カテゴリー「たわいもない話」の記事

2026年6月17日 (水)

妙に疲れた1日・・・

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私は10時、12時、15時に、きっちり休憩を取れる仕事をしているわけではないので、長時間休憩を取らずに仕事をすることも少なくない。


だから休めるときにしっかり休まないといけないので、時間に余裕がある時は仮眠を取ることにしている・・・・・・。


その日、私は仕事のパートナーの里帆さんに、「〇時頃に起こしてね」と告げて眠りについた。


起こしてもらうので文句は言えないが、じつは以前、里帆さんに起こしてもらうようお願いをして、眠りについていたところ、里帆さんも机に突っ伏して眠ってしまっていたらしく、30~40分仮眠を取る予定だったのが、なんと1時間半も眠ってしまっていたことがあった・・・・・・。


だから私はちょっと心配だったのだが、その日の里帆さんはきっちりと、定刻に起こしに来た。


そして私は里帆さんに声を掛けられることになるのだが、その言葉にギョッとして目覚めることになる・・・・・・。


里帆さんは仮眠室に入って来るなりこう言ったのだ。


「ねぇ、うんこしていい?」


私は眠気が一気に吹き飛び、里帆さんに、「早く行って来なよ!」と血相を変えて言っていた・・・・・・。


すると里帆さんは、その言葉とは裏腹に、妙に落ち着いた様子で、「はい?どこへですか?」と聞いてきた。


「どこへってトイレに決まってるだろ」と言ったところ、「私べつにトイレなんて行きたくないですよ?」という。


じゃあ、何でさっき、「うんこしていい?」なんて聞いたのさと聞いたところ、「私そんなこと言ってないですよ。もう、起こしていい?って聞いたんです」というではないか。


私は里帆さんが便意に耐えながら、起こしに来たんじゃなくて本当によかったと、「ホッ」と胸を撫で下ろしていた・・・・・・。


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里帆さんは、「少し早めに起こしに来たので、時間まで休憩室に行きましょ」というので、着いて行くことにする。


里帆さんはずっとテレビを見ていたらしく、テレビが点けっぱなしになっていた。


すると里帆さん、テレビの画面を指さして、「ああ、そうそう、この娘たちすごいんですよ」という。


インタビューを受けている少女たちは、ごく普通の女の子にしか見えず、高校生と中学生といったところか・・・・・・。


そこで何がすごいのか里帆さんに尋ねると、「なんと!助平姉妹なんです~」と、信じられない答えが返って来た。


「真面目そうに見えるのに、じつはむっつりスケベなのか・・・・・・」と、ひとり言をつぶやいていたら、「何いってるんですか。助平姉妹じゃないですよ!スケボー姉妹ですよ、スケボー!」というではないか。


冷静に考えてみれば、全国放送のテレビ番組で、真っ昼間から、ただの助平な姉妹を紹介するわけがない。


そして間髪を入れずに里帆さんが、「なに残念がってるんですか」と突っ込みを入れて来たところを見ると、どうもその時の心情が顔に出ていたらしい・・・・・・。


私は自分では喜怒哀楽が顔に出る方ではないと思っていたので、少々ショックを受けていた。


私は里帆さんの、「何だか曇って来たけど雨降らないですよね?」という問いに、「う~ん」などと、生返事を返しつつ、どうやったら、その時の気分を顔に出さずに、その場をやり過ごせるかを、自分の顔を撫で回しながら考えていた・・・・・・。


すると突然里帆さんが、「あ、ヨードチンキだ!」と声を張り上げた。


私は何のことか分からず、「ヨードチンキ?」と里帆さんの顔を見た。


里帆さんは私のその様子を見て、「へ?」という顔をしていたので、「いま、ヨードチンキだって言ったよね?」と聞くと、里帆さんは笑いながら、「ちょうど天気だって言ったんです」と言いながら、テレビの天気予報を指さした。


その後、私たちは、「じゃあ、ヨードチンキって何だっけ?」という話になり、ネット検索までする羽目になったのだった。


仮眠を取ったのに、なんだかいつもより疲れた気がする・・・・・・。


(画像上、ワインレッドの印象的なアジサイの花・・・・・・。画像下、高木なので、花が咲いていることに気付きにくいが、タイサンボクも梅雨時に咲く花だ・・・・・・)



2026年6月 3日 (水)

どこにしまったか忘れる・・・

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私は物をどこにしまったかよく忘れる。


忘れても思い出せればいいのだが、いくら考えても、一向に思い出せないから困ってしまう。


ちなみにこれは年齢は関係なく、若いときからずっとそうである・・・・・・。


しまった場所を忘れるのは、たいてい文房具である。


例をあげるなら、ハサミやスティックのりなどがそうである・・・・・・。


ハサミが見つからないときは、カッターでどうにか代用出来るので、まあいいのだが、スティックのりがないときは非常に困る。


封筒に封をするぐらいなら、セロハンテープで代用可能だが、書類に「コピーしたものを、のり付けして送って下さい」などと書いてあると、やっぱりのりじゃなきゃまずいと思うのだ・・・・・・。


しかし、スティックのりというのは、めったに使うことがないため、一度引き出しなどにしまい込むと、次に使うまでのスパンが非常に長い。


しょっちゅう使っていれば、しまってある場所を忘れることなんてないのだろうが、前回使ったのは3ヶ月前なんてことになって来ると、もうどこにしまったかなんて全く覚えていない・・・・・・。


運よく見つかった場合も、安心してはいられない。


ずっと使っていなかったからか、のりが乾燥してカチカチに固まってしまっていて、使い物にならないなんてことがよくある・・・・・・。


同様の理由で、しまった場所を忘れてしまう文房具に、ホチキスの種とクリップがある。


ホチキスはホチキス本体も行方不明になることがあるが、それよりも難敵なのがホチキスの種の方だ・・・・・・。


ちなみにホチキスの種は、正式には「ホチキスの針」というのだそうだ。


私は子供の頃から、ずっと「ホチキスの種」と呼んでいたので、こちらの方で話を進めさせていただくことにする・・・・・・。


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ホチキスの種が行方不明になるのは、パッケージが小さすぎることが、その要因の1つだろう。


消しゴムぐらいの大きさしかないため、他のものといっしょにしまってあると、周囲の物に埋もれてしまい、目に付かなくなってしまうのである・・・・・・。


ホチキス本体があるのに、ホチキスの種が見つからない時ほど、歯がゆいことはない。


止まるはずもないのに、書類の端っこを空のホチキスでパチンとやって、「ハァ・・・」とため息をつく経験を何度したことだろう・・・・・・。


同様の理由から、クリップも見つからない。


クリップは1ケースで買っても、せいぜい消しゴム2つ分程度の大きさで、やはり周囲の物に埋もれてしまい、どこに行ったのか分からなくなる・・・・・・。


電池もどこにやったか分からなくなる。


電池は12個パックとかで買っているので、未使用の時ほど横に長い。


これだけ長ければ、見つからないわけはないだろうと思うのだが、どういうわけか、しまってあるはずの場所をいくら探しても出て来ない。


「いやいや、そんなわけはないだろう・・・」と、ひとり言をいいつつ、引き出しの中をガチャガチャとかき回すのだが、そういうときに限って、いまは使う予定のない、ホチキスの種が出て来て、「ほら、やっぱりここに入ってんじゃん!」などと、勝ち誇ったような顔をする。


しかし、いま必要なのは電池なのだ。


電池は昭和の頃は、単1、単2など、大きなサイズの出番が多かったが、いつの間にか小さく細身の単3がメインになって、探している時に見つからない品物にランクインした。


「昭和の頃は電池がでかかったから、なくしようがなくてよかったよな~」なんて思ったりする・・・・・・。


ちなみにうちでは、今日ご紹介した、スティックのり、ホチキスの種、クリップ、電池は、必要な時に探しても出て来た例しがなく、かなりの確率で、その都度、新しいものを購入している。


その結果、どうでもいい時に、部屋のあちこちから、それらの物がザクザク出て来る。


それにも関わらず、次に探す時には、もうあったはずの場所からなくなっていて、毎回毎回、同じことを繰り返すことになるのである・・・・・・。


(画像上、独特の香りを放ちながら、シラカシの花が咲いている・・・・・・。画像下、一方、ビワはいまが果実の旬の時期になる・・・・・・)


2026年5月27日 (水)

ツナマヨのおにぎり

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▲現在では定番となっているツナマヨのおにぎりだが、昭和の発売当初は奇抜な印象で、全く売れていなかった・・・・・・。

現在ではツナマヨはコンビニおにぎりの定番になっている。


しかも、20年以上もトップの座に君臨し続けているというから驚きである・・・・・・。


ツナマヨのおにぎりが初めて世に現れたのは、1983(昭和58)年頃といわれている。


私の記憶では、セブンイレブンが最初だったのではないかと思う。


というのも、当時はいまと違って、まだまだ、コンビニの種類や店舗数が少なくて、うちの近所にはセブンイレブンしかなかったと記憶している・・・・・・。


で、当時はツナマヨのおにぎりは、斬新ではあったが、あまりにも奇抜な印象で、全く売れていなかった。


当時はツナマヨといえば、サンドイッチやサラダの具材として認知されていて、「それをおにぎりの具として使うなんて馬鹿じゃないの?」と思っている人がほとんどだった。


例えるなら、「パンに刺身をサンドして食べる」ような感覚だったのだ・・・・・・。


当時はおにぎりの具材といえば、「梅干し、鮭、昆布」といった、和風のものが定番で、しょっぱめで、保存性を重視したものが主流だった。


だからツナマヨは邪道以外の何者でもなく、売れないのは、当然といえば当然だったのである・・・・・・。


しかし、それでもコンビニでは、粘り強くツナマヨを店頭に並べ続けていた。


子供の頃の私の記憶では、商品棚にツナマヨのおにぎりだけが、たくさん残っている印象が強烈に残っているのだが、その後、ツナマヨは少しずつ売れていくことになる・・・・・・。


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▲ツナといえば「シーチキン」だが、近年は缶詰タイプだけでなく、このようなパウチのパッケージも登場した。店頭で初めてこれを目撃したとき、「うちのネコとおそろいになったな・・・」と苦笑したものだ・・・・・・。

いったいいつ頃から、ツナマヨのおにぎりが売れ始めたのかは定かではないのだが、そのきっかけを作ってくれたのは若者だったといわれている。


いつの時代も、若者はチャレンジャーであり、時にそれは流行の渦を巻き起こすことがある・・・・・・。


そして、1990年代に入ると、ツナマヨはコンビニおにぎりの定番の具材となっていく。


80年代では奇抜すぎる具材だったツナマヨが、90年代に入ると定番化し、この時代に育った世代からすると、「子供の頃からあった具材」として認知されることになる。


たったの10年なのに、何だか自分がとてつもなく年寄りになったような、とても不思議な感覚に襲われる・・・・・・。


結局のところ、私は子供の頃、一度もツナマヨのおにぎりは食べなかったように思う。


なぜかといえば、「おにぎりは鮭や昆布の方が美味い」と感じていたからだ。


私がツナマヨのおにぎりを初めて食べたのは、20代半ばになってからだったと思う。


ツナマヨはサラダとして、よく食べていたから、当然、その味は知っていたので、おにぎりをひと口かじっても、特にこれといった感想はなく、「まあ、そうだよなぁ」と、ひと言だけつぶやいたのを覚えている・・・・・・。


2026年5月 6日 (水)

セルフレジ

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最近、スーパーやコンビニ、100円ショップなどでは、セルフレジをよく見かけるようになった。


セルフレジとは、客自身が自分が購入する商品をスキャンして、支払いまでを完了させるレジシステムのことをいう・・・・・・。


セルフレジにはフルセルフレジとセミセルフレジがある。


フルセルフレジは、商品をスキャンして、支払いまでの全ての工程を、客が行うタイプのレジのことをいう。


一方、セミセルフレジは、店員が客の買い物カゴの中の商品を、1つ1つスキャンしてくれて、支払いの部分だけを、客が行うタイプのレジのことをいう。


現在はセルフレジは3割程度、セミセルフレジは8割弱の企業が導入しているといわれている・・・・・・。


では、どうしてこれまでは存在していなかった、セルフレジなんてものが出現することになったのだろう。


これについては、いくつか理由があるようだ・・・・・・。


まずはセルフレジ導入のタイミングで、キャッシュレス決済を導入出来ることがあげられる。


セルフレジは現金はもちろんのこと、クレジットカードや電子マネーをはじめとする、様々なキャッシュレス決済に対応している・・・・・・。


もう1つは店員の人数を削減出来ることがあげられる。


現在の日本は高齢化社会で人手不足が深刻だ。


セルフレジを導入することで、少ない人数で店舗を回して行くことが出来るメリットがある。


また、レジ業務を全て人手に頼ると、釣り銭の数え間違えなどの人的ミスが発生する可能性があるのだが、セルフレジなら機械なので、全てを正確に処理することが出来る・・・・・・。


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そんないいことずくめに見えるセルフレジなのだが、無人レジと友人レジを両方備えている店舗では、未だに有人レジに長蛇の列が見られ、無人レジには数人しか並んでいないという光景が見られる。


「なんでだろう?」と考えてみると、自分でバーコードを読み込んでいると、なんだかうまくいかずに、「ピッ!」と鳴るまで、何度も読み込んでしまっていたりすることがあるものだ。


そういう時は、なぜか同じ商品を2回読んでしまっていたりする。


また、商品によって、バーコードの位置がまちまちのため、バーコードを探すことに手こずって、支払いに必要以上に時間がかかってしまったりと、何かとイライラすることが多いのである。


「それだったら、有人レジを選ぶよ」という人が多いのもうなずけるというものだ・・・・・・。


また、セルフレジは年配のかたなど、操作が分からない人のサポートのため、近くに店員が立っていることが多い。


それを見た多くの客は、「そんなところに突っ立ってるなら、アンタがレジ打てよ」と思っているに違いない。


それにその方が絶対に待ち時間は短くなるはずだ・・・・・・。


そんな、近年になって、突如として出現したように感じるセルフレジなのだが、セルフレジ自体は、じつはけっこう昔から存在していた。


「中華そば」という赤いのれんが掛かっている店には、入り口に食券の券売機が設置されている店が少なくなかった。


じつはこれこそがセルフレジの元祖だったのだ。


客自身がメニューを選んで、支払いまでを完了させているのだから、これはもうセルフレジそのものだろう。


スーパーのセルフレジで何とか支払いを済ませて、「こんなもの昔からあったよ。昔はもっと大きかったけどね!」と言ってのける昭和世代が増えることを願ってやまない・・・・・・。


(画像上、赤いブラシのような形をした、ブラシノキの花が咲き出した・・・・・・。画像下、風車のような形のテイカカズラの花・・・・・・)


2026年4月15日 (水)

いろんなものにむせる

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私は大福を食べるのが下手くそだ。


大福には白い粉がまぶしてあるが、あれがくせ者なのだ・・・・・・。


どう、くせ者なのかといえば、大福を食べている最中に、まるで雪が降り始めたときのように、人知れず音もなく、舞い落ちて来るのだ。


そして大福を食べ終わって、「ああ、美味しかった~」などと、満足しながら、テレビを見ていると、「やだぁ、くろねこさん。服が真っ白ですよ・・・」と、誰かに指摘されるのである・・・・・・。


そういわれて、ふと見てみると、確かに着ている服の胸のあたりから、腹のあたりにかけて、白い粉で真っ白になっているではないか。


さらにいうなら、ズボンの股間のあたりまで、パウダーをまぶしたようになっていて、思わず、「なんだこりゃ⁉」と仰天するのである。


黒や紺などの暗色系の服を着ていたりすると、白いパウダーが目立ちまくり、なんだか「カビが生えたひと」のように見えて来て非常に嫌だ・・・・・・。


そもそも、この白い粉はいったいなんなのだ。


まさか私を陥れるために、まぶしてあるわけではあるまい。


そこでちょっと調べてみると、大福の白い粉の正体は、片栗粉やもち粉のようだ・・・・・・。


では、なんでそんな粉をまぶしてあるのかといえば、餅生地が手や台にくっつくのを防ぐためにまぶすらしい。


また、片栗粉は、餅生地の滑りをよくして、成形しやすくしてくれたり、大福同士がくっつくのを防いでくれるのだそう・・・・・・。


そして、もう一方の「もち粉」は、餅生地自体を柔らかくする役割がある。


このため大福には両方の粉を使っているものもあるという。


と、まあ、そういうことなら、さすがに白い粉に文句はいえまい・・・・・・。


ところで大福といえば、私は食べる時に、うっかり粉を吸い込んでしまい、死にそうになる時がある。


知らぬ間に粉が気管に入り、咳き込むと同時に、口に入っていた大福が、「スポン!」と飛び出しそうになる。


確か若い頃は、そんなことはなかったと思うのだが、年を重ねるにつれて、むせる確率が上昇していったような気がする・・・・・・。


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大福と同様に、きな粉をまぶしてある餅や和菓子もくせ者だ。


例をあげるなら、「あべかわ餅」や「桔梗信玄餅」などがそうである・・・・・・。


いつぞやはドンキホーテの駄菓子コーナーで、昔懐かしい、「きなこ棒」を見つけ即購入。


家に帰って開封し、口に含んだ瞬間にむせた。


「こんな小さなお菓子なら、きな粉の量も少ないから、大丈夫だろう」などと、甘く見ていたことが悔やまれる。


「きな粉、恐るべし」である・・・・・・。


片栗粉やきな粉のさらに上をいく「くせ者」がいる。


ズバリいうなら、それは湯気である。


ラーメンやうどんを食べる時に、箸で麺をつかみ、口元へ運ぶ。


そして麺をすすり始めるのだが、この時に湯気もいっしょに吸い込むことになる。


この時に、「吸い込んだ湯気」で、むせることがあるのだ。


いま考えると、これについても、年を重ねるにつれて、むせる確率が上昇していったような気がする・・・・・・。


ラーメンやうどんといえば、湯気だけではなく、すする際に口の中で細かく飛散するスープが気管に入り、むせ返ることもある。


これについては、慌てずに、ゆっくり食べれば防げるのだが、麺類というのは、なぜか倍速で食べさせようとする魔力がある・・・・・・。


湯気といえば、風呂に入る時にも、むせることがある。


脱衣所で服を脱ぎ、風呂場へ入っていくと、当然のことながら湯気がすごい。


この湯気を吸い込んだ時にむせるのだ。


おちおち風呂に入ることもままならない・・・・・・。


究極なのは、何も飲み食いしていないのに、突然むせることがある。


当然、そこには湯気もない。


これについては、「老化現象だ」という人もいるが、私はまだじじいの域には達していない・・・・・・。


このように、日常には危険がいっぱいで、いまこうして生きていることは、奇跡に近いのかもしれない。


カフェオレの湯気にむせながら、神に感謝したい・・・・・・。


(画像上、谷戸ではコバノタツナミがあちこちで咲いている・・・・・・。ツツジの花が見ごろになった・・・・・・)



2026年3月11日 (水)

日本語には謎のルールがある

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千円札を数える。


せんえん、にせんえん、さんぜんえん、よんせんえん、ごせんえん、ろくせんえん、ななせんえん、はっせんえん、きゅうせんえん、いちまんえん。


ここで素朴な疑問。


なぜ、三千円の時だけ、「ぜんえん」と濁るのだろうか・・・・・・。


じつはこれ、日本語のルールで、基本的に「3」の時には、濁音にしなくてはいけないのだそうだ。


「日本語のルール」とはいうものの、「そんなこと知らないで、いままで生きて来たよ・・・」という人の方が多いのではないだろうか。


なんでも、単位(この場合は千円)の前に来る音が、撥音(ん)の時は、「濁らなくてはいけない」のだそうだ。


しかし、そのルールに従うなら、「4」の時も撥音なのだから、濁らなくてはおかしいのではないか。


これについては、昔は「4」を「よん」と発音せずに、「し」といっていたためではないかといわれているが、はっきりとは分かっていないようだ・・・・・・。


このように、日本語には意識していないと、気付かない謎のルールがあちこちに散りばめられている。


例えば、「日本」という漢字には、「ニッポン」と「ニホン」という2通りの読み方がある。


じつはこれ、原則的には、「ニッポン」が元々の言葉ということになる。


では、なぜ「ニッポン」の読みに、「ニホン」が新たに加わったのだろうか・・・・・・。


じつは「ニホン」という読みが出現したのは、どうやら江戸時代だったようだ。


江戸っ子は短気で有名で、「ニッポン」から小さな「ッ(促音)」を取っ払ってしまうことぐらい、何の躊躇もなくやってのける。


「ニッポン」以外にも、「リッス(漢語の読み)」が「リス」に、「ミッカン(蜜柑)」が「ミカン」に、「ピーナッツ」が「ピーナツ」に、「ヤッカン(薬缶)」が「ヤカン」に、「キッス」が「キス」に。


このように、日本語は小さな「ッ(促音)」がなくなる傾向があるのだ・・・・・・。


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で、「日本」に話を戻すと、現在では「ニッポン」と「ニホン」は、ちゃんと使い分けられている。


そうはいっても、ほとんどの人は、無意識に使い分けているのだろう。


例えばオリンピックなど、スポーツの国際大会では、日本は「ニッポン」と読ませている。


バレーボールの応援で有名な「ニッポン、チャチャチャ」も、「ニホン」とはいわない。


それに対して、「日本酒」とか「日本茶」、「日本髪」とか「日本舞踊」などは、「ニッポン」とはいわず、「ニホン」と発音する。


その違いはというと、日本(国)を背負って世界と戦う時や、応援など力強い感じを出したい時などは「ニッポン」と発音し、日本の文化や日本ならではのものを表現する時には「ニホン」と発音する。


「ニホン」は「ニッポン」よりも、ソフトな印象になることが分かると思う・・・・・・。


このように、日本語には意識していないと気付かない、謎のルールがあちこちに散りばめられているのだが、日本人はそれを全く意識していないにも関わらず、自然に使い分けているのである。


自分が日本人だったからよかったようなものの、これが母国語以外に日本語を覚えなくてはいけない立場だったら、きっと日本語は奇妙奇天烈な、難解な言語だったに違いない。


だから私は、日本語を流暢に操る外国人を見かけると、「すげえなぁ・・・」と思わずにはいられない・・・・・・。


(画像上、早咲きのスミレ、アオイスミレが林縁で咲いている・・・・・・。画像下、マンサクの花は終盤に入ったが、まだ頑張っている・・・・・・)



2026年2月25日 (水)

ページがめくれない

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最近、手指の乾燥がいちじるしい。


ちなみに空気が乾燥している冬だけの話ではなく通年である・・・・・・。


手指が乾燥していると、日常生活に支障が出る。


例えば、朝、新聞を取りに行き、新聞を読み始める。


ペラペラとページをめくり、自分の見たい面を探すのだが、なぜか最後のページまでめくり終わってしまう。


「あれ?」と思い、もう一度チャレンジするが、なんだか新聞の厚みの割にページ数が少ない気がする。


そこで新聞を床に置いて、ページの端っこを爪で引っかけるようにして、1枚ずつはがしていくと、ようやく見たかったページが現れてホッとする。


どうやら手指が乾燥しているのが原因で、ページが重なったままでめくっていたようだ。


新聞販売店に、「ページが抜けているよ」などと電話をしなくて本当によかったと思う・・・・・・。


新聞と同様に本のページも重なったままめくっていることがある。


文章のつながりが自然だと、そのことに気付かずに、そのまま読み進めてしまい、先のページで意味が通じなくなり、「そんな話題、書いてあったかな?」と思い、数ページ戻って、ようやく気付くなんてことも多々ある。


私の場合は、「前述のように・・・」という記述で、「あれ?」と思い、ページを戻ることが多い・・・・・・。


本以上にやっかいなのが雑誌である。


漫画雑誌のような紙質ならまだいいのだが、比較的カラーページの多い、薄い紙質の雑誌は、ページとページがピッタリとくっついてしまっているように感じる。


そして、知らぬ間に、2~3ページくっつけたまま、めくってしまうことも少なくないのだ。


そして、その都度、「あ~~、もうっ!」などとイライラしてしまうのである・・・・・・。


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子供の頃、自分の親も含めてだが、世の中のおじさん、おばさんは、本や雑誌のページをめくる時、下唇の内側に、「チョン」と指を当てて、少し湿らせてからめくっていた。


当時子供だった私は、「きたねえな~」などと思っていたものだが、いまになってみると、「ああ、そういうことだったのか!」と納得出来る。


そうはいっても、自分もマネをしてやってみようなどとは、これっぽっちも思わないが、当時は一定の年齢以上の人は、みんなやっていたような気がする・・・・・・。


じいさん、ばあさんに至っては、力仕事をする時などは、手が滑らないように、手の平に少量の唾を、「ペッ!」と吹きつけていたりしたものだ。


ここまで来ると、もはや汚いどころの話ではない。


そういえば、最近はそんな光景は、もう見なくなった気がする・・・・・・。


紙以上にめくるのが大変なのがビニール袋だ。


ゴミを捨てようと、ポリ袋の口を探すのだが、上下どっちも開かずに、「これ、不良品じゃね?」などといいだす始末。


新聞のページを開く時に、爪でカリカリして成功していたので、その技をポリ袋でも使ってみるのだが、どうもうまくいかない。


「あれ~、おかしいな~」などと思っていると、ポリ袋の下部にあるベロをみつけてしまい、「逆さまじゃねえか!」と自分に切れたりする・・・・・・。


そしてポリ袋を正しい向きに戻して、再チャレンジするも、それでもポリ袋はペタリとくっついたままびくともしない。


そこで最後の手段として登場するのが、セロテープやガムテープなどの粘着テープだ。


これをちょっとだけ切って、指輪状にして指にはめ、両側から引っ張ると、見事なまでに、お口パッカ~ン!


まるで特大の場外ホームランを打ったような気分で、両手を天に突き上げる。


子供の頃には思ってもみなかった、未来の乾燥した自分がそこにいた・・・・・・。


(画像上、畑の片隅でニホンスイセンが咲いていた・・・・・・。画像下、季節の和菓子、うぐいす餅・・・・・・)


2026年2月11日 (水)

昭和の危ない人

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昭和の頃は、街に危ない人(怖い人)がたくさんいた。


中高生ぐらいになると、隣のクラスの〇〇が、かつあげに遭ったとか、ただ歩いていただけなのに、因縁をつけられて、殴られたなんて話をしょっちゅう聞かされたものだ・・・・・・。


そういう危ないやつは、獲物を探して街をうろついているので、獲物を発見するやいなや、そそくさと近づいて来て、「何見てんだ、コラッ!」などと、声をかけてくる。


「何見てんだ!」とはいうものの、こちらは普通に歩いていただけであり、そいつのことなど全く興味はない。


「何見てんだ!」は、むしろお前の方だろといってやりたいところだ・・・・・・。


また、そういう危ないやつは決まって、下からしゃくり上げるようにのぞきこんで来る傾向が強い。


そして顎を上下に振るようにして、「何見てんだ、コラッ!」が決まり文句なのである・・・・・・。


そして必ず両手はポケットに突っ込んでいて、ポケットの底が抜けるんじゃないかというくらい、両腕を突っ張り力を込めている。


「力の入れどころを間違えている」とは正にこのことである。


そして勝手に因縁をつけて来て、相手に有無を言わせず謝らせて終わりの場合もあれば、建物の裏などに連れて行かれて、シバかれるケースもあったと聞く・・・・・・。


すると、どこで聞きつけて来たのか、同じクラスの不良に怪我のことを聞かれ、そのことを話すと、今度はなぜか因縁をつけて来た相手の特徴を事細かく聞かれる。


そして、「そいつは〇〇校のAだな。俺に任せとけ。かたきをとって来てやる!」などと意気込んでいたものだ。


普段はたいして親しくもないのに、こういう時になると、なぜか妙に同情して来て、頼んでもいないのに、シバき返しに行くというのが、当時の不良の特徴だった。


そして翌日、「かたきとってきてやったぞ。ボッコボコにしてやった。もう、うちの学校の生徒には手は出さねえよ」などと、律儀に報告にやって来るのだが、何と答えたらいいのか分からず、複雑な気持ちになるのだった・・・・・・。


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また、昭和の頃には、道端に見るからに危なさそうなやつが座っていることがよくあった。


そんな時は遠回りでも別の道を選ぶ者がほとんどだったが、それが通学路だったりすると、またちょっと事情が変わって来る・・・・・・。


時間に余裕があるならまだしも、遠回りをしたら、まず間違いなく遅刻になる場合などは、もう腹をくくって、その道を通るしかないのだ。


みんな道端に座っている危ない男とは反対側の隅っこに寄って、そそくさと歩いて行くのだが、危ない男はそれまでうつむいていた顔を上げ、ギロリとこちらをにらみつけると、突然、「オラァ‼」などと雄叫びを上げる。


みんな縮こまって早足で歩いていたのに、その声に仰天して飛び上がり、ダッシュで学校まで逃げて行くことになるのだ。


息も絶え絶えになって、先生に、「いま・・・、ハァ、ハァ・・・、そこに・・・、ハァ、ハァ・・・、うんこ座り・・・、ハァ、ハァ・・・、変人・・・、ハァ、ハァ・・・」などと、意味の通じない報告をしてしまい、「道端でうんこしている人がいたって?ほっとけ!」などと笑い飛ばされる始末・・・・・・。


最近では街で危ない人や怖い人と出会うことはほとんどなくなった。


そんなこともあって、若い世代の人たちは、昭和を生き抜いて来た我々と比べたら、きっと危機管理能力がゼロに等しいのではないか・・・、な~んてことを思ったりするのである・・・・・・。


(画像上、見慣れた畑が一晩で雪景色に変わった・・・・・・。画像下、雪の下には小さな春が顔を出していた・・・・・・)



2026年1月 7日 (水)

レポーターとかみ合わない話

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私はテレビを見ている時は、平行して何かをしていることが多い。


例えば本や雑誌を読んでいたり、スマホを見ていたり、ネコと遊んでいたり、その時によって様々だ。


「それではテレビを見ているとはいえないんじゃないか?」と思われるかもしれないが、テレビの音声はちゃんと耳で追っているので、見たい場面になったら、テレビの方へ視線を向ける。


逆に自分にとって、どうでもいい場面では、なんとな~く聞いているので、出演者が何といっているのか、聞き取れなかったり、聞き間違えることが多い・・・・・・。


その日、私は仕事の休憩時間にテレビの音声に耳を傾けつつ、雑誌をペラペラとめくっていた。


どうやらテレビでは観光地のレポートをしている様子だった。


私にとっては特別興味のある話題ではなかったので、視線は雑誌のページに落としたまま、テレビの音声をなんとなく聞いていた・・・・・・。


するとテレビのレポーターは、「まず、私が驚いたのは、このあたり、意外なくらい、ハイハイのかたが多いんですね」といった。


「ハイハイのかた」とはいったいどんな人のことを指しているのだろうか。


一瞬、おかしな表現を使うレポーターだなと思ったのだが、「ハイハイをする人」といえば、赤ちゃんしかいないではないか・・・・・・。


私は視線を雑誌に落としたまま、いっしょにテレビを見ている里帆さんに、何気なく、「そんなに赤ちゃんが多いんだ?」とボソッと聞いた。


里帆さんは弁当を食べていたので、たまご焼きを口に頬張りながら、「はい?」と聞き返してきた。


そこで私は、さっきレポーターが、「ハイハイのかたが多い」って、いってたじゃんと説明をした。


すると里帆さんは、「ハイハイのかたじゃなくて、海外のかたっていってたんですよ」と、手で口元を隠しながらいった。


なんだそういうことかと、一人納得していると、テレビのレポーターは、ここぞとばかりに、さらにたたみかけて来た・・・・・・。


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「それではこちらの、普段はドンペリのパイプをされているというかたに、お話を伺いたいと思います」


ドンペリのパイプとはいったい何のことだろう。


合法なものならいいが、言葉の響き的には、かなりやばそうな感じがする。


そこで私はすぐに里帆さんに、「ドンペリのパイプなんて、テレビでいっちゃっていいのかね?」と聞いた。


「はい?」


だから普段はドンペリのパイプをされているって、いってたじゃん。


里帆さんはミートボールを口に頬張りながら、「ドンペリのパイプってなんですか?レポーターの人は、コンビニのバイトをされているっていったんですよ」といった・・・・・・。


レポーターはそのバイトくんに、さらにインタビューを続けていて、「もしかして、学生さんですか?」と聞いた。


するとバイトくん、「坊さんです」と衝撃のひと言をいい放つ。


私は反射的にテレビの画面を見たのだが、彼は髪の毛を剃っていないし、どう見ても普通の学生という印象だ。


私は思わず里帆さんに、「あいつ、坊さんだってよ!」といっていた・・・・・・。


すると里帆さん、口に入れていたミニトマトを、「スポン!」と発射。


ゲラゲラ笑いながら、「坊さんじゃなくて、高3ですっ!」と、私に何とか告げると、飛び出したミニトマトを、笑いながら探し始めた・・・・・・。


ところでこのバイトくん、流暢な日本語を話してはいたが、日本人でないことは明らかだった。


そして恐らく多くの視聴者が気になっていたであろうそのことを、レポーターがついにバイトくんに聞いてくれた。


「どちらのご出身ですか?」という問いに、バイトくんはこう答えた。


「完全ちんちんです」


私は慌てて里帆さんにそのことを尋ねた。


すると里帆さんは、飲みかけていたお茶を見事な霧状にして吹き出し、私にバイトくんは「アルゼンチン人」であると教えてくれたのだった。

 

その後、休憩所を掃除するのを手伝わされたのは、もはやいうまでもない・・・・・・。


(画像上、ハルサザンカが見ごろになった・・・・・・。画像下、寒に入り、連日霜柱が立っている・・・・・・)



2025年12月10日 (水)

シャンプーハットとシャンプー仮面

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▲もう絶滅したかと思っていたシャンプーハットだが、なんとなんと、まだちゃんと売られていた。しかも、昭和の頃とは形が変わって、カッパっぽさは薄れていた。きっと、水の流れ方などがきっちりと計算されているのだろう・・・・・・。

昭和の頃、子供がいる家庭には、シャンプーハットが必需品だった。


いまではほとんど見かけなくなってしまったので、もしかしたら若い世代の人は、シャンプーハットのことを知らないかもしれない。


ちなみにシャンプーハットとは、子供がシャンプーをする時に被る帽子のようなもので、これを被ることによって、シャンプーの泡が顔に直接流れるのを防ぐことが出来た。


シャンプーハットは、「ハット」とはいうものの、実際には頭が入る部分には、丸い穴が開いていて、ちょうどおでこのあたりで、泡がピタリと止まるようになっていた。


なぜかといえば、こうしなければ、肝心の頭を洗えなかったからである。


シャンプーハットを被った自分の姿を、初めて鏡に映して見た時は、「なんだか、カッパみたいだな・・・・・・」と思い、家族で腹を抱えて笑ったのを覚えている。


そんな見た目は間抜けなシャンプーハットだったのだが、機能的には優れもので、シャンプーの泡が目に入るのを見事に防いでくれた・・・・・・。


ところで昭和の子供たちは、なぜそこまで、シャンプーの泡を恐れていたのだろうか。


じつは昭和のシャンプーは洗浄力が重視され、アルカリ性のものが多かった。


ちなみに現在のシャンプーは、刺激の少ない弱酸性である。


アルカリ性のシャンプーは、ただでさえ、目に染みて痛かったのに、当時のものは異常なくらいスースーとした、清涼感を加えたものが多かった。


子供用のシャンプーが切れてしまい、仕方なく大人用のシャンプーを使ったときなどは、「目にメンソレータムをすり込んでいるんじゃないか?」というくらいの強烈な刺激で、こんな仕打ちを受けるぐらいなら、死んだ方がましだと思えるほどだった。


そんなわけで、当時は子供のいる家庭では、シャンプーハットが必需品だったのである・・・・・・。


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▲シャンプーハットが現役ならば、もしかしたらシャンプー仮面もあるのではないかと思ったのだが、さすがに一度製造中止になった商品の再販は難しいようだ・・・・・・。

シャンプーハットがヒットしてから、その第2弾(?)として、「シャンプー仮面」なる商品も発売された。


どういうものか簡単に説明すると、ゴーグルのようなものを装着することで、シャンプーで目が染みるのを防いでくれるという代物だった。


ゴーグルというと、スキーゴーグルやVRゴーグルを思い浮かべるかたが多いと思うが、シャンプー仮面はそのようなものとは、ちょっと違った外観をしていた。


では、どのような外観だったのかというと、ものすごく簡単にいうなら、「赤い彗星のシャアが、ヘルメットの下にはめている仮面」を想像してもらえばいいと思う。


ちなみにシャンプー仮面は、見た目は斬新だったのだが、機能的にはちょっと優れものとは言い難かった。


シャンプー仮面は、両目の部分は透明なプラスチック製だったのだが、鼻の部分もしっかりとガードされていたため、呼吸が苦しく、両目の透明な部分が、次第に息で白く曇って来てしまうのだ。


さらに耳もしっかりとガードされており、周りの音もほとんど聞こえなかった。


見た目がかっこいいということで、シャンプー仮面をはめて、外に遊びに行く者もいたというが、目は見えず、耳も聞こえず、いったいこれで何が楽しいのか、さっぱり分からないというありさまだった。


で、保護者からは、「危険ではないか」というクレームが入り、シャンプー仮面はあえなく製造中止となったそうだ・・・・・・。


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