カテゴリー「昭和のお菓子」の記事

2026年5月13日 (水)

コアラのマーチとラッコの親子

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▲「コアラのマーチ」といえば、この斬新な形のパッケージだろう。じつはこの形、ユーカリの木をイメージしたデザインなのだそう・・・・・・。

「コアラのマーチ」が発売になったのは、1984(昭和59)年3月で、いまから42年前(2026年現在)のことになる。


一般的にいって、お菓子のライフサイクルは、そのお菓子を食べ始めた子供が成人するまでの20年間といわれている。


それを考えると、「コアラのマーチ」は、かなりのロングセラーといえるだろう・・・・・・。


じつはロッテは、1980年代の初頭に、空洞型のビスケットに、チョコレートを注入する技術を、すでに確立していたのだとか。


ただ、その当時は、どのようなコンセプトの商品にするのかは、まだ決まっていなかった。


そんな折に、オーストラリアからコアラが来日するというニュースが入り、お菓子のモチーフをコアラにすることが決まったのだという・・・・・・。


「コアラのマーチ」といえば、六角形の特徴的なパッケージで有名だが、じつはこの、他では見ない斬新な形は、ユーカリの木をモチーフにしたものといわれている。


そして、「コアラのマーチ」というネーミングについては、「コアラが楽しくマーチングバンドを組んで日本にやって来る」というイメージから名付けられたのだそうだ・・・・・・。


で、そのコアラが実際に日本にやって来たのは、1984(昭和59)年10月25日のことで、多摩動物園、東山動物園、平川動物公園に、合計6頭のコアラが到着し、日本中にコアラブームが巻き起こったのだった。


「コアラのマーチ」が発売になったのは、その8ヶ月も前のことだったので、コアラブームを見越しての発売だったことになる・・・・・・。


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▲ちなみに現在のお菓子のデザインは、「自分の生年月日が入っていたらラッキー」という企画になっている・・・・・・。

じつはロッテでは、同時期に「ラッコの親子」という、コンソメ味のスナック菓子も発売していた。


こちらはあまり売れなかったのか、静かにフェードアウトして行ったのだが、個人的にはパッケージの印象が強烈で、いまでもはっきりと覚えている・・・・・・。


「コアラのマーチ」のパッケージは、デフォルメされたコアラがかわいく描かれているが、「ラッコの親子」の方は、なぜかリアル指向で、お菓子のキャラクターとしてのラッコの親子ではなく、「ザ・動物」のラッコの親子がしっかりと描かれていた。


べつにかわいくないわけではないのだが、「お菓子にリアルな動物ってどうなんだろう?」と、いまになって思ったりしている・・・・・・。


ちなみに中身のお菓子の方は、コアラのマーチを横に細長くしたようなイメージで、子供のラッコを胸に抱いた、親ラッコの姿が描かれていた。


こちらは決して「リアル」ではなかったが、いったい何の動物なのかもよく分からない、謎の生物が描かれていて、当時子供だった私は、若干の薄気味悪さを感じていたのを覚えている。


私が思うに、「ラッコの親子」が生き残れなかったのは、この「謎の生物」が原因だったような気がしている・・・・・・。



2026年3月25日 (水)

アポロ

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▲左側のパッケージは見慣れないと思うが、1966(昭和41)年の発売当初のもの。現在は右側のパッケージデザインになっている・・・・・・。

「アポロ」は1966(昭和41)年8月7日に、明治製菓から発売になった粒チョコレートだ。


きのこの山やたけのこの里と並び、明治を代表するチョコレート菓子で、2026(令和8)年現在で60周年を迎える。


一般的にいって、お菓子のライフサイクルは、そのお菓子を食べ始めた子供が成人するまでの20年間といわれている。


それを考えると、「アポロ」は超がつくほどのロングセラー商品といっても過言ではないだろう・・・・・・。


「アポロ」といえば、円錐形の独特な形をしており、その周りを囲むように、縦にすじ模様が入っている。


じつはこの「アポロ」の形状は、1969(昭和44)年7月21日に、人類初の月面着陸に成功し、同年7月24日に地球へ帰還した、アポロ11号の司令船がモチーフとなっている。


ただし、明治製菓が「アポロ」を商標登録したのは、1966(昭和41)年のことで、当初はギリシャ神話の太陽神、アポロンに由来していたといわれている。


ということは、明治製菓が「アポロ11号の月面着陸ブームにのっかった」ということなのだろう。


じつはお菓子業界では、この「ブームにのっかる」ことは、決して珍しいことではなく、他にもいくつか思い浮かぶものがあるのだが、それらについてはまたいずれということで・・・・・・。


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▲幅広い世代にお馴染みのアポロのこの形は、1966(昭和41)年から全く変わっていない。遠足の定番のお菓子のひとつだった・・・・・・。

で、「アポロ」といえば、上部の尖った部分はイチゴ味のチョコレート、広がっている下部の方はミルクチョコレートになっている。


じつは時期については定かではないのだが、この上下のチョコレートを逆にした、「逆さアポロ」が稀に入れられていたことがあったらしい。


詳しい混入率などは不明だが、「相当レア」な確率だったそうだ・・・・・・。


レアといえばもう1つ、「アポロ発売50周年」のイベントとして、「ラッキースター」と呼ばれる星形のアポロが入れられていたこともあった。


現在も入っているのかどうかは定かではないが、当時は「ラッキースター」の混入率は、1万個に1個ともいわれていた。


または100箱に1つとか、3000粒に1つなんていう人もいたが、1箱買ったら、2粒入っていたなんていう人もいて、実際のところはどの程度の確率だったのかはよく分からない。


ただひとついえることは、「ラッキースター」なのだから、食玩やガチャポンのシークレットアイテム程度の混入率だったのではないだろうか。


しょっちゅう出て来るようなものなら、「ラッキー」とはいえないだろう・・・・・・。


ところで先ほども書いたように、アポロは2026(令和8)年8月7日で、発売60周年を迎える。


50周年の時に「ラッキースター」が入れられたように、もしかしたら、60周年のイベントとして、何かサプライズがあるかもしれない。


「星の次は何か?」を想像しながら楽しみに待ってみるのもいいだろう・・・・・・。


ところで、アポロにはジャンボサイズがあるのをご存知だろうか。


空港や駅、土産物店などに行かないと出会えないかもしれないが、ジャンボサイズには通常のアポロチョコ以外に、ホワイトチョコレートをかけて仕上げた、赤富士バージョンが存在する。


ここまで来ると、「もうアポロ11号と関係なくなっちゃってるじゃん」という気がしないでもないが、お土産としてもらったら、きっと嬉しいし、売り場で見つけた時のワクワク感もハンパないだろうから、「これはこれで、まあいいか」と思っておくことにする・・・・・・。



2026年2月 4日 (水)

掘ったイモいじくるな!

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1985(昭和60)年に雪印から、ユニークな名前のアイスバーが発売になった。


その名も「掘ったイモいじくるな!」。


思わず、「は?」と聞き返してしまうような、アイスらしからぬ名前だ・・・・・・。


パッケージには、「掘ったイモいじくるな!」と大きく書かれていて、背景は青空と畑が広がっている。


そしてパッケージには、その畑で収穫したと思われるサツマイモと、サンタクロースのような、真っ白いフサフサとした髭をたくわえた、麦わら帽子を被ったおじいさんが描かれている。


そして、おじいさんの左側には、なぜか牛が1頭いて、右側には畑から顔を覗かせている、モグラが描かれていた。


これだけ見ると、いったい何のことやら、さっぱり分からないのだが、このパッケージのイラストは、そのままテレビCMのアニメーションに採用されていた・・・・・・。


で、どんなCMだったのかというと、冒頭から男性の声で、「掘ったイモいじくるな~♪」、続けて子供の声で、「掘ったイモいじくるな~♪」という歌が延々と流れ続ける。


そして畑の真ん中を、アイスバー片手に歩いて来るおじいさん。


おじいさんの後方には、なぜか牛の姿。


前方にはサングラスをかけた、いかにも悪役っぽいモグラが不適な笑みを浮かべている。


そしてその手には、おじいさんが畑から掘り出したと思われるサツマイモが握られている。


すると次から次へとモグラが出て来て、おじいさんが掘ったサツマイモを取っていくではないか。


それを見て目が点になるおじいさん・・・・・・。


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するとここで実写映像に切り替わり、おじいさんが片手に持っている白いアイスバーと同じものと思われる、アイスバーが映し出され、「ミルク味」と表示される。


続けてパッケージに入った状態のアイスバーが映し出され、「ソーダ味、チョコ味もよろしく」というテロップ。


そして子供の声のナレーションで、「おもしろアイス、掘ったイモいじくるな、新発売!」と流れ、CMは終了となる・・・・・・。


ところで、すでにお気づきのかたも少なくないと思うが、「掘ったイモいじくるな!」は、「ミルク味、ソーダ味、チョコ味」の3種類である。


パッケージのイラストやCM、そして何よりも、商品名で大きくアピールしていたサツマイモは、いったいどこへ行ってしまったというのだろう。


「もしかして、ベースにサツマイモが使われているとか?」などと思ってはみたものの、じつのところ、サツマイモとはいっさい何の関係もないと来ている。


きっと当時は日本中の人が、「は?」と思ったことだろう・・・・・・。


ところで、この「掘ったイモいじくるな!」のネーミングだが、私はずっとどこかで聞いたことがあるような気がしてならなかった。


で、ことあるごとに、「何だったかな~?」と考えていたところ、ふと、1980年代に流行った、英語の空耳のフレーズを思い出した。


それは「掘ったイモいじくるな!」ではなくて、「掘ったイモいじるな」だったのだが、これを英語にすると以下のようになる。


what time is it now?


直訳すれば、「いま何時?」といった意味合いになる。


すなわち、「ホワッタイムイズイットナウ→ホッタイモイズィルナゥ→ホッタイモイジルナ」となるわけだ。


もしかしたら、「掘ったイモいじくるな!」の元ネタは、これなんじゃないかと思ったりする。


商品の発売時期と、空耳のフレーズが流行った時期が一致していることからも、個人的にはその可能性が高いんじゃないかと思うのだが、実際のところは雪印の人に聞いてみなければ分からない。


しかし、「掘ったイモいじくるな!」は、いまから40年も前の商品だ。


これを企画した社員さんが、いま現在も会社に残っているかどうかは、かなり微妙なところだろう・・・・・・。


(画像上、シナマンサクがもうすぐ見ごろに・・・・・・。画像下、センダンの果実がたわわに実っていた・・・・・・)


2025年12月17日 (水)

きのこの山

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▲こちらは現在発売されている、「きのこの山」のお馴染みのパッケージ。6本のキノコと背景には日本の原風景、里山の風景が描かれている。そして現行のパッケージには、「隠し絵」がひっそりと描かれているのをご存知だろうか。ちなみにこちらのパッケージには傘を被ったお地蔵さんが隠れている・・・・・・。

1970~1980年代には、自然豊かな日本の原風景を題材にしたチョコレート菓子が、お菓子メーカー各社からたくさん発売されていた。


そのほとんどは、現在ではもう発売されていないが、明治の「きのこの山」や「たけのこの里」は根強い人気で、現在でも継続して販売されている。


ちなみに「きのこの山」の発売は1975(昭和50)年で、じつに半世紀にも渡る、ロングセラー商品ということになる。


一般的にいって、お菓子のライフサイクルは、そのお菓子を食べ始めた子供が、成人するまでの20年間といわれている。


それを考えると、「きのこの山」の超ロングセラーぶりは、異例中の異例といえるのかもしれない・・・・・・。


ところで、「きのこの山」といわれて、まず、イメージするのは、やはりそのパッケージだと思う。


現在のパッケージは、白地に茶色の文字で、大きく「きのこの山」と書かれていて、その文字を支えるようにして、6本の「きのこの山(お菓子)」が描かれている。


そして、その背景には、自然豊かな里山の風景が広がっている・・・・・・。


じつはこのお馴染みのパッケージは、発売当初は現在のものとは、かなり印象が違っていた。


日本の原風景である、里山をモチーフにしていることに変わりはないが、全体的な印象として、色々な部分に、「あれ?」という違和感を感じるのだ。


誰もがすぐに気付くであろう、最も大きな違和感として上げられるのが、「きのこの山」の文字を支えるように配置されている、きのこ(お菓子)の数だろう。


現在のパッケージでは、きのこ(お菓子)の数は7本だが、発売当初のパッケージでは、なんとたったの3本しか描かれていなかった・・・・・・。


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▲こちらは1975(昭和50)年に発売された「きのこの山」の初代パッケージ。キノコは3本しかなく、全体的に地味な色使いの印象。背景の里山の風景も、とてもシンプルだったことが分かる・・・・・・。

そして、「きのこの山」という商品名の表示だが、現在のものは白地に茶色の文字。


しかし、発売当初のパッケージでは、くすんだような橙色の地に、茶色の文字で、なんだかちょっと暗い印象を受ける。


さらに背景の里山も同様に、くすんだフィルターがかけられたような印象。


そして空に当たる部分に関しても、現行パッケージでは、鮮やかな山吹色なのに対して、発売当初のものは、薄いクリーム色といったらいいのだろうか。


このように、現行パッケージを見慣れた現在では、かなり地味目に見える初代パッケージなのだが、当時は店頭に並んでいるのは、これだけだったのだから、べつになんとも思わなかったのだろう・・・・・・。


ところで、「きのこの山」のパッケージは、里山をモチーフにしていることもあって、緑色を基調としている。


しかし、当時は緑色は、菓子製品には不適と考えられていたため、発売の半年前には、エリア限定のテスト販売まで行われていたそうだ。


もしかしたら、全体的にくすんだような色合いに仕上げられていたのは、そのせいだったのかな~なんて思ったりもするのだが、実際のところはどうなのだろう・・・・・・。


さて、これは余談になるが、現行のパッケージには、「隠し絵」が描かれているのをご存知だろうか。


意外なことに、「知らない」という人が多いのだが、里山の世界観を壊さないような絵柄が15種類あって、パッケージの風景の中に溶け込むように、ひっそりと描かれている。


ちなみに隠し絵は、1箱に1種類のみである。


分かりやすいものを、1つだけ例に挙げるなら、「満開の桜の木と灰」といえば、とある物語が思い浮かぶかたも少なくないだろう。


ピンク色に染まった桜の木は目立つので、すぐに見つかると思う・・・・・・。



2025年10月29日 (水)

いも作くん

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「いも作くん」を覚えているだろうか。


「いも作くん」は1985(昭和60)年に、明治製菓から発売されたチョコレート菓子だった・・・・・・。


なぜ、「いも作くん」なのかというと、サツマイモ風味のクッキーを、チョコレートでコーティングし、そのお菓子自体もサツマイモの形をしているという、サツマイモを前面に押し出したお菓子だったからだ。


しかし、商品名になっている「いも作くん」は、このお菓子のことを指しているわけではなかった。


では、「いも作くん」とは、いったい何なのか・・・・・・。


その疑問については、「いも作くん」のパッケージを見れば一目瞭然だった。


「いも作くん」のパッケージには、上部に大きく、「いも作くん」の文字が配置され、パッケージの2/3を使って、サツマイモ形のお菓子を山盛りにしたイラストが描かれていた・・・・・・。


そして注目すべきは、パッケージの右側1/3ほどのスペースに描かれている、坊主頭に麦わら帽子を被った少年である。


首にはタオルを巻いていて、白いシャツに紺色のモンペを履いていて、右手にはなぜか木の葉を1枚持っている。


さらに足下に注目すると、靴ではなくて、地下足袋を履いているように見える。


いかにも野暮ったい田舎の少年という感じなのだが、この少年こそが、どうやら「いも作くん」のようだ。


昭和のお菓子には、オリジナルのキャラクターが作られて、広告展開されることが多くて、カールおじさんや木こりの切株のおじさんなどが有名である。


で、「いも作くん」のオリジナルキャラクターが彼ということになる・・・・・・。


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さらにオリジナルキャラクターの「いも作くん」は、テレビCMにも出演を果たしていて、スヌーピーのような色柄をした、1匹の犬といっしょに公園のベンチに座っている。


どうやらこの犬は、「いも作くん」の飼い犬のようだ・・・・・・。


そこに自転車でポメラニアンを連れて現れたのが、当時アイドルとして活動していた松本友里さんだった。


松本さんに話しかけられて、「いも作くん」と相棒の犬は、顔が真っ赤になってしまうという内容だった・・・・・・。


イメージしてもらえば分かると思うが、このCMは「いも作くん」のアニメーションと、松本友里さんの実写を織り交ぜて制作されている。


個人的には2つの違和感があって、1つ目はアニメーションと実写という、決して混ざり合うことのない素材の融合。


そして2つ目は「いも作くん」という、どこからどう見ても、田舎に暮らしている少年が、なぜ都市公園のベンチに犬を連れて座っているのかという謎。


「いも作くん」はその風貌からして、郊外の農村に暮らしていて、野山を走り回っている・・・、そんなイメージの少年なのだ。


だから個人的にはこのCMは違和感しかなくて、映像作品としては失敗だったんじゃないのかな~と思っている・・・・・・。


しかし、チョコレート菓子としての「いも作くん」は、商業的には成功したといっていいと思う。


これは「いも作くん」の発売当時に、サツマイモを活用した食文化が注目されていて、「いも作くん」はこれにフォーカスしたことで、消費者の購買意欲を刺激したのだろうと思う。


その証拠に「いも作くん」は、幅広い年齢層から支持され、人気のお菓子となったのだった・・・・・・。


いうまでもなく、「いも作くん」はとっくの昔に終売となっている。


「いも作くん」の味の記憶も薄れゆく現在、ぜひとも復刻して欲しいな~と思っているのは私だけだろうか・・・・・・。


(画像上、大きなものは人の背丈ほどにもなるタイアザミ・・・・・・。画像下、きれいな模様のカワラタケ・・・・・・)


2025年8月27日 (水)

昭和レトロな「固めプリン」

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▲昭和のプリンのイメージは、しっかりとした本体にたっぷりとかけられた濃いめのカラメル。店によってはプリン全体が黒く染まっているものまであった・・・・・・。

最近は昭和レトロブームもあって、「固めプリン」が話題になることが多い。


しかし、私が子供の頃は、プリンが固めなのは当たり前のことで、やわらかく滑らかなプリンなど存在していなかった。


もし、やわらかく滑らかな食感のプリンが目の前にあったとしたら、それはただ単に、「まだ固まっていないプリン」でしかなかったのだ・・・・・・。


ところで、現在ちまたで話題となっている「固めプリン」は、昭和の喫茶店のプリンのことだと思う。


そして、昭和の喫茶店のプリンは、現代のプリンしか知らない人にとっては、かなり異質で衝撃だと思う。


で、いったい何がそんなに衝撃なのかというと、プリンのビジュアルそのものが、現代の一般的なプリンとはかけ離れたものだったのだ・・・・・・。


まず、プリン本体が異様なくらい、黒っぽく感じると思う。


正確にいうなら、黒っぽいというより、褐色をしているのだ。


これはプリンの上からたっぷりかけられたカラメルの色で、現代のプリンと比べると、かなりの色黒といえるだろう。


この濃厚な色からも分かる通り、当時の喫茶店のプリンのカラメルには、甘さは控えめで濃厚、そして、ほろ苦く感じるものがほとんどだった。


甘さを抑えてあったので、当時は大人の男性も、コーヒーといっしょにプリンを頼んで食べている人がいて、まだお子様だった私は「いいな~・・・」と指をくわえて眺めていたものだ・・・・・・。


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▲昭和の喫茶店のプリンは、プリンの頭の上にフルーツが乗せられていることが多かった。最も多く見られたのは、やはり「さくらんぼ」のシロップ漬けだろう・・・・・・。

昭和の喫茶店のプリンのもう一つの特徴として、生クリームとさくらんぼがトッピングされていたことがあげられる。


これも店によるのだが、生クリームとさくらんぼを乗せている店が多かった。


どこに乗せていたのかというと、プリンの頭の上に生クリームを絞って、その上にちょこリとさくらんぼが乗せてあったのだ。


色黒のプリンに真っ白い生クリームの帽子、そしてその白い帽子には、赤いさくらんぼのボンボンがついている。


それが昭和の喫茶店のプリンのイメージだったのだ。


当時はべつに何とも思わなかったが、いまこうして振り返ってみると、ノスタルジックな雰囲気漂う、昭和レトロ感満載のプリンだったのだな~と思う・・・・・・。


そしていま、昭和を知らない若い世代が、あのプリンのことを、私と同じ気持ちで眺めているのだ。


そのことがなんだかとても不思議に感じるのである・・・・・・。


そんな昭和レトロなプリンだったのだが、2000年代に入った頃に、なめらかな食感のプリンが突如出現し、一大ブームを巻き起こすことになる。


そして気がつけば、洋菓子店で売られているプリンのほとんどが、なめらか食感のプリンになっていたのだ・・・・・・。


なめらか食感のプリンは、生クリームを入れることで、とても濃厚な味わいになっており、口に入れた瞬間に、スーーーッと溶けていくような、これまでのプリンのイメージを覆すものだった。


このため、なめらか食感のプリンは、スプーンですくうとすぐに形が崩れてしまうため、昭和の固めプリンとは違って、プラスチックの容器に入ったまま提供されていた。


初めてその様子を見た時は、「えっ!プリンなのにお皿の上に出せないの?」と思ったものである。


私にいわせれば、これでは何だか茶碗蒸しのようである・・・・・・。


さらに初めてなめらか食感のプリンをスプーンですくった時には、思わず「えっ、固まってないじゃん、コレ・・・・・・」と、口走ってしまっていた。


「これはそういうものなんだ」といわれても、子供の頃に、「ハウスプリンミクス」を買って来て、家でプリンを作っていた世代の私としては、固まるのを待てずに、何度も冷蔵庫を開けては、母に怒られていたあの頃の記憶が、ふと頭の中によみがえって来るのである。


そんなわけで、私にとっての、なめらか食感のプリンは、未だに「まだ、固まっていないプリン」なのである・・・・・・。



2025年7月16日 (水)

500mlペットボトルへの道

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▲昭和の頃の懐かしいデザインで発売されたファンタ。ちなみにビン入りのファンタもこのデザインだった。やっぱりファンタといえばこのデザインだよな~・・・・・・。

1980年頃まではジュースなどの飲み物は、瓶入りや缶入りのものが普通だった。


このため、当時の飲み物は、一度開封してしまうと、蓋を元に戻すことは出来なかった・・・・・・。


瓶入りの飲料は王冠で封がされていたので、栓抜きを使って蓋を開けていた。


このため開栓後は、王冠が変形してしまい、戻しようがなかった・・・・・・。


缶入りの飲料はプルタブ式だったので、缶の口から引き抜いてしまった後は、もうどうしようもなかった。


いまでは考えられない話だが、飲み物は一度開けてしまったら、蓋が出来ないのが基本だったのである・・・・・・。


そうはいっても、子供は一度に全部は飲みきれないこともあった。


そんな時は仕方がないので、ラップで瓶や缶の口を覆い、冷蔵庫に入れておいた。


しかし、それが炭酸飲料だと、次に飲む頃には、炭酸が抜けてしまって、ただの砂糖水になっていて、「なんだこりゃ・・・」と思うこともしばしばあった・・・・・・。


昔はコンデンスミルクも缶入りだったので、缶の上部に練乳を出す穴と空気穴を2つ開けて使用していた。


このため、冷蔵庫に入れる際には、やはりラップを被せて保存していた。


コンデンスミルクに被せたラップは、いつもベタベタになっていて、使用するたびに手を洗いに行くのが、煩わしくて仕方なかった・・・・・・。


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▲昔のデザインを見ると、いまのデザインが思い出せなくなるという人に、こちらはフレーバーは復刻だが、デザインは現代の「ゴールデングレープ」・・・・・・。

炭酸飲料の炭酸が抜けてしまう問題に対応するために、瓶や缶を密閉出来る便利グッズが発売された。


うちにあったのは、瓶の口を密閉出来るグッズで、瓶の口に被せてグッと押し込むと、内側のゴムがぴったりと貼りついて、瓶の口を密閉出来る仕組みになっていた・・・・・・。


ちなみにこのグッズ、瓶の口に被せて押し込んで行くと、中からカエルの顔がビンの上部に、にょっきりと出て来るというおまけつきだった。


うちには緑色のカエルと橙色のカエルの2パターンがあったのを覚えている。


ちなみに缶を密閉出来る、「缶ピタくん」という便利グッズも売られていたのだが、なぜかうちにはなかった・・・・・・。


そんな中、1982(昭和52)年になって、ようやく清涼飲料水の容器にペットボトルが採用される。


しかし、そうはいっても、当時のものは、1.5リットルや2リットルなど、大きなサイズばかりだった・・・・・・。


また、当時の炭酸飲料のペットボトルの特徴として、ボトルの底を覆うようにして、プラスチックのカップが付いていた。


これはボトルの成形技術が追いつかなかったためで、炭酸飲料はボトルの底を丸形にせざるを得なかったためといわれている。


カップがないと自立させることが不可能だったのだ・・・・・・。


ところで、なぜ当時のペットボトルは、大きなものばかりだったのだろうか。


これについては、ペットボトルのリサイクルシステムが未整備だったからで、500mlなど小型のものを作ると、ゴミが増加してしまうことから、飲料メーカー各社が自主規制をしていたのだ。


飲料メーカー各社が自主規制を撤廃したのは、1996(平成8)年のことで、このタイミングでペットボトルのリサイクルシステムが確立したことになる・・・・・・。


いまでは当たり前になっている、500mlのペットボトルだが、当時は雑誌で特集が組まれるほど、センセーショナルな話題となった。


そして500mlのペットボトルの登場で、ペットボトルを持ち歩く人が増えたり、会議室のお茶がペットボトルに変化したり、私たちの生活が少しずつ変化して行ったのである・・・・・・。



2025年7月 2日 (水)

「カレーアイス」と「すしアイス」

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昭和のお菓子は「攻めている」商品が多かった。


いまは「味や食感で勝負」している商品が多いが、昭和のお菓子はパッケージも含めた見た目でも攻めていたのである・・・・・・。


私が子供の頃、赤城乳業から、「カレーアイス」という、信じられないような商品が発売になっていた。


赤城乳業といえば、もはやいうまでもなく、ガリガリ君で有名なあの会社である。


赤城乳業がこんなに攻めた商品も出していたのかと後になって気付いて、とても驚かされたものである・・・・・・。


カレーアイスというくらいだから、バニラアイスの上にカレーがかけてあるのを想像してしまうのだが、実際のところは、カレーに見立てたチョコレートがかけてあったのだった。


しかも、このカレーに見立てたチョコレートは、「甘口」と「中甘」の2種類があって、パッケージにもしっかりと書かれていた。


ちなみにパッケージに書かれていた注意書きによると、「中甘」はハーフビターチョコ味なのだとか。


どうでもいいが、ビターチョコ味のハーフとは、いったいどういう意味なのだろうか・・・・・・。


で、このカレーアイス、楕円形をしたカレー皿を模した容器に入っていた。


そして、パッケージ中央には、「カレーアイス」という商品名が赤字で配置され、右端に「中甘」、もしくは「甘口」のいずれかの表示がされていた。


そしてパッケージ上部には緑色の文字で、「古代インダス文明も、まっ青!」と意味不明なことが書かれていた・・・・・・。


そしてパッケージの左側には、金髪で黒髭の上半身裸の謎の男が、あぐらをかいて座っているイラストが描かれていた。


そして彼は、「赤城亭」という緑色の看板(?)を掲げているのだ。


また、彼の足の前には、壺と笛が置かれていて、その様子からして、どうやら彼は、「蛇使い」のようである。


インドといえば「蛇使い」というのが、昭和の子供たちの間に定着した、間違ったイメージだったのである・・・・・・。


と、そんなわけで、色々とつっこみどころ満載のカレーアイスだったのだが、子供たちの間では、「え~!」と思いながらも、カレーの味や香りをどこかで求めていたところがあって、買って食べてみて、「何だカレーじゃないじゃん」と、がっかりしている者が一定数いたものだ。


逆に本当のカレー味だったら、「アイスにカレーはないだろう~」と文句をいうくせに、何をほざいているんだ、このクソガキは!といったところである。


しかし、100個に1個くらいは、「当たり」として、本当のカレー味を入れてみても面白かったのではないだろうか。


そんなカレーアイスだったのだが、みなさんもご存知の通り、とっくの昔に終売になっており、是非とも復刻販売をしてもらいたいな~と思う次第である・・・・・・。


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攻めているアイスといえば、にぎり寿司の見た目をした、「すしアイス」も衝撃だった。


すしアイスを発売していたのは、あずきバーでお馴染みの井村屋で、カレーアイスの時と同様に、その意外さにとても驚かされたものである。


すしアイスのパッケージは、斜めに大きく、「にぎり寿司」という文字が配置されていて、これがとにかく目立っていて、パッケージの右上部に書かれていた、「すしアイス」という文字を打ち消すほどの効果があった・・・・・・。


ちなみにこのすしアイス、マグロのにぎりとたまご焼きのにぎりの2個入りで、パッケージには2貫並べたイラストが描かれていた。


それにしても、どういう理由でマグロとたまご焼きのネタがチョイスされたのか、その理由を知りたいところだ・・・・・・。


当たり前の話だが、このすしアイス、本当にマグロやたまご焼きの寿司の味がするわけではなく、あくまでも中身は普通のアイスである。


アイスをにぎり寿司の見た目にして、はたして子供たちの購買意欲を書き立てられるのかといったら、かなり疑問ではあるのだが・・・・・・。


きっと現代だったら、企画の段階で却下になっているだろう。


それでも勢いのまま発売してしまった昭和のあの頃って、すごい時代だったんだな~と改めて思う・・・・・・。


(画像上、雑木林の窪地で咲くアジサイの花・・・・・・。画像下、一般的なアジサイとは花の形が違うカシワバアジサイの花・・・・・・)



2025年5月21日 (水)

パンチガム

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▲板ガムが売れていた当時、果物の味がするガムがたくさん発売されていた。果物の味がするガムは、とても爽やかな香りがして人気だった・・・・・・。

昭和の頃、ドッキリグッズが流行っていた時期があった。


最も有名なのは、駄菓子屋でも売られていた、「パンチガム」ではないだろうか。


パンチガムは当時主流だった、板ガムの形をしたおもちゃで、ロッテから発売になっていた、板ガムのパッケージにそっくりな商品だった・・・・・・。


1980年代は板ガムが売れに売れていた時代で、ロッテからじつに多くの種類が発売されていた。


現在でも根強く生き残っているミント系のガムはもちろん、瑞々しいフルーツの味と香りを再現したものや、コクのあるコーヒー味のものまであった・・・・・・。


パンチガムはそんな板ガムのパッケージに見た目がそっくりで種類も複数あった。


ここまでそっくりだと、ちょっと問題になりそうだが、ちゃんとロッテに許可を取っていたのかどうかは、かなり怪しいところだ。


少々のことでは問題にならないのが、昭和という時代だったのである・・・・・・。


パンチガムはおもちゃなので、食べること(噛むこと)は出来ない。


板ガムを見たこともない、現代の子供たちは、「ガムのおもちゃ」などと言われても、きっと、どうやって遊ぶのか、想像もつかないのだろう・・・・・・。


じつはパンチガムは、購入した時点で、すでに封が開いていて、パッケージの口の部分から、中の板ガムがちょっとだけ見えていた。


当時はこの状態で、シャツや上着のポケットにガムを入れている人が多かったので、パンチガムもこのままポケットに忍ばせておけば、何の違和感もなく、怪しまれることもなかった・・・・・・。


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▲ドッキリグッズの「パンチガム」は、ロッテの板ガムのパッケージをそのまま使っているんじゃないかと思うほど、見た目がそっくりだった・・・・・・。

そしておもむろにパンチガムを取り出して、友達に「1枚あげるよ」と差し出すのである。


すると友達は、「どうもありがとう」と、板ガムを1枚摘まんで、パッケージの口の部分から、スーッと引き出すことになるわけだ。


するとダミーの板ガムに仕掛けられていたバネが作動して、「バチン!」と金具に指を挟まれてしまうというドッキリグッズだった・・・・・・。


で、このバネがけっこう強力で、当時のものは、思わず反射的に手を引っ込めてしまうほど痛かった。


「当時のもの」と書いたのは、パンチガムは現在も類似品が売られているためで、こちらはバネがゆる~く改良されており、指を挟まれても、痛くも痒くもない。


規制が厳しくなった現代では、痛いと感じる時点でアウトのようで、そのようなソフトなものしか、販売することが出来ないらしい。


しかし、これではドッキリグッズでも何でもなく、ドッキリを仕掛けた方も、騙された方も、ただ、ただ、気まずい空気が流れるだけである。


現代の子供たちの間で、パンチガム(類似品)が流行らない原因のひとつは、バネが弱くなり、面白くなくなったことに、その原因があると思う・・・・・・。


ところでこのパンチガムは、大人版としてたばこバージョンも売られていた。


現象としてはパンチガムと全くいっしょで、たばこを箱から引き出すとバネが作動して、金具に「バチン!」と指を挟まれるのである・・・・・・。


私はこのたばこバージョンの存在を知ったのは大人になってからで、当時は見たことも、聞いたこともなかった。


だからどこで売っていたのかも、未だによく分からないままだ。


少なくとも、駄菓子屋には置いていなかった(そりゃそうだろう)・・・・・・。


また、このたばこバージョンは、指を金具に挟まれるものの他に、たばこを取ろうとした瞬間に、たばこがものすごい勢いで、箱から飛び出して来るというものもあったそうだ。


これはたばこの箱にボタンが付いており、これを押すことで、たばこが発射される仕組みになっていたようだ。


このように昭和の頃は、ドッキリグッズがプチブレイクしていたのだが、最近はこのようなグッズは、ほとんど見かけなくなってしまい、何とも寂しい限りである・・・・・・。






2025年5月14日 (水)

アイスバーガー

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▲「アイスバーガー」はとっくに終売になっていて、現在ではもう買うことが出来ない。いま買うことが出来るアイスで、「アイスバーガー」に最も近いビジュアルといえば、こちらの「パリパリサンド」ではないだろうか・・・・・・。

昭和のお菓子は攻めている商品が多かった。


いまは「味や食感」で勝負している商品が多いが、昭和のお菓子はパッケージも含めた見た目でも攻めていたのである・・・・・・。


個人的に印象に残っているのは、森永から発売になっていた「アイスバーガー」だ。


名前からも想像出来るように、アイスバーガーは、「アイスが挟まっているハンバーガー」だった。


しかし、ハンバーガーといっても、アイスをバンズで挟んだだけというわけではなかった。


個人的にはそれはそれで食べてみたい気はするのだが・・・・・・。


で、アイスバーガーのビジュアルなのだが、「ハンバーガーというよりもチョコパイに近い感じ」といえば、分かってもらえるだろうか。


早い話がパッケージから出してすぐの状態は、「真っ黒いつるんとした物体」なのである・・・・・・。


で、「アイスバーガー」なので、中に挟まれているのは、いうまでもなくアイスなのだが、それを挟んでいるのは、先ほども書いた通り、バンズではなかった。


じつはアイスバーガーのアイスはスポンジで挟まれていたのである。


そしてそのスポンジをチョコでコーティングしていたというわけだ・・・・・・。


ちなみにアイスの方には、細かく刻まれたりんごが混ぜ込まれていて、爽やかなチョコレートケーキという印象だった。


また、りんごのシャクシャクとした食感がいいアクセントになっていたように思う・・・・・・。


こうしてアイスバーガーのビジュアルを見て行くと、「これのどこがハンバーガーなの?」と思うかもしれない。


本当にその通りなのだが、じつはアイスバーガーには秘密があったのだ・・・・・・。


昭和生まれの世代だったら、マクドナルドのハンバーガーが、発泡スチロール製の立体的なパッケージに入っていた時期があったのを、ご存知ではないだろうか。


発泡スチロール製のパッケージは、1978(昭和53)年から1990(平成2)年までの、約12年間使われていたので、きっとご存知のかたも少なくないと思う。


ちなみに全ての商品に使用されていたわけではなくて、ビックマックやフィレオフィッシュなど、特定の商品に限定で使われていた。


紙製のパッケージと比べると、発泡スチロール製のパッケージは高級感があったので、何だかちょっと贅沢をしているような特別感があって、嬉しかったものである・・・・・・。


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▲「パリパリサンド」は、「アイスバーガー」と同じ森永製菓が出している商品だ。「アイスバーガー」はスポンジでサンドされていたが、「パリパリサンド」はビスケットでサンドしている・・・・・・。

で、森永のアイスバーガーは、このマクドナルドの発泡スチロール製のパッケージに、そっくりな容器に入れられて販売されていたのだ。


ちなみにビックマックは薄い茶色のパッケージに「BIC MAC.」。


フィレオフィッシュは水色のパッケージに、「FILET-O-FISH」の文字が刻まれていた。


そして森永のアイスバーガーは、橙色のパッケージに、赤いラインが斜めに入れられたデザインで、カタカナで「アイスバーガー」と記されていた。


容器の形はマクドナルドのものといっしょで、子供にはそれがなんともおしゃれで格好よく感じられた・・・・・・。


ちなみに私は子供の頃、牛肉が苦手だったので、ハンバーガーはほとんど食べなかったのだが、マクドナルドの発泡スチロール製の容器は欲しくて、「マックに行きたい」と親に頼んだことがあったのだが、親からは「あんた牛肉食べないでしょ」と鼻であしらわれ、悔しい思いをしたことがあった。


しかし、アイスバーガーの方は、私の得意とするところであり、もう「食べないでしょ」とはいわせない。


そんなわけで、当時うちには、アイスバーガーの容器がゴロゴロあった・・・・・・。


で、このアイスバーガーの容器だが、ただコレクションしていたというわけではなく、中にはガチャポンの中身や、お菓子のおまけなどを入れて保管していた。


ある日、使っていた容器がいっぱいになったので、新しい空の容器に入れようと蓋を開けると、中に洋服のボタンが大量に入っていて、「うわぁ!」などと、思わず声が出るほど驚いたことがあった。


どうやら母の仕業らしい。


先日は「そんなに空の容器を取っておいてどうするのよ」などと、文句を言っていたくせに、自分もちゃっかり活用しているではないか・・・・・・。



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