「昭和の遊具」タイヤの遊具
▲昭和の頃にはよく見たタイヤの遊具だが、最近は学校や公園から姿を消しつつある・・・・・・。
私が子供の頃、学校の校庭や公園には、必ずタイヤの遊具が設置されていた。
当時、最もよく見かけたタイヤの遊具は、半分が土に埋められているタイヤが、等間隔に並べられているものだった・・・・・・。
ところでこのタイヤの遊具だが、いま考えると、名前も分からなければ、遊び方も分からない謎の遊具だった。
このため遊び方も人それぞれで、跳び箱を飛ぶように、タイヤの上部に手をついて、ピョンピョンと連続して飛び越えて行く者や、タイヤの上に乗って、バランスを取りながら、タイヤからタイヤへと、飛び移って行く者などがいた。
また、タイヤのカーブに自分の背中を当てて、ブリッジのような姿勢になって、「ぬあ~~~っ!」などと叫んでいるやつや、タイヤの穴に自分の身体をすっぽり通して、そのまま地面に横たわり、タイヤの上を飛び越えて行く者が、自分の上に落下して来て、顔や股間を踏み付けられるんじゃないかというスリルを楽しんでいるおかしなやつもいた。
当時はそんなことをして、いったい何が楽しいのか、意味がさっぱり分からなかったものだが、いま思えば彼は、足を滑らせて落下して来た女子に、本当に顔や股間を踏み付けられたかったんじゃないかと思う。
いわゆる「どMのはしり」というやつだ。
大人になった彼の性癖がエスカレートしていないことを祈るばかりである・・・・・・。
ところでこのタイヤの遊具、設置されている施設によって、タイヤの埋まり具合や、タイヤとタイヤの間隔が微妙に違っていた。
タイヤの埋まり具合に関しては、タイヤの半分程度が、地面に埋められているのが普通だが、半分以上が土に埋められて、タイヤの上部だけが地上に出ているところもあった。
これでは低すぎて、跳び箱のようにピョンピョン飛び越えて行くことは出来ず、自動的にタイヤの上をバランスを取りながら歩いて行く遊び方しか出来なかった。
で、それが面白いかと言われれば、決して面白くはないのはいうまでもないことだ・・・・・・。
▲タイヤの埋まり具合や間隔には、これといった決まりはなかったようで、それぞれの施設でまちまちだった・・・・・・。
また、タイヤの埋まり具合は普通だが、タイヤとタイヤの間隔がおかしなことになっている公園もあった。
普通はタイヤとタイヤの間隔は、子供が飛び越えられるくらいの間隔で並べられているものだ。
ところがその公園では、「間隔」などという概念は一切なく、タイヤは全てくっつけた状態で並べられていた。
これでは丸太が置いてあるのと変わらない。
これでいったいどうやって遊べというのか。
ちなみに私はそのタイヤの遊具で、子供が遊んでいるのを見たことは一度もなかったが、酔っ払いがベット代わりにして寝ているのは、何度か見たことがあった・・・・・・。
タイヤの遊具といえば、横倒しにしたタイヤを、3本のロープで吊った、ブランコのような遊具もあった。
テレビでパンダが乗って遊んでいるのをよく見ると思うがアレである。
ただ、このタイヤのブランコ、見た目はブランコなのだが、子供にはけっこう高さがあって、タイヤの部分に座ると、足が地面に届かないのである。
だから誰かがいっしょにいないと、ブランコのように揺らして遊ぶことが出来なかった。
遊び方としては、友達に後ろから押して揺らしてもらうのが一般的だったが、友達にタイヤの部分を、ハンドルを回すようにゆっくりと回転させてもらい、3本のロープを三つ編み状にして、限界まで達したところでパッと手を離し、タイヤを高速で回転させる遊び方が最も流行っていた。
タイヤといっしょに高速で回転しながら、振り落とされないように、必死にしがみついていると、知らないうちに尻がタイヤの穴にハマっていき、回転が止まった後に、タイヤの穴から尻が抜けなくなって焦っているやつもいた。
友達に協力してもらって、なんとかタイヤから尻を抜いたはいいが、今度は目が回っているため、まともに歩くことが出来ず、まるで酔っ払いのコントでも見ているような歩き方で、左前方にある砂場に突進して行き、でんぐり返しをして、ようやく立ち止まるという有り様だった。
そして公園で遊んでいた小さな子供たちは、その滑稽な歩き方に大爆笑で、フラフラになって砂場で転がっている彼も、その様子を見てまんざらでもない様子だった。
きっと彼は、当時子供たちに大人気だった、ドリフのコントのようなことが出来て、満足だったのだと思う・・・・・・。














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