カテゴリー「謎フレーズ探偵」の記事

2024年5月29日 (水)

「謎フレーズ探偵」グッとパーでわかれましょ ①

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私が小学生の頃、チーム分けが必要な遊びをする時は、グーとパーのどちらを出すかで、集団を2つに分けていた。


例えば野球やキックベース、ドッチボールなどの球技や、ケイドロをはじめとする鬼ごっこで遊ぶ時がそうである。


で、このグーとパーによるチーム分けなのだが、いろいろな人に話を聞いてみると、地域によってその掛け声に様々なバリエーションがあることが分かった。


ちなみにここでいう「地域」とは、都道府県などの広い範囲だけではなく、市区町村などの狭い範囲も指している。


現実に私が子供の頃には、中学に進学して、他の地域に住むクラスメートと交流するようになると、それまでは聞いたこともなかったような掛け声で、チーム分けをしようとするものが現れて、たいへん驚いたものである・・・・・・。


ちなみに私が小学生の頃に、チーム分けに使っていた掛け声は、以下のようなものだった。


(掛け声 A)

「グッとパーでわかれましょ」


私の記憶ではチーム分けの際は、ほぼ100%といってもいいぐらい、この掛け声だったと思う。


(掛け声 B)

「グットッパ」


時間がない時や、何らかの理由で急いでチーム分けをしなくてはいけない時などはこれだった。


恐らくこの掛け声は、その使い方から考えても、「グッとパーでわかれましょ(A)」を短縮したものと考えるのが自然だろう。


私が小学生の頃に使っていた、チーム分けの際の掛け声は、この2つだけで、これ以外の掛け声は、当時は聞いたことがなかった。


ちなみに私は神奈川県の横浜市出身である・・・・・・。


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中学に進学して、他の地域に住むクラスメートと交流するようになると、これらの掛け声にバリエーションが存在していることを知ることになりたいへん驚いた。


そしてそれは、掛け声A、掛け声Bともに存在していたのである。


それがこちらになる(↓)。


(掛け声C)

「グッとパーであえばいい」


これは掛け声Aのバリエーションと思われる。


個人的には小学生の頃は、ず~っと「グッとパーでわかれましょ」に慣れ親しんでいたので、正直なところ、「グッとパーであえばいい」には違和感しかなくて、「あえばいいとは、いったいどういう意味だろう?」とずっと思っていた。


これについては、いま考えても、思わず頭を捻ってしまうのだが、恐らく「数が合えばそれでいい」という意味だったのだろう。


しかし、それって、日本語としてどこかおかしくはないだろうか。


そう考えると、もともとの掛け声はどうもAのような気がする・・・・・・。


(掛け声D)

「グッチッパ」


これはどう考えても、掛け声Bのバリエーションだ。


なぜ、「グットッパ(B)」が「グッチッパ(D)」になったかは定かではないが、恐らくこの掛け声は、「グーチョキパー」を短縮したものだと思われる。


しかし、チーム分けにはチョキを使うことはないのに、なぜこのような掛け声になったのか疑問に感じる。


そしてこの掛け声については、さらなるバリエーションがあった。


(掛け声E)

「グッパッパ」


グーとパーで分かれるから、「グッパッパ」なのだろうが、これでは「パ」が1つ多い気がする。


そんな訳で、個人的にはもう一捻り欲しいところだ。


(掛け声F)

「グッパッしょ」


最初、「しょ」とは何のことだろうと思っていたのだが、掛け声のリズムからして、どうもジャンケンをする時の、「あいこでしょ」の「しょ」のようだった。


そう思って、「しょ」はひらがな表記にしてみた。


恐らく「グッパ」ではリズム感が悪いので、「あいこでしょ」の「しょ」を語尾に強引に付けてみたということではないだろうか・・・・・・。


そんな訳で、「グットッパ(B)」、「グッチッパ(D)」、「グッパッパ(E)」、「グッパッしょ(F)」という一連の短縮系の掛け声のもとは、「グットッパ(B)」ということになりそうだ・・・・・・。


(次回②へ続くよ・・・・・・)


(画像上、風車のような形をしたヤマボウシの花・・・・・・。画像下、甘い香りを漂わせながら、スイカズラがたくさんの花を咲かせている・・・・・・)


2024年4月17日 (水)

「謎フレーズ探偵」たけやさおだけ

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最近は「さおだけ屋」なんて、ほとんど見かけなくなってしまったが、私が子供の頃には、さおだけ屋は「やきいも屋」、「ちりがみ交換」と並んで、町内をしばしば巡回している車の1つだった。


「さおだけ屋」は軽トラックの荷台に、竿竹と物干し台を乗せて各町内を回り移動販売をしていた・・・・・・。


また、「さおだけ屋」といえば、「た~けや~、さおだけぇ~、2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」というフレーズがお馴染みで、これを軽トラのスピーカーから流しながら、かなりゆっくりとしたスピードで町内を走っていた。


ちなみに「〇」の部分については、時代と共に少しずつ変化していたのではないかと思う・・・・・・。


ところで私が子供の頃は、「やきいも屋」と「ちりがみ交換」は呼び止めている人をよく見かけたものだが、「さおだけ屋」を呼び止めている人は、個人的には一度も見たことがなかった。


というのも、当時さおだけ屋は、「悪徳商法で詐欺である」という噂が流れていて、車を呼び止めたが最後、運転席から怖いおじさんが降りて来て、高額な竿竹や物干し台を売りつけて来ると言われていた。


軽トラのスピーカーからは、「2本で〇円、2本で〇円、〇年前のお値段です」と流してはいるが、実際には言葉巧みに誘導されて、最終的には5~6万もする高額商品を買わされるというのである・・・・・・。


ちなみに「2本で〇円、〇年前のお値段です」のフレーズだが、「2本で千円、20年前のお値段です」と記憶されているかたが多いと思う。


じつはこの部分については、「2本で千円というのは20年前のお値段で今は違いますよ」という意味が隠されているというのだ。


ちゃんと逃げ道は作ってあるということだろう・・・・・・。


また、実際に2本で千円の品物から、幅広い価格帯で商品を揃えてはいるが、安い商品はすぐに錆びて、買い替えなくてはならなくなる。


「それならば、長持ちする高級品の方が、長い目で見たら安く付きますよ」と説明され、結局は高額な商品を買わされることになるのだという話もあった。


うちではさおだけ屋から、竿竹や物干し台を買ったことは一度もなかったので、実際にその噂が本当だったのかどうかは定かではないが、当時はその噂を信じている人が多かったように思う・・・・・・。


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ところでこれは大人になってから知った話なのだが、じつは「さおだけ屋」というのは、国家機関などから依頼されて、隠密活動を行っている集団で、竿竹の移動販売という業務形態は、それをカモフラージュしているに過ぎないのだという、まるで都市伝説のような噂まで存在していた。


前述のように、私は「さおだけ屋」をわざわざ呼び止めて、竿竹や物干し台を買っている人を見たことは過去に一度もなかった。


そもそも竿竹や物干し台なんて、そう頻繁に買い替えるようなものではないし、いつも売れない竿竹を荷台に積んで、町内を流しているだけの軽トラを見ていると、子供だって、「こんなんで、商売になるのかよ」と疑問に感じていたほどである。


それを考えると、先程の「そんな馬鹿な」と思えるような都市伝説が、なんだか現実味を帯びて来るような気がしてならないのだ・・・・・・。


では、さおだけ屋が国家機関から依頼されている隠密活動とは、いったいどのようなものなのだろうか。


これについては、電波傍受や盗聴を始め、一般には法的に行えないことを、代行しているのだという。


どうでもいいが、もしそれが事実だとしたら、「一歩間違えたら、犯罪者じゃねえか」という気がしないでもない・・・・・・。


では、そんな怪しい依頼が、具体的にはどこから来ているというのだろうか。


これについては、ズバリ、「公安警察」なのだそうだ。


「え~~~~~!」という気がしないでもないが、実際のところ、町内に紛れ込んで、潜伏している犯人を探し出すことは、決して容易なことではなく、定期的に軽トラで町内を流している「さおだけ屋」は、情報収集にはうってつけの存在なのだとか。


また、逃亡生活を続ける犯人の側からすると、さおだけ屋の「た~けや~、さ~おだけ~」のフレーズを聴くことで、「公安に追い詰められている」という気持ちが増していき、精神的にどんどん追い詰められていくのだそうだ・・・・・・。


ところで、なぜ逃走犯は「さおだけ屋は公安と繋がっている」ということを知っているのだろうか。


「怪盗〇〇〇〇」的な犯人なら、そんな情報を握っていても、決しておかしくはないが、元は一般人だったであろう普通の犯人が、そんな情報を知っているとはとても思えない・・・・・・。


私が子供の頃に聴いた、「た~けや~、さ~おだけ~」というあのフレーズは、まるで民謡歌手のような歌い方をする、おっさんの声だったのだが、いつの頃からか、あまり歌が上手いとは言いかねる、若い女性の声に変わっていた。


ちなみにスピーカーから流れてくる声は若い女性の声だが、運転しているのは、相変わらず、くたびれたおやじなので、「ちょっと見に行ってみよう」なんて気は起こさない方がよい。


多くの人に声を掛けてもらうための、イメージ戦略だったのかもしれないが、逃走犯にプレッシャーをかけて追い詰めるためには、昭和の頃によく聴かれた、あの、おっさんの声の方がよかったんじゃないかなぁと思う今日この頃である・・・・・・。


(画像上、岩に根付いたタチツボスミレ・・・・・・。画像下、身近な春の花、カントウタンポポ・・・・・・)


2024年3月 6日 (水)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!④

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「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」は、ルールは全国共通なのに、なぜか日本各地に様々な掛け声が存在している。


そして最も一般的と思われる掛け声が、「いっせーの」、「いっせーのーせ」、「いっせーので」、「いっせっせ」などの、「いっせーの系」の掛け声なのだ。


そしてこれらはそのまま、重たい物を動かす時などに、「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」としても使われている。


で、この「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」は、調べてみると、日本のほとんどの地域で、前述の「いっせーの」、または「せーの」という掛け声が使われていることが分かる・・・・・・。


ところがどういう訳か、九州地方だけはこれが当てはまらず、ちょっと特殊なことになっているのだ。


例えば福岡県では、「いっせーの」や「せーの」に相当する掛け声は、「さんのーがーはい」となる。


神奈川県(横浜市)出身の私からしたら、「いったい何語なんだ?」と思わざるを得ない。


何回聞き直しても、とても日本語とは思えない。


恐らく「さんのーがーはい」の「はい」の部分は、「あなたもご一緒に!」的な「はい」なのだろう。


「いっせーのーせ」の「せ」に相当する部分と言えば分かりやすいだろうか・・・・・・。


しかし、それより前の、「さんのーがー」とはいったいどういう意味なのだろう。


じつはこれにはいくつかの説があるようだ。


まずはもともとは、「いちにのさんはい」だったのではないかという説。


「いちにのさんはい」は「さんはい」と短縮することもある。


ここからタイミングを取りやすいように、「さんのーがーはい」という言葉に変化していったのではないかという考え方だ・・・・・・。


2つ目の説は、「せーの」の語源でもあった、「賽の神(さいのかみ)」から変化していったのではないかとする説。


ちなみに前回も書いている通り、「賽の神」とは「道祖神」のことである。


前回ご紹介した「せーの」という掛け声は、「さいのかみ来い」→「せえのかみ来い」→「せーの来い」→「せーの」と変化していった。


「さんのーがーはい」の場合は、「さいのかみ来い」→「さいの来い」→「さんのー来い」→「さんのーがーはい」という流れで変化していったのではないかという考え方だ・・・・・・。


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ところでこの福岡の方言と思われる「さんのーがーはい」だが、同じ九州でも他県に行くと、そのフレーズが少しずつ変化していて面白い。


例えば熊本県では、「せーのがさんはい」という掛け声に変わる。


なんだか言葉がより複雑になっているように感じるのだが、「せーのが」と「さんはい」に分けて考えると分かりやすい。


「せーのが」の「せーの」は言うまでもなく、「賽の神」のことだろう。


そして「さんはい」については、「いちにのさんはい」の「いちにの」を省略して、「さんはい」としたものだろう。


重たい物を動かすために、「賽の神」の力を借りたいので、「さいのかみ来い(せーの)」。


そしてそれに、タイミングを合わせる時の、「さんはい」をプラスした掛け声ということになるのではないだろうか・・・・・・。


そしてこれが鹿児島県に行くと、「いっちゃのーがーせい」という掛け声に変化する。


もはや何かの呪文のようだが、「いっちゃのーがーせい」を分かりやすく言い換えると、「いっせーのーがーせい」となるそうだ。


「いっせーのーがー」の部分は、言うまでもなく、「いっせーの」の掛け声から来ていることは間違いないだろう・・・・・・。


では、「せい」とはいったいなんのことか。


これまでの例から見ても、「せい」は「賽の神」のことではないだろうか。


「賽の神」は「せえのかみ」と訛ることもある。


「せえ」が「せい」に変化したとしても、何ら不思議ではない・・・・・・。


「せい」が「賽の神」を指しているとするなら、「いっせーのーがーせい」の意味としては、タイミングを合わせる「いっせーの」という掛け声と、重たい物を動かすのに、「賽の神の力を借りたい」という意味の、「さいのかみ来い」が合わさった言葉ということになるのではないだろうか。


そして日本の多くの地域では、重たい物を動かす時などに、「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」が、そっくりそのまま、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」の掛け声になっているのだが、今回ご紹介して来たこれらの掛け声は、なぜかそれに当てはまらないのである・・・・・・。


さて、ここで本題である、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」に話を戻そう。


じつはこのゲームのルーツを探って行くと、1600年頃にはすでに行われていたとされる、中国の「本拳(ほんけん)」がその起源ではないかと考えられているようだ。


日本には18世紀頃、およそ300年前に、長崎県に伝来したと言われている。


そしてこれが各地に広まって行き、少しずつ形を変えながら、最終的に「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」になったと考えられている。


ところがどういう訳か、私の知り合いの長崎県人数名に、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」について話を聞いてみると、みんな口をそろえて、「子供の頃は知らなかったので、遊んだことがなかった」というのだ。


(ちなみにこれについては、昭和50~60年代に子供だった人たちに話を聞いている)


最初に「本拳」が伝来した長崎県に、親指のゲームが定着していないというのも、なんだか不思議な話である・・・・・・。


そして調べてみると、長崎県に限らず、どうも九州地方では、このゲームは局所的にしか広まっていないようなのだ。


これはいったいどうしてなのだろう。


親指のゲームの原形は、長崎発で各地に広まって行ったものの、日本で改良されて完成形となった親指のゲームは、出発地点まで戻って来ることはなかったということだろうか。


「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」といい、九州地方はちょっと独特のようである・・・・・・。


(画像上、毎年撮影している桃色の椿が見頃になった・・・・・・。画像下、マンサクの花はそろそろ終盤に・・・・・・)



2024年2月29日 (木)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!③

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さて、ここからは、本題である「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」からはちょっと離れて、単純に「いっせーの」という言葉そのものについて、もう少し深掘りしてみようと思っている。


で、調べてみると、この「いっせーの」という言葉は、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉であることが分かった。


で、ざっくり見て行くと、相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声には、「いっせーの」と「せーの」という2通りの言い方があることも分かった。


そこで多くの人が疑問に思うのは、「じゃあ、なんで2通りの言い方があるのか?」ということだろう・・・・・・。


まず、パッと見て気付くことは、「いっせーの」と「せーの」という言葉は、とてもよく似ているということだ。


いちいち説明するまでもないが、「いっせーの」は「せーの」に、「いっ」を付けただけである。


ということは、「もしかしたら、元をたどれば、この2つは同じ言葉だったんじゃないのか?」と誰もが思うのではないだろうか。


ところがこれがどうもそう単純な話ではなさそうなのである。


「いっせーの」と「せーの」は、一見似ている言葉のように感じるが、じつは全く別の言葉のようなのだ。


別の言い方をするなら、「いっせーの」と「せーの」は、語源が全く別なのである・・・・・・。


まず、「いっせーの」の方だが、これはフランス語の号令の、「イッセー」に由来しているらしい。


明治時代に日本海軍がフランス海軍と合同で訓練をしていたことがあった。


この時にフランス海軍が使っていた、ボートを引き上げる時の号令「イッセー」が、その由来と考えられているのだそう。


そしてこれは、日本語の「一斉」にも関係があるのではないか、という説もあるようだ。


確かに「一斉」をカタカナ表記にすれば「イッセイ」となる。


「イッセイ」と「イッセー」、関係がないと考える方がむしろ不自然だ・・・・・・。


では、「せーの」の方はどうだろう。


先ほども書いたが、パッと見た印象では、「せーの」は「いっせーの」から「いっ」を省略しただけのように見える。


しかし、「いっせーの」の語源を知ってしまうと、「いっ」はどう考えても、省略してはいけないということが分かる・・・・・・。


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で、答えを先に書いてしまうと、「せーの」の語源は、じつは「賽の神(さいのかみ)」から来ているそうなのだ。


では、「賽の神」とはいったいなんだろう?


今となっては聞きなれない言葉かもしれないが、「賽の神」とは道祖神のことを指す。


道祖神とは疫病や災厄などが村に入って来ないように、道の辻などに祀られている石仏(神様)のことである。


また、道祖神は、1月14日に各地で行われる、「どんど焼き」にも深い関りのある神様でもある。


そして、この道祖神のことを、「賽の神」と呼ぶ地域があるのだ。


そしてこれは、べつに地方の呼び名という訳ではないらしく、東京でもかつては道祖神のことを、「賽の神」と呼んでいた地域があったのだそうだ。


そして年配の人の中には、この「賽の神」が訛って、「せえのかみ」と発音する人もいたのだという・・・・・・。


で、問題はなぜ、「賽の神」が「相手とタイミングを合わせる時の掛け声」になったのかだ。


例えば重たい物を持ち上げる時などに、「賽の神」の力を借りることが出来たら、きっと重たい物を楽に動かすことが出来るだろう。


「そんなことに神頼み?」と思われるかもしれないが、「賽の神」は私たちにとって、一番身近なところにいる神様ということで、昔の人は親しみを込めて、「きっと、力を貸してくれるだろう」と考えたのだろう。


そんなこともあって、当初は「せーの」ではなく、「さいのかみ来い」と掛け声をかけていたのではないかと考えられている。


それが「せえのかみ来い」と訛り、「せーの来い」と短縮され、最終的に「せーの」になっていったという流れだ。


このように、「いっせーの」と「せーの」は、同じ意味合いの言葉であるにも関わらず、その語源は全く別のところにあったのである・・・・・・。


ところでこの、いっせーの」と「せーの」という掛け声は、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉なのだが、九州地方だけはなぜかちょっと特殊なのだ。


という訳で、次回はその辺のことについて、ちょっと書いてみようと思っている・・・・・・。


(画像上、早咲きの桜として知られる河津桜が見頃になった・・・・・・。画像下、石の割れ目から、ヒガシニホントカゲが出て来て日光浴・・・・・・)

2024年2月23日 (金)

「謎フレーズ探偵」いっせーの1!②

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私が小学生の頃、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」がプチブレイクしていたことがあった。


このゲームでは、「いっせーの1!」といった具合に、掛け声をかけながら、数字をコールしていたのだが、全国的に見ると、じつに様々な掛け声があったようなのだ。


で、この辺のことに関しては、前回詳しく書かせてもらっているので、そちらを参考にして欲しい・・・・・・。


で、今回は最もオーソドックスと思われる、「いっせーの」という掛け声に焦点を絞って、調査を進めて行こうと思っている。


じつはこの最もオーソドックスと思われていた、「いっせーの」という掛け声なのだが、細かく調べてみると、「いっせーの」という言葉にも、地域性があることが分かった。


私の出身は神奈川県の横浜市だが、小学生の頃、この遊びの掛け声は、「いっせーの1!」だった。


で、調べてみると、この掛け声は、やはり関東地方で勢力が強い掛け声だったようだ・・・・・・。


ところが意外だったのは、同じ関東でも、「いっせーの」ではなくて、「いっせーのーせ」という掛け声を採用している地域もあったようなのだ。


これについては、私は小、中、高を通してみても、一度も聞いたことがなかったので、たいへん驚いている。


と、そうは言っても、「せ」がたった1文字増えただけなのだが、実際に「いっせーのーせ」の掛け声で、この指遊びをやってみると、なれていないせいか、どこで数字をコールしたらいいのか、ちょっとタイミングが分からなくなってしまう・・・・・・。


ちなみに誤解のないように書いておくと、私が子供の頃は、「いっせーのーせー」という掛け声は、指遊びには使われていなかったが、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」としては日常的に使っていた。


だから「いっせーのーせ」という言葉自体は、関東では方言や地域性のある言葉という訳ではなくて、標準語と言っていいと思う・・・・・・。


ところでこの「いっせーのーせ」という掛け声だが、関西地方へ行くと、「いっせーのーで」という掛け声に変わる。


そしてこれは、指遊びの掛け声のみならず、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」としても、日常的に使われているそうなのだ。


たった1文字、「せ」が「で」に変わっただけなのだが、関東ではそのような言い方はしないので、横浜市出身の私としては、もはや違和感しかない・・・・・・。


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また、関東地方では、相手とタイミングを合わせる時に、「せーの」という言い方もするが、これも関西地方では、「せーのーで」になるのだそうだ。


どうやら関西では、語尾に「で」が付くらしい。


関東人としては、なんだかタイミングをずらされたような感じで、思わず、ずっこけそうになってしまう・・・・・・。


で、指遊びの掛け声だが、他の地域ではどうなのか見て行くと、「いっせーの」という言葉の原形を留めているものに関しては、あとは中部地方の「いっせっせーの」が見られるぐらいだった。


そしてこの「いっせーの」、「いっせーのーせ」、「いっせーのーで」、「いっせっせーの」に共通して言えることは、再三書いているように、「指遊びの掛け声」であると同時に、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」でもあるという点だ。


これについては、前回ご紹介した、「う~~」や「バリチッチ」、「せっさん」などにはない特徴といえる。


そして全国的に見て、この指遊びの最もメジャーな掛け声といえるのが、この「いっせーの系」なのである・・・・・・。


そんな訳でここからは、本題である指の数を当てるゲームからはちょっと離れて、単純に「いっせーの」という言葉について、もう少し深堀してみようと思っている。


「そもそもの話、いっせーのとはなんなのか?」ということである。


じつはこの「いっせーの」という言葉は、調べてみると、日本列島のほとんどの地域で使われている言葉であることが分かった。


で、ざっくり見て行くと、「相手と動きのタイミングを合わせる時の掛け声」には、「いっせーの」と「せーの」という2通りの言い方があることが分かった。


そこで多くの人が疑問に思うのは、「じゃあ、なんで2通りの言い方があるのか?」ということだろう。


そんな訳で次回は、まずそのあたりから、紐解いて行こうと思っている・・・・・・。


(画像上、里山では早春に咲く花、マンサクが咲き始めた・・・・・・。画像下、猿の顔に例えられるセンダンの冬芽葉痕・・・・・・)


2024年2月17日 (土)

「謎フレーズ探偵」いっせーの 1!①

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▲「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」は、地域によって様々な名前で呼ばれていた・・・・・・。


私が小学生の頃、「相手が立てる親指の数を当てるゲーム」がプチブレイクしていたことがあった。


どんなゲームだったのかというと、まずジャンケンをして、先攻、後攻を決める。


そして握りこぶしをくっつけた状態で、両方の親指を前に伸ばす。


次に先攻の者が、「いっせーの2!」などと、数字をコールするのと同時に、「親指を片方上げる」、「親指を両方上げる」、「両方の親指を下げたまま」のいずれかのポーズをする。


この親指のポーズは後攻の者もコールに合わせていっしょに行う。


そして上がっている親指の数と、コールした数字が同じだった場合には片方の手を引く。


例えば「いっせーの3!」で自分の親指が1本で、相手が2本だった場合、コールした数が当たっていたことになるので、片方の手を引くことになる。


そして最終的に数が当たって、両方の手を引いた者が勝ちになる。


どうだろうか、なんとなく思い出してもらえただろうか・・・・・・。


ところでこのゲーム、私が小学生の頃には、特に名前はなかったと思うのだが、ある時期から「指スマ」という呼び方で知られるようになって、それを知った時には「なんで?」と疑問に思ったものだ。


「指」は分かるものの、「スマ」とはいったいなんのことなのか。


そう思って調べてみると、どうもそのきっかけは、1998(平成10)年に放映された、「SMAP×SMAP」というテレビ番組だったようで、これを略しての「スマ」だったらしい。


しかし、今となっては、その事情を知らない人も増えて来て、名前の由来を知らずに、そう呼んでいる人もいるようだ。


そう考えると、「それって、ゲームの名前にするのはどうなの?」という気がしないでもない・・・・・・。


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▲両方の親指を立てない状態は「0」で、私が小学生の頃は、「いっせーの 0!」とコールしていた・・・・・・。

ところでこのゲーム、冒頭でも書いたように、私が小学生の頃には、「いっせーの1!」と掛け声をかけていた。


ところがこの掛け声、地域によってずいぶんと違うようなのだ。


ちなみに私の出身は横浜市だが、小学生の頃は「いっせーの1!」一辺倒だったが、中学生になるとこれに加えて、「う~~1!」と掛け声をかける者も現れた。


「いっせーの1!」は単調なリズムで、淡々とゲームが進んで行くが、「う~~1!」の方は、「う~~」の長さをその都度変えることで、相手との駆け引きが生まれていた。


例えば「う~~~~1っ!」と、通常の倍ぐらい「う~」の掛け声を伸ばして、相手をイラつかせたり、逆に「う~1っ!」と掛け声を短く切ることで、相手に考える暇を与えず、両親指を下げたままの「ゼロ」で出させたりしていたものだ・・・・・・。


そんな訳で横浜では(というか、私の通っていた学校では)、「いっせーの1!」と「う~~1!」の2パターンだったのだが、全国的に見ると、じつに様々な掛け声があったようだ。


例えば三重県周辺の「バリチッチ」をはじめ、「ちっちーの」や「ちっち」など、「ちっち系」はよく知られている。


これらは言葉が似ていることもあって、元は同じ掛け声だったんじゃないかと推理することも出来る。


また、山口県周辺の「チーバリ」は、もしかしたら三重県の「バリチッチ」を逆から読んだものではないだろうか。


「ザギンでシースー(銀座で寿司)」的なことなのかもしれない・・・・・・。


また、少数派だが面白いところでは、秋田県の「たこたこ」、千葉県の「チュンチュン」、愛知県の「ビーム」、京都府や福井県の「ルンルン」などがある。


特筆すべきは山梨県の「せっさん」で、これについては、どうイントネーションを変えてみても、とてもゲームの掛け声とは思えない。


で、「せっさん」とはいったいどこ由来の言葉なのかと思い調べてみると、どうも漢字で書くと、「積算」か「説算」のいずれかであるらしい。


言葉の意味としては、指の合計を出すから「積算」、また合計の数を述べるから「説算」という考え方である。


さらに曲げた指を数えることから、「折算」という説もあるようだ。


早い話がどれが本当の由来なのかは、よく分かっていないということだろう。


ただ、1つ言えることは、昔から山梨県は、日本古来の数学である「和算」がとても盛んな地域として知られている。


そんな背景もあって、「数学にちなんだ掛け声が採用されたのではないか」と考える人も少なからずいるようだ・・・・・・。


ところで、この指遊びの掛け声で、私が一番驚いたのは、以前テレビ番組で、NiziUのMAKO(マコ)さんが、学生の頃にどんな掛け声で、この指遊びを遊んでいたかを聞かれて、何の迷いもなく、「ギンギラギンの1!」と答えていたことである。


他のメンバーはもちろんだが、その時スタジオにいた全員が、「え~~~!」という顔をしていたのが私は未だに忘れられない。


それにしても、「ギンギラギンの」って、いったいどこから出て来た言葉なのだろう。


全くもって謎としかいいようがない。


ちなみにMAKO(マコ)さんは福岡県の出身だが、県内全域が「ギンギラギンの」という訳ではないのでお間違いなく・・・・・・。


2024年1月 6日 (土)

「謎フレーズ探偵」ちり紙交換車

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「毎度、お騒がせいたしております。
ちり紙交換車でございます。
ご家庭内でご不要となりました、
古新聞、古雑誌、ぼろ切れ、
ダンボールなどございましたら、
お声がけください」


私が子供の頃は、こんなフレーズを拡声器で流しながら、ちり紙交換の軽トラックが、定期的に町内を巡回しにやって来ていた。


当時は複数の業者の軽トラックが、入れ違いで回って来ていたので、このフレーズを耳にする機会が多く、それはもはや「生活の音」といっても過言ではなかった。


そして時代と共にじょじょにその数は減って行ったものの、確か平成の前半頃までは、ちり紙交換の車は走っていたと思う。


で、いつの頃からか、「最近、ちり紙交換の車、見なくなったよな~」なんて思っているうちに、いつの間にか全く見なくなってしまったのである・・・・・・。


では、そもそも、「ちり紙交換」とはいったいなんだったのだろう。


じつはこれこそが、昭和の頃に主流だった、古紙のリサイクル回収の方法だったのだ。


当時は家庭から出る一般ゴミには、分別という意識がほとんどなくて、なんでもかんでもゴミ袋に詰めて出していた時代だった。


そんな中、古紙回収に協力すれば、ちり紙がただでもらえるというのは、画期的なシステムといえた・・・・・・。


ちなみにもらえるちり紙の量は、出した古新聞や古雑誌を秤で測って、それに見合った量をもらうことが出来た。


使用する秤は業者によって違っていて、吊るし秤を使っている業者もあれば、上皿自動秤を使っている業者もあった。


当時はどちらの秤もアナログ式の針の目盛りを読むタイプで、業務用のとても大きなものだった。


そして、ちり紙交換業者が回収して行った古新聞や古雑誌は、その後、古紙再生業者に売られることになる訳だ。


そんな「ちり紙交換」だったのだが、現在ではめっきり見ることがなくなった。


古紙価格が暴落したことで、ちり紙交換業者が相次いで廃業したことが原因である・・・・・・。


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その代わりに現在では、新聞屋さんが月1回、古新聞の回収を行っていて、玄関先に古新聞を専用の袋に入れて出しておくと、車で巡回して来て回収してくれるシステムになっている。


また、古雑誌についても、いっしょに出しておけば、ついでに回収してもらえる。


そして「ちり紙交換」でちり紙がもらえたように、新聞屋さんもトイレットペーパーを、回収のしるしとして、置いて行ってくれる。


ありがたいことに新聞屋さんは、古紙とちり紙を交換するシステムを、引き継いでくれたことになる訳だ。


「今まではちり紙と交換してもらえたのに何ももらえないの?」と文句を言われることを恐れたのだろうか。


また、現在では各自治体でも資源回収を行っていて、昭和の頃に比べて、リサイクル回収の方法が増えている・・・・・・。


ところでこれまで散々書いておいてなんなのだが、みなさんは「ちり紙」をご存じだろうか?


ちり紙は漢字では「塵紙」と書き、「ちりがみ」または「ちりし」と読む。


ちり紙は長方形の一枚紙が700~800枚単位でパッケージングされていて、当時は日用品を売る店や薬局で売られていた。


その用途はトイレットペーパーやティッシュペーパーと同様で、様々な場面で使うことが出来る便利な紙だった・・・・・・。


トイレが水洗化される前のボットン便所では、「ちり紙」はピッタリサイズの箱に入れられて、トイレの角に置かれているのが定番の光景だった。


私は幼い頃にその様子を見た記憶があるのだが、どこで見たのかは定かではない。


少なくとも、私が小学生の頃には、自宅のトイレは水洗だったので、普通にトイレットペーパーを使っていたし、部屋ではティッシュペーパーを使っていた・・・・・・。


しかし、ちり紙は便利だったので、座卓の上に必ず一束おかれていて、今でいうペーパータオルのように使っていた記憶がある。


何かをこぼした時には、片手で簡単に適量を取ることが出来て、サッと拭き取ることが出来たし、ホコリを取ったり、ちょっとした掃除にも使うことが出来た。


そんなちり紙だったのだが、ちり紙交換の車と共に、じょじょに見なくなって行った。


それまでは当たり前のように部屋に置かれていたものなのに、いったいいつ頃から、その姿を見なくなったのか、記憶が定かではない。


それってなんだか、とても不思議な話である・・・・・・。


(画像上、ハルサザンカの花が咲き出した。画像下、落ち葉に埋もれながら春を待つカントウタンポポ・・・・・・)


2023年11月25日 (土)

「謎フレーズ探偵」たんたんたぬきの金玉は

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「た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~、か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~ ♪」という歌をご存じだろうか?


・・・と、一応そのように書いてはみたものの、恐らく「知らない」と答えるかたは、限りなくゼロに等しいと思う。


もし仮に、「日本でもっとも有名な、どうしようもない歌ランキング」というのがあったら、この歌はまず間違いなくベスト5には入っているだろうし、もっと言ってしまえば、個人的にはこの歌が1位なんじゃないかとも思っている。


この歌はそれぐらい日本全国の幅広い世代の人が知っている、「どうしようもない歌」なのである・・・・・・。


しかし、この手の歌というのは、ある一定の世代の人は知っていても、年配の人や若い人は知らなかったりするものだ。


また、自分たちが子供の頃に歌っていたものと、現在歌われているものでは、明らかに歌詞が変化してしまっているということもよくある。


ところがこの歌は、歌詞の前半部分に関しては、日本全国どこへ行っても、全く同じフレーズで歌われていて、しかも数十年間、その内容は全く変化していないのである。


音楽の教科書に載っているとか、テキストとして何らかの形で残されているのならともかく、人から人へ歌い継がれて行くだけという、なんとも原始的な方法で、よくぞここまで完璧に、代々継承されて来たものである・・・・・・。


ちなみに、「た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~、か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~ ♪」に続く後半の歌詞に関しては、私が子供の頃(昭和50~60年代)から、すでにいくつかのバリエーションが存在していた。


それをいまからいくつかご紹介してみたいと思う・・・・・・。


「たんたんたぬきの金玉は(A)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、お~やだぬき~
おなかをかかえて~、わっはっは


「たんたんたぬきの金玉は(B)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、お~やだ~ぬき~
か~たあし、あ~げて、ぶ~らぶら~


歌詞Aと歌詞Bは、子だぬきの金玉が、風もないのに、ぶらぶらと揺れている様子を親だぬきが見ていて、そのことを面白がっているという、親だぬき目線の歌である・・・・・・。


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「たんたんたぬきの金玉は(C)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、こ~だぬきも~
お~やのまねして~、ぶ~らぶら~


「たんたんたぬきの金玉は(D)」

た~んたん、た~ぬきの、き~んた~まは~
か~ぜもないのに、ぶ~らぶら~
そ~れをみ~ていた、こ~だぬきは~
ぼ~くもほしいと~、な~きだした~


歌詞Aと歌詞Bでは、子だぬきの金玉が、風もないのにぶらぶらと揺れている様子を、面白がって眺めている親だぬき目線の歌だったが、歌詞Cと歌詞Dでは、親だぬきの金玉が揺れているのを眺めている、子だぬき目線の歌になっている・・・・・・。


で、どちらが正しいとか、どれが元歌だったのかということに関しては、残念ながら正直よく分からないとしか言いようがない。


というのも、私が子供の頃には、すでに複数のバリエーションが存在していて、判断の付かない状態になってしまっていたからだ。


ただ、ひとついえることは、「たんたんたぬきの金玉は」という歌は、もはや言うまでもないと思うが「替え歌」である。


そしてその元になった歌や曲については、いまさら調べるまでもなく、すでにちゃんと判明しているのだ・・・・・・。


じつはこの歌のもとになった曲は、小学生が歌う唱歌で、「夏は来ぬ」というタイトルで知られている。


「国民唱歌集」という1891(明治24)年発行の本にも掲載されていることから、替え歌の方もそれなりに歴史があるものと思われる。


ちなみに「夏は来ぬ」というタイトルを見ても分かる通り、「たぬきの金玉」などいっさい何の関係もない歌であることは、もはや言うまでもない・・・・・・。


そしてややこしい話になって来るが、この「夏は来ぬ」には、さらに元歌が存在している。


じつはこの歌は、もともとは「Shall We Gather At The River」という聖歌だったのだ。


邦題は「まもなくかなたの」で、1864年にアメリカで発表された曲になる。


それにしても、聖歌が唱歌になったまではよかったが、そこからどこをどう間違えたら、「たぬきの金玉」に行き着くのだろう。


そうは言っても、日本では「たぬきの金玉の歌」が誕生していなければ、この曲がここまで有名になることなんてなかっただろう。


現代人は唱歌、「夏は来ぬ」を知らないのだから、そういう意味では、「たぬきの金玉の歌」は、じつはすごい歌で、この歌の作者(恐らくそこらへんにいる子供だったのだろうが・・・)は、偉大な功績を残したといえるだろう。


ただ、今となっては、それがどこのだれだったのか、皆目見当もつかないのである・・・・・・。


(画像上、気温が下がると花色が鮮やかになるスイフヨウの花。画像下、雑木林ではナラタケが爆生中・・・・・・)


2023年8月28日 (月)

「謎フレーズ探偵」せ~んせいに~いってやろう~ ②

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「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


この歌は子供の頃、誰もが歌ったことがある、もしくは歌われたことがある歌なのではないだろうか。


そして、そのどちらの経験もないという人も、まず間違いなく、誰かが歌っているのは、聴いたことがあるのではないだろうか・・・・・・。


そしてこの歌は、インターネットやSNSもない時代からすでに歌われていて、「全国規模の伝言ゲーム形式」で、各地に伝わって行ったと考えられる。


それにも関わらず、この歌は全国どこへ行っても、歌詞に変化がほとんど見られないのだ。


唯一の変化といえば、歌詞が各地の方言に置き換わることぐらいだが、歌詞の意味や内容については、全くいっしょと考えていいと思う・・・・・・。


ちなみに私の地元の横浜市では、次のような歌詞で歌われていた。


「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~、い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


そして今こうして振り返ってみると、当時は不思議なくらい、歌詞のことなど全く気にもしていなかった。


しかし、このように文字に置き換えて改めて見てみると、歌詞にある「意味不明な謎の部分」が如実に浮かび上がって来るのだ・・・・・・。


そう、それはいうまでもなく、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」の部分である。


横浜市には方言らしい方言はないと言っても過言ではない。


だから、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」も、方言ではないと断言してもいいと思う。


では、「あ~ら~ら~、こ~ら~ら~」とはいったいなんのことだろうか。


意味は分からないものの、とりあえずこの部分は、「あらら」と「こらら」という2つの単語に分かれていそうである。


という訳で、この部分を2つに分けて考えてみよう・・・・・・。


まずは「あらら」である。


パッと見た印象では、「あらら」は「こらら」よりは、なんとなく分かる気がする。


そもそも「あらら」は、日常でも無意識に使っている言葉だと思う。


意味としては、「あらまあ」とか、「おやまあ」といったところだろうか。


語尾にビックリマークを付けて、「あらら!」と表記すれば分かりやすいかもしれない。


で、この予想が当たっているかどうか、辞書を引いて調べてみると、やはり「あらら」は、「驚いた時などに発することば」とある。


そして面白いのは、「主として女性が用いる」と書かれている点だ。


確かに「あらら!」などというセリフは、おばちゃんが発しているイメージがある。


同様の意味の、「おやまあ」とか「あらまあ」も、どちらかといえば、女性が発する言葉という印象が強い。


ということは、この歌の作者は、もしかしたら女性なのではないか・・・・・・。


Photo_20230824090202

続いては「こらら」である。


「こらら」は「あらら」と違って、日常で使っている人は見たことがない。


辞書を引いてみても、「こらら」なんて言葉は出ていない。


そこで「こらら」に関しては、似ている言葉から、歌詞の意味を推理して行こうと思う。


で、「こらら」といって、まず真っ先に思い浮かぶのは、「こら」という言葉ではないだろうか。


「こら」は語尾にビックリマークを付けて、「こら!」と表記すると、相手を叱る時に発する言葉であることがよく分かる。


そこで「こら」という言葉について、ちょっと調べてみることにする。


すると「こら」という言葉は、もともとは「これ」という、対象を指し示す言葉だったが、次第に「これは何事だ」とか、「これはどうなっているんだ」というように、相手を注意する場合にも使われるようになっていったのだという。


つまりもともとは、「これは」と言っていたものが、「これは→こりゃ→こら」といった具合に、じょじょに変化していったということになりそうだ。


そして「これは何事だ」と言っていたのが、「こら何事だ」と言うようになり、そのうちに「何事だ」が省かれて、「こら(=叱る言葉)」になっていったということらしい・・・・・・。


また、昔の人は「これ」を人に対しても使っていた。


どういうことかというと、時代劇などで「これ、酒を持て」などというセリフを聞いたことがあるだろう。


つまり、「これ→こりゃ→こら」と変化して行き、「こら、何をしている」といった具合に使われるようになって行ったのだ。


つまり「あらら、こらら」の「こらら」が、「こら」の変化した言葉だとすると、「あらまあ!こらっ!あんた何してんのっ!」といったような意味合いになるのだろう。


どうでもいいがこのセリフを聞いて、思わず「ちびまる子ちゃん」のお母さんを思い浮かべてしまうのは私だけだろうか。


では、なぜ「こら」が「こらら」になったのだろうか。


これについては、この歌はもともと相手を囃し立てる歌であるため、恐らくは「あらら」に合わせて、文字数や語尾の発音を合わせて、歌いやすくしたということだろう。


つまりは「韻を踏んだ」のである。


先生に告げ口をすることを堂々と宣言するという、何ともろくでもない趣旨の歌ではあるが、ちょっとしたセンスを感じるのは私だけだろうか・・・・・・。


(画像上、林縁ではよい香りを漂わせながらクサギの花が咲いている。画像下、木陰でちょっと一休みしているアカボシゴマダラ・・・・・・)


2023年8月22日 (火)

「謎フレーズ探偵」せ~んせいに~いってやろう~ ①

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「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~ ♪」


この歌は子供の頃、誰もが歌ったことがある、もしくは歌われたことがある歌なのではないだろうか。


そのどちらの経験もないという人も、まず間違いなく、誰かが歌っているのは聴いたことがあるのではないだろうか・・・・・・。


この歌はAくんがBさんのことを「叩いた」とか、「からかった」とか、「けなした」とか、「泣かせた」といった時に、それを見ていた周囲の者が、加害者に対してうたう歌である。


また、学校や友達のものを「壊した」とか、「失くした」という時にも歌われるほか、宿題を忘れていたことに気付いて、親しい友達に答えを丸写しさせてもらっているところを、運悪く周囲の者に見られてしまった場合などにも歌われる。


いずれの場合も、ポイントとなって来るのは、被害者が加害者に対して歌うのではなく、そのこととは何の関係もない周囲の者が、まるで獲物の匂いを嗅ぎつけたハイエナのごとく集まって来て、集団で囃し立てる点である・・・・・・。


で、歌詞を見てもらえば分かる通り、この歌はこれまで「謎フレーズ探偵」でご紹介して来た替え歌の類ではない。


「せ~んせいに~いってやろう~」のフレーズにあるように、「お前がやったことはしかと見届けたから、それを先生に報告してやるからな!」という、告げ口をすることをわざわざ宣言するという、ろくでもない趣旨の歌なのである。


その様子はまるで、ドラえもんの作中で、スネ夫がジャイアンに告げ口をしているシーンや、時代劇でお代官様に入れ知恵をする越後屋を彷彿とさせる・・・・・・。


しかし、そうは言っても、実際に告げ口をするようなケースは、ほとんどなかったように思う。


早い話が子供たちはこの歌をただ歌いたかったのだと思う。


で、無意識にこの歌を心のどこかにスタンバイさせておき、ターゲットを見つけると同時に、その場に一気に駆け寄って行き、ここぞとばかりに、歌を発動させていたのだ。


その様子はまるで、カタパルトデッキにスタンバイされていたガンダムが、「アムロいきま~す!」という掛け声と共に、弾丸のように出撃して行くシーンのようでもあり、いま思えばちょっと怖いぐらいの反応速度だった。


当時の小学校にはアムロのようなニュータイプがたくさんいたのだ。


どうでもいいが、嫌なニュータイプである・・・・・・。


しかし、実際に告げ口をされることは少ないとはいうものの、クラスメイトに周囲を取り囲まれ、逃げ場をなくされた状況で、一斉に囃し立てられるというのは、クラスの中でたった一人、孤立しているという不安感を引き起こし、恐怖すら感じさせる行為だったといえるだろう。


だから何かやらかしてしまった時は、先生に注意されることよりも、クラスメイトが一瞬でハイエナと化す、この囃子歌の方がよっぽど怖いと感じられたものである・・・・・・。


Photo_20230817085501

ところでこの、「い~けないんだ~、いけないんだ~、せ~んせいに~いってやろう~」という囃子歌だが、じつはかなり古い時代から存在していて、しかも日本中の子供たちに歌われていたらしい。


音楽の教科書に載っているような歌なら話は分かるが、どこの誰が作ったとも知れないこの歌が、いったいどうやって、日本全国津々浦々に伝わって行ったというのだろう。


しかも、「全国規模の伝言ゲーム」であるにも関わらず、その歌詞についてはどこへ行っても、ほとんど変化が見られないというのも驚きである。


唯一の変化は歌詞が各地の方言に置き換わることぐらいだが、歌詞の意味や内容については、全くいっしょと言っていいだろう。


10人程度でやる伝言ゲームですら、最後の人に行き着くころには、原形を留めていないこともあるというのに、全国規模でここまで正確に伝わっているというのは、逆に不自然にすら感じられる・・・・・・。


当時はSNSはおろか、インターネットすらまだなかった時代だ。


最初の人が歌詞を紙に書いて、「これを広めてくれ」と次の人に渡して、それを次々と繰り返して行ったとしても、絶対にどこかで書き間違えは起こるはずだ。


何度も書くが、何しろこれは全国規模の話なのだ。


それにそうなって来ると、メロディの問題も出て来る。


楽譜なんて誰もが読めるものではないし、昭和20~30年代からすでに歌われていたと仮定すると、カセットテープもまだ登場していないことになる。


ということは、やはり「壮大な伝言ゲームだった」としか考えられないのだ。


それにもかかわらず、歌詞は一言一句間違えず、メロディーは一音も外すことなく、全国に広まって行ったなんて、テレパシー能力でもなければ、絶対に不可能だと思うのだが・・・・・・。


そんな訳で次回は、いよいよ、「先生に言ってやろう」の歌詞の謎について迫ってみたいと思っている・・・・・・。


(画像上、真夏の花の少ない時期に咲くサルスベリの花。画像下、公園にミンミンゼミの美声(?)が響き渡る・・・・・・)


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