カテゴリー「たわいもない話」の記事

2024年5月17日 (金)

ミミズバーガーのうわさ

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昭和の頃には、「その話し本当なの?」と思うような、どうしようもない噂話がたくさんあった。


冷静になって考えてみれば、どう考えても嘘なのに、当時は「本当の話」として、真面目に語られていたので、そのことを信じて疑わない人も少なくなかった。


ひとつ例を挙げるなら、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話が有名である。


今だったら、「都市伝説」という言葉ひとつで片付けられてしまい、発信する側も、受け取る側も、「信じるか信じないかは、あなた次第です」というスタンスがお約束になっている。


しかし、昭和の頃には、「都市伝説」などという便利な言葉は存在していなかったので、本当なのか嘘なのか分からない話は、あくまでも「噂」であって、その話を事実として受け取って信じている人もたくさんいたのだ・・・・・・。


では、「マクドナルドのハンバーガーにはミミズの肉が使われている」という話は、具体的にはどのようなものだったのだろうか。


この手の話というのは、時代と共にアップデートされて行くので、この話が現在どのような内容になっているのかは私は知らない。


ちなみに私が子供の頃に聞いた話では・・・・・・、


「マクドナルドのアルバイト店員が何気なく調理場を覗いたところ、調理担当者がハンバーグの具材にミミズの肉を入れて調理しているところだった。そして、その様子を見ていた店長に、店の奥へ連れて行かれて、口止め料として多額の現金を渡された・・・・・・」


また、別の話では・・・・・・、


「客の女子高生が店内でハンバーガーをひとかじりしたところ、ハンバーガーから何やら赤いひものようなものが垂れ下がって来た。そしてそれをよく見ると、まるでミミズのような縞模様が入っており、女子高生がそのことについて、店員にクレームを言うと、店の奥へ通されて、現金を手渡された・・・・・・」といった話が有名だった・・・・・・。


確かミミズ以外にも、犬の肉や猫の肉、ネズミの肉などのバリエーションがあったと思う。


ネコの肉説では、店舗裏のポリバケツに、猫の皮が捨ててあったとか、店の冷蔵庫にネコの頭が並んでいたとか言われていて、マクドナルドには野良猫を捕獲するための専門の部署があるなんていう話も、まことしやかに語られていた。


と、そうはいっても、やはり主流だったのは、ミミズの肉説だったように思う・・・・・・。


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では、そもそもの話、どうしてこのような都市伝説が生まれたのだろうか。


じつはこれについては、いくつかの要因が重なって誕生した可能性が極めて高い。


まず、個人的に一番大きな要因と思っているのが、ハンバーグを作るために使用するひき肉が、一見ミミズっぽいビジュアルをしていることだ。


みなさんもご存じの通り、ひき肉は細長く、生の状態では赤っぽい色合いをしており、見方によってはミミズに似ていなくもない・・・・・・。


また、かつての精肉業界では、隠語としてひき肉のことを「ミミズ」と呼んでいたそうなのだ。


精肉のプロがひき肉のことを「ミミズ」と呼ぶぐらいなのだから、やはり生のひき肉のビジュアルはミミズに似ているのだろう。


もし、精肉業者がひき肉の納品の際に、「はい、ミミズ〇kgね~!」などと言いながら、ひき肉が入ったポリ袋を手渡したりしていたら、事情を知らないアルバイト店員は、その様子を見て、きっと仰天したに違いない・・・・・・。


しかし、そうはいっても、「そんな訳ないだろう!」と冗談だと思う人が大半だと思う。


では、当時はどうしてそこまで、ミミズバーガーの存在を信じて疑わない人が多かったのだろう。


じつはあの当時は、食用ミミズの養殖が話題になった時代でもあった。


海外では食用ミミズを食べる習慣がある国もあり、フランスでは高級食材とも言われていた。


そのような習慣のない日本では、衝撃のエピソードとしてテレビで紹介され、人々の記憶の中に強烈な印象を残していた。


そんな時代背景もあって、ミミズバーガーの都市伝説は、あの時代だからこそ、定着して行ったのだと思う・・・・・・。


また、ハンバーガーという食べ物は、牛肉を使っているにも関わらず、とにかく値段が安かった。


あの当時のハンバーガーの価格は、確か180円前後だったと思う。


ハンバーガーの値段だけ見たら、いまと大して変わらないが、牛肉といえば食肉界の王様である。


豚肉や鶏肉などと比べると、価格は格段に高くなるのは言うまでもない。


「ハンバーガーは牛肉を使っているにも関わらず、そんなに値段が安いのは、ちょっとおかしいんじゃないのか?」と考える人も少なくなかったようなのだ。


そこで人々の頭をよぎったのが、あの食用ミミズだったのである。


ちなみに私は子供の頃、牛肉が苦手だったので、ハンバーガーなんて食べたいとも思わなかったし、食べたことも一度もなかった。


だからハンバーガーにミミズが入っていようがいまいが、そんなことははっきり言ってどうでもよかった。


だから友達から、「ミミズバーガーの話を聞いてから、ハンバーガーが食べられなくなった」という話を聞かされても、あまりピンと来なくて、「へ~、そうなんだ~」と気のない返事しか出来なかったものである。


しかし、よく考えてみれば、その友達は、そのことを知らなかったとはいえ、ハンバーガーを「美味い、美味い!」と食べていたのだ。


ということは、「こいつにとって、ミミズって美味い食べ物ってことになるんじゃないのか?」と、私は頭の片隅で薄っすらと考えていたのだった・・・・・・。


(画像上、白、桃、赤と花色が移ろっていくハコネウツギの花・・・・・・。画像下、ブラシノキの花は、瓶を洗うブラシのような形をしている・・・・・・)



2024年4月 5日 (金)

気付かれていなかったおなら

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私は仕事で机に向かっていると、ふとおならがしたくなることがよくある。


どうも1つのことに集中していると、不意におならがしたくなる、困った体質のようだ。


周りに誰もいないのなら、何の気兼ねもなく、一発派手にぶちかましてやるところだが、近くに誰かがいたりすると、さすがにそうもいかない。


この日、部屋には私以外にもう一人、里帆さん(仮名)がいるだけで、他には誰もいなかった・・・・・・。


里帆さん(仮名)は私の正面の席に座っていて、机に突っ伏すような姿勢で仕事をしていた。


どうでもいいが、こんな姿勢で机に向かっていたら、学生時代だったら、まず間違いなく先生に、「目が近~いっ!」と即座に指摘され、おでこをグイッと持ち上げられて、無理矢理姿勢を矯正させられているところである。


そんなことを考えていたら、私は里帆さん(仮名)の姿勢がなんだかとても滑稽に見えて来て、思わず「プッ!」と吹き出してしまいそうになった。


しかし、里帆さん(仮名)は真剣に仕事をしているのだから、笑ったりしたらさすがに悪いと思い、私は吹き出すことはなんとか必死に堪えた・・・・・・。


しかし、うかつなことに、その時に下腹に力が入ってしまい、堪えていたおならが、中途半端に甲高い音で、「プ~~ゥ!」と出てしまった。


幸いなことにそれほど大きな音はしなかったのだが、部屋には私と里帆さん(仮名)以外、誰もいなかったので、シーンと静まり返った部屋に、私の放屁の音だけがバカみたいに鳴り響いていた。


だからきっと里帆さん(仮名)も、先程の「プ~~ゥ!」という間抜けな音には、どう考えても気付いているはずである・・・・・・。


そう思って、恐る恐る里帆さん(仮名)の顔を覗き込むと、何と信じられないことに、彼女は先程と全く同じ姿勢のまま、仕事に集中している様子だった。


「もしかして私のおならには気付いていないんじゃないか?」という気もしたが、普通に考えたら、こんなに静まり返った部屋で、さすがにそれはあり得ないだろう。


もしかしたら里帆さん(仮名)は、私に気を使って、おならのことについては、触れないでいてくれているのかもしれない。


それならそれで、私も知らんぷりをしておくのがいいのかもしれない・・・・・・。


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しかし、机に突っ伏したような姿勢で、黙々と仕事を続けている里帆さん(仮名)の姿を見ていると、なんだか本当に私のおならには、気付いていないんじゃないかとさえ思えて来る。


そんなことを考えていたら、私は事の真相がどちらなのか、無性に知りたくなって来た。


そこで私は思い切って里帆さん(仮名)に、「さっき、おならが出ちゃったんだけど気付いた?」とストレートに聞いてみた。


すると里帆さん(仮名)は、突然私に話しかけられて驚いた様子で、「えっ、なんですか⁉」と、机に突っ伏したような姿勢から、急に顔を上げた・・・・・・。


そして、「あれ?いまなんか言いました?」と寝ぼけたようなことを聞いて来た。


「(もしかして寝てたんじゃないよね?)」という、若干の疑念を抱きつつ、私は先程の質問をもう一度繰り返した。


すると里帆さん(仮名)は、「えっ、おならですか?全然気付きませんでしたけど?」と言うではないか。


もしそれが事実だとするなら、私は黙っていれば気付かれなかったことを、わざわざ里帆さん(仮名)に自己申告をして、恥をかいただけということになる。


しかし、里帆さん(仮名)は、「気付かなかった」と言っているが、先程のおならはそこそこ音もしたし、静かな部屋の空気をまあまあ振動させていたと思うのだ・・・・・・。


そこでそのことを里帆さん(仮名)に告げると、「わたし、集中してると、周りの音が聞こえなくなる方なんです。だから話しかけられていても、気付かないこともあるんですよ」というではないか。


また、里帆さん(仮名)はちょっと気になることも言っていた。


「あ、でも、おならは気付きませんでしたけど、なんか美味しそうな匂いが漂って来るな~とは思ってました」


え、美味しそうな匂い?


私はあの時、自分のおならのことで頭がいっぱいだったせいか、そんな匂いには全く気付いていなかった。


いったいどんな匂いだったのだろう。


気になって里帆さん(仮名)に、そのことを尋ねてみると、「えっと、ホワイトシチューみたいな匂いでしたよ」というではないか。


この部屋には私と里帆さん(仮名)しかいないし、誰も料理なんてしていない。


ということは、そのホワイトシチューの匂いは、外から漂って来ていたとしか考えられない。


しかし、あのとき部屋の窓やドアは全て閉まっていたし、誰も部屋に出入りしたりはしていなかった。


ということは、里帆さん(仮名)のいう、「ホワイトシチューの匂い」は、どう考えても、この部屋の中に匂いの発生源があったということになるだろう。


「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」


しばしの沈黙の後、私たちは顔を見合わせながら、ほぼ同時に「おなら?」と言っていた。


たった3文字の言葉なのに、びっくりするほど美しいハーモニーになったことに驚いて、私たちはまたしても顔を見合わせて、馬鹿みたいに笑い出すことになったのだった・・・・・・。


(画像上、早咲きの横浜緋桜はソメイヨシノが咲く前に見ごろを迎える・・・・・・。画像下、ノジスミレは花付きがいい株が多い・・・・・・)


2024年3月18日 (月)

修学旅行の木刀

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▲これは私が小学校の修学旅行で、日光に行った時に買って来た木刀。買ったはいいものの、これといった使い道もなく、部屋の片隅でほこりだらけになっていたものを引っ張り出して来て撮影した・・・・・・。

昭和の頃は有名な観光地に行くと、なぜか必ずと言っていいほど木刀が売られていた。


その土地にゆかりのある武士や、歴史上の人物がいたというのなら話は分かるが、なぜここに木刀が置いてあるのか、理解に苦しむような場所でも、当たり前のように売られていた。


子供の頃はべつに気にもしていなかったが、いまこうして考えてみると、なんだかおかしな話である・・・・・・。


私が初めて木刀の存在を知ったのは、小学生の頃に修学旅行で日光に行った時だった。


土産物屋が立ち並ぶような場所では、どの店へ入っても、木刀は店先の一番目に付く場所に、大量に立てて置かれていた。


いまになって冷静に考えてみれば、「木刀なんて買ったところで、いったい何に使うんだよ」と思うのだが、当時はクラスの男子はほぼ全員が、真っ先に木刀を買っていた。


大馬鹿者とは正にこのことである・・・・・・。


一方、女子は誰一人として木刀などには興味はない様子で、店の奥に置かれているキーホルダーや、小さな置物を手に取って眺めていた。


キーホルダーや置物は、小さくてかさばらず、ある程度数を買っても、小さな紙袋1つに収まる。


正にお土産には最適で、誰が見ても賢明な選択といえよう・・・・・・。


それに引き換え、男子が買った木刀は、かさばるとかかさばらない以前の問題で、持ち運ぶには雨上がりの傘のように、片手で持って歩くしか、方法がなかった。


しかも、男子小学生にそんなものを持たせたら、絶対に振り回したり、チャンバラごっこを始めるやつが現れるだろう。


これについては雨上がりの傘で、とっくの昔に証明済みである・・・・・・。


そして学校側もそれは事前に予想していたらしく、木刀は買って間もなくして、それぞれに名札を付けられて、担任に没収され、荷物として配送されることとなった。


その手際の良さから考えて、学校側は男子生徒のほぼ全員が木刀を買うことは、事前に予想していたということだろう。


ということは、修学旅行の時に男子が木刀を買うのは、もはや我が校の伝統になっていたということなのだろうか・・・・・・。


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▲数十年の時が経過して、文字は薄くなってしまっていたが、木刀にはしっかりと「日光山」と記されていた・・・・・・。

後で聞いた話だが、木刀は他のクラスの男子も、大半の生徒が買っていたらしく、学校に木刀が届いた時には、クラスごとに束ねられて、運ばれて来ていた。


その様子はまるで、店のバックヤードに納品されて来た、何かの商品のようだった。


それにしても、これが他校でも同様だったとしたら、昭和の観光地の土産物は、木刀だけで相当な売り上げになっていたに違いない・・・・・・。


そしてその後、木刀は事前に取り付けてあった名札をもとに、個々に配られることになるのだが、修学旅行先では、あんなに欲しかった木刀なのに、学校に帰って来た途端に、その熱はまるで潮がサーっと引いて行くように、急速に冷めて行っていた。


そして、自分の名札の付いた木刀が手元に届いた頃には、「なんでこんなものが欲しかったんだろう?」と、誰もが疑問に感じていたものである。


そしてその後、木刀はそれぞれの家へ持ち帰ることになるのだが、自宅ではこれといって使い道もなく、部屋の片隅に立てかけられたり、傘立てに入れられたりして、そのまま部屋の風景に溶け込んで、その存在はじょじょに忘れ去られて行くことになるのである・・・・・・。


ところで、ある日、友達の家へ遊びに行った時、部屋に見覚えのある木刀が3本も置いてあるのを発見し、たいへん驚いたことがあった。


私はそれを見て、彼が性懲りもなく、旅行に行くたびに、木刀を買って来ているのかと思い、「こいつは学習能力がないのか?」と疑ったのだが、話を聞いてみると、どうやらそうではなかったらしい。


じつは3本のうちの2本は、彼の2人の兄のもので、やはり小学校の修学旅行の時に買って来たものだという。


その話を聞いて、私は思わず「え?」と絶句した。


ということは、彼は過去に兄の失敗を2度も目撃して来ていたことになる訳だ。


そこでちょっと確認だが、木刀が家に来てから、何か役に立ったことはあるだろうか?


また、2人の兄が木刀を何かに利用しているのを、見たことがあるだろうか?


もしかして、木刀は家にやって来た当日に、部屋の片隅に追いやられ、そのまま埃だらけになって行ったのではないのか?


そしてその様子を2回も目撃していたにも関わらず、なんで彼は木刀を買おうとしているクラスメートを止めなかったのか?


いや、それ以前に、「なんでお前まで木刀を買ってんだよ」という話である。


そのことを彼に問い質すと、「そうなんだよなぁ。それは木刀を持って帰って来た日に、母ちゃんにも言われたよ」という。


続けて彼は、「頭では分かってたんだよ。でもさぁ、土産物屋に入って、木刀を見た途端に欲しくてたまらなくなったんだよ。家にあるのは、兄ちゃんのだし・・・」というのだ。


そして彼の母親は、兄弟そろって、3回も木刀を買って来たのを目の当たりにして、呆れてものも言えない様子だったという。


そして、たったひと言、「きっと、土産物屋には魔物がいるに違いない」とポツリと呟いたそうである・・・・・・。


2024年2月 5日 (月)

プールの腰洗い槽

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私が学生の頃、学校で水泳の授業がある時は、まず冷水のシャワーを浴びて、その後に「腰洗い槽」に浸かってから、プールに入るよう指導されていた。


ちなみに「腰洗い槽」とは、入り口と出口にそれぞれ階段が付いていて、中央がまるで浴槽を地面に埋めてあるように窪んでいる設備だった。


そして「腰洗い槽」の中には、塩素消毒剤入りの水が張られていて、ここに浸かることで、身体の殺菌が行われるとのことだった・・・・・・。


生徒たちはまず、入り口から階段で下りて行き、「腰洗い槽」に浸かるのだが、この時に両手を頭の上に乗せておくように指導されていた。


なぜかというと、「腰洗い槽」の塩素濃度は、プールの塩素濃度よりも高く設定されていたからだ。


このため、「腰洗い槽」の水に浸かった手で、自分の目を触ってしまうと、濃度の高い塩素が目に入ってしまう危険性があったのだ。


ちなみにプールの塩素濃度は0.4ppm~1.0ppm。


それに対して「腰洗い槽」の塩素濃度は50ppm~100ppmに設定されていた。


両手を頭の上に乗せておく理由については、先生から事前に説明されていたと思うのだが、小学生の頃は「腰洗い槽」に浸かる時は、まるでみんなで風呂に入っているような気分でテンションが高く、誰もが「キャー、キャー!」とはしゃいでいたので、そんな話は誰も聞いていなかったと思う・・・・・・。


で、両手を頭の上に乗せて、「腰洗い槽」に浸かってからは、その場で10秒間立ち止まっていなくてはならなかった。


そしてその間は、「い~ち、に~い、さ~ん、し~い、ご~お、ろ~く・・・」とみんなでカウントしていた記憶がある。


そしてその様子はまるで、本当に家で風呂に浸かっている時のようだった。


「どうせなら、ちょうどいい湯加減にしてくれればいいのに」と思っていたのは、きっと私だけではあるまい。


で、この「腰洗い槽」に入る目的なのだが、確か「腰から下を殺菌するため」と説明されていたように思う。


当時はプールに入るための流れ作業ぐらいにしか思っていなかったが、いま考えると、なんだか「風呂に入っていない人」みたいで失礼な話である・・・・・・。


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そんな「腰洗い槽」なのだが、最近は初めから設置されていないプールも増えているそうで、過去に「腰洗い槽」を使用していたプールでも、現在はもう使っていない所も少なくないそうだ。


で、その理由については、いくつかあるようだが、「腰洗い槽」が有効かどうかを確認するために行った実験では、大腸菌を付着させた水着を、「腰洗い槽」に5分間浸した場合と、水道の水で30秒間洗い流した場合で比較したところ、除菌率はほとんど変わっていなかったそうなのだ。


つまり10秒間、「腰洗い槽」に浸かったぐらいでは、なんの意味もなかったということになる。


ただ単に高濃度の塩素に浸からされ、目を危険にさらしていただけだったのである。


いまとなっては、もうどうでもいい話だが、なぜ「腰洗い槽」を設置する前に、その実験をやらなかったのだろう。


そんな話を聞かされるたびに、「われわれ昭和世代って、いろいろな場面で、何かと実験台にされて来たよなぁ」とつくづく思う・・・・・・。


プールの濾過、浄化設備の性能が向上したこともあり、現在では「腰洗い槽」の使用は、各学校の判断に任されているようだ。


そんな訳で、「腰洗い槽」を使っていない学校では、「腰洗い槽」はプールの脇にある謎の窪みと化しているのである。


撤去出来るような設備ではないので、仕方ないといえば仕方ないのだが、そのうち「腰洗い槽」にまつわる都市伝説が生まれそうな気がしてならない・・・・・・。


使われなくなった設備といえば、プールの授業の後に、目を洗うために設置されていた専用の蛇口も今はもうないそうだ。


こちらは「腰洗い槽」と違って、簡単に取り外せるので、今はもう撤去されてしまっている施設が多いようだ。


見たことのない人のために簡単に説明すると、上向きにU字状になっている蛇口があって、U字の先端の2ヵ所から、「ピューーーッ!」と水が出るようになっていた。


これがちょうど両目の幅と同じになっていて、洗眼用として利用されていたのだ。


昔は眼病予防のために、プールの後には必ず目を洗うよう指導されていたので、どこのプールにも必ず設置されている設備だった。


ところがその後の研究で、プールの後の洗顔は、目の表面にある粘膜を保護しているムチンを減らし、角膜の上皮バリア機能を破壊してしまう恐れがあることが分かったのだという。


また、当時は洗眼用の蛇口からは、けっこうな勢いで水が「ビュー、ビュー」出ていたのだが、この水圧もムチンがはがれやすくなる原因になるのだそうだ。


当時はプールの後はしっかりと目を洗うように言われていたので、その水圧を感じながら、ガンガン目を洗っていたものだ。


これでは眼病予防どころか、自ら率先して目を傷めつけていたことになるだろう。


「腰洗い槽」のところでも書いたように、「われわれ昭和世代って、いろいろな場面で、何かと実験台にされて来たよなぁ・・・」とつくづく思う、今日この頃である・・・・・・。


(画像上、毎年、2月に入ると咲き出すマンサクの花・・・・・・。画像下、落ち葉の下からフキノトウが顔を出した・・・・・・)


2023年12月25日 (月)

プールのにおいと目が赤くなる原因

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季節を感じる香りというのがある。


例えばプールのにおいを嗅ぐと、多くの人は「夏が来たんだな~!」と感じると思う。


恐らくこれは、小学生の頃のプールの授業が記憶に刻まれているからだろう。


ところでこの「プールのにおい」って、いったいなんのにおいかご存じだろうか。


多くのかたはプールのにおいのことを、「塩素の臭い」だと思っているのではないだろうか。


私も子供の頃に、プールのにおいは塩素の臭いだと、大人から教わった記憶がある。


ところが、プールの水の塩素濃度は、1mg/L以下なのだそうだ。


これは水道の水と同程度とのことなので、当然においなどする訳がない。


では、あのプールの独特なにおいは、いったいなんのにおいなのだろう。


結論から先に書いてしまうと、プールの水を消毒するために入れられている塩素が、人のおしっこの中に含まれるアンモニアと反応することで、クロラミンという化合物を発生させる。


このクロラミンのにおいが、私たちが「プールのにおい」とか「塩素臭い」と表現する、あのにおいになっているのだ。


つまり何を言いたいのかというと、「人はプールの中でおしっこを垂れ流している」ということである。


それも1人2人ではなく、多くの人がおしっこをしているからこそ、クロラミンが生成され、施設の外まで、いわゆる「プールのにおい」が漂って来るのだ。


オリンピックで史上最多の金メダル23個を獲得したマイケル・フェルプスも、「プールでおしっこはみんなしていると思う」と語っている。


競泳選手は息継ぎの時に、口に入った水を勢いよく吹き出しながら泳いでいる。


テレビではそんなシーンがスローで再生されていて、子供の頃は、「かっこいいなぁ」なんて思いながら見ていたものだ。


しかし、おしっこの件を知ってしまうと、「なんだかきたねえなぁ・・・」と思ってしまう。


また、小学生の頃は、「プールの水を飲んじゃった」なんて言いながら、馬鹿みたいに笑っているやつがいたが、いま思えば彼は、プールの水で希釈された、全校生徒の小便をごくごくと摂取していたことになる訳だ。


いまさらではあるが、彼がこのエッセイを読んでいないことを祈りたい・・・・・・。


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ところでプールに入ると、ほとんどの人は程度の差こそあれ、目が赤くなると思う。


じつはこれも塩素とおしっこが反応して生成される、クロラミンが関係しているのだという。


クロラミンには刺激性があるため、それが目に入ることで、目が赤くなる原因になるというのだ。


さらに人によっては、目が赤くなるだけではなく、鼻水や咳が止まらなくなることもあるのだそうだ。


そういえば小学生の頃、プールの授業の後に、鼻水を垂らしたり、せき込んでいたりするやつがいた気がする。


「プールに入って身体が冷えたからだろう」とか、「プールの水を飲んでしまったからだろう」なんて言われていたが、実際のところはクロラミンが関係していたのかもしれない。


ところでこのクロラミンという物質だが、大量に集めて油に溶かして衝撃を与えると、爆発するぐらいの物質なのだそうだ。


もちろんこれは例えばの話で、わざわざそんな面倒なことをする人間はいないのだが、そんな物質だからこそ、ごく少量でも目に触れたりすると、角膜を傷つけてしまうことになるという訳だ。


そして目が受けたダメージを修復しようとして、血流をアップさせるため、目が赤く充血するという仕組みだ。


ナショナルスイミングプール財団(NSPF)のCEOは、「スイマーの目の色は、どのくらいの人が、プールでおしっこをしているか知るための指標となるものなのです」と語っている。


小学生の頃なんて、プールの授業の後は、まるで一晩中泣き腫らしたような目で、一日を過ごしている者もいた。


「どのぐらいの人がおしっこをしているか」って、あの目の状態を見れば、そりゃあもう、ほぼ全員だったのではないだろうか・・・・・・。


(画像上、スミレはしばしば冬にも開花する・・・・・・。画像下、ツチイナゴは成虫で越冬するバッタだ・・・・・・)


2023年8月10日 (木)

修学旅行と茶碗蒸し

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私は中学生になるまで、一般的な茶碗蒸しがどのようなものであるか、一度も見たことがなかった。


そうは言っても、茶碗蒸しという食べ物自体を知らなかったという訳ではない。


さすがにそこまで世間知らずではない。


あくまでも世の中の多くの人が想像するであろう、「茶碗蒸し」を知らなかったという意味である・・・・・・。


というのも、我が家の茶碗蒸しは、それ単独でご飯のおかずになるように、とても具沢山に作られていたからだ。


一般的な茶碗蒸しなら、上から箸を刺し込めば、なんの抵抗もなく、箸がスーッと入って行き、あっという間に箸の先端が容器の底に到達すると思う。


ところがうちの茶碗蒸しは具材が容器の中にこれでもかというくらい、びっしりと詰め込まれていたため、上から順番に食べ進めて行かないと、箸がつかえて中へ入って行かないほどだった。


で、何をそんなに詰め込んでいたのかというと、基本は下から鶏肉、しいたけ、たけのこ、紅白のかまぼこの順だった。


これだけでも、具材はすでに上からはみ出しているほどだったが、これに加えて季節ごとにいくつかの具材を入れていたように思う。


さらに普通は茶碗蒸しを作る場合、茶碗蒸し専用の容器を使うと思うのだが、うちではそれにプラスして、どんぶりでも茶碗蒸しを作っていた。


うちでは茶碗蒸しを作ると、他におかずや汁物はいっさい何も作らなかったので、茶碗蒸しだけでご飯が食べられるように、量をたくさん作っていたのだ。


で、そんなこともあって、子供の頃の私の茶碗蒸しのイメージは、前述の「家で作ってもらう、具沢山の茶碗蒸し」だったのである。


だから当時の私は、「これこそが正に茶碗蒸しという食べ物なんだ」と、信じて疑わなかったのである。


家で出されるカレーやハンバーグを見て、「本当のカレーやハンバーグは、いったいどのようなものなんだろう?」なんて考えるやつはいないだろう。


それと同じことである・・・・・・。


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で、冒頭にも書いた通り、私が一般的に知られている茶碗蒸しのイメージを知ったのは中学生の時だった。


そしてそのきっかけは、中学2年の時に行った修学旅行だった。


私は中学の修学旅行は京都、奈良に行ったのだが、この時に食事のたびに、しつこいぐらいに出て来たのが茶碗蒸しだったのである。


ところが私は、それが自分の知っている茶碗蒸しとあまりにかけ離れていたため、隣に座った友達に、「これなに?」と思わず聞いてしまっていた。


いま思えば、あれが私の「真の茶碗蒸し」との出会いだったように思う。


その「真の茶碗蒸し」を食べて、まず口を突いて出た言葉は、「なんだこりゃ」だったと記憶している・・・・・・。


で、何がそう思わせたのかというと、まず「真の茶碗蒸し」には、ほとんど具材が入っていなかったのだ。


「真の茶碗蒸し」に入っていた具材といえば、表面に三つ葉と銀杏が1個飾り付けられていて、中身の方には薄くスライスされたキノコが数枚と、底の方にまたしても銀杏が2~3個入っているぐらいだったと思う。


早い話が容器の中身はスッカスカだったのである。


そしてそれはあふれんばかりの具材が詰め込まれている我が家の茶碗蒸しとは全く別の食べ物だった。


だから私は「真の茶碗蒸し」を食べ進めながら、口には出さなかったが、「これじゃあ、失敗したプリンを食べてるようなものだなぁ」と思っていた。


さらに言うなら、プリンは全体的に固まっているから、食べ物として成立しているが、「真の茶碗蒸し」の内部は、ほぼ汁物といってよく、個人的には、それなら「かきたま汁」としてお椀で出して欲しかったところである。


しかも、「真の茶碗蒸し」のスープは、「ものすごく薄味の出汁」という印象で、まるで医者から塩分を控えるように言われている人の療養食のようだった。


今だったら、また違った味わい方が出来るのだろうが、食べ盛りの中学生が、そんなあっさりとした、病院食のような味付けの食べ物で満足できる訳がなく、うす味の茶碗蒸しをすすりながら、「ああ~、カレー食いてえ・・・」と呟いている者が少なからずいたものである。


さらにどういう訳か知らないが、京都、奈良の修学旅行では、どこへ行っても、食事にはこの薄味の茶碗蒸しが、まるで嫌がらせのように毎回必ず付いて来た。


しかも、場所が変わっても、具材の内容や味付けは、まるで示し合わせたかのように、ほとんどいっしょで、みんなで顔を見合わせながら、「またか~・・・」と思っていたのを、今でもはっきりと覚えている・・・・・・。


(画像上、夏の青空がよく似合うカノコユリの花。画像下、明るい雑木林でアカボシゴマダラに出会った・・・・・・)



2023年6月29日 (木)

定番なのに現実には使わないセリフ

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人は恐怖に直面すると、「キャ~~~~~!」と悲鳴を上げるイメージがある。


例えば暗い夜道を若い女性が1人で歩いている時、後ろから何者かが一定の距離をキープしながらつけて来るシーン。


恐怖に耐えられなくなって女性が走り出すと、それを追って相手も走り出す。


そして女性が転んで後ろを振り返ると、そこには刃物を振りかざし、いまにも襲い掛かろうとしている男の姿が・・・・・・。


また、夜中に身体に異変を感じて目覚めると、金縛りにあって身動きがとれなくなっていることに気付く。


とりあえず、目は動かせるので、部屋の中をぐるりと見回すと、床の上をゆっくりと這いながら、こちらへ向かって近付いて来る、白装束の髪の長い女の姿が。


なんとかこの場から逃げ出そうと、手足をバタつかせ、身体を必死に動かそうとするが、自分の意思に反して身体が全く動かない。


「もうダメだ。夢であってくれ!」と祈りながらギュッと目を閉じると、こちらの予想に反して何も起きる気配がない。


そこでゆっくりと目を開くと、自分の顔をじっと覗き込む、青白い女の幽霊の顔が目の前に現れるのだ。


そして、このようなシーンでは、どちらもクライマックスは女性の「キャ~~~~~!」という叫び声で締めくくられることが多い・・・・・・。


しかし、ちょっと待って欲しい。


冷静に考えてみると、これってどこか不自然に感じないだろうか。


もし、自分がそのような状況に追い込まれたとして、あなたははたして、「キャ~~~~~!」などという叫び声を上げたりするだろうか。


「そんなこと、そうなってみなけりゃ分からないよ」と思われるかもしれない・・・・・・。


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それでは質問を変えよう。


そのような絶体絶命のピンチにあなたは、「キャ~~~~~!」などという叫び声を上げる自信があるだろうか。


人間というのは真の恐怖に直面した場合、声は出せないものである。


仮に出せたとしても、それは「ヒッ・・・!」とか「ハッ・・・!」という、息を呑む瞬間に思わず出てしまった声なのではないだろうか。


では、あの「キャ~~~~~!」はいったいなんなのかというと、「恐怖を演出するためのセリフである」としか言いようがない。


きっとこれは、ドラマやアニメ、漫画の世界から生まれた手法だったのではないかと私は思う・・・・・・。


現実にドラマやアニメ、漫画の世界では、ちょっと驚いたぐらいの場面でも、「キャ~~~~~!」が使われているのだが、現実の世界ではそんな大げさな驚き方をする人は見たことがない。


それに意識的に「キャ~~~~~!」を使ってみようと思っても、実際に自分が言うとなると、周りの目が気になって、これがかなり恥ずかしい。


そしてそんな大声を出すこと自体、かなり勇気がいるということに気付かされるはずだ。


だからもし、自分が絶体絶命のピンチに陥ったとしても、「キャ~~~~~!」と悲鳴を上げれば、きっと誰かが助けに来てくれるなんて思わない方がいい。


「あっちにへんなやつがいるから近づかない方がいい」と思われるのがオチである。


あれはあくまでも、恐怖を演出するためのセリフなのである。


そこにリアリティは微塵もないのだ・・・・・・。


そしてこのようなセリフは、「キャ~~~~~!」だけではない。


じつは探して見るとけっこうあるものなのだ。


例えばちょっと色っぽい場面で使われることの多い、「いや~ん」などがそうである。


例えばギャグマンガでは、ヒロインの女の子が何かの拍子に転倒して、パンツが丸見えになってしまい、スカートを押さえながら、「いや~ん」などと言ったりする。


また、ドラマではハゲたじじいが、キャバクラで店の女の子に、「〇〇ちゃん、おっぱい大きいねぇ」などと、胸を凝視しながら話しかけ、〇〇ちゃんがその大きな胸を手で隠しながら、「いや~ん」と返したりするのが定番である。


しかし、現実には「いや~ん」なんてセリフを吐く女の子はまずいないだろう。


また、「いや~ん」に続くセリフに、「ばか~ん」もあるが、これを続けて口に出してみると非常にバカっぽい。


もしそんなことを口走ってしまったら、「自分は大バカ者です」と言っているようなものである。


ドラマやアニメ、漫画の世界では、ごくごく日常的に使われているセリフだから、それが現実なのだろうと勝手に勘違いをして、うっかり使ってしまったりすると大変なことになるので注意が必要である・・・・・・。


(画像上、林床にギンリョウソウが現れた。画像下、斜面への転倒防止に植えられているアジサイが見ごろになった・・・・・・)


2023年5月18日 (木)

弁当箱のフタ

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私は子供の頃から、「蓋にこびり付いているもの」が妙に好きだった。


例えば駅弁の内蓋にこびり付いている、ご飯粒などがそうである。


常識的に考えて、駅弁の内蓋にこびり付いているご飯粒は、駅弁の容器に詰められているご飯と全く同じもののはずだ。


ところがどういう訳か、私には内蓋にこびり付いているご飯粒の方が、駅弁の容器に詰められているご飯よりも、数倍美味い気がするのだ。


特に容器に経木が使われている弁当箱のご飯は絶品である。


本来なら「美味いものは最後に食え!」の格言に従って、蓋にこびり付いたご飯粒は、一番最後に一粒ずつ丁寧に味わいたいのだが、そうすると水分が飛んで味が落ちてしまうため、やむを得ず一番最初に味わうことにしている。


しかし、そうはいっても、駅弁の内蓋にくっ付いているご飯粒などたかが知れている。


出来ることなら、他人の買った弁当箱の内蓋も譲り受け、こびり付いたご飯粒を、ありがたくいただきたいぐらいである。


しかし、よほど親しい間柄でもない限りそれは無理で、いつももどかしい思いをしている・・・・・・。


弁当といえば駅弁ばかりではない。


当時、私の住む横浜市では、中学からは給食ではなく、弁当持参だったので、毎朝家から弁当箱を持って通学していた。


そしてこの弁当箱の蓋にも、ご飯粒をはじめ、じつに様々なものがこびり付いていたのである。


ご飯粒といっしょにこびり付いている可能性の高いものに「ふりかけ」があった。


ふりかけの中でも、特に「のり玉」は高確率で蓋に貼り付いていることが多く、蓋にこびり付いたご飯粒を1粒ずつ口へ運びながら、「今日はのり玉つきだぜ、ヘッ、へッ、へッ・・・」などと、周りに気付かれぬよう、弁当箱の蓋で自らの顔を覆い隠しながら、1人ほくそ笑んでいたものである・・・・・・。


また、たまにサプライズで、海苔弁の海苔がベロンと剥がれて、蓋の方に全部くっ付いていてしまっていることがあった。


しかし、ここまで来てしまうと、こびり付いているというよりは、どう見ても「思いがけず剥がれてしまった」ものである。


だからこのような場合は、蓋から丁寧に剥がして、本来あるべきご飯の上へ戻し、普通に海苔弁として食べた方が美味いに決まっている。


蓋にくっ付いていれば、なんでもかんでも美味くなるという訳ではないのである・・・・・・。


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弁当でこびり付くのは、ご飯のエリアばかりではない。


おかずのエリアにもぜひ注目して欲しい。


おかずのエリアで蓋にこびり付いていることが多いのはミートボールの餡である。


不思議なものでミートボールの餡というのは、ミートボール本体に絡んでいる状態よりも、このように弁当箱の蓋にこびり付いているものの方が、普通に食べるよりも格段に美味い。


そのことをたった一言で表現するのは非常に難しいのだが、ものすごく簡単に言うなら、「コクが増しに増している」のである。


だからミートボールの餡が弁当箱の蓋に付着している時は、ご飯のエリアからこびり付いたご飯をかき集めて来て、おかずエリアのミートボールの餡に合流させて食べると最強である。


あまりの美味さに、満面の笑みを浮かべながら涙を流しそうになる自分がいる。


しかし、さすがに学校の教室でそれをやったら、自分の未来は閉ざされると思い、必死になって堪えたのはもはや言うまでもない・・・・・・。


ハンバーグにかけられたソースも、弁当箱の蓋に付着すると魔法のソースへと変貌する。


ただし、これについては、レトルトのハンバーグよりも、手作りのハンバーグの方がおすすめである。


手作りのハンバーグにかけられたソースが弁当箱の蓋に付着すると、それはもはやソースではなく、ハンバーグの味がすると言っても過言ではない。


しかも、ハンバーグそのものを食べるよりも、蓋に付着したソースの方が、どういう訳かうま味がはるかに増しているのである。


ミートボールの餡の時は、満面の笑みを浮かべながら、涙を流しそうになったが、手作りハンバーグのソースになると、こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえながら、エクスタシーを迎えそうになる。


ソースを絡めたご飯粒を1粒ずつ口に運びながら、思わず「んあっっ!」などと、歓喜の声上げてしまいそうになるので注意が必要である・・・・・・。


このように弁当箱の蓋というのは決して侮ってはいけない。


下手をしたら弁当というのは、彩りよくきれいに詰められている弁当本体よりも、それを守っているだけの存在と思われている蓋の方が、メインイベンターなのかもしれない。


少なくとも私にとってはそうである・・・・・・。


(画像上、上品な桃色の花をびっしりと付けるタニウツギ。画像下、越冬したクビキリギスが活動を開始した。5月は産卵シーズンになる・・・・・・)

2023年4月30日 (日)

写ルンです

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▲「写ルンです」人気にあやかって、こんなお菓子まで発売になっていた。こうして見ると、本物の「写ルンです」と同じくらいの大きさに見えるが、じつは手の平ですっぽり包み込めるぐらいの大きさである。ちなみに「食べルンです」は1990年に発売されている・・・・・・。

使い捨てカメラの「写ルンです」が、富士フイルムから発売になったのは、1986(昭和61)年7月1日のことだった。


ちなみにこの「写ルンです」、当時は通称で「使い捨てカメラ」と呼ばれることが多かったのだが、正確には「レンズ付きフイルム」というのが正しい呼び名だ。


しかし、「レンズ付きフイルム」などというと、逆に違和感を感じるという人も少なくないと思う。


じつはこれを「使い捨てカメラ」と呼んでしまうと、法的には「個人の所有物」ということになってしまい、それではちょっと都合の悪いことになって来るのだ。


「写ルンです」は現像のために店が回収して、ばらしてしまうため、カメラとしては持ち主には返さないことになる。


ここに法的な問題が発生して来ることになる訳だ。


まぁ、いわゆる「大人の事情」というやつだ。


だからあくまでも、「レンズ付きフイルム」なのである・・・・・・。


で、当時はこの「レンズ付きフイルム」を発売していたのは富士フイルムだけではなかった。


フイルムメーカーのコダックからは「スナップキッズ」、コニカからは「撮りっきりコニカ」などが発売になっていた。


当時はどこのメーカーも、しきりにCMを流していたので、覚えているかたも少なくないと思う。


このように類似品が各社から発売になっていたことからも分かる通り、当時「レンズ付きフイルム」は生活必需品と言っても過言ではなく、様々なお店に置かれ売られていた・・・・・・。


当時、女子中高生は、学生カバンの中に必ずと言っていいほど、「写ルンです」を忍ばせていて、学校の教室や廊下で、ことあるごとに友達と写真を撮っていた。


友達にシャッターを切ってもらっていることもあったが、それだと全員が揃って写らないので、カメラのレンズを自分側に向けて、強引に撮影をしていることもあった。


「そんなんでちゃんと写るのかよ」と思っていたものだが、意外なことに後でプリントした写真を見せてもらうと、全員ちゃんとフレームに収まっていて驚いたものである。


いま思えば、これが自撮り写真の始まりだったような気がする。


携帯電話やデジタルカメラがまだなかった時代から、自撮り写真がすでに存在していたということに、今更ながら気付かされることとなった・・・・・・。


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▲「食べルンです」のパッケージ裏面。出て来たラムネの色で、明日の占いが出来るようになっていた。なぜ、今日ではなくて、明日の占いなのか、疑問に感じるところではある・・・・・・。

ところで、当時男子たちは、観光地でもない学校の教室や廊下で、毎日会っている友達と、そんなにたくさん写真を撮って、いったい何が楽しいのかと、いつも疑問に思っていたものだ。


しかし、いま考えてみると、学校を卒業してしまえば、2度とこの教室へやって来ることなどないのだ。


そして、あのメンバーで毎日会うことが出来たのも、きっとあの時だけだったろう。


当時の彼女たちが、そのことを悟っていたとは到底思えないが、そういう意味では「写ルンです」で撮ったあの写真の数々は、きっと彼女たちの大切な思い出となったに違いない・・・・・・。


どうでもいいが、あの時見せてもらった写真には、彼女たちの背後に、白目をむいた私が絶妙な距離感でひっそり写り込んでいた。


じつはこれ、偶然ではなく必然である。


どうせ写り込むはずがないと思って、「ぬぼーっ」と立っていたのだが、見事な立ち位置にフレーミングされており、彼女たちの思い出の1カットに、一花添えたといっても過言ではないだろう。


あまりにナイスな構図であったため、撮影者と私の共同作業だったのではないかと、一時うわさになったほどである・・・・・・。


ところでこの「写ルンです」、前述のように類似品がいくつか発売されていたにもかかわらず、なぜか元祖である「写ルンです」を使っている者が圧倒的に多かった。


これはやはり、「写ルンです」のネーミングセンスがよかったからではないかと私は思う。


じつは富士フイルムでは、発売前の商品名の候補を公開していて、「写るんです」、「パットリくん」、「チョンパ」、「西麻布」、「フイルマー」、「カメルム」などがあったとしている。


で、結果的にこの中の「写るんです」が採用されることになる訳なのだが、これだけではインパクトが足りないと思ったのか、「写るんです」と「ルンルン気分」を合わせて、「写ルンです」に最終的に決まったのだという。


もはやどうでもいい話だが、発売前の商品名の候補を見ると、「写るんです(写ルンです)」にして大正解だったと思うのは私だけではあるまい。


「パットリくん」なんて「忍者ハットリくん」のパクリだし、「チョンパ」なんて首チョンパを彷彿させ、心霊写真が増殖しそうな予感がする。


さらに「西麻布」なんて意味不明としか言いようがない。


パッケージを開けたら、西麻布の何が入っているというのか・・・・・・。


当時、女子中高生は、気心の知れた友達と、正にルンルン気分で、毎日のように写真を撮っていた。


そしてそのことは、「写ルンです」という商品名に、そっくりそのまま投影されていたことになる訳だ。


「ルンルン気分で写真が撮れちゃうんです」と言われれば、そりゃあ、「写ルンです」にみんな食いつく訳だ。


「写ルンです」のヒットは、正にネーミングセンスの勝利だったといえるだろう・・・・・・。


2023年4月24日 (月)

スネ夫のママに「感心ざます」と言われたい

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ドラマや漫画、アニメの中ではよく聞くセリフなのに、「現実にはそんなことを言っているやつなんて、1人もいないんじゃないか?」と疑問に感じる言葉がいくつかある。


1つ例をあげるなら、「だまらっしゃい!」が正にそうである。


多くの場合、「だまらっしゃい!」は、金持ちの奥様が、自分の子供や、部下、お手伝いさんなどに言い放つことが多い。


同様の意味で、「おだまり!」もよく使われる。


このように、「だまらっしゃい!」や「おだまり!」は、目上の人が、目下の人に対して言うセリフなのである。


しかし、みなさんは今まで誰かに、「だまらっしゃい!」とか「おだまり!」などと、言われた経験がはたしてあるだろうか。


私はこれまで生きて来た中で、そんなことを言われた経験は、今の今まで一度もない。


単に金持ちの知り合いがいないから、そのセリフを聞く機会がなかっただけなのかもしれないが、自分にとってはなんだか、全くリアリティのない言葉なのである。


それにも関わらず、そのセリフをテレビなどで聞かされても、ほとんどの人はなんの違和感も感じないというのはなぜなのだろうか。


それって、なんだかとても不思議な話である・・・・・・。


金持ちの奥様といえば、昭和の頃の漫画には、「~ざます」という言葉もよく出て来た。


その代表は、「ドラえもん」に出て来る、スネ夫のママではないだろうか。


スネ夫のママなんて令和のこの時代になっても、未だに「~ざます」をアニメの中で使っている。


しかし、よくよく考えてみると、「~ざます」なんて言葉は、先程の「おだまり!」や「だまらっしゃい!」以上に、聞く機会が少ない言葉である。


現実の世界はもとより、ドラマや漫画、アニメの世界でも、使っている人はごく少数だ。


ということは、もしかして「~ざます」は、漫画のキャラクター用に作られた言葉なんじゃないだろうか。


もっと言ってしまえば、スネ夫のママのオリジナルなんじゃないか?


そんな疑問が生まれたので、「~ざます」が本当に日本語として存在しているのか、ちょっと国語辞典を引いて調べてみることにした。


するとこちらの予想に反して、「~ざます」は国語辞典に普通に載っていた。


国語辞典によると「~ざます」は、現在の日常語に分かりやすく言い換えるなら、「ございます」とか「~です」になるようだ・・・・・・。


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また、辞書には「ざんすの変化した語」とも書かれている。


では、「ざんす」とはいったいなんのことだろう。


そこでちょっと調べてみると、「ざんす」とは江戸吉原の遊女が使っていた言葉だったらしい。


遊女言葉の特徴として、敬語の終わりに「んす」を付けることがあげられる。


例えば「ありんす」、「くださんす」、「ござんす」などがそうである。


この「ござんす」が時の流れと共に、「ざます」へと変化して行ったということらしい。


このように「~ざます」は、もともと遊女が使っていた言葉ということもあって、当初は艶めかしい、色っぽい言葉という認識だったようだ・・・・・・。


そしてその後、時代の変化と共に、「~ざます」は遊女言葉から、お上品な言葉へと、人々の認識が変化して行くことになる。


そして昭和20年代の半ばごろまでは、「~ざます」は小説や映画の中で「上品なお嬢様言葉」として、しきりに使われていたようなのだ。


ということはやはり、スネ夫のママのオリジナルではなかったのだ。


ただ、この頃の「~ざます」は、お上品な言葉であったので、スネ夫のママが使うような、「上流家庭気取りの嫌味な言葉」とは、ニュアンスが大きく違っていたようだ。


そしてその後、時代が進み、1950年頃から「~ざます」は使う人が激減し、一気に衰退して行ったという・・・・・・。


そして1960~1970年代には、「~ざます」はもう完全に死語になっていたが、そこをあえて使い続ける人たちがいた。


そうすることによって、「自分はインテリである」とか、「上流家庭である」ということを強調し、相手にそのことを認知させようとしていたのだ。


そう、これは正にスネ夫のママそのものである・・・・・・。


そんな「~ざます」という言葉なのだが、私は現実の世界では、使っている人に出会ったことは一度もない。


フィクションの世界だって、前述のスネ夫のママと、「怪物くん」に出て来るドラキュラ伯爵ぐらいのものである。


今となっては「~ざます」なんて言葉は、もはや聞くことはないのだろうが、1回ぐらいは本物の「~ざます」を聞いてみたかったな~と思ったりもする。


もしかしたら、「だまらっしゃい!」や「おだまり!」なら、まだ聞く機会があるのかもしれないが、これらの言葉が使われるのは、どう考えても自分が怒られる時だ。


それを考えると、ちょっと体験してみたいとは言い難い。


しかし、そこをあえて自分から勇気を出して、飛び込んで行くことで、スネ夫のママに「感心ざます」と言ってもらえるのかもしれない・・・・・・。


(画像上、やわらかな若葉色に包まれた里山。画像下、今年はサツキの開花が早かった・・・・・・)


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