「ドラえもん」ハリーのしっぽ
▲ハレー彗星をめぐる一連の騒動は、じつはドラえもんの漫画にも影響を与えている。
前回ご紹介したハレー彗星をめぐる一連の騒動は、じつは様々な作品にも影響を与えている。
例えば1947(昭和22)年に発表された「空気がなくなる日」。
これは岩倉政治著の児童向け小説だった。
じつは「空気がなくなる日」は、児童文学雑誌に初出の時は、「空気のなくなる日」というタイトルだった。
これが「小学六年生文学読本」に掲載された時に、「空気がなくなる日」に変更されている。
しかしこれは文法教育上の問題で変更されたもので、作品の内容そのものには変わりがなかったという。
その後、1949(昭和24)年には日本映画社製作で映画化もされているのだが、この時のタイトルはどういう訳か、「空気のなくなる日」にまた戻っている。
また、この作品は、1959(昭和34)年にはドラマ化もされており、当時はかなり人気のある作品だったようだ。
とはいうものの、私はその当時はまだ生まれてもいなかったので、「空気の(が)なくなる日」という作品については、リアルタイムでは知る由もない・・・・・・。
私がハレー彗星にまつわる作品で一番に思いつくのは、意外かもしれないが、あの「ドラえもん」である。
てんとう虫コミックスでいうと33巻に収録されている、「ハリーのしっぽ」というエピソードがそうである。
作中ではまず、1985(昭和60)年の野比家の様子が描かれていて、家族で家の中の片付けをしていて、不用品の処分をしようとしている。
そんななか、のび太のパパが、荷物の山の中からある古めかしい物を見つける。
パパが言うには、なんとそれは野比家に代々伝わる巻物だというのだ。
そしてどうやらそれは、のび太のパパのおじいさん、のび太にとってはひいおじいさんが子孫に向けて書いたものらしい。
どうでもいいが、のび太の家は借家である。
先祖代々、その土地に住み続けていて、自宅は「築100年以上の大きな家」というのなら話はまだ分かるが、なんで借家住まいの野比家から、そんな古めかしい巻物が出て来たりするのだろう。
で、そんなことはともかく、巻物に何が書いてあったのかというと、「76年後の1986年、この年に天から大変な災いが降ってくる。その時、わが子孫は庭の柿の木の根元を掘るべし。生きのびることができる」と記されていた。
のび太は1986年が来年であることに気付くと、「大変な災い」が何のことなのか、気になって仕方がなくなる。
そして庭の柿の木の根元を掘って、何が埋まっているのか確かめたくなって来るのだ。
しかし、この時ドラえもんは妙に冷静で、「来年なんだから」と、のび太の行動をたしなめる。
ところがそれでものび太は、柿の木の下に何が埋まっているのか気になって仕方がない。
何度も書くが、のび太の家は借家である。
普通に考えたらここに、「ご先祖様が埋めたもの」があるはずがないのだが、なぜドラえもんとのび太はそのことを信じて疑わなかったのだろう・・・・・・。
▲個人的にはハレー彗星そのものよりも、ドラえもんの「ハリーのしっぽ」のエピソードや、書店のハレー彗星コーナーの賑わいの方が記憶に残っている・・・・・・。
そこでドラえもんはタイムテレビで、当時のひいおじいさんの身に何が起きたのかを見てみることにした。
するとタイムテレビには、小学生の頃の「のび吉おじいさん」が、桶に水を張って、そこに顔を浸けている光景が映し出された。
小学生の「のび吉おじいさん」は、苦しそうなのになかなか顔を上げず、のび太たちは溺れてしまうのではないかと心配する。
そしてそこにやって来たのが、「のび吉おじいさん」のお母さんで、言うまでもなく、「のび吉おじいさん」のことを止めようとする。
「のび吉おじいさん」はお母さんに、「チューブを買えなかったから、息を止めるけいこをしている」と説明する。
あれ、どこかで聞いたような話だなと思ったら、これは正に前回の「ハレー彗星パニック」の記事そのものだ。
ドラえもんの漫画では、1910(明治43)年に起きたハレー彗星をめぐる一連の騒動を、このように分かりやすく再現してくれているのだ。
念のために書いておくが、この時のドラえもんとのび太は、まだ「ハリー」がなんのことなのか気づいていない・・・・・・。
学校では担任の先生が、「ハリーのしっぽには毒が含まれているかもしれない」とか、「空気をごそっと持っていってしまうかもしれない」とか、「一時的に空気がなくなるかもしれない」と話をしている。
本当に学校で子供たちにそんな話を聞かせていたのかどうかは定かではないが、当時は新聞にも書かれていたことなので、事実として捉えていた人が多かったのだろう。
「のび吉おじいさん」は先生の話を聞いて、自転車のタイヤのチューブに空気を入れておき、ハリーが来て空気がなくなったら、それを吸えばいいのではと思いつく。
しかし、そう考えたのは、「のび吉おじいさん」だけではなかったようで、すでに自転車屋さんには、どう見ても「ジャイアンとスネ夫の先祖」という容姿の2人が来ていて、チューブを買い占めていたのだ。
しかし現実には、当時チューブを買えたのは裕福な人たちだけだったそうだ。
のび太はそんな「のび吉おじいさん」をかわいそうに思い、自分のうきわに空気をパンパンに詰めて、タイムマシンで「のび吉おじいさん」に気付かれないように、うきわをそっと置いて来ることにする。
「のび吉おじいさん」は、見たこともないうきわの出現に驚くが、これが自転車のタイヤのチューブの代わりになると気付いて大喜びする。
それを見届けたドラえもんとのび太は、タイムマシンで現代へ帰ろうとする。
ところがそのとき空を見上げると、なんと巨大な彗星が出現していたのだ。
ドラえもんはこの時ようやく、「1910年といえばハレー彗星が大接近した年だ」とそのことを思い出す。
「ハリー」とはハレー彗星のことだったのだ。
そしてのび太が気になって仕方がなかった、柿の木の根元に埋まっていたお宝は、他ならぬのび太自身がタイムマシンで持って行った、うきわだったのである・・・・・・。
ちなみに借家である野比家の庭から、なぜうきわが出て来たのかは「謎」としかいいようがない。
過去に色々あって、ご先祖様が土地を売ってしまい、そこにたまたま野比家が住むことになったといったところだろうか・・・・・・。
と、このように、1986(昭和61)年にハレー彗星が回帰した時には、ドラえもんの漫画にまで影響を与えていたことが分かる。
そして今、当時のことをこうして振り返ってみると、私はハレー彗星そのものよりも、ドラえもんの「ハリーのしっぽ」のエピソードの方が、なぜかとても印象に残っている。
せっかくの76年に1回の天体ショーだったのに、本物の方はほとんど記憶に残っていないなんて、当時の私はいったい何をやっていたのだろう・・・・・・。




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