カテゴリー「みっちゃんみちみちうんこたれて」の記事

2022年10月14日 (金)

「謎フレーズ探偵」アルプス一万尺の替え歌 ④

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前回までは「アルプス一万尺の替え歌」の様々な歌詞のバリエーションについて書いて来た。


そして今回は基本から外れたちょっとイレギュラーな歌詞のものをご紹介してみたいと思う。


で、まずは比較用として、「アルプス一万尺の替え歌」の、オーソドックスな歌詞のものを1つご紹介しておくので参考にして欲しい。


「アルプス一万尺の替え歌(オーソドックスなもの)」

田舎のじっちゃんばっちゃん
イモ食って屁こいて
大事なパンツに穴開けた(ヘイ!)
じじいは殺され
ばばあは自殺
大事なパンツは博物館


オーソドックスな歌詞のものは、歌詞が前半部分(「ヘイ!」という掛け声のところまで)と、後半部分に分かれているのだが、後半部分はなぜか「知らない」というかたも少なくなかった。


で、今回の本題となるイレギュラーな歌詞のものがこちらになる(↓)。


「アルプス一万尺の替え歌(イレギュラーな歌詞)①」

田舎のじっちゃんばっちゃん
トイレに入って
紙がないから
手で拭いた(ヘイ!)
ラーララ ラララララ
ラーララ ララララ
ラーララ ラララララ
ララララ ラー


私はこの歌詞を見て、「あれ?」とすぐにあることに気付いた。


冒頭の「田舎のじっちゃんばっちゃん」まではいいとして、その後の歌詞はなんだかどこかで見たことがあるような気がするのだ。


そこで記憶の糸を手繰って行くと、これって以前調査した、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」のフレーズにそっくりなのだ。


ちなみに「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」では、「みっちゃんみちみちうんこたれて 紙がないから手で拭いて もったいないから舐めちゃった」と歌われている。


このイレギュラーな歌詞のものは明らかに、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けていると考えていいと思う。


しかし、それが意図的なものだったのか、混同して伝わってしまったものなのかは残念ながらよく分からない。


で、このイレギュラーな歌詞のものは、後半の歌詞は「アルプス一万尺の手遊び歌(元歌)」と同様に、シンプルに「ラ」のみで歌われて行く。


ただ、今回の調査では、後半の歌詞がない例も見られた。


また、「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けたと思われる歌詞には、次のようなバリエーションもあった。


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「アルプス一万尺の替え歌(イレギュラーな歌詞)②」

隣のじっちゃんばっちゃん
トイレに入って
ティッシュがないから
手で拭いた(ヘイ!)


まず、冒頭の「田舎のじっちゃんばっちゃん」が、「隣のじっちゃんばっちゃん」に変化していることが分かる。


しかし、これについては、オーソドックスな歌詞のものも、両方の歌詞がバリエーションとして存在していた。


次に①の「紙がないから」というフレーズが、②では「ティッシュがないから」というフレーズに変化している。


これについては、人から人へ伝わって行く際に、まるで伝言ゲームのように、どこかのタイミングで、変化して行ったものと思われる。


また、②の歌詞では、後半の歌詞の「ラーララ ラララララ・・・」はなくて、前半の歌詞だけで全てが完結していた。


このようにイレギュラーな歌詞①、②は、明らかに「みっちゃんみちみちうんこたれての歌」の影響を受けていることが分かる・・・・・・。


で、影響を受けていると言えば、オーソドックスな歌詞の2行目、「イモ食って屁こいて」というフレーズも、どこかで聞いたことがあるような気がする。


で、こちらも記憶の糸を手繰って行くと、以前調査した「学年の数え歌」に全く同じフレーズがあった。


ちなみに「学年の数え歌」では、「一年、イモ食って屁こいて」と歌われている。


このように子供の替え歌というのは、他の替え歌に歌詞の一部を流用していることがままある。


そしてこのことがより一層、歌詞の謎を深めることになるのである・・・・・・。


ちなみに前回は本文では特に触れなかったが、この「イモ食って屁こいて」というフレーズは、「屁して」、「屁こいて」、「屁ふって」、「屁たって」などのバリエーションがあった。


意味としては全く同じなのだが、住んでいる地域によって、方言に置き換えられて歌われていたようである。


ちなみに私が子供の頃に聞いた記憶があるのは、「屁して」と「屁こいて」の2パターンだった。


恐らくもっと広い範囲で調査をして行けば、更に多くのバリエーションが出て来るのだろう。


という訳で、4回に渡って書いて来た、「アルプス一万尺の替え歌」だが、とりあえず今回で完結ということになる・・・・・・。


(画像上、気温が下がって、ハギの花が目立ち始めた。画像下、クヌギのどんぐりが落ちる季節になった・・・・・・)


2022年6月22日 (水)

「謎フレーズ探偵」みっちゃんみちみちうんこたれて ④

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「みっちゃんみちみちうんこたれて~、紙がないから手で拭いて~、もったいないからなめちゃった(食べちゃった) ♪」


子供の頃に誰もが歌ったことがあるであろうこの歌は、じつは19世紀にはすでに歌われていたらしく、昭和の初期にはもう全国へ広まっていたという。


そして今回はこの歌の最後のフレーズ、「もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」に込められた真の意味と、歴史的背景について探って行こうと思っている。


普通に考えたら、道端でうんこをしたはいいが、紙を持ち合わせておらず、仕方がないので自分の手で拭いてしまい、手に付いたうんこをじっと見つめて、「これはもったいないな~」などと思って、それをペロリとなめちゃうやつなんて絶対にいないだろう。


じつはこの、「もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」という歌詞には、当時の日本人の生活習慣が深く関わっていたようなのだ・・・・・・。


牛や馬、ニワトリの糞は、発酵させて堆肥にすることで、農作物の肥料として利用することが出来るようになる。


園芸店に行けば、「発酵牛糞」や「発酵鶏糞」の商品名で売られているので、ご存知のかたも多いかと思う。


そして今では考えられないことだが、かつての日本では人糞も肥料として利用されていたことがあった。


しかし、人糞をそのまま畑に撒けばいいという訳ではなくて、牛糞や鶏糞と同様に、まずは発酵をさせなければならなかった。


発酵をさせていないものを畑に撒いても、作物の根が腐ってしまうだけで、なんの意味もないからだ・・・・・・。


で、この発酵のために使われていたのが「肥溜め」で、昔は畑の隅や道端に必ず設置されていたそうである。


「肥溜め」の見た目はマンホールほどの大きさの丸い穴だったり、地面に埋められた大きな壺のようなものを利用している所もあったそうだ。


そしてこの「肥溜め」に糞尿を汲んで来て溜めておくことになる訳だ。


昔のトイレは現在のような水洗トイレではなく、いわゆる「ボットン便所」だったので、トイレの下に大きな貯水槽のようなものが埋められており、ここに糞尿が溜まって行く仕組みになっていた。


そしてそれを家の外から汲み出せるようになっていたのだ。


で、ここから汲み出した糞尿を「肥溜め」に移すことで、発酵を促していたのである。


糞尿を「肥溜め」に一定期間置いておくことで、自然に発酵が起こり、70℃以上の熱が発生し、これにより寄生虫などが死んで行くことになる。


そしてそれと同時に、次第に臭いもしなくなって行くのだ。


発酵済みの糞尿は腐葉土や稲藁と混ぜて堆肥が作られる。


そしてこれを畑に肥料として撒く訳だ・・・・・・。


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このようにして作った堆肥には、ミミズがたくさん発生する。


そしてこのミミズが有機物や微生物を食べて糞をすることで、畑の土壌に団粒構造が生まれ、土の通気性がよくなり、その結果、農作物の成長が促進されることに繋がるのだ。


このように人糞を利用した肥料は、農作物にとって非常に効果的であったことが分かる。


そして昔の日本に汲み取り式のトイレが設置されていたのは、人の糞尿には利用価値があるということをちゃんと分かっていたからなのだ・・・・・・。


このため当時の日本では、農家ではない家に、農家の人が糞尿をもらいに来ることもあったそうだ。


そして農家の人は汲み取りをさせてもらう代わりに、畑で採れた野菜を置いて行ってくれたりもしたそうだ。


それにしても、よ~く考えてみると、自分のうんこを差し出して、その代わりに野菜をもらえるなんて、なんともすごいシステムである。


現在では本来捨てるようなものを回収してもらい、その代わりに物がもらえるシステムといったら、古新聞の回収ぐらいだろうか。


でも、古新聞の回収は、所定の紙袋に入れた古新聞を一束出しておいても、せいぜいトイレットペーパー1個もらえるのがいいところだ。


そう考えると、当時の農家さんは、大盤振る舞いと言ってもよかったのかもしれない・・・・・・。


このように昔の日本では、人の糞尿は農作物を育てるのになくてはならないもので、恵みをもたらす大切なものと考えられていた。


だから不浄な場所と思われがちなトイレも、逆に神聖な場所であると考えて、「厠神(かわやがみ)」が祀られたりもしたのである。


ちなみに厠神とはいわゆるトイレの神様のことである。


「みっちゃんみちみちうんこたれて~、紙がないから手で拭いて~、もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」


もはや説明するまでもないと思うが、この歌の最後のフレーズ、「もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」の部分は、実際に「もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」という訳ではなかったのだ。


人の糞尿が恵みをもたらす、神聖なものだった時代に、当時の日本人が持っていた価値観を、歌詞に込めて表現したものだったのである。


「みっちゃんみちみちうんこたれて~」は、「子供が作ったバカバカしい歌」だとばかり思っていたが、こうして読み解いていくと、じつに奥の深い歴史ある歌であることが分かったのだった・・・・・・。



2022年6月16日 (木)

「謎フレーズ探偵」みっちゃんみちみちうんこたれて ③

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「みっちゃんみちみちうんこたれて~、紙がないから手で拭いて~、もったいないからなめちゃった ♪」


今回からはこの歌の歌詞に隠された真の意味と、歴史的背景について考えて行きたいと思っている。


では、まずは手始めに、歌詞をフレーズごとに分けて解析して行こう。


ところで子供の頃は、「みっちゃんみちみちうんこたれて~ ♪」と、何の疑問も抱かずに、サラッと歌っていたのだが、よくよく考えてみると、「みっちゃんみちみち」の「みちみち」とは、いったいなんのことだろう。


そこでちょっと前回の記事を振り返ってみると、「歌詞B」ではこの部分が、「みちみち」ではなく、「びちびち」に変化している。


「みちみち」と「びちびち」に共通して言えることといえば、「もしかして、これって擬音なんじゃないか?」ということだ。


きたない話で申し訳ないが、うんこをする時に「みちみちっ!」とか「びちびちっ!」と音がする時があるだろう。


「みちみちっ!」はやや硬め、「びちびちっ!」は軟らかめといったところか。


これはその時の音を表現しているのではないかということだ。


しかし、もしそうなら、「めりめりっ!」や「ぶりぶりっ!」もあってもよさそうなものである・・・・・・。


そんな訳で、他の歌詞のものもちょっと見てみると、「歌詞D」では「みっちゃん道端うんこして」と、なんと擬音ではなくなってしまっているのだ。


ということは、「みっちゃんみちみちうんこたれて」の「みちみち」とは、「みちみちっ!」という擬音ではなくて、「道々」のことではないのだろうか。


しかし、個人的には、「ふつう道々なんて言葉を使うか~?」と疑問に感じたのだが、調べてみると辞書にもちゃんと出ていて、「目的地に至るまでの道」とか、「複数の道」などの意味があるようだ。


ということは、「みっちゃんみちみちうんこたれて」とは、「目的地にたどり着くまで我慢できずに、道端で野グソをしてしまった」といった意味合いになって来るだろう。


では、「歌詞B」の「びちびち」についてはどうなのだろう。


これについては、他の歌詞の例には、擬音らしきバリエーションが見られないことからも、この歌が人から人へ伝わって行く際に、聴き間違えて伝わってしまったと考えるのが、最も自然なのではないだろうか。


しかし、考えようによっては、「みちみち」も擬音と言えなくもない。


このことを踏まえて考えると、「道々」と「みちみちっ(擬音)!」という、2つの意味をかけていると考えられなくもないのだが、それはちょっと深読みしすぎだろうか・・・・・・。


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さて、続いてのフレーズは、「紙がないから手で拭いて」である。


それにしても、「紙がないから手で拭いて」とは、なんとも衝撃的なフレーズだ。


いくら紙を持ち合わせていなかったとはいえ、うんこをした直後の尻を、自らの手で拭いてしまおうなんて考えるやつがはたしているだろうか。


仮に尻を手で拭いてきれいになったとしても、今度はその汚れた手をどうするつもりなのだろう。


後先を考えないで行動するとは正にこのことである。


紙がないのなら、せめてその辺の葉っぱをむしって有効利用するべきである・・・・・・。


続いてのフレーズは更に衝撃的な、「もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」である。


百歩ゆずって、紙がないから手で拭いたことは、まあ仕方がないとしよう。


しかしその後、自分の手に付いたうんこを、「もったいない」なんて思うやつが、はたしているだろうか。


百万歩ゆずって、「もったいない」と思ったとする。


しかしその直後、「みっちゃん」はそれを「なめちゃった(食べちゃった)」というのだ。


どう考えても、この時の「みっちゃん」の精神状態は尋常ではない。


「みっちゃん」は相当腹が減っていて、手にチョコレートクリームが付いているという幻覚でも見ていたのだろうか。


いや、それにしたって、普通ならチョコレートクリームとは似ても似つかないその強烈な臭いで、「ハッ!」と我に返るはずである。


このようにこの部分の歌詞については、かなり現実的ではないのだが、どうやらこの一節は、「歌詞を面白くするためのオチ」という訳ではなかったようなのだ。


じつはこれについては、当時の日本人の生活習慣が、深く関係しているようなのだ。


という訳で次回は、この「もったいないからなめちゃった(食べちゃった)」という歌詞に込められた、真の意味について考察して行きたいと思っている・・・・・・。


(画像上、アカシジミの鮮やかな橙色は緑にとてもよく生える。画像下、道端のドクダミの大群生の一角に八重のドクダミを見つけた・・・・・・)


2022年6月10日 (金)

「謎フレーズ探偵」みっちゃんみちみちうんこたれて ②

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「みっちゃんみちみちうんこたれて~、紙がないから手で拭いて~、もったいないから舐めちゃった ♪」


子供の頃、誰もが聞いたことがあるであろうこの歌は、19世紀にはすでに歌われていたらしく、昭和の初期にはもう全国へ広まっていたという。


そして前回も書いた通り、この「みっちゃんみちみちうんこたれて~」という歌は、伝聞形式で広まって行ったにも関わらず、歌詞にはほとんど変化が見られないのだ。


これはインターネットや携帯電話がない当時にしてみたら、奇跡に近いことである。


とはいうものの、色々な人に話を聞いてみると、「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌詞にも、若干の地域差のような、バリエーションはみられたので、順を追ってご紹介してみたいと思う。


ちなみに横浜市周辺の例が多いのは、筆者と調査協力者が横浜市出身のため、聞き取り調査をした相手も、自ずと横浜市出身の者が多くなってしまったからだ。


で、私が子供の頃に、聴いた記憶があるのは、冒頭でもご紹介したこちらの歌詞のものである(↓)。


「歌詞A」

みっちゃんみちみちうんこたれて~
紙がないから手で拭いて~
もったいないから舐めちゃった


私の出身は横浜市だが、小学生だった当時は、この歌詞のものしか聴いた記憶がなかった。


ところが神奈川県の一部地域では、歌詞が部分的に変化しているものもあったようで、それがこちらになる(↓)。


「歌詞B」

みっちゃんびちびちうんこたれて~
紙がないから手で拭いて~
もったいないから舐めちゃった


上の歌詞のものは、「みちみち」が「びちびち」に変化しているだけだが、横浜市の一部地域(かなり局所的と思われる)では、歌詞がさらに長く変化したものも見られたようだ。


そしてそれがこちらになる(↓)。


「歌詞C」

みっちゃんみちみちうんこたれて~
紙がないから手で拭いて~
もったいないから舐めちゃった
ぺろぺろぺろぺろ舐めちゃった


同じ横浜市でも、私はこの歌詞のものは一度も聴いたことがなかったので、局所的に歌われていたものなのか、年代によって歌詞が進化していったものなのかは分からないが、恐らくそのどちらかなのだろう。


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「歌詞D」

みっちゃんみちばたうんこして~
紙がないから手で拭いて~
もったいないから食べちゃった


これは北関東出身者から提供してもらった歌詞だが、南関東でも同様の歌詞は歌われていたようだ。


「歌詞D」では「歌詞A」にある、「みちみち」が「みちばた」に変化していることと、「なめちゃった」が「食べちゃった」に変化していることが分かる。


ちなみに「もったいないから食べちゃった」の部分については私も聴いたことがある。


小学生の頃は「舐めちゃった」バージョンだけしか聴いたことがなかったが、中学生になってより広い地域の生徒と交流するようになると、「もったいないから食べちゃった」と歌っている者も確かにいた。


ということは、「舐めちゃった」と「食べちゃった」は、地域差というほどのものではなく、この歌が伝播していく過程で、聴き間違えて広まってしまったものと考えた方が自然かもしれない。


しかし、今となっては、そのどちらが元の歌詞だったのかは残念ながら分からない。


「歌詞E」

みっちゃんみちみちばばこいて~
紙がないから手で拭いて~
もったいないから食べちゃった


これは関西地方の例で、「ばば」とはもともとは大阪の方言で、「うんこ」を意味している言葉とのこと。


しかし、実際には関西より西の地方では、子供たちの間で広く使われている言葉らしい。


そうは言うものの、関西地方ではこの歌詞がスタンダードという訳ではなくて、やはり「歌詞A」が最も普通に広まっている歌詞のようである。


「歌詞F」

みっちゃんみちみちばばたれて~
紙がないから手で拭いて~
もったいないから食べちゃった


これは「歌詞E」と同様に関西地方の例。
「ばばこいて」の部分が「ばばたれて」に変化している。


この部分は関東地方では「うんこたれて」と歌われているので、「たれる」というのは方言ではないと思われる。


「たれる」は普通は漢字では「垂れる」と書くが、大便や小便、屁などを指す場合は、「放(た)れる」と書くこともあるそうなので、やはり標準語の扱いになっているようである。


今回は「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌詞のバリエーションについて、いろいろと考察して来た。
そして次回はこの歌の歌詞に隠された真の意味と、歴史的背景についてあれこれ考えてみたいと思っている・・・・・・。


(画像上、甘い香りを漂わせながらスイカズラの花が咲いている。画像下、民家から逃げ出した小さなチリアヤメの花・・・・・・)


2022年6月 4日 (土)

「謎フレーズ探偵」みっちゃんみちみちうんこたれて ①

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「みっちゃんみちみちうんこたれて~、紙がないから手で拭いて~、もったいないから舐めちゃった ♪」


今も歌われているのかどうかは定かではないが、恐らくこの歌を知らない人はいないのではないか。


私の記憶ではこの歌は小学生の頃に、誰かが歌っていたのを初めて聴いた。


この手の歌というのは、「一時の流行り歌」という印象のものがじつに多いのだが、この歌に関してはそうではなくて、例えるなら、まるで童謡のような感じで、すでにそこに存在していた歌だった。


と、そうは言っても、歌詞を見てもらえば分かる通り、「本当にどうしようもねぇ歌」である。


きっと、名前に「み」が付く子供たちにとっては、迷惑極まりない歌だったろう。


「みか、みわ、みれい、みすず、みおり、みいひ」など、名前に「み」が付く子供なんて、自分の周りをちょっと見回してみたって、世の中にはたくさんいるのだ。


それに「みっちゃん」という愛称で呼ばれている子供は、なにも女の子だけとは限らないし、もっと言うなら、みよじの頭文字を取った「みっちゃん」だっているだろう。


そう考えると、この歌の被害者は、私たちの想像以上の人数に上るのではないか・・・・・・。


冒頭でも書いた通り、私の記憶では、「みっちゃんみちみちうんこたれて~」という歌は、確か小学校に入ってから初めて聴かされた歌だったと思う。


ということは、世の中の「みっちゃん」たちも、きっとそうであったに違いない。


ついこの前までは、「みっちゃん」ではない子供たちとなんら変わりのない、平凡な日常を送って来たのに、小学校に入学した途端に、「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の洗礼を受けることになったのである。


これには世の「みっちゃん」たちは、「運命」を感じずにはいられなかったろう。


きっと、頭の中では、「ジャジャジャジャーン」と鳴り響いていたに違いない。


そして「みっちゃん」の両親は、子供からその話を聞かされて、「ああっ!そうだった~!」と、この歌の存在にようやく気付くのだが、もはや「時すでに遅し」で、命名やっちまった感が否めない・・・・・・。


ところで、この「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌は、いくら調査を進めても、元歌や元曲らしきものが、なぜか全く見えて来ない。


それというのも、当時のこの手の歌というのは、元をたどって行くと、たいていテレビのお笑い番組や、アニメ、CMなどに必ず行き着くのだが、どうもこの歌に関しては、そうではないようなのだ。


そんななか、唯一、「Dr.スランプ」という漫画に、「みっちゃんみちみちうんこたれて~」のフレーズが出て来て、主人公のアラレちゃんがこの歌を歌っているシーンをようやく確認することが出来た。


ちなみに「Dr.スランプ」は週刊少年ジャンプ誌上に、1980(昭和55)年5、6合併号から、1984(昭和59)年39号まで連載されていた。


また、「Dr.スランプ アラレちゃん」のタイトルでアニメ化もされていて、1981(昭和56)年4月8日から1986(昭和61)年2月19日まで、フジテレビ系列で毎週水曜日の午後7時から7時半の放送枠で放送されていた。


ところがこの歌は、「Dr.スランプ」発祥の歌という訳ではなかったようで、聞き取り調査をしてみると、どうやら「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌の方が、先に存在していたようなのである・・・・・・。


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また、これまで「謎フレーズ探偵」の記事でご紹介して来た歌は、まず最初に元になるメロディーがあって、そこにその当時流行っていたフレーズやワードを、様々な所から寄せ集めて来て、それを切り貼りして、1つの替え歌を作り上げていた。


しかし、そのようにして作られた歌というのは、全体を通してみると、歌詞がちぐはぐで、意味不明のものがほとんどなのだ。


ところが、この「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌は、歌詞を初めから終わりまで通して読んでみても、ちゃんと1つのストーリーになっていて、特に違和感は感じないのである。


そのことを踏まえて考えると、どうも「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌には、元歌や元曲は初めから存在していなかったのではないかと思うのだ。


これが何を意味するのかというと、どうやらこの「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌は、作者のオリジナルなのではないかということだ。


こんな風に書くと、なんだかシンガーソングライターみたいで、格好よく聞こえるのだが、歌詞を見てもらえば分かる通り、「どうしようもねぇ歌」であることに変わりはない。


で、こんなどうしようもねぇ歌を作るのは、どう考えても大人ではあるまい。
恐らくうんこ大好きな小学生ぐらいの子供が作った歌に違いない。


しかし、今となっては、その作者については調べようもなく、「作者不明」としか言いようがない。


そして驚いてしまうのは、この歌は19世紀にはすでに歌われていたらしく、昭和の初期にはもう全国へ広まっていたというのだ。


そして特筆すべきは、この「みっちゃんみちみちうんこたれて~」の歌は、伝聞形式で広まって行ったにも関わらず、歌詞にはほとんど変化が見られないのである。


これまで「謎フレーズ探偵」で取り上げて来た歌は、人から人へ伝わって行く際に、聴き間違いなどで、歌詞に様々なバリエーションが生まれていた。


インターネットや携帯電話もない時代に、伝聞だけでここまで正確に全国へ伝播して行ったというのは、「奇跡的」と言ってもいいだろう。


という訳で、次回はそのあたりから、検証をして行きたいと思っている・・・・・・。


(画像上、里山を白く染め上げるウツギの花。画像下、5月中旬になってアカボシゴマダラが舞い始めた・・・・・・)

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