カテゴリー「サル、ゴリラ、チンパンジーの歌」の記事

2023年7月11日 (火)

「謎フレーズ探偵」サル、ゴリラ、チンパンジーの歌 ②

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前回は「サル、ゴリラ、チンパンジーの歌」のルーツについて書いて来た。


で、今回はこの歌の歌詞の謎について調査をして行きたいと思っている。


と、そうはいうものの、「サル、ゴリラ、チンパンジーの歌」は歌詞も短いし、歌詞のバリエーションも極端に少ない。


こんなに短い歌詞の何を調べるのかと思われるかもしれないが、まずはその数少ない歌詞のバリエーションをいくつかご紹介してみたいと思う。


(歌詞 A)

「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」


歌詞Aは一般に広く知られている、最もオーソドックスな歌詞だと思う。


そして歌詞Aはこれを単純に繰り返して歌うだけである。


(歌詞 B)

「サル~、えてこ、チンパンジ~ ♪」


歌詞Bは関西方面でよく歌われていた歌詞のようだ。


これも歌詞Aと同様に、これを単純に繰り返して歌うだけだ。


(歌詞 C)

「サル~、ゴリラ、(マントヒヒ~)♪」


これは当時の子供たちのアレンジで、「チンパンジー」の部分のフレーズを、様々なサルの仲間に置き換えて歌っていたもの。


歌詞A、Bと同様にこれを単純に繰り返して歌うだけである・・・・・・。


で、この3つの歌詞のバリエーションの中に、気になるフレーズが1つだけある。


それは歌詞Bにある「えてこ」というフレーズだ。


「えてこ」とはいったいなんのことだろう。


私が小学生の時には歌詞Aと、歌詞Cしか聴いたことがなかったが、中学になると同級生の1人が、「関西にいる従兄から教わった」と言って、歌詞Bを歌っているのを初めて聴いた。


この時に「えてことは何か?」と聞いてみたのだが、歌っている当人もよく分かっていない様子だった。


で、いろいろ調べてみると、「えてこ」とは正しくは「えてこう」のことらしい。


では、「えてこう」とは何なのか?


調べてみると、「えてこう」の「えて」とは、どうもサルの古語のようである。


つまり、「サル、えてこ、チンパンジー」とは、同じ意味の単語の繰り返しで、「サル、サル、チンパンジー」という意味になる・・・・・・。


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では、「えてこう」の「こう」とはいったいなんのことか?


これには2つの意味があって、対象になる人物に親しみを込めて使う場合と、その逆に相手を見下したり、軽蔑したりする場合に使われる俗語のようである。


つまり「えてこう」を漢字で書くと「猿公」となる。


「なんだかあまりなじみのない言葉だな」と思われるかもしれないが、決してそんなことはない。


現在では犬のことを「わんこ」、猫のことを「にゃんこ」といったりする。


多くの人はこれを、「わん子」、「にゃん子」の感覚で使っていると思う。


しかし、この言葉もルーツをたどれば、「わん公」、「にゃん公」だったのだ。


「公」はもともとは、上野の「ハチ公」のように、親しみや尊敬を込めた言葉として使われていたが、動物に対して使われる場合は、「人間より劣っている生物」という意味で使われることが多い。


いまでも年配の人と話をしていると、わんこではなく「わん公」、にゃんこではなく「にゃん公」というイントネーションで話される人がいる。


「猿公(えてこう)」もこれと同様だったのである・・・・・・。


また、「猿公」の「えて」は古語であると書いたが、初めから「猿」を「えて」と読んでいた訳ではなかった。


「猿」という言葉は、「去る(=失う)」に繋がる縁起の悪い言葉と考えられ、逆の意味の「得手(=得る人)」という読みが当てられたのだという。


今と違って昔の人は、このような忌み言葉を気にする傾向が特に強かった。


現在でも受験生に、「落ちる」とか「すべる」という言葉を使ってはいけないとか、結婚式のスピーチで「別れる」とか「飽きる」という言葉を使ってはいけないというのは、「猿(=去る)」と同様に、「その場にふさわしくない縁起の悪い言葉=忌み言葉」と考えられているからだ。


ちなみに「猿=去る=失う」を逆の意味の「えて=得手=得る人」と読み替えたのは、昔の商人たちだったそうである・・・・・・。


(画像上、梅雨時に大きな花を咲かせるタイサンボク。画像下、ウンモンスズメは木の幹に貼り付いて、じっとしていると誰にも気付かれない・・・・・)



2023年7月 5日 (水)

「謎フレーズ探偵」サル、ゴリラ、チンパンジーの歌 ①

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「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」という歌をご存じだろうか。


きっと「子供の頃によく歌っていたよ」というかたも少なくないと思う。


この歌は特に流行っていたという訳ではないのだが、何かの拍子にそのメロディがふと頭に浮かんで、なんとなく歌っていることが多かったように思う。


当時は誰でも知っている有名な歌だったのだが、その一方で人から、「これってなんの歌だっけ?」と聞かれると、誰も答えられなかったりする、出所不明の謎の歌でもあった。


確か私の記憶では運動会の時に、この曲がスピーカーから流れていたと思うのだが、その時は楽器の演奏だけで、歌詞は特になかったと思う。


ということは、私のその記憶が正しければ、この曲は「そもそも歌詞なんてなかった」ということになるのではないか。


それではなぜ、子供たちの間で、「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」などという歌詞が付けられて、歌われることになったのだろうか。


そのことを調べるためには、まずこの曲のルーツを探って行かなくてはならないだろう・・・・・・。


で、調べてみると、「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」の歌のルーツ(大元)は、1914年にイギリス軍楽隊の、ケネス・ジョセフ・アルフォードが作曲した行進曲、「ボギー大佐マーチ」だったようだ。


「ボギー大佐マーチ」は軍の行進曲なので、当然歌詞はなくて、楽器による演奏のみである。


それにもし仮に、歌詞があったとしても、軍の行進曲に、「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」などという、意味不明のバカバカしい歌詞を付ける訳がない。


そしてそもそもの話、「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」の歌が日本で歌われ始めたのは、もっとずっと後の時代のことであり、どうやらこの歌と「ボギー大佐マーチ」は、直接的な関係はなかったようだ。


じつは今回のテーマは、その背景がちょっと複雑で、元歌にたどり着いたから、それで全て解決とはならないのである・・・・・・。


じつはこの「ボギー大佐マーチ」は、1957年に公開された映画「戦場にかける橋」で、マルコム・アーノルドが「クワイ河マーチ」というタイトルに編曲して、このタイミングで世界的に有名になっている。


ちなみに「クワイ河マーチ」にはちゃんと歌詞があって、ミッチ・ミラーとその合唱団による歌唱が付けられている。


しかし、この映画は戦争映画で、子供が見るような内容ではないし、仮に見たとしても、全然面白くないだろう。


ということは「クワイ河マーチ」も、「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」の歌とは、直接的な関係はなかったものと思われる。


では、子供たちはいったいどこで、「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」の元となる曲に遭遇していたのだろうか・・・・・・。


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じつはこの曲、日本では「ボギー大佐マーチ」でも、「クワイ河マーチ」でもなく、「口笛吹いて(西六郷少年少女合唱団)」という曲名で、一般に広く知られることになったのだ。


そしてそのきっかけは、1963(昭和38)年4月に放映された、NHKの「みんなのうた」だったという。


ちなみに「口笛吹いて」には、日本語のオリジナルの歌詞が付けられていたそうだ。


元歌である「ボギー大佐マーチ」は軍の行進曲、「クワイ河マーチ」は戦争映画に使われた曲ということで、これに子供が興味を持つとはとても思えない。


そもそも子供の替え歌というのは、元となる日本語の歌があって、初めて作られるものだ。


どうやら当時の子供たちが目を付けたのは、「ボギー大佐マーチ」でも、「クワイ河マーチ」でもなく、「みんなのうた」で流れていた、「口笛吹いて」だったようである。


「ボギー大佐マーチ」や「クワイ河マーチ」は、子供との接点はほぼないといっていいと思うが、「みんなのうた」なら子供は日常的に見る番組である。


そして、「みんなのうた」では、オリジナルのアニメーションと共に、歌が流されていたそうなので、きっと子供にとっては、アニメ番組のオープニングを見ているような感覚だったはずである。


そうなって来ると、これはもはや疑いようもないだろう。


「サル~、ゴリラ、チンパンジ~ ♪」の歌の元となったのは、1963(昭和38)年にNHKの「みんなのうた」で放映された、「口笛吹いて」というタイトルの歌だったようだ・・・・・・。


そんなわけで次回②へ続きます・・・・・・。


(画像上、赤紫色のアジサイが目を引いて思わず足を止めた。画像下、成長を見守って来たカルガモのヒナがだいぶ大きくなった・・・・・・)


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