カテゴリー「学研の科学と学習」の記事

2022年5月11日 (水)

学研の科学と学習 ②

Photo_20220508110001

学研の科学の付録で多くの人が印象に残っているのは、各種プランクトンの卵と飼育キットではないだろうか。


1970~1980年代はプランクトンの卵の飼育ブームで、学研の科学の付録のみならず、ガチャガチャのおまけや通信販売、金魚や熱帯魚を売るお店など、あちこちでプランクトンの飼育キットを目にすることが出来た。


ちなみに日本で初めてプランクトンの飼育キットを販売したのは、玩具メーカーのテンヨーだったそうで、販売開始は1971(昭和46)年のことだったという。


個人的にはテンヨーというと、マジックグッツメーカーの印象が強いのだが、どうやらこのような商品も取り扱っていたらしい。


当時テンヨーが販売していたプランクトンの飼育キットは、「シーモンキー」の商品名で売られていたようだ。


ところが、当時のパッケージを見ると、どういう訳かプランクトンではなく、素っ裸の人間とも宇宙人ともつかない謎の生物が描かれている。


そしてその生物の頭からは3本の触角のようなものが生えており、尻からは地面に届くほどの長い尻尾が生えている。


しかもこの生物、中途半端に腹が出ていて、まるで裸になった変態のおやじが、奇妙な仮装をしているような印象だった。


パッケージのイラストでは、そんなおかしな生き物が、水槽の中を泳ぎ回ったり、こちらに向かって手を振ったりしているのである。


これがシーモンキーだというのだろうか。


また、そのイラストの横には、「あなたのペット、育てるのはあなた!」などと書かれているのだが、本当にこんな奇怪な生物が生まれて来るのなら、私だったら間違っても育ててみたいとは思わない。


興味を持って、商品を手に取ったとしても、パッケージイラストを見るなり、迷わず商品を商品棚にサッと戻すだろう。


当時の子供たちはなぜこれを買って育ててみようなんて思ったのだろう。


私にはそのことがまず不思議でならない。


ちなみにシーモンキーというのは、ちっちゃなエビのような姿をしたプランクトンで、小型の甲殻類の一種のアルテミアを改良した品種だと言われている。


シーモンキーの名誉のために言っておくが、シーモンキーは間違ってもパッケージに描かれている、素っ裸の変態おやじのような姿ではない・・・・・・。


で、学研の科学の付録の飼育キットだが、こちらは年代によって、プランクトンの種類や名前が違っていたようだが、私の頃はシーモンキーではなく、「ブラインシュリンプ」という名前だったと記憶している。


そしてその「ブラインシュリンプの飼育キット」には、「飼育容器(プラスチックの小さな水槽)」、「ブラインシュリンプの卵」、「培養液を作るための粉(水道の水をブラインシュリンプが棲める環境にするもの)」、「ブラインシュリンプのエサ」、「飼育マニュアル」で構成されていた。


このように書くと、「雑誌の付録なのに、当時は色々なものが付いて来ていたのだな~」と思うかもしれないが、実際はかさばるものは飼育容器だけで、他のものは全て粉状のものだったので、ちっちゃな小袋に入っていたのだ。


驚いたのはブラインシュリンプの卵とされるものも、封を開けてみると、ただの白い粉が入っているだけで、どこにも卵らしき形のものは見当たらなかった。


見た感じはただの粉薬のような感じである。


じつはブラインシュリンプの卵は、乾燥に極めて強い耐性を持っていて、カサカサに乾燥した状態でも、長期間休眠することが出来るのだという。


まるで粉薬のような状態の卵を見た時は、「えっ、これが本当に孵るの~?」と疑ってかかっていたが、10日もすると1センチあるかないかという生物が、水槽の中をうじゃうじゃ泳ぎ回り始め、「すげぇ~!」と興奮したことを、今でもはっきりと覚えている・・・・・・。


Photo_20220508110101

ところで学研の科学の付録になったプランクトンの卵は、ブラインシュリンプだけではなかった。


日本の田んぼにも発生するカブトエビの飼育キットも付いて来たことがあった。


カブトエビというのは、日本の田んぼにも発生する淡水生の小型甲殻類で、背甲目カブトエビ科に分類されている。


見た目はあの有名なカブトガニに似ているが、大きさは比べ物にならないくらい小さくて、体長2センチほどの生物である。


カブトエビの特徴はなんといっても背甲で、頭部、胸部、歩脚を、まるで亀の甲羅のようにすっぽりと覆っている。


これについては、有名なカブトガニを想像してもらえれば分かりやすいと思う。


カブトエビはこの背甲があるおかげで、ブラインシュリンプよりもずっと観察しやすい生物になっている。


ところでこのカブトエビ、カブトガニと姿が似ているが、じつは全然違う生き物で、カブトエビは文字通り甲殻類(カニやエビの仲間)だが、カブトガニはなんとクモに近い生き物なのだそうだ・・・・・・。


で、このカブトエビ、日本では昔から田んぼの生き物として知られていて、初夏の頃に田んぼの水の中に大発生する。


昔からカブトエビは、「田んぼの草取り虫」とも呼ばれている(虫ではないのだが・・・・・・)。


これにはカブトエビが稲の生長を妨げる雑草を食べてくれるので、稲がよく育つという意味が込められているのだそうだ。


また、カブトエビは泥を掘る習性があるため、田んぼの泥が水に混ざって行き、田んぼの水を濁らせることになる。


そして水が濁ることで、太陽の光が水の中まで届きにくくなり、田んぼの中で育つ雑草は、十分に光合成が出来なくなり、自然に衰退して行くことになるのだ。


このように稲の成長のためには、カブトエビはいてくれた方が好都合な生き物なのだ・・・・・・。


で、このカブトエビ、一年のほとんどの期間を卵の状態で過ごしている。


カブトエビは水温が12℃から25℃で適温と言われており、ちょうど田んぼに水が入れられた頃になると、目覚めて活動を開始する。


カブトエビの卵はなんと二重構造になっているそうで、外側の殻が特に硬くなっていて、乾燥や寒さに耐えられるように出来ているのだそう。


また、カブトエビの卵は、「耐久卵」とか「乾燥卵」とも呼ばれていて、10年間も経過した卵から孵化した例もあるのだとか。


この性質があるからこそ、学研の科学の付録にすることが出来たのだろう・・・・・・。


カブトエビは2億年も前から現代にいたるまで、ほとんど姿を変えていない生き物だという。


そしてカブトエビの顔を正面からよく観察してみると、なんだか宇宙人グレイの顔にとてもよく似ている。


もしかしたらカブトエビって、宇宙からやって来た、ものすごい能力を秘めた生命体なんじゃないだろうか・・・・・・。


(画像上、ゴールデンウィークの頃から咲き始めるミズキの花。画像下、林床で咲き誇るヤマツツジの花・・・・・・)


2022年5月 5日 (木)

学研の科学と学習 ①

Photo_20220503092901

私が小学生の頃、「まだかな、まだかな~、学研の~おばちゃんまだかな~、学研の~おばちゃん ♪」という、一度聴いたら忘れようのない、印象的な歌が流れるCMがよく放映されていた。


CMはいくつかのバリエーションがあったように記憶しているが、いずれのバリエーションのものも、遊んでいる小学生の元に、「学研のおばちゃん」が、学研の「科学」と「学習」を届けにやって来るというベタな内容だった。


「科学」と「学習」というのは、当時、学習教育出版社から出版されていた小学生向けの学習雑誌で、「科学」は理科、「学習」は国語や社会を取り扱った内容になっていた・・・・・・。


ちなみにこの「科学」と「学習」は、1946(昭和21)年に創刊されて、当初は学校で教師から配布される仕組みになっていたらしい。


それが1972(昭和47)年より、「学研コンパニオン」の制度が導入され、いわゆる「学研のおばちゃん」が自宅まで届けてくれるようになったのだそう。


CMでも「コンパニオンがお伺いします」とか、「学研のおばちゃんがお届けします」とか、「教育コンパニオンがお届けします」などのナレーションが入っていて、「自宅まで届けてくれる」ことが、この雑誌の売りの1つになっていたことは間違いないようだ・・・・・・。


ちなみに「科学」と「学習」は、学年別の雑誌になっていて、「〇年の科学〇月号」、「〇年の学習〇月号」と、学年が上がると、その教科書の内容に沿った内容のものが、毎月届けられる仕組みになっていた。


また、「科学」と「学習」は、両方購読することも、どちらか一方だけを購読することも出来た。


当時人気があったのは、「科学」の方で、私の周りでは「科学」だけを購読している者が多かったように思う。


ちなみに学研のおばちゃんは、自転車で雑誌を届けに来てくれていたのだが、自転車のかごの中を覗くと、やはり「学習」よりも「科学」の方が、たくさん入っていた記憶がある。


当時、学研の「科学」と「学習」が人気だったのは、魅力的な付録が毎月必ず付いて来るからだった。


「科学」の内容は理科だったので、主に生物と化学に関する付録が多かったように思う。


私は子供の頃から、生き物や植物が大好きだったので、生物系の付録が付いて来る月は特に楽しみで、学研のおばちゃんがピンポンを鳴らすのを、玄関で今か今かと待ち構えていたものである・・・・・・。


小学校低学年の頃というのは、学校の理科の授業では、毎年なにかしらの種を蒔いて観察をしていたものだが、「科学」の付録でも植物の種子は定番だった。


1年生の時に付いて来た朝顔の種は、発芽したものを鉢に移植したところ、なぜか学校で育てているものとは、比べ物にならないくらいでかくなった。


その様子はとても同じ種類のアサガオとは思えないほどだった。


そして朝顔はいつの間にか蔓がすだれを這い上がり、縁側のひさしまで到達し、まるでグリーンカーテンのごとく繁りまくり、室内を夕方のように薄暗くしていた。


縁側の朝顔はなぜか秋になっても枯れることはなく、季節外れの時期に、びっくりするほどたくさんの花を咲かせて、うちの家族を驚かせていたのを覚えている・・・・・・。


Photo_20220503093001

3年生の時に付録として付いて来たエンドウ豆は、発芽して蔓が伸びて来ると、鉢では収拾がつかなくなり、仕方なく庭の物干しの横に場所を作って地植えにした。


すると蔓の勢いはさらに増し、あっという間に物干し竿まで到達した。


その後、2本並んでいた物干し竿の1本を、あっという間に横断して端まで行き着くと、今度は庭のサザンカの木をよじ登って繁って行った。


結局、物干し竿の1本は使えなくなったのだが、エンドウ豆の蔓は切られずにそのままにしてもらっていた。


なぜかというと、エンドウ豆は大きく生長してからは、毎日大きなザルに山盛り一杯の豆を収穫出来たからで、家庭菜園をはるかに超える収穫量に、母は台所で一人ほくそ笑んでいたものである・・・・・・。


ちなみにこの科学の付録のエンドウ豆、私より年齢が5~6歳下の人に話を聞くと、なんと「ツタンカーメンの紫エンドウだった」というではないか。


しかも、ピラミッドの形をした容器まで付いて来たというから驚きである。


私の時は緑色の普通のエンドウ豆だった記憶しかないのだが、いつの間にそんなミステリアスな豆に変更になっていたのだろう。


ところで「ツタンカーメンの紫エンドウ」とはそもそもなんなのか。


これについては、「古代エジプトのツタンカーメン王の墓からエンドウ豆が出土。そして三千年以上の時を経て発芽し現代によみがえった」というエピソードが、いつの頃からか日本各地に広まって、次第にそう呼ばれるようになって行ったものらしい。


当時はそのエピソードを信じている人が多かったようだが、実際のところは、日本から桜を贈った返礼品として、1956(昭和31)年にアメリカから伝わった豆だったようだ。


そして日本全国に広まって行ったのは、1983(昭和58)~1986(昭和61)年頃と言われている。


で、ちょうどこの頃に、なぜかマスコミが「ツタンカーメンのエンドウ、古代のロマンの輪を広げよう」という特集記事を書いたりして、噂が一気に広まり人気となったらしい。


当時マスコミは、紫エンドウの出所を知っていたはずなのに、なぜそんな記事を書いたりしたのか、全くもって謎としか言いようがない・・・・・・。


ちなみに紫エンドウというのは、鞘の色が紫色をしているエンドウ豆のことで、鞘の色以外は普通のエンドウ豆となんら変わらない。


だから鞘を割って中を見ると、緑色の豆がコロコロと出て来る。
いわゆるグリーンピースである。


ところが不思議なのは、この緑色の豆をお米といっしょに炊いて、グリーンピースご飯にすると、炊き立ては普通のグリーンピースご飯なのだが、しばらく保温の状態で置いておくと、まるで赤飯のような見た目に変化して行くのだ。


私にはツタンカーメンと紫エンドウが結びついたのは、この不思議な現象も一役買っていたように思えてならない・・・・・・。


(画像上、里山の林床で咲くエビネの花。画像下、ケヤキに守られるようにして花を咲かせるカントウタンポポ・・・・・・)

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

にほんブログ村