カテゴリー「昭和の遊具」の記事

2024年5月23日 (木)

「昭和の遊具」雲梯

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最近、「小学校の校庭が嫌にすっきりしてしまったなぁ」と思っていたところ、私が通っていた当時にはあったはずの遊具が、ことごとくなくなってしまっていることにふと気付いた。


そのうちのひとつが「雲梯」である。


雲梯とは梯子をアーチ状にしたような遊具で、私が子供の頃には学校には必ず設置されていたものだ。


私の母校にあったものはアーチ状のものだったが、他にも梯子の部分が水平になっているものや、山形になっているもの、また、梯子ではなく吊り輪になっている特殊なタイプもあったようだ・・・・・・。


遊び方としては、梯子状の持ち手の部分にぶら下がり、右手、左手と交互に使いながら、前へ前へ進んで行き、端まで行き着いたらゴールになる。


例えるなら木の枝から枝へ、腕の力だけで移動して行く、お猿さんのイメージだ。


このため雲梯をサクサクとリズミカルに進んで行くことが出来る者は、男女問わず高確率で、「オランウータン!」とか「モンキー!」という掛け声を掛けられていたものだ・・・・・・。


ところでこの雲梯で遊ぶためには、ある程度の腕の筋力が必要になる。


このため小学校低学年の頃は、雲梯で遊ぼうなんてやつはほとんどいなかった。


しかし、学年が上がるにつれて、次第に筋力もついて来て、梯子の持ち手を、1つ飛ばしや2つ飛ばしで持ち替えながら、前へ前へ進んで行く者も現れるようになって来る。


この頃になると、自分が少しずつ猿に近付いて行っているのを、なんとなく実感出来たものである。


雲梯を端から端までクリアした者は、今度は梯子の上へよじ登り、まるでイグアナのような姿勢で、反対側まで歩いて行くという、離れ業を身に着けていった。


一見かっこうよく感じるのだが、よく考えてみれば、これは哺乳類から爬虫類への退化であることを忘れてはならない・・・・・・。


ところでこの雲梯だが、いま考えると、遊具というより身体を鍛える目的の設備だったような気がする。


というのも、雲梯は体育の授業にも取り入れられていたからだ。


雲梯をスムーズに渡って行くためには、握力や腕の筋力が必要なのはもはや言うまでもない。


さらに腕を交互に繰り出して、常に一定のペースで持ち手を持ち替えて行かないと、バランスを崩して途中で落下してしまうことになる。


雲梯にはリズム感が必要なのだ・・・・・・。


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また、端から端まで落下することなくゴールするためには、ある程度の持久力も必要になって来る。


雲梯は日常的に遊ぶことで、握力や腕の筋力、腹筋や背筋、持久力やリズム感まで、効果的に鍛えることが出来るのだ。


遊んでいるだけで、自然に身体を鍛えることが出来るのだから、子供の成長に伴う筋力の向上にとって、こんなに理想的な遊具はないといえるだろう・・・・・・。


では、そんな優秀な遊具だった雲梯が、なぜなくなってしまったのだろうか。


これについては、いくつかの要因があったようだ。


1つは雲梯は跳び箱などと違って、校庭に常に設置されている遊具なので、子供たちがいつでも自由に遊ぶことが出来たこと。


自由に遊べるということは、先生や大人の見ていない所で、何が起こってもおかしくないということだ。


例えば学校帰りにランドセルを背負ったまま、雲梯の上へあがって遊んでいた子供が、持ち手の梯子の部分にひっかかってしまい、宙吊りになって動けなくなってしまったなどの事故が起きていたようなのだ。


誰かがいっしょにいれば、すぐに発見してもらえるのだが、1人で雲梯に宙吊りになっている様子は、なんとも間抜けとしか言いようがない。


ランドセルを下ろさずに、横着をした結果がこれである・・・・・・。


そして、このような事故は決して少なくなかったようで、どうやらこれが危険と判断されたらしい。


また、そのような事故以外の要因としては、子供の体力低下が挙げられるという。


昔は学校のスポーツテストで、「懸垂」という種目が必ずあった。


ところが現在では、懸垂が1回も出来ない生徒が急増して、1999(平成11)年頃に、懸垂の種目は廃止になってしまっている。


懸垂を1回も出来ないなんて、私が子供の頃にはちょっと考えられない話だが、確かに懸垂が出来なければ、雲梯で遊ぶことなんて、絶対に不可能だろう・・・・・・。


私が小学生の時の卒業アルバムを開いて見ると、雲梯に数名ずつぶら下がって撮ってもらった写真や、みんなでジャングルジムに捕まって撮った写真など、遊具で撮った写真がたくさん収められている。


しかし、現在の小学校の校庭には、鉄棒以外の遊具は、何もなくなってしまった。


そんな風景を眺めていると、いまの卒業アルバムは、きっと寂しいことになってしまっているのだろうなぁと思わずにはいられない・・・・・・。


(画像上、初夏の林縁ではウツギの花が見頃に・・・・・・。画像下、公園ではピンク色のヤマボウシが咲き始めた・・・・・・)





2024年4月11日 (木)

「昭和の遊具」ブランコ

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▲最近はブランコで遊んでいる小学生はあまり見かけなくなってしまった・・・・・・。

最近はブランコに乗って遊んでいる子供は、お母さんと一緒に公園に遊びに来ている、小さな子供ばかりになってしまったが、私が子供の頃は、じつに幅広い年齢層の子供が、ブランコで遊んでいたものである。


そして、当時ブランコで遊んでいた子供たちの中で、最も多く見られたのが、「クソガキ」の異名を持つ小学生だった・・・・・・。


ところで、ブランコの製造業者が想定しているであろう、「ブランコの正しい遊び方」は、ブランコの板に座って、足で地面を蹴って、ブランコを揺り動かす、オーソドックスな遊び方だと思う。


幼い頃は誰もがそうして遊んでいたと思うのだが、小学生ぐらいになって来ると、誰もそんな遊び方をしている者はいなかった・・・・・・。


特に男子は立ち漕ぎが主流となり、身体全体を使って、ブランコを漕いでいた。


そして学年が上がると筋力もアップし、それに比例するように、ブランコの揺れ幅が大きくなっていった。


そしてブランコの最高到達点も、じょじょに上がって行くことになるのだ・・・・・・。


ブランコの最高到達点が上がって行くにつれて、足をしっかりと踏ん張っていないと、空中で宙ぶらりんになるかもしれないという恐怖や、そこから転倒して大怪我をするリスクも頭をよぎっていた。


しかし、それ以上に、「自分は自分の力だけで、こんなに高い所にいるんだ」という満足感と、「もしかしたらここから空中に投げ出されるかもしれない」というスリルを、どうしても味わいたかったのである。


この「高さ」を追求する立ち漕ぎは、ガチンコの真剣勝負ではあったものの、友達と勝ち負けを競うような類の遊びではなくて、正に自分自身との戦いと言っても過言ではなかった・・・・・・。


これに対して、ブランコの立ち漕ぎでは、シンプルに友達と勝ち負けを競い合う、ゆる~い遊びも存在していた。


立ち漕ぎをしながら、友達と順番に靴を飛ばし合い、その距離を競う、「靴飛ばし」がそうである・・・・・・。


靴飛ばしで距離を出すためには、先程のようにブランコをただ勢いよく漕げばいいという訳ではなかった。


勢いよく漕いで、ブランコの最高到達点から靴を飛ばした方が、より遠くまで飛んで行きそうに思うのだが、実際には高速で揺れるブランコの上では、バランスがとりづらく、片足になるのは非常に危険だった。


また、高速だとタイミングも測りにくいので、仮に靴を飛ばすことが出来たとしても、ブランコの下にポトリと落ちるのがいいところだろう。


そんな訳で、靴飛ばしでは、緩やかな振り子運動から、タイミングを見計らって、靴を飛ばすのが正解だった・・・・・・。


私が子供の頃には、この靴飛ばしで遊んでいる子供が結構いて、ブランコの前を通る時は特に注意が必要だった。


しかし、そうとは知らずに、ブランコの前を「ぼけ~っ」と歩いている、間抜けな子供が毎回必ず一人はいて、突然視界の外から、ロケットのように飛んで来た靴が、測ったように顔面に着弾するという、なんとも悲惨な光景を当時はよく見かけたものである・・・・・・。


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▲昭和の頃はブランコの順番待ちをしている子供もいたのに、最近はもうそんな光景は見られなくなってしまった・・・・・・。

また、靴の代わりに、自分自身が振り子運動を続けるブランコから飛び降りて、その時の着地点の距離を友達と競うという遊びもあった。


この遊びでは、立ち漕ぎでブランコにある程度の勢いをつけたら、すぐにブランコの板の上に腰かける必要があった。


そしてちょうどいいタイミングを見計らって、ブランコから勢いよく飛び降りるのだ。


そしてその時の着地点の距離を、隣の友達と競うのである・・・・・・。


で、この遊びでは、ブランコから飛び降りる、「ちょうどいいタイミング」を見極めるのが、最も重要なポイントだった。


これを見誤ると、想定より手前に着地してしまって天を仰いだり、その反対に距離が出過ぎて、重心が後ろに残る形となり、その場で転倒して後悔するなんてこともよく起きていた。


当然この時の記録は、尻もちをついた場所になる・・・・・・。


そして、一番注意しなければいけないのは、どんな形であれ、着地した後は、その場からすぐに避難しなければならないということだ。


そう、当たり前の話だが、ブランコという乗り物は、数秒後には、必ず元の場所に戻って来るのである。


タイミングを逸したことを、その場で後悔している暇などないのだ。


天を仰いでいる暇があったら、さっさとその場から離れるべきである。


そんなことは頭では分かっているはずなのに、いざ当事者になってみると、「あ~~っ、もうっ!」などと、悔やんでも悔み切れない気持ちが先行して、振り子運動で素直に戻って来るブランコの板に全く気付かず、背中や後頭部を「ゴツン!」と強打することになるのである・・・・・・。


最悪なのは、ジャンプで転倒して起き上がろうとしている時に、後頭部に「ゴツン!」が来た時で、その衝撃で今度は前のめりになって、思いっ切り、顔面から地面に着地することになるのである。


そして被害者にはたいへん申し訳ないのだが、傍目にはその様子は非常に間抜けに見えて、思わず「プッ!」と吹き出してしまい、みんなで涙を流しながら、爆笑していたのを覚えている・・・・・・。


2024年2月11日 (日)

「昭和の遊具」箱型ブランコ

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▲「箱形ブランコ」は向かい合わせになった2つのベンチと、それを繋いでいる床板を、金属の支柱で上から吊り下げている遊具だった・・・・・・。

「箱型ブランコ」という遊具をご存知だろうか。


私が子供の頃は、どこの公園にも当たり前のように設置されているポピュラーな遊具だったが、どういう訳か最近は全く見なくなってしまった。


「箱型ブランコ」は「ゆりかごブランコ」とも呼ばれていて、向かい合わせになった2つのベンチと、それを繋いでいる床板を、金属の支柱で上から吊り下げている、ゴンドラ型のブランコだった。


普通のブランコは、腰かけるための板を、鎖で上から吊っているが、これをゴンドラに置き換えたものと思ってもらえばいいと思う。


「箱型ブランコ」は、もともとブランコを自力で漕いで遊べない、小さな子供用に作られた遊具で、外側から大人にゆっくりと揺らしてもらうことを想定していた。


別名の「ゆりかごブランコ」は、その様子を表現した名称と言えるだろう・・・・・・。


「箱型ブランコ」のベンチの大きさは、私が知っているものは、2人掛けのベンチが向かい合わせになっていて定員は4人だった。


しかし、身体の小さな幼い子供なら、片側に3人は腰掛けることが出来たので、合計6人はいっしょに座ることが出来たと思う・・・・・・。


「箱型ブランコ」には、ベンチと床板がむき出しになっているタイプのものと、ハムスターの回し車のような形状の筒状のカバーで、ベンチと床板をぐるりと囲っているものがあった。


私が子供の頃によく遊んでいたのは、ベンチと床板がむき出しになっているタイプのもので、筒状のカバーで囲っているタイプのものは、知ってはいたものの、乗って遊んだことは一度もなかった・・・・・・。


先ほども書いた通り、もともと「箱型ブランコ」は、ブランコを自力で漕いで遊べない小さな子供用に作られた遊具で、外側から大人にゆっくりと揺らしてもらうことを想定していた。


しかし、実際には小学生や中学生も乗って遊んでいたし、高校生や大人が乗っているのも見たことがあった。


小さな子供が乗って遊んでいる時は、当初の想定の通り、大人がゴンドラをゆらゆらと揺らして子供を遊ばせていた・・・・・・。


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▲「箱形ブランコ」はハムスターの回し車のような形状のカバーで、周りをすっぽりと囲っているタイプののものもあって、見た目は遊園地にあるゴンドラのようだった・・・・・・。

しかし、小学生ぐらいになって来るとその遊び方は一変し、床板の上で足を踏ん張って、自力でゴンドラを漕ぐことが出来るようになって行った。


どのようにしてゴンドラを漕いでいたのかというと、手すりに掴って床板の上に立ち上がり、向かい合わせになった2人が、タイミングを合わせて、左右交互に重心移動をすることで、少しずつゴンドラを揺らして行くことが出来た・・・・・・。


そして小学校高学年ぐらいになると、その遊び方はさらに進化して行くことになる。


ベンチにはそれぞれ2人ずつ子供が座るのだが、この4名はただ座っているだけで何もしない。


じつは漕ぎ役の者は別にいて、ベンチの背もたれの部分に1人ずつ立って、ゴンドラを漕いで行くのだ。


漕ぎ方としては、手すりにしっかりと掴って、足の裏でベンチの背もたれを前方へ押すようにして交互に漕いで行く。


このようにして漕いで行くと、じょじょに揺れ幅が大きくなって行き、それに伴って揺れる速度も次第に速くなって行く。


そして通常の遊び方では、絶対に到達しない角度にまでゴンドラが持ち上がり、座っている方も手すりにしっかりと掴っていないと、向かい側に座っている友達の方へ落下してしまいそうになっていた。


この頃になると、ゴンドラは超高速で揺れており、落下しそうになるのを必死に踏ん張って堪えていると、もう次の瞬間には先ほどとは逆の背もたれの方向へものすごいGがかかり、身体がベンチに押し付けられているという、訳の分からない状態になっていた。


中には半狂乱状態になって、泣き叫んでいる者までいた・・・・・・。


ゴンドラの高度や速度も恐ろしかったが、それ以上に「箱型ブランコ」と金属の支柱を繋いでいるジョイントが、ゴンドラが行き来するたびに、「バキッ、バキッ!」と音を立てていたことも恐ろしかった。


ジョイントが壊れてゴンドラごと空中に放り出されるのではないかと誰もが思っていたものだ。


「そんな思いまでして、どうして乗るんだよ」と思われるかもしれないが、その恐怖がクセになってしまう者は決して少なくなかったのだ・・・・・・。


で、問題なのは、漕ぎ手の2人に、「漕いであげるから乗りなよ」と声を掛けられて乗ってしまった者たちだ。


多くの場合、それは自力で「箱型ブランコ」を漕ぐことが出来ない、同級生の女子だったり、低学年の子供たちだった。


そして、「漕いであげるから乗りなよ」が悪魔のささやきであることを、この時の彼らはまだ知る由もなかった。


「箱型ブランコ」の揺れ幅が小さい最初のうちは、みんな楽しくてはしゃいでいるのだが、次第に揺れ幅が大きくなって来ると、「あれ?箱型ブランコって、こんなに激しく揺れるんだっけ?」と誰もがふと疑問に感じ始める。


そして、ゴンドラの振り子運動が最高潮に達した頃には、いったい何語なんだかよく分からない言葉を発しながら、狂ったように泣き叫んでいる者と、まるで幽霊でも見てしまったかのように、両目をカッと見開いたまま、顔面蒼白状態で固まっている者にきれいに分かれていた。


そして無事に地上に生還出来た者たちは、しばしの放心状態の後、「生きているということは、当たり前のことではなく、奇跡に近いことなんだ」と、小学生にして早くも悟りを開くことになるのであった・・・・・・。



2023年12月31日 (日)

「昭和の遊具」遊動円木

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▲遊動円木は丸太にまたがって、「かすがい」の部分に捕まり、ブランコのように前後に揺らして遊ぶ遊具だった。その仕組みは丸太の両端を鎖で支柱に固定してあるだけのシンプルな遊具だった・・・・・・。

昭和の頃に見られた遊具の1つに「遊動円木」があった。


「遊動円木」は丸太の両端を鎖で支柱に固定してあるだけのシンプルな遊具だった。


当初は平均台のように、丸太の端から端まで、バランスを取りながら歩いて行くことで、平衡感覚を養うための遊具として考案されたらしい。


しかし、私が子供の頃には、すでにそのような遊び方をしている者は誰もいなくて、丸太にまたがって、ブランコのように揺らしながら遊ぶ遊具になっていた。


このため丸太の上部の数ヶ所には、持ち手として「かすがい」が打ち込まれていて、これに捕まって遊べるようになっていた。


また、私が子供の頃には、シーソーのような形状をした板型のものもあった。


板型のものは、きちんと彩色もされていて、イメージとしては、現在の遊具に近かったと思う・・・・・・。


遊動円木の歴史は古く、明治の頃からすでに存在していたようである。


一般に広く普及したのは、小学校に設置されるようになってからで、遊びを通して身体を鍛えるという目的があったらしい。


そう言われてみれば、私が小学生の頃は、筋力を使わなければ遊べない遊具が、校庭にいくつか設置されていた。


登り棒や雲梯、ジャングルジムなどは、その代表だったと思う・・・・・・。


ところで、当時「遊動円木」に使われていた丸太は、古くなって交換した、木製の電柱が再利用されていることもあったそうだ。


私が学生時代を過ごした昭和50~60年代は、バスが通るような広い道路は、もうコンクリート製の電柱に切り替わっていたが、メインの通りからちょっと奥に入った住宅街の狭い道などでは、まだ木製の電柱がちらほら見られた。


「遊動円木」で遊んでいた当時は、他の遊具と比べて、原始的な遊具だなとは思ってはいたものの、交換した電柱を使っているなんて思ってもみなかった。


それを知っていたら、犬の小便がかかっていそうな根元の方には、決して座らなかったのだが、今となってはもう時すでに遅しである。


このように昭和世代が子供の頃に経験して来たことって、焼却炉のダイオキシンの問題などもそうだが、「もう少し早く言ってよ」ということが山ほどある・・・・・・。


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▲遊動円木にはシーソーのような板型のタイプも見られた。こちらの方が小型軽量に出来ていたので漕ぎ役の負担は軽減された・・・・・・。

冒頭でも書いたが、当初の遊動円木は、丸太の端から端までバランスを取りながら歩いて行くことで、平衡感覚を養うための遊具だった。


しかし、私が子供の頃には、みんなで丸太にまたがって、ブランコのようにゆらゆらと揺らしながら遊ぶ遊具になっていた。


低学年の頃は丸太の上にまたがって、身体を前後に揺することで体重移動をして、丸太をまるで揺りかごのように動かして遊んでいた。


しかし、これが高学年になって来ると、そんな遊び方では満足出来なくなり、いつの間にか丸太の両端に「漕ぎ役」の者が立ち、鎖に捕まって、ブランコの立ち漕ぎの要領で、丸太を動かしていくようになっていった。


丸太はブランコと違って重いので、最初は漕ぎ役の者は、しゃがむような姿勢になるまで下半身を落とし、丸太の端っこにしっかりと足を付けて、思いっ切り蹴り出して行かなければならなかった。


そんな風にして漕いで行くと、丸太は次第に高速で揺れるようになって行き、持ち手代わりに取り付けられている「かすがい」に、しっかり捕まっていないと、いつ振り落とされてもおかしくはなかった・・・・・・。


また、丸太の振り幅が大きくなって来ると、漕ぎ手の方も常に危険と隣り合わせだった。


なぜかというと、最初は丸太のへりを押し込むように漕いでいたのに、振り幅が大きくなって来ると、へりに足が届かなくなって行き、丸太の切り口(年輪)の部分を押すしかなくなって行くのだ。


そしてついに足が届かなくなれば、丸太が自分の方に戻って来るまで、鎖にぶら下がっているしかないのである・・・・・・。


そんな遊び方をしていたものだから、当時は「かすがい」に捕まっていても、振り落とされる者が続出していた。


また、自分が落ちるだけならいいのだが、周りで遊んでいた子供にダイビングボディプレスをしてしまい、巻き込んでしまったということもよくあった。


このように振り落とされる事故が多いということで、遊動円木の周囲をまるで砂場のようにしてある公園もあった。


しかし、そのようにすると、そこを砂場と勘違いした子供が、砂遊びを始めてしまい、丸太が頭に直撃するという事故も起きていたようだ。


そんな事故が多い遊具ということもあって、遊動円木はいつの間にか公園から姿を消していた。


まあ、いま思えばだが、そりゃあなくなるわな・・・・・・。


2023年11月19日 (日)

「昭和の遊具」空中シーソー(回転シーソー)

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▲空中シーソーはこのようにギッタンバッコンさせて遊ぶ遊具だった。また、私は見たことがなかったが、竹とんぼのようにクルクルと回転するタイプのものもあったようだ・・・・・・。

昭和の頃には公園や学校に行けば必ずあったのに、いつの間にか撤去されてなくなってしまった遊具というのが、じつはけっこうあるものだ。


「空中シーソー」とか「回転シーソー」と呼ばれていた遊具もその中のひとつで、いまではもう絶滅してしまった遊具といえるだろう。


私の記憶では空中シーソー(回転シーソー)には大きく2つのタイプがあったように思う。


1つ目のタイプは梯子の真ん中を1本の支柱に固定してあるようなシンプルな外観のもの。


遊び方としては、梯子の両端にそれぞれ子供がぶら下がり、一方がジャンプした時にもう一方がしゃがむ。


この動作を交互に繰り返して行くことで、シーソーのようにギッタンバッコンさせて遊ぶのだ。


このタイプのものは、遊具の規模としては、それほど大きなものではなく、シーソーが空中に持ち上がる高さも、せいぜい自分の身長の2倍あるかないかぐらいだったと思う・・・・・・。


2つ目のタイプは、1つ目のものとは比べ物にならないくらいの大きさで、大きな公園などに行かなければ遊ぶことが出来なかった。


早い話が場所を取るので、それなりのスペースがないと設置出来なかったのだ。


こちらのタイプは体操競技で使う、大きな鉄棒のようなものが支柱になっていた。


そして梯子の形状もちょっと特殊で、まるで消防自動車の梯子のような形をしていた。


このタイプのものは、パッと見た感じ、とても遊具には見えず、その様子はまるで建設現場で見かける足場のような武骨な印象だった。


また、このタイプは遊具らしいカラフルな色に塗装されていた訳ではないので、きっと今の子供たちが見たら、何に使うものかさっぱり分からないと思う・・・・・・。


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▲大型のタイプは通常の遊び方のほか、縦方向に回転させて遊ぶことが出来た。公園の遊具なので、体を固定するベルトなんてなくて、いま考えると大人でも危険な遊び方である・・・・・・。

で、基本の遊び方は、1つ目のコンパクトなタイプと同様なのだが、この大型のタイプは、シーソーが一番高い所まで持ち上がると、自分の身長の3倍以上の高さになっていたと思う。


普通に遊んでいるだけなら、そんなことにはならないのだが、お互いに勢いをつけて、思いっ切りジャンプをして漕いで行くと、かなりの高さにまで到達し、元に戻る時の勢いで、空中で体が水平になったりもしていた。


いま考えると、うっかり手を離して地面に叩きつけられようものなら、大怪我どころでは済まなかったかもしれない。


当時はいっしょに遊ぶ相手を間違えて、号泣しながら空中に持ち上げられている子供がよくいたものだが、空中シーソー(回転シーソー)では、この程度の遊び方はまだまだ序の口だった。


前述のように空中シーソー(回転シーソー)の基本の遊び方は、梯子の両端にそれぞれ子供がぶら下がり、お互いにギッタンバッコンさせて遊ぶのだが、この大型のタイプにはさらに高度な遊び方が存在していたのだ・・・・・・。


じつはこの大型の空中シーソーは、「回転シーソー」の別名があるように、まるでハムスターの回し車のように、ぐるぐると回転させることが出来た。


ちなみに1つ目のコンパクトタイプの空中シーソーは、支柱が梯子の真ん中で固定されているため縦方向への回転はしない。


2つ目の大型のタイプは、支柱が両サイドに2本あり、鉄棒状になっているため、梯子を縦方向にぐるぐると回転させることが出来たのだ。


ただし、回転させるためには、それなりの体力と技術が必要だった。


まず、通常の遊び方をする時に、手で持ってぶら下がる部分に足を乗せて立つ。


そしてその上の梯子の部分を手でしっかりと持つ。


そしてお互いに片足で地面を蹴って、少しずつ勢いをつけて行くと、シーソーは次第に水平から直角の高さにまで上がって行くようになる。


そして自分の体勢が逆立ちになったなと思った瞬間、シーソーはぐるぐると回転を始めるのだ。


その様子はまるで宇宙飛行士になるための訓練のようである。


宇宙飛行士たちはちゃんとシートベルトを装着して、ぐるぐると回されているのだが、空中シーソー(回転シーソー)には、そんなものは付いていない。


自分の力でしがみついていなければ、地面に真っ逆さまに落下して病院送りになること間違いなしだ。


空中シーソー(回転シーソー)にぐるぐると回されながら、いったい何が楽しくてこんなことをしているんだろうと、自分を見失うこともしばしばあった・・・・・・。


いま考えると、空中シーソー(回転シーソー)って、遊園地のアトラクションにあってもおかしくない代物だったと思う。


そんなものが公園や学校の校庭にポンと設置されていた昭和の時代って、本当に「スゲ~よな~」と今更ながら思ったりする。


しかも空中シーソー(回転シーソー)には、シートベルトも付いていなければ、係のお姉さんもいないのだ。


子供が勝手に好きなように遊んでよかったのである。


それって、今の時代だったら、完全にアウトだろう・・・・・・。


現実に空中シーソー(回転シーソー)で遊んでいると、危ないこともしばしば起きていた。


相手が上に持ち上げられている時に急に手を離して、相手が地面に叩きつけられたり、遊びをやめて着地した後に、鉄の手すりの部分が、ガクンと下りて来て、それで頭を強打したりと、事故の絶えない遊具ではあった。


それでも当時は大した問題になることはなく、「怪我をしないように、気を付けて遊びなさい」と言われるぐらいだった。


そして痛い目に遭った当人たちも、その翌日にはそんなことはもうすっかり忘れ、ゲラゲラ笑いながら、空中シーソー(回転シーソー)のスリルに絶叫していたものである。


いまこうして振り返ってみると、昭和の子供たちって、なんだかものすごく馬鹿っぽい。


それってやっぱり、落下したり、頭を打ったりしながら、遊んでいたからなのだろうか・・・・・・。


2023年8月16日 (水)

「昭和の遊具」回旋塔

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▲回旋塔は1本の支柱に、数本の鎖で円錐状に大きな輪っかが吊り下げられている遊具だった。輪っかの部分はグルグルと回転する仕組みになっていて、子供たちはここに捕まって、クルクルと振り回されながら遊んでいた・・・・・・。

最近、公園や学校の前を通るたびに、自分が子供の頃に見ていた光景が、「ずいぶんと様変わりしてしまったなぁ」と感じる。


で、何がそんなに様変わりしてしまったのかというと、なんだか妙にスッキリしてしまったように感じるのである。


当初は自分が子供の頃に比べて、子供の数が減ってしまったことが、その原因なのだろうと思っていた。


しかし、誰もいない公園や学校の前を通っても、同様に違和感を感じるので、どうもそれが原因ではなかったようだ。


そこで当時の記憶をたどって行くと、そこにあるべきものがなくなっていたことに気付いたのだ・・・・・・。


で、何がなくなっていたのかというと、私が子供の頃には、当たり前のようにそこに設置されていた遊具が、きれいさっぱりと姿を消してしまっていたのである。


そしてその遊具を撤去した場所には、代わりの遊具が設置されている訳でもなく、ただの不自然な何もない空間になっていた。


どうやらこれが「スッキリしてしまった」と感じる原因のようだ。


で、なんで昔ながらの遊具が撤去されてしまったのかというと、近年になってその危険性を指摘されるようになったからに他ならない・・・・・・。


私が子供の頃に最も衝撃を受けた遊具といえば、なんと言っても「回旋塔」がナンバーワンである。


回旋塔というのは1本の支柱に、数本の鎖で円錐状に大きな輪っかが吊り下げられている遊具で、分かりやすくいうなら、傘の骨組みの形を想像してもらえばよいかと思う。


で、どのようにして遊ぶのかというと、回旋塔はその名の通り、回転する仕組みになっているので、まず輪っかのバーの部分に捕まって、支柱の周りを走って回転させ、そのまま輪っかにぶら下がって、クルクルと振り回されるのを楽しむのである。


しかし、これはあくまでも基本の遊び方なのだ。


慣れて来ると、より速く、よりスリリングに回されたくて、猛ダッシュで勢いをつけてから足を離し、遠心力で体が吹っ飛ばされそうになるのを必死に堪えながらバーに捕まっていた。


6~7人で回すとさらにスピードが増して、回転時間も長くなり、もはや回されていて、楽しいんだか苦しいんだか、よく分からなくなって来る。


超高速で回る回旋塔に必死に捕まりながら、次第に指先の感覚がなくなっていくのを感じつつ、いつの間にか隣の友達がいなくなっていることに、ふと気付くこともしばしばだった。


回旋塔の順番待ちをしていた友達が言うには、その瞬間彼はまるでスーパーマンのように、空中をものすごいスピードで飛んで行ったそうである。


ただ、唯一スーパーマンと違ったのは、彼が後ろ向きに飛んで行ったことだろう・・・・・・。


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▲回旋塔は斜め方向に傾けて回すことも出来た。このようにして回すと、高速の回転運動に加えて、上下運動も加わって、回されている者は恐怖を通り越して「死」を覚悟することもあった・・・・・・。

子供は大人が思いもしないような遊び方を考案する天才である。


じつはこんな遊び方はほんの序の口だったのだ。


回旋塔というのは、ただ回転するだけでなく、斜め方向に傾けて回すことも可能だった。


だから数人で輪っかを地面の方向に押し下げて、反対側にぶら下がっている友達を高く持ち上げ、高速で回転させるなんて遊び方も出来た。


じつはこの時の彼は地面から2メートル近い高さまで持ち上がっている。


静止している状態でも、そこから飛び降りるのは、ちょっと無理な高さである。


で、バーを押し下げて、回旋塔を回転させているメンバーが、そこから一斉にいなくなるとどうなるのかというと、バーに捕まって回されている彼は、ただ高速で回転するだけでなく、上下運動も加わった状態で、高速でグリングリンと振り回されることになる訳だ。


まるで宇宙飛行士になるための訓練である・・・・・・。


で、先に振り回されている彼には大変申し訳ないのだが、ここからがいよいよ本番なのである。


先ほどまで下でバーを回転させていた子供たちが、高速で回転を続けている回旋塔に次々と飛び込んで行くのだ。


タイミングを見誤ると、すでに回旋塔に振り回されている彼の回し蹴りの餌食になる。


また、バーを掴み損ねれば、大怪我をする恐れだってある訳だ。


そしてそれは、走っている車に接触するほどの衝撃で、まともにぶつかれば病院送り間違いなしである。


そんな危険な状況の中で、バーをしっかりと掴んで遊びに参加出来ていたのだから、当時の子供たちの動体視力は半端ないものがあったのだろう・・・・・・。


と、まあ、このような遊び方をする回旋塔だったので、強烈な遠心力で吹っ飛ばされて、落下して行く子供たちが毎回のようにたくさんいた。


それでも私の周りでは、体中に擦り傷やあざを作っている子供はいくらでもいたものの、大怪我をしたとか救急車で運ばれたなんて話は聞いたことがなかった。


しかし、全国的に見ると、骨折や指を切断したりする事故があったらしく、いつしか回旋塔は危険だということになり、公園や学校から次々と姿を消して行くことになったのだった。


子供の頃、回旋塔で遊んでいた者としては、なんとも寂しい限りだが、こうして当時のことを冷静に振り返ってみると、「そりゃ、そうだよなぁ・・・」と思わざるを得ない・・・・・・。



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