カテゴリー「ファイナルファンタジー」の記事

2024年9月14日 (土)

ファイナルファンタジーⅦのCM

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▲「ファイナルファンタジーⅦ」のパッケージデザインは驚くほどシンプルなものだった・・・・・・。

1996(平成8)年の正月明け、なんの前触れもなく、テレビで60秒間の衝撃的な内容のCMが流れ始めた。


画面には3DのCGで描かれた、「ミッドガル」と呼ばれる科学文明の栄えた都市が映し出され、カメラがゆっくりとパーンして行く。


場面は変わり、パソコンが並ぶオフィスに。


キーボードを小気味よく打ち鳴らしながら、プログラムを入力して行く開発者。


モニターの中には、先ほどのミッドガルの光景。


そして開発中のキャラクターの姿が、次々と映し出されて行く。


そしてエンターキーを叩くと、開発中の画面から飛び出したキャラクターが、フィールドに降り立つ。


息をつく間もなく、モンスターとエンカウントし、戦闘シーンに突入する。


さらに町の中やダンジョンを滑らかに動き回るキャラクター。


そしてそのゲーム画面に重ねるように、「F・FⅦ始動」という印象的なキャッチコピーが映し出される。


続けて「1996年12月発売予定」という告知。


最後はプレイステーションのロゴマークと、いまやお馴染みとなった、「プレイステーション」というナレーションが入りCMは終了・・・・・・。


もはや説明するまでもないと思うが、このCMは初代プレイステーション用ソフトとして、1997年1月31日に、スクウェアから発売になった、「ファイナルファンタジーⅦ」の第一報だった。


1996(平成8)年の正月明けのCMでは、「1996年12月発売予定」と告知されていたが、結果的には1ヶ月遅れて、年明けの発売となった・・・・・・。


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▲取扱説明書に掲載されていた印象的なカット。取扱説明書に採用されていた画像は、キャラクターはなぜか後ろ姿が多かったように思う・・・・・・。

で、このCMの何が衝撃的だったのかというと、まずは何よりも、これまでずっと任天堂のハードで発売されて来た、ファイナルファンタジーシリーズの最新作を、いきなりSONYのプレイステーションで発売すると、CM上で宣言してしまったことだろう。


このCMが公開されるまでは、世の中のほとんどの人は、ファイナルファンタジーⅦは、任天堂が4月に発売するとしていた(後に6月に延期)、NINTENDO64の専用ソフトとして開発されていると思っていた。


というのも、ファイナルファンタジーは、これまで「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」はファミリーコンピューター、「Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ」はスーパーファミコンと、一貫して任天堂のハードで発売されて来たからだ。


それがこのCMをもって、突然のハード変更、プレイステーション参入の発表となったのだ。


当時はファイナルファンタジーと、ドラゴンクエストの2大ビッグタイトルは、任天堂のハードで発売されることは間違いないと思われていた。


このためプレイステーションは買い控え、NINTENDO64の発売を待っている人が多かった。


そんなこともあって、このCMを見た時の衝撃はハンパないものがあったのである・・・・・・。


さらにこのCMを見て、多くの人が驚いたのは、Ⅵまでの2Dのドット絵から一転して、3Dという新たな表現方法が採用されていたことだろう。


当時は3Dのグラフィックを採用したゲームが、少しずつ増えて来てはいたものの、まだまだ格闘ゲームやアクションゲームが多く、RPGは2Dのドット絵が主流だった。


そんな時代だったからこそ、このCMのインパクトは非常に強く、多くの人がそこにゲームの未来を垣間見ていた。


そして人々は3Dというゲームの新たな表現方法を目の当たりにしたことで、「もしかしてスーパーファミコンの次は、プレイステーションになるんじゃないのか・・・?」と思い始めていた・・・・・・。


じつはファイナルファンタジーⅦは、当初、多くの人が予想していた通り、NINTENDO64で発売される可能性もあった。


しかし、NINTENDO64の開発が遅れたことで、この時すでに発売になっていた、プレイステーションにシフトチェンジしたのだという。


また、NINTENDO64は、ROMカセットでゲームを供給することがすでに決まっていた。


しかし、ファイナルファンタジーⅦの、膨大な容量のムービーをROMカセットに詰め込むことは難しく、最終的に容量の制約のない、CD-ROMを採用しているプレイステーションで発売することが決まったのだという・・・・・・。


また、当時はRPGといえば、中世ヨーロッパ風の、いわゆるファンタジーの世界観が定番だった。


CMでファイナルファンタジーⅦの映像を目の当たりにして衝撃だったのは、そのような要素が一切なくなって、機械文明が発展した、現代に近い独特な世界観が広がっていたことだろう。


個人的にはワールドマップ上に「城」が存在しない、初めてのRPGだったように思う・・・・・・。


このように1996(平成8)年の正月明けに突如公開された、ファイナルファンタジーⅦのCMは、その全てが衝撃的、かつ斬新で、ぼくら一般のプレイヤーだけではなく、ゲーム業界全体を騒然とさせ、人々の記憶に強烈な印象を残すことになったのだった・・・・・・。



2024年8月 3日 (土)

幻のファミコン版「ファイナルファンタジーⅣ」

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▲結果的にファミコンでのシリーズ最終作となった「ファイナルファンタジーⅢ」。じつは当初、「ファイナルファンタジーⅣ」は、スーパーファミコンではなく、ファミコンで発売される予定だった・・・・・・。

ファイナルファンタジーⅣは、スーパーファミコン用ソフトとして、1991(平成3)年7月19日にスクウェアから発売になった。


そしてファイナルファンタジーⅣは、スクウェアのスーパーファミコン参入の、記念すべき第1弾のソフトとなったのだった・・・・・・。


電源を入れて多くのプレーヤーがまず驚いたのは、ファミコンからスーパーファミコンにプラットフォームが変わって、グラフィック機能が大幅に強化され、ゲーム画面が見違えるほど美しくなっていたことだろう。


さらに新ハードの特性でもある、背景の多重スクロールや、回転、拡大、縮小表示機能などを駆使して、ゲームの演出効果が飛躍的に向上していたことも感動だった。


これについては、事前にファミコン専門誌から、情報は仕入れていたものの、実際に動いている画面を目の当たりにすると、「すげ~・・・」とテレビに目が釘付けで、正にお口あんぐり状態だった・・・・・・。
 

そしてファイナルファンタジーが、ファミコンからスーパーファミコンに移行して、一番変わったな~と感じたのは、プレーヤーに対して、妙に親切になったことだろう。


ファイナルファンタジーシリーズといえば、ファミコンの頃は、本当にクリアさせる気があるのかと、疑問に感じるほど不親切で、ゲームバランスや、セーブポイントの少なさに泣かされて来たプレーヤーも少なくなかったはずだ・・・・・・。


それがファイナルファンタジーⅣになって、突然ダンジョン内にセーブポイントが設けられて、セーブをすることが出来るようになっていたり、テントやコテージを使用して、HP、MPを回復させることが出来るようになっていたのだ。


逆にいうなら前作までは、ワールドマップ上でしかセーブをすることが出来なかったため、鬼のように長い高難度のダンジョンに入る時などは、大量の回復アイテムを買って持ち歩くぐらいしか、対策のしようがなかった。


そこまでしても、クリア間近に強敵に遭遇して、あっけなく死んでしまうこともあり、そうなるともう前回セーブしたポイントからやり直すしか方法がなかったのである・・・・・・。


そんな訳で、スーパーファミコンになって、やたらと親切になったファイナルファンタジーⅣだったのだが、1991(平成3)年10月29日には、さらに難易度を下げた、「ファイナルファンタジーⅣイージータイプ」が発売になった。


具体的にはゲームバランスを調整して難易度を下げているのだが、それ以外にも魔法の名前がシンプルなものに変更されていたり、隠し通路が見えるようになっていたりしていた。


イージータイプは主に低年齢層に向けた商品だったようだが、ファミコン時代のⅠ~Ⅲを知っている者にとっては、Ⅳの通常版のどこが難しいのか、はなはだ疑問に感じたものである。


そして頭の片隅で、「過保護とはこういうことをいうのだろうなぁ」となんとなく思っていた・・・・・・。


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▲画像の「ファイナルファンタジーⅢ」に続く「Ⅳ」が、もしファミコンで発売になっていたら、きっとシリーズ最高傑作となっていたことは、ほぼ間違いないだろう。私は当時、ファミコン通信の記事になった、「飛空艇屋」のゲーム画面が、未だにはっきりと目に焼き付いている・・・・・・。

ところで、1991(平成3)年7月19日に、スーパーファミコン用ソフトとして発売になった「ファイナルファンタジーⅣ」なのだが、じつは本作は制作発表当時、「ファイナルファンタジーⅤ」のナンバリングで発表されていた。


そしてこの制作発表の際には、「ファイナルファンタジーⅣ」についても、合わせて制作発表が行われていたのだが、こちらはファミコン用ソフトとして開発が行われているとのことだった。


ところがこの時、市場はすでに、ファミコンからスーパーファミコンに移り変わっており、いわゆる大人の事情もあって「ファイナルファンタージーⅤ」の方を、「Ⅳ」よりも先に発売しなければならなくなった。


そこで「ファイナルファンタジーⅣ」の開発は一旦凍結し、開発スタッフを「Ⅴ」に集めて、こちらを先に発売することとし、「Ⅳ」は後から開発をすることになったのだった。


このような事情があって、「Ⅳ」よりも「Ⅴ」の方が先に発売されることになったため、「ファイナルファンタジーⅤ」として開発が進められていたスーパーファミコン用ソフトが、結果的に「Ⅳ」に繰り上がって発売されることになったのだった。


そしてこれが1991(平成3)年7月19日に実際に発売になった、「ファイナルファンタジーⅣ」ということになる・・・・・・。


で、問題なのは、ファミコン用ソフトとして開発される予定だった、もともとの「ファイナルファンタジーⅣ」である。


本作はファイナルファンタジーシリーズの、ファミコン最終作となる予定だったのだが、いろいろあって結果的にお蔵入りとなってしまい、結局のところ発売はされなかった・・・・・・。


じつは当時、ファミコン通信(現ファミ通)の記事で、「Ⅳ(発売されなかったファミコン版)はこんな風になる」という、ゲーム内容を予想する企画があって、町の中と思しきゲーム画面が誌面に掲載されていた。


そしてそこには、「飛空艇屋」という飛空艇を売っている店が紹介されていた。


ゲーム画面自体は「Ⅲ」にそっくりで、あまり変わり映えはしなかったのだが、逆にそこにリアリティを感じたりしていたものである。


もちろんこれは、ゲーム内容の予想記事だったので、実際の開発画面ではなくて、架空のものだったのだが、多くの人が開発中の画面と勘違いをして、期待に胸を躍らせていたものである・・・・・・。


しかし、この「ファミコン版Ⅳ」が、もし本当に予定通り開発されていたら、ファイナルファンタジーシリーズのファミコン最終作ということもあって、開発スタッフも相当気合を入れて作っていたはずで、過去最高傑作といわれる作品になっていたのかもしれない。


私は新作のファイナルファンタジーの話題が上がるたびに、未だにファミコン通信(現ファミ通)の記事に出ていた、あの「飛空艇屋」のゲーム画面をふと思い出し、「幻のファイナルファンタジーⅣをプレイしてみたかったな~」と、当時に思いを馳せるのである・・・・・・。


どうでもいいが、いまとなってはファミ通の編集部にも、あの「ファミコン版Ⅳ」の予想記事のことを知っている人は、もう誰もいないのだろうなぁ・・・・・・。


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