カテゴリー「ドラえもん」の記事

2023年6月 5日 (月)

ネズミ捕り器とドラえもん

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▲自宅の廊下でネズミと遭遇し、パニックになったドラえもん。四次元ポケットから取り出したのは、なんと「地球破壊爆弾」だった。未来の世界ではこんなものが市販されているのだろうか・・・・・・。

ドラえもんは大のネズミ嫌いだ。


しかも、ただネズミが嫌いというだけではなく、ネズミが現れると冷静な判断が出来なくなり、部屋の中でマシンガンをぶっ放したりしてしまう。


てんとう虫コミックス第7巻に収録されている、「ネズミとばくだん」というエピソードでは、のび太には戦車を一発で吹き飛ばす「ジャンボ・ガン」、ママには一瞬で鉄筋のビルを煙にしてしまう「熱線銃」を持たせて、ネズミに対抗しようとしている。


どうでもいいが、未来の世界では銃刀法は廃止になったのだろうか・・・・・・。


そして挙句の果てにドラえもんは、ネズミを恐れるあまり気が変になり、「地球破壊爆弾」なるものを取り出して、よだれを流しながら、不敵な笑みまで浮かべている。


幸いなことに、結局この爆弾は使われることがなかったので、本当に地球を破壊出来る爆弾だったのかどうかは定かではない。


しかし、もしこれが本物だとしたら、未来の世界では個人がこんな物を所有出来る、物騒な世の中になっているということなのだろうか。


しかも、ドラえもんが持っているということは、たいへんリーズナブルなお値段で入手出来る爆弾ということになるのだろう。


もしかしたら、未来のテレビショッピングでは、「今日だけ1つ分のお値段で、なんと爆弾を2つお付けしてぇ~~っ!ご注文をお待ちしておりますっ!」などとやっているのかもしれない。


そんな風に誰でも簡単に強力な爆弾を入手することが出来て、地球をあっという間に破壊することが出来るとしたら、未来の世界では命がいくらあっても足りないだろう。


そう考えると、私はこの爆弾は、ジョークグッツの可能性が高いと思うのだが、本当のところはドラえもんに聞いてみなければ分からない・・・・・・。


そんな訳で、ドラえもんの作中では、家の中にしばしばネズミが出現しているのだが、これは現代ではちょっと考えられないことである。


みなさんは「家の中で突然ネズミと鉢合わせてびっくり仰天!」なんて経験をしたことがはたしてあるだろうか。


恐らく「ない」と答えるかたが大半だと思う。


現代では建物の中にネズミが現れるとしたら、それは飲食店の厨房ぐらいではないだろうか。


きっと、ネズミにしてみたら、「住みにくい世の中になったものだな~」と思っているに違いない。


じつはドラえもんの漫画が雑誌に連載されていた1970~1980年代は、世の中のじつに8割以上の建物が木造建築の日本家屋だった。


この当時はまだまだマンションと呼ばれるような、鉄筋コンクリートの建物は少なかったのだ。


じつはこのことが、ネズミが家の中に侵入して来る一番の原因だったのである・・・・・・。


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▲原作漫画のドラえもんの舞台は1970~1980年代の東京だ。当時は世の中のじつに8割以上の建物が木造建築の日本家屋だった。そしてこれこそが家の中にネズミが出る一番の原因だった。アニメのドラえもんで、野比家にいまだにネズミが出るのは、この設定を引き継いでいるからである・・・・・・。

てんとう虫コミックス第7巻に収録されている「ネズミとばくだん」というエピソードの1シーンで、のび太のママはちっちゃな鳥かごのようなものを持って廊下を歩いて来る。


じつはこれ、鳥かごではなくて、ネズミを捕獲するために作られた「ネズミ捕り器」なのだ。


どのように使うのかというと、ケージの中にエサを入れて、ネズミが出そうな場所に置いておく。


そしてケージの中にネズミが入ると、入り口のトラップから出られなくなる仕組みになっているのだ。


野良猫を保護する時に使う捕獲器と同じような仕組みといえば理解してもらえるだろうか。


で、この「ネズミ捕り器」だが、当時は商店街の金物屋さんや雑貨屋さんなどで普通に売られていた。


うちではネズミなんて出たことがなかったので、「こんなの誰が買うんだろうなぁ」といつも不思議に思っていたのを覚えている・・・・・・。


で、問題はこの「ネズミ捕り器」でネズミを捕獲した後なのだ。


ゴキブリホイホイなら生ごみと一緒にゴミ袋に入れて、ゴミの日にそのまま出してしまえばいいのだが、ネズミの場合はそうもいかない。


それにわざわざ買って来たネズミ捕り器を、たった1回使っただけで、捨ててしまったらもったいないし、何よりも割に合わないだろう。


かといって、捕獲したネズミを屋外へ放してしまったら、同じことを延々と繰り返すだけである・・・・・・。


では、どのようにして、ネズミを処分していたのだろうか。


当時はどこの家にも、子供がすっぽり入れるぐらいの、蓋つきの大きなポリバケツがあった。


本来は生ごみを入れておくための容器だが、これに水を張って置き、ネズミを捕獲した後は、ここにネズミ捕り器ごとネズミを沈めて、蓋をして置いておいたのである。


「ネズミ捕り器」に付いていた解説には、「バケツの水に沈めて蓋をして3分待つ」と書かれていたそうである。


なんだかカップラーメンを作る時の解説文のようだが、3分待って蓋を開けても、中から出て来るのはネズミの溺死体だけである。


そして死んだネズミは生ごみとして廃棄され、「ネズミ捕り器」は洗って乾かして何度でも使えるという訳だ。


当時はそれが当たり前の日常だったので、きっとなんとも思わなかったのだろうが、いま考えると「昭和ってすごい時代だったんだな~」と、ちょっと引いてしまっている自分がいる・・・・・・。


2023年4月24日 (月)

スネ夫のママに「感心ざます」と言われたい

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ドラマや漫画、アニメの中ではよく聞くセリフなのに、「現実にはそんなことを言っているやつなんて、1人もいないんじゃないか?」と疑問に感じる言葉がいくつかある。


1つ例をあげるなら、「だまらっしゃい!」が正にそうである。


多くの場合、「だまらっしゃい!」は、金持ちの奥様が、自分の子供や、部下、お手伝いさんなどに言い放つことが多い。


同様の意味で、「おだまり!」もよく使われる。


このように、「だまらっしゃい!」や「おだまり!」は、目上の人が、目下の人に対して言うセリフなのである。


しかし、みなさんは今まで誰かに、「だまらっしゃい!」とか「おだまり!」などと、言われた経験がはたしてあるだろうか。


私はこれまで生きて来た中で、そんなことを言われた経験は、今の今まで一度もない。


単に金持ちの知り合いがいないから、そのセリフを聞く機会がなかっただけなのかもしれないが、自分にとってはなんだか、全くリアリティのない言葉なのである。


それにも関わらず、そのセリフをテレビなどで聞かされても、ほとんどの人はなんの違和感も感じないというのはなぜなのだろうか。


それって、なんだかとても不思議な話である・・・・・・。


金持ちの奥様といえば、昭和の頃の漫画には、「~ざます」という言葉もよく出て来た。


その代表は、「ドラえもん」に出て来る、スネ夫のママではないだろうか。


スネ夫のママなんて令和のこの時代になっても、未だに「~ざます」をアニメの中で使っている。


しかし、よくよく考えてみると、「~ざます」なんて言葉は、先程の「おだまり!」や「だまらっしゃい!」以上に、聞く機会が少ない言葉である。


現実の世界はもとより、ドラマや漫画、アニメの世界でも、使っている人はごく少数だ。


ということは、もしかして「~ざます」は、漫画のキャラクター用に作られた言葉なんじゃないだろうか。


もっと言ってしまえば、スネ夫のママのオリジナルなんじゃないか?


そんな疑問が生まれたので、「~ざます」が本当に日本語として存在しているのか、ちょっと国語辞典を引いて調べてみることにした。


するとこちらの予想に反して、「~ざます」は国語辞典に普通に載っていた。


国語辞典によると「~ざます」は、現在の日常語に分かりやすく言い換えるなら、「ございます」とか「~です」になるようだ・・・・・・。


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また、辞書には「ざんすの変化した語」とも書かれている。


では、「ざんす」とはいったいなんのことだろう。


そこでちょっと調べてみると、「ざんす」とは江戸吉原の遊女が使っていた言葉だったらしい。


遊女言葉の特徴として、敬語の終わりに「んす」を付けることがあげられる。


例えば「ありんす」、「くださんす」、「ござんす」などがそうである。


この「ござんす」が時の流れと共に、「ざます」へと変化して行ったということらしい。


このように「~ざます」は、もともと遊女が使っていた言葉ということもあって、当初は艶めかしい、色っぽい言葉という認識だったようだ・・・・・・。


そしてその後、時代の変化と共に、「~ざます」は遊女言葉から、お上品な言葉へと、人々の認識が変化して行くことになる。


そして昭和20年代の半ばごろまでは、「~ざます」は小説や映画の中で「上品なお嬢様言葉」として、しきりに使われていたようなのだ。


ということはやはり、スネ夫のママのオリジナルではなかったのだ。


ただ、この頃の「~ざます」は、お上品な言葉であったので、スネ夫のママが使うような、「上流家庭気取りの嫌味な言葉」とは、ニュアンスが大きく違っていたようだ。


そしてその後、時代が進み、1950年頃から「~ざます」は使う人が激減し、一気に衰退して行ったという・・・・・・。


そして1960~1970年代には、「~ざます」はもう完全に死語になっていたが、そこをあえて使い続ける人たちがいた。


そうすることによって、「自分はインテリである」とか、「上流家庭である」ということを強調し、相手にそのことを認知させようとしていたのだ。


そう、これは正にスネ夫のママそのものである・・・・・・。


そんな「~ざます」という言葉なのだが、私は現実の世界では、使っている人に出会ったことは一度もない。


フィクションの世界だって、前述のスネ夫のママと、「怪物くん」に出て来るドラキュラ伯爵ぐらいのものである。


今となっては「~ざます」なんて言葉は、もはや聞くことはないのだろうが、1回ぐらいは本物の「~ざます」を聞いてみたかったな~と思ったりもする。


もしかしたら、「だまらっしゃい!」や「おだまり!」なら、まだ聞く機会があるのかもしれないが、これらの言葉が使われるのは、どう考えても自分が怒られる時だ。


それを考えると、ちょっと体験してみたいとは言い難い。


しかし、そこをあえて自分から勇気を出して、飛び込んで行くことで、スネ夫のママに「感心ざます」と言ってもらえるのかもしれない・・・・・・。


(画像上、やわらかな若葉色に包まれた里山。画像下、今年はサツキの開花が早かった・・・・・・)


2023年3月 7日 (火)

じつはドラえもんは軟らかい

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▲ドラえもんは本当に金属で出来ているのだろうか?しかし、そうなって来ると、あぐらや正座で座っているのはどう考えてもおかしい。普通に考えたら、せいぜい脚を投げ出して座るのが精一杯だろう・・・・・・。

ドラえもんは未来の世界からやって来たネコ型ロボットである。


一般的にロボットといえば、そのボディは金属で出来ているものだ。


そしてそれはドラえもんだって例外ではないだろう。


きっとドラえもんの体を木槌などで叩いたら、「カーン!」という少し甲高い、金属を打ち鳴らす音がするはずである。


ところがドラえもんの原作漫画やアニメを見ていると、「ドラえもんって本当に金属なの?」と思わせる描写が、そこかしこに見られるのだ・・・・・・。


基本的に野比家は和室なので、ドラえもんも普段は床に座布団を敷いて座っていることが多い。


で、床にどのように座っているのかというと、のび太と同様にあぐらか正座なのである。


しかし、ちょっと考えてみて欲しい。


ご存知の通り、ドラえもんはかなりの短足である。


あの短い脚であぐらや正座をすることがはたして本当に可能であろうか。


というか、ドラえもんは現実にあぐらや正座で普通に座っているのだが、その様子は注意深く見れば見るほど、どうにも違和感があるのだ・・・・・・。


では、どこに違和感を感じるのかというと、どう見てもあぐらや正座をしているドラえもんの脚は、普段よりも伸びているのだ。


そもそもドラえもんの脚は、足首から股の間まで10数cmもあればいい方だ。


そんなに短い脚で、しかも硬い金属製だとすると、せいぜい脚を投げ出して座るのが精いっぱいで、あぐらや正座なんて出来る訳がない。


普通に考えたら、あぐらや正座の体勢に入る前にバランスを崩して、後ろにひっくり返ってしまうだろう。


ところがドラえもんはなぜか平然とあぐらや正座で座っているのである・・・・・・。


その様子をじっくり観察してみると、やはりドラえもんは立ち上がっている状態の時に比べると、明らかに脚が伸びているのだ。


あぐらや正座をしている時というのは、脚が折りたたまれているため、ちょっと分かりにくいのだが、頭の中でシュミレーションをして、その折りたたまれている脚をゆっくりと伸ばして行ってみて欲しい。


一番分かりやすいのは正座の時で、ドラえもんは正座をしていると、普段はないはずの太ももと膝、そして脛の各パーツがはっきりと姿を現すのだ。


恐らくこの時のドラえもんを立たせたら、のび太よりもずっと背が高くなるに違いない。


そしてこの時のドラえもんの脚の状態を、さらに細かく見て行くと、人でいう大腿骨の関節から太ももにかけて、そして膝から後方に折りたたまれている脛にかけての様子は、じつにしなやかに感じられるのである・・・・・・。


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▲ドラえもんはじつに表情が豊かだ。そしてそれは人間と少しも変わらない。ドラえもんが金属で出来ているとしたら、そんなことは出来るはずがない・・・・・・。

そしてこのことからある1つの疑惑が生じることになる。


「ドラえもんって、本当に金属なのだろうか?」ということである。


じつはドラえもんのボディで伸びていることを実感出来るのは脚だけではない。


腕もかなりの頻度で伸びている。


例えば頭上に何かを掲げる時などは、普段は絶対に届くはずのない頭の上に、手が届いてしまっている。


また、布状のものをバサッと広げたりする時も、その勢いで明らかに腕が前方に伸びている。


いうまでもないが、金属はこのように伸びたり縮んだりはしない・・・・・・。


また、ドラえもんはじつに表情が豊かだ。


笑ったり、泣いたり、怒ったり、感動したり、すねたりと、その時々の感情によって、ごく自然に表情が変化して行く。


そしてそれは人と何ら変わりがなく、そこにロボット特有の硬さのようなものは微塵も感じられない。


これはどう考えても、人でいう表情筋のようなものが存在しているからだろう。


もし、ドラえもんのボディが金属で出来ていたら、それを再現することはまず不可能だろう・・・・・・。


そしてこれらのことから分かることは、「ドラえもんはじつは軟らかい素材で出来ている」ということだ。


そう、ドラえもんのあのようなしなやかな動きを再現するには、金属では絶対に不可能なのである。


そしてそのことは、多くの人が重々承知しているはずなのに、なぜかドラえもんは金属だと信じて疑わない人がじつに多いのだ。


これは「ロボット=金属」という古くからの固定観念がそうさせているのだろう。


どうやらロボットが一般家庭にも普及する未来の日本では、ロボットには軟らかい素材が採用されているようである。


ドラえもんがそのことの証明といえよう・・・・・・。


2022年12月25日 (日)

ドラえもんはなぜ人の食べ物を食べるのか?

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▲ドラえもんの大好物のどら焼き。ところで素朴な疑問だが、ドラえもんはロボットなのになぜ人の食べ物を食べるのだろうか?

ドラえもんは野比家で、家族といっしょに食卓を囲み、朝ごはん、昼ごはん、晩ごはんの一日三食を、毎日欠かさずにきっちりと食べている。


しかも、のび太といっしょになって、3時のおやつまでぺろりと平らげているのである。


しかし、冷静に考えてみると、これってなんだかおかしくはないだろうか。


そもそもドラえもんはロボットなのだ。


いったいなんのために人の食べ物を食べているのだろうか。


そして食べたものはいったいどこへ行ってしまうのだろう・・・・・・。


人をはじめ動物なら、食べたものから栄養を摂取し、不要なものは体外へ排泄する。


しかしドラえもんはロボットなので、排泄なんてしないはずだ。


ところが長い連載の中で、たった1回だけドラえもんがトイレでおしっこをしているシーンが描かれているのだ。


ちなみにうんこの方に関しては、直接的にも間接的にも、そのような描写は一度もない。


これはいったいどうとらえたらいいのだろう・・・・・・。


じつはドラえもんというロボットは、電気で動いている訳ではないようなのだ。


「てんとう虫コミックススペシャル最新ドラえもんひみつ百科1(1998年2月発売)」など、複数のドラえもんの関連書籍によると、「ドラえもんが食べたものは全て分解されて、原子炉でエネルギーに転換されるので排泄は必要ない」とはっきりと書かれている。


そしてこれこそが、「ドラえもんが食べたものはどこへ行くのか?」と、「なぜ、ドラえもんはうんこをしないのか?」の答えになるだろう。


また、私が子供の頃(昭和の頃)、親に買ってもらった「ドラえもん11巻(てんとう虫コミックス)」には、「ドラえもん大事典」というページがあって、ドラえもんの左胸のあたりには「原子ろ」が搭載されていると書かれていた。


そしてその解説を読むと、「何を食べても原子力エネルギーになる」と、はっきりと書かれていたのだ。


当時はそれを読んで、「へ~、ドラえもんって原子力エネルギーで動いているんだ~。さすが未来のロボットだな~。すごいな~」と、ただひたすら感心していたのを覚えている・・・・・・。


ところが今から10年ほど前に、どういう訳かその記述に修正が加えられた。


ドラえもんの図解などはそのままなのだが、左胸付近に記されていた解説文にどうも空白が目立つのだ。


昭和の頃に私が親に買ってもらった単行本11巻では、「原子ろ 何を食べても原子力エネルギーになる」と書かれていた部分が、「原子ろ」の文字が消されて「空白」になり、「(空白)何を食べても(空白)エネルギーになる」と修正されているのだ。


「原子ろ」と「原子力」の文字が消されたことになる訳だ。


これはいうまでもなく、東日本大震災における原発事故の影響なのだろう・・・・・・。


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▲ドラえもんが人の食べ物を食べてエネルギー補給をする理由は、どうやらタイムマシンが開発されたことと関係がありそうだ・・・・・・。

ところでこれは私が子供の頃にはなかった後付けの設定だが、2001年6月発売の「決定版ドラえもん大事典」では、「ドラえもんの胃ぶくろは原子胃ぶくろで、食べたものはそこで分解、高性能エネルギー炉に送り込まれ、完全に消化・吸収してエネルギーにしてしまう」と書かれている。


これは東日本大震災の10年前に出版された書籍である。


ということは、ドラえもんの「原子ろ」は、正確には「原子胃ぶくろ」と「高性能エネルギー炉」で構成されていて、ウランやプルトニウムを核分裂させてエネルギーを発生させる、いわゆる「原子炉」とは全くの別物であるということになるだろう。


それならば何もわざわざ、前述のように、「原子ろ」や「原子力」の記述を消す必要なんてなかったのではないだろうか・・・・・・。


ところでドラえもんはなぜわざわざ、人の食べ物を食べてエネルギーに変換するなどという、面倒くさい仕組みになったのだろう。


22世紀の技術なら電池だって、きっと今よりもずっと高性能になって、長持ちするようになっているだろう。


電池でないにしても、ドラえもんを動かすためのエネルギーパックは、未来の技術なら手のひらサイズほどの小さなものを、身体のどこかにあるスロットにスッと差し込むだけですむはずである。


それにも関わらず、ドラえもんはわざわざ家族といっしょに、朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯の、一日三食をきっちりと食べて、エネルギーを補給しているのである。


じつはこれについては、22世紀になって、タイムマシンが開発されたことが、大きく影響しているようだ。


ドラえもんは過去へ行くことも出来るので、どんなに古い時代にさかのぼっても、その時代でエネルギーを補給出来なければ意味がない。


長期滞在をすることになった場合、電池切れのようなことが起きたらシャレにならないからだ。


そこで手っ取り早く、その時代でエネルギー補給が出来る手段として、人の食べ物を食べてエネルギーに変換するという方法が採用されたのだろう。


そしてこの方法ならば、どの時代でも対応出来るという利点がある・・・・・・。


最後にドラえもんがおしっこに行く理由についてだが、前述の「決定版ドラえもん大事典」によると、「子守用ロボットのドラえもんがトイレに行けば、きっと子供も一緒にトイレに行くはず」と書かれている。


まあ、水分はエネルギーにはならないので、体外へ排出しているという意味もあるのだろうが、それをわざわざトイレで行うことで、子供のトイレのしつけにも一役かっているということなのだろう・・・・・・。


2022年12月 7日 (水)

「謎フレーズ探偵」ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 ③

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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」

やめてよして触らないで
垢がつくから
あんたなんか嫌いよ
顔も見たくない(フン)


これは多くの人の記憶に残る、オーソドックスな歌詞のビビディ・バビディ・ブーの替え歌だ。


そしてビビディ・バビディ・ブーの替え歌は、この基本の構成を少しずつ崩しながら、歌詞が変化して行くことになる。


これについては前回書かせてもらった通りである。


そして最終的にはもともとの替え歌の趣旨が分からなくなるほど、歌詞が変化してしまう。


という訳で今回は、当時の小中学生クリエーターの手によって、究極の形へと進化して行く歌詞について、ご紹介して行きたいと思っている・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 G」

やめてよしこ沢田研二
夏目漱石
フランシスコザビエル
顔は志村けん


「あれ?」と思われたかたも少なくないだろう。


何しろ歌詞Gでは元の替え歌の原形をほとんど留めていない。


恐らく人の名前だけを羅列しているこの歌詞を見ても、元の替え歌がなんなのか思い当たる人は少ないのではないか。


しかし、「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」を聞き取り調査していると、このような「人の名前の羅列型の歌詞」は、じつは意外にも一定数出て来るのである・・・・・・。


「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 H」

やめてよしこ沢田研二
赤川次郎
あんたなんかザビエル
チビでハゲでブー


「人の名前の羅列型の歌詞」には、歌詞の前半部分が大きく2つのバリエーションに分かれる。


1つは歌詞Gにあったような、「やめてよしこ 沢田研二 夏目漱石」、そしてもう1つは、この歌詞Hにあるような、「やめてよしこ 沢田研二 赤川次郎」である。


元の替え歌は、「やめてよして 触らないで 垢がつくから」と歌われているところをみると、「人の名前の羅列型の歌詞」の元になったのは、恐らく後者であると思われる。


なぜなら、「やめてよして→やめてよしこ」、「触らないで→沢田研二」、「垢がつくから→赤川次郎」と、置き換えられたと思われるからだ。


「人の名前の羅列型の歌詞」は、何も考えずにただ人の名前を並べただけと思われがちだが、じつはちゃんと元の歌詞の「音」を意識して作られているのである・・・・・・。


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「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌 I」

やめてよしこ沢田研二
赤川次郎
あんたなんかドラえもん
顔はクロマティ


この歌詞Iは私が小中学生の頃の時代背景をよく表している。


当時ドラえもんは春休みや夏休み、年末年始など、一年の区切り区切りで、2~3時間番組が放送されるぐらい、子供たちに大人気のアニメ作品だった(今も人気だが・・・)。


新聞のテレビ欄に出ていた、「春だ!一番ドラえもん祭り!」や「大晦日だよ!ドラえもん!」のタイトルが懐かしく思い出される・・・・・・。


また、当時はゴールデンタイムに野球中継があるのが当たり前の時代だった。


歌詞に出て来るクロマティは、当時の巨人の助っ人外国人で、「3番クロマティ、4番原、5番吉村」のクリーンナップで、数々のミラクルを起こして来た。


クロマティは明るい性格で、ファンサービスにも長けていて、多くのファンを熱狂させていたものである・・・・・・。


また、前半の歌詞に登場する赤川次郎は、もはや説明するまでもなくミステリー作家で、私が中学生の頃には「三毛猫ホームズシリーズ」が、女子に大人気だった。


赤川さんは作家にありがちな難しい表現を使わず、若者にも読みやすい文体が人気だったのである・・・・・・。


そんな訳で今回は、「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」の「人の名前の羅列型の歌詞」について、いろいろと書いて来た。


そして次回は時代が変わっても、更に進化を続けて行く、「ビビディ・バビディ・ブーの替え歌」について書いてみたいと思っている・・・・・・。


(画像上、イチョウの木の下は黄色い絨毯が敷き詰められていた。画像下、じつはオオカマキリは低温に強い生き物だ。12月に入ってもまだ出会うことがある・・・・・・)

2022年10月26日 (水)

昭和の宇宙人とドラえもん

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▲昭和の宇宙人のイメージはこんな感じだった。もともとはもっと薄気味の悪い姿をしていたのだが、次第にデフォルメされてキャラクターとしてのタコのイメージに近付けられていった・・・・・・。

みなさんは宇宙人と言ったら、いったいどんな姿を想像するだろうか。


現在では多くの人がイメージする宇宙人は、頭部が大きく華奢な身体をした、いわゆるグレイタイプのヒューマノイドなのではないだろうか。


しかし、私がまだ幼かった頃、子供向けの「ふしぎ大百科」や、「ミステリー大百科」などに紹介されている宇宙人は、決まってタコのような姿をしていた。


誤解のないように書いておくが、「タコのような姿」と言っても、本物のタコにそっくりという訳ではない。


では、具体的にはどんな姿をしていたのかというと、頭部の形状はドラクエに登場するモンスターの、「ホイミスライム」にそっくりだった。


ホイミスライムはこの宇宙人をモデルにしたのではないかと思えるほどだ。


そして頭部の下半分に顔の全てのパーツが集中して付いているような印象だった。


目は人間と同様に2つだったが、そのサイズは極端に大きく、頭部の下半分の大半を占めていた。


そして鼻は穴だけが2つあり、鼻柱は見当たらなかった。


口は唇はなくてスリット状で、その大きさは極端に小さく、2つの鼻の穴の幅と同程度といったところか。


そして頭部の下には首や胴体などは一切なく、頭から直接、うどんのようなひも状の細い足がニョロニョロと無数に伸びていた。


そしてその長さは尋常ではなく、頭4~5個分ほどの長さが直立した後、足元にまるで「ざるそば」のように、クネクネとまとまっていた・・・・・・。


で、当時の子供向けの本には、この宇宙人は「火星人」として紹介されていた。


そして火星人がなぜこのような姿をしているのか、その理由についてもちゃんと書かれていた。


まず、火星人は地球人とは比べ物にならないくらい知能が発達しているので、脳が大きく進化しており、その結果として頭部が大きくなった。


また、目については、火星の砂嵐の中でも、遠くまで見渡せるように大きく進化しており、更に砂で目を傷めないように、フィルターのようなもので、しっかりとガードされている。


そして火星人は栄養素しか摂取しないため、口は極端に小さく、消化器官に関しては退化してしまっている。


このため内臓の入れ物としての胴体は必要がなく、頭部から直接足が生えているのだという。


そして火星の重力は地球の1/3しかないため、筋肉の付いた屈強な脚は必要がなく、その結果、うどんのようなニョロニョロとしたひも状の足になっているとのことだった・・・・・・。


で、その絵を見る限り、私には火星人がタコに似ているとは、これっぽっちも感じられなかったのだが、どういう訳かその後、「火星人はタコ」というイメージが、世の中に定着して行くことになるのだ。


そしてご説明して来たような、リアルな火星人の姿は知らないが、タコのような姿をした、「火星人もどき」なら知っているという人が、どんどん増えて行ったのだ・・・・・・。


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▲昭和の宇宙人にはこのような光線銃も付き物だった。そしてUFOには丸い窓があり、このようにカパッと開くアナログな出入り口が定番だった。

では、「火星人はタコ」というイメージは、いったいどこからやって来たものなのだろう。


で、当時の記憶を少しずつ辿ってみると、私にはどうも当時の漫画やアニメが、その原因を作ったような気がしてならないのだ。


当時の漫画やアニメでは、自分の住んでいる町にUFOが飛んで来て、中から宇宙人が出て来て、「コンニチハ」なんてシーンがよくあった。


で、この宇宙人がタコだったのである。


漫画やアニメに宇宙人を登場させる場合、「ふしぎ大百科」や「ミステリー大百科」に載っているような、リアルな薄気味の悪い見た目ではちょっとまずい。


子供が親しみを持てるような、「キャラクターとしての宇宙人」でなくてはならないのだ。


そこで子供がイメージしやすい、地球上にいる似たような生物ということで、タコに白羽の矢が立ったのだろう。


火星人の特徴である大きな目はそのままに、口はキュッとすぼめられて、キャラクターとしてのタコに似せられた。


そして頭部から直接伸びていた、うどんのような無数のひも状の足は、タコのような太い足に描き直され、タコに見合うように本数が大幅に減らされた。


そして頭部の下には本来はなかった短い胴が描き加えられて、気味の悪さはなくなり、ちょっと滑稽な宇宙人のキャラクターが完成したのだ。


ドラえもんの10巻(てんとう虫コミックス)に出て来る、「ラジコン宇宙人」というひみつ道具が正にそのイメージで、当時の漫画やアニメには、このタイプの宇宙人がしばしば登場し大活躍していたものだ。


ところでドラえもんが出した「ラジコン宇宙人」だが、宇宙人のイメージがグレイに変わった現在では、グレイタイプの宇宙人に変更になっているのだろうか。


ドラえもんは「未来は変わるもの」と言っている。


原作漫画は変わることはないだろうが、アニメの方の未来は、もしかしたら変わっているのかもしれない・・・・・・。


2022年8月27日 (土)

昭和の空き地とドラえもん

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▲私が子供の頃、ここは通称「ちびっこ広場」と呼ばれていた。当時は草丈の低い原っぱが広がっているだけの空き地だった。ちなみに当時は画像後方に広大な畑があったのだが、現在は畑は整地されてなくなり、この場所と一体となって公園として整備された・・・・・・。

ドラえもんの作中にしばしば登場する空き地。


今の子供たちはこの空き地をどのように理解しているのだろうか。


もしかしたら、のび太たちが自由に出入りしていることから、公園と勘違いしているのかもしれない。


ドラえもんの漫画が雑誌に連載されていた1970~1980年代ごろは、まだこのような空き地が町のあちこちで見られた。


空き地は「空いた土地」とはいうものの、当然のことながら土地の所有者はいる。


そして将来は何かに使おうとは思っているが、今すぐに利用しようという訳ではないので、とりあえずそのまま放置してあるのが、空き地ということになるだろう。


今だったらそんな土地があったら、あっという間に住宅やコンビニ、駐車場が出来てしまうのだが、当時はそんな風に放置されている土地というのが結構あったのだ。


現在ではそのような空き地は、フェンスやロープで囲われて、入り口には立ち入り禁止の立て札が立てられて、中に立ち入ることは出来ない。


ところが当時は空き地の入り口は封鎖されることもなく、誰でも自由に出入りすることが出来て、中で子供が野球をしたり、昆虫採集をしたりして遊んでいたものだ。


そしてそれを咎める大人もいなくて、「空き地のうちは遊んでもいいよ」という暗黙の了解があったように思う。


また、当時は空き地に限らず、神社やお寺の境内、畑の隅にあった資材置き場や堆肥置き場、酒屋の裏にあった空き瓶置き場なども、子供たちの遊び場になっていた。


そしてそこで遊んでいても、怒られることなんてなかったのである・・・・・・。


私が小学生の頃、町内に丸太や木の枝、刈り取った草などを積んである謎の空間があった。


そこではよくかくれんぼをしている子供がいて、ある日、遊んでいた子供が丸太に蹴つまずいて転んで怪我をした。


今だったら、そんなものを囲いもせずに放置しておいたら、「うちの子供が怪我をした。どうしてくれるんだ!」と大騒ぎになって、下手をしたら賠償問題にまで発展しかねない。


しかし、当時はそんな風に考える大人はどこにもいなくて、逆に自分の親に「障害物のある場所で遊ぶのなら注意して遊びなさい!」と、自らの不注意を指摘されたものである。


ドラえもんの漫画に出て来る空き地には、土管が重ねて置いてあって、子供たちはその上に乗ったり、よりかかったり、中に入ったりして遊んでいる。


ということは、もし土管が崩れて来たりしたりしたら、怪我どころでは済まないかもしれない。


それでも当時はそんな場所で遊んでもよかったのだ。


だから当時の子供たちはわざわざ公園なんて行かなくても、遊ぶ場所や冒険できる場所がいっぱいあった。


「その代わり、もし怪我をしても自己責任ですよ」という時代だったのである・・・・・・。


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▲今は外灯や道も整備されて公園となってしまったが、昔は草地の周りは藪の環境になっていて、様々な昆虫を観察することが出来た。ちなみに昔はこの場所でラジオ体操や子供花火大会などが行われていた・・・・・・。

ドラえもんの漫画に出て来る空き地には土管が重ねて置いてある。


今の子供たちは土管なんて見たこともないだろうし、もしかしたら公園の遊具的なものと勘違いしているのかもしれない。


当時、空き地と呼ばれている場所には、ドラえもんの漫画に出て来る土管のように、いま考えると、「なんであんなものが置いてあったんだろう?」と思うような物が普通に置かれていた。


個人的に一番よく見かけたのはドラム缶だった。


あんなに重たい物を、いったい誰がどうやって持って来たのか定かではないが、空き地には隅の方にドラム缶が3~4個並べて置いてあった。


もちろんドラム缶には中身は入っていなくて中は空である。


どうにかして動かしてやろうと、ドラム缶と相撲を取っているやつがいたが、ピクリとも動かなかったのは言うまでもない・・・・・・。


また、当時は巨大なタイヤも見かけることが多かった。


それはどう見ても乗用車のものではなく、トラックやバスなどの大型車両のものであろうことは明らかだった。


タイヤというと、公園ではよく半分を土に埋めて、遊具にしてあったりするが、空き地に置いてあったタイヤは、隅の方にきれいにまとめて、放置してあるだけだった。


いま考えると、せまい住宅街の小道に、そんな大型車両が入って来られるはずもなく、いったいどうやって、あんなに大きなタイヤを運んで来たのか、全くもって謎としか言いようがない・・・・・・。


謎と言えば、子供にはいったい何に使うのか想像もつかない、何かの部品のようなものもよく見かけた。


巻貝のような形のものや、湯呑のような形のもの、お茶碗のような形のものもあったように思う。


いま考えるとあれは、電柱の上の方で電線に取り付けられている、「がいし」だったのではないかと思うのだが、子供の頃はそんなことは想像もつかず、友達と「もしかしたらこれはUFOの部品なんじゃないか?」などと話していたものである。


どうでもいいが、こんなに狭い空き地のどこにUFOが着陸していたというのだろう。


しかし、例えそれが「がいし」だったとしても、なぜそんなものが空き地に放置されていたのかは、今となっては知る由もない。


当時はそれをよく手に取って眺めていたが、それがいったいなんなのかは、結局最後まで分からずじまいだったように思う・・・・・・。


そしてドラム缶や巨大なタイヤ、「がいし」についての謎は、なぜか誰も大人に聞いてみようとはしなかった。


それはきっと、空き地は子供たちだけの空間で、大人に介入して欲しくないという思いが、どこかにあったからなのではないだろうか・・・・・・。

2022年7月10日 (日)

「ドラえもん」ハリーのしっぽ

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▲ハレー彗星をめぐる一連の騒動は、じつはドラえもんの漫画にも影響を与えている。

前回ご紹介したハレー彗星をめぐる一連の騒動は、じつは様々な作品にも影響を与えている。


例えば1947(昭和22)年に発表された「空気がなくなる日」。


これは岩倉政治著の児童向け小説だった。


じつは「空気がなくなる日」は、児童文学雑誌に初出の時は、「空気のなくなる日」というタイトルだった。


これが「小学六年生文学読本」に掲載された時に、「空気がなくなる日」に変更されている。


しかしこれは文法教育上の問題で変更されたもので、作品の内容そのものには変わりがなかったという。


その後、1949(昭和24)年には日本映画社製作で映画化もされているのだが、この時のタイトルはどういう訳か、「空気のなくなる日」にまた戻っている。


また、この作品は、1959(昭和34)年にはドラマ化もされており、当時はかなり人気のある作品だったようだ。


とはいうものの、私はその当時はまだ生まれてもいなかったので、「空気の(が)なくなる日」という作品については、リアルタイムでは知る由もない・・・・・・。


私がハレー彗星にまつわる作品で一番に思いつくのは、意外かもしれないが、あの「ドラえもん」である。


てんとう虫コミックスでいうと33巻に収録されている、「ハリーのしっぽ」というエピソードがそうである。


作中ではまず、1985(昭和60)年の野比家の様子が描かれていて、家族で家の中の片付けをしていて、不用品の処分をしようとしている。


そんななか、のび太のパパが、荷物の山の中からある古めかしい物を見つける。


パパが言うには、なんとそれは野比家に代々伝わる巻物だというのだ。


そしてどうやらそれは、のび太のパパのおじいさん、のび太にとってはひいおじいさんが子孫に向けて書いたものらしい。


どうでもいいが、のび太の家は借家である。


先祖代々、その土地に住み続けていて、自宅は「築100年以上の大きな家」というのなら話はまだ分かるが、なんで借家住まいの野比家から、そんな古めかしい巻物が出て来たりするのだろう。


で、そんなことはともかく、巻物に何が書いてあったのかというと、「76年後の1986年、この年に天から大変な災いが降ってくる。その時、わが子孫は庭の柿の木の根元を掘るべし。生きのびることができる」と記されていた。


のび太は1986年が来年であることに気付くと、「大変な災い」が何のことなのか、気になって仕方がなくなる。


そして庭の柿の木の根元を掘って、何が埋まっているのか確かめたくなって来るのだ。


しかし、この時ドラえもんは妙に冷静で、「来年なんだから」と、のび太の行動をたしなめる。


ところがそれでものび太は、柿の木の下に何が埋まっているのか気になって仕方がない。


何度も書くが、のび太の家は借家である。


普通に考えたらここに、「ご先祖様が埋めたもの」があるはずがないのだが、なぜドラえもんとのび太はそのことを信じて疑わなかったのだろう・・・・・・。


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▲個人的にはハレー彗星そのものよりも、ドラえもんの「ハリーのしっぽ」のエピソードや、書店のハレー彗星コーナーの賑わいの方が記憶に残っている・・・・・・。

そこでドラえもんはタイムテレビで、当時のひいおじいさんの身に何が起きたのかを見てみることにした。


するとタイムテレビには、小学生の頃の「のび吉おじいさん」が、桶に水を張って、そこに顔を浸けている光景が映し出された。


小学生の「のび吉おじいさん」は、苦しそうなのになかなか顔を上げず、のび太たちは溺れてしまうのではないかと心配する。


そしてそこにやって来たのが、「のび吉おじいさん」のお母さんで、言うまでもなく、「のび吉おじいさん」のことを止めようとする。


「のび吉おじいさん」はお母さんに、「チューブを買えなかったから、息を止めるけいこをしている」と説明する。


あれ、どこかで聞いたような話だなと思ったら、これは正に前回の「ハレー彗星パニック」の記事そのものだ。


ドラえもんの漫画では、1910(明治43)年に起きたハレー彗星をめぐる一連の騒動を、このように分かりやすく再現してくれているのだ。


念のために書いておくが、この時のドラえもんとのび太は、まだ「ハリー」がなんのことなのか気づいていない・・・・・・。


学校では担任の先生が、「ハリーのしっぽには毒が含まれているかもしれない」とか、「空気をごそっと持っていってしまうかもしれない」とか、「一時的に空気がなくなるかもしれない」と話をしている。


本当に学校で子供たちにそんな話を聞かせていたのかどうかは定かではないが、当時は新聞にも書かれていたことなので、事実として捉えていた人が多かったのだろう。


「のび吉おじいさん」は先生の話を聞いて、自転車のタイヤのチューブに空気を入れておき、ハリーが来て空気がなくなったら、それを吸えばいいのではと思いつく。


しかし、そう考えたのは、「のび吉おじいさん」だけではなかったようで、すでに自転車屋さんには、どう見ても「ジャイアンとスネ夫の先祖」という容姿の2人が来ていて、チューブを買い占めていたのだ。


しかし現実には、当時チューブを買えたのは裕福な人たちだけだったそうだ。


のび太はそんな「のび吉おじいさん」をかわいそうに思い、自分のうきわに空気をパンパンに詰めて、タイムマシンで「のび吉おじいさん」に気付かれないように、うきわをそっと置いて来ることにする。


「のび吉おじいさん」は、見たこともないうきわの出現に驚くが、これが自転車のタイヤのチューブの代わりになると気付いて大喜びする。


それを見届けたドラえもんとのび太は、タイムマシンで現代へ帰ろうとする。


ところがそのとき空を見上げると、なんと巨大な彗星が出現していたのだ。


ドラえもんはこの時ようやく、「1910年といえばハレー彗星が大接近した年だ」とそのことを思い出す。


「ハリー」とはハレー彗星のことだったのだ。


そしてのび太が気になって仕方がなかった、柿の木の根元に埋まっていたお宝は、他ならぬのび太自身がタイムマシンで持って行った、うきわだったのである・・・・・・。


ちなみに借家である野比家の庭から、なぜうきわが出て来たのかは「謎」としかいいようがない。


過去に色々あって、ご先祖様が土地を売ってしまい、そこにたまたま野比家が住むことになったといったところだろうか・・・・・・。


と、このように、1986(昭和61)年にハレー彗星が回帰した時には、ドラえもんの漫画にまで影響を与えていたことが分かる。


そして今、当時のことをこうして振り返ってみると、私はハレー彗星そのものよりも、ドラえもんの「ハリーのしっぽ」のエピソードの方が、なぜかとても印象に残っている。


せっかくの76年に1回の天体ショーだったのに、本物の方はほとんど記憶に残っていないなんて、当時の私はいったい何をやっていたのだろう・・・・・・。

2022年5月17日 (火)

ツチノコブームと「ドラえもん」

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▲じつはツチノコは日本を代表するUMA(未確認動物)である・・・・・・。

1973(昭和48)~1974(昭和49)年頃にかけて、幻のヘビと言われるツチノコがブームになったことがあった。


ちなみに当時の私は幼な過ぎて、そのことについては、全く記憶にないのだが、日本中が社会現象になるほどの熱狂ぶりだったという。


ツチノコは日本を代表するUMA(未確認動物)で、極端に短く寸胴な、ヘビのような姿であるとされていた。


大きさは30~80センチほどで、頭部は三角形で横に張りだした太い胴体が特徴とのことだった。


また、一般にUMA(未確認動物)というと、地域や場所限定で棲息しているものばかりだが、ツチノコに関しては、なんと日本中に棲息していると言われていた。


ネッシーやビックフットは遠すぎて、とてもじゃないが見に行けない。


しかし、ツチノコだったら、もしかしたら近所にもいるんじゃないか?


ツチノコがブームになったのは、そんな「身近な所にもいるかもしれないUMA(未確認動物)」だったからなのかもしれない。


そしてこれは正に初期のAKBの戦略そのもので、もしかしたらAKBは、昭和のツチノコブームをお手本にしたアイドルだったのではないだろうか・・・・・・。


ところでUMA(未確認動物)というと、首長竜だったり、大型の類人猿だったり、「本当にそんなのいるの~?」というものがじつに多い。


ところがツチノコに関しては、体長が30~80センチほどと小さく、網で捕まえようと思えば、捕まえられなくもない大きさだ。


それにツチノコはヘビなんだから、他のUMA(未確認動物)に比べたら、実在している可能性は大である。


そんなこともあってか、当時は西武百貨店などが、「ツチノコ手配書」なるものを配布し、ツチノコに懸賞金をかけたりして、ブームに更に拍車をかけることになった。


そんな訳で、当時は近所の草地や藪の中にも、「もしかしたらツチノコが潜んでいるんじゃないか」と、子供たちが虫取り網を持って、ツチノコ探しに興じている姿がよく見られたそうである。


どうでもいいが、もし仮に、本当にツチノコが現れて、虫取り網でそれを捕獲できたとする。


でも、彼らはその後、捕まえたツチノコをどうするつもりだったのだろう。


犬猫用のキャリーでも持っていたのなら話は別だが、子供たちは虫取り網しか持っていなかったのだ。


捕まえたツチノコを飼いたかったのか、マスコミに連絡して、テレビや新聞に出たかったのか、どちらにしても、虫取り網だけではどうにもならないということに早く気付くべきである・・・・・・。


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▲ムサシアブミの仏炎苞はまるで鎌首をもたげたツチノコのようだ・・・・・・。

冒頭にも書いた通り、ツチノコブームが起きていた当時、私はまだ幼くてそのことを知る由もなかった。


私がツチノコという生物のことを初めて知ったのは、確かドラえもんの漫画だったと思う。


当時ドラえもんは学年誌に連載されていて、1974(昭和49)年7月号の小学五年生に、「ツチノコをさがそう」というエピソードが掲載された。


また、1975(昭和50)年3月号の小学六年生には、「ツチノコ見つけた!」というエピソードも掲載されている。


しかし、これらのエピソードが雑誌に載ったのは、ツチノコブームの真っただ中で、どうやら私は単行本に収録されたものを、後になってから読んだらしい。


で、「ツチノコをさがそう」というエピソードでは、当時の子供たちが、近所の草地や藪の中を、虫取り網を片手に、ツチノコ探しに興じていた姿を、のび太たちがリアルに再現してくれている。


で、この時のび太がツチノコ探しに出かけることになった理由がまた面白い。


自分が体験した不思議な出来事を友達と話していた時、友達はUFOや幽霊を見たとか、スプーンを曲げたことがあると自慢するのだが、自分には何もなかったのだ。


これは当時のオカルトブームの影響で、私の小学生の頃も、この手の話は大人気だった。


で、のび太はいつものように、ドラえもんにツチノコを出してくれとお願いするのだが、ドラえもんに「おもてで、でまかせいってきては、ぼくにしりぬぐいをさせる」と突き放される。


これは正に本当にその通りで、ドラえもんはのび太に的確なつっこみを入れていると言えよう。


そこでのび太は仕方なく、一人で山へ出かけるのだが、心配したドラえもんがこっそりついて来る。


のび太はそのことを予想していたので、わざとドラえもんに聞こえるように、「はらがへった」と愚痴り出す。


するとドラえもんは初めからちゃんと準備していたのか、サンドイッチの入ったバスケットを、こっそり出して置いておいてくれる。


これに味をしめたのび太は、「おもちゃでいいからツチノコも落ちていないかな」と、虫のいいことを言い出す。


しかし、どんなに歩き回っても、一向にツチノコは姿を現さない。


そしてついには「ドラえもん!」と叫んでしまうのだが、やはりツチノコは出て来ない。


あきらめたのび太は、自力でツチノコを探そうと歩き出すのだが、そこに突然ツチノコが木から落ちて来る。


そしてのび太は大喜びで駆け寄るのだが、そのツチノコはのび太曰く、「しまりのない、ぶさいくな、まんがみたいな顔」をしていて、のび太はドラえもんが出したおもちゃだと思い込む。


そのツチノコを一応は虫取り網で捕まえて、帰ってからみんなに見せびらかすのだが、「ドラえもんにロボットでも出してもらったんだろ」と、結局相手にされない。


のび太は「みんなわかってるんだなあ」と、ツチノコを空き地に放り投げて帰って行く。


ところが帰ってからドラえもんにその話をすると、「ぼくはサンドイッチをわたしてすぐ帰った」というのだ。


ここで初めてのび太が捕まえたツチノコは本物だったということが、ようやく分かるのだ。


このようにドラえもんの漫画では、当時のツチノコブームの一端を垣間見ることが出来るのである・・・・・・。


2022年3月18日 (金)

「ドラえもん」のび太の3つの誕生日の謎

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▲のび太の誕生日は、2年刻みで3つも存在している。いったいどれが本当の誕生日なのだろうか・・・・・・。

現在ではもはや知らない人の方が多いのだろうが、「ドラえもん」はもともと小学館の学年別学習雑誌に連載されていた漫画だった。


いわゆる「小学〇年生」というあの雑誌である。


そしてその連載開始は、1969(昭和44)年12月発売の、1970(昭和45)年1月号からだった(雑誌は前の月に翌月の号が発売になるため)。


じつはドラえもんという漫画は、現代の子供たちが思っている以上に、古くからある作品なのである。


そしてご存じのように、ドラえもんの登場人物たちは、時間経過と共に年を取ることはなく、のび太は永遠の小学4年生(アニメでは小学5年生)ということになっている。


という訳で、のび太たちはもう50年以上も、小学4年生(アニメでは小学5年生)で居続けているということになる訳だ・・・・・・。


そんな年を取らないのび太なのだが、じつは意外にも生年月日に関しては、作中ではっきりと語られている。


そしてこのことで特筆すべきは、誕生日だけではなく、生まれた年まではっきりと分かっている点である。


しかし、「のび太は作中では年を取らない設定になっているのに、生年月日が判明しているというのは、ちょっとまずいんじゃないの?」という気がしないでもない。


のび太の生年月日が語られているのは、てんとう虫コミックス第2巻収録の、「ぼくの生まれた日」というエピソード。


それによるとのび太の生年月日は、「1964(昭和39)年8月7日」ということになっている。


ということは、もしのび太がリアルタイムに年を取っていたら、2022年現在で58歳ということになるだろう。


きっと、これを聞いて、「じつはのび太っておっさんじゃん!」と思ったかたも少なくないのではないか。


ちなみに1964(昭和39)年生まれの有名人を調べてみると、出川哲朗さん、阿部寛さん、内村光良さん、温水洋一さんなどがいる。


また、女性ではあまり参考にはならないかもしれないが、真矢ミキさん、薬師丸ひろ子さん、吉本ばななさんも同い年だ。


そして、それ以上に参考にならない情報だが、じつは覆面レスラーの獣神サンダーライガーさんもそうだったりする・・・・・・。


このように作中ではっきりと明記されている、のび太の生年月日なのだが、じつはこれにはちょっとした疑問がある。


冒頭でドラえもんの連載は、1970(昭和45)年1月号から始まったと書いた。


ということは、のび太はこの時点で小学4年生だったのだから、10歳ということになるだろう。


そしてこれを逆算して行くと、のび太の生まれた年は、1960(昭和35)年でなくてはおかしいことになる。


この4年のズレはいったいなんなのだろう・・・・・・。


そしてのび太の生年月日に関しては、もう1つ謎がある。


先程のび太の生年月日が語られているエピソードは、てんとう虫コミックス第2巻収録の「ぼくの生まれた日」だと書いた。


そしてこれにははっきりと、のび太の生年月日は1964(昭和39)年8月7日と書かれている。


ところがこのエピソードが小学四年生誌上に掲載された時には、のび太の生まれた年は、「1962(昭和37)年」になっていたというのだ。


ということは、コミックスに収録する際に、この部分が書き換えられたということになるだろう。


これはいったいどういうことなのだろう。


これではのび太の誕生日は、「1960(昭和35)年」、「1962(昭和37)年」、「1964(昭和39)年」と、2年刻みで3つも存在することになってしまう。


普通に考えたら、そんな馬鹿なことがある訳がない・・・・・・。


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▲ある時期から、のび太の誕生日は1964(昭和39)年8月7日に固定されたようだ。きっと、ドラえもんならその真相を知っているはずである・・・・・・。

1960(昭和35)年については、連載開始の時期から、のび太の年齢を逆算したものなので、これ以上調査しても何も出て来ないはずである。


では、1962(昭和37)年についてはどうだろう。


これはドラえもんが学年誌に連載されていた当時に、「ぼくの生まれた日」というエピソードが、雑誌に掲載された時に記載されていたとされる、のび太の誕生年である。


では、具体的にこのエピソードが雑誌に掲載されたのは、いつのことなのだろう。


そこでちょっと調べてみたところ、「ぼくが生まれた日」は、小学四年生の1972(昭和47)年8月号に掲載されたエピソードであるようだ。


そしてこれを見て、何か気付くことはないだろうか。


そう、この1972(昭和47)年から、のび太の年齢10歳を逆算して行くと、セリフの誕生年、「1962(昭和37)年」とピタリと一致するのである。


「これはもしや!」と思い、てんとう虫コミックス第2巻記載の、のび太の誕生年、1964(昭和39)年についても調べてみることにした。


当たり前の話だが、雑誌に掲載された漫画も、コミックスに収録されている漫画も、元の原稿は同じものである。


なので雑誌に掲載された年も、当然どちらも同じ年ということになる訳だ。


そこでてんとう虫コミックスについては、単行本の発売年を調べてみることにした。


すると、てんとう虫コミックス第2巻は、1974(昭和49)年に発売されていることが分かった(初版第一刷発行)。


そしてここからのび太の年齢の10歳を逆算して行くと、やはりコミックスに記載されている誕生年の、1964(昭和39)年に行き着くのだ。


これはもはや疑いようもないと思うが、のび太の誕生年は雑誌や単行本が発売になった年から、のび太の年齢10歳を逆算して決定されていたらしいのだ。


しかし、その後はコミックスがいくら版を重ねても、のび太の誕生年の1964(昭和39)年については変わることがなく、どうやらのび太の誕生日は、1964(昭和39)年8月7日で固定されたようである。


ところが調べてみると、後年になって発売になった、「藤子・F・不二雄自選集」では、誕生年の記載がなくなって、「10年前」というセリフに改められていたり、「藤子・F・不二雄大全集ドラえもん第1巻」では、どういう訳か、雑誌掲載時の「1962(昭和37)年」に戻ってしまっていたりと、どうも安定しないのだ。


まあ、「自選集」や「大全集」は、通常のナンバリング刊行のコミックスとは別物と考えれば、やはりのび太の誕生日は、「1964(昭和39)年」ということになるのだろう。


もともとのび太は年を取らない設定になっているのだから、「そもそもそんなに気を使う必要なんてなかったんじゃないのかなぁ」思うのは、はたして私だけだろうか・・・・・・。


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