カテゴリー「遊び」の記事

2025年7月 9日 (水)

ビリビリブーム

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▲出番は少なくなったものの、いまも売られている9V電池(左)。右は懐かしいナショナルブランドの頃のデザインの単1電池。当時は9V電池も同様のデザインだった・・・・・・。

昭和の頃はビリビリが密かなブームだった。


ビリビリとはいわゆる電気ショックのことで、いま思うとなんでそんなことが流行っていたのか、さっぱり意味が分からない・・・・・・。


そうはいっても、自力で電気を発生させることが出来る人間などいない。


そこで電気を発生させるためのグッズが必要になって来るわけだ・・・・・・。


一番身近なところにある電気を発生させるグッズといえば乾電池だろう。


最近はほとんど見ることもなくなってしまったが、昭和の頃には、角形と呼ばれる四角い乾電池をよく見かけたものだ。


この四角い乾電池は、9V(ボルト)電池とも呼ばれていて、普通の丸い乾電池の6倍もの高い電圧を持っている。


ちなみに普通の丸い乾電池は、1.5V(ボルト)の電圧になる・・・・・・。


角形乾電池は形状の違い意外にも大きな特徴があって、+極と-極の位置が、普通の乾電池とは違っていた。


普通の乾電池の場合、+極と-極は、上下に分かれているが、角形の乾電池の場合は、電池の上部に+極と-極が、2つ並んでいるのだ・・・・・・。


で、昭和の頃、この角形乾電池の電極の部分をペロリと舐めると、舌がビリビリするらしいという噂が、子供たちの間に流れたことがあった。


誰もが「そんな馬鹿な」と思っていたのだが、実はこの噂は本当で、大人の間では乾電池に電気が残っているか確かめるために、電極をペロリと舐めることはよく行われていたのだそう。


ただ、子供がまねをしたら危ないから、子供の前では乾電池を舐めることは控える大人が多かったため、子供たちの間では、あくまでも「うわさ」として認知されていたということらしい・・・・・・。


しかし、そんな気になる噂を聞いたら、本当かどうか、確かめてみたくなるのが子供というものだ。


そうはいっても、普通の乾電池ならともかく、9V(ボルト)という高い電圧を持っている角形乾電池を舐める行為は非常に危険である。


+極と-極を同時に舐めることに加えて、唾液で湿っている敏感な舌に電気が通ることになるわけだ。


もはやビリビリどころの話ではなく、舌を突き抜けるような衝撃と、火傷をしたような痛みがあり、その後も舌が引きつり、ジリジリとした感覚が、しばらくの間、続くことになる。


そしてこれを試してみた子供が思うことは、「こんなこと二度とやるまい」ということである・・・・・・。


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▲これは古いタイプの100円ライター。カチンコ(電気ショック)は、この100円ライターを分解して、着火部分を取り出したものだった・・・・・・。

ビリビリブームの頃、ビリビリを発生させるおもちゃ(?)も売られていた。


それは当時10円玉数枚で回すことが出来たガチャガチャの景品で、通称で「カチンコ(電気ショック)」と呼ばれていた・・・・・・。


カチンコはドッキリグッズとして開発されたわけではなくて、100円ライターの着火部分の部品だった。


形状としては、プラスチックで出来たちっちゃな長方形の箱だった。


そして箱の途中から短いコードが伸びていて、コードの先端だけ針金が露出していた・・・・・・。


使い方は単純で、針金部分を肌に当てて、ボタンを「カチッ!」と押すと、「ビリッ!」と激痛が走るというもの。


怖いもの見たさではないが、自分で体験してみたくて、自らの手に押し当てて、やってみる者もいたが、たいていの場合は餌食になるのは、クラスメートの誰かだった。


後ろで手を組んでいる者にそっと近づいて、「カチッ!」とやったり、「いいものをあげるから手を出して」といって、手を前に出させて、「カチッ!」とやったりしていた。


このためカチンコ(電気ショック)は、「友達をなくすグッズ」と呼ばれていた。


それにしても、こんなものが公然と売られていた昭和の頃って、いまでは考えられないような世の中だったんだな~とつくづく思う・・・・・・。


2025年5月21日 (水)

パンチガム

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▲板ガムが売れていた当時、果物の味がするガムがたくさん発売されていた。果物の味がするガムは、とても爽やかな香りがして人気だった・・・・・・。

昭和の頃、ドッキリグッズが流行っていた時期があった。


最も有名なのは、駄菓子屋でも売られていた、「パンチガム」ではないだろうか。


パンチガムは当時主流だった、板ガムの形をしたおもちゃで、ロッテから発売になっていた、板ガムのパッケージにそっくりな商品だった・・・・・・。


1980年代は板ガムが売れに売れていた時代で、ロッテからじつに多くの種類が発売されていた。


現在でも根強く生き残っているミント系のガムはもちろん、瑞々しいフルーツの味と香りを再現したものや、コクのあるコーヒー味のものまであった・・・・・・。


パンチガムはそんな板ガムのパッケージに見た目がそっくりで種類も複数あった。


ここまでそっくりだと、ちょっと問題になりそうだが、ちゃんとロッテに許可を取っていたのかどうかは、かなり怪しいところだ。


少々のことでは問題にならないのが、昭和という時代だったのである・・・・・・。


パンチガムはおもちゃなので、食べること(噛むこと)は出来ない。


板ガムを見たこともない、現代の子供たちは、「ガムのおもちゃ」などと言われても、きっと、どうやって遊ぶのか、想像もつかないのだろう・・・・・・。


じつはパンチガムは、購入した時点で、すでに封が開いていて、パッケージの口の部分から、中の板ガムがちょっとだけ見えていた。


当時はこの状態で、シャツや上着のポケットにガムを入れている人が多かったので、パンチガムもこのままポケットに忍ばせておけば、何の違和感もなく、怪しまれることもなかった・・・・・・。


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▲ドッキリグッズの「パンチガム」は、ロッテの板ガムのパッケージをそのまま使っているんじゃないかと思うほど、見た目がそっくりだった・・・・・・。

そしておもむろにパンチガムを取り出して、友達に「1枚あげるよ」と差し出すのである。


すると友達は、「どうもありがとう」と、板ガムを1枚摘まんで、パッケージの口の部分から、スーッと引き出すことになるわけだ。


するとダミーの板ガムに仕掛けられていたバネが作動して、「バチン!」と金具に指を挟まれてしまうというドッキリグッズだった・・・・・・。


で、このバネがけっこう強力で、当時のものは、思わず反射的に手を引っ込めてしまうほど痛かった。


「当時のもの」と書いたのは、パンチガムは現在も類似品が売られているためで、こちらはバネがゆる~く改良されており、指を挟まれても、痛くも痒くもない。


規制が厳しくなった現代では、痛いと感じる時点でアウトのようで、そのようなソフトなものしか、販売することが出来ないらしい。


しかし、これではドッキリグッズでも何でもなく、ドッキリを仕掛けた方も、騙された方も、ただ、ただ、気まずい空気が流れるだけである。


現代の子供たちの間で、パンチガム(類似品)が流行らない原因のひとつは、バネが弱くなり、面白くなくなったことに、その原因があると思う・・・・・・。


ところでこのパンチガムは、大人版としてたばこバージョンも売られていた。


現象としてはパンチガムと全くいっしょで、たばこを箱から引き出すとバネが作動して、金具に「バチン!」と指を挟まれるのである・・・・・・。


私はこのたばこバージョンの存在を知ったのは大人になってからで、当時は見たことも、聞いたこともなかった。


だからどこで売っていたのかも、未だによく分からないままだ。


少なくとも、駄菓子屋には置いていなかった(そりゃそうだろう)・・・・・・。


また、このたばこバージョンは、指を金具に挟まれるものの他に、たばこを取ろうとした瞬間に、たばこがものすごい勢いで、箱から飛び出して来るというものもあったそうだ。


これはたばこの箱にボタンが付いており、これを押すことで、たばこが発射される仕組みになっていたようだ。


このように昭和の頃は、ドッキリグッズがプチブレイクしていたのだが、最近はこのようなグッズは、ほとんど見かけなくなってしまい、何とも寂しい限りである・・・・・・。






2025年4月 2日 (水)

ふきあげパイプ

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駄菓子屋で売られていたおもちゃというのは、お正月のお年玉を使ったり、クリスマスに親にねだって買ってもらうような高級なおもちゃではなく、何かを我慢すれば、普段でも簡単に手に入るような、安価なものばかりだった。


そしてそれらは、値段が値段だけに、購入して遊んだところで、満足感や充実感はあまりなくて、「だから何?」と感じるようなものばかりだった・・・・・・。


例えば「ふきあげパイプ」というおもちゃをご存知だろうか。


「ふきあげパイプ」のパイプとは、首の部分が大きい、西洋風のキセルのことで、専用のたばこを吸うための道具のことである。


日本では映画の中で見かけるくらいで、実際に使っている人に遭遇することはまずない。


ちなみに私が子供の頃に見た、パイプでたばこを吸っている日本人は、ジャイアント馬場ぐらいだったと思う。


そんなこともあって、子供にとっては、たばこを吸うための道具としてのパイプは、全くリアリティがなかったのだが、「ふきあげパイプ」に関しては、お馴染みのおもちゃで、色々な場所で売られていたのを覚えている・・・・・・。


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「ふきあげパイプ」はプラスチックで出来たパイプ型のおもちゃで、パイプの先端に小さなカゴが付いていて、その中に軽いプラスチック製の小さなボールが入っていた。


そしてパイプの口から息を「プーーッ!」と吹き込むことで、カゴの中の小さなボールがフワフワと浮き上がるのだ。


パイプとはいうものの、息を吸い込むのではなく、息を吐くという、本物のパイプとは真逆のことをしなくてはならないのである・・・・・・。


ふきあげパイプは、ただそれだけのおもちゃなのだが、ボールが目の前でフワフワと浮き上がるという現象が、まるでマジックでも見ているかのような不思議さもあって、当時の子供たちにはとても人気があった。


しかも、マジックだったら、ある程度の練習が必要だが、ふきあげパイプは何の練習もなしに、簡単にボールを浮かせることが出来るのだ。


そんな人気のふきあげパイプだったので、それなりに売れる商品だったらしく、駄菓子屋だけではなくて、文房具屋や雑貨屋などでも売られていて、当時は見る機会の多いおもちゃだった・・・・・・。


ふきあげパイプはそれ単独で遊ぶというより、座卓やテーブルの上に置いてあって、テレビのCM中に手に取って、ボールを浮かせたり、何もすることがなくて、暇を持て余している時などに手に取って、ボールをフワフワと浮かせて楽しんでいたものだ。


そういう意味では喫煙者がたばこを吹かす時と、さして変わらなかったのだな~と、いまになって思ったりする。


このおもちゃをパイプの形にしようと思った開発者が、そこまで考えて作ったかどうかは定かではないが、もしそうだったとしたら、さすが目の付け所が違うとしかいいようがない・・・・・・。


ところでこのふきあげパイプというおもちゃは、外に持ち出して遊ぶことは出来なかった。


なぜかというと、ふきあげパイプは本体もボールも軽いプラスチック製だったので、外でボールをフワフワ浮かせていると、そよ風くらいの弱い風でも、その影響をもろに受け、あっという間にボールはどこかへ飛んで行ってしまったのだ・・・・・・。


そんなわけで、うちではふきあげパイプは、いつもテレビの前の座卓の上に置かれていて、暇さえあればパイプを咥えて、ボールをフワフワ浮かせていた。


そんな私を見て、両親は「こいつ将来、ヘビースモーカーになるんじゃないか?」と心配していたが、結局のところ、私は大人になっても、たばこを吸うことは、いっさいなかったのだった・・・・・・。


(画像上、歩道に沿って細長い群落を作っているスミレ・・・・・・。画像下、里山ではミツバツツジが咲き始めた・・・・・・)



2025年2月12日 (水)

ポリバルーン

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▲じつはポリバルーンは現在でも売られている。名前は変わってしまったが、遊び方は当時と変わらず、ストローの先端に風船を作ることが出来る・・・・・・。

「ポリバルーン」というおもちゃをご存知だろうか?


昭和の頃は、駄菓子屋で売られているおもちゃの定番で、なぜか文房具屋などでも売られていた・・・・・・。


ポリバルーンは形のあるおもちゃではなくて、塗り薬の入ったチューブのような見た目だった。


チューブの中には、酢酸ビニール樹脂という物質を、アルコール類で溶かした溶液が入っていた。


溶液といっても、チューブから絞り出してみると、透明な接着剤のような感じで、かなり粘性の強い物質だった・・・・・・。


で、これを何に使うのかというと、ポリバルーンの溶液をストローの先端に付けて、ゆっくりと息を吹き込んでいくと、なんと溶液が「プク~~~ッ」と膨らんでいくのである。


イメージとしては、ガラス職人が風鈴やコップを作る時に、真っ赤に熱したガラス玉を、長い棒の先に付けて、反対側から息を吹きながら、ゆっくりと膨らませていくあの感じである・・・・・・。


するとストローの先端には、透明な風船状のものが出来上がる。


風船といっても、ゴムではないので、手触りは台所用のラップに近いものだった。


厚みに関してもラップに近く、膨らませていく過程で、どんどん乾燥していくので、息を吹き込みすぎると、あっけなく割れてしまった。


乾燥する前に膨らませなくてはいけないという焦りもあって、一気に息を吹きすぎて、すぐに割れてしまうこともしばしばあった。


一定の速度で正確に、割れる直前のギリギリを狙って、息を吹き込むという加減が子供には難しくて、割ってしまうことの方が多かったように思う・・・・・・。


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▲昭和の頃はストローの先端に出来る風船は透明だったのだが、現在売られている「進化版」はなんと色違いで3色のチューブがついて来る。ちなみに画像は赤色のチューブを使って作った風船だ・・・・・・。

ポリバルーンの遊び方としては、「割らずにどこまで大きな風船を作れるか」を競うことが、最もシンプルでポピュラーだったように思う。


また、どうせ割れてしまうならと、あえて小さい風船を作って、それを紙風船のように、手の平で「ポ~ン、ポ~ン」と弾ませながら、遊んでいる者もいた。


こういう頭のいい遊び方をするのは、たいてい女子で、男子はいうまでもなく馬鹿なので、「どれだけでかい風船を作れるか」に命をかけていた。


「割れては凹み再挑戦」を繰り返しながら、なんとか小さめのゴム風船ぐらいのサイズまでは作れるようになって、女子に「すご~い!」などと、褒められているものもいた。


いまだったら、それをスマホで撮影して、その現場にいなかった友達に、後から自慢も出来るのだろうが、当時はそんな便利なものはなかったので、作った風船が萎んでしまえば「ハイ、それまでよ」で、「オレはこの前、このくらいの大きさのを作った」と言っても、「うそつけ~、そんなわけないだろ!」と一蹴され、信じてもらえず、悔しい思いをしたものである・・・・・・。


ところで、「ポリバルーン」といえば、忘れてならないのが、その強烈な臭いだろう。


どんな臭いだったのかというとシンナー系の臭いで、長時間遊んでいると、いつの間にか片手にストローを持ったまま、何もない虚空を見つめて、静止していたなんて話も聞いたことがある。


ガンプラがブームの頃になると、子供たちもシンナーや接着剤を使うようになり、臭いに対してそれなりの耐性が出来ていたのだが、「ポリバルーン」で遊んでいたのは、それ以前のもっと幼い頃の話なので、恐らくシンナー系の臭いはこれが初体験だったはずだ。


そんなわけで、当時の子供たちは、小さなうちから、「シンナー系の臭いはやばい」ということを思い知らされていた・・・・・・。


ところでこの「ポリバルーン」というおもちゃは現在も売られている。


昔と違っていまは、あの強烈な臭いは改善されているのだろうか・・・・・・。



2024年12月26日 (木)

「スターヘリコプター」と「ぴょんぴょんカエル」

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▲昭和の当時に売られていた「スターヘリコプター」はもう売られていないが、その進化版と思われるおもちゃが売られていた。昭和版ではシンプルな棒状だった回転軸が、現代では拳銃型になって、引き金を引くことで、プロペラが飛んで行く仕組みになっている・・・・・・。

駄菓子屋で売られていたおもちゃというのは、お正月のお年玉を使ったり、クリスマスに親にねだって買ってもらうような、高額なおもちゃではなく、何かを我慢すれば、普段でも簡単に手に入るような、安価なものばかりだった。


そしてそれらは、値段が値段だけに、購入して遊んだところで、満足感や充実感はあまりなくて、「だから何?」と感じるようなものばかりだった。


で、そんな「だから何?」をいまからいくつかご紹介してみたいと思っている。


きっと、皆さんの思い出の1ページにも、しっかりと刻まれているアイテムだと思うので、当時を懐かしんでもらえたら幸いである・・・・・・。


まず、私が駄菓子屋で売られていたおもちゃで、真っ先に思い浮かべるのは「スターヘリコプター」だ。


確かそんな商品名だったと思うのだが、イメージとしては竹とんぼのプラスチック版である。


とはいうものの、竹とんぼをただプラスチックで作りましたというわけではなくて、柄の部分には回転軸が内蔵されていて、ひもを引っ張ることにより、これが回転して上部のプロペラが飛んで行くような仕組みになっていた。


ちなみにプロペラの羽は、Yの字状に3枚あって、各羽を円形の輪っかで固定してあった・・・・・・。


竹とんぼはコツがつかめないと、うまく飛ばせないものだが、スターヘリコプターはひもを引っ張るだけで、誰でも簡単に飛ばすことが出来た。


ただ、スターヘリコプターは、私たちが想像している以上に飛ぶので、室内だと電気の傘の上に乗っかってしまったり、野外だと木の枝に引っかかったりと、遊ぶ場所を選ばないと、プロペラを回収するのに、非常に苦労することになる・・・・・・。


うちでは飛んで行ったプロペラが、タンスの後ろの隙間に落ちてしまい、物差しやハエ叩きで、何とか取ろうとしたのだが結局取れず、これはタンスを動かさなきゃ無理だなということになって、年末の大掃除まで待たされることになった。


ところがその数週間後、うちのネコがスターヘリコプターのプロペラを咥えて歩いて来て、「どうやって取ったの !?」と、家族全員で唖然としたことがあった。


結局、ネコがどうやってプロペラを取ったのかは、いまも謎のままである。


駄菓子屋のおもちゃというのは、冒頭にも書いたように、「だから何?」と感じるようなものばかりで、すぐに飽きてしまうものがほとんどだったが、このスターヘリコプターでは、けっこう遊んだのを覚えている・・・・・・。


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▲昭和の頃はよく見かけた「ぴょんぴょんカエル」。現代の子供たちもこのおもちゃの存在を知っているのは、「サザエさん」の登場人物、カツオの影響に違いない。ちなみに現在店頭で見かけるのは、いわゆる「類似品」である・・・・・・。

駄菓子屋で売られていたおもちゃで忘れてならないのが「ぴょんぴょんカエル」だろう。


現在では「ぴょんぴょんカエル」で遊んでいる子供なんて、めっきり見なくなってしまったが、じつはこの「ぴょんぴょんカエル」は、現在でも販売されている超ロングセラー商品だ・・・・・・。


そしてこの「ぴょんぴょんカエル」を現在でも有効に活用している超有名な少年がいる。


「サザエさん」の登場人物のひとり、カツオである。


カツオはサザエさんを驚かすために、「ぴょんぴょんカエル」を何度使用したか知れない。


カツオは何度も同じ手口で驚かしに来るのに、毎回腰を抜かすほど驚くサザエさんは、よっぽどカエルが苦手なのだろう・・・・・・。


「ぴょんぴょんカエル」は、カエルのお尻からチューブが伸びていて、それがポンプに繋がっている。


で、このポンプをシュポシュポ押すと、カエルの折り畳まれた足が伸びて、ぴょんぴょん跳ねる仕組みになっている・・・・・・。


ところでカエル本体に空気を送るためのチューブについてだが、これは何mもあるような長いものではなくて、せいぜい40~50㎝もあればいい方だ。


ということは、サザエさんからは、いたずらを仕掛けようとしているカツオの姿は、丸見えだったはずなのだ。


それにもかかわらずサザエさんは、「ぴょん!」と飛び出て来たカエルを本物だと認識し、腰を抜かすほど驚いて、いたずらを仕掛けて来たカツオに激怒して、追いかけ回しているのである。


どうでもいいが、もはやそれって、カツオが悪いというより、サザエさんの方がどうかしているとしか、いいようがないのではないだろうか・・・・・・。



2024年11月13日 (水)

「ロケット弾(ジャンプ弾)」と「かんしゃく玉」

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▲「ロケット弾(ジャンプ弾)は、プラスチックで出来たロケット型のおもちゃで、先端に平玉火薬を詰めて放り上げて遊んでた・・・・・・。

今では考えられない話だが、昭和の頃、駄菓子屋で売られていたおもちゃには、火薬を装填して遊ぶものが結構あった。


子供が遊ぶおもちゃに火薬を使うとなると、何かと規制が厳しくなった現代では、発売に「待った!」がかかること間違いなしなのだが、当時は特に問題になることもなく、当たり前のように売られていた・・・・・・。


タイトルにある、「ロケット弾」とか「ジャンプ弾」と呼ばれていた、ロケットの形をしたおもちゃも、その中のひとつだった。


どんなものだったのか、簡単に説明すると、まず、ロケットの先端部分に平玉火薬を詰めて、天に向かって思いっ切り投げ上げる。


火薬を使用するのに、発射は人力という、何とも矛盾したロケットなのである。


すると当然のことながら、ロケットは頭を下に向けた状態で、落下してくることになる。


そして地面に着地した衝撃で、火薬が「バーン!」と派手に爆発する。


と、まあ、ただそれだけのシンプルなおもちゃだった・・・・・・。


ところで、この「ロケット弾(ジャンプ弾)」だが、ロケットとはいうものの、名前に「弾」とあるように、どちらかといえば、「ミサイル」を意識して作られていたように思う。


そもそもの話、ロケットは打ち上げ後に、地上に落下して来たら、それは失敗を意味する。


上空に投げ上げて、それが落下して来て、着地点で「バーン!」と爆発するとなれば、これはどう考えても「ミサイル」である。


商品名を「ロケット弾」としたのは、子供が遊ぶおもちゃが「ミサイル」では、どう考えてもまずいと思ったからではないのか。


いくら規制の甘い昭和の時代とはいえ、さすがに「ミサイル」では、発売出来なかったのだろう・・・・・・。


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▲かんしゃく玉は綺麗な球体ではなくて、手の平で丸めたようないびづな球体だった。様々な色に彩色されていたが、元が火薬玉なので、全体にくすんだような黒ずんだ色合いをしていた・・・・・・。

ところで皆さんは、ロケットとミサイルの違いをご存知だろうか。


じつはこの2つは、基本的に同じものなのだ。


先端に何を搭載するかで名前が変わって来る。


つまり人工衛星を積んで打ち上げればロケット。


弾薬を積んで打ち上げればミサイルになる・・・・・・。


駄菓子屋のおもちゃ「ロケット弾」は、ロケットの先端部分に平玉火薬を詰めていた。


そういう意味では、やはりロケットというよりはミサイルなのだろう。


しかし、先ほども書いたとおり、子供の遊ぶおもちゃに「ミサイル」は、さすがにまずいだろうということで、「ロケット」に「弾」を付けて、「ロケット弾」とすることで、どうにかこうにか、辻褄を合わせたといったところだろうか。


何だか当時の大人たちの苦労が目に浮かぶようで、思わず「クスッ!」と笑わずにはいられない・・・・・・。


で、先ほども書いたとおり、この「ロケット弾(ジャンプ弾)」は、ロケット型のおもちゃに、平玉火薬を詰めて、天に向かって、思いっ切り投げ上げて、それが地面に着地した瞬間に、火薬が「バーン!」と爆発する仕組みのおもちゃだった。


じつは駄菓子屋には、この「ロケット弾(ジャンプ弾)」から、余計なものをそぎ落とし、思いっ切り簡略化したおもちゃも売られていた。


それが「かんしゃく玉」だった。


「かんしゃく玉」の見た目は、粘土を手の平で転がして丸めたような、いびづな丸い玉で、赤や緑、青や黄色などに、カラフルに彩色されていた。


そしてこれが厚紙で出来た箱に入れられて売られていたのだ・・・・・・。


「かんしゃく玉」は、玉そのものが火薬になっているので、これを直接地面や壁に、思いっ切り投げつけると、「バーン!」という大きな爆発音がした。


当時はこれをブロック塀やアスファルトの地面に投げつけて爆発させたり、道に撒いて物陰に隠れていて、車や人に踏ませて脅かしたりしていたものだ。


いま考えると、「とんでもないことをしていたな~」と思うのだが、当時は大人もかんしゃく玉を、駄菓子屋のおもちゃとして認識していたので、「バーン!」という音で驚きはしても、「子供がかんしゃく玉を撒いたんだな」と思うだけで、特に怒られたり、問題になるようなことはなかったのである・・・・・・。


2024年10月26日 (土)

あぶないみずぎ

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▲「ファミコン版ドラゴンクエストⅢ」の公式ガイドブック、通称「赤本」がこちら。ちなみにドラクエⅠの公式ガイドブックは「黒本」、ドラクエⅡの公式ガイドブックは「青本」だった・・・・・・。

ドラクエの世界には、女性専用の装備品というのが存在する。


家庭用ゲーム機で発売されたドラクエシリーズで、女性専用の装備品が初めて登場したのは、1988(昭和63)年2月10日に発売された「ドラクエⅢ(ファミコン版)」からだった。


そしてその装備品が売られていたのは、旅立ってから間もなくして到着するアッサラームの町だった・・・・・・。


アッサラームの町は昼と夜ではガラッと雰囲気が変わり、夜になると町のステージでベリーダンスが披露される、いわゆる「大人の町」でもあった。


そんな町だからなのか、北東にある武器屋には、他の町では見たことがない、「アブない水着(公式ガイドブックの表記)」なる防具が売られていた。


で、この「アブない水着」こそが、シリーズ初の女性専用の装備品だったのである・・・・・・。


では、「アブない水着」とは、どのような防具なのだろうか。


そこで公式ガイドブックを開いて、そのビジュアルを確認してみると、基本的には胸元が大きく開いたワンピーススタイルの水着であることが分かる。


ただ、通常の水着と違うのは、胸のすぐ下あたりから、へその下あたりにかけて、トランプのダイヤのマークの形に、布地がカットされていて、胸が大きく露出するデザインになっていることだ・・・・・・。


そして、すでにお気づきのかたも少なくないと思うが、これは防具とは名ばかりのただの水着である。


その証拠に公式ガイドブックに記載されている守備力はたったの「+1」なのだ。


そして頼みの綱の特殊効果に関しても、特に何もなしと来ている。


普通に考えたら、こんな裸同然の格好では、モンスターの打撃を食らえば、一撃で大怪我間違いなしで、炎を吐かれようものなら、焼け死んでしまってもおかしくはないだろう・・・・・・。


で、特筆すべきは、こんな何の役にも立たない水着が、なんと「78000G」もすることである。


いったい何に対しての価格設定なのか、意味がさっぱり分からない・・・・・・。


ところでこの「アブない水着」、前作に当たる「ドラクエⅡ」の時に、すでにその構想はあったのだという。


容量の問題があって、結果的にボツになってしまったものの、「販売価格がべらぼうに高い」、「ムーンブルクの王女に装備させると、フィールド上のキャラクターが水着姿になる」という案が練られていたらしい。


そして、キャラクターの名前によっては、「いやよ、こんなもの!」と、装備するのを拒否されてしまうという仕掛けが考えられていたようだ・・・・・・。


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▲公式ガイドブックに紹介されている「アブない水着」。確かにアブないのかもしれないが、その実態は防具というより、「ただの水着」と言ったほうが正解だ・・・・・・。

ところで、「ドラクエⅡ」といえば、MSXに移植されていたことをご存知だろうか?


今となっては、MSXといっても、何のことか分からない人の方が多いと思うので、簡単に説明しておくと、パソコンの入門機の、いわゆる「ホビーパソコン」という位置づけのマシンだった。


で、MSXに移植することで、使える容量が増えて、ファミコン版Ⅱではボツになってしまっていた「あぶないみずぎ」が、MSX版では晴れて採用されることになったのだ・・・・・・。


ファミコン版ドラクエⅢの「あぶないみずぎ」の入手方法は、「武器屋で購入する」というオーソドックスなスタイルであったが、MSX版ドラクエⅡでは、ムーンブルクの王女に何もアイテムを持たせない状態で、ラダトーム王に話しかけるとイベントが発生するようになっている。


ラダトーム王が、「こんなにかわいいのに、きるものもないとはかわいそうじゃ」と、宝箱から「あぶないみずぎ」を出して、プレゼントしてくれるのだ。


どうでもいいが、王様はいったい何の目的で、「あぶないみずぎ」を所持していたのだろうか・・・・・・。


そして王様から「あぶないみずぎ」をもらうと、なぜか教会の効果音が鳴り響き、「あぶないみずぎ」を着用したムーンブルクの王女の一枚絵が、画面にドーンと表示される。


しかも、全身の画像だけではなく、胸と下半身のアップがそれぞれ個別に表示されるというこだわりようだ。


この画像を見ると、「あぶないみずぎ」のデザインは、ファミコン版Ⅲの公式ガイドブックに掲載されているものと、基本的には同じなのだが、MSX版では胸元などにフリフリの装飾が付けられていて、どちらかというと、下着っぽい印象になっている。


ちなみにこの一枚絵、ドラクエのキャラクターデザインとはかなりかけ離れた、昭和アニメ風のデザインになっていて、妙に違和感を感じる仕上がりになっている・・・・・・。


そしてこの画像が表示された直後に、普段はひと言も発しない主人公が、思わず「おおっ、〇〇〇ちゃん!」と口走ってしまうのだ。


ちなみに「〇〇〇」にはムーンブルクの王女の名前が入ることになる。


いっしょにいたサマルトリアの王子も、「こいつはさいこうだぜ!」と興奮している様子。


そして、「あぶないみずぎ」を王女にプレゼントした張本人の王様も、「ああ、このとしまで、いきてきてよかったわい!」と感動している様子なのだが、思わず「このエロじじいがっ!」と、つっこまずにはいられない。


一方、リアルタイムで3人の感想を聞かされたムーンブルクの王女は、「そんなにみないで。わたし・・・はずかしい・・・」と、口でははにかんでいるのだが、先ほどの一枚絵の画像では、左手を腰に当てて、しっかりとポーズを取って見せている・・・・・・。


ところで、このMSX版ドラクエⅡの「あぶないみずぎ」には、ファミコン版ドラクエⅢの「あぶないみずぎ」にはない特徴があった。


なんと装備することで、特殊効果の「みとれる」の効果があったのだ。


早い話が敵が戦闘時にみとれてくれれば、そのターンの敵は、いっさい何もして来ないことになるわけだ。


やっかいな攻撃を仕掛けて来る敵には、これはとてもありがたい特殊効果になるだろう。


しかも、この「みとれる」は、驚くべきことに、ラスボスのシドーにも有効なのだ。


普段はしゃべらない主人公を、しゃべらせただけのことはあるといえよう・・・・・・。


ところでこのMSX版ドラクエⅡは、ファミコン版ドラクエⅢ発売の、わずか4日前に発売になっている。


参考までに付記すると・・・・・・、


ファミコン版ドラクエⅡは、1987(昭和62)年1月26日発売、


MSX版ドラクエⅡは、1988(昭和63)年2月6日発売、


ファミコン版ドラクエⅢは、1988(昭和63)年2月10日発売となる・・・・・・。


先ほども書いたように、MSX版ドラクエⅡには、あぶないみずぎに「みとれる」の特殊効果があった。


ところがその4日後に発売になったファミコン版ドラクエⅢでは、その特殊効果がきれいさっぱりなくなって、ただの「高額な普通の水着」になってしまったのだ。


たった4日の間に何があったというのか・・・・・・。


専門誌などを通じて、MSX版のあぶないみずぎの特殊効果のことを知ってしまうと、これについてはどうにもこうにも納得がいかない。


武器防具の店のおやじに文句を言ってやりたい気分でいっぱいだ。


しかも当時子供だった我々世代からしてみると、それを体験してみたくても、MSXなんて買ってもらえるはずもなく、ただ、ただ、悶々としながら、ファミコン版ドラクエⅢをプレイするしかなかったのである・・・・・・。


2024年10月 2日 (水)

キャップ弾火薬鉄砲

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▲これは現在100円ショップで売られている鉄砲型のおもちゃだが、銃身を倒して、シリンダーに火薬を装填するようになっている。この仕組みについては、当時のものとなんら変わらない・・・・・・。

昭和の頃によく見られた駄菓子屋では、いわゆる駄菓子の販売以外に玩具の販売もしていた。


駄菓子屋で売られていた玩具は、一般的なおもちゃ屋で売られている玩具とはちょっと違っていて、駄菓子屋特有のものだったように思う・・・・・・。


駄菓子屋で売られていた玩具の代表選手といえば、なんといっても火薬を使用する玩具だろう。


火薬というと、花火を思い浮かべるかたも少なくないと思うが、じつはそうではなくて、駄菓子屋で売られていたのは、内部に火薬を装填して使用する玩具だった。


子供用のおもちゃに火薬を使用するなんて言ったら、きっと今だったら、企画の段階で完全にアウトだろうが、当時は特に問題になることもなく、普通に売られていた・・・・・・。


以前、火薬が使われている駄菓子屋のおもちゃとして、「巻玉鉄砲」と「平玉鉄砲」をご紹介したのだが、じつは火薬が使われている鉄砲型のおもちゃは、この2つ以外にもまだあった。


「キャップ弾火薬鉄砲」は、かなり本格的な鉄砲のおもちゃで、8連式のリボルバー仕様になっていた。


火薬は巻玉鉄砲や平玉鉄砲のようなシート状ではなくて、「カネキャップ弾」と呼ばれるリング状のものだった。


巻玉鉄砲や平玉鉄砲と比べると、火薬の威力がかなり強く、取り扱いには十分な注意が必要だった。


1発の威力が強いことに加え、8回連続で撃つことが可能だったため、連発とは思わずに、うっかり鉄砲の前へ飛び出したりすると、火傷をする恐れもあった。


今だったら、世に出ることは絶対にあり得ないおもちゃだろう・・・・・・。


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▲これも現在100円ショップで売られている「8連発ピストル音の弾」。上のピストルに装填して使用する。じつは昭和の当時に売られていた「カネキャップ弾」も、これと見た目はほぼ同じと考えていい・・・・・・。

また、「キャップ弾火薬鉄砲」には、これをさらに進化させた商品もあった。


基本の「キャップ弾火薬鉄砲」は、「バン、バン、バン・・・!」と音を発することは出来たが弾は出なかった。


あの火薬の威力で弾まで出たら、かなり危険な代物だったのではないかと想像してしまう。


ところが「キャップ弾火薬鉄砲」の進化版は、派手な音に加えて、なんと弾も発射することが出来たのだ。


ちなみに弾はプラスチック製だったが、ちゃんと弾丸の形が再現されていた・・・・・・。


弾丸の装填方法は本物の拳銃と同様で、銃身を倒してシリンダーに弾丸を円形に1つずつ挿入して行く。


「キャップ弾火薬鉄砲」は火薬もリング状で、シリンダーにぴっちりとはめ込んで使用していたので、プラスチック弾はこの火薬リングの外周にセットするようになっていた。


子供の頃はこの火薬とプラスチック弾の装填方法がとてもリアルに感じられ、思わず手が震えたものだが、考えてみたら、本物の拳銃に弾を装填するところなんて見たことがないのだから、その感覚がどこから来ていたのか、いま考えると、全くもって謎としかいいようがない。


しかし、実際にはそう間違いでもなかったところが、また不思議なところなのである・・・・・・。


で、このプラスチック弾の撃てる「キャップ弾火薬鉄砲」だが、前述のようにおもちゃとしては火薬の威力がかなり強かったので、「弾まで撃つことが出来たら、危険極まりないだろう」と考えるのが普通である。


しかし、幸いなことに、「キャップ弾火薬鉄砲」の弾は、プラスチック製ということもあってとても軽く、弾丸としての威力は全くなかったのである。


このように弾丸や火薬の装填方法はとてもリアルで、取り扱い方法を誤ると、火傷をする恐れがあるほどの火薬の威力だったのに、弾だけはなぜか安っぽいプラスチック製という、バランスの取り方があまりにも極端すぎる、「キャップ弾火薬鉄砲」だったのである。


まあ、そうは言っても、これで弾に威力まであったら、いくら規制の甘い昭和の時代とはいえ、発売にストップがかかっていた可能性は大である・・・・・・。


2024年9月26日 (木)

コーヒービート

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▲コーヒービートは1971(昭和46)年に発売になった。そしてその発売当時から、パッケージのデザインはほとんど変わっていない・・・・・・。

昭和の頃はどういう訳か、コーヒー味のお菓子が人気で、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


超ロングセラーとなっている、「コーヒービート」もその中のひとつで、1971(昭和46)年3月に明治製菓から発売になった。


コーヒービートは筒状の容器の中に、コーヒー豆の形をした、子供でも美味しく食べられる、ミルクコーヒー味のチョコレートがたくさん入っていて、一粒食べると止まらなくなったものである。


コーヒービートのパッケージは、昭和の頃からほとんど変わっていないが、発売当初の容器は紙ではなくプラスチックで、六角形の茶色い蓋がはめられていた。


私が物心ついた頃には、もう現在のような紙製の容器になっていたので、プラスチック製の容器が使われていた期間は、コーヒービートの長い歴史からしたら、ほんの一瞬だったのだろう・・・・・・。


ところでこのコーヒービート、中身のお菓子を食べ終わった後の空き容器も、何かと使い道があって、当時の子供たちは捨てずに取っておいたものである。


で、こんなものを一体何に使っていたのかというと、様々な小物を一時的に保管するために使っていたのである。


「小物の保管」などというと、「コーヒービートの空き容器に1つ1つラベルを貼って、机の中のものを分かりやすく整理整頓するのに使っていたのではないか?」と想像されるかたも少なくないと思う。


しかし、馬鹿ばかりやっていた、昭和の男子小学生が、そんな几帳面なことをするわけがない。


では、いったい何に使っていたのか・・・・・・?


使い方は人それぞれだったが、1つ例をあげるなら、野原に行って、オナモミの実(ひっつき虫)を採集して来て、コーヒービートの容器に入れておく。


そして敵(という設定の友達)を発見した時に、背後からそっと忍び寄り、コーヒービートの容器からオナモミの実をサッと取り出し、相手にこっそり投げつけるのだ。


投げつけると言っても、思いっ切り投げつけるのではなく、敵に気付かれないように、そっと山なりに投げつけるのである。


そして注意しなければいけないのは、相手に「おや、いま背中に何か当たったような気がするぞ?」と勘付かれてはいけないことだ。


あくまでもそ~っと投げつけるのである・・・・・・。


そこで相手に気付かれなければしめたものだ。


2つ、3つと、立て続けにオナモミの実を投げつけていく。


そうすると、彼の背中は、いつしかオナモミの実がいっぱい張り付いている状態になる。


そして、ここまで来れば、とりあえずはミッション達成ということになる。


あとは彼が家に帰る前に誰かと出会い、背中のオナモミのことを指摘され、「え~~~っ⁉」と仰天することになろうが、帰宅後に母ちゃんに、「あんた、いったいどこを歩いて来たの!」と怒られようが知ったこっちゃない。


翌日、学校で彼から、「昨日、こんな不思議なことがあってさあ・・・」という話を聞かされるのを楽しみに、ニヤニヤしながら布団に入るのである・・・・・・。


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▲コーヒービートはコーヒー豆の形をした、ミルクコーヒー味のチョコレートだった。そのリアルな形が何ともおしゃれで、人気に一気に火がついたのだろう・・・・・・。

また、コーヒービートの容器は、野山で採集した昆虫を家に連れて帰るまでの間、一時的に保管しておくのにも重宝した。


「でも、コーヒービートの容器じゃ、狭すぎるんじゃないの?」と思われるかもしれないが、じつはこの狭さが輸送には好都合なのである。


どういうことかというと、コーヒービートの容器は細いので、中の昆虫があまり動き回れないため、暴れて足がもげてしまったり、移動中の揺れで、容器の壁に激突して、ダメージを負ったりするリスクが少なくてすむのだ。


そして、ここで注意しなければいけないのは、採集した昆虫を入れるのは、1つの容器に1匹までにしておくということだ。


なぜかというと、この細くて狭い容器の中に、複数の昆虫を入れてしまうと、互いに相手を攻撃してしまい、双方が怪我を負ったり、下手をしたら死んでしまいかねないからだ・・・・・・。


また、容器に昆虫を入れたら、中の昆虫が動けないように、ティッシュなどを詰めて、容器の空間を調整した方がいい。


こうしておけば、移動中に容器が揺れても、中の昆虫が滑って動いてしまうことはなくなり、より安全に家まで移動させることが出来るのだ。


私は子供の頃、虫好きだったので、この方法で家に連れ帰った昆虫は多種に及んだが、中でもクワガタやカマキリ、バッタは、毎年のように飼育していたものだ・・・・・・。


また、私には全く記憶がないのだが、母が言うには、私は4~5歳の頃、なぜか庭のダンゴムシに興味を持ち、一日中、庭にしゃがみ込んで、熱心にダンゴムシを観察していた時期があったのだという。


そんなある日、座卓の上にコーヒービートの容器が転がっているのを見つけた母は、テレビドラマを見ながら、コーヒービートを食べようと、何気なくその容器を手に取った。


そして、視線はテレビ画面から外さずに、おもむろにコーヒービートの容器から蓋を外した。


そして右手に持った容器を揺すって、左の手のひらにチョコレートを数粒取り出そうとしていた。


すると思いのほか、たくさんのチョコレートが左の手のひらに出てしまったと感じた母は、チョコレートを少し容器に戻そうと、テレビから自分の左手に視線を移した。


すると次の瞬間、「ウギャ~~~!」という母の叫び声が部屋の中にこだまし、お昼寝をしていた私は、たたき起こされるハメになったのだという。


じつはコーヒービートの容器から出て来たのは、コーヒー豆の形をしたチョコレートではなく、私が庭で捕まえた、おびただしい数のダンゴムシだったのだそうだ。


そしてこの時、錯乱した母は、あろうことか左手のダンゴムシを、思わず投げ捨ててしまい、その後、部屋に散らばったダンゴムシを、1時間かけて拾い集めるハメになったのだという。


そして、全てのダンゴムシを回収した母は、ヘトヘトになって座卓の前に座り込んだのだった。


そしてそのとき思わず口を突いて出た言葉は、「あのまま、口に放り込まなくて、本当によかった・・・・・・」だったそうである・・・・・・。


2024年8月21日 (水)

「巻玉鉄砲」と「平玉鉄砲」と「銀玉鉄砲」

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▲現在売られているピストル型のおもちゃはこんな感じ。なんだか当時のものに比べるとちゃっちくなってしまった印象だ・・・・・・。

昭和の頃によく見られた「駄菓子屋」では、いわゆる駄菓子の販売以外に玩具の販売もしていた。


駄菓子屋で売られていた玩具は、一般的な「おもちゃ屋」で売られている玩具とはちょっと違っていて、駄菓子屋特有のものだったように思う・・・・・・。


駄菓子屋で売られていた玩具の代表選手といえば、なんといっても火薬を使用する玩具だろう。


火薬というと、花火を思い浮かべるかたも少なくないと思うが、じつはそうではなくて、駄菓子屋で売られていたのは、内部に火薬を装填して遊ぶ玩具だった。


子供用のおもちゃに火薬を使用するなんて言ったら、きっと今だったら、企画の段階で完全にアウトだろうが、当時は特に問題になることもなく、普通に売られていた・・・・・・。


火薬が使われている玩具には、いくつかの種類があったが、その中でも拳銃の形をしているものは男の子に人気があった。


そしてその拳銃の形をした玩具にも、いくつかの種類があって、どれを選ぶかはその店の品揃えに大きく左右された。


最もポピュラーだったのは、「巻玉鉄砲」と呼ばれるもので、拳銃の形をした玩具に、「巻玉火薬」と呼ばれるロール紙を装填して使用するものだった。


そして拳銃と火薬は別売りになっていて、巻玉火薬は厚紙で出来た青い箱に入れて売られていた。


ちなみに巻玉火薬とは、赤い紙テープのようなものに、錠剤のような形の火薬が、等間隔に張り付けられているものだった。


そしてこれをロール状のまま、拳銃の上部に手順通りに装填して使用するのである。


一見面倒な作業に思えるのだが、当時の子供たちにとっては、この作業が本物の拳銃に弾丸を装填する作業のように思えて、格好よく感じられたものである。


そして、拳銃の引き金を引くたびに、赤いロール紙が少しずつ回転して行き、「バン、バン、バン!」と連射させることが出来たのだ。


ただ、銃声というにはかなり小さな音で、全く迫力はなかったのだが、気分だけは大いに盛り上がっていた。


そして辺りにはそれなりに、火薬の匂いと煙が立ち込めて来て、なんとなくその気にはさせてくれていたものである。


このため家の中で遊ぶと、部屋に火薬の匂いと煙が充満して来て、まず間違いなく、親に怒られるので、先に蚊取り線香を焚いて、カムフラージュしたりしたものである。


ちなみに巻玉鉄砲は、弾を発射する拳銃ではなかったので、辺りに「薬莢」が散らかる心配はなかった。


これについては、子供にとっては救いだったといえるだろう。


火薬の匂いと煙に加え、周囲にゴミまで散乱させていたら、巻玉鉄砲は瞬く間に、親に没収されていたことだろう・・・・・・。


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▲ちなみにこのピストルは某有名100円ショップで購入した。駄菓子屋のピストルは100円ではなかったと思うので、品質が落ちてしまったと感じるのは、まあ、仕方がないことか・・・・・・。

巻玉鉄砲に似た商品で、「平玉鉄砲」というのもあった。


平玉鉄砲は値段が高かったので、店によっては置いていない所も多かった。


平玉鉄砲も火薬は別売りで、数十回分の火薬が1シートにまとめられた状態で売られていた。


そしてこのシートから、火薬を1つずつちぎり取って、1発ずつ拳銃に装填していかなくてはならなかった。


「平玉鉄砲」と言っても、ピンと来ないかもしれないが、昭和生まれのかたなら、運動会の徒競走で、「位置について~!よ~い!バン!」と鳴らしていた、あの鉄砲といえば、分かってもらえるだろうか・・・・・・。


「巻玉鉄砲」や「平玉鉄砲」は、弾の出ない音だけの鉄砲だったが、駄菓子屋には弾を撃つことが出来る、「銀玉鉄砲」というのもあった。


銀玉鉄砲はハガネ式の鉄砲で、装填するのは火薬ではなく、別売りの銀色の玉だった。


このため巻玉鉄砲や平玉鉄砲のような、銃声や煙は出なかった。


銀玉鉄砲の玉は、その名の通り、銀色をしていたが、金属で出来ている訳ではなく、粘土のようなものを丸く固めて、そこに銀色の着色をしたものだった。


確か銀玉鉄砲の玉は1箱50個入りで、厚紙で出来た赤い箱に入れて売られていた。


そしてこの玉を拳銃に装填して使用するのだが、当然玉がなくなれば撃てなくなる。


昭和の頃は、親に何箱も玉を買ってもらえる子供なんていなかったので、玉がなくなれば、今度は自分が撃った玉を拾って歩き、それを再び拳銃に装填し直して遊んでいた。


しかし、いま考えればそのおかげで、周囲に撃った玉が散乱して、問題になるようなことがなかったのだ。


そして時代が進み、銀玉がBB弾になると、玉は消耗品という認識になり、散乱した玉は回収されることなく、マナー問題にまで発展して行った。


昭和の頃の銀玉鉄砲の玉は、仮に全てを回収しきれなかったとしても、原材料は粘土なので、放置しておいても自然に土に帰る。


しかし、BB弾はプラスチックなので、いつまでもそのままの状態で残ってしまう。


そうなるとこれは、ただのマナーの問題ではなくなり、環境問題ということになって来る。


それを考えると、自分が撃った玉は全回収が鉄則だったあの頃が、ちょうどよかったのかもしれない・・・・・・。


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