カテゴリー「駄菓子屋」の記事

2026年7月15日 (水)

ビン入りコーラのうわさ

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▲ビンコーラは冷蔵庫から出したら、まず、この王冠を栓抜きで抜かなければ飲むことは出来なかった。現代では、「もう、家に栓抜きなんてないよ」という家庭も少なくないのでは・・・・・・。

私が子供の頃、「コカコーラはビン入りの方が、缶入りのものより美味い」とよく言われていた。


私はコーラが苦手だったこともあって、「そんな馬鹿な・・・」と思うだけで、たいして気にもしていなかったのだが、「ファンタや他のジュースも同じだよ」と言われて、なんだかちょっと気になり始めていた・・・・・・。


そんなある日、父が家でビンビールを飲みながら、「クーーーッ!やっぱりビールはビン入りに限るな~」などと言っていた。


私は何気なく、「なんで?」と聞いた。


すると父は、「缶ビールは安っぽい味なんだよ。ビンビールは雑味がなくて美味い」と、本当に美味そうな顔をして言った。


そこまで言われたら、私もビンジュースの美味さとやらを確かめずにはいられまい・・・・・・。


私が子供の頃は、自動販売機のジュースは、もうほとんど缶入りのものに切り替わっていたが、駄菓子屋やお菓子屋の店先に置かれていた自販機には、まだビンジュースが残っていた。


私は早速、ビン入りのファンタを購入して、家の冷蔵庫に入れて冷やしておいた。


そして父がビールを飲むときに、いっしょにビンジュースを取り出して、飲んでみることにした・・・・・・。


栓抜きで栓を開け、「プシュ!」という心地いい音を聞きながら、よく冷えたファンタオレンジをコップに注ぐ。


そしてそれを慎重に一口だけ口に含んでみる。


すると確かに「あれ?」という感じがあった。


父が「ビンビールは雑味がない」と言っていた意味がなんとなく分かるような気がする・・・・・・。


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▲600ミリリットルや680ミリリットルのペットボトルが主流となっている現代からすると、ビン入りジュースの容器は細身で小ぶりに感じることだろう。でも、当時はこれが当たり前だったのだ・・・・・・。

そう、いつもと何かが違うのだ。


それが雑味ということなのか。


缶ジュースよりは確かに美味い気もする。


何なんだこれは。


もしかして、缶とビンでは中身が違うのか。


いろいろ考えてはみたが、当時はそのことをちゃんと説明出来る者は、私の周りには誰一人いなかった。


そんなこともあって、当時は本当なのか、嘘なのかよく分からない、都市伝説的な話として語られていたのを覚えている・・・・・・。


そして私が事の真相を知ったのは、なんと大人になってからだった。


メーカーの話によると、じつは缶もビンも中身は全くいっしょとのことで、味が違うように感じるのは、容器の材質の特性によるものとのことだった。


缶入りのものは、ビン入りのものに比べて、少なからず、缶の匂いが飲料に移りやすくなってしまうので、これが雑味のように感じるのだろうとのこと・・・・・・。


一方、ビンは遮光や保冷、ガスバリア性に優れている。


このため、冷えやすい、炭酸が抜けにくいなどの特性がある。


また、ビンそのものには匂いがないため、純粋に飲料の風味が感じられるようだ。


そんなわけで、「コカコーラはビン入りの方が、缶入りのものより美味い」という噂は、「確かに美味くは感じるが、中身は全くいっしょである」という、分かったような、分からないような、狐に摘ままれたような真相にたどり着いたのだった・・・・・・。


2026年3月25日 (水)

アポロ

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▲左側のパッケージは見慣れないと思うが、1966(昭和41)年の発売当初のもの。現在は右側のパッケージデザインになっている・・・・・・。

「アポロ」は1966(昭和41)年8月7日に、明治製菓から発売になった粒チョコレートだ。


きのこの山やたけのこの里と並び、明治を代表するチョコレート菓子で、2026(令和8)年現在で60周年を迎える。


一般的にいって、お菓子のライフサイクルは、そのお菓子を食べ始めた子供が成人するまでの20年間といわれている。


それを考えると、「アポロ」は超がつくほどのロングセラー商品といっても過言ではないだろう・・・・・・。


「アポロ」といえば、円錐形の独特な形をしており、その周りを囲むように、縦にすじ模様が入っている。


じつはこの「アポロ」の形状は、1969(昭和44)年7月21日に、人類初の月面着陸に成功し、同年7月24日に地球へ帰還した、アポロ11号の司令船がモチーフとなっている。


ただし、明治製菓が「アポロ」を商標登録したのは、1966(昭和41)年のことで、当初はギリシャ神話の太陽神、アポロンに由来していたといわれている。


ということは、明治製菓が「アポロ11号の月面着陸ブームにのっかった」ということなのだろう。


じつはお菓子業界では、この「ブームにのっかる」ことは、決して珍しいことではなく、他にもいくつか思い浮かぶものがあるのだが、それらについてはまたいずれということで・・・・・・。


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▲幅広い世代にお馴染みのアポロのこの形は、1966(昭和41)年から全く変わっていない。遠足の定番のお菓子のひとつだった・・・・・・。

で、「アポロ」といえば、上部の尖った部分はイチゴ味のチョコレート、広がっている下部の方はミルクチョコレートになっている。


じつは時期については定かではないのだが、この上下のチョコレートを逆にした、「逆さアポロ」が稀に入れられていたことがあったらしい。


詳しい混入率などは不明だが、「相当レア」な確率だったそうだ・・・・・・。


レアといえばもう1つ、「アポロ発売50周年」のイベントとして、「ラッキースター」と呼ばれる星形のアポロが入れられていたこともあった。


現在も入っているのかどうかは定かではないが、当時は「ラッキースター」の混入率は、1万個に1個ともいわれていた。


または100箱に1つとか、3000粒に1つなんていう人もいたが、1箱買ったら、2粒入っていたなんていう人もいて、実際のところはどの程度の確率だったのかはよく分からない。


ただひとついえることは、「ラッキースター」なのだから、食玩やガチャポンのシークレットアイテム程度の混入率だったのではないだろうか。


しょっちゅう出て来るようなものなら、「ラッキー」とはいえないだろう・・・・・・。


ところで先ほども書いたように、アポロは2026(令和8)年8月7日で、発売60周年を迎える。


50周年の時に「ラッキースター」が入れられたように、もしかしたら、60周年のイベントとして、何かサプライズがあるかもしれない。


「星の次は何か?」を想像しながら楽しみに待ってみるのもいいだろう・・・・・・。


ところで、アポロにはジャンボサイズがあるのをご存知だろうか。


空港や駅、土産物店などに行かないと出会えないかもしれないが、ジャンボサイズには通常のアポロチョコ以外に、ホワイトチョコレートをかけて仕上げた、赤富士バージョンが存在する。


ここまで来ると、「もうアポロ11号と関係なくなっちゃってるじゃん」という気がしないでもないが、お土産としてもらったら、きっと嬉しいし、売り場で見つけた時のワクワク感もハンパないだろうから、「これはこれで、まあいいか」と思っておくことにする・・・・・・。



2025年5月21日 (水)

パンチガム

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▲板ガムが売れていた当時、果物の味がするガムがたくさん発売されていた。果物の味がするガムは、とても爽やかな香りがして人気だった・・・・・・。

昭和の頃、ドッキリグッズが流行っていた時期があった。


最も有名なのは、駄菓子屋でも売られていた、「パンチガム」ではないだろうか。


パンチガムは当時主流だった、板ガムの形をしたおもちゃで、ロッテから発売になっていた、板ガムのパッケージにそっくりな商品だった・・・・・・。


1980年代は板ガムが売れに売れていた時代で、ロッテからじつに多くの種類が発売されていた。


現在でも根強く生き残っているミント系のガムはもちろん、瑞々しいフルーツの味と香りを再現したものや、コクのあるコーヒー味のものまであった・・・・・・。


パンチガムはそんな板ガムのパッケージに見た目がそっくりで種類も複数あった。


ここまでそっくりだと、ちょっと問題になりそうだが、ちゃんとロッテに許可を取っていたのかどうかは、かなり怪しいところだ。


少々のことでは問題にならないのが、昭和という時代だったのである・・・・・・。


パンチガムはおもちゃなので、食べること(噛むこと)は出来ない。


板ガムを見たこともない、現代の子供たちは、「ガムのおもちゃ」などと言われても、きっと、どうやって遊ぶのか、想像もつかないのだろう・・・・・・。


じつはパンチガムは、購入した時点で、すでに封が開いていて、パッケージの口の部分から、中の板ガムがちょっとだけ見えていた。


当時はこの状態で、シャツや上着のポケットにガムを入れている人が多かったので、パンチガムもこのままポケットに忍ばせておけば、何の違和感もなく、怪しまれることもなかった・・・・・・。


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▲ドッキリグッズの「パンチガム」は、ロッテの板ガムのパッケージをそのまま使っているんじゃないかと思うほど、見た目がそっくりだった・・・・・・。

そしておもむろにパンチガムを取り出して、友達に「1枚あげるよ」と差し出すのである。


すると友達は、「どうもありがとう」と、板ガムを1枚摘まんで、パッケージの口の部分から、スーッと引き出すことになるわけだ。


するとダミーの板ガムに仕掛けられていたバネが作動して、「バチン!」と金具に指を挟まれてしまうというドッキリグッズだった・・・・・・。


で、このバネがけっこう強力で、当時のものは、思わず反射的に手を引っ込めてしまうほど痛かった。


「当時のもの」と書いたのは、パンチガムは現在も類似品が売られているためで、こちらはバネがゆる~く改良されており、指を挟まれても、痛くも痒くもない。


規制が厳しくなった現代では、痛いと感じる時点でアウトのようで、そのようなソフトなものしか、販売することが出来ないらしい。


しかし、これではドッキリグッズでも何でもなく、ドッキリを仕掛けた方も、騙された方も、ただ、ただ、気まずい空気が流れるだけである。


現代の子供たちの間で、パンチガム(類似品)が流行らない原因のひとつは、バネが弱くなり、面白くなくなったことに、その原因があると思う・・・・・・。


ところでこのパンチガムは、大人版としてたばこバージョンも売られていた。


現象としてはパンチガムと全くいっしょで、たばこを箱から引き出すとバネが作動して、金具に「バチン!」と指を挟まれるのである・・・・・・。


私はこのたばこバージョンの存在を知ったのは大人になってからで、当時は見たことも、聞いたこともなかった。


だからどこで売っていたのかも、未だによく分からないままだ。


少なくとも、駄菓子屋には置いていなかった(そりゃそうだろう)・・・・・・。


また、このたばこバージョンは、指を金具に挟まれるものの他に、たばこを取ろうとした瞬間に、たばこがものすごい勢いで、箱から飛び出して来るというものもあったそうだ。


これはたばこの箱にボタンが付いており、これを押すことで、たばこが発射される仕組みになっていたようだ。


このように昭和の頃は、ドッキリグッズがプチブレイクしていたのだが、最近はこのようなグッズは、ほとんど見かけなくなってしまい、何とも寂しい限りである・・・・・・。






2025年4月 2日 (水)

ふきあげパイプ

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駄菓子屋で売られていたおもちゃというのは、お正月のお年玉を使ったり、クリスマスに親にねだって買ってもらうような高級なおもちゃではなく、何かを我慢すれば、普段でも簡単に手に入るような、安価なものばかりだった。


そしてそれらは、値段が値段だけに、購入して遊んだところで、満足感や充実感はあまりなくて、「だから何?」と感じるようなものばかりだった・・・・・・。


例えば「ふきあげパイプ」というおもちゃをご存知だろうか。


「ふきあげパイプ」のパイプとは、首の部分が大きい、西洋風のキセルのことで、専用のたばこを吸うための道具のことである。


日本では映画の中で見かけるくらいで、実際に使っている人に遭遇することはまずない。


ちなみに私が子供の頃に見た、パイプでたばこを吸っている日本人は、ジャイアント馬場ぐらいだったと思う。


そんなこともあって、子供にとっては、たばこを吸うための道具としてのパイプは、全くリアリティがなかったのだが、「ふきあげパイプ」に関しては、お馴染みのおもちゃで、色々な場所で売られていたのを覚えている・・・・・・。


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「ふきあげパイプ」はプラスチックで出来たパイプ型のおもちゃで、パイプの先端に小さなカゴが付いていて、その中に軽いプラスチック製の小さなボールが入っていた。


そしてパイプの口から息を「プーーッ!」と吹き込むことで、カゴの中の小さなボールがフワフワと浮き上がるのだ。


パイプとはいうものの、息を吸い込むのではなく、息を吐くという、本物のパイプとは真逆のことをしなくてはならないのである・・・・・・。


ふきあげパイプは、ただそれだけのおもちゃなのだが、ボールが目の前でフワフワと浮き上がるという現象が、まるでマジックでも見ているかのような不思議さもあって、当時の子供たちにはとても人気があった。


しかも、マジックだったら、ある程度の練習が必要だが、ふきあげパイプは何の練習もなしに、簡単にボールを浮かせることが出来るのだ。


そんな人気のふきあげパイプだったので、それなりに売れる商品だったらしく、駄菓子屋だけではなくて、文房具屋や雑貨屋などでも売られていて、当時は見る機会の多いおもちゃだった・・・・・・。


ふきあげパイプはそれ単独で遊ぶというより、座卓やテーブルの上に置いてあって、テレビのCM中に手に取って、ボールを浮かせたり、何もすることがなくて、暇を持て余している時などに手に取って、ボールをフワフワと浮かせて楽しんでいたものだ。


そういう意味では喫煙者がたばこを吹かす時と、さして変わらなかったのだな~と、いまになって思ったりする。


このおもちゃをパイプの形にしようと思った開発者が、そこまで考えて作ったかどうかは定かではないが、もしそうだったとしたら、さすが目の付け所が違うとしかいいようがない・・・・・・。


ところでこのふきあげパイプというおもちゃは、外に持ち出して遊ぶことは出来なかった。


なぜかというと、ふきあげパイプは本体もボールも軽いプラスチック製だったので、外でボールをフワフワ浮かせていると、そよ風くらいの弱い風でも、その影響をもろに受け、あっという間にボールはどこかへ飛んで行ってしまったのだ・・・・・・。


そんなわけで、うちではふきあげパイプは、いつもテレビの前の座卓の上に置かれていて、暇さえあればパイプを咥えて、ボールをフワフワ浮かせていた。


そんな私を見て、両親は「こいつ将来、ヘビースモーカーになるんじゃないか?」と心配していたが、結局のところ、私は大人になっても、たばこを吸うことは、いっさいなかったのだった・・・・・・。


(画像上、歩道に沿って細長い群落を作っているスミレ・・・・・・。画像下、里山ではミツバツツジが咲き始めた・・・・・・)



2025年2月12日 (水)

ポリバルーン

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▲じつはポリバルーンは現在でも売られている。名前は変わってしまったが、遊び方は当時と変わらず、ストローの先端に風船を作ることが出来る・・・・・・。

「ポリバルーン」というおもちゃをご存知だろうか?


昭和の頃は、駄菓子屋で売られているおもちゃの定番で、なぜか文房具屋などでも売られていた・・・・・・。


ポリバルーンは形のあるおもちゃではなくて、塗り薬の入ったチューブのような見た目だった。


チューブの中には、酢酸ビニール樹脂という物質を、アルコール類で溶かした溶液が入っていた。


溶液といっても、チューブから絞り出してみると、透明な接着剤のような感じで、かなり粘性の強い物質だった・・・・・・。


で、これを何に使うのかというと、ポリバルーンの溶液をストローの先端に付けて、ゆっくりと息を吹き込んでいくと、なんと溶液が「プク~~~ッ」と膨らんでいくのである。


イメージとしては、ガラス職人が風鈴やコップを作る時に、真っ赤に熱したガラス玉を、長い棒の先に付けて、反対側から息を吹きながら、ゆっくりと膨らませていくあの感じである・・・・・・。


するとストローの先端には、透明な風船状のものが出来上がる。


風船といっても、ゴムではないので、手触りは台所用のラップに近いものだった。


厚みに関してもラップに近く、膨らませていく過程で、どんどん乾燥していくので、息を吹き込みすぎると、あっけなく割れてしまった。


乾燥する前に膨らませなくてはいけないという焦りもあって、一気に息を吹きすぎて、すぐに割れてしまうこともしばしばあった。


一定の速度で正確に、割れる直前のギリギリを狙って、息を吹き込むという加減が子供には難しくて、割ってしまうことの方が多かったように思う・・・・・・。


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▲昭和の頃はストローの先端に出来る風船は透明だったのだが、現在売られている「進化版」はなんと色違いで3色のチューブがついて来る。ちなみに画像は赤色のチューブを使って作った風船だ・・・・・・。

ポリバルーンの遊び方としては、「割らずにどこまで大きな風船を作れるか」を競うことが、最もシンプルでポピュラーだったように思う。


また、どうせ割れてしまうならと、あえて小さい風船を作って、それを紙風船のように、手の平で「ポ~ン、ポ~ン」と弾ませながら、遊んでいる者もいた。


こういう頭のいい遊び方をするのは、たいてい女子で、男子はいうまでもなく馬鹿なので、「どれだけでかい風船を作れるか」に命をかけていた。


「割れては凹み再挑戦」を繰り返しながら、なんとか小さめのゴム風船ぐらいのサイズまでは作れるようになって、女子に「すご~い!」などと、褒められているものもいた。


いまだったら、それをスマホで撮影して、その現場にいなかった友達に、後から自慢も出来るのだろうが、当時はそんな便利なものはなかったので、作った風船が萎んでしまえば「ハイ、それまでよ」で、「オレはこの前、このくらいの大きさのを作った」と言っても、「うそつけ~、そんなわけないだろ!」と一蹴され、信じてもらえず、悔しい思いをしたものである・・・・・・。


ところで、「ポリバルーン」といえば、忘れてならないのが、その強烈な臭いだろう。


どんな臭いだったのかというとシンナー系の臭いで、長時間遊んでいると、いつの間にか片手にストローを持ったまま、何もない虚空を見つめて、静止していたなんて話も聞いたことがある。


ガンプラがブームの頃になると、子供たちもシンナーや接着剤を使うようになり、臭いに対してそれなりの耐性が出来ていたのだが、「ポリバルーン」で遊んでいたのは、それ以前のもっと幼い頃の話なので、恐らくシンナー系の臭いはこれが初体験だったはずだ。


そんなわけで、当時の子供たちは、小さなうちから、「シンナー系の臭いはやばい」ということを思い知らされていた・・・・・・。


ところでこの「ポリバルーン」というおもちゃは現在も売られている。


昔と違っていまは、あの強烈な臭いは改善されているのだろうか・・・・・・。



2024年12月26日 (木)

「スターヘリコプター」と「ぴょんぴょんカエル」

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▲昭和の当時に売られていた「スターヘリコプター」はもう売られていないが、その進化版と思われるおもちゃが売られていた。昭和版ではシンプルな棒状だった回転軸が、現代では拳銃型になって、引き金を引くことで、プロペラが飛んで行く仕組みになっている・・・・・・。

駄菓子屋で売られていたおもちゃというのは、お正月のお年玉を使ったり、クリスマスに親にねだって買ってもらうような、高額なおもちゃではなく、何かを我慢すれば、普段でも簡単に手に入るような、安価なものばかりだった。


そしてそれらは、値段が値段だけに、購入して遊んだところで、満足感や充実感はあまりなくて、「だから何?」と感じるようなものばかりだった。


で、そんな「だから何?」をいまからいくつかご紹介してみたいと思っている。


きっと、皆さんの思い出の1ページにも、しっかりと刻まれているアイテムだと思うので、当時を懐かしんでもらえたら幸いである・・・・・・。


まず、私が駄菓子屋で売られていたおもちゃで、真っ先に思い浮かべるのは「スターヘリコプター」だ。


確かそんな商品名だったと思うのだが、イメージとしては竹とんぼのプラスチック版である。


とはいうものの、竹とんぼをただプラスチックで作りましたというわけではなくて、柄の部分には回転軸が内蔵されていて、ひもを引っ張ることにより、これが回転して上部のプロペラが飛んで行くような仕組みになっていた。


ちなみにプロペラの羽は、Yの字状に3枚あって、各羽を円形の輪っかで固定してあった・・・・・・。


竹とんぼはコツがつかめないと、うまく飛ばせないものだが、スターヘリコプターはひもを引っ張るだけで、誰でも簡単に飛ばすことが出来た。


ただ、スターヘリコプターは、私たちが想像している以上に飛ぶので、室内だと電気の傘の上に乗っかってしまったり、野外だと木の枝に引っかかったりと、遊ぶ場所を選ばないと、プロペラを回収するのに、非常に苦労することになる・・・・・・。


うちでは飛んで行ったプロペラが、タンスの後ろの隙間に落ちてしまい、物差しやハエ叩きで、何とか取ろうとしたのだが結局取れず、これはタンスを動かさなきゃ無理だなということになって、年末の大掃除まで待たされることになった。


ところがその数週間後、うちのネコがスターヘリコプターのプロペラを咥えて歩いて来て、「どうやって取ったの !?」と、家族全員で唖然としたことがあった。


結局、ネコがどうやってプロペラを取ったのかは、いまも謎のままである。


駄菓子屋のおもちゃというのは、冒頭にも書いたように、「だから何?」と感じるようなものばかりで、すぐに飽きてしまうものがほとんどだったが、このスターヘリコプターでは、けっこう遊んだのを覚えている・・・・・・。


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▲昭和の頃はよく見かけた「ぴょんぴょんカエル」。現代の子供たちもこのおもちゃの存在を知っているのは、「サザエさん」の登場人物、カツオの影響に違いない。ちなみに現在店頭で見かけるのは、いわゆる「類似品」である・・・・・・。

駄菓子屋で売られていたおもちゃで忘れてならないのが「ぴょんぴょんカエル」だろう。


現在では「ぴょんぴょんカエル」で遊んでいる子供なんて、めっきり見なくなってしまったが、じつはこの「ぴょんぴょんカエル」は、現在でも販売されている超ロングセラー商品だ・・・・・・。


そしてこの「ぴょんぴょんカエル」を現在でも有効に活用している超有名な少年がいる。


「サザエさん」の登場人物のひとり、カツオである。


カツオはサザエさんを驚かすために、「ぴょんぴょんカエル」を何度使用したか知れない。


カツオは何度も同じ手口で驚かしに来るのに、毎回腰を抜かすほど驚くサザエさんは、よっぽどカエルが苦手なのだろう・・・・・・。


「ぴょんぴょんカエル」は、カエルのお尻からチューブが伸びていて、それがポンプに繋がっている。


で、このポンプをシュポシュポ押すと、カエルの折り畳まれた足が伸びて、ぴょんぴょん跳ねる仕組みになっている・・・・・・。


ところでカエル本体に空気を送るためのチューブについてだが、これは何mもあるような長いものではなくて、せいぜい40~50㎝もあればいい方だ。


ということは、サザエさんからは、いたずらを仕掛けようとしているカツオの姿は、丸見えだったはずなのだ。


それにもかかわらずサザエさんは、「ぴょん!」と飛び出て来たカエルを本物だと認識し、腰を抜かすほど驚いて、いたずらを仕掛けて来たカツオに激怒して、追いかけ回しているのである。


どうでもいいが、もはやそれって、カツオが悪いというより、サザエさんの方がどうかしているとしか、いいようがないのではないだろうか・・・・・・。



2024年11月13日 (水)

「ロケット弾(ジャンプ弾)」と「かんしゃく玉」

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▲「ロケット弾(ジャンプ弾)は、プラスチックで出来たロケット型のおもちゃで、先端に平玉火薬を詰めて放り上げて遊んでた・・・・・・。

今では考えられない話だが、昭和の頃、駄菓子屋で売られていたおもちゃには、火薬を装填して遊ぶものが結構あった。


子供が遊ぶおもちゃに火薬を使うとなると、何かと規制が厳しくなった現代では、発売に「待った!」がかかること間違いなしなのだが、当時は特に問題になることもなく、当たり前のように売られていた・・・・・・。


タイトルにある、「ロケット弾」とか「ジャンプ弾」と呼ばれていた、ロケットの形をしたおもちゃも、その中のひとつだった。


どんなものだったのか、簡単に説明すると、まず、ロケットの先端部分に平玉火薬を詰めて、天に向かって思いっ切り投げ上げる。


火薬を使用するのに、発射は人力という、何とも矛盾したロケットなのである。


すると当然のことながら、ロケットは頭を下に向けた状態で、落下してくることになる。


そして地面に着地した衝撃で、火薬が「バーン!」と派手に爆発する。


と、まあ、ただそれだけのシンプルなおもちゃだった・・・・・・。


ところで、この「ロケット弾(ジャンプ弾)」だが、ロケットとはいうものの、名前に「弾」とあるように、どちらかといえば、「ミサイル」を意識して作られていたように思う。


そもそもの話、ロケットは打ち上げ後に、地上に落下して来たら、それは失敗を意味する。


上空に投げ上げて、それが落下して来て、着地点で「バーン!」と爆発するとなれば、これはどう考えても「ミサイル」である。


商品名を「ロケット弾」としたのは、子供が遊ぶおもちゃが「ミサイル」では、どう考えてもまずいと思ったからではないのか。


いくら規制の甘い昭和の時代とはいえ、さすがに「ミサイル」では、発売出来なかったのだろう・・・・・・。


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▲かんしゃく玉は綺麗な球体ではなくて、手の平で丸めたようないびづな球体だった。様々な色に彩色されていたが、元が火薬玉なので、全体にくすんだような黒ずんだ色合いをしていた・・・・・・。

ところで皆さんは、ロケットとミサイルの違いをご存知だろうか。


じつはこの2つは、基本的に同じものなのだ。


先端に何を搭載するかで名前が変わって来る。


つまり人工衛星を積んで打ち上げればロケット。


弾薬を積んで打ち上げればミサイルになる・・・・・・。


駄菓子屋のおもちゃ「ロケット弾」は、ロケットの先端部分に平玉火薬を詰めていた。


そういう意味では、やはりロケットというよりはミサイルなのだろう。


しかし、先ほども書いたとおり、子供の遊ぶおもちゃに「ミサイル」は、さすがにまずいだろうということで、「ロケット」に「弾」を付けて、「ロケット弾」とすることで、どうにかこうにか、辻褄を合わせたといったところだろうか。


何だか当時の大人たちの苦労が目に浮かぶようで、思わず「クスッ!」と笑わずにはいられない・・・・・・。


で、先ほども書いたとおり、この「ロケット弾(ジャンプ弾)」は、ロケット型のおもちゃに、平玉火薬を詰めて、天に向かって、思いっ切り投げ上げて、それが地面に着地した瞬間に、火薬が「バーン!」と爆発する仕組みのおもちゃだった。


じつは駄菓子屋には、この「ロケット弾(ジャンプ弾)」から、余計なものをそぎ落とし、思いっ切り簡略化したおもちゃも売られていた。


それが「かんしゃく玉」だった。


「かんしゃく玉」の見た目は、粘土を手の平で転がして丸めたような、いびづな丸い玉で、赤や緑、青や黄色などに、カラフルに彩色されていた。


そしてこれが厚紙で出来た箱に入れられて売られていたのだ・・・・・・。


「かんしゃく玉」は、玉そのものが火薬になっているので、これを直接地面や壁に、思いっ切り投げつけると、「バーン!」という大きな爆発音がした。


当時はこれをブロック塀やアスファルトの地面に投げつけて爆発させたり、道に撒いて物陰に隠れていて、車や人に踏ませて脅かしたりしていたものだ。


いま考えると、「とんでもないことをしていたな~」と思うのだが、当時は大人もかんしゃく玉を、駄菓子屋のおもちゃとして認識していたので、「バーン!」という音で驚きはしても、「子供がかんしゃく玉を撒いたんだな」と思うだけで、特に怒られたり、問題になるようなことはなかったのである・・・・・・。


2024年10月 2日 (水)

キャップ弾火薬鉄砲

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▲これは現在100円ショップで売られている鉄砲型のおもちゃだが、銃身を倒して、シリンダーに火薬を装填するようになっている。この仕組みについては、当時のものとなんら変わらない・・・・・・。

昭和の頃によく見られた駄菓子屋では、いわゆる駄菓子の販売以外に玩具の販売もしていた。


駄菓子屋で売られていた玩具は、一般的なおもちゃ屋で売られている玩具とはちょっと違っていて、駄菓子屋特有のものだったように思う・・・・・・。


駄菓子屋で売られていた玩具の代表選手といえば、なんといっても火薬を使用する玩具だろう。


火薬というと、花火を思い浮かべるかたも少なくないと思うが、じつはそうではなくて、駄菓子屋で売られていたのは、内部に火薬を装填して使用する玩具だった。


子供用のおもちゃに火薬を使用するなんて言ったら、きっと今だったら、企画の段階で完全にアウトだろうが、当時は特に問題になることもなく、普通に売られていた・・・・・・。


以前、火薬が使われている駄菓子屋のおもちゃとして、「巻玉鉄砲」と「平玉鉄砲」をご紹介したのだが、じつは火薬が使われている鉄砲型のおもちゃは、この2つ以外にもまだあった。


「キャップ弾火薬鉄砲」は、かなり本格的な鉄砲のおもちゃで、8連式のリボルバー仕様になっていた。


火薬は巻玉鉄砲や平玉鉄砲のようなシート状ではなくて、「カネキャップ弾」と呼ばれるリング状のものだった。


巻玉鉄砲や平玉鉄砲と比べると、火薬の威力がかなり強く、取り扱いには十分な注意が必要だった。


1発の威力が強いことに加え、8回連続で撃つことが可能だったため、連発とは思わずに、うっかり鉄砲の前へ飛び出したりすると、火傷をする恐れもあった。


今だったら、世に出ることは絶対にあり得ないおもちゃだろう・・・・・・。


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▲これも現在100円ショップで売られている「8連発ピストル音の弾」。上のピストルに装填して使用する。じつは昭和の当時に売られていた「カネキャップ弾」も、これと見た目はほぼ同じと考えていい・・・・・・。

また、「キャップ弾火薬鉄砲」には、これをさらに進化させた商品もあった。


基本の「キャップ弾火薬鉄砲」は、「バン、バン、バン・・・!」と音を発することは出来たが弾は出なかった。


あの火薬の威力で弾まで出たら、かなり危険な代物だったのではないかと想像してしまう。


ところが「キャップ弾火薬鉄砲」の進化版は、派手な音に加えて、なんと弾も発射することが出来たのだ。


ちなみに弾はプラスチック製だったが、ちゃんと弾丸の形が再現されていた・・・・・・。


弾丸の装填方法は本物の拳銃と同様で、銃身を倒してシリンダーに弾丸を円形に1つずつ挿入して行く。


「キャップ弾火薬鉄砲」は火薬もリング状で、シリンダーにぴっちりとはめ込んで使用していたので、プラスチック弾はこの火薬リングの外周にセットするようになっていた。


子供の頃はこの火薬とプラスチック弾の装填方法がとてもリアルに感じられ、思わず手が震えたものだが、考えてみたら、本物の拳銃に弾を装填するところなんて見たことがないのだから、その感覚がどこから来ていたのか、いま考えると、全くもって謎としかいいようがない。


しかし、実際にはそう間違いでもなかったところが、また不思議なところなのである・・・・・・。


で、このプラスチック弾の撃てる「キャップ弾火薬鉄砲」だが、前述のようにおもちゃとしては火薬の威力がかなり強かったので、「弾まで撃つことが出来たら、危険極まりないだろう」と考えるのが普通である。


しかし、幸いなことに、「キャップ弾火薬鉄砲」の弾は、プラスチック製ということもあってとても軽く、弾丸としての威力は全くなかったのである。


このように弾丸や火薬の装填方法はとてもリアルで、取り扱い方法を誤ると、火傷をする恐れがあるほどの火薬の威力だったのに、弾だけはなぜか安っぽいプラスチック製という、バランスの取り方があまりにも極端すぎる、「キャップ弾火薬鉄砲」だったのである。


まあ、そうは言っても、これで弾に威力まであったら、いくら規制の甘い昭和の時代とはいえ、発売にストップがかかっていた可能性は大である・・・・・・。


2024年8月21日 (水)

「巻玉鉄砲」と「平玉鉄砲」と「銀玉鉄砲」

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▲現在売られているピストル型のおもちゃはこんな感じ。なんだか当時のものに比べるとちゃっちくなってしまった印象だ・・・・・・。

昭和の頃によく見られた「駄菓子屋」では、いわゆる駄菓子の販売以外に玩具の販売もしていた。


駄菓子屋で売られていた玩具は、一般的な「おもちゃ屋」で売られている玩具とはちょっと違っていて、駄菓子屋特有のものだったように思う・・・・・・。


駄菓子屋で売られていた玩具の代表選手といえば、なんといっても火薬を使用する玩具だろう。


火薬というと、花火を思い浮かべるかたも少なくないと思うが、じつはそうではなくて、駄菓子屋で売られていたのは、内部に火薬を装填して遊ぶ玩具だった。


子供用のおもちゃに火薬を使用するなんて言ったら、きっと今だったら、企画の段階で完全にアウトだろうが、当時は特に問題になることもなく、普通に売られていた・・・・・・。


火薬が使われている玩具には、いくつかの種類があったが、その中でも拳銃の形をしているものは男の子に人気があった。


そしてその拳銃の形をした玩具にも、いくつかの種類があって、どれを選ぶかはその店の品揃えに大きく左右された。


最もポピュラーだったのは、「巻玉鉄砲」と呼ばれるもので、拳銃の形をした玩具に、「巻玉火薬」と呼ばれるロール紙を装填して使用するものだった。


そして拳銃と火薬は別売りになっていて、巻玉火薬は厚紙で出来た青い箱に入れて売られていた。


ちなみに巻玉火薬とは、赤い紙テープのようなものに、錠剤のような形の火薬が、等間隔に張り付けられているものだった。


そしてこれをロール状のまま、拳銃の上部に手順通りに装填して使用するのである。


一見面倒な作業に思えるのだが、当時の子供たちにとっては、この作業が本物の拳銃に弾丸を装填する作業のように思えて、格好よく感じられたものである。


そして、拳銃の引き金を引くたびに、赤いロール紙が少しずつ回転して行き、「バン、バン、バン!」と連射させることが出来たのだ。


ただ、銃声というにはかなり小さな音で、全く迫力はなかったのだが、気分だけは大いに盛り上がっていた。


そして辺りにはそれなりに、火薬の匂いと煙が立ち込めて来て、なんとなくその気にはさせてくれていたものである。


このため家の中で遊ぶと、部屋に火薬の匂いと煙が充満して来て、まず間違いなく、親に怒られるので、先に蚊取り線香を焚いて、カムフラージュしたりしたものである。


ちなみに巻玉鉄砲は、弾を発射する拳銃ではなかったので、辺りに「薬莢」が散らかる心配はなかった。


これについては、子供にとっては救いだったといえるだろう。


火薬の匂いと煙に加え、周囲にゴミまで散乱させていたら、巻玉鉄砲は瞬く間に、親に没収されていたことだろう・・・・・・。


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▲ちなみにこのピストルは某有名100円ショップで購入した。駄菓子屋のピストルは100円ではなかったと思うので、品質が落ちてしまったと感じるのは、まあ、仕方がないことか・・・・・・。

巻玉鉄砲に似た商品で、「平玉鉄砲」というのもあった。


平玉鉄砲は値段が高かったので、店によっては置いていない所も多かった。


平玉鉄砲も火薬は別売りで、数十回分の火薬が1シートにまとめられた状態で売られていた。


そしてこのシートから、火薬を1つずつちぎり取って、1発ずつ拳銃に装填していかなくてはならなかった。


「平玉鉄砲」と言っても、ピンと来ないかもしれないが、昭和生まれのかたなら、運動会の徒競走で、「位置について~!よ~い!バン!」と鳴らしていた、あの鉄砲といえば、分かってもらえるだろうか・・・・・・。


「巻玉鉄砲」や「平玉鉄砲」は、弾の出ない音だけの鉄砲だったが、駄菓子屋には弾を撃つことが出来る、「銀玉鉄砲」というのもあった。


銀玉鉄砲はハガネ式の鉄砲で、装填するのは火薬ではなく、別売りの銀色の玉だった。


このため巻玉鉄砲や平玉鉄砲のような、銃声や煙は出なかった。


銀玉鉄砲の玉は、その名の通り、銀色をしていたが、金属で出来ている訳ではなく、粘土のようなものを丸く固めて、そこに銀色の着色をしたものだった。


確か銀玉鉄砲の玉は1箱50個入りで、厚紙で出来た赤い箱に入れて売られていた。


そしてこの玉を拳銃に装填して使用するのだが、当然玉がなくなれば撃てなくなる。


昭和の頃は、親に何箱も玉を買ってもらえる子供なんていなかったので、玉がなくなれば、今度は自分が撃った玉を拾って歩き、それを再び拳銃に装填し直して遊んでいた。


しかし、いま考えればそのおかげで、周囲に撃った玉が散乱して、問題になるようなことがなかったのだ。


そして時代が進み、銀玉がBB弾になると、玉は消耗品という認識になり、散乱した玉は回収されることなく、マナー問題にまで発展して行った。


昭和の頃の銀玉鉄砲の玉は、仮に全てを回収しきれなかったとしても、原材料は粘土なので、放置しておいても自然に土に帰る。


しかし、BB弾はプラスチックなので、いつまでもそのままの状態で残ってしまう。


そうなるとこれは、ただのマナーの問題ではなくなり、環境問題ということになって来る。


それを考えると、自分が撃った玉は全回収が鉄則だったあの頃が、ちょうどよかったのかもしれない・・・・・・。


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