しきスニーカーが転がっていた。


そして切り株の右側には、小学校で使う絵の具セットが、きれいに立てた状態で置かれていた。


絵の具セットのケースの色は「青」だったので、どうやら持ち主は男子小学生のようだった。


なぜそんなことが分かるのかというと、私が小学生の頃は、絵の具セットの色は、男子が「青」で女子が「赤」と決まっていたのだ。


で、そんなことはともかく、彼はこんな所に絵の具セットを置いたまま、いったいどこへ行ってしまったというのだろう。


しかも、靴も履かずにである。


そもそもなぜわざわざ靴を脱いだりしたのだろう・・・・・・。


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▲これが私が中学生の頃に、「異世界への入り口」と呼ばれていた洞。当時はもっと平らだったのだが、知らぬ間にこんな風に斜めに変形してしまっていた。形は変わってしまったものの、数十年間もこの場所に変わらず立っているってすごいことだと思う・・・・・・。

状況としては、赤いハイヒールの時と、さして変わってはいないのだが、今回はひとつ分かったことがあった。


何が分かったのかというと、「どうやら小学生の彼は、あの柿の木の洞に、間違いなく座っていた」ということである。


なぜなら彼の絵の具セットは、ちょうど柿の木の切り株の右側に立てた状態で置かれていたからだ。


つまり道の方を向いて切り株に腰かけた場合、右手に持っていた絵の具セットを、そのまま自分の脇に置くと、ちょうどこの位置でピッタリなのだ。


そして彼が履いていたスニーカーのつま先も道の方を向いており、彼がここに座っていたことを示唆していたのだ。


そしてそれはあの赤いハイヒールの時も同様だった。


ということは、2人はやはりここに座っていたと考えるのが妥当だろう・・・・・・。


そんなことがあってから、誰が言い始めたのかは定かではないが、いつしかこの柿の木の洞は異世界に通じていて、切り株に座ると洞に吸い込まれてしまうのだという都市伝説が生まれていた。


仮にその話が事実だとして、切り株に座った者が洞に吸い込まれてしまったとする。


しかし、それならどうしてわざわざ、彼らは靴を脱いだりしたのだろうか。


そもそもこれから洞に吸い込まれようとしている人が、靴を脱いでいる余裕などあるはずがない。


普通に考えたら、何も考える暇もなく、洞の中へ「ズボッ!」と吸い込まれて行ってしまうだろう。


それとも異世界というのはじつは土足厳禁で、「まずそこで靴を脱げ!」的なことを、背後からささやかれるのだろうか。


「金を出せ!」と背中にピストルを突き付けられているような状況を想定するなら、大人しく言うことを聞かざるを得ないかもしれない・・・・・・。


それからしばらくして、友人と2人で柿の木の前を通ると、切り株の上に茶色い紙袋に入った何かが置かれていた。


手に取って見ると、それは近所にある「〇〇書店」の紙袋のようだった。


紙袋の口はきちんとテープが貼られていたのだが、持ち主らしき人物はなぜかどこにもいなかった。


そこで封を開けて中身を確認してみると、中には高校の参考書が一冊と、エロ本が2冊入っていた。


なんとも絶妙な組み合わせといえよう。


友人は柿の木の洞を指差しながら、「どうせ持ち主は吸い込まれちゃったんだから、これはもらって行こうぜ」と、都合のいいことを言うと、参考書だけを切り株の上へ戻して、エロ本一冊を自分のカバンへ入れ、もう一冊を私に差し出した。


参考書は2週間以上、その場に放置されていたが、エロ本2冊は私たちに拾われ、結果的に有効活用されることとなり、無駄にはならずに済んだのである・・・・・・。



2023年3月13日 (月)

学校の七不思議

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▲理科室は学校の怪談の宝庫である。人体模型や骨格模型が夜になると動き出すという話は、いつの時代も「学校の七不思議」の定番になっている・・・・・・。

学校にまつわる怖い話といえば、「学校の七不思議」として語られることが多い。


ところが、私は学生時代、小学校、中学校、高校を通して見ても、「学校の七不思議」なんて一度も聞いたことがなかった。


この手の話が一番流行るであろう小学生の頃でさえ、定番の怖い話が単体で語られているぐらいで、7つもセットで語り継がれているようなことはなかった。


で、これについて「なんでだろう?」と考えてみたところ、七不思議の話の土台となっている「材料」そのものが、私が通っていた学校には揃っていなかったようなのである・・・・・・。


例えば理科室に置かれている人体模型が、午前0時になると勝手に動き出すという話。


なぜ人体模型が動き出すのかというと、模型に欠けているパーツを探すために、夜の校内を徘徊しているのだという。


これについては人体模型そのものが、私が通っていた学校にはなかった。


そしてその代わりなのか、大きな人体の解剖図が壁に貼られていたのを覚えている。


ちなみに人の骨格模型は置いてあったが、骨のパーツは取り外しが出来なかったので、足りないパーツなど初めから存在していなかったことになる。


これが理科室の怪談が語られていなかった理由だろう・・・・・・。


それにしてもいつも疑問に思うのだが、人体模型や骨格模型って、いったいなんのために理科室に置かれていたのだろう。


みなさんは理科の授業で、人体模型や骨格模型が実際に使われていた記憶がはたしてあるだろうか。


私にはその記憶はまるでなく、七不思議そのものよりも、むしろそっちの方が不思議でならない・・・・・・。


余談だが、この「動く人体模型」の代わりのエピソードとして、私が中学生の頃には、美術室に置いてあった人の手の彫刻が、夜の校内を勝手に這いずり回っているという噂があった。


そしてその這いずり回っている「手」に遭遇してしまうと、「手」が躊躇なく襲い掛かって来るのだという。


そんな話を聞かされると、一瞬、恐れおののいてしまうのだが、よくよく考えてみれば、こっちは全身フル装備なのだ。


本気を出せば、「手」だけのパーツに負ける訳がない。


学生の頃は、何をそんなにビクビクしていたのだろうか・・・・・・。


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▲私が通っていた学校には二宮金次郎の像は設置されていなかった。だからいまだに本物の二宮金次郎の像を見たことがない。夜になると二宮金次郎の像が歩き回っているという怪談も大人になるまで知らなかった・・・・・・。

学校の七不思議の定番の話として、校庭の二宮金次郎の像が、夜になると意思を持って、勝手に動き回っているという話もある。


しかし、私が通っていた学校には、二宮金次郎の像はなかった。


近年は二宮金次郎の像を初めから設置しない学校が増えているというが、私の学生時代は1970年代後半から1980年代にかけてである。


その当時なら、まだまだ二宮金次郎の像は現役バリバリのはずで、小学校、中学校、高校のどこかで遭遇していても、決しておかしくはなかったはずだ。


「小、中、高を通して、一度も二宮金次郎の像に出会わなかったことの方が、むしろ都市伝説なんじゃないか?」と人から指摘されたこともあったぐらいである。


単純に縁がなかったのか、勉強嫌いの子供だったので、二宮金次郎に嫌われていたのか、そのどちらかだろうが、どうも後者の可能性の方が高い気がする・・・・・・。


学校の七不思議には、階段にまつわる話もよく登場する。


「怪談」だけに・・・、などと、駄洒落を言っている場合ではない。


例えば昼間は12段しかない階段が、日が暮れて来ると、いつの間にか13段になっていて、それに気付いてしまうと、よからぬことが起こるという話が有名である。


しかし、これについては、最後の踊り場の部分も入れて数えるか否かで、段数が変わったように錯覚しているだけだという、まるで種明かしのような話まで、しっかりと出回っている。


こうなって来ると、もはや怪談でもなんでもなく、文字通りの「階段」の話でしかない・・・・・・。


じつは階段にまつわる話はこれ以外にもまだある。


ただし、ここでの主役は階段そのものではなくて、踊り場に設置されている鏡だ。


この鏡を4時44分にじっと覗き込むと、鏡の中に引きずり込まれてしまうとか、中から幽霊が現れて襲われるといった話が有名である。


ところでこの怪談話そのものは有名なので、私もどこかで見聞きして知ってはいたのだが、私が通っていた学校には、階段の踊り場に鏡なんて設置されていなかった。


だから個人的にはあまりピンと来ない話なのだ。


そもそも階段の踊り場に、なぜ鏡を設置する必要があるのか。


そう思って調べてみると、じつは踊り場に鏡を設置してある理由は、階段を下りて来た人間と、上って来た人間が、踊り場で鉢合わせにならないように、危険防止のため設置されているのだそうだ。


いわゆるカーブミラーの役割である。


学生の頃というのは、廊下だろうが、階段だろうがおかまいなく、暴走して来るやつが必ずいて、ヒヤッとした経験のあるかたも少なくないだろう。


そういう意味では、踊り場に鏡が設置されていれば、一定の効果はあったのかもしれない・・・・・・。


このように私が通っていた学校では、「学校の七不思議」の材料が大幅に不足していた。


このため怖い話を七つも集めることが困難で、「学校の七不思議」は残念ながら成立しなかったということのようだ・・・・・・。


2023年2月 5日 (日)

「謎フレーズ探偵」まんまるちゃんの絵描き歌 ③

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▲「まんまるちゃんの絵描き歌」は、なぜか人によって出来上がる絵が違う。こちらは子ブタではなく、子グマの絵が描けるバージョンになる・・・・・・。

「まんまるちゃんの絵描き歌」

まんまるちゃん まんまるちゃん
まんま~るちゃん
まんまるちゃん まんまるちゃん
まんま~るちゃん
小さいお船に乗せら~れて
お父さん お母さん
さよう~なら
ろくろくちゃん ろくろくちゃん
さんじゅ~ろく
ろくろくちゃん ろくろくちゃん
ふじの~やま


前回はこちら(↑)の「まんまるちゃんの絵描き歌」の前半の歌詞について解析をして来た。


で、今回は「お父さん お母さん さよう~なら」から下の、後半の歌詞について解析をして行こうと思っている。


そんな訳で、まずは「お父さん お母さん さよう~なら」なのだが、この部分に関しては、「お父さん お母さん」が「父さん 母さん」になっているぐらいで、誰に聞いても歌詞にあまり大きな変化はなかった。


ただ、1例だけ歌詞の前後が入れ替わり、「お父さん お母さん けんか~して お母さんお船で行っちゃ~った」という特徴的な歌詞のものがあった。


これについては、子ブタとは別の絵が描ける、「まんまるちゃんの絵描き歌」にも出て来るフレーズで、次回以降で解析予定なので、ちょっと頭の片隅にでも置いておいて欲しい・・・・・・。


続いては「ろくろくちゃん ろくろくちゃん さんじゅ~ろく」である。


この部分も「ろくろくちゃん」が「ろくろくび」に変化している例が3件だけあったが、これは恐らく聴き間違えて歌ったものが、そのまま伝わって行ってしまったものだろう。


で、そもそもの話、「ろくろくちゃん」とはいったい誰のことなのだろう。


そう思って、歌詞を読み進めてみると、「ろくろくちゃん ろくろくちゃん さんじゅ~ろく」とある。


これだけを見たら、意味不明としか言いようがない・・・・・・。


そこでこの歌はもともとは絵描き歌なので、この部分の絵の描き順をちょっと見てみることにしよう。


すると「ろくろくちゃん ろくろくちゃん」で子ブタの両腕、「さんじゅ~ろく」で胴体になる「36」が描かれていることが分かった。


ということは、「ろくろくちゃん」とは、誰かの名前とかではなく、ただの語呂合わせのようである。


最初は「なんで子ブタの胴体が36なんだろう?」と思っていたが、どうやら「6×6=36」ということらしい・・・・・・。


ちなみにこの部分の歌詞を、「ろくろくちゃん ろくろくちゃん さぶろ~ちゃん」と覚えている人もいた。


じつはこれも子ブタとは別の絵が描ける、「まんまるちゃんの絵描き歌」に出て来るフレーズなので、ちょっと頭の片隅にでも置いておいて欲しい。


で、歌詞は「ろくろくちゃん ろくろくちゃん ふじの~やま」で終わるのだが、この部分に関しては、特に目立った変化は見られなかった・・・・・・。


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▲「まんまるちゃんの絵描き歌」はもしかしたら怖い歌なのかもしれない。子供が歌う絵描き歌になぜこのような怖い歌詞をつけたのか謎としかいいようがない・・・・・・。

そしてこの「まんまるちゃんの絵描き歌」だが、子供の頃は何の違和感もなく、サラッと歌っていたと思うのだが、大人になって歌詞を見直してみると、あることに気付いてしまったというかたも少なくないのではないだろうか。


そう、「もしかしてこの歌って、怖い歌なんじゃないか?」ということだ。


で、今回の調査で、個人的に最も怖いと感じた歌詞のものがこちらになる(↓)。


「まんまるちゃんの絵描き歌」

まんまるちゃん まんまるちゃん
まんま~るちゃん
まんまるちゃん まんまるちゃん
まんま~るちゃん
土人のお船にさらわ~れて
お父さん お母さん
さよう~なら
ろくろくちゃん ろくろくちゃん
さんじゅ~ろく
ろくろくちゃん ろくろくちゃん
ふじの~やま


前回も書いた通り、「土人」は差別用語になってしまうのだが、この部分は次回以降に解析予定の、別バージョンの「まんまるちゃんの絵描き歌」にも深く関わって来る歌詞なので、あえて紹介させてもらっている。


で、上の歌詞が怖いのはじつはここからで、「土人のお船にさらわ~れて」という歌詞を覚えていたかたは、「この船はじつは奴隷船で、人さらいが乗っている。そしてさらって来た子供は、外国へ連れて行かれて、奴隷として働かされることになる」というバックストーリーをなぜか知っていて、「歌詞に出て来る36とは、その時に付けられた奴隷番号なのだ」というのだ。


ただしこのバックストーリーの出所については、誰に聞いても「よく覚えていない」という。


もしかしたら、絵描き歌にまつわる都市伝説的なことなのかもしれないが、いったいどこで誰に刷り込まれた記憶なのだろうか・・・・・・。


このように、「まんまるちゃんの絵描き歌」にはとにかく謎が多い。


そもそもこの歌は子供が歌う絵描き歌である。


それにも関わらず、なぜこんな怖い歌詞になったのだろうか。


それにこの歌は元になった曲は分かっているのだが、歌詞については作者不明で、いったい誰がこんな歌詞を付けたのか全く分かっていないのだ。


そんな訳で次回からは、子ブタとは別の絵が描ける、「まんまるちゃんの絵描き歌」を解析して行きながら、この歌のルーツを探って行こうと思っている。


ちなみに今回は6回シリーズです・・・・・・。



2022年11月19日 (土)

みかんの食べ過ぎで手が黄色くなる話

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▲昭和の頃、食卓の真ん中には、竹で編まれたカゴに入れられて、山盛りのみかんが置かれているのが定番の光景だった・・・・・・。

いま考えると昭和の子供は馬鹿みたいにみかんをたくさん食べていた。


周囲の大人も、「みかんを食べておけば風邪を引かない」とか、「みかんはビタミンCが豊富で体にいいから食べておけ」などと、とにかくやたらと子供にみかんを食べることを勧めていた。


だから当時はどこの家へ行っても、食卓の真ん中には、竹で編まれたカゴに入れられた、山盛りのみかんが常に置かれていたものである。


そういえば最近は、食卓の上にみかんが置かれている光景をあまり見なくなった気がする・・・・・・。


昭和の頃、冬場のみかんは箱買いが主流だった。


当時は夕食後にテレビを見ながら、家族でみかんを食べる家が多かったので、八百屋さんでみかんを一山買って来たぐらいでは、あっという間になくなってしまっていたからだ。


当時の八百屋は無料でその日のうちに配達もしてくれていたので、みかんを箱で買っても家まで持って来てくれたのだ。


うちでは届けてもらったみかん箱は、新聞紙をかぶせて縁側の角の方に置いていた。


家の中は暖房で暖かいので、こうして外に置いておいた方が、みかんが痛まなかったのである。


また、冬場にこのようにみかん箱を外に出しておくと、個人的にちょっと嬉しいこともあった。


いったい何が嬉しかったのかと言うと、みかんが自然に冷凍みかんになっていることがあったのだ。


冷凍といっても、カチンカチンに凍ってしまうという訳ではなくて、「適度に凍っていた」のである。


冷凍庫でみかんを冷凍すると、皮もむけないほどカチンカチンになってしまい、食べるには少し融けるのを待たなければならない。


ところがみかん箱を外に出しておくと、見た目は凍っているようには見えないのだが、みかんをむいて一口食べてみると、果肉が半凍りになっていて、シャクシャクという食感がなんとも心地よく感じられた。


ちょうどシャーベットとかき氷の中間ぐらいの食感と言えば、分かりやすいかもしれない。


で、当時の私は暖房の入った暖かい部屋で、この半冷凍のみかんを食べることにちょっとした幸せを感じていたのである。


ちなみに半冷凍みかんが出来るのは、みかん箱の上部にあるみかんだけで、箱の中間あたりのみかんからは、もう凍ってはいなくて、「非常によく冷えたみかん」で止まっていた。


そんな訳で私が家で食べていたみかんは、冷え冷えの冷凍寸前のみかんだったので、一度にたくさん食べると、体が冷えて寒くなってしまうこともあって、一回に食べる量はせいぜい2~3個だったと思う。


しかし、こんな保存の仕方をしていないお宅では、常温のみかんを食べていたので、当時は一度に「6個食べた」とか「10個食べた」と自慢している子供がたくさんいたものだ。


別に一度にたくさんのみかんを食べても、偉くもなんともないのだが、前述のように当時は家でも学校でも、大人は子供にみかんを食べることを勧めていたので、みかんをたくさん食べることで、大人に認めてもらえるとでも思っていたのかもしれない・・・・・・。


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▲当時はみかんの白い綿のような部分をきれいに全部取り除いて、つるっつるにして食べている人がたくさんいた。後になって、「この部分にはたくさん栄養が含まれているので、そのまま取り除かずに、果肉が包まれている袋ごと食べましょう」といわれて衝撃を受けたものだ・・・・・・。

ところがみかんは毎日たくさん食べていると、次第に手や身体が黄色くなって来ることがあった。


最初のうちは、「あれ?なんかあいつの手、嫌に黄色っぽくないか?」という程度なのだが、症状が進むと、黄色みがさらに増し、なんだか温かみのない、人形の手のような印象になって来るのだ。


実際にその様子を目の当たりにすると、かなり気持ちが悪く、そのうちに彼は本当に人形になって、動かなくなってしまうのではないかという気がして来る。


マネキンの手の方がよほど人間らしい手をしているといえよう。


この頃になると、本人も周りの大人も、「明らかにおかしい」ことに気付き始め、慌てて病院へ行くことになるのだが、そこで告げられるのは「柑皮症」で、単純にみかんの食べ過ぎによる症状なのである。


で、柑皮症は特別これと言って治療などは必要がなく、放って置けばそのうち元に戻るとのことだった。


ただ、それにはみかんを食べる量を少しセーブしなければならなかった。


ちなみに1日に食べるみかんの適量は、一般的な温州みかんなら2個程度とのことだった。


そりゃあ、一度に10個も食べていたら、身体がみかんに支配されたっておかしくはあるまい。


そして学校で柑皮症の手を目撃されてしまうと、彼はその翌日からまず間違いなく、「みかん人間」とか「オレンジマン」というあだ名を付けられて、しばらくの間、「みかんと人間のハーフ」として過ごさなければならないのである・・・・・・。


ところで当時、「医者の忠告を無視して、その後もみかんを大量に食べ続けると、顔が本当にみかんになってしまい、春を迎えるころには、頭が腐って死んでしまう」という恐ろしい噂話があったのだが、あれって今でいう都市伝説だったのだろうか。


確か子供向けの雑誌か、〇〇百科みたいな本に書かれていて、「本当にあった怖い話」として紹介されていたため、みんなすっかり信じていて、みかんはたくさん食べたいが、腐って死にたくはないと本気で悩んでいたものだ。


だから「もう一つ食べよう!」と手にしたみかんを、しばし見つめたまま、カビだらけになって、ぐにゅぐにゅになったみかんと、自分を重ね合わせ、そっとカゴに戻している子供がよくいたそうである・・・・・・。


2022年10月26日 (水)

昭和の宇宙人とドラえもん

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▲昭和の宇宙人のイメージはこんな感じだった。もともとはもっと薄気味の悪い姿をしていたのだが、次第にデフォルメされてキャラクターとしてのタコのイメージに近付けられていった・・・・・・。

みなさんは宇宙人と言ったら、いったいどんな姿を想像するだろうか。


現在では多くの人がイメージする宇宙人は、頭部が大きく華奢な身体をした、いわゆるグレイタイプのヒューマノイドなのではないだろうか。


しかし、私がまだ幼かった頃、子供向けの「ふしぎ大百科」や、「ミステリー大百科」などに紹介されている宇宙人は、決まってタコのような姿をしていた。


誤解のないように書いておくが、「タコのような姿」と言っても、本物のタコにそっくりという訳ではない。


では、具体的にはどんな姿をしていたのかというと、頭部の形状はドラクエに登場するモンスターの、「ホイミスライム」にそっくりだった。


ホイミスライムはこの宇宙人をモデルにしたのではないかと思えるほどだ。


そして頭部の下半分に顔の全てのパーツが集中して付いているような印象だった。


目は人間と同様に2つだったが、そのサイズは極端に大きく、頭部の下半分の大半を占めていた。


そして鼻は穴だけが2つあり、鼻柱は見当たらなかった。


口は唇はなくてスリット状で、その大きさは極端に小さく、2つの鼻の穴の幅と同程度といったところか。


そして頭部の下には首や胴体などは一切なく、頭から直接、うどんのようなひも状の細い足がニョロニョロと無数に伸びていた。


そしてその長さは尋常ではなく、頭4~5個分ほどの長さが直立した後、足元にまるで「ざるそば」のように、クネクネとまとまっていた・・・・・・。


で、当時の子供向けの本には、この宇宙人は「火星人」として紹介されていた。


そして火星人がなぜこのような姿をしているのか、その理由についてもちゃんと書かれていた。


まず、火星人は地球人とは比べ物にならないくらい知能が発達しているので、脳が大きく進化しており、その結果として頭部が大きくなった。


また、目については、火星の砂嵐の中でも、遠くまで見渡せるように大きく進化しており、更に砂で目を傷めないように、フィルターのようなもので、しっかりとガードされている。


そして火星人は栄養素しか摂取しないため、口は極端に小さく、消化器官に関しては退化してしまっている。


このため内臓の入れ物としての胴体は必要がなく、頭部から直接足が生えているのだという。


そして火星の重力は地球の1/3しかないため、筋肉の付いた屈強な脚は必要がなく、その結果、うどんのようなニョロニョロとしたひも状の足になっているとのことだった・・・・・・。


で、その絵を見る限り、私には火星人がタコに似ているとは、これっぽっちも感じられなかったのだが、どういう訳かその後、「火星人はタコ」というイメージが、世の中に定着して行くことになるのだ。


そしてご説明して来たような、リアルな火星人の姿は知らないが、タコのような姿をした、「火星人もどき」なら知っているという人が、どんどん増えて行ったのだ・・・・・・。


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▲昭和の宇宙人にはこのような光線銃も付き物だった。そしてUFOには丸い窓があり、このようにカパッと開くアナログな出入り口が定番だった。

では、「火星人はタコ」というイメージは、いったいどこからやって来たものなのだろう。


で、当時の記憶を少しずつ辿ってみると、私にはどうも当時の漫画やアニメが、その原因を作ったような気がしてならないのだ。


当時の漫画やアニメでは、自分の住んでいる町にUFOが飛んで来て、中から宇宙人が出て来て、「コンニチハ」なんてシーンがよくあった。


で、この宇宙人がタコだったのである。


漫画やアニメに宇宙人を登場させる場合、「ふしぎ大百科」や「ミステリー大百科」に載っているような、リアルな薄気味の悪い見た目ではちょっとまずい。


子供が親しみを持てるような、「キャラクターとしての宇宙人」でなくてはならないのだ。


そこで子供がイメージしやすい、地球上にいる似たような生物ということで、タコに白羽の矢が立ったのだろう。


火星人の特徴である大きな目はそのままに、口はキュッとすぼめられて、キャラクターとしてのタコに似せられた。


そして頭部から直接伸びていた、うどんのような無数のひも状の足は、タコのような太い足に描き直され、タコに見合うように本数が大幅に減らされた。


そして頭部の下には本来はなかった短い胴が描き加えられて、気味の悪さはなくなり、ちょっと滑稽な宇宙人のキャラクターが完成したのだ。


ドラえもんの10巻(てんとう虫コミックス)に出て来る、「ラジコン宇宙人」というひみつ道具が正にそのイメージで、当時の漫画やアニメには、このタイプの宇宙人がしばしば登場し大活躍していたものだ。


ところでドラえもんが出した「ラジコン宇宙人」だが、宇宙人のイメージがグレイに変わった現在では、グレイタイプの宇宙人に変更になっているのだろうか。


ドラえもんは「未来は変わるもの」と言っている。


原作漫画は変わることはないだろうが、アニメの方の未来は、もしかしたら変わっているのかもしれない・・・・・・。


2022年9月14日 (水)

のっぺらぼう

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先日、会社の近くのスーパーへ買い物へ行こうと、いつも通る道をエコバックを片手に歩いていたところ、50mほど前方に気になる人物を発見した。


私はのどが渇いていたので、その場に立ち止まり、ペットボトルのお茶をグビグビと飲みながら、その人物をぼんやりと眺めていた。


ところが不思議なことに、その人物はこちらに向かって歩いて来ているはずなのに、なぜか一向に近付いて来る気配がないのだ。


これはいったいどうしたことだろう。


と、そんなことを考えていたら、私はふとあることに気付いた。


「あれ、顔がない?」


前述の通り、その人物とは50mほど離れていたので、はっきりとは見えないが、どうもその人物には顔がないように見えるのだ。


正確にいうなら、頭部はちゃんとあるのに、目や鼻や口が見当たらないのである。


とは言うものの、そんなバカなことがあるはずがない。


私は何度も目を擦りながら、目玉が飛び出さんばかりに目を見開いて、その人物をじっと凝視した。


しかし、どんなにじっくり見たところで、その人物に目や鼻や口があるようには見えなかった。


もしかして、顔のないお面やマスクを被っているのではないかとも思ったのだが、そんな何も描かれていないお面やマスクに需要があるとはとても思えない。


仮にそんなお面やマスクがあったとしても、そんなものを被って外出しようなんてやつはいまい。


では、こいつはいったい何者なのか。


で、いろいろと考えた挙句に、私は1つの結論にたどり着いた。


「もしかして、これってのっぺらぼう・・・・・・?」


のっぺらぼうとは言うまでもなく、顔がツルツルで、目や鼻や口が何もない妖怪である。


私はのっぺらぼうなんて、漫画やアニメの世界の話だと思っていた。


だからまさか自分が現実に遭遇することになるなんて、これっぽっちも思ってもみなかった。


しかし、後日この話を人に話したとしても、絶対に信用してもらえないだろう。


人に信用してもらうためには、私以外にも目撃者が必要なのだ・・・・・・。


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そこで私は同行者の里帆さんに、「あれ、のっぺらぼうだよね?」と聞いてみることにした。


すると私の指を指す方向を怪訝な表情で「え?」と覗き込んだ彼女は、「のっぺらぼう?何を言ってるんですか?」と聞き返して来た。


もしかして彼女にはのっぺらぼうの姿が見えていないのかと思い、そのことをすぐに確認すると、ちゃんと見えているという。


そこで「顔がないのに変だとは思わないのか?」と問い質すと、「顔なんてある訳ないじゃないですか、後ろ向きなんだから」と言うではないか。


「え?」と言ったまま、あっけにとられている私に、里帆さんは「あれ、ハゲたおじさんですよ」と言った。


「いくらハゲたおじさんだって、顔がない訳がないだろう」というと、彼女は「だから後ろ向きなんですって。向こう側に歩いて行ってるんですよ」と言うではないか。


私はてっきりこちら側に歩いて来ていると思っていたのだが、のっぺらぼうは向こうに歩いて行っていたということらしい。


確かに後ろ向きになっているのなら、顔なんてあるはずがない。


しかも、ツルツル坊主のハゲ頭で、後頭部にも髪の毛がなかったため、のっぺらぼうのように見えていたということらしい。


しかし、私にはそのことがどうも納得がいかなかった。


なぜならあの時ののっぺらぼうは、確かにこちら側に向かって、歩いて来ているように見えたからだ。


ところがそのことを里帆さんに話して、「こちら側に向かって来ているのではなく、向こう側に歩いて行っているんですよ」と言われた途端に、のっぺらぼうの進行方向が変わったのだ。


しかも不思議なのは、回れ右をした様子がまるでなかったことである。


そしてあんなにゆっくりと歩いていたのっぺらぼうが、進行方向が変わった途端に、急に人が変わったように歩く速度を上げたのだ。


そしてあっという間に、十字路を右に曲がって姿が見えなくなってしまった。


里帆さんは私がハゲたおじさんのことを、のっぺらぼうだと言っていたことが相当面白かったらしく、私の横で腹を抱えて大爆笑していた。


笑い過ぎて瀕死のゴキブリのようになっている彼女を引っ張って、私は大急ぎでのっぺらぼうが姿を消した十字路まで行ってみた。


ところがこの先は急な長い上り坂であるにも関わらず、のっぺらぼうの姿はすでにどこにも見当たらなかったのである。


これはどう考えてもおかしい。


そこで私は里帆さんに、「ほら、見てみなよ。やっぱりおかしいよ」と声を掛けた。


すると彼女は再び笑いのツボに入ったらしく、腹を抱えて笑い始めたのだった・・・・・・。


(画像上、フィールドでは夏の終わりを告げるセミ、ツクツクボウシが急に増えた。画像下、雨が降ってシロソウメンタケが地上に現れた・・・・・・)


2022年5月17日 (火)

ツチノコブームと「ドラえもん」

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▲じつはツチノコは日本を代表するUMA(未確認動物)である・・・・・・。

1973(昭和48)~1974(昭和49)年頃にかけて、幻のヘビと言われるツチノコがブームになったことがあった。


ちなみに当時の私は幼な過ぎて、そのことについては、全く記憶にないのだが、日本中が社会現象になるほどの熱狂ぶりだったという。


ツチノコは日本を代表するUMA(未確認動物)で、極端に短く寸胴な、ヘビのような姿であるとされていた。


大きさは30~80センチほどで、頭部は三角形で横に張りだした太い胴体が特徴とのことだった。


また、一般にUMA(未確認動物)というと、地域や場所限定で棲息しているものばかりだが、ツチノコに関しては、なんと日本中に棲息していると言われていた。


ネッシーやビックフットは遠すぎて、とてもじゃないが見に行けない。


しかし、ツチノコだったら、もしかしたら近所にもいるんじゃないか?


ツチノコがブームになったのは、そんな「身近な所にもいるかもしれないUMA(未確認動物)」だったからなのかもしれない。


そしてこれは正に初期のAKBの戦略そのもので、もしかしたらAKBは、昭和のツチノコブームをお手本にしたアイドルだったのではないだろうか・・・・・・。


ところでUMA(未確認動物)というと、首長竜だったり、大型の類人猿だったり、「本当にそんなのいるの~?」というものがじつに多い。


ところがツチノコに関しては、体長が30~80センチほどと小さく、網で捕まえようと思えば、捕まえられなくもない大きさだ。


それにツチノコはヘビなんだから、他のUMA(未確認動物)に比べたら、実在している可能性は大である。


そんなこともあってか、当時は西武百貨店などが、「ツチノコ手配書」なるものを配布し、ツチノコに懸賞金をかけたりして、ブームに更に拍車をかけることになった。


そんな訳で、当時は近所の草地や藪の中にも、「もしかしたらツチノコが潜んでいるんじゃないか」と、子供たちが虫取り網を持って、ツチノコ探しに興じている姿がよく見られたそうである。


どうでもいいが、もし仮に、本当にツチノコが現れて、虫取り網でそれを捕獲できたとする。


でも、彼らはその後、捕まえたツチノコをどうするつもりだったのだろう。


犬猫用のキャリーでも持っていたのなら話は別だが、子供たちは虫取り網しか持っていなかったのだ。


捕まえたツチノコを飼いたかったのか、マスコミに連絡して、テレビや新聞に出たかったのか、どちらにしても、虫取り網だけではどうにもならないということに早く気付くべきである・・・・・・。


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▲ムサシアブミの仏炎苞はまるで鎌首をもたげたツチノコのようだ・・・・・・。

冒頭にも書いた通り、ツチノコブームが起きていた当時、私はまだ幼くてそのことを知る由もなかった。


私がツチノコという生物のことを初めて知ったのは、確かドラえもんの漫画だったと思う。


当時ドラえもんは学年誌に連載されていて、1974(昭和49)年7月号の小学五年生に、「ツチノコをさがそう」というエピソードが掲載された。


また、1975(昭和50)年3月号の小学六年生には、「ツチノコ見つけた!」というエピソードも掲載されている。


しかし、これらのエピソードが雑誌に載ったのは、ツチノコブームの真っただ中で、どうやら私は単行本に収録されたものを、後になってから読んだらしい。


で、「ツチノコをさがそう」というエピソードでは、当時の子供たちが、近所の草地や藪の中を、虫取り網を片手に、ツチノコ探しに興じていた姿を、のび太たちがリアルに再現してくれている。


で、この時のび太がツチノコ探しに出かけることになった理由がまた面白い。


自分が体験した不思議な出来事を友達と話していた時、友達はUFOや幽霊を見たとか、スプーンを曲げたことがあると自慢するのだが、自分には何もなかったのだ。


これは当時のオカルトブームの影響で、私の小学生の頃も、この手の話は大人気だった。


で、のび太はいつものように、ドラえもんにツチノコを出してくれとお願いするのだが、ドラえもんに「おもてで、でまかせいってきては、ぼくにしりぬぐいをさせる」と突き放される。


これは正に本当にその通りで、ドラえもんはのび太に的確なつっこみを入れていると言えよう。


そこでのび太は仕方なく、一人で山へ出かけるのだが、心配したドラえもんがこっそりついて来る。


のび太はそのことを予想していたので、わざとドラえもんに聞こえるように、「はらがへった」と愚痴り出す。


するとドラえもんは初めからちゃんと準備していたのか、サンドイッチの入ったバスケットを、こっそり出して置いておいてくれる。


これに味をしめたのび太は、「おもちゃでいいからツチノコも落ちていないかな」と、虫のいいことを言い出す。


しかし、どんなに歩き回っても、一向にツチノコは姿を現さない。


そしてついには「ドラえもん!」と叫んでしまうのだが、やはりツチノコは出て来ない。


あきらめたのび太は、自力でツチノコを探そうと歩き出すのだが、そこに突然ツチノコが木から落ちて来る。


そしてのび太は大喜びで駆け寄るのだが、そのツチノコはのび太曰く、「しまりのない、ぶさいくな、まんがみたいな顔」をしていて、のび太はドラえもんが出したおもちゃだと思い込む。


そのツチノコを一応は虫取り網で捕まえて、帰ってからみんなに見せびらかすのだが、「ドラえもんにロボットでも出してもらったんだろ」と、結局相手にされない。


のび太は「みんなわかってるんだなあ」と、ツチノコを空き地に放り投げて帰って行く。


ところが帰ってからドラえもんにその話をすると、「ぼくはサンドイッチをわたしてすぐ帰った」というのだ。


ここで初めてのび太が捕まえたツチノコは本物だったということが、ようやく分かるのだ。


このようにドラえもんの漫画では、当時のツチノコブームの一端を垣間見ることが出来るのである・・・・・・。


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